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  • 書評|脳から見た人間と社会の関係|”Social” by Matthew Lieberman

    書評|脳から見た人間と社会の関係|”Social” by Matthew Lieberman

    最近はソーシャルメディアに対して批判的な意見が多く出てきています。ソーシャルメディアがなぜ有害なのかを論じる上で、人間と社会の関わり合いを科学的に説明すると感じる論者は多いようで、今回紹介するマシュー・リーバーマンの著書”Social”(日本語タイトル『21世紀の脳科学』)の引用を多く見かけるようになりました。この本が出版されたのはすでに5年以上も前なのですが、そういうわけで改めて読み直してみました。

    Social: Why Our Brains Are Wired to Connect (English Edition)

    Social: Why Our Brains Are Wired to Connect (English Edition)

    21世紀の脳科学 人生を豊かにする3つの「脳力」

    21世紀の脳科学 人生を豊かにする3つの「脳力」

    • 作者: マシュー・リーバーマン,江口泰子
    • 出版社/メーカー: 講談社
    • 発売日: 2015/05/21
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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    人間はどう社会的動物なのか?

    アリストテレスが「人間は社会的動物である」といったように、人間と社会は切っても切れない関係だと昔から考えられてきました。その関係を脳科学から具体的に検証しようというのが本書”Social”の狙いです。著者リーバーマンは人間は社会的であることを脳に組み込まれているといいます。陽電子放射断層撮影(通称PET)で脳の様子を知り、仮説検証できるんだから今の脳科学はすごいですよね。

    人間が何もしていない時の脳の状態こそが本来の状態であろうということで調べた結果にわかったのがデフォルトネットワークでした。デフォルトネットワークは他人とのつながりを考えているときにオンになる脳内ネットワークです。何もしていないときはこれがオンになっている。さらに、生まれたばかりの赤ちゃんもデフォルトネットワークがオンになっていることがわかっています。

    つまり、こういうことです。人間は社会に興味があるからデフォルトネットワークがアクティブになるだけでなく、デフォルトネットワークがあるから、社会に興味がある。

    生まれたばかりの赤ちゃんもソーシャルな理由

    人間の欲求を5段階で表したマズローの欲求五段解説はとても有名ですね。一番下が生理的欲求で、食事とか睡眠とか。社会欲求は真ん中の三番目。一番上は自己実現。下が満たされないとその上は満たされにくいという関係にあります。

    しかし、この順番は人間の赤ちゃんには当てはまらないとリーバーマンは言います。人間は動物の中でも完全に大人になって独り立ちするのに時間がかかります。鹿や馬の赤ちゃんなんて生まれてしばらくすると立ち上がって自分で歩きはじめますが、人間の赤ちゃんは何年かかかります。人間の赤ちゃんの生存にとってまず必要なのは保護してくれる人です。食べ物やミルクがあっても自分ではどうすることもできません。つまり、三番目の社会的欲求が生理的欲求より下の基盤になるのです。

    心の痛みも鎮痛剤で治る?

    この書籍では人間が社会的生き物として機能するための脳の役割をたくさん解説しています。その中で面白かった例をいくつか。

    • 心の痛みにバファリンが効くということ。痛みに関係する前帯状皮質は心の痛みでも体の痛みは同じに扱うそうです。オピオイドが脳内に増える現象が観察されています。
    • オキシトシンは愛情や親切な気持ちをつかさどるホルモンですが、好意を抱いている知り合いに対してだけでなく、見ず知らずの他人に対して接するときもこのホルモンが分泌されることが観察されています。
    • 他人の考えを察する気持ちは5歳くらいから発達しはじめます。他人への共感はなかなか複雑なシステムで、理解も「何をしているのか?」と「なぜしているのか?」が必要。
    • 「何をしているのか?」の理解をつかさどるのはミラーニューロンであり、ミラー・システム。「なぜしているか?」の理解をつかさどるのは側頭頭頂接合部でメンタライジング・システム。
    • 他人への共感にはあと2ステップ必要になる。「なぜしているのか?」の理解の後には感情マッチング(affect-matching)が必要になる。例えば他人が感じる痛みを自分でも感じる。実際に他人が痛みを感じると、前帯状皮質が分泌されるそうです。
    • 最後のステップが共感的動機(empathic motivation)で縫線核が働き、共感に基づく行動につながります。

    この本はどんな人におすすめか

    単純に雑学ネタとして面白いので、雑学ネタが好きな人にはお勧めです。あと、共感はデザインにとって重要なコンセプトなので、その脳内プロセスを知ることは重要だと思います。

  • 書評|FBIのデザイン思考的な交渉術|”Never Split the Difference” by  Chris Voss and Tahl Raz

    書評|FBIのデザイン思考的な交渉術|”Never Split the Difference” by Chris Voss and Tahl Raz

    映画『交渉人』は濡れ衣の罪を晴らすために人質をとって立てこもるシカゴ警察東分署交渉人(ケヴィン・スペイシー)と人質開放の交渉を引き受けたシカゴ警察西分署の交渉人(サミュエル・L・ジャクソン)のやり取りが素晴らしい映画でした。

    今回紹介する書籍”Never Split the Difference”(日本語タイトル『逆転交渉術』)で著者の元FBI交渉人のクリス・ヴォスはFBI交渉術の成り立ちと、そのエッセンスを紹介しています。実を言うと、ボクはクリス・ヴォスのトレーニングを受けたことがあって、その時はすごく目からウロコだったことを覚えています。

    Never Split the Difference: Negotiating as if Your Life Depended on It

    Never Split the Difference: Negotiating as if Your Life Depended on It

    逆転交渉術――まずは「ノー」を引き出せ

    逆転交渉術――まずは「ノー」を引き出せ

    • 作者: クリスヴォス,タールラズ,佐藤桂
    • 出版社/メーカー: 早川書房
    • 発売日: 2018/06/05
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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    人間は合理的ではないことを前提とする交渉術

    映画『交渉人』が公開されたのは1998年ですが、FBIの交渉術の現代化が1990年代中頃からはじまります。そのきっかけだったのが1993年に起きた子供が25名を含む81名の死者を出した「ブランチ・ダビディアン本部爆発炎上事件」でした。この反省から1994年にFBIで交渉専門部署であるCritical Independent Response Groupが設立されます。

    それまでの交渉はロジャー・フィッシャーの”Getting to Yes”(日本語タイトル『ハーバード流交渉術』)が主流でした。

    Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving In

    Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving In

    • 作者: Roger Fisher,William L. Ury,Bruce Patton
    • 出版社/メーカー: Penguin Books
    • 発売日: 2011/05/03
    • メディア: ペーパーバック
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    ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

    ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

    • 作者: ロジャーフィッシャー,ウィリアムユーリー,金山宣夫,浅井和子
    • 出版社/メーカー: 三笠書房
    • 発売日: 1989/12/19
    • メディア: 文庫
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    ロジャー・フィッシャーのアプローチは以下の四つにまとめることができます。

    1. 「事」と「人」を分ける
    2. 「何」を要求しているかではなく、「なぜ」それを要求しているかに集中する
    3. 協力してwin winを探る
    4. 共通の評価軸を持ち、解決策を評価する

    非常に合理的で、論理的です。コンサルティング会社の問題解決アプローチに似ています。まあ、交渉は問題解決なので、論理的な問題解決アプローチを取るのは自然とも言えます。しかし、ダニエル・カーネマン(『ファスト&スロー』の著者)らによる研究で人間は合理的でも論理的でもない(少なくとも半分は)ことがわかってきています。もちろん、現場ではそんなことわかってます。1971年に起きたハイジャック事件でもFBIはもっとできることがあったという判決が出ています。しかし、問題解決に取って代わる方法がなかったのです。

    現場で使える方法

    ロジャー・フィッシャーが現場で使われていたけと言えば、そんなことはなかったそうです。難しいから。そこで、現場は自分たちで使える方法を探して行くしかなかった。現場の警官が使える方法。犯人を落ち着かせ、ラポールを形成し、要求をクリアにする方法。

    これはどの分野でもそうなのですが、大学で研究する学術的なアプローチと、現場で必要なアプローチでは違う。大学で扱うのは理論ですが、現場で扱うのは実践です。

    FBIが現場で作り上げたアプローチを要約すると以下になります。

    1. 交渉は会話とラポール
    2. 発見のための会話(戦うことが目的の議論ではない)

    武器は二つ。

    「傾聴」と「戦術的共感」

    これくらい単純でないといけない。交渉とは感情のゲームをうまくプレイすることなのだそうです。「好むと好まざるとにかかわらず、世の中はそうなっている」とクリス・ヴォスは言います。

    具体的な方法

    傾聴

    この本では「傾聴」と「戦術的共感」を行うための具体的な方法を事例とともに解説しています。更に心構えと言えることも合わせて解説しています。例えば「憶測は盲目にし、仮説は導く(assumptions blind, hypothesis guide)」です。

    この心構えがないと傾聴ができません。FBIでも交渉はチームで行うそうです。場合によっては5人のチームになる。なぜなら、人間は自分の聞きたいことだけを聞くからです。心理バイアスが働く。人間の脳は同時に7つのことしか処理できない。人の言うことを聞いているようで、自分が何をいうか考えている。それは相手も同じ。

    さらにいくつかのテクニックとして以下を紹介しています。

     

    1. 深夜のラジオDJのような落ち着いたトーン
    2. 「すみません」からはじめる
    3. 反復する
    4. 少し間をおく
    5. まとめる

    戦術的共感

    戦略的共感とは他人お立場から物事を見て、考えるです(同意ではないし、同情でもない)。なんか、すごくデザイン思考っぽいですね。ボク自身もサービスデザイナーですが、この部分に関してはとても参考になることが多かったです。例えばレーベリング。

    レーベリングは他人の気持ちを言葉にすることです。まず、他人の感情の状態を探知します。そして、その状態を言葉に表します(レーベルをつける)。この時に主語を私はにして「私は…そう見える」にせず、「それは…そう見える」のように客観視するような言葉にする。そして沈黙。沈黙することで相手が自分の感情を表すレーベルに反応することができます。

    もう一つ面白かったのは日本語サブタイトルにもなっている「ノーを引き出せ」ですね。「ノー」と言えるのは自分が自由であって、コントロールが自分にあると感じさせることができるのだそうです。相手にコントロールがあると錯覚させる。この辺が単に「共感」ではなく「戦術的共感」な所以です。

    この本はどんな人にオススメか

    ビジネスパーソンだったらどんな人でも読んだ方がいいでしょうね。ここに書いた以外にもいろんな具体的な方法が解説されています。ボクがトレーニングを受けたのは5年くらい前で、ずいぶんと忘れてしまっていましたが、これを読んで改めていい内容だと思いました。

    ただ、言葉に依存する部分が多いので日本語だと若干違うところもあるかもしれません。それでも大枠の部分では非常に参考になると思います。

  • 書評|Facebookではスパークジョイしない!デジタル断捨離のススメ|”Digital Minimalism” by Cal Newport

    書評|Facebookではスパークジョイしない!デジタル断捨離のススメ|”Digital Minimalism” by Cal Newport

    コンマリこと近藤麻理恵さんはすごいですよね!アメリカでも大人気です。アメリカの価値観の基本は「消費」であり「ショッピング」です。足し算の生活。コンマリはスパーク・ジョイ(心がときめく)という非常にわかりやすいキーワードで断捨離(引き算の生活)というカルチャーシフトを紹介しました。コンマリはアメリカ人にとってはまさに「目から鱗」だったんです。

    ソーシャルメディアとスマホもカルチャーチェンジでしたが、これもアメリカ特有の足し算の生活の延長線上ですし、アテンションの消費でした。カルチャーシフトとまではいかない。そんなデジタルな世界にデジタル断捨離(というかデジタル・コンマリ)をもたらそうとしているのが今回紹介するカル・ニューポートによる著書”Digital Minimalism”です。

    なお、2019年2月のデジタル系書籍のベストセラー第1位であるこの”Digital Minimalism”も、前回紹介した”The Age of Surveillance Capitalism”の文脈で書かれています。「監視資本主義」から離れてより人間らしく暮らすにはどうしたらいいかという具体的な手法を提案しています。(2019年10月3日に日本語版が出ましたね)

    デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

    • 作者: カル・ニューポート (著), 長場 雄 (イラスト), 佐々木 典士 (その他), 池田 真紀子 (翻訳)
    • 出版社/メーカー: 早川書房
    • 発売日: 2019/10/3
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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    Digital Minimalism: Choosing a Focused Life in a Noisy World

    Digital Minimalism: Choosing a Focused Life in a Noisy World

    デジタル・デトックスとデジタル・ミニマリズムの違い

    デジタル・ミニマリズムの話をするとかなりの確率でデジタル・デトックスと混同されるので、まずこのふたつの違いから解説します。

    デトックスは体から有害な毒素を排出させることです。溜まった毒を抜く。生活を改善しなければまた毒素はたまり、デトックスしなければいけません。デジタル・デトックスも一時的にデジタルの世界から離れてデジタルの毒素を抜くことを指します。生活を改善しなければデジタルの毒素はまたたまり、デジタル・デトックスしなければなりません。

    デジタル・ミニマリズムはデジタルの生活習慣自体を見直して、デジタルに使っていた時間をより有意義な時間に使うことです。一時的なものではなく、長く続く習慣を身につけることを目的としています。

    デジタル・ミニマリズムと断捨離の共通点

    デジタル・ミニマリズムはむしろ断捨離に似ています。デジタル断捨離です。

    断捨離は不用なモノを減らし、生活に調和をもたらすという思想です。

    デジタル・ミニマリズムは不要なコトを減らし、生活に調和をもたらす思想です。

    三つの前提条件

    カール・ニューポートはデジタル・ミニマリズムを実行する上で三つのポイントを紹介しています。

    • 散らかっている心理的コストは高い(Cluttering is expensive)
    • 優先順位付けが大切(Prioritization is important)
    • 意識的に行うことで満足感が得られる(Intentionality is satisfying)

    この三つのポイントもコンマリの「人生がときめく片づけの魔法」に似てると思ったんですよね。Clutteringとは英語で散らかっていること。整理整頓の「整頓」は散らかっている状態を捨てることで散らかっていない状態にすることで、英語ではDeclutteringと言います。ちなみに整理はOrganizingですね。整理整頓は合わせてDecluttering and organizingです。コンマリの著書『人生がときめく片づけの魔法』の英訳タイトルにも入ってますね。

    The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing (The Life Changing Magic of Tidying Up)

    The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing (The Life Changing Magic of Tidying Up)

    人生がときめく片づけの魔法

    人生がときめく片づけの魔法

    整理整頓する上では捨てる基準が大切になってきます。これが優先順位ですね。カール・ニューポートはOptionalなものは全て捨てて、必要なものだけを残そうと言います。コンマリはもっとシンプルで「心がときめくモノ」だけ残そうですよね。ここまでズバリと言えないのがカール・ニューポートの惜しいところです。まるまるパクってFacebookは心ときめく?いや、ときめかない!(Facebook, does this spark joy? No!)みたいにすればいいのに。優先順位づけをパーソナルに保ちつつ、基準をわかりやすくしたコンマリは偉大だと改めて思います。

    断捨離で「心ときめくモノ」だけ残った生活が幸福感・満足感を得やすいように、デジタル断捨離で「心ときめくコト」だけ残った生活はさらに幸福感・生活感を得やすいというのがカール・ニューポートの言いたいことなんだと思います。

    断捨離オリジンとしての『ウォールデン/森の生活』

    ちなみにカール・ニューポートがリファレンスとして使っているのは近藤麻理恵さんではなくて、ヘンリー・ソローの『ウォールデン/森の生活』です。これはこれで興味深いです。デジタル対民主主義の文脈でソローはよく引用されるからです。“The Age of Surveillance Capitalism”強化理論により行動データを取得するためにプライバシーを犠牲にするのはやむなしという論調を作り上げた大元として糾弾されているバラス・スキナーの著作で監視資本主義の未来を描いたディストピア小説(本人はユートピア小説だと思ってた)に『ウォールデン2』というのがあるんですよね。

    Walden Two

    Walden Two

    ソローは森の生活の中で新しい独自の経済学を構築しました。経済というのは価値の交換ですよね。一般的な経済学の価値とソローの経済学での価値は違います。一般的な経済学の価値は足し算です。例えばカバン。エルメスのカバンとグッチのカバンは同時に所有できます。二つあれば価値が増えます。ソローの経済学の価値は引き算です。最も価値が高いのは自分自身の時間です。エルメスとグッチのカバンを得るために自分の労働時間が消費されます。自分の時間の対価としてどれくらい価値があるかどうかが判断基準となります。自分の時間は最も価値が高いので、それを消費しない方が価値が高いと言えます。

    ソローはこの経済学を実践するために森の生活をおくりました。必要最低限の生活をするためのコストから必要な収入を導き出しました。そういう意味では断捨離オリジンと言える人です。

    ウォールデン 森の生活 上 (小学館文庫)

    ウォールデン 森の生活 上 (小学館文庫)

    この本で紹介されていた面白い事例

    ここまで書くと残りの内容をサマリーするのも面倒なので、面白かった事例のリンクだけ自分用のメモとして残しておきます。

    この本はどんな人にオススメか

    ボク自身は週末カレー屋をやったり、バンドをはじめたりでオフラインでの活動が増えてきていて、この本を読む前から必然的にオンラインでの活動が減ってきています。去年くらいからFacebookはほとんど使ってなかったですし、Twitterもこのブログのエゴサーチをするくらいにしか使っていませんでした。オフラインの活動が増えるほどに幸福度が増えてきていることは実感できます。この本を読んでから多くのSNSのアカウントを削除してしまいました。NewsPicksやニュース系のアプリもスマホからアプリを削除しました。スマホからアプリを削除するだけで随分と効果があります。

    もちろん、デジタルが悪いというわけではないし、むしろデジタルは補完的な役割として積極的に利用しています。Instagramは美味しいカレー屋を発見するのにとても役立っています。本を読む手段としてAudibleとScribdも毎日使ってますし、NetflixもSpotifyもボクの映画生活と音楽生活を豊かにしてくれます。ギターの練習にUltimate Guitarは手放せません。耳コピできるほど上級者ではないので。もちろん、カタパルトスープレックスはボクにとってスパークジョイなので続けています。

    「心ときめく」を基準としてスパークジョイするデジタルツールだけを残せばいいのです。そのガイドとしてこの本はオススメです。併せて近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』もいいかなと。

  • 書評|GoogleやFacebookをみる新しいレンズとしての監視資本主義|”The Age of Surveillance Capitalism” by Shoshana Zuboff

    書評|GoogleやFacebookをみる新しいレンズとしての監視資本主義|”The Age of Surveillance Capitalism” by Shoshana Zuboff

    ここ数年、AIの危険性やGAFAの過度の影響を警戒する書籍がベストセラーに増えてきました。例えばキャシー・オニールによる”Weapons of Math Destruction“(邦題『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』)は現場で実際にプロジェクトに携わっていたデータサイエンティストからの視点での警告でした。

    しかし、やはりトランプ政権の誕生やイギリスのEU離脱にまで影響を及ぼしたと言われるケンブリッジ・アナリティカのFacebookのデータ不正流用事件は大きな衝撃でした。テクノロジーを民主主義の敵として捉えたジェイミー・バートレットの”The People vs Tech“(邦題『操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』)のような民主主義との対立構造はその影響下にあるでしょう。

    しかし、こういった状況をどう捉えたらいいのでしょうか?これまで私たちが経験しなかった状況です。今回紹介するショシャナ・ズボフの新著”The Age of Surveillance Capitalism“はいま起きている時代のシフトを「監視資本主義」として捉え、GoogleやFacebookをその先鋒として位置づけ、新しい見方を提供しています。今年ははじまったばかりですが、おそらく今年のベスト10に入ることは確実の力作です。

    監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い

    監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い

    • 作者:ショシャナ・ズボフ
    • 東洋経済新報社

    Amazon

    The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power

    The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power

    資本主義の三段階のモダン化

    ショシャナ・ズボフによれば、資本主義はこれまで三段階のモダン化が実現されています。最初のモダン化はFordによる大量生産。第二段階はAppleによるデジタル化。日本語的に言えば「モノからコトへ」が第二段階でした。そして、現在進行中なのが第三段階で、これがGoogleからはじまった「監視資本主義」です。

    • 最初のモダン化でFordは生産で革命を起こしました。
    • 次のモダン化でAppleはiPodとiTunesで物理的な制約から資本主義を解放しました。
    • 三段階目のモダン化でGoogleは抽出に革命を起こしました。

    抽出とは原材料の抽出です。そして監視資本主義における原材料とは人の行動データです。そして、抽出したデータを予測サービスに組み込み、さらにこれらのデータは市場で売買されます。さらに、ユーザーの行動にまで影響を与えます。つまり、行動データの抽出プロセスの自動化だけでなく、行動自体に影響を与えて自動化しようとします。

    監視資本主義のはじまりとしてのGoogle

    Googleで行動データはあまり利用されていませんでした。その価値に最初に気づいたのはアニット・パテルだと言われています。アニットは当時は利用されていなかったクリックパターンなどの行動データに着目し、検索結果を学習し、サービス改善できることに気づきました。

    この段階では、個人の行動データはサービス改善に役立てるだけ、監視資本主義ではありませんでした。行動データの価値はサービスに再投資されていたのです。実際に当時のGoogleはマネタイズの道を必死に探している最中でした。最初のマネタイズはYahooや日本のBiglobeとのパートナーシップやスポンサーキーワード広告でしたが、ドットコムバブルが弾けたため、投資家からのマネタイズへの圧力がさらに高まりました。

    そして、Googleは行動データがサービスの改善だけでなく、利益の改善に役立つことを発見しました。その後はみんなのよく知るGoogleです。Googleストリートビューではじまったプライバシー侵害が四つの段階を経て世の中の批判と規制を回避する術を見つけました。無線データのハッキングとかマジでタチ悪いですけどね。

    第一段階:侵入(incursion)

    第二段階:習慣(habituation)

    第三段階:適応(adaptation)

    第四段階:回避(redirection)

    このGoogleのやり方はのちにFacebookなど他の監視資本主義を代表する企業に採用されるようになります。

    失われた機会

    通信品位法230条は監視資本主義が生まれる前に成立した法律です。この法律により、多くのプラットフォーマーはコンテンツのパブリッシャーではなく、図書館のような仲介者だと位置付けられました。

    しかし、プライバシーの侵害による懸念が高まる中、その見直しの動きがはじまった矢先に起こったのが911です。プライバシーよりセキュリティが政治的な優先事項となり、GoogleとCIAなど政府機関など蜜月がはじまります。その代表例がIn-Q-Telですね。スノーデンの告発で明るみに出たNSAのプリズムのような監視プログラムなどもGoogleやFacebookをはじめとする監視資本主義の代表企業の協力があってこそです。

    GoogleやFacebookもロビー活動や献金を通じて、政府の方向が規制に向かないように投資を増やしていきました。本来規制する側の政府を抑えられてしまっては、歯止めを利かせるのはなかなか難しくなってきます。

    不可避主義の嘘

    監視資本主義の企業の常套句に「技術の進歩のためには不可避」という不可避主義があります。利便性を享受したいなら、プライバシーに関してある程度譲歩する必要があるという主張です。

    これは日本の識者からもよく聞かれる主張ですよね。利便性の向上のためなら自ら積極的に行動データを提供したい。もちろん、そういう人たちもいますし、そういう人たちは積極的にデータを提供して利便性を享受すればいい。しかし、そうでない人もいるにもかかわらず、その人たちに選択する権利がないことが「不可避主義」の問題です。

    忘れられる権利を認めることはプラットフォーム企業から人々が権利を勝ち取った事例の一つとなりました。そして、GoogleやFacebookのような行動データを集めてそれを売買することで商売にしている監視資本主義の代表的な企業が主張する「技術の進歩のためには不可避」は真実ではなかったことがわかった事例でもありました。人々は技術の権利を失ったのではなく、民主主義のルールに沿った手続きを踏めば自らの権利を主張して行使できることがわかりました。

    GDPRやクッキー法もそうですが、欧州を中心としてこのような監視資本主義に対する規制が強化されてきています。たとえば、Android端末にGoogleアプリをプレインストールを強要するのは独禁法違反ということで日本円にして約5700億円の制裁金が課せられる判決が言い渡されました。もちろん、欧州にはアメリカ企業の独占に対する政治的な意図もあるでしょう。しかし、大切なのはプラットフォーム企業だからと言って人間が持つ基本的な権利を「技術的に不可避」だという理由で放棄することを強要することはできないということです。

    人質戦略と読む気のしないくらい長く複雑な利用許諾

    「そういうものだから仕方ない」という不可避主義のほかに監視資本主義の企業が使う手口が人質戦略です。ユーザーの位置を示すロケーションデータやCookieなどの行動データの取得を無効にした場合、ほとんどの機能を使えなくすることが多い。これは不可避論にも通じるものがあります。もちろん、そもそも使いたい機能なのか?というのはありますよ。サムソンビジオのスマートテレビから会話を録音してニュアンスに売っているとか、バービー人形の家から子供の行動データを取得するとか実際に行われています。

    でも、そのような商品を購入としたとして、すべての価値を享受するには行動データのトラッキングを受け入れなければいけないというのはいかがなものかということです。

    また、そのような行動データが取得される場合は本来ならユーザーの同意が必要になるのですが、これを規定する利用許諾やプライバシー規定が読む気がなくなるくらい長く、理解しにくいという問題もあります。悪く言えばけむに巻くような戦略がとられていて、それが認められてしまっているというのが現在です。

    この本はどんな人におすすめか

    特に事情通を自任する方には読んでいただきたい書籍です。ひょっとしたらもうすでに理解されているかもしれませんが、「利便性のためには多少のプライバシーは犠牲にすべき」というのが一方的な主張だという知識はアップデートしたほうがいいでしょう。それを選択する権利はGoogleやFacebookではなく、人間にあるという考え方が広まりつつあります。

  • 書評|「チーム人間」対「チームアルゴリズム」|”Team Human” by Douglas Rushkoff

    書評|「チーム人間」対「チームアルゴリズム」|”Team Human” by Douglas Rushkoff

    最近のテクノロジーや技術革新に関する書式は楽観的な「世の中よくなってる派」と悲観的な「世の中あまりよくなってない派」に分かれます。「世の中よくなってる派」の代表は『ファクトフルネス』のハンス・ロスリングや“Enlightenment Now”のスティーブン・ピンカー。「世の中あまりよくなってない派」は『操られる民主主義』のジェイミー・バートレットや“Lab Rat”のダン・リヨンズですね。

    今回紹介する”Team Human”は「世の中あまりよくなってない派」の新しい書籍となります。

    Team Human

    Team Human

    ダグラス・ラシュコフはニューヨーク市立大学でメディア理論やデジタル経済の教鞭をもつ教授で、著書『サイベリア』で初期のサイバーパンク関連の活動でも知られています。そもそもカウンターカルチャーとしてのサイバースペースとの関わり合いなので、貨幣制度に疑問を持ったり、コーポラティズムに接近したりしています。

    人間の不幸の原因

    この書籍では人間は一人ではなくチームで生きているとしています。問題の一つはいき過ぎた個人主義。そして資本主義経済とアルゴリズムによるメカモーフィズムです。デジタルが問題なのではなくて、デジタル資本主義が問題だとしています。

    人間はデジタルと比べて非効率にみえるのは、それはデジタルの視点で人間を見るから。世界を人に置き換えることをアンソロモーフィズム(擬人観)と言いますが、現在は技術を人間に置き換えてみられているメカノモーフィズムとも言える状態になっているとしています。

    生き物はネットワークの中で生きている

    植物も動物も生き物はエコシステムのなかで生きています。ダーウィンの進化論を表すのに「弱肉強食」はあまり正しくなく、いかにエコシステムの中にフィットするかが進化の中に生き残る鍵です。針葉樹と広葉樹の間のエネルギーの受け渡しを菌類が担っているのはその例ですね。

    人間がその中で最も進化したのはそのコミュニケーション能力のため。特に、言語の誕生が大きい。言葉によって人間は他の生物に比べて飛躍的に発展しました。

    テクノロジーはコミュニケーションを助けていない

    ラシュコフは技術はコミュニケーションを阻害してきたし、それは今でも変わらないといいます。印刷技術は知識を保存することを可能にしましたが、プロパガンダにも利用されました。テレビはより多くの人に情報を届けられるようになりましたが、より一人でいる時間が増えました。これはインターネットでも同じことが言えます。テクノロジーによりマイクロセグメンテーションが可能になり、アルゴリズムで同じグループに入れられた人たちが小屋に入れられているようになっています。

    テクノロジーがコミュニケーションを阻害する例が電話会議です。コミュニケーションにはラポールが大切ですし、場所も大切です。しかし、Skypeなどの技術を使ったデジタルでのコミュニケーションはこれらの補完的情報が限られます。そのためにミスコミュニケーションが起きても、それを咎められるのは人間であり、技術ではありません。

    情報は一部の人しか発信することができませんでしたが、インターネットでようやく多くの人が発信できるようになりました。しかし、インターネットにより、コントロールはメディアではなくアルゴリズムになりました。そして、そのアルゴリズムを持つのはGAFAなど少ない数の企業だけです。

    この本はどんな人にオススメか

    正直に言えばこの本は内容がかなり散漫でとらえどころがない部分があります。ぶっちゃけ、以下のYouTubeビデオの方がまとまってるかなと。それでも、最近の潮流である「世の中あまりよくなってない派」の主義主張を理解するためのテキストの一つとしてはいいと思います。

  • 書評|アメリカ海軍特殊部隊から学ぶデザインとリーダーシップ|”The Dichotomy of Leadership” by Jacko Wilink

    書評|アメリカ海軍特殊部隊から学ぶデザインとリーダーシップ|”The Dichotomy of Leadership” by Jacko Wilink

    企業ではいろんな事業やプロジェクトに取り組みますよね。中には、その企業の存続を左右するようなプロジェクトもあるかもしれません。でも、人は死にませんよね。会社が倒産して、そのために社員が路頭に迷って、間接的に人の生死を左右することはあるかもしれませんが。戦場はそうではありません。プロジェクト(オペレーション)は人の生死に直接的に影響します。戦争の倫理的な問題はありますが、現実として戦闘現場でのオペレーションほどシビアなプロジェクトはありません。そして、そこから学べることも多いのです。

    ジャコ・ウィリンク(写真)はアメリカ海軍少佐で湾岸戦争で特殊部隊ネイビーシールズの部隊を率いていました。そこからの経験を元にコンサルティング会社を立ち上げ、”Extreme Ownership“というベストセラーを書きました。この本をひとことで解説すると「リーダーはすべての責任を負う」です。部下が失敗しても、それは上司の責任。ただ、この”Extreme”は誤解を生みやすい言葉です。「極端」になればいいというものではない。そこで今回紹介する最新著書の”The Dichotomy of Leadership”ではバランスをとることの大切さを書いています。

    The Dichotomy of Leadership: Balancing the Challenges of Extreme Ownership to Lead and Win (English Edition)

    The Dichotomy of Leadership: Balancing the Challenges of Extreme Ownership to Lead and Win (English Edition)

    特殊部隊とデザインの共通点

     「軍隊方式」というとトップダウンの指揮形態で、一糸乱れぬ行動をとることを求められるイメージがあります。しかし、実際はそんなことありません。ジャコ・ウィリンクは「戦場における四つの法則」を解説しています。

    1. Cover and move:お互い助け合う。誰かが移動するときは、他の誰かは周りの危険を排除する。
    2. Simple:複雑さはカオスを生み出す。理解できないものは実行できない。
    3. Prioritize and execute:優先順位を決めて行動する。
    4. Decentralized command 全員がリードする。そのためには「何をするのか」だけでなく、「なぜそうするのか」を全員が理解しないといけない。信頼が必要。明確なコミュニケーションが必要。

     この四つだけでも、デザインとの共通点がたくさんありますよね。具体的な例を挙げると、軍隊には“Commander’s Intent”という作戦の目的をざっくりと説明する資料があります。これが上記の四番目”Decentralized command”で重要になります。デザインプロジェクトでいえば「デザイン原則」がこれにあたります。どれだけ緻密に計画を立てて、あらゆる状況を想定して訓練しても、そうならないことが多いのが戦場です。個々が判断できるざっくりとした指針が必要となります。

    そして、個々の現場での行動原則は“Standing Operating Procedures”となります。これはその現場の隊長が部隊の指揮をするためのガイドラインとなります。デザインプロジェクトでいえば「デザインブリーフ」がこれにあたります。デザインブリーフもガイドラインですよね。なぜ「ガイドライン」なのかといえば、戦場で想定通りの状況にならないことが多いからです。デザインプロジェクトでも、ユーザーテストしたら全然ダメだったってこともあります。いきなりSketchやInVisionからはじめてしまうと、どこに立ち返ればいいのかわからなくなります。

    多くのデザイン現場やプロダクト開発現場では「デザイン原則」や「デザインブリーフ」を作りません。ボクは絶対作りますけどね。マジで、皆さんちゃんと作ったほうがいいですよ。

    特殊部隊と企業でのリーダーシップの共通点

    “The Dichotomy of Leadership”では人のバランス、仕事のバランスなど様々な観点でのバランスを戦場での事例と企業での応用で紹介しています。例えば、マイクロマネージメントとフリーハンドのバランス、自分のやり方をどこまで通すのか、トレーニングはどれくらいの難易度が適切なのかなど解説しています。

    その中でも大事だなーと思ったのがリーダーシップ・キャピタルの考え方。リーダーシップは資産だという考え方ですね。無理を通せば資産は減る。それだけの価値があるのかを考える必要があるとジャコ・ウィリンクは言います。また、引き締めるべき時に緩すぎるのもリーダーシップの資産は目減りします。

    リーダーシップ・キャピタルは日本語でいえば「人徳」みたいなものに通じるかもしれないです。日本企業の役員には親分肌で人徳がある人が少なくないです。ただ、それがリーダーシップにつながっているかといえばどうなんだろうと考えてしまいます。それは、リーダーシップ・キャピタルがある程度数値化できるのに対して、「親分肌」は数値化できないからではないでしょうか。

    The Leadership Capital Index: Realizing the Market Value of Leadership

    The Leadership Capital Index: Realizing the Market Value of Leadership

    日本の組織はマネジメント(管理)は得意です。日本が世界に誇るカンバン方式もマネジメントです。しかし、リーダーシップは苦手です。最近は学校でのブラック校則が問題になっています。リーダーシップのない組織はマネジメントに過度に依存して、所属する人たちを締め付けようとします。ブラック校則はその典型的な例ですよね。

    この本はどんな人にオススメか

    もともと管理職向けに書かれた本なので、管理職にある人にはオススメです。特にマネジメント(管理)はできるけど、リーダーシップももっと学びたい人には最適なテキストになるでしょう。

    あと、プロジェクト管理をする人にとっても示唆に満ちたコンテンツが多いのではないかと思います。アジャイルとか方法論以前に、チームでプロジェクトを遂行するとはどういうことなのかという心構えについて学ぶことができます。

    日本の自衛隊はアメリカの軍隊のように戦場の最前線に行くことはありませんが、災害地域での救出活動など様々な人命に関わる活動をしています。せっかくなのだから、自衛隊の人たちがこういう本を書いてくれればなーと思ったりします。

  • 書評|日本ではわかりづらいRedditを理解するためのテキスト|”We Are the Nerds” by Christine Lagorio-Chafkin

    書評|日本ではわかりづらいRedditを理解するためのテキスト|”We Are the Nerds” by Christine Lagorio-Chafkin

    Redditって有名だし、英語圏でビジネスをするならチャネルとしても無視できない。2019年1月時点でのAlexaのランキングでは18位。FacebookやTwitterのような定番以外にグロースハックをやるならRedditは検討しなければいけないチャネルの一つです。Reddit hug of deathというくらい、Redditで注目されればサイトがダウンするくらいトラフィックがきます。中国語ならWeiboを理解できないといけないのと同様な意味で、英語でビジネスをするならRedditを理解できないといけない。

    今回紹介する”We Are the Nerds”は共同創業者の二人であるスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンを中心として創業から現在までを振り返る構成となっています。正直にいえば、前半は登場人物がうまく描ききれていないし、後半はあまり面白くありません。それでも、ここまで詳しくRedditの歴史を追った本はないので、Redditを理解するテキストとして非常に有効です。

    We Are the Nerds: The Birth and Tumultuous Life of Reddit, the Internet's Culture Laboratory (English Edition)

    We Are the Nerds: The Birth and Tumultuous Life of Reddit, the Internet’s Culture Laboratory (English Edition)

    そもそもRedditってなに?

    Redditは日本語版がないので日本人にはあまり馴染みがありません。簡単にいえばコメント機能が充実したはてなブックマークです。自分が気になるリンクをRedditに投稿して、それについてユーザーがコメントする。そのリンクに投票することもできて、高い投票を獲得したリンクが上の方に表示される。Redditにはカルマポイントというポイントシステムがあって、投票などでカルマポイントが増える。これがユーザーにRedditを使ってもらうインセンティブになっているわけです。

    匿名性の高いアクティブなコミュニティーを形成しているのがRedditの特徴です。雰囲気としては日本の2ちゃんねるに近いかもしれません。2ちゃんねるで「ジャンル」と呼ばれるものはRedditではsubredditに近い気がします。そして、各ジャンルの下に「板」がたつ。それでも、Redditはユーザーのハンドル名があるし、完全に匿名とも言い切れません。また、コミュニティーマネージャーが存在して、各subredditにはユーザーによるボランティアの管理人もいます。2ちゃんねるとはやはり違います。英語で2ちゃんねるに近いのは4chan8chanですね。

    Redditのはじまり

    スティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンは後にY Combinatorを立ち上げるポール・グラハムに心酔していて、わざわざ講演を聞きにボストンまで出かけて行き、自分たちのスタートアップアイデアをピッチしました。この時はまだY Combinatorを立ち上げていなかったのですが、この出会いがきっかけでY Combinatorの最初のバッチにスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンは補欠で選ばれます。本当は落ちていて、失意のまま電車で帰る途中だったのですが、当時、Y Combinatorを一緒に立ち上げた彼女のジェシカ・リビングストンに「え?あの子達いいじゃない!」という鶴の一声で呼び戻されました。スタートアップアイデアが認められたというよりも、二人の将来性が認められた形でした。

    RedditのアイデアはY Combinatorの期間中にポール・グラハムも関わり合いながら形成されました。当時はブックマークサービスのdel.icio.us(はてなブックマークの元ネタ。紆余曲折を経て実質的に2017年終了)や掲示板サイトのSlashdotが人気でした。ポール・グラハムのモットーは「あまりイカしていないそこそこのサービスを最高のサービスにブラッシュアップさせろ」でした。del.icio.usもSlashdotも人気はあったのですが、まだまだ改善する余地がある。そうして生まれたのがRedditのアイデアだったそうです。

    インターネットコミュニティーと企業文化

    サービスとしてのRedditと2ちゃんねるの違いより、それを運営する企業文化の違いの方が大きいと思います。両方ともプラットフォームであり、そこでユーザーが何をやらかしても自由という精神で運営されています。リバタリアン思想。「メディアではなく、プラットフォーム」という位置付けは責任回避にも都合がいいので、FacebookもTwitterも同じ姿勢を取っています。いわゆるソーシャルメディアやソーシャルニュースは「完全自由」と「完全管理」で白黒くっきり別れるわけでなく、様々な濃淡のグレースケールのどこかに位置する感じとなります。大手になるほど管理が強くなります。2ちゃんねるは完全自由に近いですよね。Redditも当初は完全自由だったのですが、大手出版社のConde Nastに緩やかにではありますがコンテンツの管理をするようになります。そういう意味ではニコニコ動画に近いんじゃないかと思います。

    Reddit(2005年6月)より半年先がけてDigg(2004年11月)がローンチして人気が出ます。RedditとDiggは非常に似ていました。着想自体はほぼ同時期なのですが、人気はDiggの方が高かったためにRedditは模倣サイトとみられることも少なくなかったそうです。Redditは2006年10月にConde Nastに買収されたのですが、Diggは2012年でした。

    結局、DiggはRedditに抜かれてしまうのですが、これも企業文化なのかなと思える部分があります。Conde NastはRedditをほぼ自由に運営させていましたが、投資もほとんどしなかった。スタッフは本当に最小限。それに比べるとDiggは2005年、2006年のシリーズAとBの後、2008年に日本円で30億円近い資金を調達しています。そして、2010年に大規模なデザインのリニューアルを行うのですが、これがユーザー離脱の原因となってしまいました。コミュニティー運営って難しいですよね。

    経営と運営の違い

    Redditが2006年にConde Nastに買収された後も、彼らが引退する2009年までスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンを中心としたコミュニティー運営母体としての色合いが強かった印象を受けます。コミュニティー運営のための決断(主にオハニアン)や開発上の決断(主にホフマン)はしますが、経営上の決断はほとんどしていません。

    経営判断をするようになったのはPayPalマフィアの一員でFacebookでもディレクターとして機械翻訳プロジェクトなどで成功したイーシャン・ウォンがCEOになってからでしょう。ただ、経営者としてあまり有能ではなく、経営者(=経営)と現場(=運営)の乖離が大きくなってしまいました。その後任のエレン・パオもそれはあまり大差がなく。Redditの経営は全くうまくいってませんでしたが、運営はできていた。経営の役割って一体なんだろう?と考えさせられます。

    この本はどんな人にオススメか

    英語圏でビジネスをやる人は読んだ方がいいでしょう。インターネットコミュニティーが何にどのように反応するのか、Redditで実際に起きた出来事はコミュニティー運営の共有知となっています。ストライザンド効果なんて代表例ですね。

    ソーシャルニュースサイトにおけるオープンソース(Redditのコードはオープンソースとして公開されていた)の意味とか、ImgurなどRedditのコバンザメとして発展してきた外部サービスとか。まあ、実際にRedditを使ってみるのが一番ではあります。

    ただ、(個人的な感想ではありますが)著者が読者をぐいぐい引っ張っていく力量がないため、ストーリーとしてあまり面白くない。感情移入しにくいんですよね。本来ならエレン・パオがCEOになってからの彼女の戦いはスタートアップのジェンダー論争にとって重要な意味があるのですが、そこまでたどり着くまでなかなか苦痛です。エレン・パオが辞めたあとにスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンがRedditに復帰するのですが、ぶっちゃけそこまで読めていません。

  • 書評|自分のペースで仕事をする大切さ|”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work” by David Heinemeier Hansson and Jason Fried

    書評|自分のペースで仕事をする大切さ|”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work” by David Heinemeier Hansson and Jason Fried

    いきなり個人的なことですが、ボクは最近になって日本企業で働いています。これまでずっと外資系企業に勤めたり、海外でスタートアップやったりしていたので、日本企業で働くのは本当に初めてのことです。で、これが驚くほどに快適なんですね。なぜかといえば、自分のペースで自分の好きな仕事を存分にできるからなんだと思います。

    自分の仕事が会社に貢献できていると感じることができる。それでいてオフィスにも基本的には定時しかいないし、そのあとは仕事とは関係のない好きなことができる。これほど幸せなことはありません。

    ひょっとしたらボクが所属する部署が特別なのかもしれない。ボク自身が特別な扱いを受けているのかもしれない。でも、大切なことは日本企業の中にも(レアかもしれないけど)そういう場所があるということです。

    今回紹介する書籍”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work”を書いたジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイナー・ハンソン(通称DHH)が経営しているBasecampもスタートアップ界のレアケースとも言える幸せな場所です。

    NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)

    NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)

    • 作者:ジェイソン フリード,デイヴィッド ハイネマイヤー ハンソン
    • 発売日: 2019/01/31
    • メディア: Kindle版
    It Doesn't Have to Be Crazy at Work (English Edition)

    It Doesn’t Have to Be Crazy at Work (English Edition)

     

    スロースタートアップ

    以前に「スロースタートアップ」として外部から資金調達をせずに、自己資金だけでゆっくりと成長しているスタートアップを紹介しました。MailChimpdribbbleなどです。Basecampはスロースタートアップの代表です。

    Basecampは1999年にジェイソン・フリードを含む3人の共同創業者とともに37signalsとして立ち上がりました。もう20年も事業が続いています。広く使われている開発フレームワークのRuby on RailsはBasecamp開発のためにDHHによって作られてオープンソースになったものです。開発言語としてのRubyがこれほど普及したのはRuby on Railsのおかげです。

    Basecampのようなスロースタートアップは外部から資金調達をせずにブートストラップ(自己資金だけ)で経営しています。しかし、多くのスタートアップは外部から大きな資金調達をして、大きくスケールすることを目指します。前回紹介した”Lab Rats”を書いたダン・リオンズに言わせれば、それこそが不幸の原因です。

    売上は全ての傷を癒す(Revenue heals all wounds)

    スタートアップには多くの金言があります。「売上は全ての傷を癒す”Revenue heals all wounds”」はその一つです。成果が出ないと組織内の雰囲気はどんどん悪くなります。他部署への批判が増え、モラルが低下します。しかし、どれだけ苦労しても成果が出れば報われる。雰囲気は一気に明るくなる。一般的には「時は全ての傷を癒す”Time heals all wounds”」ですが、時だけが過ぎて売上がなければ企業は死んでしまいます。結果が全てなのがスタートアップです。

    Basecampが外部から資金調達をせずに20年間事業を継続できているのはコストをカバーするための十分な売り上げがあり、利益を確保しているからです。どうやって?ユーザーから愛されるプロダクトを作る。それだけのことです。「ユーザーを理解する」、「ユーザーの声に耳を傾ける」、「それをプロダクトに反映する」です。それだけのことなのですが、それをするのが難しい。

    「売上は全ての傷を癒す」のですが、それは「ユーザーから愛されるプロダクトを作る」しかないんです。ボクが会社の中でやってることも、結局のところは顧客起点で考える習慣を作ること、そこから得た知見をもとにユーザーが求めるであろうプロダクトを科学的に検証して早くリリースすること。それしかないんですよね。

    立ち止まる大切さ

    Bootcampでは全ての人たちが自分のペースで働いています。チームで仕事をする場合、他人のスケジュールに影響されることがありますよね。Aさんがいないと自分の仕事が先に進まない。Basecampではそんな時にどうするのか?待つのです。Aさんがその仕事に取りかかれるまで待つ。

     

    Basecampは長い時間をかけて自分たちにとって最適な開発サイクルを作りました。ゴールはないが、そのサイクル期間内に実装したい機能はある。でも、実装できなかったらそれは次のサイクルで実装する。それがBasecampで自分のペースで仕事をできる秘訣です。

    日本の多くの課題は「待つ」ことで解決するんじゃないか

    トーキョーネイティブではない人から「東京の人はぶつかっても謝らないでそのまま立ち去ってしまう」って言われることがあります。自分はトーキョーネイティブですが、確かに「感じ悪いなあ」と思うことはありました。後ろから来て人の目の前を平気で横切る。何も言わずに黙ってぶつかりながら進む。ドアを後ろから来る人のために開けておくのは海外では常識なのですが、日本でそれをやる人は少ない。ボクは正直なところ、日本人は「他の国の人たちと比べると優しくない」と捉えていました。「おもてなし」も非常に表面的で、お金を払うお客さんにだけ。赤の他人にはとても冷たい。

    でも、実際は人間として「他人のことを思いやる」ことに国や人種は関係ない。日本人だけ特別に「氷のように冷たい心」を持っているわけではない。単に、他人を思いやる行動ができないだけ。どうすれば他人とぶつからないのか?道を譲ればいいんです。立ち止まればいい。それだけのことなんです。

    満員電車も無理に詰め込んで入らなくても、次の車両を「待て」ばいい。自分の進行方向に人がいて通れない場合、「すみません、ちょっと通ります」といえばいい。黙ってぶつかって押し分けて通らなくてもいい。海外ではみんな”Excuse me”って言うでしょ?英語の授業でも習いましたよね。母国語である日本語でもそうしましょう。

    日本人はスタート時間にこだわりがあって、他人が遅れると気分を害してしまいがちです(そのわりに終わる時間にはルーズなのですが)。でも、待てばいいのではないでしょうか。「待てばいいんだ」と思えばいろんなフラストレーションは消えて無くなります。

    この本はどんな人にオススメか

    いわゆる「働き方改革」のヒントがたくさん詰まっています。根本的には「ユーザーが愛するプロダクトを作る」と「必要な利益を確保する」なんですが、それをした上で、どうすれば幸せな職場環境を作れるのか。そう言う意味では、上級編なのかもしれません。小手先だけ真似してもうまくいかない。

    経営者も、従業員も、顧客も幸せにできる企業を作って維持するのって簡単じゃないと思います。Basecampはそれが20年続いている非常にレアなケースです。そこから何か少しでも学びたいと思えるなら、この本はとてもオススメです。

  • 書評|スタートアップとベンチャーキャピタルの関係を説明したバイブル|”Venture Deals” by Brad Feld, Jason Mendelson

    書評|スタートアップとベンチャーキャピタルの関係を説明したバイブル|”Venture Deals” by Brad Feld, Jason Mendelson

    スタートアップ界隈では尊敬されている人たちがいます。今回紹介する”Venture Deals”の共同著者のブラッド・フェルドはその一人です。コロラド州のボルダーはスタートアップの活動が活発ですが、そのスタートアップコミュニティーを立ち上げる主役の一人がブラッド・フェルドでした。その過程を綴った”Startup Communitties”はコミュニティー活動に関わる人たちにとってのバイブルの一つです。

    Startup Communities: Building an Entrepreneurial Ecosystem in Your City (English Edition)

    Startup Communities: Building an Entrepreneurial Ecosystem in Your City (English Edition)

    ブラッド・フェルドはTechstarsという小規模のベンチャーキャピタルをボルダーでジャレッド・ポリスとともに立ち上げました。ちなみに、ジャレッド・ポリスは2018年にコロラド州知事となりました。そんな彼らがスタートアップのために事細かにベンチャーキャピタルからの資金調達について書いた”Venture Deals”はスタートアップを目指す人ならほぼ必ず読む本の一つです。すでに第3版まで出ていて、その時に合わせて内容も若干アップデートされています。

    Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist

    Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist

    ベンチャーキャピタルというのはなかなかわかりづらい存在です。スタートアップにとっては資金調達の王道。資金を出してくれる人たちです。しかし、その資金がどこからきて、ベンチャーキャピタル自身はどのようにお金を儲けているのかきちんと理解をしている人はそれほど多くないと思います。まあ、普通に会社勤めをしていれば関係ないですからね。それでもお金ってどう循環して経済が回っているのかは理解していて損はないでしょう。簡単に言えば、リクルートのリボン図で「お金を投資したい人たち」と「

    投資を受けて事業をしたい人たち」を結びつけるのがベンチャーキャピタルです。

    経済はお金が循環することで発展します。金融機関の仕事はお金を動かすことです。その動かす先の一つがベンチャーキャピタル。ベンチャーキャピタルの役割はいい投資先を見つけたい人と投資を受けたい人にお金を流すことです。よく誤解する人がいるのですが、ベンチャーキャピタル自身がたくさんお金を持っていて、その投資益で儲けているわけではないのです。

    「いい投資先を見つけたい人」はプライベートエクイティファンドなどです。例えば私たちの年金もそう。ほら、私たちにも関係あるでしょ?すごく簡単に言えば、出資する人をリミテッドパートナー(LP)、それを運用する人をジェネラルパートナー(GP)といいます。ベンチャーキャピタルにとってのお客さんは資金の運用を任せてフィーを払ってくれるリミテッドパートナー(LP)ということになります。で、そのリミテッドパートナーのお客さんは?普通の個人や法人ですね。私たちを含め。

    日本語の本では(これもやはり起業家にとってのバイブルとされている)『起業のファイナンス』が”Venture Deals”に近いです。ただ、”Venture Deals”はベンチャーキャピタルが書いただけあって、ベンチャーキャピタルがどう動いているのかを詳しく解説してくれています。

    起業のファイナンス増補改訂版

    起業のファイナンス増補改訂版

    この本はどういう人にオススメか

    ベンチャーキャピタルから資金調達をしたい人にはもちろんオススメです。あと、スタートアップ的なやり方に批判的な立場をとる人にもオススメです。欧米ではすでにミルトン・フリードマン的なスタートアップ的なやり方に限界を感じる人たちが出てきています。それが日本に波及するのもそう遠くないのではないかと思います。

    しかし、実際にどちらが「正しい」か「正しくない」とくっきり白黒つけられるものではありません。きちんと双方の立場を理解した上で、自分なりの判断をしていくしかないのです。そのために、スタートアップ的な資金調達のバイブルであるこの本は役に立つでしょう。

     

  • 書評|現場のiPhone開発者が見たAppleの創造力の源泉とは?|”Creative Selection” by Ken Kocienda

    書評|現場のiPhone開発者が見たAppleの創造力の源泉とは?|”Creative Selection” by Ken Kocienda

    Appleの株価は2018年8月に米国史上初の時価総額が10億ドル(1000億円)を超えました。そして、同年10月をピークにして、2019年1月にはアメリカで一位から三位まで転落してしまいました(一位はアマゾン、二位はマイクロソフト)。

    Appleの想像力の源泉と言えばスティーブ・ジョブス。Appleの洗練されたデザインを生み出したとされるのはジョナサン・アイブ。おそらく、ここくらいまではテクノロジー分野に興味がある人ならわかるでしょう。Appleについて少しは詳しい人ならiPodの生みの親のトニー・ファデルやiPhoneの生みの親のスコット・フォーストールも知ってるでしょう。そして、それを業務面で支えたのが現CEOのティム・クックでした。

    でも、実際には彼らだけでiPodやiPhoneが生み出されるわけではありません。彼らは確かにビジョンを描き、その実現のためにチームを牽引しました。iPodやiPhoneレベルのイノベーションは小さなイノベーションの集まりです。その小さなイノベーションを実現するのは世には知られることのない名もなきデザイナーでありエンジニアです。今回紹介する書籍”Creative Selection”はAppleのエンジニアとしてSafariブラウザ、iPhoneとiPadのソフトキーボードの開発をしたケン・コシエンダが自らの経験をモノローグとして語っています。

    Creative Selection: Inside Apple's Design Process During the Golden Age of Steve Jobs

    Creative Selection: Inside Apple’s Design Process During the Golden Age of Steve Jobs

    iPhoneの開発を指揮していたのはスコット・フォーストール。初代のiPhoneは「パープル」というコードネームで少数のエンジニアが一般の社員からは隔離されて開発していました。ちなみに、iPadのコードネームは「K48」でした。

    創造は取捨選択の連続となります。いきなりいいものが出来たりはしない。試行錯誤をしながら徐々にいいものに仕上がっていく。Googleに代表されるシリコンバレーの企業は科学的な手法で取捨選択をします。代表的なのはABテスト。AとBを比べて、量的に優れた方を選択する。これは人工的な取捨選択です。

    ケン・コシエンダはAppleの開発スタイルはGoogleのような人工選択ではなく、自然淘汰だと感じたそうです。タイトルとなっている”creative selection”は創造的淘汰は自然淘汰のことなんですね。そして、その創造的な自然淘汰を支えているのが以下の7つの要素。

    • 刺激(inspiration)
    • 共同作業(collaboration)
    • 技巧(craft)
    • 勤勉(dilligent)
    • 決断(decisive)
    • 趣味のよさ(taste)
    • 共感(empathy)

    Appleで成功するチームはこの要素を持ち合わせているそうです。ケン・コシエンダが担当していたソフトウェアキーボードもアイデアをのグレッグ・クリスティ(Human Interfaceチームの責任者。後にジョニー・アイヴとの対立でAppleを去る)やバス・オーディン(iPhoneのUIに大きな影響を与えたデザイナー)といった多くの人たちとのコラボレーションによって徐々に磨きがかかっていきます。Appleの開発は秘密主義で有名なので、ユーザーでテストすることはできない。必然的にGoogleのような科学的なアプローチは限られているんですね。

    エンジニア達が作り上げた動くプロトタイプを初代iPhoneの開発責任者だったスコット・フォーストールがジョブスに見せていいかどうかを見極める。そして、最終的にはジョブスの判断。全く科学的ではない。これはヒューリスティックなアプローチとアルゴリズミックなアプローチかの違いでもある。AppleはよりヒューリスティックでGoogleはよりアルゴリズミック。どちらが「いい/悪い」のような二元論ではなく。単に違う。

    ティム・クックになってAppleから創造力が失われました。AppleやGoogle、Microsoftのような大企業の場合、一人の人間ができることは限られています。それはスティーブ・ジョブスであろうと、現在のMicrosoftを引っ張っているサティヤ・ナデラであろうと同じです。企業のトップができるのはその組織に方向性を示して、人材がその力を発揮できるようにすることです。つまり、リーダーシップとタレントです。この本を読んで、優秀な人材はどこにでもいて、それを活かすも殺すもリーダー次第なんだなあと強く感じました。

    この本はどんな人にオススメか

    もちろん、Apple信者にはオススメです。あと、開発でヒューリスティックなアプローチを取り入れたいと考えている人にも参考になるかもしれません。多分、日本人にとってはGoogleのようなアルゴリズミックなアプローチより、Appleのようなヒューリスティックなアプローチに親近感を覚えると思うんですよね。どっちがいいというわけではないのですが。