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  • 書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|”Lab Rats” by Dan Lyons

    書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|”Lab Rats” by Dan Lyons

    今回紹介する著書のダン・リオンズさん。見ての通り、オッサンです。ずっと編集畑を歩んできて、リストラされる。心機一転、スタートアップ(Hubspot)の世界に飛び込んだもののやっぱりリストラ。スタートアップめ!ざけんじゃねーぞ!とスタートアップ界隈をdisった前著の”Disrupted“が大ヒット。余勢をかってスコープを広げたのが今回紹介する”Lab Rats”となります。

    Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

    Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

    スタートアップの価値観って本当に正しいですか?

    こういう本って下手したら逆恨み感満載の負け犬の遠吠えになってしまいます。ここまでいろんなことに噛み付いていると、単なる狂犬なのではと思われてしまう危険性もある。実際に、これが「ユニコーン」という言葉が生まれた5年前(2013年)だったらそう取られていたでしょう(前著の”Disrupted”は2016年)。

    しかし、最近はユニコーンって本当にそれだけの価値があるの?と疑問符がつきはじめてきました。実際に利益が出ている会社なんてほとんどない。GoogleやFacebookは例外中の例外(統計でいえば異常値)であって、本当はシリコンバレーのやり方は正しくないんじゃない?

    スタートアップという病

    大企業でもスタートアップ的なやり方を取り入れることが多くなってきました。この本で冒頭に出てくるレゴ・シリアスプレイなんて典型的な大企業向けスタートアップ風ワークショップですよね。ボクもアムステルダムに住んでいた頃にいくつかシリアスプレイのワークショップに参加したことがあります。面白いとは思ったけど、特に何かの役に立ったということはありませんでした。

    ダン・リオンズは「わかっている人はわかってる、こんなこと意味ないと」と言います。しかし、こういうスタートアップ的なものに意味がないというと周りから「古臭くてダメなやつ」というレッテルが貼られる。チームプレーヤーだと思われない。だから、声を上げることができない。あれ?同調圧力って日本独特なものではないんですね!

    どこで資本主義は間違ったのか?

    マイケル・ムーアの『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』が2015年に公開されたのは偶然ではないでしょう。ボクたち戦後の日本人はアメリカからの影響を強く受けているので、アメリカの価値観が世界の価値観だと思ってしまう傾向があります。グローバルスタンダードといっても、それはアメリカのスタンダードだったりします。それを二つの金融危機を通じてアメリカ自身が気づいたのがこの頃だったのではないでしょうか。そして、アメリカ資本主義の価値観をドーピング強化したのがベンチャーキャピタルが作ったスタートアップのエコシステムというのがダン・リオンズの見立てです。

    ダン・リオンズも資本主義自体が間違ってるとは主張していません。どこかで道を間違えたとしたらそれはミルトン・フリードマンではないかと主張しています。つまり、会社は株主の利益を追求すべきという考えに基づいた資本主義ですね。最近の書籍ではミルトン・フリードマンは悪者として描かれることが多い気がします。利益追求こそが企業の役目という姿勢がそもそも間違ってない?ということです。人の幸せってそういうことだっけ?

    アメリカ企業で人事(じんじ)は人事(ひとごと)な理由

    アメリカ企業は組織の新陳代謝が早いと言われています。これは、生産性の低い社員を生産性の高い社員に常に置き換えるからです。年功序列ではなく、実力主義だからというのは表面上のことです。それはシリコンバレーの男性至上主義なブロカルチャーが批判されていることでもわかりますよね。純粋に実力が評価されるのであれば、女性やマイノリティーの割合はもっと高いはずです。

    シリコンバレーだけでなく、大企業でも「実力主義」は様々な行動に表れています。例えば、PIP(業務改善プログラム)という社員のクビを切る仕組みが大抵どこの会社でもあります。本来は文字通り、パフォーマンスの悪い社員の改善を助けるプログラムなのですが、慣習としては裁判を起こされないようにちゃんとクビを切る手続きとなっています。

    コンサルティング会社などではUp or Out(上にあがるか、会社を去るか)と言われますし、最悪な場合はburn them out, churn them out(燃え尽きさせて、追い出せ)なんて言われます。特に給与のインセンティブが高い(歩合制:基本給が50%で歩合ボーナスが50%とか)の営業に多いのですが、このインセンティブミックスで歩合の割合が高いほどギャンブルに近くって、「今期刈り取りすぎて、来期は成績が達成できなそうだなー」なんてなると辞めてしまいます。この場合は雇用側も置き換え可能なモノとして社員を見てしまうし、雇用される側も企業(とその顧客)を焼畑農業の農地としてみてしまう。

    このような社員やパートナーを代替可能なモノとして扱う考えの発端はフレデリック・テイラーなのだそうです。そして、そのシリコンバレーの伝道師が“We are a team, not a family”で有名なNetflixの創業者リード・ヘイスティングであり、それを忠実に人事のトップとして実践して自らもNetflixをクビになったパティー・マコード、「ブリッツスケール」を提唱しているLinkedInの創業者リード・ホフマンです。PayPalマフィアの中でリード・ホフマンはまともな方だと思っていたのですが、ダン・リオン的には他の「クソ野郎」と同じだそうです。

    ギグ経済で人が商品になる(サービスとしての人間:Human as a Service)

    この究極の形がギグ経済だとダン・リオンズは言います。ギグとは小さな請負仕事のこと。クラウドソーシングがこのギグ経済を作り上げました。フリーランスの人たちが正規雇用とならずにクラウドソーシングで仕事を得ることができるようになりました。それなりに生活費は稼げていて、それでも本当に時間が余っている人にはすごくいいですよね。基本の生活費ではなく、プラスアルファをクラウドソーシングで稼ぐ人たち。でも多くの場合は企業に所属して安定した収入を得ることができない人たちが基本の生活費を稼ぐためにクラウドソーシングで小さなギグを拾っています。

    ギグ経済って企業(資本家)にとってはとても都合がいい。だって、正規雇用をしなくていいから、コストをいつでも最適化できる。いつでもクビにできる。社会保障費も必要ない。福利厚生も必要ない。

    Uberはこの本の中で悪い例として頻繁に出てきます。Uberは人を人として扱わないことで有名です。少なくとも、トラヴィス・カラニックがCEOの頃はそうでした。Uberの立場からすれば「空いている時間を自由に使ってお金を稼げる仕組みを作ってる。嫌なら使わなければいい」だし、働いている立場からすれば「ドライバーを最低賃金以下で社会保障もなく働かせている。Uberのおかげでタクシーでは働けなくなった。」になる。

    洗脳ツールとしてのアジャイル

    人事が開催するトレーニングって洗脳儀式めいたところがあります。もちろん、仕事で本当に役に立つトレーニングもありますよ。プログラミング言語とか英会話とか。ハードスキルですね。ソフトスキルだとクリティカルシンキングとかデザイン思考も、まあ悪くはない。それを実際に使って仕事をする機会はたくさんある。でも、冒頭で紹介したレゴ・シリアスプレイあたりになるとかなり怪しくなってくる。「こういうマインドセットで働いてくださいね」という型にハメてくる。ちょっと前だと『7つの習慣』とかね。

    もちろん、これは人事としては「企業文化」を作るためにこういうソフトトレーニングをやっています。悪気があるわけではない。英語に”weed out”(雑草を刈る)という言葉がありますが、「企業文化」に合わない人材は雑草なので出て行って欲しい。Zapposトニー・シェイがホラクラシーを導入するときに30%の従業員が会社をさったのと同じですね。そこまで大胆じゃないにしても、洗脳系のトレーニングに参加する方もそれは理解しているから分かったフリをする。外資系企業ってそうですよ。

    ダン・リオンズはアジャイルもこの部類に入るとしています。結局のところ、ウォーターフォールもアジャイルも手段でしかない。アジャイルが適切な開発があれば、ウォーターフォールが適切な開発もある。それを一つの枠に押し込めては、適材適所ができなくなってしまう。アジャイルが開発だけに留まっていればまだいいが、アジャイルマーケティングとか本来のアジャイルとは関係ない「アジャイルほにゃらら」になると怪しさが一気に増してきます。アジャイル自体がそれほど歴史がないのに、その亜流の「アジャイルほにゃらら」が成熟した手法であるはずもなく、実績もない。それでも企業研修に取り入れられているする。それは、実際のスキル開発というよりは「企業文化」のため。つまり、洗脳ツールとしての機能を求められている。

    新しい資本主義

    もちろんダン・リオンズは文句を言っているだけでなく、目指すべき方向も(本人が認めるように不完全ではありながら)示しています。ベンチャーキャピタルはミルトン・フリードマンの「悪しき資本主義」の究極の形ですが、「よい資本主義」を目指す新しいベンチャーキャピタルが誕生してきています。その代表例がLotus 1-2-3を開発したロータス創業者のミッチ・ケイパーが設立したケイパー・キャピタルです。

    ケイパー・キャピタルのミッションは「社会に存在する格差を埋める」ことです。地域格差、人種格差、性別による格差。こういうことをなくしていくスタートアップに投資しています。実はかなり初期の2010年にケイパー・キャピタルはUberにも投資をしていました。そして、Uberが創業者であるトラビス・カラニックのセクハラ疑惑が浮上すると、Uberの取締役会と投資家に向けてブログでオープンレターを公表しました。

    投資家は投資した企業の価値を最大化することを目的としています。なので、たとえその企業が(利益以外のいことで)うまく行っていなくても、大っぴらに批判することはありません。それは企業価値を貶めてしまう可能性があるからです。しかし、ケイパー・キャピタルはあえてそれをしました。このケイパー・キャピタルはシリコンバレーの伝統的な投資家からは非難されましたが、ケイパー・キャピタルは彼らのミッションに忠実であっただけです。

    新しい資本主義に方向転換するには投資家だけでなく、企業も変わらないといけません。その代表例がBasecampです。Basecampの創業者たちが書いた”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work”についてはそのうちに書評として紹介します(鋭意執筆中)。

    この本はどんな人にオススメか

    何事も過ぎれば「宗教」となり、盲目的に信じてしまいます。アジャイルもリーンもデザイン思考もそれは同じです。たまには距離をとって客観的に見つめることも大切です。この本はいわゆるスタートアップ的な見方をクールに見つめ直すのに最適です。

     

  • 書籍|本当のマーケティングの話|”This is Marketing” by Seth Godin

    書籍|本当のマーケティングの話|”This is Marketing” by Seth Godin

    顧客起点とよく言いますよね。本来であれば「マーケティング」というのは顧客のことを理解して、顧客が求めるものを作り、届けることです。「営業」は顧客の困りごとを理解し、その困りごとを解決する方法を紹介することです。 つまり、顧客起点とは顧客への奉仕です。マーケティングはサービスです。

    でも、実際には「マーケティング」はSEOを意識したキーワード対策だし、ダメな商品やサービスをキレイな写真や有名タレントでごまかすことですよね。どうすればバズるのか。「営業」も必要ないかもしれない商品やサービスをあたかも必要なもののように誤魔化しながら売ることですよね。そこに「罪悪感」があればまだいいのですが、「それが仕事だから」とロボットのように会社と仕事に奉仕してしまうことが多いのではないでしょうか。「仕事だから」ってよく聞くフレーズです。

    パーミッション・マーケティング』で日本でも有名になったセス・ゴーディンはその新著”This Is Marketing”でマーケティングは根本的に変わったと言います。

    This is Marketing: You Can’t Be Seen Until You Learn To See

    This is Marketing: You Can’t Be Seen Until You Learn To See

    インターネットでマーケティングが変わった

    こう書いてしまうと「なにをいまさら当たり前のことを言ってるんだ!?」と思う人も多いでしょう。このカタパルト・スープレックスを読んでいる人ならなおさらでしょう。でも、本当にそうですか?では、その「当たり前」の考えや知識に従って、行動も「当たり前に」変わっていますか?

    当たり前なら、なんでマーケティングは変わっていないのでしょうか?テレビや雑誌のマスメディア時代と同じ広告主体のマスマーケティングの価値観から抜け出すことができないのでしょうか?全ての人に満足してもらう、万能商品を作ることも売ることもできないのに。これがこの本の本題です。では、マーケティングはどうあるべきなのでしょうか。

    マーケティングとは何か

    セス・ゴーディンによればマーケティングとは変化を起こすことです。開発はモノやサービスを作ります。しかし、作るだけでは「変化」は起こせない。それが必要な人たちに気づいてもらわなければいけない。例えば何かいいアイデアがあり、それを上司に認めてもらい、予算を承認してもらい、実現に向けて実行したいとする。「アイデアを実現する」という「変化」にはマーケティングが必要です。上司がどのような価値観に基づき、何を求めているのかを理解しなければいけない。

    つまり、マーケティングとは「変化を起こすこと」であり、「マーケティングの課題」があるというのは「何か良い変化を起こすことができる」ということです。

    背の高いひまわりは根を深くはっている

    「より大きく」は変化の一つです。より高く、より安く、より使いやすく。マーケティング担当者は「どうすればバズるのか?」と悩みます。これは戦術の問題です。そして、最初に悩むべきはそこではありません。成長をひまわりにたとえ、より背の高いひまわりを育てたいのであれば、根を深くはらなければいけません。

    では、どこからはじめるべきなのか?セス・ゴーディンのロジックはこうです。

    • 戦術は「差」をつけることができる
    • 戦略はすべてを「変える」
    • しかし、文化は戦略を打ち負かす
    • だから、文化こそ戦略であるべき
    • 文化は「人の集まり(マーケット)」

    「文化」とは人の集まりです。この本では『リーン・スタートアップ』のMVPになぞってSmall Viable Market(SVM)という言葉がよく出てきます。ビジネスとして成立するための最も小さなマーケットという意味です。自分たちが奉仕したい最小限のグループはどこにいるのでしょうか。そこから「文化」を作りはじめましょう。

    マーケターが理解しなければいけないこと

    これを実現するためにマーケターは次のことを理解しないといけません。

    • 想像力のある人たちが全力を尽くせば世界を変えることができる
    • しかし、全ての人を変えることはできない
    • 「変化」は意識して起こす
    • 人はそれぞれ自分の「ものがたり」がある
    • 同じ「ものがたり」を持つ人たちを探す必要がある
    • 企業やプロダクト自身の語る「ものがたり」は重要ではない、人々が企業やプロダクトについて語る「ものがたり」が重要である

    マーケットを理解するということ

    マーケターが問い続けなければいけないのは二つだけです。

    • これは誰のため?
    • これは何のため?

    マーケティングの世界でよく引用される格言に「人々が欲しいのは1/4インチのドリルではなく、1/4インチの穴である」(セオドア・レヴィット)があります。しかし、本当にそうでしょうか?とセス・ゴディンは問いかけます。本当はこうでないでしょうか?

    • ほしいのは、ドリルでなく穴。
    • しかし本当にほしいのは棚。美しい本棚
    • それを作るためのきれいな穴
    • そして、大切なのは棚を自分で作ったということ(達成感)
    • そして、それを家族が褒めてくれること(承認)
    • 床に散らかっていた本が片付き、気持ちが安らぐこと(安堵感)

     つまり、欲しいのは「達成感」であり「家族からの承認」と「片付いたという安堵感」ですよね。そして、これこそ「ものがたり」です。

    この本はどんな人にオススメか?

    マーケターだったら読んだほうがいいでしょう。この書評では出だしのサマリーしか書いていませんが、内容的には「戦術」までカバーしています。しかし、戦術だけ真似ても全く意味がないし、効果もありません。この書評に書かれているような本質的なマーケティングを実施したいと考えるのであれば、とても役にたつと思います。

    当然ながら経営者やスタートアップ創業者も読んだほうがいいでしょうね。結局のところ、マーケターが会社に奉仕するマシーンになってしまうのは、それを経営者が求めるからです。経営者がマーケターにとってのロールモデルだからです。

  • 書評|『ブラック・スワン』脱落組がナシーム・ニコラス・タレブに再挑戦|”Antifragile” by Nassim Nicholas Taleb

    書評|『ブラック・スワン』脱落組がナシーム・ニコラス・タレブに再挑戦|”Antifragile” by Nassim Nicholas Taleb

    ボクは本をいっぱい読むほうだと思いますが、頭がいいとは言えません。難しい本とか全然理解できません。その代表例がボクにとってはナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』です。もちろん、その骨子はわかりますよ。白鳥は白いと思っていたら突然に黒い白鳥(ブラック・スワン)が出てきて、あらビックリ。世の中って不確実で予想できませんね。昔の経験って当てになりませんね。たったそれだけの話になんであんなに分厚い書籍が出来上がるのか全く理解できません。たぶん、それはボクが完全に理解していないからそう思うんですよ、頭が悪いから。

    『ブラック・スワン』ではウンベルト・エーコ の図書館の話が出てきます。ウンベルト・エーコが原作でショーン・コネリー主演の映画『薔薇の名前』は大好きですが、ウンベルト・エーコ の小説自体は難解ですよね。他にもトマス・ピンチョンとかガブリエル・ガルシア=マルケスとか難しい小説を書く作家はたくさんいますが、どうも難しい本は苦手です。憧れますけどね。読んで理解できたらかっこいいなと思います。ナシーム・ニコラス・タレブはノンフィクション界のウンベルト・エーコですね。理解できる人を尊敬します。

    そうはいっても、悔しいじゃないですか。ちゃんとナシーム・ニコラス・タレブを理解したい。まあ、多少時間もあったので『ブラック・スワン』と最新刊の”Skin in the Game”の間にある”Antifragile” (邦題『反脆弱性』)を読んでみました。”Antifragile”が理解できたら”Skin in the Game”も読んでみようかなと。前置きが長くなりました。

    反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方

    反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方

    • 作者: ナシーム・ニコラス・タレブ,望月衛,千葉敏生
    • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
    • 発売日: 2017/06/22
    • メディア: 単行本
    • この商品を含むブログを見る
     
    Antifragile: Things that Gain from Disorder

    Antifragile: Things that Gain from Disorder

     

    反脆弱性とは?

    まず、反脆弱性を語る前に脆弱性とは何か。簡単に言えば脆いことですね。例えばガラス。落としたら割れますよね。弱いことと、脆いことが脆弱(ぜいじゃく)です。反脆弱性はその反対。で、脆いの反対ってなんでしょう?

    英語だとfragile(脆い)の反対語は鉄のようにrobust(堅牢)や竹のようにresiliant(しなやか)だったりします。ナシム・ニコラス・タレブがわざわざantifragileという言葉を作ったのは、fragile(脆い)の反対はrobust(堅牢)でもresiliant(しなやか)でもないと考えたからです。

    fragileは脆いことがマイナスに作用します。antifragileは脆いことがプラスに作用します。脆いことに変わりはないのですが、脆いことがいいことになる。これが反脆弱性です。理解できました?ボクもここまでは理解できました。オーケー、オーケー!

    脆いことがプラスに作用するとは?

    スタートアップがいい例です。小さな失敗を繰り返すことによって学び成長していく。これって「当たり前じゃないか」と思うんですが、どうでしょう?たぶん、ボクが何か見逃してるんですよね。きっと、当たり前じゃないんです。

    スタートアップが失敗することによってスタートアップエコシステム全体としては学習する。不謹慎かもしれないけど、福島の原発事故があったおかげで、世界的には原子力発電の危険性がより深く理解できた。もちろん、スタートアップで失敗した創業者は失うものが多いし、福島の原発事故でも被害者がたくさんでました。それでも、全体から見たら「脆い」ことがプラスすることができた。ローカルのダメージはローカルにとどまり、グローバルはローカルのダメージから学ぶことができる。

    リバタリアンとランダム性

    ナシーム・ニコラス・タレブは思想的にはリバタリアンに近いと思います。自然界はランダムであり、コントロールできない。完全自由主義。本書に出てくる「ナイーブ・インターベンション」とは助けようとして被害を大きくすることです。昔は医者に診てもらったほうが致死率が高かった。それは、正しい医療知識がなかったからなのですが、医者としては助けようとはしていた。

    タレブは医療の進化のためには失敗は必要だとしています。失敗を繰り返すことによって、技術や知識は進化していくのですが、失敗は小さいほうがいい。

    リバタリアンといってもドレッド・パイレーツ・ロバートのような犯罪者やブロックチェーンの生みの親たちや、ピーター・ティールのようなクソ野郎やナシーム・ニコラス・タレブのような知識人もいるから面白いですね。

    で、わかったのか?わかったような、わからないような。

  • 書評|OMOの生みの親が至るAIと愛の境地|”AI Superpowers” by Kai-Fu Lee

    書評|OMOの生みの親が至るAIと愛の境地|”AI Superpowers” by Kai-Fu Lee

    頭のいい人はフレームワークで考えて整理整頓するのが非常に上手です。今回紹介する”AI Superpowers”の著者であるカイ=フー・リーもその例に漏れず、AIを中国とシリコンバレーで比較するという入り組んだ題材をうまく整理しています。OMOというキーワードが日本でも話題になりつつありますが、その考え方の生みの親です。

    また、自身のガン闘病生活を通じて「何が大切なのか」を改めて学んだ視線は無味乾燥なロジカルだけの分析とは一線を画するものです。今のところ2018年に読んだ本の中ではベストですね。

    AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order

    AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order

     

    この本は大きく分けて二つに分けることができます。前半はAIに必要な要素を一つづつ検証し、中国がいかにシリコンバレーに対して競争力があるかを分析しています。

    AIの発展に必要な4つの要素

    まず、大前提として、AIはすでにブレイクスルーはある程度出尽くして、いかに実行していくかという段階に入っているとしています。カイ=フー・リーの見立てでは次のブレイクスルーが起きるまで数十年かかるそうです。ブレイクスルーが必要な段階では基礎研究が強い欧米が強いが、既存のアイデアを実行に移す場合は中国に利があると分析しています。

    そして、実行の段階において、カイ=フー・リーはAIの発展には以下の四つの要素が必要だと説きます。

    • 起業家
    • データ
    • エンジニアリング
    • 政府のサポート

    中国の起業家

    まずは起業家。カタパルトスープレックス でも中国のスタートアップをたくさん紹介してきました。この本でもトウティアオ(头条)シャオミー(小米)メイトゥアン(美团)がどのように模倣からオリジナルにたどり着き、激しい競争を勝ち抜いてきたかを描いています。シリコンバレーがテクノユートピアンで理想主義だとしたら、中国はテクノユータリタリアンで実利主義だとします。

    理想主義はオリジナルのアイデアを大切にして、模倣は悪とします。これがシリコンバレー流。実利主義は競争に勝つことが大切で、模倣をよしとします。トウティアオもメイトゥアンも多くの模倣者を蹴散らして今の地位があるわけですものね。

    データは中国が有利

    アリババやテンセントの例を見てもわかるように、中国ではデータが急速に蓄積され、AIに絶えず供給されています。アメリカのプラットフォーマーはGAFA、中国のプラットフォーマーはBATと呼ばれています。

    カイ=フー・リーはグーグル、アマゾン、フェイスブック、(アップルではなく)マイクロソフトにアリバババイドゥテンセントの7社をAIの7人の巨人と呼んでいます。この巨人たちが発電所と送電線のようなグリッドアプローチだとしたら、スタートアップは乾電池のようなバッテリーアプローチだとしています。

    発電所と乾電池のどちらのアプローチが最終的に勝利するのかはわかりません。大量のデータでより一般的なAIを実現するのか、よりニッチなデータである分野に特化したAIを実現するのか。どちらのアプローチも正しい可能性があります。

    この辺くらいまではカタパルトスープレックス の中国系の記事を読んでいる人にとってはあまり新しい発見はないかもしれません。しかし、カイ=フー・リーの真骨頂はここからです。

    OMOとAIの4段階の進化

    日本でもOMO(Online Merge Offline)が話題になっていますが、このコンセプトはカイ=フー・リーが打ち出したものです。これまでのO2O(Online to Offline)と比べ、デジタルとリアルの境界線はOMOでは非常に曖昧になります。

    OMOを理解するためにはAIの4段階の進化を理解する必要があります。

    • インターネットAI
    • ビジネスAI
    • パーセプションAI
    • オートノマスAI

    インターネットAIとはGoogleの検索語のサジェスチョンやAmazonのレコメンデーションを指します。インターネット企業の源泉ですね。トウティアオのAI記者やフェイクニュースの検知もこの分類に含まれます。

    ビジネスAIとはAIの分析を実際のビジネスに結びつけることを指します。例えば、保険のリスク評価や銀行の貸し出しのための与信などです。AlipayやWeChat Payによる信用経済はどはここに当てはまります。

    ここまでがO2Oの世界です。

    パーセプションAIからOMOの実現が可能になります。パーセプションとは認知ですね。視覚や聴覚、味覚などです。センサー技術で取得した画像や音声などのデータをAIが高度に理解することによりパーセプションAIが実現されます。

    Amazon Goはそのいい例ですね。Amazon Goなどのレジなし店舗はこれまでのRFIDでのモノの管理ではなく、カメラによる画像データをAIで解析することにより、モノだけでなくヒトも認識します。リアルの世界をセンサーによって視覚や聴覚を持ったAIが理解することによってOMOが実現されます。

    オートノマスAIは自律化するAIです。代表例は自動運転のクルマですね。この自律化はクルマだけにとどまりません。例えば工場。工場はかなり高度に「自動化」されていますが「自律化」はされていません。現在はAIが需要を予測して自律的に生産計画を変更してラインを組み立てたりはできていません。

    また、いちごが熟して収穫に最適かどうかを判断は人の目で判断する必要がありますが、これをセンサーで感知して自律的にいちごを収穫するTrapticのようなスタートアップも出はじめています。

    人とAIの共存

    前半のロジカルなカイ=フー・リーも素晴らしいのですが、ボクは後半の人間らしい部分に特に引き込まれました。前半は中国とシリコンバレーを比べて中国の優位性を熱心に説いています。そのロジックは理解できるものの、勝ち負けで分けるようなものでもないだろうと思ってしまう部分もあります。しかし、後半は中国とかシリコンバレーとかではなく、世界のどこの国も果たすことのできる役割があると。え?本当に前半と後半は別人間が書いてる?というくらい。

    前半は台湾で生まれ、アメリカで育ち、アップル、マイクロソフト、グーグルとアメリカ企業の出世競争を勝ち抜いてきたアジア人特有のアグレッシブさが前半ににじみ出ています。アメリカ企業がいかにアジア市場を理解しようとせず、アメリカ流こそグローバル流として押し付けてきたことに反感を覚える気持ちも、同じ環境にいたものとして理解できます。

    しかし、ガンと診断され余命僅かと宣告されてから彼の物事の見方が大きく変わります。カイ=フー・リーはいわゆる「仕事人間」でした。長男誕生の時も当時のアップルCEOとのジョン・スカリーへのプレゼンが気になって仕方なかった。付き合う人間も「自分にとっての価値」を考えて選別していました。仕事の効率こそが善。機械のような考え方をしていたそうです。

    後半は前半とかなりトーンが変わります。アグレッシブで競争が大好きな面は薄れ、人間として何が大切なのか、そのためにどうやったらAIと共存できるのかを様々な側面から検討します。もちろん、現時点で答えはありません。しかし、AIと人間の違いは「愛すること、愛されること」の喜びだという慧眼はガン闘病生活を経て得るに至った境地ですよね。

  • 書評|郊外から広がったヘロインとの戦い|”Dopesick” by Beth Macy

    書評|郊外から広がったヘロインとの戦い|”Dopesick” by Beth Macy

    多くの日本人にとって麻薬とか覚せい剤とかコカインとかヘロインってピンとこないですよね。テレビや映画で出てくるもの。そういう意味ではアヴェンジャーズと変わらない。これがアメリカだとドラッグは日常とさほど離れていない存在となります。特に、都市部に住んでいればなおさらです。

    それでも、アメリカの郊外となるとドラッグはあまり日常的なものではなくなります。しかし、1990年代後半から2000代にかけてヘロインが大流行しました。しかも、その発信地は郊外でした。ベス・メイシーによる書籍”Dopesick”(禁断症状)はどうして郊外で麻薬の流行がはじまったのかを調査したドキュメンタリーです。

    Dopesick: Dealers, Doctors, and the Drug Company that Addicted America (English Edition)

    Dopesick: Dealers, Doctors, and the Drug Company that Addicted America (English Edition)

     
    DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機

    DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機

    • 作者:ベス・メイシー
    • 光文社

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    前提その1:そもそも「麻薬」ってなに?

    まず、この書籍の「主人公」となる麻薬について理解しないといけません。麻薬とは読んで字のごとく「麻」から作られた「薬」です。痛みを麻痺させてくれる効果があるので、鎮痛剤などに使われます。

    大きく分けてオピオイド系の「ヘロイン」と、コカを原料とする「コカイン」があります。クラックは「コカイン」の一種です。他にもエクスタシーに代表される「MDMA」や「覚せい剤」などありますが、ここでは詳しく触れません。「麻」を原料とする「ヘロイン」は昔からあって、アヘン戦争のアヘンもルーツは同じです。強い多幸感と強い禁断症状が特徴です。

    コカインやエクスタシーのようなMDMAは都市部で広がっています。簡単に言えばドラッグは都市問題でした。ところが、近年の「ヘロイン」の流行は郊外から発生しました。

    前提その2:調剤薬の仕組み

    薬には市販薬と調剤薬があります。市販薬は街のドラッグストアで買える薬です。バファリンとか正露丸とかです。調剤薬は医師の処方箋が必要で、調剤薬局で買う薬です。例えばバイアグラなどがそうですね。多くの抗生物質もそうです。ちなみに、抗生物質を沢山処方する医者はあまり信用しないほうがいいですよ。

    薬の世界には「営業」はいません。薬の世界で「営業」に相当する役割があるとすれば「メディカル・レプレゼンタティブ(MR)」で、医師に自社の製品を紹介する人たちです。医薬品の適正使用を促すことがMRの目的で、医薬品に関する情報を医師など医療従事者へ提供します。日本では「医薬情報担当者」と呼ばれています。

    命を扱う仕事ですので、MRの仕事は厳しく管理されています。例えば価格のことを話してはいけません。つい最近も「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインについて(リンク先はPDFです)」*1が厚生労働省から発表され、MRの活動がさらに制限されるようになりました。

    で、なんでアメリカ郊外から「ヘロイン」が流行したの?

    簡単に言えば調剤薬「オキシコドン」の乱用です。製薬会社のパーデュー・ファーマがオキシコドンの薬物依存性を故意的に過小評価して、過大なマーケティングを行った結果でした。ヘロインのようなオピオイド系の薬物は強い禁断症状が特徴で、オキシコドンを処方された患者がどんどんとオピオイド系の薬物の中毒患者になっていきました。

    禁断症状を起こした患者たちは色々な理由でオキシコドンを調合してもらうように医師に頼み、場合によっては必要以上に処方箋を書いてもらうことにより転売で利益を上げました。そして、その利益を自分がオキシコドンを買うために使いました。まさに負のサイクルですね。

    この事件の怖いところ

    一般的なイメージだとドラッグって暴力団や麻薬密売人が売るものですよね。それとか以前に紹介したシルクロードのような闇サイトとか。表に出てこない裏のルートで扱われるものでした。実際にアメリカでも都市部ではそうなんです。ところが、今回の場合は製薬会社が出した商品が正規の表ルートで家庭に届けられてしまいました。日本だとトヨタ自動車の役員が逮捕されたことで知られましたね。

     

    *1:ほんと、マジでPDFとかやめてほしいんですけど!

  • 書評|ダークウェブとビットコインを使った最大の犯罪のドキュメンタリー|”American Kingpin” by Nick Bilton

    書評|ダークウェブとビットコインを使った最大の犯罪のドキュメンタリー|”American Kingpin” by Nick Bilton

    史上最大のダークウェブでの犯罪といえば闇売買サイト「シルクロード」ですね。このシルクロードについて日本語で一番詳しい記事はザ・ゼロワンの連載記事「史上最悪の闇サイト「Silk Road」黒幕裁判」でしょうか。ボクもこの連載をドキドキしながら読みました。そして、その全容を膨大なデータ検証でドキュメンタリーとして一冊の本にまとめたのが大人気ドキュメンタリー作家のニック・ビルトンによる”American Kingpin”です。この本は群像劇仕立てで犯人側と捜査側のたくさんの登場人物を見事に描き切りながら、事件の全貌を詳らかにしています。日本語訳が期待されます。

    American Kingpin: The Epic Hunt for the Criminal Mastermind Behind the Silk Road

    American Kingpin: The Epic Hunt for the Criminal Mastermind Behind the Silk Road

     

    違法売買サイト「シルクロード」とは?

    「シルクロード」は簡単にいえば身元を隠して違法取引をするサイトでした。扱う商品はドラッグだけでなく、兵器や毒、臓器など多岐に渡りました。

    インターネットはあまり匿名性が高くありません。ハンドルネームやニックネームを使っても、その気になればどこの誰かがわかってしまいます。しかしながら、匿名性の高いインターネットも存在していて「ダークウェブ」と呼ばれています。ダークウェブにあるコンテンツはGoogleのような検索エンジンで探すことはできませんし、普通のブラウザでもアクセスすることができません。Tor(トーアと読む)という元々はアメリカ海軍が開発に関わった特殊なブラウザが必要になります。

    しかし、ダークウェブの取引で正体を隠しても、お金の流れで身元が割れてしまいます。そこでビットコインです。ビットコインを支払いに利用することでほぼ完全に身元を隠しながら取引をすることができます。

    この「シルクロード」の創設者がロス・ウルブリヒトです。

    歴史に残る犯罪をめぐる群像劇

    この事件に関する事実関係はすでに色々と日本語でも記事になっていますし、ウィキペディアでも概要をつかむことができます。この本の面白さは、捜査に関わる様々な政府機関がバラバラに活動をしながら、徐々にそれが一つにまとまってくるところです。

    おそらく歴史に残るであろう犯罪の手柄。独り占めにしたいと考えても仕方がありません。最初にシルクロードの存在に気がついたのがシカゴを管轄するアメリカ合衆国国土安全保障省。そして、麻薬取締局(DEA)、連邦捜査局(FBI)、アメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)など、主だったところでこれだけの政府機関がお互いをライバル視しながらロス・ウルブリヒトを追いかけて行きます。なんと、最初にロス・ウルブリヒトとシルクロードを結びつけたのはアメリカ合衆国内国歳入庁だったんですよ!

    ダークウェブにある「シルクロード」は技術的には追跡がほぼ不可能です。これを覆面捜査や内通者の買収など様々な手法で徐々に捜査範囲を狭めていく様子がとても刺激的です。中には、自らダークサイドに落ちてしまう捜査員も出てきてしまいます。

    リアル『ブレイキング・バッド』

    「シルクロード」の首謀者であるロス・ウルブリヒトはリバタリアンとして大学では活動的で、麻薬も合法化すべきだと主張してたものの、ボーイスカウト出身のどちらかといえば朴訥とした青年でした。リバタリアンは完全自由主義でPayPalの共同創業者の一人であるピーター・ティールなどが有名です。

    人間はいろんなペルソナをもつと思いますし、ボク自身も色々は側面を持っています。それにしても、ボーイスカウト出身で好青年の「ロス・ウルブリヒト」と史上最大の違法取引サイトの首謀者で裏切り者を殺すことも厭わない「ドレッド・パイレーツ・ロバート」はあまりにもかけ離れすぎています。

    アメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』で高校の真面目な化学教師「ウォルター・ホワイト」がひょんなきっかけから覚醒剤の製造者で麻薬カルテルとも渡り合う「ハイゼンベルク」の二重生活を送るのに似ています。『ブレイキング・バッド』もすっごく面白いですよ!

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    ニック・ビルトンのドキュメンタリー作家としての凄み

    そんなわけで、この”American Kingpin”はなかなか読ませる本です(ボクの場合はオーディオブックなので「なかなか聴かせる」が正しいですが)。これを群像劇として成立させているのは、ニック・ビルトンの膨大な調査によるリアリティーでしょう。

    押収されたロス・ウルブリヒトのパソコンやスマホのログを入念に調べ、Excelでタイムラインを作り、そこに移動した場所の天気、気温や波の高さ、FacebookやInstagramの投稿、飛行機などの移動手段のタイムテーブル、写真のEXIFデータなどを重ね合わしていったそうです。

    そして、数百時間に及ぶ関係者へのインタビュー。アメリカ国内だけでなく、タイやオーストラリアなど海外にも赴き、ロス・ウルブリヒトの足取りを自ら辿りました。本当に頭の下がる努力です。「ドレッド・パイレーツ・ロバート」の名付け親であり、右腕の「バラエティ・ジョーンズ」ことロジャー・トーマス・クラークの人物像についてはタイでの取材が役立ったそうです。史上最大のダークウェブとビットコインによる違法サイトの摘発を一流のドキュメンタリー作家がこれだけ調査したのですから、面白くないはずがありません。

  • 書評|Google CEOのラリー・ペイジからU2のボノまで、豪華な朗読陣のビジネス書|”Measure What Matters” by John Doerr

    書評|Google CEOのラリー・ペイジからU2のボノまで、豪華な朗読陣のビジネス書|”Measure What Matters” by John Doerr

    ボクは洋書は基本的にオーディオブックで聞いています。オーディオブックは著者自身が朗読することがありますが、そんなオーディオブックを聞くと何だか得した気分になります。書いている本人が直接語りかけてくれるのですから。

    ジョン・ドーアによるベストセラーのビジネス本”Measure What Matters”のオーディオブックも著者本人による朗読です。さらにすごいのがゲストたち。この本では色々な事例が取り上げられているのですが、多くの場合はその会社の人たちが朗読者として参加しています。いきなり最初がGoogleのラリー・ペイジですよ。そして最後がU2のボノです。他にもZume Pizzaの創業者を含む多くのスタートアップ創業者がそれぞれの事例を自分の声で届けています。これはスゴい。ゲストとしてもそれだけ信頼してオススメしたいということなのでしょう。

    MEASURE WHAT MATTERS (MR-EXP)

    MEASURE WHAT MATTERS (MR-EXP)

     
    Measure What Matters 伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法 OKR (メジャー・ホワット・マターズ)

    Measure What Matters 伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法 OKR (メジャー・ホワット・マターズ)

    • 作者: ジョン・ドーア,ラリー・ペイジ,土方奈美
    • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
    • 発売日: 2018/10/16
    • メディア: 単行本
    • この商品を含むブログを見る
     

    新しいパフォーマンス管理手法としてのOKR

    ここで紹介されているOKR (Objective, Key Result)はジョン・ドーアが提唱する新しいパフォーマンス管理のやり方です。KPI(Key Performance Indicators)とにていますが、KPIはトップダウンなのに対して、OKRはボトムアップであり水平的に展開もできることが特徴です。また、なぜそれが大切なのか目的(Objective)を明確にすることにより、目的と行為と結果が見えやすくなります。

    目的(Objective)は「何をするのか」を示し、主な結果(Key Result)は「どうやるのか」を示します。目的はあまり変わりませんが、主な結果は変わることがあります。よくあるのは四半期ごとの運用ですが、期の途中でも変えることは可能です。

    リーンスタートアップやグロースハッキングとの違い

    Googleが初期から取り入れているということもあり、YouTubeや卒業生の企業でも幅広く取り入れられているようです。スタートアップといえばリーンスタートアップのNorth Star MetricsやグロースハッキングのOne Metric That Mattersが有名です。

    これらのパフォーマンス管理方法は事業のパフォーマンス管理ですが、OKRは組織のパフォーマンス管理という違いがあります。例えばNorth Star Metricsの改善が目的(Objective)となりの、個々人がそれを改善するためにOKRを設定する感じで運用されます。

    OKRを進めるためのCFR

    コンセプト自体は非常にシンプルで、それゆえにパワフルなOKRですが、組織に導入するのは簡単ではありません。そこで大切なのがCFR(Conversation/Feedback/Recognition)です。会話をし、フィードバックを伝え、認めることが大事なのだそうです。OKRは透明性が高くて誰でも個人のOKRを見ることができます。

    特にマネージャーは部下からフィードバックを受けることに慣れていません。プライドもありますから、なかなか素直に認められない。また、部下のやっていることに批評をしても、認めて育てることもなかなか難しい。

    この本ではいきなり全社展開することは勧めていません。まずは小さなグループで。例えば役員だけとか。上ができないことを下にやれとはいえませんからね。

    でも、やっぱり文化が大事

    OKRとCFRは素晴らしいツールなのですが、その土台となる文化ができていないと効果は限定的になるそうです。ブラック企業でいくら立派な取り組みをやったところで、その企業文化がブラックだったらOKRもブラックになってしまうし、管理ばかりが強化されて組織は疲弊してしまいます。

    じゃあ、文化ってどう変えたらいいのよ?ってのが大きな課題ですよね。

    この本は誰にオススメか

    この本の一番のターゲット層は企業の人事に携わる人なんだと思います。最近は人事評価をしない「ノーレイティング」が普及していますが、OKRもその一種と考えることができます。ゆえにOKRは給与に直接つなげないことを推奨しています。

    あと、経営者は読んだ方がいいでしょうね。経営者は組織としてどのように成果を出していくのかを考えなければいけません。ビジネスで創意工夫をしても人事評価は従来通りでは最適な組織運用はできませんよね。パフォーマンス評価を「知らない」といえないのが経営者です。

  • 書評|Googleも超えられない男性天国シリコンバレーの闇|”Brotopia” by Emily Chang

    書評|Googleも超えられない男性天国シリコンバレーの闇|”Brotopia” by Emily Chang

    シリコンバレーというとイノベーションの中心地というイメージがありますし、実際にその役割を担っている部分もあります。しかし、全てパーフェクトなものはありませんし、それはシリコンバレーとて例外ではありません。

    シリコンバレーは特に白人男性社会と批判されることが多く、エミリー・チャンによる“Brotopia”はその流れの代表です。「ブロ」は男性同士で親友を意味します。「あいつは俺のブロだ」みたいな感じ。それにユートピアをかけて「ブロトピア」なんですね。

    シリコンバレーがどうしてブロトピアになってしまったかという考察は男女平等の度合いを示す「ガラスの天井指標(GLASS-CEILING INDEX)」でOECD加盟国の中で二番目に低くい日本にとっても参考になるところが多いでしょう。

    Brotopia: Breaking Up the Boys' Club of Silicon Valley

    Brotopia: Breaking Up the Boys’ Club of Silicon Valley

     

    ブロトピアが生まれる背景:小さな積み重ねが文化をつくる

    コンピューター業界も小さな積み重ねが今のブロトピアにつながりました。ENIACの六人のプログラマーたちやプログラム言語COBOLを開発したグレース・ホッパーなど、ソフトウェア開発は元々は女性が多かった職業なのですが、80年代にソフトウェア開発に注目が集まると徐々に男性中心になっていきました。その象徴的な事象としてデジタル画像処理の基準として使われてきた雑誌『プレイボーイ』のヌードグラビアを挙げています。そんな研究現場や職場に女性は居づらいですよね。

    徐々にプログラマー=白人男性というステレオタイプが出来上がり、採用試験のためのテストなども徐々にそのステレオタイプに合うような候補者を見つけるような設問になっていきました。

    Googleですら失敗した男女平等

    “Brotopia”では様々な事例が紹介されています。特にPayPalマフィアはシリコンバレーをブロトピアにすることに加担したグループとして詳しく描かれています。当たり前ですが、ビジネスで成功したからといって、人間的に素晴らしいわけではないんですね。最初からまともなのはLinkedInを起業したリード・ホフマンくらいで、それ以外はほぼクソ野郎として描かれています(特にピーター・ティール)。

    まあ、彼らは「ブロ」の集まりですし、友達を採用することで有名でしたから。そのやり方が常に成功するならいいのですが、PayPalマフィアのマックス・レフチンはブロトピアな企業文化で自分のスタートアップを失敗して、過ちに気づいた一人です。

     Googleの場合は最初から女性の採用に積極的でした。Googleの広告ビジネスを確立させたスーザン・ウォシッキー(現YouTube CEO)、シェリル・サンドバーグ(現Facebook COO)、マリッサ・メイヤー(元Yahoo! CEO)が代表例です。初期には男女の機会均等に大いに努力をしてきたGoogleですが、女性の役員やリーダーの割合はシリコンバレーの平均に落ち着いてしまっています。

    当時Googleのエンジニアだったジェームズ・ダモアが公開した「反多様性メモ」はGoogleもブロトピアになってしまったことを示すものでした。そして、GoogleのCEOであるサンダー・ピチャイが公開したこの件に関するメモは色々と示唆に満ちたものでした。

    まずはじめに、Google社員の表現の自由を尊重します。そして、件のメモはたとえ多くのGoogle社員が賛同しないとしても公正に議論をする内容を含むものでした。しかし、メモの一部はGoogleの行動規範に反するものですし、私たちの職場の性別の多様性に悪影響を与える内容を含んでいました。私たちの仕事はユーザーの生活にインパクトを与える素晴らしい製品を作ることです。私たちの職場仲間の一部が生物的に仕事に適していない傾向があるとするのは不快ですし、認められません。全てのGoogle社員はハラスメント、威嚇、バイアス、不法な差別のない職場文化を築くために最善の努力を尽くすという私たちの基本的な価値観と行動規範に反するものです。

     

    “First, let me say that we strongly support the right of Googlers to express themselves, and much of what was in that memo is fair to debate, regardless of whether a vast majority of Googlers disagree with it. However, portions of the memo violate our Code of Conduct and cross the line by advancing harmful gender stereotypes in our workplace. Our job is to build great products for users that make a difference in their lives. To suggest a group of our colleagues have traits that make them less biologically suited to that work is offensive and not OK. It is contrary to our basic values and our Code of Conduct, which expects ‘each Googler to do their utmost to create a workplace culture that is free of harassment, intimidation, bias and unlawful discrimination.’”

     この本は誰にオススメか

    企業文化に興味を持っている人にはオススメです。PayPalでの採用の進め方とGoogleでの採用の進め方の比較はジェンダー論だけではなく色々な示唆に富んでいます。

    ただ、一番読んで欲しいのは飲み会で風俗の話をするような人たちなんですけどね。そうすれば「ガラスの天井指標」で日本の数字も多少は上がるのではないでしょうか。

  • 書評|それでも世の中は良くなっていると言い続けないければいけない理由|”Enlightenment Now” by Steven Pinker

    書評|それでも世の中は良くなっていると言い続けないければいけない理由|”Enlightenment Now” by Steven Pinker

    色々な事件が毎日のように起きます。世の中は良くなっているのか、悪くなっているのか?悪くなっているのだとしたら、進歩って意味があるのか?そういうことを考えたことがある人は少なくないのではないでしょうか。あのイーロン・マスクですら運命論者になってしまうくらいなんですから。

    今回紹介する認知科学者でベストセラー作家のスティーブン・ピンカーの新著”Enlightenment Now”は世の中は良くなっているし、進歩は良いことだという立場を取っています。

    Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

    Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

     

    日本も世界も自信をなくしている

    日本は失われた20年なんて言われるくらい最近はいいことがありません。オリンピックの後はどうなっちゃうんだろう?失われた30年に突入するんじゃないかなんて言う人もいます。東芝やシャープのような大企業もおかしなことになってしまってるし。自信をなくしちゃってるんですね。

    実はアメリカも同じです。スタイルは違いますがオバマ前大統領のスローガンである”Yes, We Can”とトランプ現大統領の”Make America Great Again”は共通項があります。自信をなくしたアメリカから自信を取り戻そうということです。ただ、残念ながらオバマ元大統領も完全にアメリカの自信を回復させるには至らず、トランプ現大統領は迷走を続けています。むしろ、さらに自信をなくしてしまったのではないかというくらいです。

    ヨーロッパもさほど変わりません。イギリスのEU離脱はヨーロッパ全体が抱える閉塞感を表しています。世界的に見て「世の中は良くなっている」という感覚を持っている国って大きなところだと中国くらいじゃないでしょうか。

    なぜ、世の中は良くなっていると言い続けないければいけないのか

    そういった悲観的な世論に疑問を投げかける、前向きな姿勢の書籍が現れはじめています。昨年のベストセラー『その「決断」がすべてを解決する』は「クソは道端にたくさん落ちているが、どうせ踏むならいいクソを踏もう」と訴えます。

    最近だとハンス・ロスリングのベストセラー”Factfulness“が代表例です。「世界はまだ悪いこともあるが、全体から見ればよくなっている」ことをデータで説明しています。なぜ、世の中は良くなっていると言い続けないければいけないのか?それは、世の中は実際に良くなっているからです。

    そして、スティーブン・ピンカーの”Enlightenment Now”はこの流れをくむ新しいベストセラーということになります。おいおい、実際に世の中はよくなってるんだぜ。ちゃんとよく見ろよ、よく見てみろよ。ハンス・ロスリングも言っていますが、多くの人が悲観的な見方をするのは認知バイアスのせいです。人間がチンパンジーより頭が悪いからではありません。認知バイアスは認知科学を専門とするスティーブン・ピンカーからするとどうしても一言言いたい分野ですね。実際にこの本で何回もハンス・ロスリングは参照されています。

    “Enlightenment Now”でピンカーが言ってることを簡単にまとめると「世の中はよくなっている。それは理性、科学、ヒューマニズムと進歩のおかげ」です。ハンス・ロスリングは事実を提示しましたが、ピンカーはそれに理由づけをしています。

    で、「理性、科学、ヒューマニズムと進歩」ってなに?

    本のタイトルにあるEnlightenmentってなんでしょう?日本語では啓蒙思想ですが、よくわからないですよね。英語で「それ、よくわからないから教えてよ!」というときに”Enlighten me!”と言うことがあります。啓蒙思想が生まれる前の中世を暗黒時代と言ったりします。暗闇を照らし出す光だからEnlightenmentです。

    啓蒙思想を簡単にいえば科学と民主主義の土台です。ニュートンやガリレオなどの科学革命とジョン・ロックやホッブスからなる民主主義の系譜は啓蒙思想から派生しています。とても重要なので、欧米の一般教養であるリベラル・アーツでは啓蒙思想を必ず学びます。日本でも教えればいいのにね。

    そして、ピンカーは現代人はまた暗闇の中に生きていると危惧しています。だから”Enlightenment Now”と呼びかけているのですね。啓蒙思想の四つの柱として理性、科学、ヒューマニズムと進歩を位置付けています。そして、暗闇の中に生きている人たちは理性、科学、ヒューマニズムと進歩を否定していると考えます。もちろん、それはバカだから否定しているのではなく、認知バイアスのせいで理解が妨げられているだけです。

    そこで、正しく理解できるように理性、科学、ヒューマニズムと進歩が実際に世の中を良くしていることをデータで示し、よくある反論についても丁寧に説明しています。

    じゃあ、日本はどうなの?

    ピンカーも「世界的に見れば世の中はよくなっているが、割りを食っている人たちもいる」としています。アメリカでいえば低中所得者層です。トランプ政権はこのような不満を抱いている層から支持されています。

    では、日本はどうでしょうか?この本でも出てきますが人口10万人当たりの交通事故死者数は日本でも減っています。また、人口10万人あたりの殺人事件も減少しています。これはいい傾向ですね。日本ではいじめの問題がよく取りざたされますが、いじめは増えているものの、解決率は上がっています児童自殺の数は減っていますが、子供の数自体が減っているので割合としてはどうなんでしょうか。見えにくい問題でもあるので、データ化が難しい面もあるのでしょうが、これはちょっと微妙ですね。

    人口10万人中の自殺率は2003年まで増え続けていましたが、その後減少傾向にあります。つまり、よくなってきているが減少傾向がはじまったのは15年前からであり、恒常的な傾向ではないといった感じでしょうか。

    日本では通勤ラッシュが問題になります。働く人にとってはストレスですよね。電車の混雑に関しても少なくとも公表されているデータは改善しています。なんとなく歯切れの悪い言い方になってしまうのは、それは目視による主観的なデータだからです。

    日本こそ「理性、科学、ヒューマニズムと進歩」がもっと必要な理由

    日本もよくなってる!と言いたいところですが、データがあまりありませんでした。理性を持って科学的に分析し、人間中心進歩を実現するには、まず客観的な事実が必要です。日本はこれが弱い。

    日本の教育はテクニカルな部分を重視しているので、数学の問題を解いたり、英文法を正しく使うことには長けています。しかし、その重要性を伝えることは重視されていません。つまり、なぜそもそも勉強をするのか?と言う根本的な部分です。

    ピンカーがこの本を書いたきっかけの一つが生徒からの質問でした。「なぜ勉強するの?」です。その答えが啓蒙思想なんですね。暗闇を歩くには光が必要なんです。

    この本はどんな人にオススメか

    世の中を諦めてしまってる人にはオススメです。「ああ、世の中は決して悪い方向には進んでないんだ」と元気をもらえるかもしれません。ハンス・ロスリングの”Factfulness”も併せてオススメです。

    西洋の一般教養であるリベラル・アーツに興味がある人もおすすめです。民主主義や科学を育ててきた人たちの考え方は今でも生きているし、今だからこそより深く理解したいですよね。どうして人間は科学的なアプローチをするようになったのか。なぜ今でも続いているのか。なぜ民主主義が尊いのかが理解できます。

    Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

    Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

     

     

     

  • 書評|Amazonから学ぶ4つのビジネスの成功要素|”Be Like Amazon” by Jeffrey Eisenberg

    書評|Amazonから学ぶ4つのビジネスの成功要素|”Be Like Amazon” by Jeffrey Eisenberg

    実証されていないイノベーションやビジネスモデルはワクワクします。将来のことだから。株価も将来の期待によって上下します。顧客や従業員を中心に考える企業は投資家からみれば、利益という自分の分前を取られていると感じますし、ワクワクしないのであまりニュースにもなりません。

    ジェフリー・アイゼンバーグの”Be Like Amazon“は「もちろん、イノベーションやオペレーションの最適化は大事なのだけれど、顧客やパートナーも大事だよ」と事例を示しながら解説しています。

    本の内容

    ジェフリー・アイゼンバーグの”Be Like Amazon”はビジネス書なのだけれど、投資家である師匠と起業家である弟子が車でどこかへ向かう途中の会話という形式になっています。会話形式ですが、フレームワークははっきりしているので、要点がぶれることもなく非常にわかりやすいです。タイトルにAmazonとありますが、Amazon以外の事例を紹介しながら独自の事業フレームワークを解説しています。

    この本では以下の四つが成功の要素としています。

    1. 顧客中心主義(Customer Centricity)
    2. 継続的改善(Continuous Optimization)
    3. イノベーション文化(Culture of Innovation)
    4. 企業としての迅速さ(Corporate Agility)

    メディアで「これはイノベーションだ!すごい!」とか「こんなオペレーションよく考えた!天才!」のような記事をよく見かけます。それはこの四つの中の2. 継続的改善と 3. イノベーション文化の表れではあります。しかし、「この取り組みは顧客中心主義ですごい!」という記事はあまり見かけません。顧客中心主義はイノベーションやオペレーションに比べて記事になりにくいからでしょうが、1. 顧客中心主義がなければ「結局そのイノベーションは誰のため?」となってしまいます。

    顧客にとっては安く便利に買い物ができて、早く届けばいい。それがどんな仕組みだろうと関係ありません。Amazonが矢継ぎ早に繰り出すドローンによる配達、Amazon Dash、Amazon Goも「安く便利に買い物ができて、早く届ける」ことを実現することですよね。上記の成功要素四つが全て満たされています。

    顧客を失うと改善もイノベーションも意味がなくなる

    シアーズはジュリアス・ローゼンウォルドの時代、1906年にIPOします。シアーズはカタログ販売という当時としては革新的なビジネスモデルを成功させましたが、その成功の裏にあった理念は良いものを安く届けるです。顧客が満足しなければ返金する「満足保証」はその表れでした。

    長年シアーズがアメリカ小売りのトップでしたが、1980年代にサム・ウォルトンのウォルマートにチャンピオンの座を譲ります。シアーズはディスカバリーカードを作ってクレジットカード領域に参入したり、オペレーションの改善をしましたが、顧客中心の視点は失っていきました。

    そのイノベーションは誰のため?

    現金お断りは顧客のため?

    様々なニュースでイノベーションが取り上げられ賞賛されています。しかし、「そのイノベーションは誰のため?」と思ってしまうような事例も少なくないです。例えば、天丼てんやが現金お断りのキャッシュレス店舗をはじめるという話。

    ヨーロッパでは確かに現金を受け付けないキャッシュレススーパーマーケット(Marqt)など一部あります。アメリカではAmazon Goが代表例です。しかし、これは例外的です。ヨーロッパではデビットカードでの支払い、アメリカではクレジットカードでの支払いが一般化していて、キャッシュレスでの支払い行動が現金より多いという背景もあり、それほど困ったことにはなりません。

    企業として2. 継続的改善(Continuous Optimization)は大事ですし、イノベーション文化(Culture of Innovation)や企業としての迅速さ(Corporate Agility)は賞賛されるべきことです。しかし、1. 顧客中心主義(Customer Centricity)の視点で考えるとどうでしょうか?

    このような疑問は英国The Gurdianでも提起されています。キャッシュレスで支払えないという理由だけで顧客を拒絶するのが正しい姿勢なのでしょうかと。もちろん、テスト運用だったら理解できます。やってみないとわかりませんから。しかし、現金拒否があたかも既定路線であるかのような姿勢には、顧客中心主義の観点で大きな疑問となります。

    デリバリープロバイダは顧客のため?

    この本では大絶賛さているAmazonですが、日本ではどうでしょうか。例えばAmazon Japanのデリバリープロバイダは早くも安くもなっていないので1. 顧客中心主義の欠けた2. 継続的改善となってしまっています。なかなか日本では徹底できないのかもしれません。Amazonは小売だけではなく物流も支配するかもしれないと予想する人たちもいますが、それが顧客のためにならないのであれば支持もされないでしょう。