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  • 書評|知的好奇心を刺激する触媒としての人工知能|”Possible Minds” by John Brockman

    書評|知的好奇心を刺激する触媒としての人工知能|”Possible Minds” by John Brockman

    宇宙旅行に空飛ぶ自動車。昔から未来予想は夢がありますが、実現するかどうかはわかりません。ある種の思考実験ですよね。人口知能がどこまで人間に近づくのか、人間を超える存在になるのか。人工知能に関する議論も同じです。昔の少年雑誌の未来予想と現在の人口知能に関する議論は、「こうなったらいいな」な夢の話か、「科学的に考えるとこうなるはずだ」な論理なのか手法の違いですね。

    当然ながら人工知能に関する未来予想はたくさん出版されているのですが、今回紹介するのはエッジ財団(Edge Foundation)の創設者であるジョン・ブロックマンがまとめた”Possible Minds”です。

    POSSIBLE MINDS

    POSSIBLE MINDS

    エッジ財団は1981年からはじまったニューヨークのリアリティー・クラブ(The Reality Club)と言う知識人が集まるサロン(日本のインフルエンサーが集金マシンとして運営している「オンラインサロン」とは全く性質が違います)からはじまっています。この集まりにはダニエル・カーネマンやスティーブン・ピンカーだけでなく、アイザック・アシモフなども参加していたようです。

    ジョン・ブロックマンのイントロダクションでは前衛音楽家のジョン・ケージなどのプロジェクトの振り返りなどもあり著者の幅広さを予感させます。実際にジューディア・パールのようなAI畑の人たちだけでなく、セス・ロイドやデイヴィッド・ドイッチュのような量子コンピューターの人たちやスティーブン・ピンカーのような心理学者、ダニエル・デネットのような哲学者まで寄稿しています。面子はマーティン・フォードが編集した”Architects of Intelligence”と被る人たちも多いのですが、こちらは業界人が集まったので幅の広さはないですね。

    Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it (English Edition)

    Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it (English Edition)

     

    内容的にはとても刺激的です。実はスチーム・パンク小説が好きで、アナリティカル・エンジンとか大好物です。サイバネティックから振り返っているので、ノーバート・ウィーナーだけでなく、アラン・チューリングフォン・ノイマンなんてどの記事でもよく出てきます。科学歴史家ジョージ・ダイソンのアナログコンピューターとしての人工知能とかすごく納得してしまいました。

    ノーベル賞を受賞した物理学者のフランク・ウィルチェックも物理学の観点から人間は意識を人工的に作れると主張します。そもそも人間の意識はモノから生まれる。人間はモノを作れる。故に、人間は意識を作れる。現時点で人間の知能は人工知能を上回るが、それは一時的なリードであって、潜在的に人工知能は人間の知能を上回ると言います。

    この本はどんな人にオススメか

    知的刺激を求めている人にはオススメです。人工知能をテーマとしていますが、それを様々な方向で知的に切り込んでいく様は本当に刺激的です。日本の「知識人」の方々は感覚で話をするのでポエム的な未来予想が得意なのですが、ここで集まっている知識人は科学的なアプローチなので、その知識と論理が強力です。当たるも八卦、当たらぬも八卦は変わらないのですが、実現には明確な意思と方向性、さらに科学的なアプローチが必要です。実現は100年後なのかもしれませんが。

    無神論者でモノから生まれる意識の支持者で量子コンピューターのパイオニアであるデイヴィッド・ドイッチュが世代を超えた情報伝達であるミームやトランスミッション・フィデリティーに言及するのは、人工であろうが天然であろうが、それが知識や文明そのものだからなんですよね。そして、それこそがアナログコンピューターであると。

  • 書評|ポリマスの時代を生きるためのスキル|”Ultralearning” by Scott H. Young

    書評|ポリマスの時代を生きるためのスキル|”Ultralearning” by Scott H. Young

    ポリマス(Polymath)の時代と言われています。何か一つに特化した専門家ではなく、多彩なジェネラリストがポリマスです。代表例がレオナルド・ダ・ヴィンチですね。新製品開発のディレクションやってると、幅広い知識やスキルが必要になってきます。マーケティング、デザイン、フロントエンド、バックエンド、プロモーション、法務、経理、財務、サポートなどなど。それぞれの専門家とそれなりに製品の方向性に関する深い話ができないといけない。全体を見渡せるってそういうことだと思います。

    今回紹介する書籍”Ultralearning”の著者であるスコット・ヤングは12ヶ月で通常では4年間かかるMITのコンピューターサイエンスの学位に必要なコースをすべて習得するチャレンジ“MIT Challenge”を実施し、見事達成しました。

    Ultralearning: Accelerate Your Career, Master Hard Skills and Outsmart the Competition

    Ultralearning: Accelerate Your Career, Master Hard Skills and Outsmart the Competition

    スコット・ヤングは知識やスキルを身につけるのにコツがあるんじゃないかと、同じように短期間で様々な知識やスキルを身につけた人たちにインタビューを行い、共通点を見出して体系化しました。それがこの本のタイトルにもなっているウルトララーニングです。

    ウルトララーニングとは自ら急激に知識やスキルを身につける戦略です。どうすれば効率的に学習ができるのか、どうすれば怠けずに集中できるのか、どうすれば忘れないのか様々な原則が提示されています。

    第一原則として挙げられているのが「メタ学習」です。メタ学習は学習の学習ですね。例えば、英語を学ぶ前に、英語の学び方を学ぶ。メタ学習は「なぜ学ぶのか?」「何を学ぶのか?」「どのように学ぶのか?」の観点で整理することができます。特に「なぜ学ぶのか?」は重要です。同じ英語を学ぶにしても、何かの手段として学ぶのか(instrumental)もしれません。例えば出世のためとか。好きな女の子が英語しか話せないとか。または、そのこと自体(intrinsic)が目的なのかもしれません。

    次に「何を学ぶのか?」を明確にします。これも数学のようなコンセプトなのか、語学のようにファクトなのか、自転車やギターのようにプロシージャーなのかで異なります。ここまで明確になれば「どうやって学ぶのか?」を調べるのはかなり楽になります。

    もう一つ大事だと思ったのは第三原則の「ディレクトネス」ですね。英語を話せるようになりたいなら、英語が母国語の国に行ってビザで滞在できる限界まで滞在して英語だけで生活する。バンドでギターを演奏して人前でライブをしたいのなら、そうする。もちろん、そういう環境にいれない場合もありますよね。ギター弾けないのにいきなり人前で弾けない。でも、なるべく近い環境にすることはできる。例えば、ライブ会場でなくても、スタジオでも近い環境は作れる。まだ、バンドを組むほどの腕前じゃない?だったらせめてギターストラップをつけて立ったまま弾くことはできますよね。演奏したい曲をひたすら練習すればいい。英語も同じで、その場に行かなくてもTwitterとかで友達作って、Skypeで話してみればいい。

    この本はどんな人にオススメか

    いろんな知識やスキルを身に付けたい人にはオススメです。ボク自身、英語と中国語を話せますし、フランス語とドイツ語も以前は話せました。自分で言うのもなんですが、マルチリンガルの類に入ると思います。また、自分自身でカレー屋をやるくらいにはカレー好きで、短期間に随分とメニューを開発しました。その語学やカレー作りの知識やスキルを身につけた方法は(振り返ってみれば)ここに書かれている原則に沿ったものでした。一方、ボクのギターは一向に上達しないのですが、ウルトララーニングの原則に従えばもうちょっと上手くなるんじゃないかと言う気もします。特にメタ学習は大事。

  • 書評|合法と非合法、正義と悪の境界線が曖昧な海の世界|”The Outlaw Ocean” by Ian Urbina

    書評|合法と非合法、正義と悪の境界線が曖昧な海の世界|”The Outlaw Ocean” by Ian Urbina

    飛行機から見える景色はほとんど空か海ですよね。海って広い。海は地球の表面の70%以上だから当然ですよね。地上だってわからないことだらけなのに、海はもっとわからないことだらけ。そんな海の魅力に魅せられて、世に伝えたいとニューヨーク・タイムズで調査報道に従事しているのが今回紹介する”The Outlaw Ocean”を書いたイアン・ウルビナです。

    The Outlaw Ocean: Crime and Survival in the Last Untamed Frontier

    The Outlaw Ocean: Crime and Survival in the Last Untamed Frontier

    まず、この本を読んで思い出したのが鈴木智彦著『サカナとヤクザ』です。海は法律の境界線が曖昧で、あまりにも大きいから闇が住みやすいんですね。『サカナとヤクザ』は日本における漁業とヤクザの関係に深く切り込んでいますが、”The Outlaw Ocean”は世界の海の様々な闇をあぶり出しています。

    サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う

    サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う

    “The Outlaw Ocean”で扱っているのは犯罪だけではありません。むしろ合法と非合法の境目が非常に曖昧なのが海の世界です。一番最初に出てくるのがシーシェパードが密漁船の「サンダー」を追跡するルポタージュ。インターポールは6隻の密漁船を国際指名手配しています。インターポールはこれらすべてを追い詰めて行きます。シーシェパードがいなければそれら密漁船は捕まることはなかったでしょうが、シーシェパードに法的な権限があるかといえば、ない。このほかにもシーランド公国は独立国と言えるのか?どこの国からも独立国とは認められていませんが、それでも50年存在し続けているという歴史があります。

    中絶が非合法な国はたくさんあるのですが、そんな国に住む女性に中絶の機会を与えるのが Woman on Wavesです。女性を船に乗船させ、その国の法律の及ばない国際水域で薬や手術で中絶をします。

    その他にも”The Outlaw Ocean”では密漁、密航、人身売買、船の盗難などなど、法律が及ばない海の世界の厳しい世界を描いています。イアン・ウルビナはそうした船に実際に乗ってしまう。また、法律が曖昧なゆえに、規制が緩く、有限の海の資源がどんどんと無駄に採取されている事実に怖くなります。鈴木智彦さんもすごいですが、世界を相手にするイアン・ウルビナも相当なものです。やっぱり英語と日本語の違いなんだよなあ。

    この本はどんな人にオススメか

    骨太なノンフィクションが好きな人にはオススメです。あと、環境問題とか、人権問題とか社会問題に興味がある人にもオススメです。

    日本でも「借金を背負った人がマグロ漁船に乗せられて」みたいな話が実しやかに語られて、『闇金ウシジマくん』でもそんな描写が出てきます。漫画で出てくるのは船に乗るまでの話。そのあと、実際に船に乗ったらどうなるかが”The Outlaw Ocean”では描かれています。そういうのに興味がある人にもオススメなんでしょうね。

    闇金ウシジマくん(1) (ビッグコミックス)

    闇金ウシジマくん(1) (ビッグコミックス)

    まあ、実際はヤミ金が借金返済のために債務者をマグロ漁船に乗せるなんてことはないっぽいですけどね。大変なのは確かなようです。

    まぐろ土佐船(1) (ビッグコミックス)

    まぐろ土佐船(1) (ビッグコミックス)

     

  • 書評|ストリーミング以後の音楽経済|”Rockonomics” by Alan Krueger

    書評|ストリーミング以後の音楽経済|”Rockonomics” by Alan Krueger

    アラン・クルーガーはクリントン政権とオバマ政権で経済政策担当財務次官補として経済のアドバイスを提供し、大統領経済諮問委員会の委員長も務めた経済学者です。専門分野は計量経済学で、理論よりデータを重視しました。そんな彼の遺作が彼が深い関わりを持つ音楽経済を解説した”Rockonomics”になってしまいました。

    Rockonomics: What the Music Industry Can Teach Us About Economics (and Our Future) (English Edition)

    Rockonomics: What the Music Industry Can Teach Us About Economics (and Our Future) (English Edition)

    計量経済学らしく、音楽業界に関する数字がたくさん出てきます。個人的に驚いたのが音楽業界は経済的に見ればとても小さいということ。アメリカは世界の1/3を占める最大の音楽市場ですが、アメリカ経済の中ではGDPの0.1%しかありません。最大の市場であるアメリカでこれですから、全世界で見れば音楽業界は世界のGDPの0.06%にしかなりません。そして、映画など他のエンターテイメント業界と比べてお金を儲けないのも特徴的です。

    この本の中で繰り返し語られるテーマがいくつかあります。その一つがスーパースター経済。ただでさえ小さな音楽業界なのですが、そのシェアのほとんどは一握りのスーパースターが稼ぎ出します。統計的に見ればほとんどのアーティストは一発屋です。継続的に稼ぐアーティストはほとんどいません。一発屋ですらラッキーなのです。「運」もこの本で繰り返されるテーマですね。

    音楽業界の一番大きな変化はストリーミングによってもたらされました。この本でもかなりのページ数がストリーミングに割かれています。ストリーミングはビジネスとしての音楽を大きく変えました。いわゆる「ボウイ理論」です。デビッド・ボウイは音楽は水のようなコモディティーとなり、本当にユニークな体験はライブだけになると予見しました。これが現実となり、ざっくりといえばミュージシャンの収入の80%がライブ、15%がCDやストリーミングの収入、5%が版権収入となっています。

    ストリーミング以前はレコードを売るためにライブをしていましたが、ストリーミング以後はライブにファンを呼ぶためにCDやストリーミングを売る構図に変わりました。ドナルド・フェイゲンも生活のためにライブ生活に戻ってきました。パッケージメディアの重要性が低下することでチャンス・ザ・ラッパーのようなアルバムを発表せずに「ミックステープ」だけ発表するアーティストも現れました。

    この本はどんな人にオススメか

    音楽業界に興味がある人は当然ながら、実際のミュージシャンが読んだほうががいいんでしょうね。価格差別やスローリリースなど音楽のマネタイズの最新の手法が多く紹介されています。日本でも問題になっているチケットの再販問題もこの本では取り上げられています。音楽ビジネスに関してテイラー・スイフトって天才なんですね。彼女の音楽はあまり聴かないけど、ビジネスセンスはすごい。これは皮肉でもなんでもなく、素直にすごい。

    あと、ブルース・スプリングスティーンとトム・ペティが好きな人にもオススメです。アラン・クルーガーはこの二人のアーティストが特にお気に入りのようで、多くのエピソードとともに彼らを通じて音楽ビジネスを解説しています。

    この本の目的は音楽ビジネスを通じて経済全体を語ることなのですが、アラン・クルーガーの音楽愛が強すぎて、それに関してはあまり成功していません。この本に一貫するテーマは音楽に対する愛なんだなあ。

  • 書評|次の経営バズワード「フライホイール」|Turning the Flywheel by Jim Collins

    書評|次の経営バズワード「フライホイール」|Turning the Flywheel by Jim Collins

    おそらく、次の経営のバズワードとなるのが「フライホイール」です。アマゾンの成功の秘訣として有名になりつつあります。簡単に言えば、成功の循環サイクルです。フライホイールの名付けの親がアマゾンの戦略コンサルタントを務めていたジム・コリンズです。ジム・コリンズは『ビジョナリーカンパニー』シリーズで有名ですね。

    そのジム・コリンズが自らフライホイールを詳しく説明したのが”Turning the Flywheel”です。

    Turning the Flywheel: A Monograph to Accompany Good to Great (English Edition)

    Turning the Flywheel: A Monograph to Accompany Good to Great (English Edition)

    ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

    ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

    フライホイール自体はとても単純なコンセプトなので、非常にページ数が少ないです。パンフレットのようです。有名なアマゾンの他、インテルや自転車のヘルメットで有名なGIROが事例として紹介されています。インテルのようにメモリーからCPUへ商品が変わっても、フライホイールが変わっていない事例はなかなか興味深かったです。

    正直言えば『ビジョナリー・カンパニー』自体があまり好みではなく、斜に構えて読んでいた(聴いていた)のは否めません。あんな生存バイアスだらけの本を書いた人が、二匹目のドジョウを狙ったんでしょ?と。実際にそうだと思うんですけどね。ただ、まあ、サクッと読めるし、日本でも翻訳されて話題になるでしょうから、今から読んでおいてもいいかもしれません。

    この本は誰にオススメか

    経営企画の人にはオススメです。自社の強みを整理するのには便利なフレームワークだと思います。翻訳版がいつ出るかにもよりますが、半年後くらいには日本でも話題になってると思うので、今から読んで自慢してもいいかもしれません。でも、まあ、それくらいかなあ。

  • 書籍|炎上する若者と批判する大人、早咲きの棋士と遅咲きのハリポタ|”Late Bloomers” by Rich Karlgaard

    書籍|炎上する若者と批判する大人、早咲きの棋士と遅咲きのハリポタ|”Late Bloomers” by Rich Karlgaard

    2019年に9歳で最年少棋士となった仲邑菫さんなど若くして才能を開花する人たちがいます。一方で、インスタグラムやツイッターでのバイトテロなど浅はかな行為で炎上してしまう人たちもいます。最近だとレペゼン地球ジャスミンゆまのパワハラやらせによる炎上商法なんかそうですね。

    「レペゼン地球」ドーム公演中止へ パワハラやらせ余波か、ネットは「完全に自業自得」「悲しすぎる」 : J-CASTニュース

    才能と人間的な成熟のギャップ。この差はなんなのでしょうか?天才はずっと天才で、浅はかな人たちはずっと浅はかなのか。今回紹介する書籍”Late Bloomers”を書いたリック・カールガードはそうではないと言います。

    Late Bloomers: The Power of Patience in a World Obsessed with Early Achievement

    Late Bloomers: The Power of Patience in a World Obsessed with Early Achievement

    遅れてきた天才たち

    以前に紹介したデビッド・エプスタインの”Range”でも言われていることですが、遅れてきた天才たちはたくさんいます。不幸な結婚生活の後、生活保護の貧困生活から、ようやく30歳で才能が認められた『ハリー・ポッター』シリーズのJ・K・ローリング。43歳でシーベル・システムズを起業したトム・シーベル(その後、57歳でIoTに特化したAI企業のC3を起業して現在に至ります)。52歳でガーミンを創業したゲリー・バレル、61歳でIBMを創業したチャールズ・フリントに、65歳でワークデイを創業したデイブ・ダフィールド(46歳のときにPeopleSoftを創業)。

    リック・カールガードによれば、早咲きの天才もいれば、遅咲きの天才もいます。人生の中で何回も花を開かせる人もいます。今でこそベストセラーを出し、フォーブスの出版人も勤めたことがあるリック・カールガードですが、本人も25歳から出版業界で芽がではじめた遅咲きです。

    脳のピーク年齢と才能が花開く仕組み

    子供は大人になる前に14歳くらいまでに思春期を迎え、徐々に心も体も成長していきます。日本では20歳に成人になります。成人とは心身ともに十分に成熟し、親などの扶養者なしで法律行為が行える年齢です。海外も多少前後はありますが、20歳までに成人とされます。

    しかし、脳は20歳を超えても成長していきます。脳は後ろから前に発達していきます。最初に発達するのが感情に関係する大脳辺縁系で脳の奥側にあります。知性に大きく関係する前頭前皮質は一番前方にあって、25歳から30歳まで成長します。前頭前皮質が十分発達していないと、感情が先走り、合理的な判断ができないことが多くあります。多くの18から25歳(ヤングアダルト層)はこのような状態にあるそうです。

    では、人間の脳のピークはいつなのか?脳の部位の成長カーブはそれぞれ違うので、いつがピークだと言えないそうです。情報の処理能力は18から19歳、ショートタイムメモリーは25歳まで成長して10年徐々に減少。人の感情など複雑なパターンを理解するのは40から50歳で結晶性知能は60から70歳でピークを迎えます。これが、人は人生で何回も才能を花開かせる可能性がある理由です。若くして才能を開花させることもあるし、遅れて才能が発見されることもある。

    教育とキャリア形成が成長にあってない

    日本は小学校や中学生から受験で子供の教育がとても厳しいと言われています。これはアメリカでも同様で、スタンフォードなど有名大学に入るためにはプレップスクールという進学校に行く必要がありますし(もちろん、そうじゃない人もいます)、私学なのでとてもお金がかかります。いわゆる受験勉強はありませんが、SATという大学進学適性試験で高得点が求められます。シンガポールも教育熱心な国でPSLEという小学校卒業試験で大学までの進路がある程度決まってしまいます。知性に大きく関係する前頭前皮質が十分に発達していないのに、成人する前にキャリアに深く関係する教育の振り分けがされてしまいます。

    日本の受験、アメリカのSATやシンガポールのPSLEは標準的な試験のおかげで、昔のような世襲制度ではなく、能力次第で高等教育が受けれるようになりました。古くは中国の科挙の制度ですよね。ただ、あまりにも高等教育の競争が激しくなり、若いうちに教育に投資ができる家庭が有利になってしまいました。これも科挙と同じですね。そして、子供は小さな頃から脳が十分発達しきっていないのに教育と試験のプレッシャーを受けることになります。

    アメリカでは若い人たちの自殺が増えていて、10歳から34歳の死因の二番目が自殺です。大恐慌や戦争の頃より現在の方が自殺で死ぬ割合が多い。一概に教育のプレッシャーに原因があるとは言えませんが、教育の激化と自殺の増加は他の要因より関連性が高そうです。

    イノベーションは頭の柔らかい若い人たちほど起こしやすいと一般的には考えられていますが、これも一概には言えません。50歳以降に起業して成功した人たちはたくさんいます。マーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツ、ラリー・ペイジのように目立っていないだけです。スティーブ・ジョブズもアップルを起業したのは21歳ですが、一度追放されて戻ってきてiPodやiPhoneを作ったのは40代です。人は何回も才能の花を咲かせます。

    しかし、一般的なバイアスは「若い人ほど頭が柔らかくて柔軟性がある」なので、年齢だけで仕事の能力を判断されてしまうことが多くなります。リック・カールガードは遅咲きの大人の強みとして以下をあげています。逆に言えば、以下がない大人は要注意ってことですね。

    • 好奇心
    • 思いやり
    • レジリエンス(立ち直る力)
    • エクイニミティ(落ち着き)
    • インサイト

    この本はどんな人にオススメか

    まず、炎上する若者を許せない人にはオススメです。二十歳も過ぎて前後の見境もつかないのか?と嘆くこともあるかもしれません。でも、きっとボクらもそうでしたよ。悪いことは悪いと言ってあげればよろしいかと。反省するまで許さん!と感情的になる気持ちもわかりますが、それ以上に責めてもしかたありません。人間が成熟するには時間がかかるのです。「過ぎたるは及ばざるが如し」なので、必要以上に責めるとミイラ取りがミイラになってしまいますよ。

    ツイッターでの中傷投稿への法的対応事例-ネット中傷対策 – warbler’s diary

    まだまだ「自分探し」をしている人にはオススメです。「自分探し」ってネガティブな意味で捉えられることも多いかもしれません。しかし、自分のやりたいことや得意なことが見つかってないのは仕方のないことです。バカにされても、探し続けましょう。

    「大人はイノベーションを起こせない」も、もったいない考え方です。50歳を超えてもイノベーションは起こせます。年齢など気にせずに、どんどん挑戦したほうがいいです。だから「老害」を気にしている人にもオススメです。老害のイメージって旧来の考えに囚われて、それを若い世代に押し付ける人たちですよね。好奇心を失ったら、本当にそうなってしまいますよ。

  • 書評|クラッシーでスタイリッシュでわかりやすい文章を書く|”Dreyer’s English” by Benjamin Dreyer

    書評|クラッシーでスタイリッシュでわかりやすい文章を書く|”Dreyer’s English” by Benjamin Dreyer

    ボクは仕事の関係上、英語と日本語の両方で文章を書く機会があります。チャットもします。メールは毎日書きます。文章も報告書のような短い文章から、戦略書のような比較的長い文章も書きます。このブログもそうですね。何かを書く場合、自分以外の誰かに伝える目的があります。つまり、相手に伝わらなければ意味がない。成功しているかどうかわかりませんが、このブログだって簡潔に日常的な言葉で書くように心がけています。

    文章の書き方をきちんと習ったのはアメリカにいた時でした。アメリカの大学では日常的にエッセイ(論文?)を書かなければいけなくて、その書き方には一定の決まりごとがありました。シカゴスタイルというんですかね。徹底的に叩き込まれました。アメリカの大学で習った作文法は日本語の文章を書く上でも役に立っています。日本語での文章の書き方をちゃんと習ったことはないので、日本語のプロから見ればめちゃくちゃかもしれませんが。日本の編集者にとって、ボクの日本語の文章はクセがあるようです。です・ます調と体言止めが変に混じってる。←ほら、これもそう。

    他人に伝わるようにわかりやすく書くのはネイティブでも難しいですよね。日本語でも同じです。日本人だからわかりやすい日本語で書けるわけじゃない。アメリカ人でももちろん同じで、書くことに苦手意識を持っている人は少なくありません。書き方の本はいまだに人気があります。今年ベストセラーとなったのがアメリカの大手出版社ランダムハウスの編集者であるベンジャミン・ドレイヤーの”Dreyer’s English”です。この手の本でここまで売れるのはめずらしいかもしれません。最近のボクにしては珍しく、オーディオブックだけでなく、ハードカバーも買いました。まずはオーディオブックで聞いて、気になった部分をハードカバーで読み直しました。

    Dreyer's English: An Utterly Correct Guide to Clarity and Style (English Edition)

    Dreyer’s English: An Utterly Correct Guide to Clarity and Style (English Edition)

     

    まず、最初のアドバイスがとてもイケてます。余計な修飾語をつけずに一週間書いてみること。特にactuallyは禁句。普通に書いてもいいけど、無駄な修飾語をすべて削除する。それでも、何がいい足りないと感じるのであれば、他の言い方を考える。また、うまくかけている文章は、読んでも響きがいい。だから、口に出して読んでみること。これは本当にそうだと思うんですよ。

    ルールと非ルール

    英語の作文を習った人間だったら、多くのルールに従って書くことに慣れています。しかし、ベンジャミン・ドレイヤーはいくつかのルールは守る必要がないと言います。例えば「受け身はなるべく避けること」は守る必要のないルールの一つだそうです。あと、「AndやButで文章をはじめてもいい」も目から鱗でした。確かに長い二つの文章をさらにandやbutでつなげると長くなりすぎてしまいます。だとしたら、最初の文を一旦ピリオドで終わらせて、AndやButでつなげてもいい。なるほど、確かにその方がスッキリします。そうならないように短い文にすればいいのですが。

    セミコロンの使い方

    文をつなげる記号にセミコロン(;)もあります。これはなるべく避けた方がいいとベンジャミン・ドレイヤーは言います。ただし、シャーリー・ジャクソンの”The Haunting of Hill House”の出だしのような効果的な使い方もある。一つのセンテンスに三つのセミコロン。ピリオドを使って、細かく文章を区切ることもできるが、リズムが変わってしまう。

    The Haunting of Hill House (Penguin Modern Classics)

    The Haunting of Hill House (Penguin Modern Classics)

    この本はどんな人にオススメか

    英語を上達させたい人にはオススメです。ネイティブでも間違える。外国人のボクらはもっと間違えます。日本語で簡潔に書くためにも役に立つ気がします。ところで、クラッシー(classy)ほどクラッシーを言い表す言葉はないとベンジャミン・ドレイヤーは言っているけど、クラッシーをどうやって日本語にしたらいいんだろう?

  • 書籍|脳で語られる男女の差はほとんどウソ|”The Gendered Brain” by Gina Rippon

    書籍|脳で語られる男女の差はほとんどウソ|”The Gendered Brain” by Gina Rippon

    Aは〇〇で、Bは〇〇のようなレッテルはわかりやすく、話題にしやすいですよね。「日本人は」とか「外国人は」とか。女性は直感的で、男性は論理的。女性は地図を読むのが苦手で、男性は話を聞かない。そんな本も出ているくらいです。そんな男女脳のカジュアル(かつ差別を助長する)疑似科学的な分析に「もう!いい加減にして!」と声をあげたのが今回紹介する”The Gendered Brain”の著者であるジーナ・リッポンです。

    The Gendered Brain: The new neuroscience that shatters the myth of the female brain

    The Gendered Brain: The new neuroscience that shatters the myth of the female brain

    生まれてから周りの環境に合わせて、男性と女性の脳がどのように形作られていくのか詳しく説明されています。おかげで長年不思議に思っていた疑問「なんで日本は女性の社会進出がこれほどまでに遅れているんだろう?」に自分なりの回答が得られました。

    日本は世界の中で圧倒的に女性の社会進出が遅れている

    世界の中で日本は女性の社会進出が遅れています。どれくらいか?圧倒的にです。東京医大の入試における女性差別もかなり衝撃的でしたが、それも氷山の一角です。

    2018年において国際経済フォーラム(WEF)のレポートでは149カ国中110位。エコノミスト誌が毎年発表しているガラスの天井インデックスではOECD29カ国中28位でした。国際労働機関(ILO)のレポートにようると女性の取締役の割合はわずか3.4%でG7の中で圧倒的な最下位です。その次がアメリカで、それでも女性の取締役の割合は16.4%です。列国議会同盟(IPU)の調査によると女性議員の割合も日本は世界193カ国中165位です。

    女性の社会進出が遅れているのは、日本人が他の国の人たちに比べて野蛮で民度が低いというわけではありません。単に社会として差別を解決する継続的な努力をしていないだけです。日本の女性は結婚しても仕事を辞めてしまう。女性は男性と比べてキャリア的な野心が少ない。「日本の女性はそういうもの」みたいな空気感。じゃあ、日本の女性が悪いのか、努力が足りないのかといえば、そうでもありません。ジーナ・リッポンは脳科学の見地からそれを設明してくれています。

    脳は生まれつきか、生まれつきではないか

    男女の脳が生まれつき違いがあるのか?それとも、最初は違いがないが、徐々に男女で違いが生まれてくるのか?ジーナ・リッポンはこれに単純には答えません。簡単に答えるのであれば、男と女の脳は生まれる前から違います。問題は、それがそれほど重要な違いなのかどうか?です。

    以前に紹介したマシュー・リーバーマンの書籍『21世紀の脳科学』でも解説していましたが、脳は社会的な存在です。周りの影響を受けて変質していきます。

    ジーナ・リッポンは男女の脳の差は生まれつきのもの(nature)よりも育ってきた環境(nurture)だと科学的に根気強く証明していきます。まだ母体にいる頃から、生まれて、どのようにそだって行くのか。その間、どのように脳は環境の影響を受けながら「男」になり、「女」になるのか。それは生まれてから性別がわかってからの周りの反応、幼児期に与えられるおもちゃにまで至ります。「女性らしさ」や「男らしさ」は生まれてから徐々に作られていくのです。実際によく科学的にここまで調査したものだと感心してしまいます。

    「女性は結婚したら家庭に入るもの」と現代の日本女性が考えているのは環境の影響の方が大きいのですね。日本女性が生まれつきに「お嫁さんになったらお母さんになる」ために生まれたわけではないのです。育った環境がそういう「いいお母さん」を作っています。もちろん、そういう価値観が悪いわけではありません。同じ意味で専業主夫の「いいお父さん」がいてもいいですし。男の役員や政治家がいたらいけないわけでもありません。同じ意味で女性の役員や政治家がいてもいい。男女差が社会進出における格差に繋がっている環境が問題なのです。日本の社会は女性にとってフェアじゃないのです(それは男性にとってもフェアでもないのですがーお金を稼がない男は甲斐性がないとかね。フェアな社会であれば女性も同じでしょ?)。

    「お母さんが家庭にいないと子供がかわいそう!」と言う声が聞こえてきそうですが、世界の幸福度ランキング上位の国(フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ニュージーランドなど)は男女格差が少ないトップの国だったりしますからね。日本の幸福度は156カ国中58位です。

    脳科学の見地から偏見が生まれるメカニズム

    サイモン・バロン=コーエンの『共感する女脳、システム化する男脳』やアラン・ピーズとバーバラ・ピーズの『話を聞かない男、地図が読めない女』もそうなのですが、男と女の脳は違う話はヒットしやすいです。自分たちの考えを肯定してくれるし、わかりやすいですから。実際には男女の脳に差がないという実験結果の方が多いのですが、差があるという「衝撃の発見」の方が表に出やすい。これを出版バイアスと言います。書籍としての出版だけではなく、大学などの論文でも同じことが言えます。男と女は違うという偏見を肯定して補強してくれるデータの方が受け入れやすいのです。東京大学の四本裕子准教授も近い主張をしていますね。おそらく脳科学者の一般的な合意事項なんでしょう。

    サイモン・バロン=コーエン(心理学者)もアラン・ピーズとバーバラ・ピーズ(コミュニケーション)も脳科学者ではありません。男女の脳の違いの研究が盛んになったのは脳スキャン(fMRI)の登場が大きく寄与しています。脳スキャンで脳の「アクティブ」な部分を表すことで、とてもわかりやすい説明ができます(科学的に正しいかどうかは別として)。

    実際に脳スキャンを使う専門家は色分けした画像を使いません。レントゲン写真のように白黒の画像を使います。微妙な変化を捉えることが難しいからです。脳の機能を単純に部位で説明することはできません。胃や肝臓、心臓のようにわかりやすい役割があるわけではなく、それぞれの部位がネットワークによって繋がって機能していることがわかっています。単純に色分けして説明できません。

    また、脳スキャンは血流の流れを映し出します。脳の活動は電気信号ですから、実際の活動とは時差があります。脳スキャンが出たばかりの頃、このような脳の特性や脳スキャンの科学的な使い方が確立されていませんでした。そのために、科学的に正しいとは言えない分析に専門外の人たちが飛びついてしまいました。立派な道具も正しく使わなければ意味がありません。

    これはホルモンについても同じことが言えます。テスタトロンは男性ホルモン、エストロゲンは女性ホルモンと言われますが、実際には男性にも女性にもテスタトロンもエストロゲンもあります。それぞれ男女で割合が違うだけです。テスタトロンが論理的思考、エストロゲンが情緒的思考に繋がる科学的な証明はされていません。ホルモンに関連する女性特有の減少に生理があります。これも偏見のネタになっています。生理はネガティブな印象があるため、生理がもたらす心理的なネガティブな影響を調査する傾向があります。しかし、実際には生理中は思考がクリアになるなど、ポジティブな調査結果も少なくないそうです。

    この本はどんな人にオススメか

    私がマイクロソフト本社で働いていた頃、会社の方針として女性の管理職を採用するように奨励されていました。同じ能力の男性の候補者と女性の候補者であれば女性を選ぶことが強く推奨されていました。そして、組織のダイバーシティー(男女比率)は数値で管理されていました。

    私はディレクターという立場だったので、なるべくアジア人女性を管理職として昇進するようにしました(残念ながら日本人女性は数が圧倒的に少なかったので、そもそも本社レベルの土俵に上がってきませんでした)。つまり、会社の方針に素直に従っていました。IT業界の男女格差は当時から社会問題でしたし、男女格差だけでなく、人種格差も解消したいと考えていました。会社がそういう方針を出したとしても、まだまだ解決されていません。しかし、個人的にはモヤモヤとしたものがなかったと言えばウソになります。これって逆差別じゃない?とか。このモヤモヤに対する答えは今まで自分自身の中でありませんでした。

    しかし、この本を読んで、女性が生まれてから脳レベルで「女性らしさ」を周りの環境によってハードコーディングされていることを理解しました。環境が変わらなければ格差は変わらない。生まれたばかりの赤ん坊は環境を変えることはできませんからね。ある程度まで強制的に女性のリーダー(役員、管理職、国会議員、学者などなど)を増やしていく必要があるんですね。

    日本の場合だと有望な女性リーダーも「せっかく育ててきたのに寿退社しちゃった」みたいなことは頻繁に起きると思います。実際に日本の社会では日常的な風景です。ガッカリする気持ちはわかります。でも、今の日本はそういう社会になっちゃってますから。粘り強くやっていくしかない。すでに生まれてから脳レベルでハードコーディングされてしまっている「女性らしさ」や「男性らしさ」を変えるのは難しいですが、それを生み出す根源となっている社会を変えないと、日本はずっとこのまま変わりません。

    この本は幅広く多くの人に読んで欲しいです。今年のオススメ本の一つ。早く翻訳されて欲しい。

  • 書評|日本にいま必要なのは自己憐憫を止めて冷静に分析する勇気|”Upheaval” by Jared Diamond

    書評|日本にいま必要なのは自己憐憫を止めて冷静に分析する勇気|”Upheaval” by Jared Diamond


    文明の誕生をテーマにした『銃と鉄と病原菌』と文明の崩壊をテーマにした『文明崩壊』に続くジャレド・ダイアモンドの新著のテーマは「苦難」でした。人類の歴史をテーマにしたものはユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』と『ホモデウス』で引き継いだ感じなので、別の方向性にピボットした感じでしょうか。

    Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change

    Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change

    危機と人類(上)

    危機と人類(下)

    今回の取り組みは個人の苦難に対する解決のフレームワークを国家の苦難に対する解決のフレームワークに当てはめたものです。これまでのような膨大な資料に基づいた科学的なアプローチとは異なり、個人的な経験に基づく分析であり、科学的なアプローチによる検証は今後の研究に委ねられるとしています。まあ、そういった意味では小休止的な位置付けなのでしょうか。

    取り上げられている国家はフィンランド、チリ、明治時代の日本、ドイツ、インドネシア、オーストラリア、現在の日本、現在のアメリカです。そう、日本だけ二回に分けて分析されています。本の表紙も浮世絵ですしね。現在の日本の状況を「苦難」と捉えることに違和感を覚える日本人は少ないでしょうから、海外の人からどうみられているのか興味がありますよね。

    フィンランドから日本が学べること

    一番面白かったのはフィンランドでした。フィンランドの事例から日本は学ぶ的ことが多い気がします。

    フィンランドはソ連・ロシアと地続きの北欧国です。地図を見てもらえばわかりますが、スウェーデンやノルウェーと違い、多くの国境がソ連・ロシアに面しています。このため地政学的にソ連・ロシアを無視できません。

    また、フィンランドはアメリカとドイツの市場がなければ経済的にスケールできません。労働者に高い給料を払うためには効率化するしかない。そのために学校教育に力を入れる。授業料は無料で、教師は高給で高いステータスを持ち、結果としてフィンランドの学力は世界でもトップレベルになりました。ニュージーランドの次に女性の政治家が多く、大統領も女性がなっている。警官も大学の学位が必要。エンジニアのの人口あたりの比率が世界一高い。R&Dへの投資は3.5%で他のEU諸国の倍です。

    小さな国であるにも関わらず、逆境を乗り越えてフィンランドは今の立場を築きました。そのために苦難の中から自らが置かれた立場を冷静に分析し、戦略を立てて実行してきた結果です昔はソビエト、今はロシアの国境にさらされ、侵略に対して徹底抗戦。その間、イギリス、フランス、アメリカからの支援はなく、第二次世界大戦(フィンランドにとっては冬戦争継続戦争)で多くの死者を出します。14歳の子供まで兵士として戦ったのだから、その死者の数は凄まじいものだったそうです。この本を読んでやったわかりましたが、ゲーム『戦場のヴァルキュリア』のモチーフはフィンランドでしょうね。

    ソビエト側にもアメリカや西ヨーロッパ側にもつかず、バランスをとるポジションを「フィンランド化」と揶揄されたりしました。しかし、フィンランドのような小国が生き残るには必要なバランスだったんですね。それで今の地位を確立できたのだから立派です。

    日本が前に進むためには、もう自己憐憫はやめよう

    フィンランドと比べて、日本は地政学的に恵まれています。フィンランドのように大国と地続きではないですし、イギリスと比べても大陸と5倍の距離があります。イギリスより土地が50%大きく、天然資源も豊富。人口もイギリスの2倍です。中国に抜かれましたが、それでも世界で三番目に大きな市場です。

    ジャレド・ダイアモンドによると明治日本と現代日本の最大の違いは冷静かつ、誠実な自己評価ができているかです。明治日本はフィンランドと同様に冷静な自己評価ができました。アメリカやヨーロッパ諸国との国力の差を理解して、海外から多く学びました。国力の差の結果、屈辱を感じながらも不平等条約を結び、近代化の努力で徐々に不平等条約を粘り強く解消していきました。

    それに比べて、第二次世界大戦に踏み込んだ日本は冷静な自己評価ができず、勝てない戦争に踏み込んでいきました。それまで、連戦連勝だったので、周りが見えずに自信過剰になっていたんでしょうね。まあ、色々と不満があって、頭に血が上り、我慢できなかったんですね。相手の挑発に見事乗ってしまった。ジャレド・ダイアモンドは当時の日本の指導者たちを”hothead”(向こう見ずで衝動的で無責任な人)とかなり辛辣に評価しています。当時の日本の指導者たちは明治時代の指導者のように海外で直接国力の差を見てきませんでした。

    勝てるはずのない戦争をして、当然のように負けてしまうのですが、そこで反省をしていないのが日本の現状だとジャレド・ダイアモンドは評しています。日本のメディアは終戦記念日に戦争の犠牲になった日本人を多く取り上げます。特に広島、長崎の原爆や東京大空襲。しかし、戦争で日本人の犠牲になった外国人については全く取り上げません。例えば、南京事件バターン死の行進サンダカン死の行進です。シンガポール人だったら誰でも知っている、シンガポールを侵略した日本の銀輪部隊について知っている日本人はほとんどいないのではないでしょうか。自転車でシンガポールに侵入して、ライフルで一般人をどんどん殺していきました。知らないでしょ?日本では教えませんものね。終戦記念日でも特集しないですものね。

    第二次世界大戦について日本人から聞こえてくる言葉は自己憐憫ばかり。これは、現在の「失われた20年」に関しても同じです。過去の栄光にとらわれ、失敗から学ばず、周りを冷静に見渡して評価できない。自分たちはなんてかわいそうなんだ!と嘆いてばかり……とジャレド・ダイヤモンドは言っています(ボクじゃないですよ!)。でも、まあ、ボクがこうやって海外情報を日本語で発信しているのも、「日本人はもっと海外のことを学ぼうよ」と思っているからですがね。

    この本を読む多くの日本人は「耳が痛い」を通り越して、「は?アメリカ人にそこまで言われたくない!」と拒否反応を起こすかもしれません。しかし、そこで考えてほしいのは明治の日本人だったら?フィンランド人だったら?と考えてみることです。プライドをなくせと言っているのではなく、冷静に現実を見つめて守るべき大切なものは守りつつ、変えるべきは周りの状況を見て変えましょうと言っているだけです。なんで外国は日本の捕鯨に批判的なんだ!日本だけ批判されてる!と嘆くのではなく、捕鯨は守るべきものなのか?と冷静に自ら問いかける必要があるでしょう。

    この本はどんな人にオススメか

    この本は日本に対する批判がかなり多いです。中には「おいおい、そこまで言わんでもいいだろ?」と思う部分もあります。たぶん、ジャレド・ダイヤモンドの周りにいる日本人は朝日新聞や毎日新聞や東京新聞や共同通信な人たちが多く、読売新聞や産経新聞な人たちは少ないんだろうと推測します。読売新聞や産経新聞な人たちが読むとかなり腹立たしい内容だと思います。山本一郎さんが海外にまできて「自分探し」を公言している連中が迷惑な件についてと記事を書きたくなる気持ちはわかります。

    ただ、この本に書いてあるように、冷静に自己分析しようよとは思います。ほんと、そうですよね。アメリカ人に言われたくないですよね。アメリカだってインディアンから不当に土地を奪ったし、ロクでもないことたくさんやってます。そう、確かにそうですよね。でも、冷静になりましょうよ。カッと頭にきても、頭を冷やしましょう。フィンランドや明治の日本のように。大国にそんなこと言ってもしょうがないんです。

    日本を卑下する必要は全くありません。素晴らしい面はたくさんありますし、中国に抜かれたと言ってもまだまだ世界で三番目に大きな市場です。しかし、課題はあるのだから、冷静に海外から学ぶ必要はあります。

    おそらく、びっくりすることもあるでしょう。銀輪部隊もそうですが、日本では教えられない日本のことを、外国の人は普通に知ってたりしますから。ボクだって海外に出るまでバターン死の行進とか知りませんでした。自分たちの実力を知り、足りない部分は謙虚に学びましょう。日本の職人スゲー!もいいのですが、海外にもスゲーはたくさんあるのですから。そういう姿勢を学ぶきっかけにはなるかなあ、この本も。

  • 書評|ボクたち自身が問題の一部かもしれないことに気づこう|”Winners Take All” by Anand Giridharadas

    書評|ボクたち自身が問題の一部かもしれないことに気づこう|”Winners Take All” by Anand Giridharadas

    ハンス・ロスリングが『ファクトフルネス』で解説してくれたように、マクロの視点で見れば世の中はよくなっています。飢えで苦しむ人たちはだいぶ減りましたし、学校に通う女性も増えました。それでも、悲しいニュースが溢れています。悲しいニュースの多くはアフリカなどの貧しい国ではなく、国内で起きている出来事です。

    例えば川崎殺傷事件東池袋自動車暴走死傷事故。このような悲しいニュースが減らないのは、メディアのせいだけではなく、実際に世の中の一部はよくなっていないからです。特に先進国の中所得者層や低所得者層はより貧しくなっています。これはハンス・ロスリングもスティーブン・ピンカーも認めるところです。グローバルな視点(東南アジアとアメリカの比較など)では貧富の差は縮まっていますが、先進国のそれぞれの国内事情を見てみると貧富の差は広がっているのです。

    この傾向は日本だけではなく、先進国の多くで起きています。アナンド・ギリダラダスが前著”The True American”で描いたのがまさに低所得者層の希望と絶望の衝突(TEDの講演がわかりやすいです)でした。前著が物語であるならば、新著”Winners Take All”はその背景の解説書となります。

    Winners Take All: The Elite Charade of Changing the World (English Edition)

    Winners Take All: The Elite Charade of Changing the World (English Edition)

    The True American: Murder and Mercy in Texas

    The True American: Murder and Mercy in Texas

    行き過ぎた新自由主義(=最近の資本主義)に対する批判は最近よく出会うテーマです。この本もその一つです。ボク自身の主義主張で本をピックアップしているわけではないのに(単にアマゾンで売れている本の中でノンフィクションやテクノロジーに関する本を選んでいるだけ)、これだけ同様のテーマが続くということは、「そろそろ今の資本主義は見直さないとね」と知識層のコンセンサスが形成されつつあるのでしょう。

    資本主義は万能ではない

    この”Winners Take All”ではマッキンゼーのようなマネージメントコンサルティング会社やゴールドマンサックスのような金融機関、スタートアップを例として取り上げ、その矛盾した行動を指摘しています。左手で助け、右手で殴るようなものだと言っています。この本の主張を簡単に言えば「貧困が問題なのではなく、公平でないのが問題だ」です。新自由主義の考え方は「市場原理がすべての問題を解決する」です。政府はなるべく規制をなくして、企業が自由に経済活動をすべき。そして、慈善活動も市場原理に任せるべき。これが、今の主流の考え方です。

    ギリダラダスは現代のフィランソロピーの源流としてアンドリュー・カーネギーをあげています。ロックフェラーやモルガンと同時期の実業家でカーネギー財閥の創始者ですね。アンドリュー・カーネギーは稼いだ金は稼いだ金を貯めるのではなく、慈善活動に使うべきだとしました。実業家は自由市場で利益を得る。それによって一時的に不平等が生まれる。しかし、実業家がその富を慈善事業で再配分する。この一連のサイクルで自由市場における資本主義においても不平等は最小化されるというのがその考えです。

    マッキンゼーのようなコンサルティング会社は社会的な問題解決に取り組むための活動をしています。論理的な思考による問題解決手法など仕事のやり方(プロトコル)を持っています。問題を解決可能な範囲まで分解して、その中で特にインパクトのあるものに取り組む。このようなプロトコルは企業の経済活動の改善には役に立ちます。根本としての経済活動は正しい前提だからです。しかし、根本が正しくなければコンサルティング会社のプロトコルは役に立たないとギリダラダスは考えます。

    TechnoServeBridgespanのような民間の「社会インパクト活動」もジョージ・ソロスのOpen Society Foundationsもその目的はとても崇高なのですが、結局のところはマネージメントコンサルタント出身者が彼らのプロトコルを使って問題解決に取り組むので、なかなか根本的な解決にはたどり着けません。元々の原因を生み出した市場原理的な手法の一つが彼らのプロトコルなんのですから。

    ゴールドマン・サックスも10,000 Womanのような「社会インパクト活動」を単独で行ったり、金融の専門家が集まってPortfolio with Purposeのような団体を作ったりして社会貢献しようとしています。しかし、タンザニアで裁判となっているスタンダード・チャータード銀行のように金融機関が不良債権と知りつつ、それを安く買いたたき、高額で政府に補償を求めるハゲタカファンド的な行為が問題となっています。これが左手で助け、右手で殴るの代表例ですね。

    まずは自分たち自身が問題の一部だと気づくこと

    ティーパーティー運動はトランプ政権を生んだ原動力の一つです。「もう税金はたくさんだ(TEA: Taxed Enough Already)」の頭字語を取ったそうで、税金を減らして小さな政府をさらに加速させる最近の傾向の象徴の一つです。小さな政府とは規制を緩和して政府の役割を減らし、民間の役割を増やす方向性です。新自由主義の方向性です。行き過ぎた新自由主義が批判されていますが、市場原理による問題解決は、実は自分たち自身で求めているのです。

    富の不平等な配分を批判するスローガン「We are the 99%」は、「世界は1%の裕福な人たちが1%の裕福な人たちのために1%の裕福な人たちによって動かされている。そして、私たちは99%だ」という意味です。でも、実際にそれを選んでいるのは99%の私たちなのだと気づかなければいけません。貧困ではなく、不平等が問題なのに、それを市場原理で解決しようとしているのが問題なのです。

    この本の中で特に印象的だったのがフォード財団Ford Foundation)です。フィランソロピーの源流は先に書いたようにアンドリュー・カーネギーですが、その頃から「貧困について語っていいが、不平等については語っていけない」という不文律がありました。そうですよね、最初は不平等だが、儲けた人が自主的に慈善活動をして儲けていない人に還元するがカーネギーの考え方ですから。不平等ありきのフィランソロピーです。誰も儲けることについては批判されたくない。そもそも、そんな儲け過ぎずに、フェアにやろうなんて聞きたくない。それを言ってしまったのが世界でも最大規模の基金の一つであるフォード財団のプレジデントであるダレン・ウォーカーでした。彼がフォード財団で書いたブログ記事”Toward a new gospel of wealth“では不平等の上に成り立つ「与える(Giving)」の考え方から一歩進んで、根本的な不平等についてアクションを取るべきだと言いました。

    マイケル・ポーターの「共有価値の創造(Shared Value)」についても触れられています。マイケル・ポーター自身は現代経営の象徴みたいな人ですし、彼の書いた『競争の戦略』なんて経営者のバイブルの一つですよね(実際に読んでいる経営者がどれくらいいるかは別として)。多くの企業は企業の社会責任(CSR: Corporate Social Responsibility)に取り組んでいますが、これも儲けを「与える(Giving)」で社会に還元する考え方ですよね。フィランソロピーと根っこは同じです。マイケル・ポーターが提唱している共有の価値創造(CSV: Common Shared Value)は経済活動の中で価値を共有していこうという理念で、フォード財団のダレン・ウォーカーが言っていることとかなり近いような気がします。

    この本はどんな人にオススメか

    最近のビジネスや経済の時流を知りたい人にはオススメです。リベラルな人でも、保守な人でも。

    色々と最近は批判されている新自由主義です。新自由主義が目指す極端な自由が正解でもなければ、それ以前の極端な管理も正解ではないのでしょう。政府が万能でないのと同じで、市場も万能ではない。「管理」の方向に舵を切り、行き過ぎたら「自由」に舵を切り直す。そうやって前に進んでいくのが現実です。今は自由から別の方向に舵を切り直す時期が来たのでしょう。大事なのは舵を切るべき時に切れるかどうか。日本はどうか?って考えてみるのもいいですね。

    ベーシックインカムのようなラディカルな方向やプラットフォーム・コーポラティズムのようなふわっとした方向もあるかもしれません。何より重要なのはフォード財団やマイケル・ポーターのような既存のパワーバランスで言えば「強者」の側の人たちまで動き出そうとしているという点ですね。