本書でメインの舞台となっているのがウクライナです。ウクライナって日本の人たちにはどんなイメージなんですかね。欧米の人たち(特にIT関連の人たち)にとっては主要なアウトソース先の一つです。最近だとMake It in Ukraineというサイトで簡単にウクライナの開発者やデザイナーが集められます。でも、日本でウクライナに発注すると「え?大丈夫なの?」ってよく言われます。まあ、打ち合わせに現地に行きたくないですが、仕事を依頼するのは全く問題ないですよ。頑張って欲しいですしね、ウクライナの人たちには。
アメリカの立法は日本やイギリスと同じ二院制です。アメリカの下院であるHouse of Representativesは日本の衆議院であり、イギリスの庶民院です。直接選挙で選出され、人々を代表します。アメリカの上院であるSenetは日本の参議院であり、イギリスの貴族院です。アメリカの上院であるSenetは州を代表するため、州から二人づつ選出されます。イギリスの貴族院は貴族を代表するため、直接選挙ではなく貴族から選ばれます。これが二院制は国を二つの代表から考えてバランスを取る仕組みです。アメリカの場合は人民と州でバランスをとり、イギリスの場合は人民と貴族でバランスを取ります。日本の場合は衆議院も参議院も人民が選ぶので、どのようなバランスなのかよくわかりません。だったら一院制でいいんじゃないか?と思ってしまいます。GHQは一院制を推したのですが、日本は二院制にして欲しいと交渉して二院制になりました。
この本はショシャナ・ズボフの”The Age of Surveillance Capitalism”など、最近の著書に対するアンサーソングにもなっています。民主主義に関して、どのような議論がされているのか。そして、その潮流に対してローレンス・レッシグはどのような立場なのかがわかります。共産主義が崩れた後、民主主義まで危機に瀕していると多くの知識人が考えていますが、その論点をまとめた形になっています。
このギャップの責任の一部は経済学者にもあると今回紹介する”Good Economics for Hard Times”の著書でありノーベル経済学賞受賞者であるアビジット・バナジーとエスター・デュフロは言います。少ないながらも一部の経済学者はテレビや新聞で大々的に未来予測をやったりする(そして外れる)。しかし、多くの経済学者は目立つことはせずに、慎ましく行動している。そのため、本来の経済学は普通の人の目の届くところから離れた場所に存在している。
そんな金融の世界でアルゴリズムで市場の謎を解いたのがジム・シモンズです。少なくとも数多くいる数学者の中で金融において特筆すべき実績を作った一人です。だって、メダリオンファンドの年率は80%ですよ。驚異的です。今回紹介する”The Man Who Solved the Market”は普段は表に出てこないジム・シモンズと彼が率いるルネッサンス・テクノロジーズの発展の歴史を膨大なインタビューから構築しています。ルネッサンス・テクノロジーズがいかに世の中から距離を取っているのかもっとも表れているのがホームページです。ここまで秘密主義に徹した会社の歴史をあぶりだすんだから大した仕事です。ジム・サイモン本人とも10時間にわたるインタビューを行ったそうですが、最後まで出版に賛成してもらえなかったそうです。
職業としてのデザイナーの定義はあいまいです。試験とか資格とかないので、誰でも自称デザイナーになれてしまいます。スタンフォード大学のd.schoolのような学校もないですしね。ボクなんかもちゃんとした教育を受けたことはないので、「なんちゃってデザイナー」なのかもしれません。とはいえ、ボクがはじめた頃はペルソナとかカスタマージャーニーマップとかツールがそろっていなかったので、独自で工夫するしかありませんでした。UXの世界に決定的に影響を与えた書籍”The Psycology of Everyday Things”(現在は”The Design of Everyday Things”に改名/日本語訳は『誰のためのデザイン?』)だって、世に出たのは1988年ですし、ペルソナを世に広め、インターフェースデザインに影響を与えたアラン・クーパーの”About Face”も1995年です。いま現在、日本でどれだけデザインについて学ぶ場所が提供が提供されているのかはよくわかりませんが、みんな試行錯誤しながらツールや方法論を作り上げてきました。ボクもそうです。
そういう時に若いデザイナーたちに渡すのがA Book Apartの本です。英語の本ですが、日本語でこれくらい基礎知識が分野別にコンパクトにまとまってるシリーズはないので。
最近買ってデザイナーたちに手渡したのは”Conversational Design”と”Everyday Information Architecture”です。Conversational Designとはどうやってデザインを通じてユーザーと対話をするかです。Maxims of Violationsのような重要なコンセプトが紹介されています。情報アーキテクチャの手法も大規模なWebサイトを作る上では日本でも活用されはじめていますが、アプリのデザインでは使われていなかったりします。LATCHがすべてじゃないですが、せめてLATCHとは何で、どうやって使うのかくらい知っておこうよ、マジで。
A Book Apartの本は現時点でVol. 31 Expressive Design Systemsまで出ています。それぞれ100ページ強の軽い本ですが、ひとつの分野にフォーカスしているため、総合的な分厚いデザイン本一冊より各テーマについては深堀されています。こういう、軽くてサクッと読める本が日本語でもあるといいんですけどね。日本のデザイナーは日本語だけでは情報的には一周半くらい遅れてしまうので、常に最新の英語の資料に触れておきたいものです。Webコンテンツだと薄いので、A Book Apartくらいのコンパクトな豆本がちょうどいいと思います。
新著”What You Do Is Who You Are”は企業文化に関する本です。『HARD THINGS』でも企業文化について少し触れられていました。「創業者の行動が企業文化を決める」みたいな感じでしたよね。行動したこと、行動しなかったこと両方が価値観を規定する。今回はそこをさらに掘り下げています。
内容的には、うーん、期待が高かった分、肩透かしを食った感じです。語り足りなかったのかもしれませんが、『HARD THINGS』で語り尽くした感はあるんですよね。『HARD THINGS』をまだ読んでない人はまず『HARD THINGS』をオススメします。『HARD THINGS』を読んで、「まだ足りない!おかわり!」という人には”What You Do Is Who You Are”もオススメかもしれません。
そして、今回紹介するストリックラーの初著書”This Could Be Our Future”は単にスタートアップの創業者の書いた本ではなく(むしろ、あまりキックスターターについては触れられていません)、新自由主義的な価値観からの新しい価値観への転換という大きな枠組みを捉えた試みとなっています。エリック・リースがトヨタ生産方式からリーン・スタートアップを導き出したように、ヤンシー・ストリックラーは松下幸之助の経営哲学から弁当箱フレームワークを導き出しました。
この本を読みはじめて頭に浮かんだのが価値と生産性を再定義したマリアナ・マッツカートの”Value of Everything”でした。そうしたら、案の定、この本の途中でマリアナ・マッツカートが言及されていました。マリアナ・マッツカートの論点は「価値とは利益であり、生産性はどれだけ効率的に利益を生み出されたかで測ることができる」であり「行政の価値創出における役割が過小評価されている」でした。
ラジオ局は規制で1企業で2つのラジオ局しか持てませんでした。しかし、新自由主義の流れで規制緩和されました。その結果、iHeartMediaなど少数の企業が全米のラジオ局を独占しました。企業ですので利益を追求し、ラジオ番組の運営が効率化されました。ローカルDJは解雇され、プレイリストはどこのラジオ局でも同じになってしまいました。サム・ハントの”Body Like A Back Road”はビートルズやマイケル・ジャクソン以上にビルボードにランクインされましたが、これは楽曲が優れているだけでないとストリックラーは訴えます。ラジオ局のプレイリストの同質化がヒット曲のマンネリ化を招いたと言います。まあ、悪い曲ではないかもだけど、歴史的名曲には程遠いですよね。
お金だけではない価値を見出した創業者たちは「耳障りはいいけど、何の役にも立たないポエム」をうたっているだけではありません。お金だけではない価値創出を実践して、生活をしているんです。言葉だけでなく、行動でそれを示している。 “This Could Be Our Future”はそれだけでない、もっと幅広い範囲をカバーしています。キックスターターの創業物語的な内容を期待していると肩透かしを食らうかもしれませんが、とても素晴らしい内容の本で、なるべく多くの人に読んでもらいたいです。
イブラム・X・ケンディの人種主義に関する本”How to Be an Antiracist”を読みながら、レイシズムが人種主義で、レイシャル・ディスクリミネーションが人種差別ならば、セクシズムが性別主義で、セックス(ジェンダー)・ディスクリミネーションは性別差別とした方がいいんじゃないかなあ?なんて考えていました。しかし、現時点でのセクシズムの日本語訳は女性差別となっています。じゃあ、セクシズムとセックス・ディスクリミネーションの違いはなんなんだろう。男性だって差別される時もあるよね?そんな時に目に留まったのがキャリー・ゴールドバーグの”Nobody’s Victim”でした。
タイトル・ナインのおかげで大学は対応する体制を組むようになりました。しかし、これが高校や中学となるとなかなか追いつかないのが現状です。キャリー・ゴールドバーグの当時の最年少クライアントは13歳で学校でレイプ被害に会い、学校は正しい対応をしてくれませんでした。そもそも、現場にその知識がない。そこで、キャリー・ゴールドバーグは学校を訴えるだけでなく、教育省公民権室(Office for Civil Rights)にタイトル・ナイン違反を報告しました。
今回紹介するイブラム・X・ケンディは著書”How to Be an Antiracist”では、人種主義者でなく「反人種主義者になりましょう」という指南書です。イブラム・X・ケンディによれば、Aマッソや金属バットが特別なのではなく、ボクらはみんな人種主義者として他の人種を蔑んで見たり、行動したりする可能性があるということです。人の振り見て我が振り直せです。
Equity Vs Equality: 20 differences between Equity and Equality !
アナンダ・ギリダラダスが”Winners Take All”で平等性に着目して制度的、構造的な問題に切り込んだのと対照的ですね。”Winners Take All”ではぼんやりとして解決策が見えなかったのですが、イブラム・X・ケンディは公平性に着目して、具体的な政策に切り込んでいるため、やることが明確です。平等ではなく、公平の視点に立てば、萩生田大臣の「身の丈」発言ってどうですかね?
また、身体的な特徴から特定の人種の優劣を考えるのも身体人種主義だとしています。黒人は身体能力が優れるが、頭脳は劣るとか、アジア人は身体能力は劣るが、頭脳は優れているとか。身体能力が優れたアジア人もいるし、頭脳が優れた黒人もいる。優れた個人や劣った個人はいるが、個人の能力を全ての人種に当てはめてはいけないと言います。保守派の政治評論家で、反オバマ映画『オバマのアメリカ』を監督したディネシュ・デスーザは著書“End of Racism”(凄まじいタイトルだ)で「黒人はインプロビゼーション能力が高いためにジャズや野球は得意だが、クラシック音楽やチェスは苦手」と書いているそうです。もちろん、全ての黒人がダンクシュートができて、ジャズの即興演奏ができるわけではないし、聡明な黒人だってたくさんいる。「やっぱ、黒人の血が入ってるからすげーな」と言うのは努力している個人にも失礼ですよね。すごいのはその人なんだから。