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  • 書評|新しい独占企業GAFAを理解するのに必要な、伝統的な独裁企業とエネルギー業界の話|”Blowout” by Rachel Maddow

    書評|新しい独占企業GAFAを理解するのに必要な、伝統的な独裁企業とエネルギー業界の話|”Blowout” by Rachel Maddow

    インターネットの世界ではGAFAの驚異とか色々言われてます。中国ではBATや次の世代が台頭とか。もう、世界はインターネットやモバイル企業が牛耳ってるんじゃない?と。まあ、もちろんGAFAやBATの影響力は絶大ですし、超巨大企業ですよ。でも、Fortune 500のトップはウォルマートが堅持していますし、続くエクソンモービルは長年トップ5を譲ったことがありません。ウォルマートはアメリカ限定だとしても、エクソンモービルはグローバル企業です。世界最強のグローバル企業はグーグルじゃなくてエクソンモービルなんですよ。石油からできた製品やサービスを使わない日ってほぼないですからね。日本だと金融や石油のビジネスがあまり身近ではないため、なかなか理解しにくいですよね。

    ビジネスのコンテキストで「データは新しい石油」と言いますが、その意味を理解している人がどれくらいいるでしょうか。そもそも石油のビジネスを理解していないのに、それを比喩として使えないですよね。特に日本だと石油の取引に携わる機会は少ないので、イメージしにくいビジネスだと思います。だから、日本の場合は石油よりも「産業の米」とかお米に例えることが多いのか。

    今回紹介する石油業界と政治の関係を描いた書籍”Blowout”の著者レイチェル・マドウはMSNBCで彼女の名前を冠したThe Rachel Maddow Showのホストをしている政治コメンテーターです。皮肉の効いた知的な笑いが彼女の特徴ですが、それは彼女の本にもよく現れています。とても重厚なトピックなのに、いい意味で軽い。

    この本の主人公はアメリカ、ロシア、オクラホマですね。もっと言えば、レックス・ティラーソン(エクソンモービルの元CEO)、ウラジミール・プーチン(言わずと知れたロシア大統領)、オーブリー・マクレンドン(シェールガス革命の立役者であるチェサピーク・エナジー創業者)の三人です。特にレックス・ティラーソンは様々な場面にロシアやシェールガスに絡んできます。

    いつもはじまりはアメリカ

    石油の存在は昔から知られていますが、近代の石油ビジネスのはじまりはアメリカです。ペンシルバニアで原油が発見され、それを精製してケロシンを作り、照明ランプの燃料として売り出しました。19世紀半ばにはまだ電気はなかったですからね。これがきっかけでペンシルバニアのオイルラッシュがはじまります。そして、石油業界を制したのがロックフェラー。当時は金ぴか時代で多くの財閥(トラスト)が誕生しました。

    石油は最大のトラスト。アンドリュー・カーネギーは鉄鋼王。フィリップ・アーマーは精肉王。ジェームス・デュークはタバコ王になりました。しかし、最強は石油王のジョン・ロックフェラーでした。独占の時代。ちなみに、現在も新しい金ぴか時代と言われています。ほら、GAFAが独占してるでしょ。ここが石油とインターネットビジネスの共通点の一つですね。

    独禁法で分解されたあとも、全てロックフェラーの持ち物には変わりなく、更にリッチになりました。本書の主人公の一つであるエクソンモービルを含む、ほぼすべての石油企業はスタンダードオイルがルーツにあります。DNAも引き継いでいて、利益追求し、拡大を目指し、政府の干渉を嫌うのが石油業界の共通した性格になります。コーク兄弟が特別ってわけじゃないんです。そしてもう一つの性格がイノベーション気質。あれ?これもインターネット業界とそっくりですね。なぜエネルギー業界にはイノベーションが必要なのか。一般的なイメージと違って、石油やガスは井戸から水をくむのとは違います。石油の場合は石油を含む地層である油層を発見しても、圧力が高いと爆噴します。この爆噴が本書のタイトルである”Blowout”です。簡単じゃないんです。

    エネルギーを地面から抽出して、利用できるように精製するのはとても大変なんです。これで、なんでグーグルが「抽出ビジネス(Extraction Business)」って言われるか分かりますよね。そう個人データを抽出して、精製するのって大変だし、多くのイノベーションが必要なんですよ。インターネット業界とエネルギー業界っていろんな意味でそっくりなんです。

    イノベーション気質がとんでもない結果に結びつくことも多々あります。映画『バーニング・オーシャン』のモチーフにもなった2010年のメキシコ湾原油流出事故はその代表例です。エクソンバルディーズ号原油流出事故なんかもそうですね。シェルもアラスカでの採掘の中止を余儀なくされました。今だに環境汚染を取り除くことができません。抽出には莫大な費用をかけてイノベーションに取り組むのですが、その被害から環境を回復する技術には費用をかけずにおざなりにするのもインターネット企業にそっくりですね。流出した原油を取り除くのに使われるのは紙おむつだそうです。そういえば、ケンブリッジ・アナリティカとかどうするんですかね、ザッカーバーグさん?データも石油も流出すると大変です。

    ロシアとプーチン

    インターネットとAIの世界でアメリカと覇権を争うのは中国ですが、石油の世界でアメリカと覇権を争うのはロシアです。なんといっても、ロシアはサウジアラビアに次ぐ世界二番目に大きな石油の埋蔵量を誇り、さらにガスも世界最大の埋蔵量だと言われています。これをテコにしない手はないですよね。

    ソビエト連邦崩壊からロシアは大国の地位から滑り落ちました。エリツィン時代に市場の自由化が進むのですが、初期の資本主義において急激な自由化が起きると寡占状態になることがこの壮大な実験で分かりました。新興財閥オリガルヒの誕生です。オリガルヒというのは民間の独占企業ですよ。エクソンモービルであり、GAFAですよ。その一つが世界最大の非国営石油会社だったルコスでした。え?過去形?

    エリツィン時代のロシア財政危機を引き継いだプーチンは急速に自由化からクリプトクラシーにシフトチェンジします。見た目は民主主義なんですが、見えないベールに包まれています。そして、見えないベールの内側で強権を振るうのがシロヴィキです。KGB出身のプーチンらしい体制です。

    ルスコのCEOだったミハイル・ホドルコフスキーはプーチンを公然と非難しはじめます。まあ、アメリカの大統領に対して民間企業のトップが噛み付く感じだったんでしょうね。しかも、エクソンモービルとパートナーシップを組むために株式の30%を譲る交渉をはじめました。これがプーチンの逆鱗に触れます。シロヴィキを実行部隊にもつプーチンにとって民間企業のトップを捻り潰すのは簡単です。それがどれだけ巨大であろうと。ホドルコフスキーは様々な嫌疑をかけられ、逮捕。ルコスは解体され国営化されます。スゲーな。ホドルコフスキーをはじめとする新興財閥オリガルヒはシロヴィキによってどんどん解体されていきました。

    ロシアではプーチンは最強です。たとえ、相手が世界最強のエクソンモービルであっても。エクソンモービルもプーチンの庇護がなければロシアでは何もできません。インターネットでいえば、中国の金盾の中ではグーグル神でも何もできないのと同じですかね。それでも国営のルクオイルロスネフチになんとか食い込みたい。レックス・ティラーソンも粘り強く機会を伺います。普段あまり「ノー」と言われないであろう世界最強企業のトップがこれだけ辛抱するのかと、なかなか感慨深いです。

    オクラホマとシェールガス革命とイノベーションの意味

    イノベーションってなんなんでしょうかね?エネルギー産業はイノベーションが大好きな業界です。インターネット業界と同じです。ガスは岩盤に染み込んでいて、その抽出はスポンジに染み込んだ水をストローで吸い取るのに似ています。エクソンモービルをはじめ、オイルメジャーはずっとどうやればガスを抽出できるのかを長年考えてきました。その実験の一つが平和的核爆発の有効利用のひとつ、プロジェクト・ルリソンでした。地下核爆発でガスを抽出しようという取り組みです。すっごくイノベーションですよね!残念ながら(というか、当然ながら)この取り組みは失敗して放射性物質をバラまくだけでした。

    岩盤からのガスの抽出はあまりにも難しいため、ほぼ全員あきらめました。ジョージ・ミッチェルを除いては。フラッキング(水圧破砕法)によって岩盤からのガス抽出がビジネスになる可能性が見えてきました。それを捕まえたのがチェサピーク・エナジーをはじめとしたオクラホマのエネルギー企業です。シェールガス革命のはじまりです。どれくらいこれがオクラホマにとってインパクトがあったのか?NBAバスケットチームをシアトルから買い取るくらいのインパクトがありました。シアトル・スーパーソニックからオクラホマシティー・サンダーになっちゃいました。安価なエネルギーの需要は大きく、エクソンモービルもXTOの買収とロシア戦略で追いつこうと必死です。

    日本が脱原発だけでなく脱石炭ができずに世界から非難を集めていますが、他の国はどうしてるの?と言えばガスに転換してるんです。アメリカで原発が廃炉になっているのはガス発電にコスト的に太刀打ちができないのも理由の一つでしょう。あらあら、日本はIT革命だけでなくシェールガス革命にもついていけてないんですね……って実際はどうなんでしょうね?

    シェールガス抽出の環境への影響はまだわかっていません。しかし、悪い兆候はあちこちに出ています。ガス・ヴァン・サント監督作品『プロミスト・ランド』ではシェールガス抽出による環境への影響が描かれています。また、シェールガスの街であるオクラホマシティでは地震が頻発しはじめています。

    この本はどんな人にオススメか

    とても読み応えのある本です。ここで紹介しているエピソードはほんの一部で、もっとたくさんの面白いエピソードが紹介されています。石油のビジネスって現地の政府とうまくやってく必要があるので、独裁政権と相性が良かったりします。赤道ギニアとか。

    アメリカとヨーロッパには石油メジャーがあり、ロシアや中国(中国石油天然気集団)にも国営石油企業があります。日本には大きな石油会社がないので馴染みが薄いかもですが、石油は世界の基盤ビジネスです。ビジネスに携わる人なら誰でも知っておいて損はないでしょう

    できればオーディオブックで聴いてほしいですね。レイチェル・マドウはラジオ出身だけあってやっぱりうまい。クスッと笑ってしまう「くすぐり」をちゃんと心得ています。あと、オーディオブックならではの演出もありますしね。途中でプッシー・ライオットの曲をはさんだりして。こういうのってオーディオブックならではですよね。オススメです。

  • 書評|ブロックチェーンと法律|”Blockchain and the Law” by Primavera De Filippi

    書評|ブロックチェーンと法律|”Blockchain and the Law” by Primavera De Filippi

    法律は国によって定められています。国によって法律は違います。そのため、国をまたがる場合は合法と非合法、正義と悪の境界線が非常に曖昧になります。その曖昧な世界が大きければ、大きいほど法による管理は難しくなります。海の世界がその代表例ですね。どの国にも属さない海の領域(公海)での犯罪はどうする?とか。インターネットの世界も同様で、国をまたがる法整備や合意形成が慎重に進められています。そして、最近そのリストに加わった一つがブロックチェーンの世界です。

    今回紹介する書籍”Blockchain and the Law”で著者である法学者プリマヴェラ・デ・フィリッピは現在進行形のブロックチェーンにおける法律の関わり方を解説しています。

    Blockchain and the Law: The Rule of Code

    Blockchain and the Law: The Rule of Code

    まず、プリマヴェラ・デ・フィリッピはインターネットとブロックチェーンの発展の歴史を振り返ることで、法律との関わりのポイントを整理していきます。ブロックチェーンは三つの大きな流れが交わった地点にあります。インターネット、P2Pとサイファーパンク。ランド研究所でのポール・バランによるパケット交換の開発国防高等研究計画局(DARPA)などインターネットの成り立ちからP2Pやサイファーパンクを経由してブロックチェーンの誕生とビットコインやイーサリアムへ発展した現在までをじっくりと解説します。

    P2Pはインターネット以降に生まれた最も破壊的なアプローチの一つです。その第一世代がナップスターでした。ナップスターのP2Pによる音楽共有はボクも使ってましたが本当に衝撃的でした。ナップスターは中央集権的なインデックスで管理されていたため、権利保有者から責任逃れをすることができずに破綻しました。第二世代のビットトレントやヌーテラはピュアP2Pと呼ばれ、中央にインデックスを持たずに分散化管理をします。ビットトレントの場合はtorrentファイルを分割してノードで共有します。

    サイファーパンクの「サイファー」の意味は「鍵」です。暗号化技術によるリバタリアン思想がその根底にあります。サイファーパンクたちによってブロックチェーンに先駆けて暗号化技術を使った電子マネーも開発されました。それがデイビット・ショーンのデジキャッシュでした。しかし、デジキャッシュのアーキテクチャーはクライアント・サーバーでした。サイファーパンクたちはブロックチェーンやスマートコントラクトなどコアな技術を生み出し続け、サトシ・ナカモトと自らを呼ぶ個人またはグループがビットコインを生み出しました。

    ローレンス・レッシグは『CODE インターネットの合法・違法・プライバシー』でコードが法律”Code is Law”だと宣言しました。もうちょっと具体的に言えば、管理の手段として法律、市場、規範とアーキテクチャの四つがあって、アーキテクチャがコードということです。法律と同様にコンピューターのコードによって行動が規定される。インターネットは実際の法律とプログラムの間で整合性を取ることが可能でした。それはインターネットの管理は完全には分散化されていないからで、管理ポイントがあるからです。例えばインターネット・サービス・プロバイダー(フレッツ光のようなISP)、決済プラットフォーム(StripeやPayPal)、グーグルやフェイスブックなど特定の国を拠点として法人として営業している企業です。

    CODE VERSION 2.0

    CODE VERSION 2.0

    多くのブロックチェーンの分散化システムの場合は特定の国の法律で縛ることが難しい場合が多いです。プリマヴェラ・デ・フィリッピは簡単に法律がどのように現代のような形になってきたのか簡単に解説してくれます。ミシェル・フーコーは『監獄の誕生―監視と処罰』で刑罰の近代化を描いています。法律は18世紀の前と後に一本の線を引くことができます。18世紀前の君主制の頃は体罰が中心。18世紀から19世紀にかけて現在の刑法が確立され、管理の手法として監獄ができました。ミシェル・フーコーはパノプティコンをその象徴としています。レッシグの法律、市場、規範とアーキテクチャの分類を使えば、「規範」がそれにあたるでしょう。それを発展させたのがジル・ドゥルーズで、見られているかもしれないという社会の管理(society of control)が行動を規定するようになるとしています。ブロックチェーンを支持している人たちはこの考え方を好みます。法律に縛られるのではなく、社会の管理に委ねるという考え方。

    フーコー・コレクション〈4〉権力・監禁 (ちくま学芸文庫)

    フーコー・コレクション〈4〉権力・監禁 (ちくま学芸文庫)

    • 作者: ミシェルフーコー,小林康夫,松浦寿輝,石田英敬,Michel Foucault
    • 出版社/メーカー: 筑摩書房
    • 発売日: 2006/08/01
    • メディア: 文庫
    • 購入: 3人 クリック: 19回
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    そうはいっても、インターネットやブロックチェーンの中だけで生きていけないし、自分が暮らしている国の法律から逃げることもできません。どこかしらで折り合いをつける必要があります。例えば、Rippleはすでに銀行間の外国為替取引で使われはじめています。個人間で同じことをする仕組みとしてAbraがあります。例えば、出稼ぎで海外に出ている人が、家族に送金する場合とかにいいですよね。必ずしも出稼ぎの人がその国で銀行口座を持てるとは限りませんし。犯罪に使われることも考えられます。マネーロンダリングや麻薬取引や人身売買などなど。

    犯罪を防ぐために、銀行は口座の持ち主の身元を確認する義務を法律で課せられています。これを本人確認義務(KYC:Know Your Customer)と言います。コインチェックやDMMビットコインのような日本に法人を置く中央管理の取引所であれば、日本の法律に従って本人義務確認をすることを義務付けることもできるでしょう。しかし、ブロックチェーンで完全に分散化されてしまってはそれもできません。だって、誰に確認すればいいのでしょう?ZcashMoneroのような匿名通貨や、技術的にはゼロ知識証明リング署名です。

    そして、スマートコントラクトです。スマートコントラクトは法的拘束力があるのか?法的拘束力があるのであれば、どのような場合にどの国の法律が適用されるのか?例えば、アメリカでは契約書や発注書も紙である必要はありません。実際に電子データ交換(EDI)ではそのように運用されています。Corda Japanの記事ブロックチェーンで受発注プロセスを”デジタル化”するでEDIがどのようにブロックチェーンに置き換わる可能性が開設されていますが、取引には現時点ではたくさんのプロセスが必要となっています。これをスマートコントラクトで効率化することができると考えられています。電子サインが有効な国も増えてきていますしね。物理的な商品取引だけでなく、株式やデリバティブなどの金融商品取引をトークン貸してスマートコントラクトで取引をすることにより効率化できる可能性があります。

    スマートコントラクトによる分散化取引の特徴には透明性があります。金融の場合、取引所を経由した中央集権的な取引と、取引所を経由しない分散化した取引であるOTC(Over the counter)があります。OTCの問題点は透明性の低さで、リスクを見えづらくします。スマートコントラクトを使うことにより、分散化したOTCによる取引のセトルメントの時間を削減して、リスクを減らすだけでなく、OTC取引にも透明性をもたらす可能性があります。

    そうはいっても、現実には現実の法律があり、制度があります。初期のウォールストリートの取引は分散化でした。幾度の金融危機を乗り越えて、徐々にルールづくりをしながら集権化していきました。クリアリングハウスやDTCCができました。集権化はリスクを低減して、透明性を高めました。そして、中央銀行が金融政策を実施する助けにもなりました。金融取引には多くの仲介者が存在しますが、それが安全弁にもなっています。ブロックチェーンの取引にはクリアリングハウスはないので、デフォルトが連鎖して金融危機を生み出す危険性もあります。

    この本はどんな人にオススメか

    現時点でのブロックチェーンの流れと法律との整合性を理解したい人にはオススメです。しかし、「答え」は提示されていません。インターネットですら国をまたがった法律は確立されていないのですから。この本では様々なユースケースでブロックチェーンと法律の整合性を考察しています。

    大きく分けて、プライバシー、透明性、現行の法律とのギャップですね。例えば、失敗したDAOのような分散化組織は法律上は株式会社にできません。ジェネラル・パートナーシップなので、分散化組織に参加する個人は無限の責任を負います。アメリカではシリーズLLCが代替案として考えられますが、日本の場合はどうなるのでしょうね。

    ボク自身もいろんなアプリを作る立場で、技術やビジネスモデルと法律の関係を考える機会が多いです。GDPRのようなヨーロッパの法律が全世界に影響する時代です。実際にモノやお金が関わるとなかなか単純にはいきません。デザイナーや開発者ももっと法律について知っておいたほうがいいと思うんですよね。

  • 書評|絶対防衛線としてのデザイン|”Ruined by Design” by Mike Monteiro

    書評|絶対防衛線としてのデザイン|”Ruined by Design” by Mike Monteiro

    「デザイン」はむやみに使われすぎていて、ボク自身、最近は避けてきた言葉です。デザインは数多くある手法の一つであって、目的ではない。目的に合った手法を使うべきであって、デザイン原理主義にハマりたくない。それでも、ユーザー中心に考える思想としてのデザインはやはり有用ですし、ボクの仕事のコアの部分を形成しています。

    YAMDAS現更新履歴でマイク・モンテイロの”Ruined by Design”が紹介されていて、読んでみたいと思っていました。最近になって本人の朗読によるオーディオブックが出たので、ようやく読む(聴く)ことができました。

    マイク・モンテイロ自身がMule Designを経営しているデザイナーですが、デザイン倫理学を広める伝道師的な役割を自ら担っています。”Ruined by Design”はデザイン倫理学の伝道師として、彼が言いたいことをとにかくぶつけてきたなかなか情熱的な書籍です。口語的な表現が多いので、書籍として読むより本人の声をオーディオブックで聴いた方がいいんじゃないかな。リバタリアンが大っ嫌いだとすごく伝わってきます。アイン・ランドなんてマジでクソ!みたいな(笑)。マイク・モンテイロはポジション的にはかなりリベラルです。バーニー・サンダース好きそう。どのような立場から発言しているのか、わかりやすくていい。

    Ruined by Design: How Designers Destroyed the World, and What We Can Do to Fix It (English Edition)

    Ruined by Design: How Designers Destroyed the World, and What We Can Do to Fix It (English Edition)

    前提としてのデザインの定義

    マイク・モンテイロは本書をデザインの定義からはじめます。すべてのモノやサービスはデザインされている。意識的であろうと、無意識的であろうと。フェイスブックもツイッターもビジネスの意図を実現するためにデザインされ、結果として現在の形になっている。

    つぎにデザイナーの定義をします。マイク・モンテイロはプロダクトやサービスの機能の決定や実装に関与する人は全てがデザイナーだと言います。UX、グラフィック、インタラクティブなど「ほにゃららデザイナー」などタイトルは関係ない。プロダクトオーナーも開発者もプロダクトの機能を定義したり、決定に関わる限り「デザイナー」です。

    まず、ここまでが前提ですね。感情的な本なのにストラクチャーがしっかりしているのが英語圏の人の性(サガ)ですね。ロジックがにじみ出てしまう。日本人だとこうはいかない。

    問題提起

    マイク・モンテイロは現在の多くのプロダクトやサービスのデザインはぶっ壊れていると問題提起します。フェイスブックとケンブリッジ・アナリティカの問題も、ウーバーがドライバーを搾取するのも、プロダクトがそのようにデザインされているからです。倫理よりもビジネスが優先された結果、プロダクトは倫理に反する動きをします。そうデザインされているのですから。フェイスブックなどのソーシャルメディアはニュージーランドで起きた乱射事件のライブストリーミングを止めることができませんでした。ソーシャルメディアは広めることを目的としてデザインされているからです。広めることを目的としてデザインされたツールを止めるのは非常に難しい。

    解決策の提案

    解決の方向性としてトップダウンとボトムアップがあります。マイク・モンテイロはマーク・ザッカーバーグやラリー・ペイジが自らの倫理観を今更変えることができないのでトップダウンは期待できないと言います。ウーバーのトラビス・カラニックやウィワークのアダム・ニューマンは自らを変えることができなかったら更迭されたわけですものね。

    そこで、マイク・モンテイロが提案するのがボトムアップのアプローチです。広義の「デザイナー」が強い倫理観を持って、企業や組織長が間違った判断をしようとしたら「ノー」と言いましょうと提案します。会社勤めしている会社員として、会社やボスが言うことを聞かなければいけないのはわかる。しかし、医者や弁護士はどうだ?とマイク・モンテイロは問いかけます。医者や弁護士はお金を払えばなんでもやるわけではなく、職業としての倫理規定が優先されます。医者の場合はヒポクラテスの誓いがあります。弁護士も各国の弁護士協会が倫理規定(アメリカのBar Associationの場合はこちら)を制定しています。

    デザイナーにも強い倫理規定が必要だとマイク・モンテイロは提案します。そこで、Githubにデザイン倫理のドラフトを公開しています。すでに様々な言語に翻訳されていますが、まだ日本語はないですね。

    倫理観に反する企業に対してエンジニアのSeth Vargoが個人として行動をとった例がDevOpsのツールとして有名なChefのGithubやRubyGEMのリポジトリにあるファイルが削除された事件です。Chefが悪名高きアメリカ合衆国移民・関税執行局(ICE:Immigration and Customs Enforcement)と契約したのが事件の発端です。摘発の仕方が非人道的だと非難されています。詳しくは以下のニュースサイトを参照してください。ここにもあるように、最終的にはChefのCEOがICEとの契約を更新しないことを発表するまで追い込まれました。個人の倫理観に基づく行動が企業のの行動を変える代表的な例になるでしょうね。

    トランプ政権の非人道的な政策に抗議し、プログラマーが翻した反旗

    この本はどんな人にオススメか

    デザイナーって視野が得意分野に集中しがちなんですよね。広い意味でのデザインも分かっているつもりでも、日々の業務で実践できていない。デザイナー個人が倫理感を持って仕事をしても、ユーザー中心の考え方をしても、チームやグループで同じ考え方じゃないと孤立してしまいます。疲れちゃうから、結局は流されてしまう。

    まわりの人たちも悪気があるわけじゃない。優先順位が違うってだけ。デザイナーのマインドセットを持っていないだけ。じゃあ、そういう人たちにこの本をオススメして読むか?読まないでしょうね。それはマイク・モンテイロもわかっている。だから、わかってる人に語りかけ、行動を促すしかない。

    フェイスブックは投稿に対して心理実験Facebookがこっそりユーザー感情操作実験をしていた – NAVER まとめ)をしましたが、これも完全に倫理的には間違っています。ビジネスに倫理観は必要で、デザインで倫理観を規定するアプローチもあるでしょうね。ただ、デザインってそこまで万能かなあ……と個人的には思ってしまいます。まあ、日本語翻訳くらいはやるか。

  • 書評|ロジックの罠にはまらないためのマジック|”Alchemy” by Rory Sutherland

    書評|ロジックの罠にはまらないためのマジック|”Alchemy” by Rory Sutherland

    いま世界の広告代理店のトップはイギリスのWPPグループですね。そのグループの一員であるオグルヴィの母体は1890年に創業して、ローカルな諺だった「1日1個のリンゴは医者を遠ざける」を世に広めたりしました。しかし、オグルヴィが本当に世界的に有名になったのは「広告の父」デイヴィッド・オグルヴィが買収してからですね。ブランディングといえばオグルヴィというイメージがとても強いです。

    そして、ロリー・サザーランドはオグルヴィ・グループで行動科学に基づくブランディングを作り上げた人です。世の中は「ロジック」が重視されていますが、「マジック」の役割をもっと理解すべきだと著書”Alchemy”でロリー・サザーランドは主張します。この本の副題「黒魔術とマジックを作り上げる奇妙な科学」がそれを表していますね。

    Alchemy: The Dark Art and Curious Science of Creating Magic in Brands, Business, and Life

    Alchemy: The Dark Art and Curious Science of Creating Magic in Brands, Business, and Life

    スタートアップで成功しようと思ったら、ユーザーが求めるプロダクト(PMF)を見つけないといけません。PMFは簡単にいえばユーザーにとってプロダクトが提供する価値です。PMFを見つけようとしたら、ユーザーに理解してもらうと思ったら、その価値を簡単に表現できなければいけません。究極的に分かりやすい価値って吉野家じゃないですが「早い、安い、うまい」だと思うんですよね。ユーザーは何かやりたいことがある。それが早くできるのか?安くできるのか?うまくできるのか?これがスタートアップ的な考え方です。

    しかし、ブランドの観点では必ずしも「早い、安い、うまい」が価値ではありません。それだけでは足りません。ロジックが必ずしも価値を生み出すわけでなく、マジックの果たす役割が大きい。ロジックは議論には有効ですが、現実には(時にロジックに反する)マジックが必要です。なぜなら、世の中はロジカル(論理的)に動いていておらず、サイコロジカル(心理的)に動くからです。

    ロジカルに説明できることが実際に動く証明にはなりません。

    論理的だが、動かない
    (多くの政治的問題)
    論理的だし、動く
    (クルマなど)
    論理的ではないし、動かない
    (タイムマシンなど)
    論理的ではないが、動く
    (自転車など)

    実際に動くかどうか、論理的に説明する必要があると感じますが、論理的に証明する前に動いてしまっているものがたくさんあります。例えば、人が自転車に乗って倒れずに進む科学的根拠はよくわかっていません。その反対に論理的なのに、実際にはそうなら無いことが非常に多いです。例えば、ブレグジットとかドナルド・トランプ大統領です。多くの政治的な問題はこのカテゴリーに入ります。

    広告は「論理的ではないが、動く」カテゴリーのものがとても多い。例えば、なかなか売れずに困っているプロダクトがあったとする。二つの提案がある。提案1:価格を下げる、提案2:広告にアヒルを使う。人気があるプロダクトはロジカルな理由で説明できません。ハイファッションはファストファッションのように普及したら人気がなくなる。欧米で味噌汁が人気があるのも、それが日本のものだから。「よい」のロジカルな対義語は「悪い」だけど、「よい」のサイコロジカルな対義語は「よりよい」だったりする。

    この本はどんな人におすすめか

    行動心理学の観点から顧客の価値創出について書いてある本です。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』をすでに読んでいる場合は、パスしてかまいません。『ファスト&スロー』をまだ読んでいなくて、広告業界の人がどのように顧客価値を考えているのか知りたい人にはおすすめです。ボクもそうですが、ビジネスの現場では論理的に考えたり行動するクセがついてしまっています。悪いことではないのですが、顧客価値は論理に説明できるだけではダメなんですよね。

     

  • 書評|データとプライバシーにまつわる企業と政府の関係|”Tools and Weapons” by Brad Smith

    書評|データとプライバシーにまつわる企業と政府の関係|”Tools and Weapons” by Brad Smith

    楽しみにしていたエドワード・スノーデンの自伝”Permanent Record”があまりにそのまま「自伝」で肩透かしにあってしまいました。核心部分だけ知りたい人は映画『スノーデン』を観れば十分でしょう。”Permanent Record”はスノーデン個人にとても興味ある人向け。まあ、印税が入ることで少しでも彼の生活の助けになればとは思います。

    “Permanent Record“がハックした側(政府)の告白だとすれば、ハックされた側(テック企業)が何を考えて、どのような行動をしたのかがわかるのがマイクロソフトの法務担当のプレジデントであるブラッド・スミスの著書“Tools and Weapons”です。

    Tools and Weapons: The Promise and The Peril of the Digital Age (English Edition)

    Tools and Weapons: The Promise and The Peril of the Digital Age (English Edition)

    Permanent Record

    Permanent Record

    ボク自身、司法省との裁判の頃、マイクロソフトに所属していました。ブラッド・スミスは前面に立って様々なメッセージを社内外に向けて発信していました。企業に所属する法律家で世界的に最も有名な一人ですし、大企業を代表して企業と政府の関係性を作ってきた人です。

    「データは新しい石油」だと言われます。世の中にはスタートアップに適したビジネスとそうでないビジネスがあります。石油業なんて代表的なスタートアップに適さないビジネスですね。莫大な資本が必要となります。AWS、AzureやGCPのようなクラウド業も同様にスタートアップに向きません(DigitalOceanという例外はありますが)。データセンターの構築には多額の投資が必要となるからです。どれだけベンチャーキャピタルがお金を集めても足りません。

    スノーデンの衝撃

    データセンターの運用にお金がかかるのは単にサーバーの調達費用や運用コストだけではなく、セキュリティーにも細心の注意を払わなければいけないからです。“Tools and Weapons”の序盤ではマイクロソフトがどれだけセキュリティーに注意を払っているのか解説されています。

    アメリカ政府がグーグル、フェイスブック、マイクロソフトなどのテック企業のデータを使って監視しているというスノーデンの告発は世界に衝撃を与えました。そして、その告発はデータセンターを運用している企業にとっても衝撃でした。少なくともマイクロソフトは政府にそのようなデータを提供していない。なぜそんなことが起きるのか?マイクロソフトの見解としてはデータセンターの外にある通信ケーブルをタッピングされていた可能性が高いそうです。データセンターのセキュリティーは守っていたが、データセンターの外の通信までは考慮が足りていなかった。多くのテック企業はスノーデン後に全ての通信を暗号化することに決めました。

    ブラッド・スミスは言います。

    「スノーデンがヒーローなのか裏切り者なのか、人によって見方は違う。ただ一つ言えることは、スノーデンは世界を変えた。そして、スノーデンは自分たち(テクノロジー会社)も変えた」

    データとプライバシーをめぐる政府との駆け引き

    “Tools and Weapons”では利用者データをめぐる政府との関係を詳しく解説しています。データは企業にとって確かに新しい石油であり、利益の源泉です。しかし、データはユーザーの持ち物であり、データセンター運営者はその管理者でしかない。少なくともマイクロソフトはそう考えています。ちなみに、マイクロソフトのAzureでAI関連のサービスを使ったとします。AIにとって学習データはとても重要です。Azureでは学習データは開発者が所有します。グーグルのGCPの場合、グーグルが所有します。データの所有に関する考え方はテック企業共通のコンセンサスってないので注意が必要です。

    基本的人権はアメリカ合衆国憲法を補完する権利章典(Bill of Rights)の中でを規定されています。マイクロソフトは個人データを守るのは基本的人権だと考えています。権利章典の修正第4条(Fourth Amendment)で基本的人権である個人の所有物に関する政府の捜査・押収について規定されています。

    アメリカ政府はデータセンター運用会社にデータを請求することができます。無条件にできるわけではなく、特定の用途のために特定の手続きが必要となります。それを定めている法律の一つが外国情報監視法です。外国情報活動監視裁判所(FISC:United States Foreign Intelligence Surveillance Court)の令状が必要になります。

    では、データ公開を誰に請求するのか?マイクロソフトの立場はデータはユーザーのモノです。政府はデータセンター運用会社であるマイクロソフトではなく、まずユーザーに許可を得る必要があるというのがマイクロソフトの考え方です。しかし、政府はそれをユーザーに知られたくない。そこで口外禁止令(Gag Order)を発行します。ユーザーの権利を守るためにマイクロソフトは司法省を提訴します。個人情報を守るのは基本的人権の一つで、政府は口外禁止令を乱用しすぎですよと。

    もちろん、企業の社会的責任として国家安全のために協力をしなければいけません。ウォールストリート・ジャーナル記者のダニエル・パール誘拐殺人事件では犯人がマイクロソフトのメールサービスを利用していたことからFBIの捜査に協力しました。しかし、同時に時代にあったルールも必要だとブラッド・スミスは考えています。電子データのプライバシーに関する法律の一つが電子通信プライバシー法(ECPA)ですが、ブラッド・スミスはこれも時代にあった改善が必要だと訴えています。

    国をまたがるデータ

    マイクロソフトのような巨大サービスを運営している企業にとって、ユーザーはアメリカだけでなく世界中に広がっています。データセンターもアメリカだけではなく、世界中にあります。データはアメリカの政府だけでなく、各国の政府から提供を要請されます。そのため、マイクロソフトはデータセンターをどこに置くかも慎重に検討しなければいけません。単に安いとか、運用しやすいだけが判断基準ではなく、基本的人権を守れるかどうかも重要な判断基準となります。アイルランドはデータセンター拠点として人気があります。税制のメリットが受けられますし、気候もデータセンターに適しています。それだけでなく、データの扱いに関する法律がマイクロソフトの考え方に合致していることが大きかったとブラッド・スミスは振り返ります。

    国をまたがったデータの取引協定に刑事共助条約があります。しかし、強制力があるものでもないし、完璧でもありません。シャルリー・エブド襲撃事件など迅速に政府と企業が協力体制(マイクロソフトは45分で情報提供要請に応える)を組めることもありますし、個人データの提供をめぐりブラジルでマイクロソフトの役員が逮捕されることもあります。

    この本はどのような人にオススメか

    監視資本主義の時代だと言われています。個人データは誰のものなのか?フェイスブックやグーグルなどデータを独占する企業が独禁法違反の疑いで捜査を受けています。データに関してはテック企業と政府だけでなく、ユーザーの権利も関わってくるのでなかなか複雑です。それを知る上でも”Tools and Weapons”は適切なテキストと言えます。

    いまは私たちのプライバシーを守る法律は整備されている状態ではありません。企業と政府が試行錯誤をしている状態です。当然ながら企業の間でもコンセンサスがないため、それぞれの企業の理念に基づいてバラバラに行動しています。そんな中でもアップルやマイクロソフトはプライバシーに関してはユーザー寄りに立っていると言われています。ユーザーが自衛できるのは使うテック企業を選ぶだけです。メディアリテラシーも必要ですが、いまはプライバシーリテラシーも必要な時代なんだと思います。そういう上でも、本書はとてもオススメです。

  • 書評|映画監督ケヴィン・スミスの自宅からの実況中継|”Tough Sh*t” by Kevin Smith

    書評|映画監督ケヴィン・スミスの自宅からの実況中継|”Tough Sh*t” by Kevin Smith

    ボクがインディー映画を好きになったのは80年代からで『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』とか『ニュー・シネマ・パラダイス』とか『八月の鯨』とかを岩波ホールとかミニシアターで観ていました。しかし、インディー系の映画が本当に市民権を得たのは90年代からでしょうね。その代表がクエンティン・タランティーノ。でも、ボクが大好きだったのはケヴィン・スミスの『クラークス』と『チェイシング・エイミー』でした。

    著者本人が朗読してくれるのがオーディオブックの楽しみの一つです。そして、このオーディオブックは著者のケヴィン・スミスが本人の自宅で録音しています。ケヴィン・スミスは活発にポッドキャストで配信しているので、あまり新鮮味はないのですが、本人が振り返る90年代からの映画監督としてのキャリアは90年代のインディー映画シーンを理解する上で、内側から見える風景を紹介してくれていて楽しいです。

    Tough Sh*t: Life Advice from a Fat, Lazy Slob Who Did Good (English Edition)

    Tough Sh*t: Life Advice from a Fat, Lazy Slob Who Did Good (English Edition)

    ケヴィン・スミスとボクは歳が近いので、映画体験も似ています。ムービーとフィルムの違い。それはエンターテイメントとアートとの違いです。人生を変えたのがニューヨークのアンジェリカ・フィルム・センターまで出かけて映画を観たこと。カフェにあるコーヒーバー、ポップコーンじゃなくスコーンをはじめて食べた。地下鉄が通過すると振動を感じた。ボクも町田から渋谷まで電車を乗り換えていきましたよ。アートだ、これが都会だ!

    ケヴィン・スミスはこの日に映画制作をすることを決めたそうです。妹のバージニアが言ってくれた「映画監督になりたいなんて言う必要ないのよ。まだ映画を撮っていないだけで、あなたはもう映画監督よ」は最高のアドバイスになった。アイデアを信じて「言う」だけでなく「行動」しないといけない。スーパーマンにはなれないけど、誰でもバットマンにはなれる。

    最初の映画の仕事は初監督の自主制作作品の『クラークス』で、予算は27,575ドル(約300万円)。これがサンダンス映画祭で取り上げられて、ミラマックスが225,000ドル(約2400万円)で買ってくれた。ダンテが自分自身だとしたら、ランダルはなりたかった自分。『チェイシング・エイミー』はボクの大好きな映画なんですが、この映画のキャストに関してミラマックスと駆け引きがあったのは知りませんでした。当時のミラマックスでの映画制作予算の最低額は3億円で、ドリュー・バリモアやジョン・スチュワートなど有名な俳優を出演させることを提案。しかし、ケヴィン・スミスは自分が選んだキャストにこだわりたかった。予算は『クラークス』と同じで300万円、自分が選んだ俳優を出演させる。気に入ったら買い取ってくれていいし、気に入らなかったら他の配給会社に売りに行く。

    ハーヴェイ・ワインスタインは2017年に#MeToo運動に発展するセクハラ報道で映画界から追放されます。本書(2012年出版)でケヴィン・スミスはハーヴェイ・ワインスタインとミラマックスが90年代に果たしたインディー映画発展の役割について語ります(セクハラ報道後、ワインスタインとの関わりを恥じて、ワインスタインと関わった作品の今後の売り上げをWoman in Filmに寄付すると発表した)。ミラマックスはマイケル・ケイトン=ジョーンズ監督作品の『スキャンダル』、スティーブン・ソダーバーグ監督作品の『セックスと嘘とビデオテープ』、ペドロ・アルモドバル監督『アタメ』、そして、クエンティン・タランティーノ監督作品の『レザボア・ドッグス』と『パルプ・フィクション』を世に送り出します。『クラークス』も90年代を象徴するインディー映画でしたね。

    ミラマックスはディズニーに買収されて、そのエッジを徐々に失っていくのですが、ケヴィン・スミスはマイケル・アイズナーに対して「こんなブランドについて語るやつは後にも先に会ったことねえ」と。まあ、そうでしょうね。ただ、アイズナーはミラマックスのブランドが失われつつあることを理解した一人だとしています。ミラマックスの直感的なマジックは徐々にプロセス化されてパッケージングされます。『ロード・オブ・ザ・リング』はまさに代表例ですね。

    ハーヴェイ・ワインスタインはミラマウス(ディズニーを象徴するミッキーマウスとミラマックスをかけた造語)を離れて自身でワインスタイン・カンパニーを設立します。ミラマックスから巣立ったタランティーノやロバート・ロドリゲスはワインスタインについていき、ケヴィン・スミスもそれに続きます。しかし、失われたマジックは失われたままで、他のスタジオはミラマックスのやり方を学び、ワインスタインは他のスタジオと同じになりました。

    8月上旬から9月末に観た映画ひとこと評(あいうえお順)

    奇跡がくれた数学:説明的すぎる。

    グレートハック:SNS史上最悪のスキャンダル:個人情報を大切にしましょう。

    サマー・オブ・84:今年度ワーストワン。

    ジョン・ウィック:パラベラム:長い。

    ブレードランナー ファイナルカット IMAX:記憶と違ったけど、色褪せない。

    プロメアきれいなグレンラガン

    ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド IMAX:優しいタランティーノ映画。

  • 書評|アメリカ新自由主義の象徴であるコーク兄弟はいかに富を築いたか?|”Kochland” by Christopher Leonard

    書評|アメリカ新自由主義の象徴であるコーク兄弟はいかに富を築いたか?|”Kochland” by Christopher Leonard

    アメリカのお金持ちといえばビル・ゲイツやウォーレン・バフェット、最近だとアマゾンのジェフ・ベゾスを思い浮かべる人が多いと思います。チャールズ・コークとデイビット・コークのコーク兄弟を思い浮かべる人は少ない(世界長者番付でそれぞれ八位と九位)ですよね。これはコーク兄弟が代表するのが石油化学などのオールドマネーで、彼らの中心企業であるコーク・インダストリーズが非上場企業だからだと思います。

    しかしながら、彼らの政治への影響力は無視できないレベルまで高まってきています。アメリカがパリ協定を脱退したり、温暖化を否定するのはコーク兄弟を中心とするアメリカのオールドマネー勢のロビー活動の力が大きく働いているからです。

    今回紹介する”Kochland”を理解するには現在のアメリカの新自由主義の台頭と政治システムを理解する必要があります。トランプ政権の誕生は衝撃的でしたが、それも現在の大きな流れから生まれた現象のひとつでしかありません。

    Kochland

    Kochland

    本書の書評に入る前に、まずは簡単にアメリカの政治に関する現状を解説します。

    管理から自由へのなだらかなシフト

    中国は共産党の一党独裁の中央集約的なシステムです。一方、アメリカは権力がバランスよく分散されて、分散的なシステムだと一般的には認識されています。具体的には政府の干渉が少ない自由市場にゆだねる「小さな政府」共和党と、政府が自由市場を尊重しつつも、政府として公平性を保つ「大きな政府」民主党がシーソーのように政権を担うことによってバランスをとっています。自由と管理のシーソーゲームです。レッセ・フェールからニューディールと時代に合わせ、公平で民主的な選挙により、アメリカが「極端な自由」や「極端な管理」に振れすぎないようになっていました。

    ニューディール以後、80年代の米レーガン・英サッチャーから時代は「自由」の方向に現在まで振れ続けます。これがシカゴ学派を代表とする新自由主義の流れです。クリントン、オバマの民主党政権の時も比較的「大きな政府」ではありましたが、市場にゆだねる自由の流れに逆らうようなことはしませんでした。それでもオバマ大統領時代は民主党が行政だけでなく、議会も民主党が過半数を制したため、オバマケアなど社会保障が充実した時期でした。しかし、この「オバマショック」で目を覚ましてしまったのがコーク兄弟をはじめとする完全自由主義者であるリバタリアン達でした。

    自由が増えると格差も増える

    自由という言葉は響きはいいのですが、すべてを市場の自由に委ねていると格差が広がります。経済は成長するのですが、格差も広がる。痛し痒しの関係です。格差問題に関してはアナンド・ギリダラダスの”Winners Take All”でも解説されていますし、ティム・ウーの”The Curse of Bigness”も格差が前提にあっての独占禁止法の無力化への批判でした。

    ビル・マッキベンの”Falter”ローレンス・レッシグの”America, Compromised”でも指摘されていますが、市場主義を政治に持ち込もうとする勢力が台頭しつつあります。政治の市場主義とは、つまり、お金の力で政治をコントロールするという意味です。払う税金の額によって投票の重み付けをすべきとか。金持ちの票が貧乏人の票より重い。

    コーク兄弟は秘密結社の親玉か?

    メディアアーティスト落合陽一さんのお父様の落合信彦さんはアメリカの軍産複合体の脅威を叫んでいましたが(あ、今でも叫んでいますね)、なんか陰謀説っぽかったですよね。人は見えないものを恐れます。しかし、実際に内情を覗いてみれば、見えない力が暗躍しているというよりは、普通の企業が企業努力として政治に影響を与えようとしているだけだったりします。単に利益追及も過ぎると犯罪になる。ただそれだけのことなのですが、その単純さがむしろ恐ろしい。

    コーク兄弟の政治干渉とその影響力の大きさに関しては、すでにジェイン・メイヤー著『ダーク・マネー』やダニエル・シュルマン著『アメリカの真の支配者 コーク一族』で詳しく解説されています。いわゆるロビー活動だけではなく、ヘリテージ財団ケイトー研究所などのシンクタンクを通じて政策に影響を与える活動をします。

    コーク兄弟のネットワークにいる富裕層の多くは「インビジブルリッチ」と呼ばれるプライベート企業のオーナーです。リバタリアンで、干渉を嫌い、株式上場しません。コーク・インダストリーズも同じですね。リバタリアンで政府の干渉を嫌うという共通点はありますが、一枚岩というわけではありませんし、万能の力を持っているわけでもありません。事実、彼らはドナルド・トランプを支持していませんでしたが、トランプは大統領選で勝ってしまいました。議会には息のかかった政治家をたくさん送り込んでいるでしょうけどね。

    ダーク・マネー

    ダーク・マネー

    アメリカの真の支配者 コーク一族

    アメリカの真の支配者 コーク一族

     

    で、ここまでが本書”Kochland”を正しく理解するための前提知識です。あー、長かった。

    そもそもなんでこんなに成功した?

    “Kochland”はいわゆる政治の黒幕としてのコーク兄弟ではなく、成功した実業家としてのコーク兄弟に光を当てています。そもそも、なんでこんなに儲かってるの?コーク・インダストリーズの年間売り上げはフェイスブック、ゴールドマンサックス、USスチールを合わせたより大きいです。チャールズとデビッドのコーク兄弟はこの80%の株式を所有していました(デビット・コークは2019年8月に亡くなったので、今はその家族)。二人合わせた資産価値は1200億ドル(約13兆円)にものぼりました。これはアマゾン創業者ジェフ・ベゾスやマイクロソフト創業者ビル・ゲイツより多い額です。破壊的なイノベーションではなく、長い時間をかけて積み上げてきた富です。この長いプロセスを理解しようというのが本書”Kochland”の趣旨です。

    まず、コーク・インダストリーズはどういう会社なのかを簡単に解説します。石油はエクソンやシェルなどのオイルメジャーが原油を採掘します。採掘された原油はそのままでは使えないので、ガソリンやプラスチックのような商品になる前に精製しなければいけません。そのために採掘場から精製場に運ばなければいけません。それがタンカーやパイプラインです。コーク・インダストリーズはこのパイプラインをおさえていました。オイルメジャーですらコーク・インダストリーズを必要としていました。

    チャールズ・コークはもともと家業を引き継ぐことに積極的ではありませんでした。しかし、説得に負けて父親の会社に入社したのが1961年。父親の急死によりコーク・インダストリーズを引き継いだのが1964年でした。時代はニューディール真っ只中。ニューディールは今の新自由主義とは真逆の政府による強い管理を前面に押し出した政策でした。そんな中でも企業は自由を求めて様々な活動をします。コーク・インダストリーズの成功を簡単にまとめると以下に集約されるでしょう。

    コーク・インダストリーズは干渉を避けるために、なるべく目立たないように企業活動を行ってきました。それゆえに一般的にはあまり知られていなかったのですが、とても革新的な企業で、いまのスタートアップ的な手法を積極的に取り入れていました。ある意味、スタートアップでもありベンチャーキャピタルでもあり、金融機関でもあります。

    デリバティブにまで手を広げながらも、2008年の世界金融危機(いわゆるリーマンショック)ではValue At Risk Limit(VAR)でリスクの上限を設定していたため、他の金融機関と比べてダメージは少なかった方ですが、2000人のリストラを実施しました。それでも利益を出したってすごいですけどね。この時の戦略がコンタンゴ・ストレージ・プレイ(またはコンタンゴ操作)でした。これはコーク・インダストリーズが現物と先物の両方の取引をやっていたからです。

    悪名という名のイノベーションとディスラプション

    成長した理由だけを取り出してみると、とてもいい企業な印象を受けます。しかしながら、コーク・インダストリーズは一般的にはあまりいい印象を持たれていません。それは、貪欲な利益追求体質が様々な問題を引き起こしたからです。例えば、コーク・インダストリーズはいち早く労働組合の無力化に取り組みました。アメリカのミドルクラスは労働組合に参加する労働者でかなりの部分が構成されていました。工場で働いていても家を持ち、子供をいい学校に通わせることができました。コーク・インダストリーズが積極的に労働組合の無力化を行わずとも、ニューディールから新自由主義への変化の流れの中で、労働組合は無力化されたのだとは思います。

    そもそも、石油は儲かる商売です。パイプラインや精製場は大きな投資が必要なため、参入障壁が非常に高いビジネスでもあります。つまり、巨額の設備投資が必要になります。さらに石油に関わる施設は廃棄物や温暖化ガスを抑えるために、環境規制に準拠した施設を備える必要があります。コーク・インダストリーズは設備投資をおさえて利益を最大化するために、この規制の抜け道を見つけて環境規制関連法案を無力化することに熱心でした。

    また、利益を優先するために環境対策を怠り、大きな環境破壊の事件を起こしました。そのため1999年から2003年にかけて4億ドル以上の罰金を支払っています。コーク・インダストリーズでは利益の原動力である生産部門が強い力を持ち、環境担当などの間接部門はアドバイスしかできず、強制力を持ちませんでした。そのため、施設に問題があって環境問題が起きていても、生産が優先されて政府で定められている有害物質の排出量が守られていなくてもあらゆる方法でそれを隠し続けていました。また、採掘場から精油場に運ぶ時に過小評価をして実際に運んだ量より少ない量を申告していました。社員のモラル低下を招いたのがマーケット・ベースド・マネージメントだと考えられました。

    政治の介入を防ぎための政治への介入

    『ダーク・マネー』や『アメリカの真の支配者』ですでに解説されていますが、チャールズ・コークが政治への介入を表舞台に立ってはじめたのは民主党のオバマ政権が生まれてからです。政治が自由市場に介入するニューディール時代に戻るのではないかと危機感を感じました。特に地球温暖化が世界で問題となり、アメリカがパリ協定京都議定書に参加することに大きな不満を感じました。

    コーク・インダストリーが政治への影響力を発揮するために作り上げた仕組みは蛸の足のように多岐にわたるためコークトパスと呼ばれています。初期の取り組みは1996年に設立された、Economic Education Trustです。まず、この基金にお金を集めます。この基金自体は政治団体ではないため、資金提供者の開示義務がありません。ここからTriad Management Serviceに献金されます。Triad Management Serviceは特定の共和党議員に無償で様々なサービスを提供する団体でした。このほかにもAmerican Legislative Exchange Councilは保守派の州議員のための組織で、規制緩和を求める企業の多くが献金しています。

    この本はどんな人にオススメか

    まず、この本はとても重厚です。ページ数で704ページ、オーディオで23時間です。コーク・インダストリーズの歴史本なので、気になる章だけ読んでもあまり意味がありません。全体像が見えないからです。そのため、読むにはかなりの気合いが必要です。オーディオブックの早送り再生をしなければ、ボクもかなり時間がかかったと思います。それでも、経営に携わる人には強くオススメしたいです。

    コーク・インダストリーズの歴史を振り返ると、オリンパス事件東芝の不正会計三菱自動車の繰り返される不正体質などが頭をよぎります。リバタリアンは透明性を嫌いますが、透明性が低いとモラルも低下するのですね。新自由主義者が言うように、市場の方が官僚よりも効率的なのかもしれません。しかし、効率ばかりを求めてしまうと、その組織の視野でしか物事が見れず、環境や社会などより広い視野で判断できなくなります。

    コーク・インダストリーズを率いるチャールズ・コークも2019年現在で84歳。弟のデヴィッドも亡くなりましたし、彼自身もそろそろ引退時期です。コーク・インダストリーズの象徴であり、理念の柱であるチャールズ・コークがいなくなった時、コーク・インダストリーズはどのような方向へ進むのでしょうか。

    また、次のチャールズ・コークはどこから現れてもおかしくありません。ペイパル・ギャングの親玉ピーター・ティールなんてそうですよね。マーク・ザッカーバーグやラリー・ペイジが次のチャールズ・コークになる可能性だってあるのです。不正と利益の境界線はとても曖昧なのですから。

  • 書評|失敗を予測するフレームワークとは|”Meltdown” by Chris Clearfield

    書評|失敗を予測するフレームワークとは|”Meltdown” by Chris Clearfield

    日本には『失敗の本質』という素晴らしい失敗学の書籍があるにも関わらず、同じ過ちを繰り返してしまう性質があります。「うん、そうなんだよ。そうそう、それが悪いんだ」と病気の症状がわかっていても、具体的な解決方法というか、処方箋がないからなんでしょうね。だって、できることって「おかしいと思ったら、空気を読まずに、ちゃんとおかしいと言いましょう」ですから。そんなの、あまりにも当たり前じゃないですか。

    Meltdown: Why Our Systems Fail and What We Can Do About It

    Meltdown: Why Our Systems Fail and What We Can Do About It

    失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

    失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

    • 作者: 戸部良一,寺本義也,鎌田伸一,杉之尾孝生,村井友秀,野中郁次郎
    • 出版社/メーカー: 中央公論新社
    • 発売日: 1991/08/01
    • メディア: 文庫
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    じゃあ、海外はどうなんすかね?ということで社会学から見た失敗学である「ノーマル・アクシデント理論」から解説を試みているのが、今回紹介する”Meltdown”です。すでに翻訳が出ていると知らず、原書で読んでしまったなり。それにしても、最近の翻訳本の日本語タイトルってSEO対策っぽくて味気ないです。「失敗の本質」というキーワード入れたり、コンバージョンに効くベタな「…たった一つの方法」入れたり。

    巨大システム 失敗の本質: 「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法

    巨大システム 失敗の本質: 「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法

    • 作者: クリス・クリアフィールド,アンドラーシュ・ティルシック,櫻井祐子
    • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
    • 発売日: 2018/11/30
    • メディア: 単行本
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    この本は前編と後編に分かれています。前編は「ノーマル・アクシデント理論」の解説と、現代のケーススタディです。「ノーマル・アクシデント理論」を簡単に説明すると、事故の起きやすさに関するシステムの評価方法です。単純<>複雑を縦軸にして、ユルい結びつき<>キツい結びつきを横軸にして事故の起きやすさを判断します。単純で結びつきがユルければ、事故は起きにくく、複雑で結びつきがキツければ事故は起きやすくなります。コンピューター的に言えば密結合と疎結合。社会学者のチャールズ・ペローがスリーマイル島原発事故の発生原因を調査した結果から生まれました。

    スリーマイル島原発事故は1979年に起きました。当時は「複雑」かつ「結びつきがキツイ」事故の可能性が高い危険領域にある分野は原子力発電所くらいしかありませんでした。しかし、インターネットの登場で様々なものが密接に結びつくようになり、危険領域に含まれる分野が急速に増えてきました。本書で挙げられている例だけでもPR史上においての大惨事の一つに数えられるスターバックスの#SpreadTheCheerキャンペーン、イギリス郵便局のアカウントシステムであるHorizonのバグ被害、エンロン事件、ターゲットのカナダ進出の失敗ミシガン州フリント市の水道水汚染など多岐にわたり事例として取り上げられています。

    後編は待ちに待った防止方法になります。簡単に言えば「ノーマル・アクシデント理論」のフレームワークを使って、複雑さを減らして、結合をなるべく解いていきましょうということになります。いくつか具体的も提示されています。例えばSPIES(Subjective Probability Interval EStimates)を利用しての障害予測です。起こり得る数値をいくつかのインターバルに分けて、予測値を入れていきます。また、事前に基準を決めてリスク評価をするプレデターミンド・クライテリアという方法も紹介されています。この辺はガッツリやる感じでコンサルタントが好みそうな手法ですね。

    ボクが個人的に自分でもやってみようと思ったのがプレモーテムです。ポストモーテムは失敗した理由をブレインストーミングして整理整頓する方法ですが、プレモーテムはこれから起こるであろう失敗の理由をブレインストーミングして整理整頓します。これならチームで気軽にできますよね。ポストモーテムは振り返りにとてもいい手法でボク自身よく使うので、プレモーテムも使ってみたいと思いました。

    この本はどんな人にオススメか

    コンサルタントにはまずオススメなんでしょうね。くどいくらいに事例が豊富ですし、紹介されているフレームワークも時間をたっぷりかけてリスク評価をする方法です。事業をしている人がやるには専門的すぎるかなあ。専門家向けだと思います。

    ただ、最終的には『失敗の本質』でも指摘されているように、内部から「おかしい」と感じたことは「おかしい」とはっきりと言える組織や文化にすることが大切なんですよね。こればっかりはコンサルタントではできないことで、事業をやっている本人たちがそういう組織や文化を作らなければいけない。

  • 書評|ハマるしかけの次は、ハマらない時間管理|”Indistractable” by Nir Eyal

    書評|ハマるしかけの次は、ハマらない時間管理|”Indistractable” by Nir Eyal

    集中したい、でも集中できない。悩みは古今東西同じです。特に最近は「アテンションエコノミー」などと言われるように、人の注意力を引きつけることがビジネスにとっても重要になってきているため、あの手この手で誘惑してきます。人の注意を引きつけて虜にさせるにはどうしたらいいかと詳しく解説した前著”Hooked”が大ヒットしたニール・イヤール。新著”Indistractable”はその誘惑からいかに逃れて自分にとって本当に重要なことに集中するのかを解説しています。Kindle版より先にAudible版が出たので早速聴いてみました。

    Indistractable: How to Control Your Attention and Choose Your Life (English Edition)

    Indistractable: How to Control Your Attention and Choose Your Life (English Edition)

    最近はソーシャルメディアなど無益なことではなく、本当に自分に必要なことに集中したい人が増えたのか、そのような解説本が増えています。以前に紹介した”Digital Minimalism”なんてその典型ですね。ボクはフェイスブックをヤメて、だいぶ生産性が上がりました。あと、短期間で集中的に学習する“Ultralearning”も学ぶことに集中する敵である「気が散る」から逃れる方法を解説していました。

    ニール・イヤールはデジタル・ミニマリズムを完全否定はしませんが、問題なのは技術ではなく、自分自身だと説きます。彼自身もデジタル・ミニマリズムを試したそうですが、あまりうまくいかなかったそうです。デジタルを遠ざけても、別のことが気になってしまう。結局は気が散ってしまう。

    まずは、自分は何をしたいのか、何から逃れようとしているのか。自分自身の内面を覗き込んで、自分自身を理解することが大切です。自分が大切にすることは「自分(Self)」を円の中心におき、その外側に「プライベート(Relationship)」、一番最後に「仕事(Work)」とする三重円ができます。まずは、自分の健康大事。これを優先順位としてやることを決めましょう。決めたらタイムボクシングで時間管理をしましょう。簡単に言ってしまえばこういうことです。

    でも、結局それって『7つの習慣』なんじゃないの?という気がしないでもありませんでした。あれも結局はフランクリンプランナーというシステム手帳を売る仕組みだったと思うんですよね。覚えています?システム手帳が爆発的に流行したバブル後期。ええ、ボクも持ってましたよ。使いこなせませんでしたが。

    習慣化は時間管理から生まれる。リラックスする時間や趣味の時間もちゃんと予定を入れましょう。いま考えると、それはそれで悪いアイデアではないし、実践したほうがいいとは思います。とはいえ、今さらそれを繰り返しますか?と『7つの習慣』世代としては思うのです。

    完訳 7つの習慣 人格主義の回復

    完訳 7つの習慣 人格主義の回復

    • 作者: スティーブン・R・コヴィー,フランクリン・コヴィー・ジャパン
    • 出版社/メーカー: キングベアー出版
    • 発売日: 2013/08/30
    • メディア: ハードカバー
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    この本はどんな人にオススメか

    『7つの習慣』を読んだことがなくて、もっと現代的な時間管理に興味がある人にはオススメです。『7つの習慣』は自己啓発的な部分が好き嫌いの分かれるところだと思います。ボクはあまり馴染めませんでした。ニール・イヤールの”Indistractable”はとても実利的で、インターネット/モバイル世代に即したアドバイスがたくさんあります。

    前著はなぜか『Hooked ハマるしかけ 使われつづけるサービスを生み出す[心理学]×[デザイン]の新ルール』というキーワードを詰め込んだクソ長いSEOっぽい日本語タイトルがつきましたが、今回はどうなるでしょうね。

    Hooked ハマるしかけ 使われつづけるサービスを生み出す[心理学]×[デザイン]の新ルール

    Hooked ハマるしかけ 使われつづけるサービスを生み出す[心理学]×[デザイン]の新ルール

    • 作者: ニール・イヤール,ライアン・フーバー,Hooked翻訳チーム,金山裕樹,高橋雄介,山田案稜,TNB編集部
    • 出版社/メーカー: 翔泳社
    • 発売日: 2014/05/23
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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  • 書評|人工知能はパロディではなくオリジナルを作れるか?|”The Creativity Code” by Marcus du Sautoy

    書評|人工知能はパロディではなくオリジナルを作れるか?|”The Creativity Code” by Marcus du Sautoy

    前回紹介した”Possible Minds”では「人工知能は人間の知能を超えるのか?(技術的にはAGIまたは強いAI)」を様々な観点から考察していました。インテリジェンス(知能)とはどういうことなのか?具体的にどのような状態になればシンギュラリティに到達したと言えるのか(紛らわしいですが厳密に言えばAGIができてもシンギュラリティに到達したとは言えません)?

    人工知能が人間と同じレベルに到達した時、人工知能は人間と同様に独立した意識を持ちます。それが人工意識です。独立した意識とは開発した開発者の意識と分離されているという意味です。人工知能が独立した人工意識を持つ時、それは善なのか悪なのか。映画『ターミネーター』みたいな人工知能スカイネットが支配する世界になってしまうのか。映画『her/世界でひとつの彼女』や『ブレードランナー』のレプリカントのように人工知能と恋をすることができるのか?そう言えば、『ブレードランナー』でロイ・バティーを演じた俳優ルトガー・ハウアー がお亡くなりになりましたが、歴史に残る名セリフ「雨の中の涙」のような状況が起きるのでしょうか。っていうか、コンピューターはルトガー・ハウアーのような映画史に残るアドリブができるようになるのか?

    そう、もう一つの興味の方向性が「機械は創造できるのか?」です。パロディやパスティーシュではなく、オリジナルを作れるか?「コナン・ドイルを超えるホームズ作品を書けるか?」ではなく、「コナン・ドイルのホームズ作品に比肩するオリジナルのクラシックを生み出せるのか?」です。「ネクスト・レンブラント」ではなく、レンブラント自身になれるか?です。この主題にどっぷりと取り組んだのが数学者マーカス・デュ・ソートイの”The Creativity Code”です。前置きが長くなりました。 

    The Creativity Code: How Ai is Learning to Write, Paint and Think

    The Creativity Code: How Ai is Learning to Write, Paint and Think

    AGI(強いAI)はチューリング・テストをパスしなければいけません。しかし、マーカス・デュ・ソートイは人工知能がオリジナルを創造するかチューリング・テストではわからないと言います。そこでデュ・ソートイが提唱するのがラブレス・テストです。ラブレス・テストはエイダ・ラブレスから名付けられました。ラブレス・テストで人工知能は全くオリジナルで価値のあるものを創造しなければいけません。そして、その人工知能を開発した開発者にとっても、その創造性はブラックボックスでなければいけません。 

    人工知能と創造性のテーマでの先駆者は認知科学者のマーガレット・ボーデンです。デュ・ソートイもボーデンの定義を踏襲しています。それは以下の三種類です。

    • 探索型(exploratory creativity)
    • 複合型(combinational creativity)
    • 変容型(transformational creativity)

    この中で探索型と複合型はコンピューターが得意とする分野です。”The Creativity Code”で扱うテーマはコンピューターが苦手とする変容型の創造性です。立花ハジメの「信用ベータ」のようにオリジナル(立花ハジメのスタイル)を模したアルゴリズムは昔からあったわけですが、人間が介在せずにコンピューターだけで自律的にアートが作れるかという話。

    The Creative Mind: Myths and Mechanisms

    The Creative Mind: Myths and Mechanisms

    そもそも、アートとはなんでしょうか?マルセル・デュシャンの『』、ジョン・ケージの『4分33秒』が人工知能からアートとして提示された時、私たちは「アート」だと認識できるのでしょうか。ボクはまったく自信が無いです。『銀河ヒッチハイク・ガイド』で世界で二番目に賢いコンピューターのディープ・ソートは「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」は「42」とはじき出しました。42?え?なにそれ?つまり、アートとは受け手の問題でもあるのです。人工知能のアートはフェイクニュースのようなフェイクアートなのか。人間とは独立した意識が生み出した真にユニークなアートなのか。

    銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

    銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

    アートとは自分以外の意識に対するの問いかけでもあります。一種のコミュニケーションですね。それは自発的な表現の欲求です。開発者がアートを作るようにプログラムしたものであれば、それは開発者が生み出したアートであり、人工知能が生み出したアートとは言えないですよね。

    この本はどんな人にオススメか

    アートに興味がある人にはオススメです。パウル・クレーの『教育スケッチブック』と敵対的生成ネットワーク(GAN)の比較はとても刺激的です。創造と観察のぶつかり合い。

    教育スケッチブック (新装版 バウハウス叢書)

    教育スケッチブック (新装版 バウハウス叢書)

    • 作者: パウル・クレー,利光功
    • 出版社/メーカー: 中央公論美術出版
    • 発売日: 2019/08/16
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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    ヴィルヘルム・ヴントのヴント曲線(不快と快感の境界線を表す曲線)やゲシュタルト心理学。さらに敵対的生成ネットワーク(GAN)を超える敵対的創造ネットワーク(CAN)など人工知能とアートに関する最前線が紹介されています。

    個人的にはなんですが、まずは人間が人工知能を使いこなして新しいアートの地平を広げるのが次のステップなんだと思います。チェスがそうなっていますよね。人工知能がどれだけ面白いものを作ったとしても、それは人工知能を作った人間の産物なんですよ。現在の人工知能は人工意識を持っていないですから。真の意味で人工知能がアートを自分の意思で生み出すのは、シンギュラリティーを迎えて、人工意識を持つ人工知能が生まれてからになるでしょうね。

    そして、それはブライアン・イーノのシーニアス(個人ではなく集合的な天才。シーンから生まれるジーニアスという意味)のようなモノになるんでしょうね。