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  • 書評|アナーキストから見た民主主義|”There Never Was a West” by David Graeber

    書評|アナーキストから見た民主主義|”There Never Was a West” by David Graeber

    デヴィッド・グレーバーが59歳の若さでお亡くなりになりました。最近だと『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』が日本でも翻訳されて紹介されたばかりでした。本来でしたらこのブログでは日本未発表/未翻訳の作品しか取り上げないのですが、追悼の意を込めて特別に彼の過去の作品を紹介したいと思います。

    今回はデヴィッド・グレーバーのエッセー集”Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion and Desire”の中から資本主義の起源について書かれたエッセー”There Never Was a West”です。これだけ日本で翻訳され『民主主義の非西洋起源について』として出版されています。

    民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義

    民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2020/04/22
    • メディア: 単行本
    Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire

    Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire

    • 作者:Graeber, David
    • 発売日: 2007/12/26
    • メディア: ペーパーバック

    デヴィッド・グレーバーは多くの人が当たり前と考える「常識」に挑戦します。『負債論』ではお金と借金の「当たり前」に挑戦し、『ブルシットジョブ』では仕事の「当たり前」に挑戦しました。本書で挑戦するのは「西洋」と「民主主義」です。

    「民主主義の非西洋起源について」を議論する前に、デヴィッド・グレーバーは(多くの優れた論者がそうであるように)定義から入ります。民主主義ってなんですか?西洋ってなんですか?前回紹介した『負債論』もそうなのですが、歴史的な調査結果から分かったことを積み重ねて、定義をグラウンドアップで作り上げます。これがデヴィッド・グレーバーがユニークなところです。

    デヴィッド・グレーバーは活動家でもあり、「ウォール街を占拠せよ」でも先導的な役割を果たしています。あの活動も彼にとっては直接行動、直接民主主義なんですよ。そう、彼はユニークな「民主主義」の考えを持っています。民主主義ってなんですかね?古代アテネが起源ですか?本当ですか?いまボクたちがイメージする「民主主義」は100年前も同じでしたか?答えはノーです(とデヴィッド・グレーバーは言ってます)。

    多くの人が「西洋」からイメージするのはヨーロッパとアメリカでしょう。そして、「西洋」の一部であるギリシャのアテネから「民主主義」は生まれ、ヨーロッパで育ち、アメリカで具体的な形になった。その「常識」にデヴィッド・グレーバーは意を唱えます。ユーラシア大陸は三つのシステムからなり、一つが中国を中心とした東方システム、インドを中心とした南アジアシステム、そして、中東を起源とする西方システムです。文化が知識の連鎖(主に文字情報による)だとすれば、ヨーロッパに最終的に根付いた文化の多くの出発点はメソポタミア、つまり現在の中東であり西方システム(北太平洋システム)となります。

    次に、民主主義がアテネで発明され、西洋で育ったのも違うとデヴィッド・グレイバーいいます。民主主義は世界のどこでも発生しうる。実際にアメリカのイロコイ族や北欧の海賊も民主的な制度を持っていました。デヴィッド・グレイバーによれば「民主主義」が発生する要因として二つあります。

    1. 決定に関して平等に発言権があるべきというコンセンサス
    2. 決定事項を実行に移す強制力

    この二つはなかなか両立せず、特に二番目の強制力は多くの場合は「暴力」を伴います。それゆえに直接民主主義は軍事的な起源を持つことが多いのだそうです。実際に民主主義がヨーロッパを含む北太平洋システムでポジティブな言葉として捉えられるようになったのは比較的最近だといいます。18世紀末にヨーロッパの人たちが「民主主義」を知ったのはトマス・ホッブズが翻訳したトゥキディデス『戦記』だそうです。アメリカの制度が意識したのはローマの共和制であり、民主主義ではありませんでした。民主主義を全面的に押し出したのは第7代アメリカ大統領となったアンドリュー・ジャクソンからで、それすら「共和制」を「民主主義」に置き換えただけだとデヴィッド・グレーバーは指摘します。

    本書は元々は一冊の本の一部のエッセーなので、グレーバーにしては短い作品となっています。しかし、簡単に読み進めることはできません。彼が主張することはオーソドックスではなく、そのために様々な知識を総動員して論証します。知らない情報がたくさん出てくるので、いちいち調べながら進めないと意味がよくわからなくなってきます。デヴィッド・グレーバーが専門としていたのは文化人類学ですが、文化人類学自体が雑学の集合体みたいなところがあるとボクは思っています。やはり、惜しい人をなくしたと思います。

  • 書評|文化人類学から見た通貨と負債の歴史は経済学とはだいぶ異なる|”Debt” by David Graeber

    書評|文化人類学から見た通貨と負債の歴史は経済学とはだいぶ異なる|”Debt” by David Graeber

    デヴィッド・グレーバーが59歳の若さでお亡くなりになりました。最近だと『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』が日本でも翻訳されて紹介されたばかりでした。本来でしたらこのブログでは日本未発表/未翻訳の作品しか取り上げないのですが、追悼の意を込めて特別に彼の過去の作品をいくつか紹介したいと思います。

    まずは、文化人類学の立場から貨幣経済を「負債」というアングルで切り込んだ『負債論』です。これも日本語版で800ページ越えのレンガ本です。レンガ本仲間のトマ・ピケティも褒めています。分厚い本が皆さん好きなんですね😅

    Debt - Updated and Expanded: The First 5,000 Years

    Debt – Updated and Expanded: The First 5,000 Years

    • 作者:Graeber, David
    • 発売日: 2014/10/28
    • メディア: ペーパーバック
    負債論 貨幣と暴力の5000年

    負債論 貨幣と暴力の5000年

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2016/11/22
    • メディア: 単行本

    まず、大前提として「借金は返さなければいけない」が(経済的な意味では)間違っているとグレーバーは指摘します。もちろん、(モラル的な意味では)返さないといけないのですが、貸す側も返ってこないリスクを承知で貸しているわけです。必ず返ってくる前提ではない。例えば、銀行に行って競馬の馬券を買う資金のために「1億円貸してくれ」と言っても貸してくれません。しかし、法律でどんな状況であっても(臓器を売ったり、娘を風俗に売ったり)、必ず返ってくることが保証されていたら?おそらく貸すでしょう。IMFがやっているのはまさにそういうことだとグレーバーは言います。

    例えば、マダガスカルの例。トマ・ピケティも指摘しているように、マダガスカルはフランスの植民地でした。鉄道や鉱山のために重い税金が課せられました。ハイチも同様ですね。自由の代償として補填を求められた。これが貧しい国が豊かな国にしている「借金」の正体だったりします。

    経済活動で「負債」は大きな役割があります。しかも、その役割はかなり根本的です。一般的な理解では、まず「貨幣」が生まれ、次に「負債」が生まれた。経済学で教えているのもそうです。貨幣経済の前には物々交換の経済だった。モノとモノをその場で交換するなら負債はないですよね。しかし、文化人類学的には「負債」は「貨幣」より先にうまれた証拠の方が多いのだそうです。英語でキャッシュ(cash)は紙幣やコインですよね。マネー(money)はもっと広い意味での富のコンセプトですよね。「負債」はマネーと同時に生まれた可能性が高い。例えば、メソポタンミアで発見された貸借対照表なんてある意味においてマネーですよね。「あなたは私にこれくらい借りがあります」という借用書(IOU)が信用貨幣の観点からもマネーに近い。

    デヴィッド・グレーバーは共産主義でアナーキストです。すごくラディカルなラベルを自ら貼ってるのですが、この本をちゃんと読めば彼の主張はそれほどラディカルじゃないんですよ。わかる人はわかると思うのですが、共産主義とアナーキズムを両方信じている人ってあまり多くないんです。アナーキズムは極端なリバタリアンですので、むしろ保守(小さな政府)と相性がいいんです。政府を究極的に小さくすればアナーキズムです。一方で、共産主義は極端なリベラル(大きな政府)です。この、相反するイデオロギーをデヴィッド・グレーバーは自分の中でどのように成立させているのでしょうか。

    デヴィッド・グレーバーは交換理論(相互主義)に異論を唱えています。人間関係は全てを等価交換で説明できない主張します。社会的な関係には1)基本的な共産主義、2)相互主義、3)階級主義の三つの要素がある。これは共産主義であろうが、資本主義であろうがどのような社会システムでもこの三つの要素を内包するとデヴィッド・グレーバーは言います。 

    原始通貨はモノを買うために使う通貨ではなく、「人間経済」で機能していたとデヴィッド・グレーバーは解説します。人間の取引の時に原始通貨は使われたそうです。例えば、妻をもらう時に支払う貨幣。しかし、この貨幣は「永遠の負債を負いますよ」という意味であって、その通貨で別の商品を買うことはできません。人間の価値はモノと交換できないからです。人間の負債は人間で支払うしかない。この「人間経済」は様々な文化で機能していて、アフリカやインドネシアでも同様の習慣があったそうです。そして、アフリカの「人間経済」とヨーロッパの「商品経済」が合わさった時に生まれたのが奴隷貿易だと。

    アフリカのポーン(Pawn)は奴隷ではなく、負債の質草でした。人が死んだとします。人の命は等価交換なので、誰かのせいで死んだと(この辺の理屈はよくわかりません)。あなたのせいで死んだのだから、誰かポーンを出してください。そういうことらしい。多くの場合は若い女性がポーンとして求められたのだそうです。複数のポーンを預かり、その一人を嫁にすると決めたそします。しかし、ポーンとなっていた女性は結婚したくない。そうすると、隣村に逃げてその「村の花嫁」となるのだそうです。ポーンは奴隷ではなかったのだそうです。奴隷は戦争で負けた相手がなる。これがヨーロッパと貿易をはじめるようになって、徐々にポーンと奴隷の差がなくなってきたのだそうです。

    ここまでが、この本の前半です。後半はデヴィッド・グレーバーが前半で構築してきたロジックを歴史を遡って検証していきます。

    デヴィッド・グレーバーのモノの見方はとてもユニークです。貨幣に対する考え方も、共産主義に対する考え方も、世間一般のイメージからはかけ離れています。しかし、その見方もちゃんと文化人類学的な検証から得られた知見なので、突拍子もないことをセンセーショナルに打ち出しているわけではないのです。こういうユニークな考え方を知的に積み上げていけることができる人が早く亡くなって、とても惜しい気持ちでいっぱいです。

  • 書評|データサイエンス時代のソフィストたちに騙されない方法|”Calling Bullshit” by Carl Bergstrom and Jevin West

    書評|データサイエンス時代のソフィストたちに騙されない方法|”Calling Bullshit” by Carl Bergstrom and Jevin West

    英語でブルシット(Bullshit)は「バカらしい戯言」です。ウソ(Lie)とも言い切れない。嘘の場合もあれば、本当の場合もある。ブルシットは多くの場合はハッタリだったり、ごまかしたり、騙そうとする意図があります。ブルシットだとわかれば、トランプのゲーム『ダウト』みたいに「ブルシット!」とコールできます。

    本書”Calling Bullshit”は難しい知識がなくてもブルシットを見破り、「ブルシット!」とコールできるようになるための指南書です。

    Calling Bullshit: The Art of Skepticism in a Data-Driven World (English Edition)

    Calling Bullshit: The Art of Skepticism in a Data-Driven World (English Edition)

    • 作者:Bergstrom, Carl T.,West, Jevin D.
    • 発売日: 2020/08/04
    • メディア: Kindle版

    ブルシットは昔からあります。古代ギリシャでもソフィストと呼ばれる弁論家たちがいました。プラトンの『国家』でソクラテスが散々やり込めるのがソフィストたちです。政治家もブルシットが得意です。本書ではビル・クリントン元大統領のモニカ・ルインスキーとの浮気について否定する発言が(過去まで遡る現在完了形ではなく)現在形であったことにツッコミを入れていました。

    現代のソフィストたちはデータを使い、ソーシャルメディアでブルシットをばら撒きます。ブルシットはより早く、より広く伝わるようになりました。現代の代表的なブルシットがフェイクニュースです。

    著者のカール・バーグストームとジェヴィン・ウェストは現代のブルシットに対抗するには三つの方法があると言います。1)ソーシャルメディアが自主的にフェイクニュースの広げない努力をする、2)政府が法律で規制する、3)教育でブルシットを誰でも見分けられるようにする。本書がとっているアプローチは三番目のアプローチである教育です。フェイスブックやツイッターが真面目にフェイクニュース撲滅に取り組むとは思えない。だって、彼らにとっても商売になりますからね。法律でフェイクニュースを規制するのも良し悪しです。フェイクニュースだとどういう基準で誰が決める?

    本書でオススメするブルシットに対する教育とは、ズバリ、論理的思考です。マッキンゼーとかボスコンとかのアレです。イヤイヤイヤイヤ、それできたらみんなビジネスコンサルできるから。しょっぱなから怒涛のツッコミを入れたくなります。無理無理無理無理。そう思いながらも読み進めることにします。

    まず、例に出しているのがAIネタにありがちなブルシット。いろんな人の顔を学習させて犯罪者をAIで見分ける研究。AIは学習データが大事です。犯罪者の顔は運転免許証など証明写真。普通の人たちはネットで見つけたスナップ写真。当然ながら笑顔。そんなデータを学習したら笑顔じゃない人は犯罪者ってことになってしまいますよね。AIで何かを判断するのであれば、その学習過程までちゃんと説明していないような記事は「ブルシット!」と叫んでいいと二人の著者は言います。

    次に統計にありがちなブルシット。例えば、初キッスを済ませた人は、自分に自信を持っている説。初キッスをしたから、自信がつくのか?自信があるから、初キッスができるのか。その因果関係ってわからないですよね。ちゃんと統計をやった人ならわかってる。相関関係は見つけることができるけど、因果関係は簡単には見つからない。相関関係を見つけてから、そこから仮説を導き出し、因果関係を特定する実験を何回も行わないといけない。まあ、そんなことは統計をやったことのある人間ならみんな知ってる。

    ボク自身も行動データの分析サービスをやってたことがあるので、よーくわかる。まずは二つのデータの相関係数を計算する。これは最近ならExcelでもできる。いろんなデータの組み合わせをあーでもない、こーでもないとひたすら計算する。そこでなんとなく相関関係がありそうだなーと思えるセットがいくつか見つかる。そこからストーリーを考えないといけないんですよ。相関係数なんて1から-1の間の単なる数字ですから。ストーリーを考えて上で、実験が可能な仮説を作らないといけない。すっごい大変なんですよ、この作業。

    流石に著者の二人はそこまでできるようになれとは言いません。でも、記事の内容が因果関係がありそうな言い方をしていたら「ブルシット!」と叫んでいいと言います。相関関係に関する記事はつまらない。ファーストキスと自信には相関関係があるなんてつまらない。自信がつけばキスができる。だから自信をつけよう!の方が面白い記事になりますよね、確かに。でも、そんな面白そうな記事のほとんどは「ブルシット」なのだそうです。これ以外にもビッグデータや、データの可視化など様々な数字に関わる「ブルシット」を紹介していきます。

    じゃあ、どうしたらいいのさ?著者の二人は六つのやり方を提示します。

    1. 情報のソースを疑え
    2. 単純な比較を疑え
    3. あまりにもできすぎた話は疑え
    4. 大きすぎる数字を疑え(フェルミ推定で調べられるよ!)
    5. 自分の確証バイアスを疑え(自分が正しいと思う情報が正しいと思う)
    6. 仮説は常に複数あると認識せよ

    ボクも、マーケティングの仕事をやっている人や、企業の戦略を考える人であればフェルミ推定くらい自分で使えるようになった方がいいと思うし、ボクも会社でやり方を教えたりしています。でも、普通の人には無理ですよ。かなりのトレーニングが必要になります。確証バイアスも自分自身がバイアスがあることを意識しないといけません。これってすっごく難しいんですよ。保守な人は保守なことしか信じないし、リベラルの人はリベラルなことしか信じない。これがエコーチェンバーで拡張されるんだから。フィルターバブルを自ら破れる人って数えるほどしかいない。

    ここまでは「ブルシット」の見つけ方です。

    著者の二人は、さらに「ブルシット」を「コール」しようと勧めます。だから、この本のタイトル”Calling Bullshit”なんですね。ネットで「ブルシット」な情報を見つけるのは個人的な活動で、個人的なメリットです。しかし、ネットで「ブルシット」な情報を見つけた上で、「ブルシット」をコールするのは公共の活動で、公共のメリットにつながると主張します。でもさあ、実際にブルシットな情報でフェイスブックもツイッターも溢れていますよ。これは右も左も同じです。それを一つ一つ指摘するのも疲れますが、その指摘に対する反発に対応するのは更に疲れます。

    ボクはこの本に書いてあることの一つ一つはとても納得できるし、論理的思考はとても大事だと思います。数字にも強くなった方がいい。一方で、そのスキルを手に入れるのはとても大変な努力が必要だと知っています。ボクも教える立場にありますが、自分自身が間違う可能性はいまだにあると思います。確かにフェイクニュースやフィルターバブルは問題だと思います。それはシステムによって生み出されたものなので、個人で戦っていくのは(無理とまでは言いませんが)かなり難しいのではないでしょうか。

    ボクは通信品位法第230条が改定され、プラットフォームがコンテンツに対して責任を負うようになれば状況はだいぶ良くなるのではないかと(楽観的かもしれませんが)期待はしています。システムのエラーはシステムで直した方がいい。システムのエラーを人で直すのは、少なくともフェイスブックやツイッターのスケールではなかなか困難だと思います。著者も指摘する通り、「ブルシット」は基本的な人権の一つである表現の自由に関わる難しい課題です。だって、「ブルシット」だって表現のひとつですから。問題は「ブルシット」ではないとボクは思います。「ブルシット」は昔からあった。「ブルシット」を広げるエコーチェンバーの問題です。だから、フェイスブックやツイッターのようなエコーチェンバーのエラーを直した方がいい。ボクはそう思います。

  • 書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|”If Then” by Jill Lepore

    書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|”If Then” by Jill Lepore

    フェイスブックなどから個人情報を集め、データ分析をして、投票行動に影響を与えるキャンペーンを行ったケンブリッジ・アナリティカは多くの人にとって民主主義への脅威に映りました。しかし、ケンブリッジ・アナリティカのような会社は最初ではありませんし、おそらく最後でもないでしょう。

    ジル・ルポールによる書籍”If Then”は行動科学とコンピューターを組み合わせによる投票者の行動分析レポートでジョン・F・ケネディーの大統領選挙戦にも関わったシミュルマティックス社の歴史を振り返ります。ケンブリッジ・アナリティカが誕生するはるか前からコンピューターによる行動操作をしようと考え、実行した人たちがいたんですね。ただ、なぜ彼らは成功しなかったのでしょうか?アイデアは良さそうなんですが。それがこの本のテーマです。

    If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future (English Edition)

    If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future (English Edition)

    • 作者:Lepore, Jill
    • 発売日: 2020/09/15
    • メディア: Kindle版

    「シミュルマティック」とは聞きなれない言葉ですが、シミュレーションとオートマティックを組み合わせた造語だそうです。人間行動のシミュレーションと自動化。名前からして、とても不気味なのですが創業者たちは全くそんなこと思っていなかったようです。いまだったら、マーク・ザッカーバーグもラリー・ペイジも自分たちがユーザーの個人的な行動データを集めてビジネスに利用するのが「不気味」だとは思ってないと思うんですよね。それに近い感覚をシミュルマティックス社の創業者たちも持っていたようです。

    シミュルマティックス社の創業は1959年。1950年代に民主主義の根幹である「選挙」を変える二つが発展しました。ひとつは、コンピューター。1952年アメリカ合衆国大統領選挙の予測をUNIVACを使って行ったのが最初。もうひとつは行動科学です。フォード財団とランド研究所が行動科学の分野で本格的にリサーチに力を入れるのがこの時期。

    シミュルマティックス社はこの二つの大きな流れを結び付けました。コンピューターによる人間行動の予測。なんとなく、イギリスのEU離脱キャンペーンやトランプ大統領が勝利した2016年の大統領選挙戦でFacebookなどから得た個人の行動データを使った選挙キャンペーンを主導したケンブリッジ・アナリティカを彷彿させますよね。

    確かに、シミュルマティック社はスキャンダラスな面においてはケンブリッジ・アナリティカに近いです。ジョン・F・ケネディの選挙戦でアンケートをコンピューターで分析して政策と投票行動に関するレポートを出しました。そして、ケネディが選挙で勝利した後に、その事例をメディアに大々的にアピールしてケネディの立場を危うくしてしまいました。無断で自分たちの実績をPR?そりゃそうだよ、馬鹿か?お前らよく考えろ!この行動はロバート・ケネディーの逆鱗に触れて出禁になってしまいます。

    行動科学とコンピューターを組み合わせて選挙に利用する。このアイデアは確かに当時は斬新でした。いろんなことに利用できるぞ!とシミュルマティックス社の創業者たちは胸を躍らせました。広告だ!広告で大儲けできるぞ!なかなかいい目の付け所だと、グーグルやフェイスブックのビジネスモデルを知っている現在のボクらたちは思いますよね。しかし、シミュルマティックス社はグーグルでもフェイスブックでもないのです。データがない。当時、消費者の行動データを持っていたのは広告代理店です。そして、大手の広告代理店は自分たちで同じことをやりはじめ、自分たちのクライアントにサービスを提供しはじめました。

    選挙に関してはケネディー大統領の件もあって出禁状態です。そこで、ピヴォットしたのがメディアです。政党に選挙予測のデータをうることはできないけど、メディアになら売れるのでは?なんとニューヨークタイムズが契約してくれました。しかし、ここでも大チョンボをやらかしてしまいます。シミュルマティックス社にはまともなコンピューターの専門家がいなかった!

    そのあとはベトナム戦争で行動科学とコンピューター予測をベトナムの現地で実験する仕事をアメリカ軍から請け負ったりします。それも、やっぱりイマイチな結果。アイデアはいいのだけれど、スキルがついてこない。なんか、ダメなスタートアップの「あるある」ですよ。

  • 書評|フィルターなしのインスタグラムの歴史|”No Filter” by Sarah Frier

    書評|フィルターなしのインスタグラムの歴史|”No Filter” by Sarah Frier

    インスタグラムがフェイスブックに買収されるまでの成功物語って有名ですよね。ボクも以前にまとめたことありますし。もちろん、成功には後日談がつきものです。インスタグラムの創業者二人はフェイスブック買収後もしばらく残りましたが、二人揃って2018年にインスタグラムを「卒業」してしまいました。買収から創業者の離脱。この間になにがあったのでしょうか?それが今回紹介するサラ・フライヤーの新著”No Filter”のテーマです。

    インスタグラム:野望の果ての真実

    インスタグラム:野望の果ての真実

    • 作者:サラ・フライヤー
    • NewsPicksパブリッシング
    No Filter: The Inside Story of Instagram

    No Filter: The Inside Story of Instagram

    • 作者:Frier, Sarah
    • 発売日: 2020/04/14
    • メディア: ペーパーバック

    本書の前半はケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーの創業者二人の成功物語です。マイク・クリーガーはブラジル人で、インスタグラム創業の時にビジネスビザを取るのが大変だったんですね。それ以外は特に新しい話はありませんでした。

    この本の目玉はフェイスブック買収から創業者の退社に至るストーリーです。Odeoでのインターンシップから個人的な友情をジャック・ドーシーと育んできたケヴィン・シストロムです。ジャック・ドーシーも数少ないエンジェル投資家としてインスタグラムを個人的に助けてきましたし、超有名なベンチャー・キャピタルのセコイア・キャピタルを紹介して500万ドルの投資ラウンドを助けました。ツイッターはずっとインスタグラムと買収の話をしてきた。ところがですよ、セコイアの投資ランドが完了した二日後にフェイスブックが1000万ドルでインスタグラムの買収を発表。ケヴィン・シストロムとマーク・ザッカーバーグは裏で話をしていたんですね。こりゃ、ジャック・ドーシーが怒るのも当然ですよ。セコイア・キャピタルも二日で投資を2倍にするという成功と言っていいのか、失敗と言っていいのかよくわからない経験をしてしまいます。

    この本ではマーク・ザッカーバーグのクソ野郎ぶりがかなり堪能できるのですが、ケヴィン・シストロムも(少なくともこの時は)かなりのクソ野郎ですね。このフェイスブックの買収で金持ちになったのはなんと創業者の二人だけ。それ以外の社員はおこぼれにほぼあり付けなかったそうです。いやいや、それはヒドイでしょ。インスタグラムみたいなスタートアップに参加するインセンティブってエグジットした時の分前なんだから。さらに後味が悪いのが、ワッツアップの買収とインスタグラムの買収が社員にとって全く違う結果だったことです。インスタグラム買収の2年後の2014年のワッツアップの買収金額は1億9000万ドルでした。なんとインスタグラムの19倍。社員にもその分前は行き渡り、創業者はフェイスブックの取締役として迎えられました。

    それでも、ケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーは「ある程度」の自由を認められていたため、そこそこ満足はしていたようです。例えば、フェイスブックはアルゴリズムで最適化しますが、インスタグラムは人によるキュレーション(ポピュラーページや公式アカウント)でインスタグラムらしさを保っていました。

    しかし、その自由も徐々にマーク・ザッカーバーグに侵食されます。マーク・ザッカーバーグにとって重要なのは母艦のフェイスブックであり、インスタグラムもワッツアップもその周辺アプリでしかない。むしろ、インスタグラムはフェイスブックとカニバリゼーションを起こして「競合」のようにマーク・ザッカーバーグに目をつけられてしまいます。IGTVのロゴがフェイスブック・メッセンジャーのロゴに似ていると上司のクリス・コックス経由でマーク・ザッカーバーグに文句を言われるってヒドくないです?インスタグラムはすごい勢いで成長しているので、リソースも増強しないといけない。しかし、マーク・ザッカーバーグはリソースをインスタグラムに割り当てるのを渋ります。同じ時期にVRのオキュラスが600名の採用枠をもらったのに、インスタグラムがもらえた採用枠は90名。2019年にはフェイスブックの売上の30%をインスタグラムが担うとされていたのにも関わらずです。

    ここまでイジメられると、流石に創業者二人も気がつきます。あ、出て行けってことなんだって。

    それにしても、ここで描かれるマーク・ザッカーバーグはやっぱりクソ野郎なんですよ。VPNのOnavo買収とか競合分析のためですものね。スナップチャットの人気が出てきているのが、メディアが騒ぐよりずっと前にフェイスブックはVPNのトラフィック分析でわかっていた。VPNって政府の監視から逃れるために使う人が多いと思うのですが、監視される相手がフェイスブックになっただけというオチ。

    インスタグラムの成功後日談はなかなか苦い味わいですね。

  • 書評|ピケティの考える富の不平等と政治|”Capital and Ideology” by Thomas Piketty

    書評|ピケティの考える富の不平等と政治|”Capital and Ideology” by Thomas Piketty

    今年に入って登場したトマ・ピケティの新著”Capital and Ideology”は前著『21世紀の資本』をさらに発展させ、経済不均衡と政治の関係を歴史的に紐解いています。ページ数も”Capital and Ideology”は1,150ページと相変わらずのレンガ本。『20世紀の資本』の696ページの倍近く増量されています。ボクの場合はオーディオブックなのでまだいいですが、普通の速度で聞いたら96時間(4日間)かかります。倍速にしても48時間ですからね。『21世紀の資本』は映画になったことだし、こちらも映画になるといいですね。

    実を言えばこの本”Capital and Ideology”はだいぶ前に読み終わっています。すぐに書評を書けなかったのは、色々と理由はあります。この膨大な情報量を頭の中で整理して書評を書くのは思った以上に大変だった。これは理由の一つですね(コロナ禍で通勤時間がなくなった、映画をたくさん観るようになったが他の理由)。なるべく簡潔にまとめてみます、成功するかどうかは別として。

    Capital and Ideology

    Capital and Ideology

    • 作者:Piketty, Thomas
    • 発売日: 2020/03/10
    • メディア: ハードカバー
    21世紀の資本

    21世紀の資本

    • 作者:トマ・ピケティ
    • 発売日: 2014/12/06
    • メディア: 単行本

    この本のテーマは『20世紀の資本』と同じで富の不平等です。裕福な人はさらに裕福になり、裕福でない人はさらに裕福でなくなる。その原因の一つが累進課税の弱体化であることは『20世紀の資本』でも詳しく解説されていましたよね。これは本書でも同じです。本書で新しいのはイデオロジーの変遷と不均衡の変遷と併せて、不均衡の原因をさらに深く分析している部分です。

    境界と資産の考え方はイデオロジーの影響を強く受けます。不平等の原因はこの境界と資産に依存しているため、イデオロギーが変われば不平等性にも変化が起きます。そういう意味において、不平等は経済ではなく政治的なのだとピケティは言います。

    ピケティはイデオロギーを歴史的に6カテゴリーに分けています。

    1. proprietarian
    2. social democratic
    3. communist
    4. trifunctionalist (clergy, nobility and third estate)
    5. slavist
    6. colonialists

    イデオロギーごとの富の分配を定点観測するために、ピケティーが採用しているのがトップ10%、ミドル40%とボトム50%の富の配分です。これに加えてトップ1%の分配を見ることで富の分配を定点観測することができます。しかも、アメリカや西ヨーロッパだけでなく、インド、中国やアフリカまで様々な地域特性ごとに比較しています。そりゃ、1,150ページ必要だよね!ピケティも大変だったろうけど、読む側も腰を据えて挑む必要があります。

    ものすごく単純にまとめてしまうと、富の不平等は時代とともに少なくなってきています。しかし、1980年代以降は再び格差が広がる傾向にあります。もうちょっとだけ詳しく解説すると、教会や貴族が所有し、平民は所有をしないトライファンクショナル(trifunctionalist)なイデオロギー(フランスのアンシャン・レジームや日本の封建時代)が解体され(フランスならフランス革命、日本なら明治維新)、特権がなくなりました。ただ、この時に補填をするかどうかが大きな議論となりました。結局、権力は分散されたのですが、富は分配されませんでした。この「権利」を「富」に変換して補填するのは奴隷解放(slavist)でも植民地解放(colonialists)でも行われました。

    例えば、1833年のイギリスでの奴隷制度廃止でGDPの5%に相当する税金が補填に使われました。植民地として独立したハイチ政府はフランスに奴隷の損出として国民総所得の300%分の金額を支払い続けなければいけませんでした。まあ、酷い話ですが、権利の分配には補填がつきもので、結局は富の分配にはならない。これがずっと続きます。

    職業に「権利」が紐づくトライファンクショナル(trifunctionalist)の後にやってくるのが個人所有のイデオロギー(proprietarian)です。この時は1%の裕福な人が45%の富を所有していました。この傾向は第一次世界大戦前の1914年まで続きます。富の配分のトレンドが変わるのが累進課税導入後です。日本はすでに1887年に累進課税を導入していましたが、フランスでは1914年まで採用されませんでした。アメリカではニューディールがこれに当たります。そう、本格的に富の分配がはじまったのは第二次世界大戦後です。戦争で多くの「富」が破壊されたのがその原因の一つです。

    「富」にはフローとストックがあります。フローは収入です。例えば働いて得る月収です。ストックは資産です。昔からある代表的なストックは不動産ですね。累進課税といえば一般的にはフローに対する累進課税です。ストックに対する累進課税はなかなか進みませんでした。

    ピケティは不公平を語る時、フローとストックを分けて語るべきと言います。ストックの不公平は、力の不公平に繋がります。資産の不公平には下限がありません。フローは違う。ストックがなくても生きていけるが、フローがなければ生きていけない(食べていけない)。生きていくために最低限のフロー(所得)が必要になります。すべての人が最低限の所得の場合、格差はありません(ベーシックインカムっぽい考えですね)。それ以上のフローがある場合は格差が生まれる可能性はありますが、それはストックのような無制限の格差ではないとピケティは主張します。

    フローの場合、ボトム50%は格差が大きい国の場合は5%から10%の富を分け合っています。多くのケースでは10%から20%の富を分け合っています。しかし、ストックの場合、ボトム50%は全体の資産のほぼ0%を分けあいます。つまり、資産をほぼ持たない。同時に所得の場合、最も裕福な10%は最も不公平な場合でも全体の50%-60%以上の所得を分け合うことはない。しかし、最も裕福な10%は80%から90%の資産を持つ。

    第二次世界大戦後は累進課税の効果もあり、富の再分配が行われました。富の移転は主にトップ10%からミドル40%への移転でした。ボトム50%にはほとんど再分配されていません。しかし、その再分配の傾向も1980年から再び逆転します。新自由主義の台頭です。20世紀初頭からはじまり、最大80%まで上がった累進課税は1980年代から下がりはじめ、40%まで落ちました。

    ここまでが本書の縦軸となります。これに加えてインドや中国、そして植民地の状況を同じ物差し(トップ10%/ミドル40%/ボトム50%)で観測していきます。例えば、インドのカースト制度(ジャティ)はヨーロッパの三階級(教会/貴族/平民)に相当します。ちなみに、ヒンドゥー教がベジタリアンなのはベジタリアンの仏教との競争の影響なんですって。昔は動物の生贄を使っていたのがベジタリアンの仏教に批判されたのがきっかけだそうです。へー。

    インドの場合、独立後は教育へのアクセスについて積極的な差別是正処置が取られます。さらに「割り当て(Quota)」を設定して、格差の是正を行います。特定のグループに対してある程度の割り当て量を確保します。例えば議員数。女性も同様。「割り当て」の考え方は社会クラスの肯定にもつながるのですが、是正には役に立ちます。アメリカではアファーマティブ・アクションと呼ばれ、大学の入学枠や企業の役員枠を設定するケースが多いですよね。日本でも女性の役員枠を積極的に作る企業が増えています。しかし、制度化したのはインドがかなり最初なのだそうです。このような格差是正処置で教育(富の格差を決める重要な要素のひとつ)とフローの格差を縮める努力をしたインドですが、ストックの格差はいまだに大きいのが実情だそうです。

    中国の場合はGreat Divergence(参考:池田信夫 blog :「大分岐」から「大収斂」へ)を考察します。ピケティはアダム・スミスの自由経済はヨーロッパより中国で発達していたと言います。最初のLeap Forwardはなぜヨーロッパでおき、中国やオスマントルコでは起きなかったのか?これがGreat Divergenceですね。

    「確実は答えはないが」と前置きを置きつつ、ピケティーは戦争がGreat Divergenceの原因だったのではないかと考えます。ヨーロッパは分断されて戦争が多かったけど、中国(清朝の時代)やインドは分断されていても、それほど争いは多くなかった。三角貿易の破綻を大麻で補おうとしたイギリス。それを食い止めようとした中国。イギリスは軍事的な優位性で中国を潰しました。これがアヘン戦争。中国の財政はとても健全でした。しかし、この戦争の賠償金で中国は初めて大きな負債を負うことになりました。ピケティはGreat Divergenceの原因はヨーロッパの資本主義が勝ったわけではなく、軍事力で勝ったからだと言います。まあ、確かに「アヘン戦争」はヒドイ戦争ですよ。

    このほかにロシアの農奴の分析や北欧諸国の分析もあります。もっと色々と書いてあるのですが、皆さん頑張って読んでみてください。ここまでが本書の横軸となります。大体2/3くらい!やっと後半だ!

    後半は現在の状況の説明と、考えられる未来の考察となっています。例えばストックの富の再配分が進まないのは金融資産の複雑化が原因で、ファイナンスインカムが累進課税の逃げ道になっているなど。アメリカの生産性は1910年がピークで、徐々にイギリスやフランス、日本に追いつかれていきます。フランスとドイツは時間当たりのGDP(=生産効率)においてアメリカを1980年に抜きます。なぜ、アメリカの生産性はスローダウンしたのか?それは格差が広がったからだとピケティは言います。アメリカの初期のアドバンテージは1910年からPrimary Education(5-11歳)とSecondary Education(12-17歳)での教育制度だったのですが、格差でこのアドバンテージが徐々に失われました。

    不平等がイデオロギーの問題で、政治的なのであれば、投票行動が不平等の解消につながります。投票パターンは教育、資産、収入の三つの要素に影響を受けます。まず、大きな傾向として、貧しい層ほど共産主義や社会主義の政党に投票する傾向があり、富裕層は保守に投票する傾向にあります。資産格差の方が投票パターンに大きく影響を与え、教育格差の影響は資産格差より影響が小さいことがわかっています。

    この前提をもとにピケティは現在の傾向を四つのパターンに分類しています。まず、左か右かで分けることができます。左は一般的にリベラル、右は一般的に保守と言われます。高等教育を受ける人(Brahmin Left)ほど左側に投票する傾向が強くなり、ビジネスをしている人(Merchant Right)は右側に投票する傾向が強くなります。 また、これは興味の範囲が国外まで向けられているか(Internationalist)、国内に閉じているか(Nativist)かに分けることができます。格差って国内だけじゃないですからね。

      Brahmin Left Merchant Right
    Internationalist Egalitalian Internationalist Iegalitalian Internationalist
    Nativist Egalitalian Nativist Iegalitalian Nativist

    これが現在の傾向なのですが、それぞれ「罠」にハマっているとピケティは指摘します。もっと良い未来があるはずだと。可能性はいくつもあり、その中でもsocial federalismとparticipatory socialismは良い未来の可能性の有力候補だとピケティは考えています。これがピケティたちのDemocratization of Europeの活動に繋がってるんでしょうね。

    ボクは「アベガー」とか「スガガー」みたいな定型句で保守を批判をするリベラルな人たちにも、「パヨク」みたいなレッテルでリベラルを批判をする保守な人たちにもあまり共感できません。まず、右も左も自分の立ち位置が正しいと思い込んでいる。自分自身に無批判なんです。まさに「罠」にハマっている状態だと思います。そんな人たちに「お前はわかっていない」とボクは右からも左からも説教されることが多いです(苦笑)。そりゃそうだよ、ボクはキミたちにビタイチ共感していないんだから。自分は正しいと思い込んでいる人たちから見たら、ボクは「わかってない」のでしょう。でも、ゴメンネ。ボクは単なる批判は下らないと思ってる。全く興味がない。新しい可能性に興味があります。

    人間なので当然バイアスはありますから、四つのパターンのどこかにハマっているはずです。ボクはEgalitalian Nativistだと思います。ピケティはEgalitalian Internationalistだと思います。そして、ピケティはそれに自覚的です。その立ち位置から目線は将来に向いている。それが自分の現在の立ち位置と違って全然構わない。事実をコツコツ集めて、より良い社会のあり方を考えて提示している。“They Don’t Represent Us”を書いたローレンス・レッシグも同じですよね。ボクはこういう新しい方向性を指し示すことができる人を尊敬します。

  • 書評|社員の管理なしでイノベーションして成長するネットフリックスの秘密|”No Rules Rules” by Reed Hastings & Erin Meyer

    書評|社員の管理なしでイノベーションして成長するネットフリックスの秘密|”No Rules Rules” by Reed Hastings & Erin Meyer

    *異例の速さで日本語翻訳が出たのでリンクを追加しました。

    ネットフリックスは間違いなく最も成長している企業の一つです。1997年に創業し、その三年後の2000年にはレンタルビデオの巨人だったブロックバスターに身売りを提案するが断られます。しかし、ネットフリックスは成長を続け、2002年にはIPOします。でも、この頃もまだブロックバスターはネットフリックスの100倍の売り上げでした。しかし、その8年後の2010年にブロックバスターは破産してしまいます。

    何がネットフリックスとブロックバスターの明暗を分けたのか?共同創業者で本書”No Rules Rules”の著書のリード・ヘイスティングは文化だと言います。

    【Amazon.co.jp 限定】NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX(特典:著者リード・ヘイスティングスから特別メッセージPDF)

    【Amazon.co.jp 限定】NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX(特典:著者リード・ヘイスティングスから特別メッセージPDF)

    • 作者:リード・ヘイスティングス,エリン・メイヤー
    • 発売日: 2020/10/22
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
    No Rules Rules: Netflix and the Culture of Reinvention (English Edition)

    No Rules Rules: Netflix and the Culture of Reinvention (English Edition)

    • 作者:Hastings, Reed,Meyer, Erin
    • 発売日: 2020/09/08
    • メディア: Kindle版

    ネットフリックスには有名なNetflix Culture Deckがあります。リード・ヘイスティング本人がSlideshareにアップロードしたものです。現在のバージョンはネットフリックスの採用ページに掲載されています。Facebookのシェリル・サンドバーグなど、多くの人たちに大絶賛されて話題になりましたよね。この本はNetflix Culture Deckを事例に基づいた詳しく解説したものです。

    リード・ヘイスティングはネットフリックスの文化はすべての企業に有効なわけではないと言います。例えば、安全が求められる厳格な管理が必要な業種には向いていません。イノベーションが求められる企業にのみ有効だと言います。また、イノベーション を推進したい企業であっても、一定の条件が揃わなければネットフリックスのやり方はできないと言います。それは、自律型の人材が自由に才能を発揮できる環境です。

    自律型の人材が自由に才能を発揮できる環境を作るためにネットフリックスがやったことは以下の三つです。

    • 才能の密度を高める(talent dencity)
    • 率直なフィードバックを推奨(increase candor)
    • 管理をなくす(remove control)

    自律的に動いてもらうには、管理を無くさないといけない。考えてみれば当たり前のことなのですが、これがなかなか難しい。

    まず、「才能の密度を高める」は優秀な人材を集めるという意味です。優秀な人材であれば、あまり管理は必要がない。ルールやプロセスはあまり優秀ではない社員のために必要というロジックです。優秀な人材を引き付けるために、市場で最高値のサラリー水準です。しかも、月収(基本給)が高い。ボーナス(成果報酬)ではなく。海外企業では成果を出した人ほど収入が高くなる成果報酬型が多いのですが、リード・ヘイスティングはクリエイティブな仕事に成果報酬はそぐわないと言います。だって、成功するとは限らないですからね。成果ベースのサラリーではなく、市場ベースのサラリーはすごく珍しいと思います。

    次に、「率直なフィードバック」です。優秀な人間が集まれば、お互いのフィードバックでお互いが成長できるはず。しかし、これも難しい。単なる批判になってはいけない。そこで、ネットフリックスでは率直なフィードバックのための4Aガイドラインがあります。

    1. Aim to assist(フィードバックをする場合は、相手のためになることを)
    2. Actionable(フィードバックは相手が行動が取れることを)

    3. Appreciate(フィードバックを受けた人は感謝すること)

    4. Accept or discard(受け入れるか、受け入れないかは相手に委ねる)

    このフィードバックも「率直さ」が大事なのですが「横柄」ではいけません。嫌なやつをJerkと言いますが、Jerkはちゃんと取り除かないといけない。英語でよくWeeds outと言ったりします。雑草摘みという意味。

    ここまでやって、ようやく「管理をなくす」ことができます。ネットフリックスもいきなりすべてのルールや管理を廃止したわけではありません。まずは簡単な休暇規則から廃止しました。ネットフリックスでは休暇の制限がないので、好きなだけ休暇をとって構いません。一ヶ月休んでもいい。でも、それでちゃんと会社として大丈夫なの?って思いますよね。もちろん、大丈夫じゃなかった。

    まず、トップからちゃんと有言実行で長い休暇を取らないといけない。そして、休暇でどれだけリフレッシュできたかを多く語らないといけない。休暇が自由に取れる雰囲気を作らないといけない。休暇をみんなが取るようになると、仕事に支障をきたすケースが出てくる。そこで登場するのが本書での重要コンセプトである「コンテキスト」です。社員に「コンテキスト」を理解してもらうのが重要。会社のためを考え、他人のゴールも尊重する。その上であれば、どれだけ休んでも構わない。ルールとコンテキストは違います。ルールは明文化した明示的なルール。コンテキストはネットフリックスの求める規範に近い。

    そして、続いて経費のルールをなくし、上司の承認プロセスも無くします。自分で判断して、自分で決定しなさい。まさに会社のためとなるのであれば、自律的に動いて構いませんということです。この「会社のためとなるのであれば」がコンテキストです。経費も裏ではチェックされているし、プライベートで乱用していれば当然解雇されます。解雇された場合は、ちゃんとその理由を周りにも説明する。これが「コンテキスト」を社内に広め、定着する効果があります。

    これらルールがないことは、市場でも最も評価されているネットフリックスの「福利厚生」で、高額なサラリーに加えて優秀な人材を引き付ける要因となっているそうです。「日本企業では無理だよ」というのは簡単です。ネットフリックスだって相当苦労してここまで持ってきたんですから。難しいことを成し遂げるからこそ、数少ない成長企業になれるんですよね。みんなができる簡単なことばかりやっていたら、こうはならない。

    ネットフリックスの考え方はベースキャンプに似ていますが、本質はかなり違います。ベースキャンプも優秀な人たちだけが集まって、ルールなしで、自律的に働いています。ネットフリックスもベースキャンプも顧客価値を第一に考える企業です。違うのは成長に対する考え方ですね。ネットフリックスは急成長をよしとして、ベースキャンプは成長はそれほど重要視していない。コストがカバーできる売り上げを持続的に得られればいい。持続性重視。

    NO HARD WORK!: 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方

    NO HARD WORK!: 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方

    • 作者:ジェイソン フリード,デイヴィッド ハイネマイヤー ハンソン,Jason Fried,David Heinemeier Hansson
    • 発売日: 2019/01/22
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)

     一方で、ネットフリックスのやり方には批判もあります。ダン・リオンズは著書”Lab Rats”でネットフリックスの成長至上主義はヒトをモノのように扱うことにつながっていると批判しています。ただ、これは株式公開している企業であれば、ある程度仕方がないことだと思うんですよね。ベースキャンプは自己資本で株式公開していないから好きなスタイルを貫くことができる。ネットフリックスはそうはいかない。

    おそらく、リード・ヘイスティングもそのような批判があるのはわかっているのでしょう。ネットフリックスではPIP(業務改善プログラム)をやっていないと本書でも解説しています。PIPはパフォーマンスが悪いヒトに改善機会を与えるとともに、企業の訴訟リスクを軽減するためにあります。そんなことは無駄なので、退職金をたっぷり出して訴えないと一筆入れさせた方がいいとリード・ヘイスティングはいいます。なんか、どことなく「面倒なことは金で解決すべし!」という感じがいろんなところで見え隠れします。多少のコストがかかっても、社員が自律的に創造的な仕事ができればそれでいい。それはそれで一貫性のある素晴らしい考え方だとも思います。それって成長してるからできるんっすよ……と思わなくもないが。

  • 書評|テクノロジーが触れてはいけない領域はあるのか?|”Sex Robots and Vegan Meat” by Jenny Kleeman

    書評|テクノロジーが触れてはいけない領域はあるのか?|”Sex Robots and Vegan Meat” by Jenny Kleeman

    「ソフトウェアが世界を飲み込む」と宣言したのはマーク・アンドリーセンでした。2011年のウォールストリート・ジャーナル寄稿記事でマーク・アンドリーセンが指摘してことはほぼ現実になりました。しかし、まだまだテクノロジーが触れていない領域があります。セックスをすること、食べること、子供を産むこと、そして死ぬこと。この四つは人間としての基本的な行為です。果たしてテクノロジーはこの領域まで踏み込んでいいのか。踏み込んでいいのだとしたら、どこまで踏み込んでいいのか?それが今回紹介するジェニー・クリーマンの著書”Sex Robots & Vegan Meat”です。

    Sex Robots & Vegan Meat: Adventures at the Frontier of Birth, Food, Sex & Death

    Sex Robots & Vegan Meat: Adventures at the Frontier of Birth, Food, Sex & Death

    • 作者:Kleeman, Jenny
    • 発売日: 2020/07/09
    • メディア: ペーパーバック

    まず、最初に取り上げるのがセックスです。具体的にはラブドールです。最近だとラブドールを題材にした映画『ロマンスドール』もありましたね。ラブドール職人がすれ違いでレスになる話です。ラブドールの利用者のほとんどは男性で、女性はディルドなど道具の需要の方が高いのだそうです。ここはかなり重要なポイントです。

    ロマンスドール

    ロマンスドール

    • 発売日: 2020/06/03
    • メディア: Prime Video

    Real Doll(リンクを開くときは注意!)やDS Robotics(リンクを開くときは注意!)のような最新のラブドールはAIを搭載して、男性のニーズを満たすべく学習します。ラブドールのメーカーや愛好者の主張は、様々な理由で普通の女性とセックスができない男性も性的に満たされる権利があるはずというものです。そして、性犯罪を未然に防止する効果もあるのではないかと主張します。

    ラブドールを愛好する男性がいる一方で、ラブドールに反対する団体があります。Campaign Against Sex Robotsです。ラブドールに反対する側の主な主張は女性をモノとして扱うことです。AIを搭載した女性型のロボットなら虐待してもいいのか?そのような虐待の欲望を満たすことは、その傾向に拍車をかけるのではないか?女性のセックスロボットが倫理的にも許されるのであれば、子供のセックスロボットも倫理的に許されるのか?

    この本では他にも培養肉(実はビーガンが支援しているケースが多い)や人口子宮に関するケースが紹介されています。しかし、ここで紹介される培養肉のスタートアップはどことなるセラノスを彷彿させる怪しさ満載でした。出産のケースもなかなか悩ましいです。他の女性の子宮を使う代理母出産は倫理的にも問題視されています。しかし、人工子宮出産なら?人口子宮で培養された赤ちゃんは果たして人間と言えるのか?この人口子宮は日本の東北大学も関わってるんですね。

    そして、個人的に一番考えさせられたのが尊厳死についてです。人は自分の死を管理する権利があるのか?死の自由を広めようとする非営利団体のExit Internationalは人は自由に死ぬ権利があると考えています。

    少し前ならカート・ヴォネガットの『モンキーハウスへようこそ』の自殺ホーム、最近なら『アヴェンジャーズ /インフィニティ・ウォー』のサノスがそうですが、増えすぎた人を減らさなければいけないと考えるフィクションは少なくありません。そして、実際にそう考える人たちもいるんです。自殺のために薬を処方する医者はDr. Deathと呼ばれます。Exit Internationalの代表を務めるフィリップ・ニッチケもそうでした。

    フィリップ・ニチケは安楽死専用マシン「サルコ」を開発していて、 3Dプリンターでいつでも誰でも安楽死専用マシンが作れるようにしようと活動しています。ニューズウィークの記事では自殺のイーロン・マスクと称されています。

    男性はロボットを愛し結婚する権利があるのか?培養肉は動物の権利を守ることになるのか?人口子宮はゲイカップルや不妊症の夫婦の福音となるのか?そして、人は自由に死ぬ権利があるのか?いまの倫理観では全て「ノー」だと思うのですが、将来はどうなるのでしょうかね。

  • ジャン=クロード・カリエールについて

    ジャン=クロード・カリエールについて

    コロナ禍の間、通勤しなくなり、通勤時間の間にオーディオブックで「読書」する習慣がすっかりなくなってしまいました。移動時間がなくなり、読書時間が減りました。その代わり増えたのが映画を観る時間です。ちゃんと数えるのも面倒ですが、今年に入って既に300本以上の映画を観ました

    いろいろ映画を観て、一人の脚本家の名前が頭に刻み込まれました。それがジャン=クロード・カリエールです。日本でも著書が何冊か翻訳出版されています。yomoyomoさんの『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて』はウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの共著である『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』からとってるんですね。でも、おそらく一番有名なのは『ブリキの太鼓』(1979年)や『存在の耐えられない軽さ』(1988年)のような映画の脚本家としてでしょう。

    もうすぐ絶滅するという紙の書物について

    もうすぐ絶滅するという紙の書物について

    • 作者:ウンベルト・エーコ,ジャン=クロード・カリエール
    • 発売日: 2010/12/17
    • メディア: 単行本

    ピエール・エテックスとの共同作業

    ジャン=クロード・カリエールの脚本家としてのキャリアはピエール・エテックスと共にはじまりました。ピエール・エテックスはフランスのコメディアンで映画監督です。お互い初めての映画作りでしたが、二作目の短編『幸福な結婚記念日』(1962年)でいきなりアカデミー短編映画賞を獲得しました。ピエール・エテックス監督とジャン=クロード・カリエールの共同作業で特筆すべきは二作目の長編『ヨーヨー』(1965年)でしょう。

    ピエール・エテックス監督はチャップリンやキートンのようなスラップスティックをこよなく愛し、作品スタイルとしました。当時としては時代錯誤もいいところです。そんな彼がサイレント映画とサーカスにオマージュを捧げたとても美しい作品が『ヨーヨー』です。サーカス愛といえばフェデリコ・フェリーにですが、本作は『8 1/2』から強い影響を受けたそうです。そして、フェリーニに対するオマージュもこの作品には織り込まれています。こんな美しい作品が日本で未公開なんてもったいない!(日本未発表作品を扱う本ブログの面目躍如ポイント)

    ピエール・エテックスの監督作品はクライテリオン・コレクションからボックスセットが発売されています。

    PIERRE ETAIX

    PIERRE ETAIX

    • メディア: Blu-ray

    ルイス・ブニュエルとの共同作業

    ジャン=クロード・カリエールが映画のキャリアをはじめたのはピエール・エテックス監督との共同作業でしたが、脚本家としての確固たる地位を築いたのはルイス・ブニュエル監督との共同作業でした。

    ルイス・ブニュエルはスペイン人の監督です。有名なのは『アンダルシアの犬』やサルバドール・ダリと作った『黄金時代』などシュールレアリズム作品かもしれません。しかし、本当の真価が発揮されるのはメキシコ時代でしょう。メキシコ時代に様々な作品を作っていますが、特徴として強く現れているのが不条理映画『皆殺しの天使』。

    メキシコを離れヨーロッパに戻ったルイス・ブニュエルがパートナーとして選んだのが駆け出しの脚本家だったジャン=クロード・カリエールでした。ジャン=クロード・カリエールと組んだ後期のルイス・ブニュエルを一言で表せば「変態」です。澁澤龍彦が『澁澤龍彦映画論集成』でフランス時代のルイス・ブニュエルをその変態性において大絶賛しています。その代表作が『自由の幻想』だと思います。メキシコ時代もかなり変な映画を作っていたルイス・ブニュエルですが、そこに明確な「変態」が加わったのは、紛れもなくジャン=クロード・カリエールの影響でしょう。

    澁澤龍彦 映画論集成 (河出文庫)

    澁澤龍彦 映画論集成 (河出文庫)

    • 作者:澁澤龍彦
    • 発売日: 2013/02/15
    • メディア: Kindle版

    ルイス・ブニュエルのフランス時代の監督作品は日本でも角川からボックスセットが発売されています。

    ルイス・ブニュエル 《フランス時代》 Blu-ray BOX

    ルイス・ブニュエル 《フランス時代》 Blu-ray BOX

    • 発売日: 2018/07/27
    • メディア: Blu-ray

    そんなジャン=クロード・カリエールの変態性が垣間見える著作が『万国奇人博覧館』と『珍説愚説辞典』でしょう。ジャン=クロード・カリエールは人間の想像力を測る尺度が三つあると言います。「驚異」と「愚行」と「奇行」です。驚異の中身が的外れで愚かなのが「愚行」で、それを集めたのが『珍説愚説辞典』です。そして、自由意志の発露が「奇行」です。ジャン=クロード・カリエールの定義によればです。彼の書いた本は本当に面白いから、機会があったら読むといいですよ。

    そして、彼が書いた書籍を読めば、ルイス・ブニュエルの後期作品に垣間見れる変態性は間違いなくジャン=クロード・カリエールによってもたらされたのだと確信するのです。

    万国奇人博覧館

    万国奇人博覧館

    • 作者:ブクテル, ギィ,Bechtel, Guy,カリエール, ジャン‐クロード,Carri`ere, Jean‐Claude,信次, 守能
    • メディア: 単行本

    珍説愚説辞典

    • 作者:J.C.カリエール,G.ベシュテル,高遠 弘美
    • 発売日: 2003/09/20
    • メディア: 単行本
     

     

     

  • 書評|アメリカのシャーロック・ホームズはリンカーン・ライムのルーツ|”American Sherlock” by Kate Winkler

    書評|アメリカのシャーロック・ホームズはリンカーン・ライムのルーツ|”American Sherlock” by Kate Winkler

    ボクはシャーロキアンとまではいきませんが、シャーロック・ホームズが大好きです。「聖典」はすべて読んでいますし、映画もだいたい観ています。ロンドンにあるベーカー街221B(シャーロック・ホームズ博物館)にも行きました。シャーロック・ホームズは化学、地層学、植物学や解剖学などを応用した化学的な証拠検証で犯人を探し当てます。警察を後ろで支える鑑識課みたいなイメージです。

    今回紹介するケイト・ウィクンラー著”American Sherlock”はアメリカの科学的捜査を土台を作ったエドワード・オスカー・ハインリッヒを紹介します。アメリカの人気テレビドラマ『CSI:科学捜査班』で使われる手法の基礎を築き上げた人です。

    American Sherlock: Murder, Forensics, and the Birth of American CSI

    American Sherlock: Murder, Forensics, and the Birth of American CSI

    • 作者:Dawson, Kate Winkler
    • 発売日: 2020/02/11
    • メディア: ハードカバー

    ボクは現代の科学的な捜査に興味を持ったのがジェフリー・ディーヴァーの「リンカーン・ライム」シリーズです。四肢麻痺のリンカーン・ライムはベッドから動けないので警察官のアメリア・サックスやニューヨーク市警鑑識課のメル・クーパーがリンカーン・ライムの指示やアドバイスで動きます。アメリアがグリッド操作で犯行現場から遺留品を見つけ、メル・クーパーが遺留品の砂や糸くずから科学的に手がかりを探し出すのが基本パターン。

    ボーン・コレクター 上 (文春文庫)

    ボーン・コレクター 上 (文春文庫)

    • 作者:ジェフリー・ディーヴァー
    • 発売日: 2012/12/21
    • メディア: Kindle版
    ボーン・コレクター 下 (文春文庫)

    ボーン・コレクター 下 (文春文庫)

    • 作者:ジェフリー ディーヴァー
    • 発売日: 2003/05/09
    • メディア: 文庫

    フランスのシャーロック・ホームズと呼ばれ、科学捜査の始祖的な存在のエドモンド・ロカールは「すべての接触には痕跡が残る」と言いましたが、リンカーン・ライムもロカールの交換原理の信奉者でした。そして、本書の主人公であるアメリカのシャーロック・ホームズであるエドワード・オスカー・ハインリッヒもエドモンド・ロカールの影響を受けています。

    エドワード・オスカー・ハインリッヒはアメリカの科学捜査に大きな功績を残しましたが、世間一般にはあまり知られた存在ではありませんでした。ハインリッヒが残した資料はすべてカリフォルニア大学バークレー校に寄付されたのですが、資金不足でカタログ化が進んでいなかったのです。今回、ケイト・ウィクンラーがその資料をすべて調べて本書を書き上げたのでした。

    リンカーン・ライムも相当ひねくれた人ですが、エドワード・オスカー・ハインリッヒも難しい性格だったようです。ケイト・ウィクンラーは「(ハインリッヒは)現在であれば強迫性パーソナリティ障害(OCPD)だと診断されていたのではないか」と評しています。子供時代に経済的に恵まれた家庭ではなく父親も自殺をしてしまいました。そのため、高校も中退しました。薬剤師をやりながらカリフォルニア大学バークレー校に通い化学を専攻し、最終的に学位を取りました。卒業後はワシントン州タコマで衛生技師の職につきました。その後、コロラド州の職員として化学の知識を使って犯罪捜査の手伝いをするようになります。徐々に鑑識で頭角を現し、カリフォルニア州アラメダ郡で自治体警察のチーフとなります。

    エドワード・オスカー・ハインリッヒの時代は禁酒法時代でした。禁酒法をきっかけに、殺人事件は増加して複雑化していきました。FBIは今のような犯罪捜査機関ではありませんでした。FBIは調査機関として主に銀行の不正取引を扱っていました。警察はリソース不足な上に捜査手法もビクトリア朝時代から進化していませんでした。日本の司法はなんて今でもそうだと批判されたりしますけどね。日本の場合は自白編重主義で、犯人の自白が最も信頼できる証拠とされています。さすがに『科捜研の女』でも有名な日本の科学捜査研究所が世界の捜査研究所と比べて劣っているということはないと思いますが、証拠として使われないならどれだけ優れた技術を持っていても意味ないですよね。

    「容疑者の自白」に頼りすぎる日本の刑事司法 「まるで中世」の状態から抜け出せるか – 弁護士ドットコム

    もちろん、いきなり科学的証拠が信用されたわけではありません。1910年にハインリッヒが最初の犯罪ラボを立ち上げたときには、あまり歓迎されなかったそうです。証拠は足跡で十分と考えられた時代に、科学や顕微鏡で調べる手法に多くの人が懐疑的だったようです。シャーロック・ホームズにレストレード警部がいたように、バークレーのオーガスト・ヴォルマーがエドワード・オスカー・ハインリッヒの鑑識手法に強い興味を持ち、多くの犯罪捜査で活用します。そして、実績を出し、信頼を築き上げていきます。

    この本はどんな人にオススメか

    推理小説、特に「シャーロック・ホームズ」や「リンカーン・ライム」シリーズのように科学的な捜査が好きな人にはオススメです。小説で出てくる鑑識手法はこうやって生まれたんだなって理解できます。一章に一つの犯罪ケースが紹介れていて、どのような手法がどのケースで生まれたのか解説してくれます。

    なんでも新しい手法はそうですが、エドワード・オスカー・ハインリッヒだって全ての手法で成功したわけではありませんでした。失敗した手法もたくさんありました。性格に難ありの人だったようですしね。そんな部分もリンカーン・ライムに似ているなあと思いながら読みました。

    ちなみに、いまはトマ・ピケティの漬物石のような分厚さの新著”Capital and Ideology”を読んでいます。あまりの分厚さのため、来週の書評はお休みするかもしれません。すごく面白い本なので頑張って読み終えたら来週には”Capital and Ideology”の書評を書きます。