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  • 書評|超えてはいけない一線を超えたスタートアップ史上最大のスキャンダル|”Bad Blood” by John Carreyrou【2018年夏休み読書週間】

    書評|超えてはいけない一線を超えたスタートアップ史上最大のスキャンダル|”Bad Blood” by John Carreyrou【2018年夏休み読書週間】

    スタートアップ史上最大のスキャンダルのひとつとして数えられるであろうセラノスの事件をその発端から現在に至るまで詳細に追いかけた一冊。

    なぜこれほど多くの実績あるベテラン投資家や政府高官、企業役員たちがセラノスの不正を見抜けなかったのか。シリコンバレーに大きな教訓を残した事件であり、今回紹介するジョン・カレイロウの”Bad Blood”はそれを学ぶのに重要な一冊だと言えます。

    BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 (集英社学芸単行本)

    BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 (集英社学芸単行本)

    • 作者:ジョン・キャリールー
    • 発売日: 2021/02/26
    • メディア: Kindle版
    Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

    Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

     

     

    信じたいことだけを信じるカルチャー

    この本の最初の何章か読んで(オーディオブックなので正しくは「聞いて」ですが)いてまず思ったのが「ああ、これって企業の中ではあるあるだよね」でした。「正しい」ことと「望まれる」ことは違う。往々にして正しさは主観的なので、人の数だけ「正しい」答えがあることがあります。そして、その「正しい」のギャップは話し合いで解決をしたり、トップの人の「正しさ」がその会社にとっての「正しさ」になることもある。この差をどう解決するかは企業文化に依存します。

    いずれにせよ、会社の「正しさ」を信じてチームプレイに徹することが求められます。会社が「正しい」と思えず、変えることができなければそこを離れるしかない。これはセラノスに限らずどこに企業でも同じです。

    セラノスの「正しさ」は共同創業者のエリザベス・ホームズが定義していました。スタートアップは創業者チームの考えを具現化したものですから、これもスタートアップにはよくあることです。ここで描かれるセラノスは超ブラック企業ですが、残念ながらこれも多くの企業でよくあることです。後半は病的なまでに従業員、元従業員や関係者を攻撃するのですが、こういう会社も少ないながらあります。セクハラやパワハラはありますし、パートナー企業を徹底的に追い詰める企業も存在します。必ずしも組織や人事が従業員を守ってくれるとは限りません、残念ながら。「そんなことない」と言える人はラッキーです。では、そこまでありふれたことなのであれば、セラノスの場合はどうしてここまで大きな事件になったのか?

    セラノスが事件となった理由

    これが純粋にテクノロジーのスタートアップだったらあまり問題になりません。創業者が間違っていたとしても、会社が潰れるだけですから。大企業の場合は正常に機能していればそのような因子を排除するように動くのですが、これには時間がかかります。自浄作用が働かなくても噂は止められません。

    ところが、人の命に関わる分野はそうはいきません。間違ったことが起きないように規制やルールがあります。どれだけ起業家が「正しい」と主張しようと、法律以上に「正しい」ことはありません。スタートアップの主観的な「正しさ」は法律の客観的な「正しさ」を上書きできません。

    もちろん、グレーゾーンはたくさんありますし、グレーゾーンにこそチャンスがあります。Fintechスタートアップなら金融に関する規制、Uberのようなシェアエコノミーなら道路交通法など準拠しなければいけない法律があります。グレーゾーンとは黒ではない、誰も試したことがないことですね。その境界線をどこまで押せるのか。どこまで黒で、どこからが白なのか、これを試しながら進んで行くのがスタートアップです。

    しかし、いつかは黒と白の線引きをしなければいけません。人の命に関わることならなおさらです。人の命はビジネスより大切です。電通社員の自殺事件でもそれはわかりますよね。セラノスはこの境界線の明らかに黒い部分を超えていました。

    歴戦の企業家や投資家がなぜ出し抜かれたのか

    セラノスを投資家として、ビジネスパートナーとして支えてきた人たちは素晴らしい経歴の持ち主達です。大手ドラッグストアチェーンのWalgreensやスーパーマーケットチェーンのSafewayのCEOは店舗にミニラボを設立する契約をしました。現トランプ政権の国防長官であるジェームズ・マティスは軍司令時代に海兵隊でセラノスのシステムを使う口利きをし、現職を受ける前にセラノスの取締役会に席をおきました。

    マイクロソフトの独禁法裁判で司法省を代表して一躍有名になったデビッド・ボイスもセラノスの弁護士としてその腕を(悪い意味で)ふるいました。元国務長官のジョージ・シュルツもセラノスで働いていた孫が不正を訴えても聞く耳を持ちませんでした。

    なんで?って思いますよね。

    スタートアップを測るモノサシ

    以前に紹介したエリック・リーズの『スタートアップ・ウェイ』にも書いてありますが、伝統的な経営とスタートアップの経営は異なります。予実管理や会計手法は伝統的な経営に適しています。予測できるビジネスには最適です。しかし、スタートアップは予測できないビジネスです。

    起業家が投資家にホッケースティックのような売り上げや利益の予測をピッチしますが、それを本気で信じて投資する人はほとんどいません。そもそも、そのアイデア自体が最終的なプロダクトになるとも限りません。ピボットはスタートアップには日常です。投資判断をする上で、プロダクトよりビジネスプランより大きいのはチームだと言われています。まあ、人に投資するわけです。

    セラノスを支えた素晴らしい経歴の持ち主たちはスタートアップを測るモノサシを持っていませんでした。エリザベス・ホームズという人を測るしかなかった。そして、見誤った。美人ですしね。

    セラノス事件の教訓

    セラノスの経営陣、特にエリザベス・ホームズとラメシュ・サニー・バルワ二がいつ自分たちが犯罪を犯しているのか気づいたのかはわかりません。しかし、いつかの時点で気が付いていたはずです。この二人がセラノス社内でモラルハザードになっていたとしたとしたら、弁護士のデビッド・ボイスとその法律事務所はセラノス社外で猛威を振るいました。彼も境界線を見誤った一人でしょう。デビッド・ボイスはこの件で晩節を汚した一人ですね。

    スタートアップは予想できないビジネスの上に成り立つモデルですが、白と黒の境界線は決めなければいけません。おそらくこの部分に関しては法のメスが入るのではないでしょうか。ベンチャーキャピタルも医療テックへの投資はもっと慎重になるかもしれません。しかし法に対するコンプライアンスは医療に限らず様々な分野に及びます。今回の事件でスタートアップのコンプライアンスがどこまで広がるかは注目に値します。

  • 書評|大人ためのリーンスタートアップ『スタートアップ・ウェイ』|”The Startup Way” by Eric Ries【2018年夏休み読書週間】

    書評|大人ためのリーンスタートアップ『スタートアップ・ウェイ』|”The Startup Way” by Eric Ries【2018年夏休み読書週間】

    イノベーションの実現を助ける手法としてリーン・スタートアップは有名です。用語としてMVPとかピボットとか聞いたことがある人もいるでしょう。『スタートアップ・ウェイ』は『リーン・スタートアップ』を書いて世の中にリーン・スタートアップを広めたエリック・リースの新著です。

    リーン・スタートアップはスタートアップだけではなく、どのような規模でも業態でも活用できる考え方ですが、今回のスタートアップ・ウェイではGEやアメリカ政府などの事例を紹介しながら大規模な組織や伝統的な業態での適応の仕方を紹介しています。今回は英語の原書を読んでの書評なので最近出版された翻訳版と少し用語が違うかもしれません。読むんだったらもちろん翻訳版を読んだほうがいいです。

     

    リーン・スタートアップ

    リーン・スタートアップ

    • 作者: エリック・リース,伊藤穣一(MITメディアラボ所長),井口耕二
    • 出版社/メーカー: 日経BP社
    • 発売日: 2012/04/12
    • メディア: 単行本
    • 購入: 24人 クリック: 360回
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    スタートアップ・ウェイ 予測不可能な世界で成長し続けるマネジメント

    スタートアップ・ウェイ 予測不可能な世界で成長し続けるマネジメント

    前提としての二つの経営

    経営には二つあるとエリック・リースは言います。一つは伝統的な経営(General Management)でもう一つは起業家の経営(Entrepreneurial Management)です。これまでのビジネスだけでなく、新しいイノベーションを起こす持続可能な経営のためにはこの二つの両方が必要だとエリック・リースは主張しています。

    伝統的な経営

    伝統的な経営は予測できる世界の中で有効です。予実管理とかパイプライン管理はビジネスは先が見通せることを前提にできている考え方です。それを支える会計ツールやSCM、CRMなど全て予実管理のツールです。

    このような伝統的な経営は市場が求める計画と予測を提供するために必要です。

    起業家の経営

    すでに確立したビジネスのある企業と違い、スタートアップは予測することができません。スタートアップが3年生き残る確率は10%未満です。ドットコムバブルやリーマンショックでも多くのスタートアップが潰れました。それでも生き残った企業はイノベーションを起こして伝統的な企業より大きな市場価値を生み出しました。

    予測ができないことを前提で様々な手法が生まれました。リーン・スタートアップはその一つですし、グロースハッキングやデザイン思考、ジョブ理論などたくさんの考え方が起業家の経営を支えています。

    スタートアップとイノベーションのジレンマ

    ボク自身の経験を振り返ってみれば、伝統的な企業とスタートアップでは求めているものが確かに異なっていました。

    伝統的な企業はよりスタートアップ的な考え方を取り入れたい。リーン・スタートアップやアジャイルなどを活用したイノベーションのやり方を知りたい。

    スタートアップはより伝統的な手法を取り入れたい。売上予測の立て方やそれを管理するためのパイプライン管理手法などを知りたい。GoogleやFacebookを見ればわかりますが、スタートアップはいずれ大企業になります。その成長の過程で伝統的な市場のニーズに応える方法を身につけなければいけません。しかし、その過程で起業家の経営は失われていきます。

    伝統的な企業で起業家経営をする

    スタートアップ・ウェイはどのように伝統的な経営と起業家の経営という二つの経営の考え方をどのように組織に定着させて持続可能なイノベーションを生み出す企業に変革できるかを説明しています。

    すでに多くの企業はイノベーション・ハブの考え方を取り入れています。このカタパルトスープレックスで紹介しているアメリカ政府の18Fやイギリス政府のGDSもイノベーションハブですし、以前に紹介したバークレイズ銀行のデザイン部門もイノベーション・ハブです。ボク個人も多くの国内外のイノベーション・ハブに関わってきました。

    スタートアップ・ウェイはその発展系とも言えます。ちなみにイノベーション・ハブというのはボクが勝手に作った造語ではなく、欧米では割と頻繁に使われている言葉です。イノベーション・ラボとも言います。

    スタートアップ・ウェイに必要なこと

    イノベーション・ハブは伝統的な企業がスタートアップ的な手法を取り入れる時に有効です。しかし、経営レベルでは伝統的な経営に留まります。スタートアップ・ウェイの新しいところはリーンスタートアップという手法を取り入れるだけでなく、経営レベルで持続可能なモデルを提案しているところでしょう。

    単に手法だけを知りたければ前著の『リーン・スタートアップ』で十分です。これをボトムアップで経営レベルまで持っていくにはどうしたらいいのかというのが『スタートアップ・ウェイ』の主題となっています。これを読めばどのような組織を作り、どのように管理をすればいいのかがおおまかに理解できます。

    どんな人にオススメか

    経営者の人には読んで欲しいですね。あと、開発や新規事業を担当する役員やマネージャー。エリック・リースの特徴はとても奥深い考察に基づくフレームワークの提供です。実際の手法となると実は以外と提示されていない。だからこそ、『リーンスタートアップ』の後も様々な関連書籍が発売されたのです。

    例えばリーン・スタートアップでは「挑戦の要となる仮説(Leap of Faith Assumption)」という考え方が紹介されていますが、具体的にどんな仮説を立てればいいのか悩む人は多いかと思います。仮説には顧客/プロダクトの軸とアイデア/実証の軸があって、この四象限で考えないといけない。そこまで細かいことはエリック・リースの本には書いてありません。具体的な手法が知りたい人はこの後に発売されるであろう関連書籍をお勧めします。もちろん、ボクもお手伝いできます(お問い合わせはTwitterまでDMで)。

    Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)

    Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)

    • 作者: アッシュ・マウリャ,渡辺千賀,エリック・リース,角征典
    • 出版社/メーカー: オライリージャパン
    • 発売日: 2012/12/21
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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    Lean Analytics ―スタートアップのためのデータ解析と活用法 (THE LEAN SERIES)

    Lean Analytics ―スタートアップのためのデータ解析と活用法 (THE LEAN SERIES)

    • 作者: アリステア・クロール,ベンジャミン・ヨスコビッツ,林千晶,エリック・リース,角征典
    • 出版社/メーカー: オライリージャパン
    • 発売日: 2015/01/24
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
    • この商品を含むブログ (4件) を見る
     

    id:i2key さんがとても詳細な『スタートアップ・ウェイ』の紹介をされているので、興味がある人はまずこちらを読んでみるのもいいかもしれません。

  • グローバルコミュニティーの作り方|第三回:Product Hunt|スタートアップの登竜門

    グローバルコミュニティーの作り方|第三回:Product Hunt|スタートアップの登竜門

    前回に引き続き今回もProduct Huntです。前回はProduct Hunt自身のコミュニティーづくりについてでしたが、今回はProduct Huntを実際に使ってどのようにコミュニティーを作るかを解説します。

    王道の流れはProduct Huntで上位にランクし、主要なメディアに取り上げられるというパターン。ここではProduct Huntの掲載方法と、それを主要メディアにフォローアップして掲載してもらうまでの流れを説明します。海外展開に海外のPR会社を雇う必要ありません。英語さえできれば個人で全部できます。ボク自身もService Dioramaでやりましたので、その経験に基づいて解説します。海外で自分のプロダクトについて知って欲しければ、この方法を試してみましょう。

     

    Product Huntとは

    アメリカ、ヨーロッパ、シンガポールといった英語圏のスタートアップがプロダクトをローンチする時にまず掲載を目指すサイトがいくつかあります。いきなりTechCrunchThe Next WebThe VergeといったメジャーなTechメディアでの掲載は無理です。もっと現実的に考えましょう。Redditの関連Sub RedditやHacker Newsは誰でも投稿できるのでやって損はありません。しかし、Redditはカルマが溜まってないとほぼ無視されますし、Hacker Newsも相当クールでないと無視されます。

    Product Huntは新しいプロダクトやサービスのランキングです。一般の人が掲載、投票します。ランキングは毎日変わって、その日にローンチした面白いプロダクトやサービスを知ることができます。新しモノ好きにはたまらないサイトです。プロダクトをローンチする側からしたらアーリーアダプターの集まりとも言えます。そういう意味ではオーディエンス的にはKickstarterにも似ていますね。

    Product Huntに自分のプロダクトを掲載する

    Product Huntに自分のプロダクトを掲載してもらう方法は二つあります。一つは掲載する権利を獲得して、自分で掲載する。もう一つは掲載する権利を持っている人に自分のプロダクトを掲載してもらう、です。

    自分で掲載する

    Product Huntに新しいプロダクトを掲載する(コントリビューターになる)には一定の条件があって、Product Huntのコミュニティーでの貢献が認められた人だけが掲載できます。明日プロダクトローンチだから今日Product Huntに登録しても、すぐには掲載できる権利はもらえません。

    ボクの場合は掲載できる権利がもらえるまで3カ月くらいかかりましたが、現在はこちらから確認することができます。ただ、最初はフォロワーが少ないので、掲載しても気づいてもらえない可能性があります。

    他人に掲載してもらう

    すでにProduct Huntのコントリビューターになっている人に人に掲載してもらう方法もあります。自分のサービスと似たようなサービスを掲載した人のプロフィールをチェックして、Twitterなどでコンタクトしてみるといいでしょう。その人自身が「あ、これは面白いな」と思ってくれればProduct Huntに登録してくれるでしょう。ボクも掲載できますが、やっぱり自分がいいサービスだと思わないと掲載はしませんね。自分のサービスはすげーからグローバルに知ってほしい!という日本のスタートアップはTwitterでご連絡ください。ただ、あとで説明する事前準備やフォローアップは自分でやってくださいね。

    掲載できる人のフォロワーが多ければ多いほど、たくさん票が入る可能性があります。

    掲載する事前準備

    成功はどれだけ準備できているかにかかっています。例えば、Product Huntに掲載しても上位に入らなければ意味がありません。上位に入っても主要メディアに取り上げられなければ効果は半減です。事前準備は非常に重要です。

    Product Huntで上位に入るための準備

    先ずは掲載された後にランキングで上位に入らなければいけません。できればトップになりたいところです。

    投票してくれそうな人と関係を作る

    Product HuntはRedditと少し似ていて、人によって一票の重みが違います(明示的にそうは説明されていませんが、経験上そう思います)。新しい人よりも常連の一票のほうが重い。自分のサービスに投票している友達を大量にProduct Huntに登録してもらうという行動はよくあります。そういう投票はあまり信用できませんよね。Product Huntを継続して利用している人の方が目利きの信頼性が高いと言えます。そこで、自分のサービスに興味がありそうな人を事前調査して、そのような人たちとコメントやメッセージでコンタクトをすることをお勧めします。

    友人や関係者に投票してもらうことは推奨されていません。注意しましょう。

    Product Huntだけの特別キャンペーンを準備する

    多くの成功しているキャンペーンはProduct Hunt用の特別なランディングページを準備しています。例えば、Product Huntのオーディエンスはほぼ英語圏の人たちなので、英語のランディングページでなければいけません。日本語のランディングページではダメですよ。

    他にもProduct Huntならではのイメージを出すためにGlasshole Kittyを使うこともオススメです。Glasshole KittyはGoogle Glassをつけた子猫のイメージで元々はProduct Huntのファンが作ったものを喜んだProduct Huntのスタッフがオフィシャルなイメージとして採用したものです。

     多くのプロジェクトはGlasshole Kittyを使った特別なランディングページを用意します。もし、プロダクトが有償なのであれば特別なキャンペーンコードを準備してProduct Hunt経由でランディングページに来てくれた場合は特別なディスカウントを提供する場合もあります。

    事前にメディアとコンタクトを取る

    もしProduct Huntで上位になった場合、主要メディアでの掲載を目指します。これもProduct Hunt掲載前に準備をしておくといいでしょう。

    メディアキットを作る

    どのようなメディアにどのようなストーリーで取り上げてもらうのか?何がユニークで何が強みなのか。これが簡単に説明されているメディアキットを作っておきます。スクリーンショットとかイメージ写真も用意してメディアキットに含めましょう。プロダクトを説明するビデオがあればベスト。これらはProduct Huntのプロダクト説明でも使えます。

    プレスリストを作る

    そして、各主要メディアで自分のプロダクトを取り上げてくれそうな記者をリストアップします。スタートアップ、ライフサイエンス、IoTなど記者によってカバー範囲が異なるので、適切な記者にコンタクトをすることが重要です。ハードウェアの記者にソフトウェアを紹介しても無視されるだけです。

    コンタクトする

    コンタクトはTwitterかメールで行います。どの記事を読んで記者を知ったのか(ちゃんとあなたの専門分野と興味がわかってコンタクトしているという意味)、その分野で新しいプロダクトを準備している、ローンチする日(Product Huntに掲載する日)はいつという情報をメディアキットを添えて記者に伝えます。もし興味も持ってくれれば事前に試してくれる可能性もあります。

    返信の可能性が高いのはメールではなくTwitterです、特にDM。対象の記者をフォローしてどのような発信をしているのか知りましょう。そして、返信したりリツイートしたりしましょう。ちゃんと関係性を事前に作っておくことが大事です。ボクの場合はTwitterでメディアリストを作りました。

    タイミングが合わずに掲載にはなりませんでしたが、Product HuntでService Dioramaのローンチ前にThe Vergeの記者と記事掲載に向けた話ができました。

    注意事項:タイムゾーンを意識する

    Product Huntはリアルタイムのランキングです。見て欲しいオーディエンスに見てもらうためにはタイムゾーンを意識する必要があります。英語圏なら先ずはアメリカですよね。そして、アメリカで最初に朝になるのは東海岸(ニューヨークなど)で、イギリスはまだお昼ですね。つまり、東海岸の朝に掲載することが重要です。Product Huntはアメリカの時間で前日のリストがリフレッシュされるので、東海岸でトップに入ればその日は上位を継続できる可能性が高まります。西海岸の朝に東海岸の昼。

    日本だけで働いているとタイムゾーンを意識したプロダクトローンチをしませんが、グローバルでプロダクトローンチをする場合はタイムゾーンを意識する必要があります。

     

  • グローバルコミュニティーの作り方|第二回:Product Hunt|プロダクトのコミュニティーづくり

    グローバルコミュニティーの作り方|第二回:Product Hunt|プロダクトのコミュニティーづくり

    スタートアップのグローバルコミュニティーはStartup Grindなどいくつかあります。その中でも特にオンラインでグローバルに存在感があるのはProduct Huntでしょう。Product Huntは英語のサイトなので日本ではあまり知られていませんが、英語圏ではスタートアップの登竜門とも言える重要なサイトです。

    今回はProduct Huntのそもそもの成り立ちについて解説します。Product Hunt自体はどうやってグローバルなコミュニティーを構築したのでしょうか。また、ZapierやBufferの創業者といったもっと有名な人たちとやっていたStartup Editionはうまくいかなかったのはなぜでしょうか。

     

     

    Product Huntを立ち上げる前、ライアン・フーヴァーは「ギグ経済」に生きていました。「ギグ」とはスポットの小さな仕事のことで、フリーランスがスポットの仕事をしながら生計を立てるスタイルを指します。以前の記事「書評|ソーシャルメディアの協同体|”Ours to Hack and to Own” by Trebor Scholz and etc」でも紹介したように、クラウドソーシングやシェアリング経済による搾取の仕組みは海外では徐々に批判の対象となりつつあります。

    ライアンも自分の価値が時間によってのみ測られる「ギグ経済」に不満を持っていました。そのアウトプットがどのような価値を産もうと1時間は1時間ですからね。ところが、Product HuntのMVPは20から30分、Product Hunt自体は8日間でローンチしています。そして、Angellistによって2000万ドル(約20億円)で買収されます。

    プロダクトのシグナル

    不満があっても具体的なアイデアがなければどうしようもありません。Product Huntのアイデアは「シグナル」という形でライアン・フーヴァーに訪れます。最初のシグナルはMessageMe(後にYahoo!が買収)でのチャットでした。ここに30人ほどの多くの起業家や投資家が集まり新しいアプリやサービスについてチャットしていました。

    そのほかにもオフラインでのシグナルがありました。映画が好きな人たちなら「この前あの映画見た?」のような会話をします。スタートアップが好きなら「あのアプリ試した?」のような会話をします。ある意味テンプレ化した会話ですね。しかし、このようなオフラインではテンプレ化した会話がオンラインではない。これもシグナルでした。

    最初のMVP

    ロンドンのMakeshiftが作ったLinkydinkというシステムで2013年11月に作ったメーリングリストがProduct Huntの最初のプロトタイプでした。ライアンが自分自身でRuby on Railsで作れば数週間かかるところ、Linkydinkを使えば20から30分でできました。

    ライアンはプログラミングもできましたが、どちらかといえばハッカー(デベロッパー)というよりはハスラー(ビジネス)の素養がありました。ライアンはProduct Huntを立ち上げる前にニール・イヤールのベストセラー”Hooked”(邦題:Hooked ハマるしかけ 使われつづけるサービスを生み出す[心理学]×[デザイン]の新ルール)の執筆を手伝います。そのため、行動心理学に基づいたデザインややり方を採用しています。ゴールは仮説を検証することで、システムはそれを検証するためという割り切りができています。

    Linkydinkで作ったメーリングリストのMVPの目的は「流行りのプロダクトのリストが求められている」という仮説の検証でした。 スタートアップはリスクがたくさんあります。そのため、最初は細かにリスクを取り除いていきます。「早く、安く、多く失敗する(Fail fast, fail cheap, fail often)」のはこのためです。

    結果は素晴らしいものでした。Sequoia CapitalやUnion Square Venturesといった大手のヴェンチャーキャピタルのほか、有力なスタートアップから大きな反応がありました。二週間で170人が新たにメーリングリストに登録しました。この成功の裏にはProduct Huntのアイデアの素晴らしさもありますが、ライアン自身のネットワークもありました。ライアン自身はブログ記事を多く書き他の媒体にもゲストライターとして記事を書いていました。こうしたオンライン上の信頼(Credibility)は何かをはじめる上で非常に重要だと振り返っています。

    LinkydinkでのMVP成功(クレジット:Ryan Hoover)


    プロダクト開発

    MVPで仮説が検証されたため、プロダクトとしてのProduct Huntのローンチの準備を始めます。ライアン自身も開発はできるものの、それほど複雑なことはできないため開発ができる人を見つけるために心当たりのある友人何人かにメールをします。

    その中でいい返事をくれたのがネイサン・バショウでした。

    ライアン「シンプルで技術的な知識がなくてもサクッと立ち上げるにはどうしたらいい?」

    ネイサン「もうすご感謝祭(11月の後半)で実家に戻るから、一緒にやってみる?」

    ライアン「もちろん、スゲーうれしい!」

    そして、8日後にできたのがProduct Huntでした。

    最初のProduct Hunt(クレジット:Ryan Hoover)

     

    当時、ライアンはフリーランスとして他の仕事をしていて、ネイサンもGeneral Assembly(WeWorkの教育版みたいなもの)でフルタイムで働いていました。数ヶ月はお互いにサイドプロジェクトとしてProduct Huntに関わります。

    サイドプロジェクトからスタートアップに

    2014年はProduct Huntにとって転換期となりました。ネイサンが仕事の関係でニューヨークに移り住むことになったのです。ライアンとネイサンはフルタイムでProduct Huntにコミットするか話し合いました。そして、ライアンはProduct Huntにフルタイムでコミットし、ネイサンはサイドプロジェクトのままニューヨークに移り住むことになります。

    スタートアップにフルコミットするのは大変です。安定した職業についていれば特にです。MailChimpも初期メンバーが抜けていますし、Dribbleもフルタイムになるまで時間をかけましたよね。Product Huntでも同様でした。

    Product Huntの場合、2014年7月にAirbnbと同様にY Combinatorのプログラムに合格することでフルタイムでのコミットメントの道が拓けます。さらに2014年の後半には610万ドル(約6億1000万円)の資金調達に成功します。

    コミュニティーの育て方

    ライアン自身はブログやミートアップを通じてサンフランシスコのスタートアップコミュニティーとつながりを持っていました。これがProduct Huntのコミュニティーのタネになります。これにメーリングリストやProduct Huntへの登録によって徐々に増えていきます。ライアンはコミュニティーをはじめる場合、このコミュニティーのタネとなる人達が一定の人数まで集まる必要があると考えています。

    このコミュニティーのタネをライアンは慎重に育てました。例えば、登録したばかりのユーザーはコメントをすることができませんでした。ボク自身もある程度Product Huntでの活動(投票やTwitterでのシェア)を継続的にして、ようやくコメントをすることが認められました。いまではそうでもありませんが、スタート当初はコミュニティーの雰囲気をよくコントロールしていました。

    最初のタネとなる人達はすでになんらかの形で知り合いです。これらの人たちはすでにエンゲージされている状態なので、特別な何かは必要ありません。しかし、新しく参加する人達もいます。ライアンはProduct Huntに登録してくれた人たちに一人一人お礼のメールを書きました。テンプレートを使わず、コピペもせず、一件づつ丁寧に。そして、Product Huntで特にアクティブな人には「Product Huntが好きそうな友達がいたら是非紹介して!招待状を送るから!」とアプローチしました。このようにユーザーを徐々に増やしながらよい雰囲気のコミュニティーに育てていきました。

    コミュニティー管理の問題

    もちろん、登録したユーザーに自動でテンプレ化したメッセージを送ることもできました。しかし、初期のコミュニティーづくりにはこのような手作り感が重要だと考えました。

    また、コミュニティーのサイズが大きくならないようにも注意を払いました。これはライアンとネイサンの二人しかいないので管理が行き届かないという問題もありました。Dribbleでも同じ理由で招待制にしていましたが、Product Huntもやはり最初は招待制でした。初期の頃は大きなオープンなコミュニティーよりも小さな町の集会のようなコミュニティーであることに心がけました。

    少し前にやっていたStartup Editionがサイドプロジェクトでとどまっていたのは、このようなコミュニティーが無かったからとも言えます。有名人がコンテンツを書いてもそれはいつか尽きてしまいます。

    コミュニティーのスケールアップ

    手の届く範囲で徐々にコミュニティーを作ると言ってもライアンはサンフランシスコ、ネイサンはニューヨークです。アメリカはとても広いので、その間には大きな空白地帯があります。オンラインでカバーするにしても親密さはなかなか生まれません。

    Product Huntがオフラインをカバーした方法がハッピーアワーです。ハッピーアワーはProduct Huntのファンが集まるミートアップのことです。それぞれの国や地域にProduct Huntのコミュニティーがあって、その人たちが集まる支援をProduct Huntがしています。

    ただ、これにもなかなか難しくって、ボクの場合はシンガポールのハッピーアワーには参加しましたが、アムステルダムのハッピーアワーには参加しませんでした。それを取り仕切る人の人望って大事なんですよね。主催者が仕切り屋すぎると参加者は受動的になるし、「自分たちのコミュニティー」というより「主催者のためのコミュニティー」という感じになってしまう。アムステルダムがまさにそんな感じでした。その地域のコミュニティーのために献身的に働いてくれる人でないと難しい。

    参考記事

    The Product Hunt Story: How it all began according to its founder Ryan Hoover

    How To Build Active Online Communities: Q&A With Product Hunt Founder Ryan Hoover

    Product Hunt Began as an Email List | Ryan Hoover

    Hunting for Habits: Keying in on smart design to… | Ryan Hoover

    How We Got Our First 2,000 Users Doing Things That Don’t Scale

  • グローバルコミュニティーの作り方|第一回:Kickstarter|クリエーターのためのコミュニティー

    グローバルコミュニティーの作り方|第一回:Kickstarter|クリエーターのためのコミュニティー

    21世紀のビジネスの特徴にコミュニティーの重視があります。20世紀だとブランドロイヤリティーが重要視されていましたが(もちろん、今も重要視されていますが)、コミュニティーはその一歩進んだ考え方です。ハーレーダビッドソンとかいい例ですよね。ハーレーダビッドソンのバイクに乗る人にとってはライフスタイルの象徴なわけです。これがブランドロイヤリティーの源泉ですね。そして、それはハーレーダビットソンを愛する人たちのコミュニティーで維持されている。コミュニティーがなければロイヤリティーもありません。今回の特集ではビジネスにおけるコミュニティーの重要性についてみていきたいと思います。

    第一回目はクラウドファンディングのKickstarterです。物理的なプロダクトを作るときの資金集めでクラウドファンディングは非常にありがたい存在です。OculusもPebbleもグローバルなプロダクトですがKickstarterがなければ存在しませんでした。

     

     

    そもそもクラウドファンディングとは

    資金を一般から調達するパブリックファンディング自体は昔からあって、新しいアイデアではありません。ホメロスは『イーリアス』の翻訳のため750人の支援者をパブリックファンディングで獲得して出版しました。モーツァルトもコンチェルト作成のためにパブリックファンディングを行いましたし、自由の女神もパブリックファンディングです。あれ、税金で作ってないですからね(本体はフランスからの贈り物で、台座はアメリカ側で一般の募金で資金調達)。

    このパブリックファンディングをインターネットで行うのがクラウドファンディングです。

    クラウドファンディングで成功するために必要なコミュニティー

    クラウドファンディングで成功するにはコミュニティーが必要です。そして、クラウドファンディングのコミュニティーには二つのレイヤーがあります。一つはその商品独自のコミュニティー。もう一つはクラウドファンディングのプラットフォームがもつコミュニティーです。

    商品独自のコミュニティー

    以前にインタビューしたIoTプラットフォームのThe Things Networkの場合、クラウドファンディングをはじめる前にワークショップをたくさん開催しました。実際にツールに触れてもらい、簡単にIoTネットワークを構築できることを体験してもらいました。そして、ワークショップ参加者の中から「早くこの商品が欲しい!」という声が十分あがるまで待ちました。例えば、支援する人(バッカー)が100人必要だったら、最初の20人をこのコミュニティーの中から確保する必要があります。以前に「Kickstarterで資金調達するときに大事な三つのこと」という記事を書きましたが、数日で20%達成したプロジェクトの79%は成功するからです。

    この商品独自のコミュニティーはローカルなコミュニティーで構いません。The Things Networkの場合も最初はアムステルダムでワークショップをやってました。オンラインのプロダクトならいきなりWebでグローバルもありでしょうが、今回はクラウドファンディング(=物理的なプロダクト)ということで物理的なプロダクト前提です。オンラインは第二回:ProductHuntでカバーします。

    プラットフォームのコミュニティー

    クラウドファンディングのコミュニティーは言語で分断化されています。本当の意味でグローバルなプラットフォームはまだありません。日本(だけ)でクラウドファンディングをしたければやっぱりMakuakeCampfireの方がいいですし、中国(だけ)だったらJD.comのジョンチョウ(众筹)でしょうし、韓国(だけ)だったらWadizでしょう。しかし、できるだけ多くの国をカバーしてグローバルコミュニティーに広げるならば英語でKickstarterでということになります。*1

    前置きが長くなりましたが、クラウドファンディングのプラットフォームにはその中に独自のコミュニティーがあります。Kickstarterは独自のコミュニティー作りに成功していて、その特徴の一つがリピート率です。Kickstarterは統計を公開していますが、クラウドファンディングを支援する人(バッカー)の30%以上がリピーターです。単純に考えると商品独自のコミュニティー(20)にプラットフォームのコミュニティー(30)を足せば半分以上がコミュニティーからの資金調達になります。残りが新規ですね。新規を獲得するのは大変ですから、コミュニティーの割合が高いほど成功の確率は高まります。

    それほどクラウドファンディングにとって大切なコミュニティーなのですが、そもそもKickstarterはどうやってコミュニティーを作り上げたのでしょうか?先に答えを言ってしまうとほぼ何もしていないです。では、どうやってここまで大きくなったんでしょう?

    Kickstarterのはじまり

    ペリー・チェン(2001/2002)

    Kickstarterの創業者の一人であるペリー・チェンはニューヨークで生まれて、ニューオリンズに移り住んでいました。2001年か2002年の頃の話です。いろんな仕事を掛け持ちしながら音楽もやっていました。音楽が好きだったら考えますよね。自分で好きなアーティストを呼べたらなあって。ペリー・チェンも同じことを考えていて、そのためのWebサイトとかあればいいのにと思っていました。でも、彼自身はデベロッパーでもないし、デザイナーでもないのでアイデアだけでとどまっていました。

    ヤンセイ・ストリクラー(2005)

    しかし、人生で選択を迫られる時ってあるものです。ペリー・チェンはニューオリンズで仕事がなくなって、ニューヨークに帰ることになりました。だったらレストランで働きつづけるより、自分のやりたいことを追いかけてみたら?そう考えたそうです。そして、ニューヨークに戻ってからウェイターとして働いていたレストランで二人目の創業者のヤンセイ・ストリクラーと出会います。これが2005年。そのレストランの常連だったヤンセイは音楽雑誌の記者だったので話があったのでしょうね。ペリーの考えているアイデアを二人で具体的にイメージしていきました。

    ペリー・チェンが描いた初期のワイヤーフレーム

    チャールズ・アドラー(2007)

    三人目の共同創業者のチャールズ・アドラーはシカゴのWebのデザインエージェンシーのAgency.com(今は吸収合併されて別の名前)に長年勤めていました。ほぼ初期メンバーですね。最後の方は(あまりやりたくない)営業職でしたが、それもこなしていました。上司とクライアントに行く途中に飛行場で「キミが失敗してもクビにしないから安心したまえ」と言われました。(ざけんじゃねーよ、オレはこの会社の苦しい時からやってきてんだ。てめー何様だ)と内心思いました。ちなみにこの上司は前の会社をクビになって移ってきたそうです。そして、チャールズは会社を辞めてニューヨークへ行きます。

    チャールズはニューヨークで自分のデザインスタジオを設立しました。そして、友達からペリーを紹介されます。最初にペリーと電話で話をした時、ぶっちゃけクライアント候補と考えていたそうです。ペリーは電話でアイデアについてまくし立て、チャールズは大まかに理解しました。まだ存在しないアイデアだけを人に伝えるのは難しいことも含め理解しました。そして、面白そうだと思いました。

    まず、数週間だけ一緒にコラボレーションすることにしました。まあ、ビールを奢ってくれればいいよと。その間に何か意味のあるものが生まれなかったらやめればいいし、意味があるものが生まれたらその時に考えようと。そして、それが続くことになります。チャールズが参加してから紙のワイヤーフレームからデジタル版に進みはじめました。チャールズは開発とデザインの両方ができました。ちなみに、これは2007年の話で、三人とも別の仕事をしていました。アイデアで食べていけませんからね。

    チームの立ち上げとローンチ(2009)

    チャールズは開発を進めるためにチームを作りはじめます。最初は外部の開発会社やデザインエージェンシー。4回目でようやくこれはと思えるチーム(アンディー・バイオとランス・アイヴィー)に当たったそうです。スタートアップの場合はあまり大きな金額を払うことができないので、株で参加してもらうことが多いですよね。Kickstarterも同様でした。

    そしていよいよ2009年にローンチします。最初の着想から8年ですね。最初にペリーがグレース・ジョーンズのTシャツプロジェクトを立ち上げ、ヤンセイがその最初の支援者となりました。この時点で初めて正社員を雇います。

    Kickstarterがマーケティングらしいことをしたのは50人の友人にプロジェクトをスタートさせる招待状を渡したこと。そしてその50人がそれぞれ5人の友達を招待できるように招待状をプレゼントしたことでした。たったそれだけ。そしてローンチから三日目で最初の成功プロジェクトが生まれました。

    Kickstarterにとってのプロダクトとコミュニティーとは

    Kickstarterの創業者たちはKickstarterをクラウドファンディングと言ったことはないそうです。Kickstarterはクリエーターが自分たちのやりたいことを実現するためのプラットフォームなのだそうです。その仕組みがたまたまクラウドファンディングだったと。

    そして、クリエーターを支援したい人たちがプロジェクトを見つけることができる場所でもある。クリエーターは自分たちのプロジェクトとともに自分たちのコミュニティーをKickstarterに呼び込み、Kickstarterのコミュニティーは徐々に広がります。

    参考文献

    Startup Grind Chicago Hosts Charles Adler (Co-founder Kickstarter) – YouTube

    at first i remember standing in my kitchen talking…

    How Was The First Year Of Kickstarter?

    Happy 3rd Birthday, Kickstarter! — Kickstarter

    Kickstarter and the Economics of Creativity (Full Session) – YouTube

    Employee #1: Kickstarter

    On to the next 2,271 days… – Hacker Noon

    Eight Years of Kickstarter (1 of 2) – Lance Ivy – Medium

    関連記事

     

    *1:日本語でKickstarterはオススメしないです。日本語なら素直にMakuakeでやりましょう。Makuake(日本語)で成功してから、次のステップででKickstarter(英語)やジンチョウ(中国語)というのはアリです。

  • 中国のヨドバシカメラ JD.comが日本企業から学んだこと

    中国のヨドバシカメラ JD.comが日本企業から学んだこと

    中国のスタートアップはすでに巨大プラットフォーマーとなったアリババ、テンセント、バイドゥのBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)の他、それに続くユニコーンのトウティアオ、メイトゥアン、ディディチューシンのTMD(Toutiao, Meituan-Dianping, Didi) について記事を見かけることは多いかもしれません。今回取り上げるJD.comはすでにIPOしているのでユニコーンというよりもすでに大企業ですが、その傘下の物流企業や金融企業はまだ非上場なのでユニコーンとして数えられています。

    JD.comを日本の企業で例えるとヨドバシカメラですかね。ヨドバシカメラもそうですが、家電は意外とAmazonの手が届きづらいのか、世界で競合会社があります。アメリカならベストバイですし、ヨーロッパだとドイツのメディア・マルクト(Media Markt)やフランスのフナック(Fnac)とか。それにしてもなんでJD.comはこれほど成功したのでしょうか?

     

    大学時代と最初の失敗

    中国の起業家ではよくある話のなのですがJD.com(京东)を立ち上げるリチャード・リュウ(刘强东)の家庭も貧しく、北京大学入学のために上京してきた時、家庭からの仕送りをもらわないことに決めて、プログラミングをしながら学費と生活費を稼ぎました。

    そして、リチャード・リュウの起業人生は大学四年の時に大学近くのレストランをプログラミングで稼いだお金と親族からの借金の24万元で買ったことからはじまります。このレストラン業が失敗して資金を失っただけでなく20万元(日本円で330万円くらいですが、当時の中国での価値はもっと大きかったでしょうね)の借金を背負うことになります。起業という甘い夢。魔が刺しちゃったんですかね。

    しかし、この失敗で起業の夢を失うことはなかったようです。ただ、借金は返さないといけないので、卒業後は日本生命の中国支社に就職します。日本企業ではミスが許されない文化でした。大学時代のアルバイトや最初に経営したレストランではミスを許していました。このミスを許さない姿勢に大きく影響を受けたそうです。更に、物流、調達、ITなど様々な経営の仕組みを学んでいきます。

    起業と失恋

    借金を全て返済したリチャード・リュウは1998年に再び起業します。これがJD.com(京东)です。なんと、後にライバルとなるアリババの一年前に起業してるんですね。最初は親に黙って起業しました。しかし、不審に思った母親が事前の連絡なしに北京を訪れ日本企業をやめてしまったことがバレたそうです。そして、そのことにすごく悲しんだそうです。しかも、当時付き合っていたガールフレンドからも起業が原因で別れを告げられてしまいます。当時の中国ではスタートアップはならず者のやることだったんですね!まあ、日本でも似たようなもんだったでしょうね。

    それにしても、金もない、技術もない、頼る人もいない中での起業で、周りからの理解も得られなかったのはツラかったそうです。それでもやるのがすごいと思います。

    オンラインビジネスへの転換のきっかけ

    当時のビジネスはパソコンショップでした。まだあまりパソコンの操作に慣れた人がいなかったため、差別化のために無償トレーニングを提供していました。Gome(国美電器)が最も大きいパソコンショップチェーンで、いつかはGomeのようになると考えていたそうです。そんな夢を打ち砕いたのがSARSでした。

    これはアリババの映画でも確認できますが、SARSが猛威を振るっていた頃(2002年11月から2003年7月)、外出は制限されていました。リチャード・リュウも店を閉めて、在庫管理を家からしなければいけませんでした。顧客とのコンタクトは店のオンラインフォーラムで、ここで全てのやりとり不眠不休でおこないました。

    この経験でオンラインでのビジネスの可能性を見出します。SARSの脅威がなくなり、店を再び開けましたが、2004年1月1日にオンラインビジネスに転換することを決めます。これが正式な起業の年となります。最初は三人のスタッフと98種類の製品でのスタートでした。この時、リチャード・リュウは30歳でした。そして翌年には店舗を占めて完全にオンラインでビジネスを行うことを決めます。そして起業から10年でIPOすることになります。

    リチャード・リュウがSARSの期間に気づいたのは、日本企業に勤めていた時に学んだ物流の大切さだったそうです。そこで、オンラインビジネスに舵を切る時に物流に力を入れることにします。

    起業から十年間、何度もやめようと思ったそうです。IPOの時は40歳でしたが、かなり白髪が増えたそうです。実際にJD.comは利益が出ていません。Amazonは戦略的な投資を多く行うことで利益を出さないことで有名ですが。JD.comもロボットやドローンを使った最先端のロジスティックに投資していますが、AmazonにとってのAWSのような次の「金のなる木」が見つかっていないのが気になります。

    (ソース:Stockclip)

    大企業の目論見

    利益が出ていないにも関わらず、JD.comはテンセントやウォルマートが投資をしています。これは中国のeコマースがまだまだ成長するという期待もあるのでしょうが、それぞれの企業の思惑が大きい気がします。つまり、JD.comを理解するにはそれを取り巻くエコシステム全体を理解する必要があるということです。

    eコマースは大きく分けてC2CとB2Cの二種類があります。日本を例に例えるとC2Cはヤフオクや楽天市場の個人商店。メルカリもそうですね。B2Bはアマゾンやヨドバシドットコムですね。中国のeコマースではアリババが有名ですが、C2Cがタオバオ、B2CがTmallと二つのプラットフォームを運営しています。ちなみに本家のアリババはB2Bのコマースサイトですね。そして、JD.comはB2Cのeコマースなので直接競合しているのはTmallになり、この分野ではJD.comは最大のシェアを持っています。

    テンセントの目論見

    IPO前にテンセントがJD.comが投資により株式を15%取得して筆頭株主になっています。テンセントとしてはアリババのAlipayとの競合の関係上、WeChatの優位性を持たせるためにコマースなどO2Oのパートナーが欲しい。ペイメントに関しては常にアリババが先行していて、テンセントは追う立場ですからね。そこで白羽の矢が当たったのがB2CのeコマースでトップシェアのJD.comでした。

    この効果はJD.comにとっても絶大だったようで、新規顧客の1/3はWeChatからのトラフィックだったそうです。上のチャートを見てもらえばわかるように、売上げも営業利益率も2015年から改善しています。売り上げはわかるけど、なぜ利益まで?それはこのパートナーシップのおかげで5年間は無料でWeChatから送客されることが大きいと思います。つまり、1/3の新規顧客のCPA(Cost Per Acquisition)がゼロな訳です。そりゃ利益も改善するよ。

    ウォルマートの目論見

    中国市場を狙っているのはウォルマートも同じです。ウォルマートは2011年から日用品のeコマースサイトのイーハオディエン(1号店)に投資をし続け、2015年には完全買収をしました。イーハオディエンもカテゴリーとしてはJD.comと同じB2Cのeコマースです。しかし、一度は手にした100%資本の中国法人ですが、2016年にあっさりと5%の株式交換でJD.comに売却してしまいます。これによりウォルマートもJD.comの大株主に仲間入りです。これは勝ち馬に乗ろうということでしょうね。

    Googleの目論見

    Googleも少額(それでも5億5000万ドル)ではありますがJD.comに投資をすることを2018年6月に発表しました。そして、それに先立つ2018年1月にテンセントとGoogleは特許の共有協定を締結しています。偶然なんですかね?

    Googleは検索においてバイドゥ(百度)とガチバトルをして中国市場から撤退した経験があります。それから2017年にAIを軸にして中国市場に足場を築こうとしています。これは想像なんですが、Googleはガチバトルではなく、パートナーシップで中国市場にプレゼンスを確保する戦略に切り替えたのではないでしょうか。

    参考資料

    京东创始人刘强东创业史:女朋友父母认为我是耻辱_创业&资本 – 前瞻网

    刘强东的创业经历和故事,讲述刘强东的创业史

    Q&A: JD.com Founder and Chief Executive Richard Liu – China Real Time Report – WSJ

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  • アップルから学ぶベンチャーキャピタルの役割

    アップルから学ぶベンチャーキャピタルの役割

    今回取り上げるのはアップルです。アップルは「資金を提供する人のメリットは何か」と「いつ外部から資金調達をするべきなのか」と「創業者が資金以外に必要なもの」を理解するのに最適な事例だからです。

    資金を提供する人のメリットは何か

    そもそもベンチャーキャピタル って何?

    スタートアップは人生でもありゲームでもあります。創業者にとっては人生ですし、投資家にとってはゲームです。創業者は自分のプロダクトを形にするためにお金が必要で、投資家は持っているお金を増やす必要があります。

    お金ってほっとくと価値が下がるんですよね。今の日本だと実感しづらいかもしれませんが、インフレで物価は上がるので、相対的に貨幣価値は下がるんです。だから投資家はお金を運用して動かさないといけない。そのために沢山の金融商品が開発されました。プライベートエクイティもその一種です。書評で紹介した”Principles”の著者のレイ・ダリオのヘッジファンドも同様です。

    プライベートエクイティは未公開株のことです。公開株はパブリックエクイティ。エクイティは株のことです。未公開株を使った投資戦略はいくつかあり、ベンチャーキャピタル はその一種です。他にもソフトバンクがボーダーフォンを買収するときに使ったレバレッジバイアウト(LBO)などがあります。

    ベンチャーキャピタルにとって顧客は機関投資家で、プロダクトはスタートアップの成長性。投資を回収して利益を機関投資家に還元します。慈善事業ではないのです。

    最初のベンチャーキャピタル

    ベンチャーキャピタルの父と言われているのはビジネススクールINSEADの設立者であるジョルジュ・ドリオです。第二次世界大戦後の帰還兵がビジネスを立ち上げるためのファンドを作るために機関投資家に働きかけたのが最初と言われています。

    彼が立ち上げたARDC (American Research and Development Corporation)が1957年に7万ドルを投資したDECが十年後の1968年に3億5500万ドルでIPOしました。ベンチャーキャピタルが機関投資家から資金を集めて、スタートアップに投資して回収するというこのモデルは基本的に今でも変わりません。

    簡単に言えば1) 大きな資金で、2) お金を大きく育てられる。この二つの条件が揃った時にベンチャーキャピタルによる資金調達は有効だし、お互いにメリットがあるということですね。そうじゃない場合、例えば、少ない資金でできる場合はブートストラップでやったほうがいいですし、大きな資金が必要だけど、事業としてはあまり育たないならやらないほうがいい。どうしてもやりたければ借金でやったほうがいい。

    いつ外部から資金調達をするべきなのか

    これまで見てきたスロースタートアップはベンチャーキャピタルから資金調達をしないで自己資金(ブートストラップ)で起業しました。

    アップルだってブートストラップではじめました。スティーブ・ジョブズはフォルクスワーゲントラックを750ドルで売って、スティーブ・ウォズニアックはHPの計算機を500ドルで売って資金を作り、それを元手にコンピューターの基盤を作りました。これがApple Iです。ガレージで作ったのは、オフィスを借りる資金なんてなかったからです。ファッションでそんなことやってたわけじゃない。

    アップルの最初の製品”Apple I”のレプリカ(クレジット:Cameron’s Closet)

    The Byte Shopを経営するポール・テレルがApple Iを50個オーダーしてくれました。しかし、ボードだけじゃなくて完成品じゃなければいけない。1個配送する毎に現金で500ドル払ってくれる。さすがに1250ドルではパソコンそのものは作れない。オーダーをうけるには1万5000ドル必要でした。銀行は貸してくれないので、手形で部品を購入します。まあ、つまり借金ですね。でも、全て売り切って利益が出た。

    アップルの場合、Apple IはMVPと言えます。これで利益が出たことでビジネスとして成立できるという仮説を立証できました。そこまではブートストラップだったんですね。

    アップルの最初の資金調達

    スティーブ・ジョブズはAtari、スティーブ・ウォズニアックはHPに勤めていました。まだ、アップルにフルタイムでコミットしていたわけではなかったんですね。そう、どんなスーパーマンでも衣食住は必要なんです。ハードウェアのスタートアップはお金がかかるので、ブートストラップでは限界があります。Apple IIを開発するには流石に外部から資金調達をする必要がありました。

    最初にアップルに投資をしたのはベンチャーキャピタルではなく、エンジェル投資家のマイク・マークラでした。最初の資金を投資してくれるのは家族、友達、エンジェルの三種類でしたよね。3F (Family, Friends, Fools) です。

    マイク・マークラが25万ドルの資金提供をしてくれ、アップルに参加することによって1977年にApple IIを作ることができ、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックもフルタイムでアップルにコミットできるようになりました。

    創業者が資金以外に必要なもの

    しかし、この出会いをお膳立てをしたのは有力ベンチャーキャピタルSequoia Capitalを立ち上げるドン・バレンタインでした。資金を提供するだけならドン・バレンタインだけでできたはずです。なぜマイク・マークラを紹介したのでしょうか?

    スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックは同じ学校に通っていましたが、仲良くなったのは卒業してからだそうです。お互いにエンジニアリングが趣味だということがわかり、仲良くなりました。ある日、ウォズニアックが小説を読んでいるとブルーボックスという、どこでも電話がかけられる機械が登場してきました。しかし、色々調べているとあながち作り話でもなさそうです。そこで、ウォズニアックとジョブズはThe Stanford Linear Accelerator Centerに夜に忍び込んで図書館で文献を漁りまくりました。そうしたらとある文献に小説に出てきた周波数が書いてある。あ、これ本物だ!ということで二人は実際にブルーボックスを使ってバチカンやホワイトハウスに無料で電話をしまくります。これが二人にとっての最初のプロダクトでした。まあ、そういう人たちだったんです。

    ジョブズ

    ドン・バレンタインは資金調達のために会いに来たスティーブ・ジョブズと話をした時に投資をするにはビジネスの経験がないとを感じました。スタートアップに必要な三つの役割はハッカー、ハスラー、ヒップスターの3H (Hacker, Hustler, Hipster)の三つでしたよね。スティーブ・ジョブズはソフトウェア開発者(ハッカー)とデザイナー(ヒップスター)の要素を持っていました。スティーブ・ウォズニアックはソフトウェアとハードウェアの開発者(ハッカー)の要素を持っていました。そう、ビジネスが分かるハスラーがいなかったのです。

    創業者に足りないのって資金だけじゃなくて経験も足りないんですよね。成長に足りないものを見抜いて補完するのもベンチャーキャピタル の仕事の一つです。マイク・マークラはエンジェルとして資金を提供するだけでなく、三人目の共同創業者としてアップルに参加することになります。Googleにおけるエリック・シュミットの役割ですね

    スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックに無かったのはビジネスの経験で、三人目の共同創業者としてマイク・マークラはハスラーとしてビジネスの経験を提供しました。そして、元々インテルでエンジニアだったため、ハッカーとしてもかなりのコードをアップルで書いたようです。

    ベンチャーキャピタルからの資金調達

    1977年に発売されたApple IIは大成功し、翌年の1978年にドン・バレンタインのSequoia Capitalもアップルに投資します。ベンチャーキャピタルは機関投資家の資金を預かり、それを投資しているのでスタートアップをエグジット *1 させて投資を回収しないといけません。アップルの場合は投資から約二年後の1980年12月に1億7900万でIPOします。

    参考文献

    17 things you didn’t know about the Apple 1 – one of the world’s most expensive computers – BT

    Apple chronology – Jan. 6, 1998

    An ‘Unknown’ Co-Founder Leaves After 20 Years of Glory and Turmoil – The New York Times

    Sequoia

    Wozniak Meets Steve Jobs: Blue Box Free Phone Calls Worldwide – YouTube

    Blue Box – Why Steve Jobs and Steve Wozniak hacked the phone network › Mac History

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    *1:IPOやM&Aなどにより投資した資金を回収すること

  • スロースタートアップ|第二回:dribbble|おじさんたちのサイドプロジェクト

    スロースタートアップ|第二回:dribbble|おじさんたちのサイドプロジェクト

    スタートアップといえば急速な成長のためにベンチャーキャピタルからガツンと資金調達をするイメージがあると思います。しかし、ベンチャーキャピタルから資金調達をせずにずっとブートストラップ *1 しながら成長するスタートアップも存在します。日本だとサイバーエージェントがそうですよね。そういうブートストラップなスタートアップをスロースタートアップと呼びたいと思います。

    「スロースタートアップ」の第二回目はデザイナーならみんな大好きdribbble *2 です。どういうわけか、デザイナー御用達ツールはブートストラップが多いんですよね。ShutterStockとかBalsamiqとか。次回紹介するMailChimpもデザイナーのスタートアップですし。今回は若者スタートアップのヒリヒリした話ではなく、おじさんスタートアップのほんわかした話です。

    dribbbleってなに?

    まず、簡単にdribbbleについて。dribbbleはデザイナーが自分の作品をシェアできるWebサービスです。非常にコミュニティー色が強く、多くの場所でボランティアがdribbbleミートアップを開催しています。そういう意味では、世界で最も大きなデザイナーコミュニティーの一つだとも言えます。ボク自身はグラフィックデザイナーではないのでdribbbleは使ってなかったですが、シンガポールやアムステルダムにいた時代にUX関連のトピックではよく参加していました。dribbbleは招待制で、既存のユーザーから招待がないと正式なメンバーになれません。これがスノッブな感じがして、一部にはアンチも存在します。あとで説明しますが、招待制にしたのは理由があって、彼らが外部から資金調達をしないブートストラップのスタートアップであるのが影響しています。

    創業者はおじさんヒップスターとハッカー

    dribbbleの創業者であるリック・ソーネットとダン・シーダーホルムがユニークなのは、かなりおじさんだということですね。スタートした当時には結婚して子供もいた。それなりに安定した仕事もあった。Webの黎明期にインスパイアされてダンはデザイナーに、リックはデベロッパーになります。普通に考えれば、わざわざ大変なスタートアップなんてやる必要ありません。

    リック・ソーネットはリサーチャーだったそうです。でも、黎明期のWebの魅力にとりつかれ、プログラミングを再び学ぶために大学の修士課程に戻り、デベロッパーになりました。IBMやFideltyなどの大企業のほか、スタートアップでも働いていました。

    ダン・シーダーホルムはもともとWebデザインの世界では超有名人で、CSSの可能性を広げた人で、たくさんの著書があります。日本でも『Web標準デザインテクニック即戦ワークブック』が翻訳されていますね。元々はスケートボードのロゴやデザインが好きで、ミュージシャンとして働いていた時にアルバムのデザインなどをしていたそうです。自分がデザイナーだと認識しはじめたのは黎明期のWebの影響が大きかったそうです。タイポグラフィーなどいろんな要素が必要で、多くの人に見られることでデザイナーであることを意識したそうです。

    おじさん達の出会い

    この二人はどうやって出会ったのでしょうか。ダンとリックはボストンで近所に住んでいて、同じ年代の子供がいました。そこでおくさん同士が知り合いになり、二人は出会います。リックは「ダン・シーダーホルムってなんか聞いた名前だな?本とか出してなかったっけ?」と調べました。あ、やっぱり有名な人だ!

    最初は有名人とは釣り合わないんじゃないかと遠慮していたそうですが、そのうちに友達になります。リックは週二日ダンのオフィスを使わせてもらい、残りは家で仕事をしていました。当時はヘルスケアスタートアップのPatientsLikeMeというプロジェクトに関わっていました。リックがダンのオフィスにいるときに二人でサイドプロジェクトができたらいいねという話になりました。デザイナーとデベロッパー。ヒップスターとハッカーはいつの時代も黄金のコンビですよね。

    サイドプロジェクトとしてのdribbble

    ダンが考えていたのはデザイナーが自分たちの仕事を共有できて、「ドリブル」できる場所。2007年くらいからアイデアを温めていました。当時は写真共有サイトのFlickrがとても人気があり、Twitterも人気がではじめた頃でした。その二つを組み合わせたらどうだろうというのが最初のアイデアでした。そして、それは紫でなければいけない!と最初から決まっていたそうです(笑)

    ダンとリックの二人はプロトタイプを徐々に磨き上げ、ベータテストを始めます。手書きの招待状に招待コードを書いて、dribbbleのTシャツを同梱してデザイナーの友人たちに送りました。eメールではなく、創業者による手書きの招待状と手作りのTシャツ。これは最初のベータテスターに参加してもらうのにとても大事だったそうです。ダンのネットワークもあり初期の段階から30人のデザイナーが作品をアップするようになりました。

    dribbbleにとってプロダクトとは

    リックはベータの段階では最初は自分の家の猫の写真などをアップしていたそうです。本物のデザイナーが実際に作品をシェアするまで自分でも確信を持てなかったようです。つまり、Flicker+Twitterというコンセプトはあったものの、デザイナーのコミュニティーというアイデアが最初からあったわけではなかったのです。

    デザイナーたちが作品をアップしはじめると、彼らがどのような意図で、どのようなプロセスでデザインをしているのかがわかるようになりました。普段は最終的なデザインだけではわからなかったものが見えてくる。これ自体がエクスペリエンス(体験)だということがわかりました。

    当初はPixelの交換やゲーミフィケーションなど様々なアイデアがあったり、実際に実装したものもありましたが、ベータテストで方向性がクリアになると不必要な実装やアイデアは全て捨てたそうです。

    長いベータと最初の危機

    ダンもリックもフルタイムの仕事があって、家庭があって子供もいました。dribbbleはかなり長い間サイドプロジェクトでベータでした。招待制はあまり大きなサービスをサイドプロジェクトで続けることができないという理由からでした。多くの機能追加のリクエストもありましたが、優先順位をきちんとつける必要がありました。

    この長いベータ期間のため、デザイナーにとってdribbbleは知り合いが気兼ねなく作品をシェアできる場所でした。そしてこれが正式版のローンチになると問題になりました。デザイナーとしては自分の初期のアイデアをあまり共有したくない。ベータで少ない人だけに共有されていたからよかったが、一般公開になると話が違う。当然ながらプライベートモードなど多くのリクエストがありました。

    しかし、ダンと(特に)リックはプライベートモードの実装には反対しました。一部しか見れないのであればエクスペリエンスは失われてしまう。ユーザーがそれで離れていってしまうのだったら直さなければいけないが、まずはプライベートモード無しでいくと決めます。数週間はクレームの嵐だったそうですが、それでも作品の投稿が減ることはなかったそうです。ここでの学びは「目に見えた変更を行えばネガティブな反応がある。ネガティブな反応があったからといって、その変更が悪いかどうかはわからない。ユーザーの行動を見ていいか悪いかの判断をする必要がある」だそうです。

    ブートストラップとフルタイム

    一般的な若いスタートアップは資金調達をして必死に働いて急速に成長させようとします。その間、仕事に100%コミットする必要があります。ダンとリックの場合は違いました。ダンとリックにとっては家庭が最優先でした。これは他の若いスタートアップの起業家と大きく異なるところです。子供がいて家族を養うとなると「ラーメン利益 (Ramen Profitable)」ではやっていけません。

    最初は大きな宣伝はせずにゆっくりと育てる。これは前回紹介したGithubも同じことが言えます。Githubは最初の二年間で一回しかTechCrunchに取り上げられていません。外部から資金調達する一般的なスタートアップがファストスタートアップだとしたら、ブートストラップの場合はスロースタートアップですね。

    最初にdribbbleでフルタイムとして働きはじめたのはリックでした。2010年5月です。dribbbleの広告でリックの半分のサラリーが賄えるくらいの売り上げがありました。当時のdribbbleはデザインよりもエンジニアリングでやることが多かったので、まずはデベロッパーのリックから。二人一緒にフルタイムの必要はない。リックとしては一時的に収入が減ったとしてもdribbbleをフルタイムでやってみようと決意します。ダメだったらまたスタートアップでデベロッパーとして働けばいいじゃない。

    普通の(でもリッチな)おじさんに戻る

    dribbbleはInstagramと同様に少人数のチームで続けました。2017年1月にTinyに買収された時、従業員は8人でした。7年のスロースタートアップの後、ダンとリックは元の場所に戻っていきます。前よりお金に余裕をもって。

    参考資料

    Rich Thornett on bootstrapping Dribbble – DNSimple Blog

    Interview with Dribbble’s co-founder Dan Cederholm | Webdesigner Depot

    What Drives Dribbble Founder Dan Cederholm? – Envato

    Dribbble Founders on Design, Entrepreneurship, & Community – YouTube

    Dribbble 2.0 – Andrew Wilkinson – Medium

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    *1:自己資金で事業をするという意味。コンピューター用語としてコンピューターを起動することをブートと言います。ブートストラップは外部からの助けがなくプロセス実行できることを言います。それがスタートアップの世界でもそのまま使われるようになりました。ちなみに、本来的な意味はブーツの後ろにつく輪っかの部分です。ブーツをかける輪っか。

    *2:ドリブルと読みます。ロゴはバスケットボール。

  • スロースタートアップ|第一回:Github|スポーツバーとラーメン利益

    スロースタートアップ|第一回:Github|スポーツバーとラーメン利益

    スタートアップといえば急速な成長のためにベンチャーキャピタルからガツンと資金調達をするイメージがあると思います。しかし、ベンチャーキャピタルから資金調達をせずにずっとブートストラップ *1 しながら成長するスタートアップも存在します。日本だとサイバーエージェントがそうですよね。そういうブートストラップなスタートアップをスロースタートアップと呼びたいと思います。

    これから何回かにわたってブートストラップで大きくなった「スロースタートアップ」をいくつか紹介していきます。まずは先日、マイクロソフトに買収されたGithubから。Githubは2008年に創業して、2012年までブートストラップでした。創業者たちはどのように生活費を稼ぎながらGithubをブートストラップしたのかみていきましょう。

    スポーツバーとサイドプロジェクト

    Githubはスポーツバーで生まれました。創業者のトム・プレストン・ワーナーとクリス・ワンストラスは夜遅くにバーで開催されるRuby開発者のミートアップに参加していました。何杯か飲んで休んでいるときにトムがクリスを見かけました。なぜかは覚えていないそうですが、その時にトムがやっていたプロジェクトだったGritをクリスに見せたそうです。GritはRubyで開発したGitレポジトリにアクセスするプログラムでした。トムはすでにWebでGitレポジトリを共有できるプラットフォームのアイデアを持っていました。そして、クリスが言います。「よし、一緒にやろう (I’m in. Let’s do it.)」このスピード感がいいですね。

    そして、翌日の2007年10月19日午後10時24分にクリスが最初のコードをGithubにコミットします。これがGithubのはじまりです。企業立ち上げの公式な手続きがあったわけではなく、二人のプログラマーがクールなことをやろうとした結果でした。

    次の三ヶ月、二人はGithubのプログラミングを行います。トムはGritを開発し続け、UIをデザインし、クリスはRailsのアプリケーションを作りました。毎週土曜日に会って、方向性を話し合いました。この頃、二人ともフルタイムで働いていてGithubはサイドプロジェクトでした。Githubはほぼ全てRubyで開発され、一部だけErlangのgit daemonを使いました。

    ローンチとマイクロソフトと「生かすか殺すか」の決断

    最初のプライベートベータは2008年1月。最初のコミットから三ヶ月後でした。そして、三人目の創業者となるPJハイアットが加わって4月に正式なローンチをします。この時のユーザー数は300人強。自分たちが素晴らしいことをしているという意識はあったそうですが、すごく大きくなるとは想像していませんでした。ローンチもメディアを招待して壮大にやったわけではありません。

    そして、その年の7月にトムは人生の岐路に立ちます。フルタイムで勤めていたPowersetがマイクロソフトに買収されたのです。29歳でした。トムはWordpressなどで使われるアバターのアドインとして有名なGravitorの開発者で前年にAutomatticに売却してからPowersetに勤めています。そのせいなのか、贅沢な暮らしが板についてしまっていて、この頃にはそれなりの額の借金があったそうです。しかも、マイクロソフトの条件はすごくいい。クリスとPJはトムより年下で、すでにフルタイムでGithubにコミットしていたそうです。フリーランスをしながら食いつないでいた。クリスなんてCNETで働いていたんですけどね。トムがマイクロソフトに移ったらGithubはお終い。そして、結局は期限ギリギリにPowersetを退職してGithubにフルタイムでコミットすることに決めたそうです。

    ブートストラップと「ラーメン利益」

    さて、三人は安定した収入を絶ってフルタイムでGithubにコミットします。そして、結果的に5年近く外部から資金調達をせずに自己資金だけで運営していくことになります。

    トムはGravitorで起業の経験があるので、無償で大きなサービスを提供するのは危険だと理解していました。Githubは大きなデータベースなのでサーバーコストの問題を解決する必要がありました。そうした理由でプライベートベータの段階では友人しか招待しませんでした。しかし、徐々にプライベートなレポジトリにお金を払っていいという人たちが出てきました。このプライベートリポジトリによるビジネスモデルが見えていたので三人はそれにかけてフルタイムでコミットできたんですね。

    サーバーコストはSlicehostのドメインとストックフォトくらいで、あまり大したことありませんでした。一番の問題は創業者たちの生活費。これが一番大きかったそうです。おそらくこれはどのスタートアップでも言えることだと思います。だからY Combinatorのポール・グレアムは「ラーメン利益 (Ramen Profitable)」が大事だと言ってるんですね。スタートアップの創業者がどれだけすごくても人間なんで、毎日カップラーメンが食べれるくらいの生活費は必要なんです。

    最初の頃は少額の給料をGithubから受け取り、設定したゴールを達成したら翌月からその額を少し上げていったそうです。足りない生活費はフリーランスの仕事などアルバイトで稼ぎました。ゴールを達成できなかった月もあったそうですが、最終的には三人とも生活費が稼げるくらいの収入になったそうです。約5年後の2012年に外部から資金調達をしますが、それまではこんな感じでブートストラップしてきたそうです。

    あとはご存知の通り、Githubはとても人気のあるサイトになり、マイクロソフトに買収されました。しかし、残念ながらトム・プレストン・ワーナーはマイクロソフトに買収される前にハラスメント問題でGithubを去ることになってしまいます。なんか、マイクロソフトと縁がない人なんですね……

    参考文献

    Bootstrapped, Profitable, & Proud: GitHub – Signal v. Noise

    Tom Preston-Werner on Powerset, GitHub, Ruby and Erlang

    How I Turned Down $300,000 from Microsoft to go Full-Time on GitHub

    GitHub co-founder Chris Wanstrath shares his story, University of Cincinnati

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    *1:自己資金で事業をするという意味。コンピューター用語としてコンピューターを起動することをブートと言います。ブートストラップは外部からの助けがなくプロセス実行できることを言います。それがスタートアップの世界でもそのまま使われるようになりました。ちなみに、本来的な意味はブーツの後ろにつく輪っかの部分です。ブーツをかける輪っか。

  • テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

    テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

    スタートアップは創業者のビジョンをプロダクトなりサービスを具体的な形にして提供する企業だと思います。マイクロソフトのビル・ゲイツの場合は”Infomation on fingertips“ですよね。手のひらに情報を。パソコンはその手段。

    しかし、企業はそのビジョンを達成した後も存続します。場合によってはこれまでやってきたことが古くなってしまうこともあります。そのような場合は創業者ではなく、中から変わっていく必要がありますよね。同じくマイクロソフトの例だとサティア・ナデラがそれに当たります。

    これは中国のテンセント(腾讯)にも同じことが言えます。マイクロソフトを理解するために創業者のビル・ゲイツと現CEOのサティア・ナデラを理解する必要があるように、テンセントを理解するには創業者のポニー・マ(马化腾)とWeChat(微信)の開発者のアレン・ジャン(张小龙)の二人を理解する必要があります。

    テンセントの創業前から現在までかなり濃密にカバーしてますので今回はかなり長いです。Pocketやはてなブックマークで保存しておくことをお勧めします!

    プログラミング好きが高じてテンセント創業

    テンセントの創業者であるポニー・マは広東省に1971年に生まれました。家庭は貧しく、父親が職を探すために各地を転々としました。家族は深センに落ち着き、ポニー・マは深セン大学を卒業、ポケベルのためのソフトウェアを開発する技術者として通信機器IT会社(润迅通信发展有限公司)に就職します。

    当時のポニー・マは非常に内向的で、あまり人と話すのが好きではなかったそうです。実際にいまでもポニー・マはなかなか人前に出てきません。コンピューターに向き合っている方が好きだった。自分にとって資産と呼べるのはプログラミングしかないと感じていたそうです。C言語でたくさんのプログラムを書いた。自分のプログラムを多くの人に使って欲しいと考えたそうですが、就職した会社ではそれができない。ジャン・ジードン(张志东)もコンピューターが好きで、ソフトウェア会社に入りたかったのですが、当時の中国でコンピューターに関わる仕事はSIしかなかったそうです。

    そして1998年に大学の友人だったジャン・ジードンや中学生時代の友人とともにテンセントを創業します。資本金は創業メンバーの自己資金でした。ポニー・マが50%未満で、残りの創業者を合わせると過半数が取れるようにしました。創業する前は本で読んだシリコンバレーのスタートアップのような刺激的な生活を想像していたそうですが、実際のスタートアップは家賃や光熱費の支払いや翌月の給料の心配ばかりでした。

    三回死にそうになってソーシャルネットワーク企業としての地位を確立

    最初の臨死体験

    テンセントの最初のプロダクトはインターネットにつながるポケベルアプリでした。しかし、携帯電話の普及が予想以上に早く、このプロダクトは失敗します。

    二回目の臨死体験

    1999年に最初のプロダクトOICQ(後にAOLに訴えられて名前をQQに変える)を発表します。これはパソコン用のチャットアプリで、当時流行していたAOLのICQと同じものです。ポニー・マは通信関連会社に勤めていたこともあり、ポケベルのような単純なものを作る予定でした。最初の目標は3万ユーザー。ユーザー獲得のために各学校の掲示板に訪れ、一人一人勧誘していきました。獲得できたユーザーは平均で1日12人くらいだったそうです。この頃、貯金残高は1万中国元(約15万円)まで目減りしていたそうです。

    IOCQ時代のQQのスクリーンショット(クレジット:百度)

    三回目の臨死体験

    それでもソフトウェアとしての品質が高く、落ちないチャットアプリとして徐々に人気が出てきました。そして、2000年にユーザーが増えてきたところでベンチャーキャピタルからの資金調達を行いました。20%のシェアで220万ドル(約2億2000万円)の資金調達でした  *1 。しかし、テンセントは3年は利益が出ていなかったそうです。しかもその頃にインターネットバブルがはじけて資金はどんどん目減りしていったそうです。これが三回目の臨死体験。

    そして安定

    テンセントのビジネスモデルは広告収入とプレミアムユーザーでした。プレミアムユーザーは追加機能が使え、アバターの着せ替えなどができました。また着せ替え用のグッズ収入もありました。2008年にはかなりの利益が出るようになっていました。

    パソコン用のメッセンジャーアプリとして最大の競合はMSNでしたが、ポニー・マの分析では二つの理由で自滅したそうです。一つはソーシャルに対応できなかったこと。QQの場合は独自のソーシャルネットワークであるQzone(QQ空間)がありました。このQzoneはFacebookというよりもギラギラデザインのMySpaceに日本のMixiの日記の要素を加えた感じですね。ボクは中国人の友達とチャットするためにQQは使ってましたが、流石にQzoneには手が出ませんでした。

    QQ空間のスクリーンショット(クレジット:百度)

    もう一つのMSNの敗因は中国向けのローカライズが足りなかったとのことです。うん、確かにこのギラギラの世界観をアメリカ企業はマネできないですよね。

    テンセントの収入源は?

    とはいえ、テンセントの売り上げの70%は付加価値サービスでそのかなりの部分はPCやスマホのゲームです。残りの30%がeコマースや広告となります(テンセントのAnnual Reportはこちら)。これらのゲームの大半はすでにあるゲーム企業の投資によるものです。例えばクラクラのスーパーセルをソフトバンクから買ってます。実に世界のオンラインゲームの13%をテンセントが握っていることになります。QQやWeChatに目がいきがちですが、実はゲームがテンセントにとっての稼ぎ頭なのでした。

    こういう安定した収入があるからイノベーションに力を入れられるという面があると思います。今回は投資会社としてのテンセントはフォーカスしていないのですが、この部分は触れておいたほうがいいかと思います。このおかげでWeChatのマネタイズを急がず、ユーザーベースとエコシステムの拡大に注力することができるのですから。

    WeChat(微信)とアレン・ジャン

    WeChat(微信)の開発者アレン・ジャンは1969年湖南省生まれです。実はポニー・マよりちょっとだけ年上なんですね。シャオミーのレイ・ジュン(雷军)と同い年。

    アレン・ジャンは华中科技大学を卒業後、広州で就職してソフトウェアエンジニアとして働きます。その後、メールアプリのFoxmailを開発します。これはポニー・マがテンセントを創業する一年前の1997年の出来事。Foxmailはとても人気が出て200万ユーザーを獲得、一時期はMicrosoft Outlookと同じくらいのシェアがあったそうです。アレン・ジャンはFoxmailを1200万中国元(約2億円)で博大公司に売却し、バイスプレジデントとして博大公司に残ることにします。

    中国版Gmailで最初の成功

    そして、2005年にテンセントがFoxmailを博大公司から購入、それに伴いアレン・ジャンもテンセントに転籍し、テンセントの広州開発拠点のゼネラルマネージャーとしてQQ Mail(QQ邮箱)の開発に従事します。Gmailのローンチが2004年ですから、その対抗だったのでしょうね。

    ところが、すでにあったQQ Mailはクオリティーが低く、全く使えなかったそうです。そこでアレン・ジャンはQQ Mailをスクラッチから開発し直すことにします。2007年にリリースした新しいQQ Mailはその品質から高い人気を獲得して、中国で一番使われるメールサービスとなりました ただ、ボクの記憶が正しければ、*2

    チャットアプリWeChat(微信)の開発

    2010年にアレン・ジャンはスマホ向けのメッセージングアプリのために10名のちいさなチームを招集します。すでに市場ではWhatsApp(2009年1月)やKik(2010年10月)が人気が出ていていました。短略的に考えればQQのスマホ版を出せばいいと思うのですが、パソコンのメッセンジャーアプリとスマホのチャットアプリでは本質的に違うものなのです。アレン・ジャンは自分でKikを使っていて、それに気がついたそうです。これってすごいと思うんですよね。マイクロソフトだってSkypeとの共食いを恐れてチャットアプリは出せませんでした。でも、自らをディスラプトしなければQQは他社にディスラプトされてしまう。それを理解して実行できるってすごいと思います。

    WeChatは後発で2011年1月にローンチします。かかったのは二ヶ月弱。早い!しかし中国でもシャオミー(小米)のミーリャオ(米聊)が一ヶ月前の2010年12月にローンチしていました。そうなんです、WeChatよりミーリャオの方が早かったんです。また、チーフー(奇虎)もコウシン(口信)を発表するなど、中国国内でもチャットアプリの競合が増えました。数ヶ月で開発したWeChatはテキスト機能しかなく、最初はあまり人気が出ませんでした。2011年4月にはTalkboxのボイス機能が中国で人気が出ました。そうなんです。WeChatの人気機能のボイスもTalkboxが最初に人気が出たのです。そこでボイス機能をバージョン2で組み込みます。

    このような競合がしのぎを削る中、WeChatが人気が出たのは近くの友達発見機能を発表してからです。これが2011年8月のバージョン2.5。そして、WeChatの人気を決定的にしたのがシェイクによる友達追加。これが2011年10月のバージョン3。

    最初のバージョンではミーリャオに負けていましたが、半年後にはユーザー数でミーリャオが400万ユーザーに対してWeChatは改良を重ね1500万ユーザーまで差をつけました。

    そして、初期で一番重要な機能追加がバージョン4のQRコード対応です。これが2011年12月。開発をスタートさせてからちょうど1年ですね。

    チャットアプリからライフスタイルアプリへ

    2012年に入るとアレン・ジャンはWeChatをチャットアプリからライフスタイルアプリへと位置付けを変更します。これ、すごく大事です。そしてインターナショナル版のWeChatブランドを発表したのもこの年です。このインターナショナル版と中国語版は随分違うのでWeChatが「ライフスタイル」アプリといってもこの当時はあまりピンと来る人は中国の外では少なかったと思います。

    しかし、この年を境にニュースを購読できたり、外部とのインテグレーションが盛んになります。さらに、QRコードが街に溢れるのがこの時期からです。ユーザーと繋がるためにブランドが独自のWeChatアカウントを作り、そこに勧誘するために使われたのがQRコードでした。

    ペイメントへの参入

    2013年にはWeChatウォレット(微信钱包)でモバイルペイメントに参入します。当時のモバイルペイメントはアリババの一人勝ちでした。

    インターネットにおけるペイメントでは2004年からアリババがAlipay(支付宝)で先行して、つづいてテンセントもTenPay(财付通)で追従します。Alipayは常にテンセントを先行して2011年にはQRコードによるペイメントを発表しています。さらに、2013年にはPayPalを抜いて世界一のペイメントプラットフォームになっていました。そして、アリババは同年にユエバオ(余额宝)というマネーリザーブファンドを立ち上げて、ほぼ銀行のようなことができるようになりました。ちなみに中国の資金の1/4がユエバオに預けられているそうです。すごいですね。テンセントはWeChatでこのアリババの牙城に攻勢を仕掛けることになります。WeChatで支払いができる自動販売機もこの頃から始めています。

    2013年はWeChatがゲームプラットフォームとしてログイン機能を提供した年でもあります。テンセントはゲーム会社でもありますからね。

    ペイメントの立ち上がりとパートナーエコシステム

    WeChatのペイメントを立ち上げた施策は二つあります。一つは「红包(お年玉)作戦」です。中国ではお正月(日本の旧正月)にホンバオという赤い袋に入ったお年玉をあげる習慣があります。これは大人が子供にあげるだけでなく、会社でも上司が部下に日頃の苦労をねぎらって渡します。ボクもシンガポールで働いているときはちゃんとホンバオを渡してましたよ!このホンバオをWeChatのユーザー向けに公開したのでした。ちなみに、アレン・ジャンは個人的にはこのようなグロースハックは嫌いらしいです。ただ、本人は嫌いでも、実際にこれでユーザーが増えたのでした。

    もう一つはパートナーの囲い込みです。これはポニー・マも認めるところですが、テンセントは競合を徹底的に叩く企業として有名でした。しかし、方向転換してパートナーと協業をする企業へと変わっていきます。おそらくこれはペイメントの立ち上がりが思ったほどうまくいかなかったことも関係しているかもしれません。その代表例が中国版Uberのディディチューシン(滴滴出行)とのパートナーシップです。

    さらに、アリババのライバルであるeコマースサイトのJD.com(东京)にも投資を行い、コマースサイトでのWeChatのペイメントの地位を確立します。この戦略はずっと続いていて、最近ではテンセントは自転車のシェアサービスであるMobikeに投資しましたよね。それに対抗するようにアリババはMobikeのライバルであるofoに投資をするといった具合になっています。

    しかし、アリペイがすでに対応したQRコードによるオフラインのモバイルペイメントにWeChatが対応するのは翌年の2014年からです。

    ミニプログラムとパートナープログラムの拡充

    テンセントがWeChatで目指すライフスタイルアプリはペイメントに止まりません。WeChatが生活をする上での起点となることがゴール(だと思います)。そして、それを進めるのがサードパーティーアプリです。これまではずっと遅れを取っていましたが、このアプリ戦略に関してはテンセントがアリババを先行します。

    WeChatはAPIを公開してHTML5アプリをサードパーティーが開発できるようにしていました。そうすることでWeChatを離れることなく別のアプリが使えるわけです。これをさらに進めたのがアプリ内のネイティブアプリであるミニプログラム(小程序)です。このミニプログラムについては以前に記事を書いているので、詳しくはそちらを参照してください。

    この分野でがっつり競合しているのがメイトゥアンです。ライフスタイルアプリはつまりはメイトゥアンが得意とするO2Oだからです。メイトゥアンが自前でタクシーや旅行サービスを揃えているのに対して、テンセントはミニプログラムをプラットフォームとしてパートナーエコシステムでO2Oの世界を構築しようとしています。どちらも勢いのある会社ですから、これからどうなるか楽しみですね。

    ミニプログラムをアリババとバイドゥもはじめましたが、WeChatほどはうまくいっていません。これはWeChatのミニプログラムがライフスタイル全般をユースケースとして想定しているのに対して、アリババはコマース、バイドゥはランディングページへの有手段として想定しているからではないかというのが中国メディアの分析です。

    WeChatのミニプログラムの伸び(クレジット:新浪科技)

    まとめ

    長い記事をここまで読んでくれてありがとうございました。テンセントの事業は多岐にわたるので、一本筋道を通してみようとするとなかなか難しくはあります。それでも、事業に関しては徐々にポニー・マからアレン・ジャンにシフトしていく様子がわかったのではないでしょうか。

    アレン・ジャンがやり易いように環境を整えるのがポニー・マなんだとおもいます。実際に今お金を稼いでいるのはゲーム事業でWeChatはこれからの事業ですからね。事業と人材のシフトがうまくいっているのがまさにテンセントなんでしょうね。事業と人材のシフトを両方できているのはBATの中でテンセントだけですから。

    参考文献

    张志东自述:我在腾讯的创业过程_创业家_i黑马

    马化腾回顾腾讯创业史:这类中层干部,我最多忍你半年_搜狐财经_搜狐网

    看完了张小龙的 2359 条饭否日记

    张小龙(腾讯副总裁、FoxMail创始人、微信创始人)_百度百科

    QQ前身(OICQ)誕生 – StockFeel 股感知識庫StockFeel 股感知識庫

    微信怎样诞生:张小龙给马化腾的一封邮件_网易科技

    支付宝将推二维码支付方案 实现即时支付功能_互联网_科技时代_新浪网

    https://web.archive.org/web/20121127173150/http://www.cn.wsj.com/gb/20121119/tec072332.asp

    Bloomberg Billionaires Index – Pony Ma

    5 Things to Know About Tencent, the Chinese Internet Giant That’s Worth More Than Facebook Now

    Meet Pony Ma: The Mysterious Billionaire Behind WeChat | Money

    The story of Tencent’s rise to the top of the social media world | World Economic Forum

    Tech in Asia – Connecting Asia’s startup ecosystem

    Do You Know Who Invented WeChat? – China Channel

    11 fascinating product insights from the “father” of China’s WeChat – AllTechAsia

    Do You Know Who Invented WeChat? – China Channel

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    *1:Crunchbaseによるとその前年にも資金調達をエンジェル投資家からしているのですが、それについてはあまり触れられていません。QQは無料のアプリなので、二年間もお金がそれほど持たないと思うんですよね。

    *2:ワンイ(NetEase|网易)のメールが一番使われてた気がしたんですが、数え方にもよるんでしょうね