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  • 書評|クソくだらなくて意味のない仕事が増えている|Bullshit Jobs by David Graeber

    書評|クソくだらなくて意味のない仕事が増えている|Bullshit Jobs by David Graeber

    本来必要ない仕事があったら?そして、その仕事をしている人はそれに気づいていたら?これが今回紹介するデビッド・グレーバーの”Bullshit Jobs”の主題です。様々な調査によると37%から40%の人が自分の仕事がなくなっても何も世の中に影響がないと考えています。さらに、仕事自体は意味があったとしても、意味のないタスクをしていると考える人を入れれば、全体の仕事の50%以上は意味がないことになります。

    なぜそんなことになってしまったのでしょうか?

    ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論

    ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2020/07/30
    • メディア: 単行本
    Bullshit Jobs: A Theory

    Bullshit Jobs: A Theory

     

    ケインズ経済学で有名な経済学者のジョン・メイナード・ケインズは人は1930年代に週15時間だけ働けばいいようになるだろうと予測しました。週に5日働くとしたら、一日三時間ですね。ティモシー・フェリスのベストセラー『週4時間だけ働く』のような書籍はありますが、ケインズの予想はまだ実現されていません。そして、本来なら必要ない仕事、なんの価値も持たない仕事が増えています。 デビッド・グレーバーはこのような仕事を”Bullshit Jobs”と名付けました。クソくだらなくて意味のない仕事という意味です。

    Whatever happened to the 15-hour workweek?

    「週4時間」だけ働く。

    「週4時間」だけ働く。

     

    クソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)とは?

    仕事の価値は客観的に定義できません。この本での定義はその仕事をしている本人が自分の仕事自体に意味がなく、なくなってもビジネスは問題なく回り続けると思っている仕事です。つまり、実際にその仕事に携わっている人の主観です。

    本人すら気づいてるほど無意味な仕事。仕事をしていなくても、誰も気づかない仕事。でも、公にはそうは言えない仕事。これが「クソくだらなくて意味のない仕事」の定義です。

    ここではスペインで6年間(ひょっとしたら14年間)全く出社せず、誰も気が付かなかった事例などが紹介されています。これは極端にしても、Yougovなどの調査では37%から40%の人が自分の仕事は全て丸ごと「クソくだらなくて意味のない仕事」だと考えています。

    看護婦や運転手がいなくなったら世の中は大変なことになります。いわゆるブルーカラーの仕事は意味のある仕事ですし、実際にそれに携わる人たちも社会的に意味があると考える傾向があります。自分の仕事がロビー活動家や企業弁護士がいなくなったら?クソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Job)と感じる人は付加価値サービスに携わる人たちに多いようです。

    イヤな仕事(Shit Job)とクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Job)との違い

    イヤな仕事(Shit Jobs)とクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)は違います。世の中にやりたくないイヤな仕事(Shit Jobs)は存在します。どのような職業にもそのような要素は多少なりともあります。劣悪な環境でツラい作業をしなければならなかったり、退屈な作業を繰り返しやらなければいけなかったり。

    しかし、世の中が回るためには誰かがその仕事をしなければなりません。つまり、イヤな仕事だけれど、意味がある仕事です。クソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)は誰もその仕事をしなくても世の中は問題なく回るし、誰もなくなったことにすら気が付かない仕事です。

    クソくだらなくて意味のない仕事の種類

    デビッド・グレーバーは5種類のクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)を紹介しています。これは典型的なクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)で、全てではないそうです。多くの場合はこれらの組み合わせです。

    フランキーズ(下僕: Flunkies)

    誰かの権力誇示のためにだけ存在する仕事。例えば、オフィスのドアマン。電話のアポ取りなど。クビにすると大変なので、とりあえず何か仕事を与える場合もある。他にも、会社での力が部下の数で測られると感じる上司など。

    グーンズ(用心棒:Goons)

    メキシコにとっての軍隊のようなもの。メキシコの国境はアメリカとガテマラとしか接していない。どんな強い軍隊を持っていてもアメリカには勝てないし、どんな弱い軍隊でもガテマラには勝てる。必要のない力。広告のエージェントやテレマーケティングなど必要ないものを必要だと印象操作をするような仕事。印象操作だし、場合によってはアグレッシブな印象を与える。 

    ダクト・テーパーズ(ガムテープ:Duct Tapers)

    根本的に壊れているものをガムテープで補強しながら無理やり使うためにだけに存在する仕事。例えば設計失敗したコアテクノロジーのパッチ開発など。

    ボックス・ティッキング(プロセスのためのプロセス:Box Ticking)

    プロセスを完了することだけが大事で、そのプロセス事態に全く意味がない仕事。例えば、インタビューしてそれをパソコンに入れるが、そのデータを実際に使ってクライアントを満足させることはないなど。プロセスだからやってるが、意味がないことも知ってる。他にもグループ合意をするためのミーティングなのに、誰も合意したことを覚えていないなど。

    タスク・メーカー(無駄な仕事を作る人:Task Makers)

    中間管理者など。フランキーズの仕事を作る人。

    社会的な害悪としてのクソくだらなくて意味のない仕事 (Bullshit Jobs)

    経済理論によればクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)は理想的な仕事のはずです。経済理論によれば最小の努力で最大の結果を生み出すことだから、意味のない仕事で仕事をしたふりをして給料がもらえるなんて素晴らしいことです。

    しかし、実際にはクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)に従事する人は仕事をする意欲をなくし、気持ちが落ち込みます。約5%の人はクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)を楽しんでいますが、多くの人は虚しさしか感じていません。

    クソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)の存在を信じられない人

    創業者や企業の役員はクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)が自分の会社に存在することを信じていません。効率的に組織運営をして利益を出すために働いているのですからそれは当然ですね。しかし、実際には存在しています。だって、全体の仕事の50%はクソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)なんですから。少なくとも働いている人たちはそう感じている。

    実際に多くの人たちが自分の仕事を「クソくだらなくて意味がない」と考える理由の一つに不透明性があります。なぜそれが重要なのか誰も説明できない。ひょっとしたら意味のないデータ入力もどこかで使われているのかもしれない。でも、実際にそれを行っている人も、その価値がわからなければ「クソくだらなくて意味のない仕事」をやらされていると感じるでしょうね。他にもいろいろな要因がありますが、これはその一例です。

    創業者や企業の役員の人たちはその現実を認めて、クソくだらなくて意味のない仕事(Bullshit Jobs)をなくすためにはどうしたらいいか、ちゃんと考えたほうがいいですよね。

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  • 書評|コープのソーシャルプラットフォーム|”Ours to Hack and to Own” by Trebor Scholz and etc

    書評|コープのソーシャルプラットフォーム|”Ours to Hack and to Own” by Trebor Scholz and etc

    注目されるスタートアップの歴史を書こうと考えた時、どうしても食指が動かなかったのがUberです。そもそもビジネス自体に共感が持てない。創業者たちがどのような社会を作ろうとしているのかわからないですが、便利と搾取の等価交換な気がしてならない。社会的に新しく生まれる価値はプラマイゼロ。

    そう考える人はやっぱり多くて、今回取り上げる”Ours to Hack and to Own“もソーシャルメディアやシェアリング経済に懸念を持つ人たちがプラットフォーム・コーポラティズムという概念の元にそれぞれの考えをエッセーをまとめたものです。

     

    Ours to Hack and to Own: The Rise of Platform Cooperativism: A New Vision for the Future of Work and a Fairer Internet

    Ours to Hack and to Own: The Rise of Platform Cooperativism: A New Vision for the Future of Work and a Fairer Internet

     

     

     

    コーポラティズムとは

    企業はコーポレーションですよね。通常は株主が出資して事業をする組織。そして、労働者が出資して作る企業をコープと言います。日本だとスーパーの生協のイメージが強いですが、スーパーマーケットに限らず社員自身が出資して作る企業はコープです。コーポラティズムはこのコープからきています。

    シェアリング経済やクラウドソーシングは搾取の仕組み?

    Uber自身は何も持っていません。運転手も正社員ではないですし、クルマも運転手のもの。所有しないことにより社会保障費を払う必要がありませんし、クルマという資産に対する税金もかかりません。レビューシステムでサービスの質を担保していますが、これもある種の労働者の監視システムとも言えます。

    パフォーマンスレビュー(年次評価)が社員のやる気を起こさないことがわかってから、多くの企業は正社員に対しての年次評価を廃止しています。

    しかし、Uberの運転手やランサーズクラウドワークスのようなクラウドソーシングで働くフリーランスは正社員ではないのに常にレビューシステムにより評価されます。それでも、より多くの対価が得られればいいですが、多くの場合は正社員より低い対価で働くことになります。プラットフォーム側には都合のいい仕組みで、点数の悪いドライバーは「解雇」できる。でも、点数が良くてもドライバーにとっていいことはまったくない。アメがなくムチしかない。

    コープ方式のプラットフォーム

    だったら、フリーランスやUberの運転手が自分たちでプラットフォームを作って運営したら?というのがプラットフォーム・コーポラティズムです。タイトルのOurs to Hack and to Own (自ら作り所有する)というタイトルはここからきています。

    コープは特にヨーロッパで成功している企業が多く、スペインで7番目に大きなビジネスで10万人以上の雇用を生んでいるモンドラゴンとか有名ですよね。優良企業の事例としてよく取り上げられるので、ご存知の方も多いでしょう。

    確かにコープ方式のプラットフォームという考え方は魅力的ですよね。ただ、アイデアは実現しないと意味がない(Idea is free, execution is priceless)ので、このプラットフォーム・コーポラティズムのコミュニティーから早く何か生まれるといいですね。

    以前に紹介したFacebookのトークン化はこの考えに近いですね。

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  • 中国のヨドバシカメラ JD.comが日本企業から学んだこと

    中国のヨドバシカメラ JD.comが日本企業から学んだこと

    中国のスタートアップはすでに巨大プラットフォーマーとなったアリババ、テンセント、バイドゥのBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)の他、それに続くユニコーンのトウティアオ、メイトゥアン、ディディチューシンのTMD(Toutiao, Meituan-Dianping, Didi) について記事を見かけることは多いかもしれません。今回取り上げるJD.comはすでにIPOしているのでユニコーンというよりもすでに大企業ですが、その傘下の物流企業や金融企業はまだ非上場なのでユニコーンとして数えられています。

    JD.comを日本の企業で例えるとヨドバシカメラですかね。ヨドバシカメラもそうですが、家電は意外とAmazonの手が届きづらいのか、世界で競合会社があります。アメリカならベストバイですし、ヨーロッパだとドイツのメディア・マルクト(Media Markt)やフランスのフナック(Fnac)とか。それにしてもなんでJD.comはこれほど成功したのでしょうか?

     

    大学時代と最初の失敗

    中国の起業家ではよくある話のなのですがJD.com(京东)を立ち上げるリチャード・リュウ(刘强东)の家庭も貧しく、北京大学入学のために上京してきた時、家庭からの仕送りをもらわないことに決めて、プログラミングをしながら学費と生活費を稼ぎました。

    そして、リチャード・リュウの起業人生は大学四年の時に大学近くのレストランをプログラミングで稼いだお金と親族からの借金の24万元で買ったことからはじまります。このレストラン業が失敗して資金を失っただけでなく20万元(日本円で330万円くらいですが、当時の中国での価値はもっと大きかったでしょうね)の借金を背負うことになります。起業という甘い夢。魔が刺しちゃったんですかね。

    しかし、この失敗で起業の夢を失うことはなかったようです。ただ、借金は返さないといけないので、卒業後は日本生命の中国支社に就職します。日本企業ではミスが許されない文化でした。大学時代のアルバイトや最初に経営したレストランではミスを許していました。このミスを許さない姿勢に大きく影響を受けたそうです。更に、物流、調達、ITなど様々な経営の仕組みを学んでいきます。

    起業と失恋

    借金を全て返済したリチャード・リュウは1998年に再び起業します。これがJD.com(京东)です。なんと、後にライバルとなるアリババの一年前に起業してるんですね。最初は親に黙って起業しました。しかし、不審に思った母親が事前の連絡なしに北京を訪れ日本企業をやめてしまったことがバレたそうです。そして、そのことにすごく悲しんだそうです。しかも、当時付き合っていたガールフレンドからも起業が原因で別れを告げられてしまいます。当時の中国ではスタートアップはならず者のやることだったんですね!まあ、日本でも似たようなもんだったでしょうね。

    それにしても、金もない、技術もない、頼る人もいない中での起業で、周りからの理解も得られなかったのはツラかったそうです。それでもやるのがすごいと思います。

    オンラインビジネスへの転換のきっかけ

    当時のビジネスはパソコンショップでした。まだあまりパソコンの操作に慣れた人がいなかったため、差別化のために無償トレーニングを提供していました。Gome(国美電器)が最も大きいパソコンショップチェーンで、いつかはGomeのようになると考えていたそうです。そんな夢を打ち砕いたのがSARSでした。

    これはアリババの映画でも確認できますが、SARSが猛威を振るっていた頃(2002年11月から2003年7月)、外出は制限されていました。リチャード・リュウも店を閉めて、在庫管理を家からしなければいけませんでした。顧客とのコンタクトは店のオンラインフォーラムで、ここで全てのやりとり不眠不休でおこないました。

    この経験でオンラインでのビジネスの可能性を見出します。SARSの脅威がなくなり、店を再び開けましたが、2004年1月1日にオンラインビジネスに転換することを決めます。これが正式な起業の年となります。最初は三人のスタッフと98種類の製品でのスタートでした。この時、リチャード・リュウは30歳でした。そして翌年には店舗を占めて完全にオンラインでビジネスを行うことを決めます。そして起業から10年でIPOすることになります。

    リチャード・リュウがSARSの期間に気づいたのは、日本企業に勤めていた時に学んだ物流の大切さだったそうです。そこで、オンラインビジネスに舵を切る時に物流に力を入れることにします。

    起業から十年間、何度もやめようと思ったそうです。IPOの時は40歳でしたが、かなり白髪が増えたそうです。実際にJD.comは利益が出ていません。Amazonは戦略的な投資を多く行うことで利益を出さないことで有名ですが。JD.comもロボットやドローンを使った最先端のロジスティックに投資していますが、AmazonにとってのAWSのような次の「金のなる木」が見つかっていないのが気になります。

    (ソース:Stockclip)

    大企業の目論見

    利益が出ていないにも関わらず、JD.comはテンセントやウォルマートが投資をしています。これは中国のeコマースがまだまだ成長するという期待もあるのでしょうが、それぞれの企業の思惑が大きい気がします。つまり、JD.comを理解するにはそれを取り巻くエコシステム全体を理解する必要があるということです。

    eコマースは大きく分けてC2CとB2Cの二種類があります。日本を例に例えるとC2Cはヤフオクや楽天市場の個人商店。メルカリもそうですね。B2Bはアマゾンやヨドバシドットコムですね。中国のeコマースではアリババが有名ですが、C2Cがタオバオ、B2CがTmallと二つのプラットフォームを運営しています。ちなみに本家のアリババはB2Bのコマースサイトですね。そして、JD.comはB2Cのeコマースなので直接競合しているのはTmallになり、この分野ではJD.comは最大のシェアを持っています。

    テンセントの目論見

    IPO前にテンセントがJD.comが投資により株式を15%取得して筆頭株主になっています。テンセントとしてはアリババのAlipayとの競合の関係上、WeChatの優位性を持たせるためにコマースなどO2Oのパートナーが欲しい。ペイメントに関しては常にアリババが先行していて、テンセントは追う立場ですからね。そこで白羽の矢が当たったのがB2CのeコマースでトップシェアのJD.comでした。

    この効果はJD.comにとっても絶大だったようで、新規顧客の1/3はWeChatからのトラフィックだったそうです。上のチャートを見てもらえばわかるように、売上げも営業利益率も2015年から改善しています。売り上げはわかるけど、なぜ利益まで?それはこのパートナーシップのおかげで5年間は無料でWeChatから送客されることが大きいと思います。つまり、1/3の新規顧客のCPA(Cost Per Acquisition)がゼロな訳です。そりゃ利益も改善するよ。

    ウォルマートの目論見

    中国市場を狙っているのはウォルマートも同じです。ウォルマートは2011年から日用品のeコマースサイトのイーハオディエン(1号店)に投資をし続け、2015年には完全買収をしました。イーハオディエンもカテゴリーとしてはJD.comと同じB2Cのeコマースです。しかし、一度は手にした100%資本の中国法人ですが、2016年にあっさりと5%の株式交換でJD.comに売却してしまいます。これによりウォルマートもJD.comの大株主に仲間入りです。これは勝ち馬に乗ろうということでしょうね。

    Googleの目論見

    Googleも少額(それでも5億5000万ドル)ではありますがJD.comに投資をすることを2018年6月に発表しました。そして、それに先立つ2018年1月にテンセントとGoogleは特許の共有協定を締結しています。偶然なんですかね?

    Googleは検索においてバイドゥ(百度)とガチバトルをして中国市場から撤退した経験があります。それから2017年にAIを軸にして中国市場に足場を築こうとしています。これは想像なんですが、Googleはガチバトルではなく、パートナーシップで中国市場にプレゼンスを確保する戦略に切り替えたのではないでしょうか。

    参考資料

    京东创始人刘强东创业史:女朋友父母认为我是耻辱_创业&资本 – 前瞻网

    刘强东的创业经历和故事,讲述刘强东的创业史

    Q&A: JD.com Founder and Chief Executive Richard Liu – China Real Time Report – WSJ

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  • はじめての中国Fintech:モバイルペイメント編【赤盤】

    はじめての中国Fintech:モバイルペイメント編【赤盤】

    モバイルペイメントというのはモバイルとペイメントが合わさった言葉です、あたりまえですが。つまり、モバイルとペイメントの両方の発展を見ていくことによって、より理解が深まるのですね。中国のモバイルペイメントについて様々な記事を見かけます、その時のニュースについて知ることは大事なのですが、その背景や経緯などを理解すると、さらに深い知識となります。

    まあ、よく考えてくださいよ。ある日いきなりドカンと新しいものが出てくるなんてないわけですよ。スティーブン・ジョンソンは著書『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則』で一つのイノベーションが生まれるためには複数の要素が一定水準に達する必要があることを隣接可能性と呼んでいます。スマホだっていくつかのイノベーションが組み合わさってできている。これはモバイルペイメントも同じ。AlipayやWeChat Payが普及するまで、それが機能するための複数の要素が十分に中国で普及する必要があったわけです。

     

    モバイルペイメントの条件

    まず、モバイルペイメントを実現するためにいくつかの要素が必要になります。

    1. 金融機関の受け入れ態勢
    2. 消費者の受け入れ態勢
    3. 店舗の受け入れ態勢

    まず第一に、金融機関がペイメントを受け入れられなければそもそも支払いができません。銀行でもPayPalのような第三者決済機関でもいいのですが、決済機関は必要です。

    次に消費者が実際に買い物をするために使うモバイル端末が必要です。現金だったら必要ないですが、モバイルペイメントというから人はモバイル端末を使うわけです。それが利用されるにはメリットがないといけない。例えば、お金を持ち歩かなくてすむとモバイルペイメントでなければ買えないものがあるとか。そしてUXの問題。普通に考えればスマホを取り出して、アプリを起動してQRコードやICカードを読み取るって面倒な作業です。ステップ数的には現金やカードより多い。それなりのメリットがなければ使わないですよね。

    そして最後に買い物をする店舗側での受け入れ準備が必要です。QRコードを使うならQRコードを表示したり、読み取ったりしなければいけません。ICチップならICチップを読み取る機械が必要です。また、手数料が低いほど受け入れやすい。小売は薄利多売が多いので、利益を大きく圧迫する仕組みは受け入れられません。

    この三つの要素が十分に成熟して、銀行、消費者、店舗がWin Win Winの状態になってはじめてモバイルペイメントが実現できます。では、中国でそれぞれの要素がどのように発展していったのでしょうか。

    2002年:オフライン主体で金融インフラ構築段階

    金融機関の受け入れ:NG

    中国で一番最初のオンライン決済の仕組みはAlipay(支付宝)でもなければUnionPay(银联)でもありません。1998年にできたPayEase(首易信支付)が一番はじめです。しかし、初期のPayEaseは銀行のサイトで最終的な決済手続きをしなければならず、使い勝手が悪く普及しませんでした。

    むしろ、銀行がバラバラのシステムを使っているのが問題でした。これは日本の銀行でもそうでしたが、中国でも別の銀行のキャッシュカードを使ってお金を引き出すことができませんでした。さらに、同じ銀行でも別の地方では使えませんでした。これを解決するために生まれたのがUnionPayです。

    中国ではあまり銀行は信用されていません。少なくとも、銀行の支店は信用されていません。おそらく日本の銀行以上に事務的で官僚的でプロセスが遅い。だいたい中国人の友達と話をすると銀行の悪口が話題にのぼります。自分自身が体験したわけではないですが、話を聞くと確かにひどいなと思うことが多かったです。

    中国の銀行にはその頭文字を使ったニックネームがあります。例えば、中国工商银行(ICBC)だと「貯金は好きだけど貯金しない(爱存不存:I Cun Bu Cun)」とか中国农业银行(ABC)だと「ああ、貯金しないの?(啊?不存?:Ah, Bu Cun)」とか。香港のHSBCですら「それでも貯金しない!(还是不存!:Hai She Bu Cun)」ですからね。全ての銀行にこのようなニックネームがあります。まあ、銀行に勤めている人にとっては残念ですが、銀行はどこの国でも嫌われる運命にあるようです。

    そういう背景もあり、窓口の必要ない銀行カードの利便化は強く求められていました。

    これはペイメントにとって重要な一歩ですが、2004年まで店舗でUnionPayは使えませんでした。

    消費者の受け入れ:NG

    当時の中国では現在ほど携帯電話は普及していません。当然ながらスマホなんてありません。コミュニケーションは電話かSMSです。特にSMSは若者に人気が出ました。

    Nokia 3310(クレジット:中国网)

    ノキアはいち早く中国のピンイン(拼音)での入力をサポートしたためにモトローラから大きくシェアを奪いました。日本でもポケベルのコミュニケーションが流行りましたが、中国でもSMSによる数字のコミュニケーションが流行ります。例えば880だと「キミを抱きしめる(抱抱你:ba ba ling)」だし1314520だと「キミを一生愛する(一生一世都爱你:yi san yi si wo er ling)」といった感じです。

    余談ですが、中国では数字を数えるハンドサインも日本とは異なるので、数字を手で数える方法を覚えておくと中国で暮らすには便利ですよ。一から十まで片手で数えます。これ、本当によく使います。

    店舗の受け入れ:NG

    いろんな資料を読むとこの当時からSMSを使ったペイメントの仕組みが中国にもあったようですが、うーん、どうなんでしょう。ボクとしては今ひとつピンときません。SMSによるモバイルペイメントの成功事例といえばケニアのMペサですが、Mペサだって2007年ですからね。その5年前に中国でSMSのペイメントがあったと言われてもねえ。

    UnionPayは基本的にはデビットカードの発行が主体で、店舗にPOS端末につながるカードリーダーを貸し出し対応店舗を獲得していきます。最初のフォーカスはオンラインではなくオフラインでのペイメントでした。

    2005年:オンラインペイメントの誕生

    金融機関の受け入れ:OK

    UnionPayは今でこそ日本のヨドバシカメラでもUnionPayでの支払いを受け付けていますが、デビットカードとして機能して店舗のPOSで受け付けることができるようになったのは2004年以降です。少なくとも、金融機関側の受け入れ準備ができたのはこの年です。後は消費者と店舗の受け入れさえできればいい状態。

    この前年の2004年はアリババ(阿里巴巴)がAlipay(支付宝)をローンチした年でした。タオバオ(淘宝网)の中だけですが、中国で有力な第三者決済機関が生まれたのです。そして、2005年にはAlipayに続きPayPalが中国でビジネスを開始して、テンセントもTenPay(财付通)で追従します。

    モバイルペイメントが中国で普及する理由の一つとして「中国ではパソコンを飛ばしてモバイルが発展した」と言われることがありますが、カタパルトスープレックスではそう考えていません。スマホ普及以前に中国のオンラインコマースは急成長していましたし、それを背景に中国では第三者決済機関が生まれます。アメリカではPayPalが生まれましたが、日本を含む多くの国ではクレジットカードをつなぐペイメントゲートウェイは生まれても、第三者決済機関は生まれませんでした。

    また、「中国ではクレジットカードの利用が低いからモバイルペイメントが使われる」という説明も同様です。それだとクレジットカードの国であるアメリカからPayPalが生まれた説明ができません。たくさんある要素の一つだとは思いますが、決定的な要素ではないでしょう。

    消費者の受け入れ:NG

    この時点でも基本的な携帯電話の機能は変わりません。まだまだ電話とSMSだけです。しかし、2005年は携帯電話が普及しはじめる年でもありました。そして、中国で最も使われた携帯電話は中国国産のNingbo Bird(宁波波导)でした。スマホが普及するまで中国の携帯電話といえばこれだったのです。オンラインでのコマースはまだまだブラウザーベースのeコマースが主体でした。

    スマホ登場まで中国で人気だったNingbo Bird

    シャオミー(小米)のような中国国産スマホが受け入れられる土壌はここから生まれています。

    店舗の受け入れ:NG

    2005年の最初のオンラインペイメントブームを牽引したのはeコマースです。アリババのタオバオがeBayを中国における取引量で追い越した年でもあります。カタパルトスープレックスを隅から隅まで読んでいる人ならわかってますよね!日本の楽天や楽天ペイがどうしてそうならなかったのは不思議ですよね。

    オフラインもようやくUnionPayのデビットカードが普及しはじめました。ATMで現金の引き出しだけでなく、水道、電気、ガス等の公共料金の支払いや店舗側のPOS端末で支払いができるようになりました。セキュリティーの問題のあった磁気カードからUnionPayのバージョン2からICチップに移行しはじめたのもこの頃です。

    このようにオンラインでの第三者決済機関(Alipay)とオフラインでは銀行(UnionPay)は異なる発展をしてきました。

    2010年:モバイルペイメント元年(オンラインとオフラインの境界線がなくなる)

    金融機関の受け入れ:OK

    オフラインのペイメントではUnionPayの標準バージョン2は2004年から推進されていましたが、信頼性が高まり普及したのは2009年からです。この標準はICカードやPOSシステム、モバイルペイメントなど8の大分類からなる技術標準でした。

    オンラインのペイメントでは2010年から第三者決済機関はライセンス制度となります *1。中央銀行である中国人民銀行からライセンスを持っていないと事業ができないことになりました。海外のペイメントプラットフォームの参入が難しくなるのもこのころですね。ルールがない状態からルールを作り、徐々に実態に合わせていくことになります。2011年にはAlipayがQRコードでのペイメントを発表し、オフラインとオンラインの境界線がなくなります。そして2013年にAlipayはPayPalを抜いて世界一のペイメントプラットフォームとなりました。それだけではありません、

    Alipayは日本のペイメントプラットフォームと違い、もともとクレジットカードへの依存は高くありませんでした。それでも、中国の銀行への依存度は高い。そこで、Alipayはユアバオ(余额宝)というマネーリザーブファンドを立ち上げて、ほぼ銀行のようなことができるようになりました。つまり、この年にAlipayは銀行が集まって作ったUnionPayと直接対決できるまで力をつけます。当然ながら、テンセントもこの動きに追従してリーツァイトン(理财通)を立ち上げます。

    アリババがNFCではなくQRコードを採用したのはコストの問題もあったでしょうが、店舗のICカードリーダーはUnionPayのインフラなので、そこに乗りたくないという思惑もあったのではないかと思います。UnionPayはQuickPass(闪付)というブランドでNFCによるペイメントをオフラインで推進してきました。オフラインのインフラではUnionPayに一日の長があるので、同じ土俵では勝てません。

    消費者の受け入れ:OK

    2008年にiPhoneが中国で発売され、中国でもスマホ時代がはじまります。また、レイ・ジュンがシャオミー(小米)を起業するのが2010年です。AlipayがQRコード対応したのはこのようなスマホの普及に合わせたものです。ニーズがないのにインフラ作っても仕方ないですからね。

    小米1(クレジット:百度百科)

    Alipayが2011年、テンセントがWechatPayを2014年にリリースしたことで、インフラとして消費者が受け入れることができる体制ができました。あとはスマホがどれだけ普及するかという問題だけです。

    店舗側の受け入れ:OK

    店舗側でモバイルペイメントを受け入れるためにはコストの問題を解決しなければいけません。UnionPayが店舗側で普及した要因の一つとして手数料の安さがあります。VisaやMasterCardなどメジャーなクレジットカードの場合、1%から5%の手数料が発生します。粗利の低い小売では大きい。中国ではUnionPayのクレジットカード手数料は0.3%、デビットカード手数料は0.1%以下なので、コストが安く、店舗側に大きなメリットがあります。

    しかし、どれだけ手数料が安くてもPOSレジはコストがかかります。QRコードはこのPOSレジの必要性をなくしました。つまり、モバイルペイメントを導入する初期費用が限りなく安い。QRコードを印刷するだけですからね。

    初期費用が安くても運用費用が高ければ普及しません。特に手数料ですね。AlipayもWeChat Payも一回あたりのペイメントの手数料はかかりません。これは大きい。Alipayの場合、2万元(約33万円)を超えた分について現金化をすると0.1%の手数料がかかりますが。UnionPayのデビットカードと同じくらいですね。十分安い。しかも、アリババにはユアバオというお金を貯めておく仕組みがあります。そのため、現金として使わないのであればユアバオに貯めておく方が現実的です。そうなると手数料はゼロで銀行の口座よりも高い利息がつきます。銀行よりメリットが大きい。

    ちなみに、日本のQRコードのペイメントの先駆者であるOrigamiの場合は手数料が3.5%なのでクレジットカードなみです。楽天ペイも3.24%です。日本のペイメントの場合はクレジットカードのプラットフォームに乗ってしまってるから仕方ないのですけどね。また、日本のペイメントの場合は「決済手数料0円」となっていても、それはトランザクションフィーのことで、クレジットカードの決済手数料は必要だったり、年間100万円以下の決済まで無料などの限度があったりするのでわかりにくいです。

    中国の場合はわかりやすく、UnionPayのデビットカードより導入設置費用と運用費用がやすいため、QRコードによるモバイルペイメントの仕組みはこれまでPOSを導入できなかった小さな店舗や個人商店、露天にまで広がりました。Mobikeのような無人店舗でも使えるのでユースケースは広がります *2

    アリババの儲かる仕組み

    手数料があまりに安いとアリババが儲からない気がしますが、ちゃんと儲ける仕組みがあります。銀行が利益を出す仕組みは二つあります。一つは取扱手数料。例えばATMの手数料ですね。どこの銀行もこれはあまり大きくありません。大きいのはもう一つの利ざや収入です。アリババを含む中国の第三者決済機関は厳密には銀行ではないですが基本的に同じ仕組みです。

    銀行の場合、顧客から預金を集めて、そのお金を企業や個人に貸し出しています。預金に対して支払う利子と、融資先から徴収する利子の差額(利ざや)が銀行の最終的な利益となります。お金を集めるほど、大きなお金が運用でき、利ざやも大きくなります。AlipayやWeChat Payの場合、使ってもらったほうがお金が集まるので、手数料が安いのです。

    アリババというとQRコードのモバイルペイメントだけが注目されますが、ユアバオ(余额宝)というマネーリザーブファンド(預金機能)とマーイーフアベイ(蚂蚁花呗)という金融商品がセットとなっていると考える方がビジネス的にはしっくりくると思います。更にセサミ・クレジット(芝麻信用)というAlipayの利用状況を反映した信用情報を持っていて、貸し出しリスクを減らすことができます。これがAnt Financial(蚂蚁金服)がUberやAirbnbより大きな世界最大のユニコーン企業とされる原動力ですね。

    でも、これからも儲けられる?

    正直、わかりません。

    これはどこの国もそうですが、金融機関は強い規制のもとに運営されています。アリババのような第三者決済機関はほぼ銀行のような運営をしているので、徐々に銀行と同様の規制が強まってきています。これは日本でも同様です。日本でAlipayやWeChat Payのようなサービスをやると仮定して、SuicaやNanacoと同様に資金決算法により供託金を拠出しないといけません。供託金は運用できないんですね。利ざやを稼げない。

    日本の「供託金」は中国では「ベイフージン(备付金)」が近いと思います。日本の漢字だと備え付けるお金で「備付金」です。これは法律で決まっていて2013年に発布された「支付机构客户备付金存管办法」に基づきます。以下はアリババのユアバオの資産配分です。「ベイフージン(备付金)」と銀行に預ける預金は87.11%ですね。これが利益収入になります。

    ユアバオの2017年度2期、3期の資産配分(クレジット:蔡凯龙)

    この「ベイフージン(备付金)」に対する規制は年々高まってきています。今後は日本の供託金より厳しい規制になりそうなので、いつまで同様のビジネスモデルが通用するのかは未知数です。

    まとめ

    よく、「中国は偽札が多くて現金が信用されず、それがモバイルペイメントの普及の原因」と言われます。もちろん、それもあると思います。ATMから偽札が出てきますからね *3。しかし、スーツケースに現金を詰め込んでロールスロイスを買う人もいるんです *4

    っというわけで、何か一つの要因だけで説明できるほど単純ではありません。通説が間違いだとは言いません。それらも合わせて色んな要素があるのです。色々な複合的な発展が合わさってモバイルペイメントが普及する土台ができてきたことを理解することは重要だと思います。これを無視して「これからはQRコードが主流になる!」と息巻いて日本で同じことをやろうとしても、日本は同じ状況(法律やPOS普及率)ではないので、同じ実装(手数料ゼロとか)にはなりませんし、同じ結果にはなりません。日本には日本の最適解が見つかると思いますよ!

    参考文献

    China’s Mobile Revolution: 15 years in phones – Thatsmags.com

    中国银联_百度百科

    回顾:中国银行卡产业发展史 – 中国一卡通网

    中国3G_百度百科

    银联股权十年变迁史:一直没有控股股东_网易科技

    手机支付的发展历程

    第三方支付发展史,一路走来到底经历了什么?

    首信易支付_百度百科

    支付宝不收用户一分钱,却越做越大,那马云的支付宝是怎么盈利的?

    余额宝自废武功,马云手握1.5万亿却很委屈_腾讯财经_腾讯网

    支付宝海量沉淀备付金倒逼余额宝,蚂蚁金服2017年上市_营销案例_新闻资讯-商界招商网

    一般社団法人日本資金決済業協会|発行保証金の供託について

    UnionPay takes mobile payment services fight to Alibaba and Tencent with integrated app | South China Morning Post

    AB+F: UnionPay moves into mobile payments outside China

    関連記事

     

    *1:非金融机构决済服务管理弁法

    *2:これはNFCでもできますが

    *3:ボクのインド人部下が中国出張の時に被害にあいました

    *4:これはボクの目で実際に見ました!

  • アップルから学ぶベンチャーキャピタルの役割

    アップルから学ぶベンチャーキャピタルの役割

    今回取り上げるのはアップルです。アップルは「資金を提供する人のメリットは何か」と「いつ外部から資金調達をするべきなのか」と「創業者が資金以外に必要なもの」を理解するのに最適な事例だからです。

    資金を提供する人のメリットは何か

    そもそもベンチャーキャピタル って何?

    スタートアップは人生でもありゲームでもあります。創業者にとっては人生ですし、投資家にとってはゲームです。創業者は自分のプロダクトを形にするためにお金が必要で、投資家は持っているお金を増やす必要があります。

    お金ってほっとくと価値が下がるんですよね。今の日本だと実感しづらいかもしれませんが、インフレで物価は上がるので、相対的に貨幣価値は下がるんです。だから投資家はお金を運用して動かさないといけない。そのために沢山の金融商品が開発されました。プライベートエクイティもその一種です。書評で紹介した”Principles”の著者のレイ・ダリオのヘッジファンドも同様です。

    プライベートエクイティは未公開株のことです。公開株はパブリックエクイティ。エクイティは株のことです。未公開株を使った投資戦略はいくつかあり、ベンチャーキャピタル はその一種です。他にもソフトバンクがボーダーフォンを買収するときに使ったレバレッジバイアウト(LBO)などがあります。

    ベンチャーキャピタルにとって顧客は機関投資家で、プロダクトはスタートアップの成長性。投資を回収して利益を機関投資家に還元します。慈善事業ではないのです。

    最初のベンチャーキャピタル

    ベンチャーキャピタルの父と言われているのはビジネススクールINSEADの設立者であるジョルジュ・ドリオです。第二次世界大戦後の帰還兵がビジネスを立ち上げるためのファンドを作るために機関投資家に働きかけたのが最初と言われています。

    彼が立ち上げたARDC (American Research and Development Corporation)が1957年に7万ドルを投資したDECが十年後の1968年に3億5500万ドルでIPOしました。ベンチャーキャピタルが機関投資家から資金を集めて、スタートアップに投資して回収するというこのモデルは基本的に今でも変わりません。

    簡単に言えば1) 大きな資金で、2) お金を大きく育てられる。この二つの条件が揃った時にベンチャーキャピタルによる資金調達は有効だし、お互いにメリットがあるということですね。そうじゃない場合、例えば、少ない資金でできる場合はブートストラップでやったほうがいいですし、大きな資金が必要だけど、事業としてはあまり育たないならやらないほうがいい。どうしてもやりたければ借金でやったほうがいい。

    いつ外部から資金調達をするべきなのか

    これまで見てきたスロースタートアップはベンチャーキャピタルから資金調達をしないで自己資金(ブートストラップ)で起業しました。

    アップルだってブートストラップではじめました。スティーブ・ジョブズはフォルクスワーゲントラックを750ドルで売って、スティーブ・ウォズニアックはHPの計算機を500ドルで売って資金を作り、それを元手にコンピューターの基盤を作りました。これがApple Iです。ガレージで作ったのは、オフィスを借りる資金なんてなかったからです。ファッションでそんなことやってたわけじゃない。

    アップルの最初の製品”Apple I”のレプリカ(クレジット:Cameron’s Closet)

    The Byte Shopを経営するポール・テレルがApple Iを50個オーダーしてくれました。しかし、ボードだけじゃなくて完成品じゃなければいけない。1個配送する毎に現金で500ドル払ってくれる。さすがに1250ドルではパソコンそのものは作れない。オーダーをうけるには1万5000ドル必要でした。銀行は貸してくれないので、手形で部品を購入します。まあ、つまり借金ですね。でも、全て売り切って利益が出た。

    アップルの場合、Apple IはMVPと言えます。これで利益が出たことでビジネスとして成立できるという仮説を立証できました。そこまではブートストラップだったんですね。

    アップルの最初の資金調達

    スティーブ・ジョブズはAtari、スティーブ・ウォズニアックはHPに勤めていました。まだ、アップルにフルタイムでコミットしていたわけではなかったんですね。そう、どんなスーパーマンでも衣食住は必要なんです。ハードウェアのスタートアップはお金がかかるので、ブートストラップでは限界があります。Apple IIを開発するには流石に外部から資金調達をする必要がありました。

    最初にアップルに投資をしたのはベンチャーキャピタルではなく、エンジェル投資家のマイク・マークラでした。最初の資金を投資してくれるのは家族、友達、エンジェルの三種類でしたよね。3F (Family, Friends, Fools) です。

    マイク・マークラが25万ドルの資金提供をしてくれ、アップルに参加することによって1977年にApple IIを作ることができ、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックもフルタイムでアップルにコミットできるようになりました。

    創業者が資金以外に必要なもの

    しかし、この出会いをお膳立てをしたのは有力ベンチャーキャピタルSequoia Capitalを立ち上げるドン・バレンタインでした。資金を提供するだけならドン・バレンタインだけでできたはずです。なぜマイク・マークラを紹介したのでしょうか?

    スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックは同じ学校に通っていましたが、仲良くなったのは卒業してからだそうです。お互いにエンジニアリングが趣味だということがわかり、仲良くなりました。ある日、ウォズニアックが小説を読んでいるとブルーボックスという、どこでも電話がかけられる機械が登場してきました。しかし、色々調べているとあながち作り話でもなさそうです。そこで、ウォズニアックとジョブズはThe Stanford Linear Accelerator Centerに夜に忍び込んで図書館で文献を漁りまくりました。そうしたらとある文献に小説に出てきた周波数が書いてある。あ、これ本物だ!ということで二人は実際にブルーボックスを使ってバチカンやホワイトハウスに無料で電話をしまくります。これが二人にとっての最初のプロダクトでした。まあ、そういう人たちだったんです。

    ジョブズ

    ドン・バレンタインは資金調達のために会いに来たスティーブ・ジョブズと話をした時に投資をするにはビジネスの経験がないとを感じました。スタートアップに必要な三つの役割はハッカー、ハスラー、ヒップスターの3H (Hacker, Hustler, Hipster)の三つでしたよね。スティーブ・ジョブズはソフトウェア開発者(ハッカー)とデザイナー(ヒップスター)の要素を持っていました。スティーブ・ウォズニアックはソフトウェアとハードウェアの開発者(ハッカー)の要素を持っていました。そう、ビジネスが分かるハスラーがいなかったのです。

    創業者に足りないのって資金だけじゃなくて経験も足りないんですよね。成長に足りないものを見抜いて補完するのもベンチャーキャピタル の仕事の一つです。マイク・マークラはエンジェルとして資金を提供するだけでなく、三人目の共同創業者としてアップルに参加することになります。Googleにおけるエリック・シュミットの役割ですね

    スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックに無かったのはビジネスの経験で、三人目の共同創業者としてマイク・マークラはハスラーとしてビジネスの経験を提供しました。そして、元々インテルでエンジニアだったため、ハッカーとしてもかなりのコードをアップルで書いたようです。

    ベンチャーキャピタルからの資金調達

    1977年に発売されたApple IIは大成功し、翌年の1978年にドン・バレンタインのSequoia Capitalもアップルに投資します。ベンチャーキャピタルは機関投資家の資金を預かり、それを投資しているのでスタートアップをエグジット *1 させて投資を回収しないといけません。アップルの場合は投資から約二年後の1980年12月に1億7900万でIPOします。

    参考文献

    17 things you didn’t know about the Apple 1 – one of the world’s most expensive computers – BT

    Apple chronology – Jan. 6, 1998

    An ‘Unknown’ Co-Founder Leaves After 20 Years of Glory and Turmoil – The New York Times

    Sequoia

    Wozniak Meets Steve Jobs: Blue Box Free Phone Calls Worldwide – YouTube

    Blue Box – Why Steve Jobs and Steve Wozniak hacked the phone network › Mac History

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    *1:IPOやM&Aなどにより投資した資金を回収すること

  • スロースタートアップ|第四回:GoPro|ハスラーのブートストラップ

    スロースタートアップ|第四回:GoPro|ハスラーのブートストラップ

    ニック・ウッドマンは他のスタートアップ創業者と少し違います。スタートアップにはハッカー(開発者)、ハスラー(ビジネス)、ヒップスター(デザイナー)の三種類の人が必要だと言われています。頭文字をとって3H (Hacker, Hustler, Hipster) 。多くのスタートアップはハッカー(開発者)かヒップスター(デザイナー)が創業者です。ハスラー(ビジネス)が創業者のケースは非常に少ないです。

    これは、プロダクトを作る人がまずは必要だからです。ハスラーはビジネスに関する知識があってもモノは作れないですからね。デザインと開発を外注しないといけない。GoProのようなハードウェアスタートアップであればハードウェアの開発者が創業者のことが多いです。例えば、Oculusのラッキー・パーカーのように。しかし、ニック・ウッドマンはモノを作った経験がないハスラーの創業者でした。どうやってGoProを作ったのでしょうか?

    GoPro創業前

    ニック・ウッドマンは40歳までにスタートアップで億万長者になる夢がありました。周りと違うことをしたい *1

    そこで、大学を卒業してすぐに二つのスタートアップ(ショッピングサイトのEmpowerAll.comとゲーム会社のFunbug)を立ち上げています。ベンチャーキャピタルから400万ドル調達しましたが、これらはうまくいきませんでした。何もやりたいことが見つからず、半年くらい落ち込んだそうです。

    GoProの創業

    ニックが大学時代に打ち込んでいたことはサーフィンでした。そこで、インドネシアとオーストラリアに5ヶ月間のサーフィンの旅に出ることにしました。この旅を写真に収めるために腕にカメラを取り付けてサーフィンをしている姿を撮りたいと考えました。そこで、市販の防水インスタントカメラを腕に取り付けることにします。しかし、市販のカメラを腕に取り付けるストラップがない……あれ?これビジネスとしてイケるんじゃない?

    最初のアイデアは市販のカメラを腕につけるストラップでした。GoProはいきなりカメラじゃないんです。こちらがその最初のプロトタイプ。このアイデアを元に再び起業。三度目の正直ですね。2002年のことでした。

    最初のGoPro(リストストラップ)のプロトタイプ(クレジット:Forbes/YouTube)

    ニックは作ったリストバンドを近所のサーフショップで15ドルで売ってみました。そこで気がついたのはリストバンドよりむしろ市販の防水インスタントカメラが問題だということです。サーフィンで使うには耐久性が弱い。そこで、このリストバンドの権利をKodakに売って、Kodakにリストバンドにあったもっといいカメラを作ってもらおうと考えましたが、これはうまく行きませんでした。まあ、そうですよね。

    最初のカメラ

    Kodakが作ってくれないので、自分で作ることにしました。自分で工具を使ってプラスチックを削り、型を作りました。これを中国のカメラ製造会社のHotaxに送ります。Hotaxから送り返されてきたのはCADファイルでした。なんとここのファイルを開けて確認したところ、うまくいきそうでした。

    ハードウェアのスタートアップの場合、製造コストが必要です。でも、そんなお金なかったら?

    他人から借りるのです。スタートアップには”3F”という言葉があります。最初にお金を貸してくれるのは家族、友達かエンジェル投資家。その頭文字をとって3F (Family, Friends, Fools) です。エンジェルがFoolというのもひどいですね!「アクションカメラ」というジャンルを築き上げたGoProの場合は家族が初期の投資をしてくれました。お父さんは投資銀行の役員ですからね。20万ドル(約2000万円)を「投資」してくれました。身内から借りるのもブートストラップのやり方の一つ。

    これを元手にHotaxで一個あたり3ドルの製造し、14ドルでサーフショップで売ることにします。これが最初のGoProになります。起業から2年目の2004年です。

    テレビショッピングで販売

    GoProといえばデジタルカメラを思い浮かべると思いますが、最初は35mmフィルムのカメラでした。だから3ドルで作れるんですね。

    最初はサーフショップだけで販売していましたが、テレビショッピングまでチャネルを広げました。いまだったらネットショップで売ったんでしょうが、当時はまだテレビショッピングの影響が大きかったのです(下が当時の番組を録画したYouTubeビデオ)。これを二年間売り続けました。

    テレビショッピングで売られる初代GoPro(クレジット:youtu.be

    デジタルカメラのGoPro

    しかし、友人たちから「デジタルカメラにしてほしい」と言われます。流石にそろそろフィルムはツライですよね。そこで、いよいよ2006年にデジタルカメラのGoPro Hero Digitalを発表します。初代のGoProの売り上げのおかげでデジタルカメラを製造できるくらいの原資もできました。ここでようやく私たちにも馴染みのあるGoPro Digital Heroが誕生します。音声は録音できませんでしたが、10秒のビデオが撮影できました。

    大人になるということ

    ここまでニック・ウッドマンはGoProで外部資金を調達していませんでした。しかし、Oculusの事例で見てきたように、ハードウェアのスタートアップは難しい。イノベーションを続けるためにR&Dが必要だし、在庫を持たなければいけないのでサプライチェーンの管理もしなければいけない。

    そこで、創業から9年後の2011年にRiverwood Capitalをリードとしてベンチャーキャピタルから資金調達をします。Riverwood Capitalは製造業のために受託生産サービス(EMS)を提供しているFlextronicsのマイケル・マークスのベンチャーキャピタルです。つまり、製造業のプロ。さらに、マイケル・マークスの仲介でFoxconn(鸿海)からも資金調達を受けます。

    この製造のプロからの支援によりGoProはブートストラップから卒業して大人の階段を登りはじめます。ニック・ウッドマンはこうしてスタートアップで億万長者になる夢を叶えていきます。ただニックがハスラー(ビジネス)ではなくハッカー(デベロッパー)やヒップスター(デザイナー)だったらもっと違った形になってたのかもしれないと思ったりもします。

    参考文献

    GoPro CEO Nick Woodman’s Formative Moment – YouTube

    How GoPro Made A Billionaire | Forbes – YouTube

    First ever GoPro camera – Hero 35 mm – Full story. | Pevly

    The Evolution of the GoPro – Poundit

    Can GoPro Rise Again?

    Foxconn CEO Terry Gou On His Company’s Growing Relationship With GoPro

    GoPro Reveals Why Foxconn CEO Terry Gou Didn’t Take Board Seat

    The Untold Story of How Massive Success Made GoPro’s CEO Lose His Way. Can He Recover? | Inc.com

    The Life And Awesomeness Of A GoPro Founder Nick Woodman – Business Insider

    関連記事

     

    *1:ちなみに、ニックの父親は投資銀行の役員で、家庭はすごくリッチだったと思います。まわりの友人も弁護士とか投資銀行とかの家庭が多かったそうです。レーシングカーにも乗ってますからね、金持ちじゃないとできません。金持ちがスタートアップやっちゃいけないなんてことはないですからね。スタートアップに貴賎なし。

  • スロースタートアップ|第三回:MailChimp|選んだ道じゃないけれど

    スロースタートアップ|第三回:MailChimp|選んだ道じゃないけれど

    スタートアップといえば急速な成長のためにベンチャーキャピタルからガツンと資金調達をするイメージがあると思います。しかし、ベンチャーキャピタルから資金調達をせずにずっとブートストラップ *1 しながら成長するスタートアップも存在します。日本だとサイバーエージェントがそうですよね。そういうブートストラップなスタートアップをスロースタートアップと呼びたいと思います。

    「スロースタートアップ」の第三回目はスタートアップなら誰しも(おそらく)お世話になったことがあるMailChimpです。当然、ボクもお世話になっています!これまで見てきたGithubはやりたいことを求めてdribbbleはおじさんたちのサイドプロジェクトとして資金調達をしない自らスロースタートアップの道を進みましたね。MailChimpの場合は全く別の理由でスロースタートアップの道を歩まなくてはなりませんでした

    MailChimpってなに?

    簡単に言えばeメールによるマーケティングツールです。マーケティングオートメーション(MA)のメールだけに特化したサービスです。2000サブスクライバーまでは無料なのでスタートアップがよく使います。ほんと助かってます。

    勘違いによる出会いと解雇

    創業者のベン・チェスナットとダン・クルジアスはアトランタで出会います。ベンはデザイナーとしてCoxという会社に勤めていました。MP3のプロジェクトでデベロッパーが必要だったベンは友人からダンを紹介されます。ダンは元々はDJで不動産業をしていました。音楽の仕事でDJのプログラミングだと思ってたら、コンピューターのプログラミングだった。とんだ勘違いですが、速攻でコンピューターのプログラミングを覚えたそうです。マジか!

    勘違いからの出会いでしたが、二人は息があったようで一緒に働きます。しかし、CoxのMP3の事業は二人の仲ほどはうまくいかず、2000年にベンとダンは一緒に解雇されてしまいます。まあ、Spotifyまで音楽ビジネスはうまくいかないのですから、これは仕方がない。

    失意の起業と失敗の連続

    そして、失業者となった二人は2001年にRocket Science Groupを立ち上げます。最初はコンサルティング業、次に旅行業にピボット、更に不動産業にピボットします。つまり、うまくいかなかったわけです。ベンもダンも奥さんと子供がいましたが、この頃の生活費は奥さんが稼いでくれました。実はもうひとり創業者がいたのですが、その人とはコンタクトが取れないそうです。まあ、うまくいかない時期ってそんなもんですよね。

    うまくいかなかった理由は二人とも営業が苦手だったからです。アトランタにはデルタ航空、コカコーラ、CNNなどの大企業があるのですが、そういう大企業を相手にするのも苦手でした。自分たちでもできたのは中小企業で、中小企業はeメールマーケティングを求めていました。

    MailChimpの誕生

    そこで、普段は大企業相手につらい営業をしつつ、空いた時間で中小企業向けにeメールマーケティングの自動化の手伝いをしていました。この隙間時間のeメールマーケティングのプログラムはすごく楽しむことができたそうです。そして、それが1万ドル(約10万円)、2万ドル(約20万円)くらい入ってくるようになりました。そこで、使っていたプログラムをMailChimpと名付けて、それだけでやっていくことに決めました。これが2007年の話。創業から6年ですね。すっごく長かった!

    2007年と言えばMailChimpの競合会社でベンチャーキャピタルから資金調達をしていたConstant ContactがIPOをした年です。当然ながらベンチャーキャピタルはMailChimpにも来たそうです。でも、ぶっちゃけファイナンシングというのがよく分からなかったそうです。何か信念があって資金調達をしなかったわけではなく、よく分からなかった。少なくとも初期のインタビューではそう答えています。当時のベンチャーキャピタルのアドバイスは中小企業ではなく、大企業のエンタープライズビジネスにシフトすることでした。しかし、それは二人がやりたくないことでした。

    フリーミアムで飛躍

    MailChimpが急速に成長したのは2009年にフリーミアムモデルを導入してからです。当時は10万人くらいだったユーザーがその年で100万人になり、翌年に200万人になりました。

    ブートストラップし続けるということは、エグジットする必要がないということです。回収しなければいけないものがないですから。ベンチャーキャピタルから投資を受け入れるということは、投資を回収する(エグジットする)ためにIPOなりM&Aをしなければいけません。進んで起業したわけでもなく、選んでブートストラップしたわけでもありませんが、MailChimpの場合はそういう圧力がないので今日も元気にブートストラップ中です。

    参考文献

    Want Proof That Patience Pays Off? Ask the Founders of This 17-Year-Old $525 Million Email Empire | Inc.com

    MailChimp Story – Profile, CEO, Founder, History | Email Marketinng Companies | SuccessStory

    Monkey Business: The Story Behind MailChimp’s Wild Growth | Drift Blog

    MailChimp and the Un-Silicon Valley Way to Make It as a Start-Up – The New York Times

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    *1:自己資金で事業をするという意味。コンピューター用語としてコンピューターを起動することをブートと言います。ブートストラップは外部からの助けがなくプロセス実行できることを言います。それがスタートアップの世界でもそのまま使われるようになりました。ちなみに、本来的な意味はブーツの後ろにつく輪っかの部分です。ブーツをかける輪っか。

  • スロースタートアップ|第二回:dribbble|おじさんたちのサイドプロジェクト

    スロースタートアップ|第二回:dribbble|おじさんたちのサイドプロジェクト

    スタートアップといえば急速な成長のためにベンチャーキャピタルからガツンと資金調達をするイメージがあると思います。しかし、ベンチャーキャピタルから資金調達をせずにずっとブートストラップ *1 しながら成長するスタートアップも存在します。日本だとサイバーエージェントがそうですよね。そういうブートストラップなスタートアップをスロースタートアップと呼びたいと思います。

    「スロースタートアップ」の第二回目はデザイナーならみんな大好きdribbble *2 です。どういうわけか、デザイナー御用達ツールはブートストラップが多いんですよね。ShutterStockとかBalsamiqとか。次回紹介するMailChimpもデザイナーのスタートアップですし。今回は若者スタートアップのヒリヒリした話ではなく、おじさんスタートアップのほんわかした話です。

    dribbbleってなに?

    まず、簡単にdribbbleについて。dribbbleはデザイナーが自分の作品をシェアできるWebサービスです。非常にコミュニティー色が強く、多くの場所でボランティアがdribbbleミートアップを開催しています。そういう意味では、世界で最も大きなデザイナーコミュニティーの一つだとも言えます。ボク自身はグラフィックデザイナーではないのでdribbbleは使ってなかったですが、シンガポールやアムステルダムにいた時代にUX関連のトピックではよく参加していました。dribbbleは招待制で、既存のユーザーから招待がないと正式なメンバーになれません。これがスノッブな感じがして、一部にはアンチも存在します。あとで説明しますが、招待制にしたのは理由があって、彼らが外部から資金調達をしないブートストラップのスタートアップであるのが影響しています。

    創業者はおじさんヒップスターとハッカー

    dribbbleの創業者であるリック・ソーネットとダン・シーダーホルムがユニークなのは、かなりおじさんだということですね。スタートした当時には結婚して子供もいた。それなりに安定した仕事もあった。Webの黎明期にインスパイアされてダンはデザイナーに、リックはデベロッパーになります。普通に考えれば、わざわざ大変なスタートアップなんてやる必要ありません。

    リック・ソーネットはリサーチャーだったそうです。でも、黎明期のWebの魅力にとりつかれ、プログラミングを再び学ぶために大学の修士課程に戻り、デベロッパーになりました。IBMやFideltyなどの大企業のほか、スタートアップでも働いていました。

    ダン・シーダーホルムはもともとWebデザインの世界では超有名人で、CSSの可能性を広げた人で、たくさんの著書があります。日本でも『Web標準デザインテクニック即戦ワークブック』が翻訳されていますね。元々はスケートボードのロゴやデザインが好きで、ミュージシャンとして働いていた時にアルバムのデザインなどをしていたそうです。自分がデザイナーだと認識しはじめたのは黎明期のWebの影響が大きかったそうです。タイポグラフィーなどいろんな要素が必要で、多くの人に見られることでデザイナーであることを意識したそうです。

    おじさん達の出会い

    この二人はどうやって出会ったのでしょうか。ダンとリックはボストンで近所に住んでいて、同じ年代の子供がいました。そこでおくさん同士が知り合いになり、二人は出会います。リックは「ダン・シーダーホルムってなんか聞いた名前だな?本とか出してなかったっけ?」と調べました。あ、やっぱり有名な人だ!

    最初は有名人とは釣り合わないんじゃないかと遠慮していたそうですが、そのうちに友達になります。リックは週二日ダンのオフィスを使わせてもらい、残りは家で仕事をしていました。当時はヘルスケアスタートアップのPatientsLikeMeというプロジェクトに関わっていました。リックがダンのオフィスにいるときに二人でサイドプロジェクトができたらいいねという話になりました。デザイナーとデベロッパー。ヒップスターとハッカーはいつの時代も黄金のコンビですよね。

    サイドプロジェクトとしてのdribbble

    ダンが考えていたのはデザイナーが自分たちの仕事を共有できて、「ドリブル」できる場所。2007年くらいからアイデアを温めていました。当時は写真共有サイトのFlickrがとても人気があり、Twitterも人気がではじめた頃でした。その二つを組み合わせたらどうだろうというのが最初のアイデアでした。そして、それは紫でなければいけない!と最初から決まっていたそうです(笑)

    ダンとリックの二人はプロトタイプを徐々に磨き上げ、ベータテストを始めます。手書きの招待状に招待コードを書いて、dribbbleのTシャツを同梱してデザイナーの友人たちに送りました。eメールではなく、創業者による手書きの招待状と手作りのTシャツ。これは最初のベータテスターに参加してもらうのにとても大事だったそうです。ダンのネットワークもあり初期の段階から30人のデザイナーが作品をアップするようになりました。

    dribbbleにとってプロダクトとは

    リックはベータの段階では最初は自分の家の猫の写真などをアップしていたそうです。本物のデザイナーが実際に作品をシェアするまで自分でも確信を持てなかったようです。つまり、Flicker+Twitterというコンセプトはあったものの、デザイナーのコミュニティーというアイデアが最初からあったわけではなかったのです。

    デザイナーたちが作品をアップしはじめると、彼らがどのような意図で、どのようなプロセスでデザインをしているのかがわかるようになりました。普段は最終的なデザインだけではわからなかったものが見えてくる。これ自体がエクスペリエンス(体験)だということがわかりました。

    当初はPixelの交換やゲーミフィケーションなど様々なアイデアがあったり、実際に実装したものもありましたが、ベータテストで方向性がクリアになると不必要な実装やアイデアは全て捨てたそうです。

    長いベータと最初の危機

    ダンもリックもフルタイムの仕事があって、家庭があって子供もいました。dribbbleはかなり長い間サイドプロジェクトでベータでした。招待制はあまり大きなサービスをサイドプロジェクトで続けることができないという理由からでした。多くの機能追加のリクエストもありましたが、優先順位をきちんとつける必要がありました。

    この長いベータ期間のため、デザイナーにとってdribbbleは知り合いが気兼ねなく作品をシェアできる場所でした。そしてこれが正式版のローンチになると問題になりました。デザイナーとしては自分の初期のアイデアをあまり共有したくない。ベータで少ない人だけに共有されていたからよかったが、一般公開になると話が違う。当然ながらプライベートモードなど多くのリクエストがありました。

    しかし、ダンと(特に)リックはプライベートモードの実装には反対しました。一部しか見れないのであればエクスペリエンスは失われてしまう。ユーザーがそれで離れていってしまうのだったら直さなければいけないが、まずはプライベートモード無しでいくと決めます。数週間はクレームの嵐だったそうですが、それでも作品の投稿が減ることはなかったそうです。ここでの学びは「目に見えた変更を行えばネガティブな反応がある。ネガティブな反応があったからといって、その変更が悪いかどうかはわからない。ユーザーの行動を見ていいか悪いかの判断をする必要がある」だそうです。

    ブートストラップとフルタイム

    一般的な若いスタートアップは資金調達をして必死に働いて急速に成長させようとします。その間、仕事に100%コミットする必要があります。ダンとリックの場合は違いました。ダンとリックにとっては家庭が最優先でした。これは他の若いスタートアップの起業家と大きく異なるところです。子供がいて家族を養うとなると「ラーメン利益 (Ramen Profitable)」ではやっていけません。

    最初は大きな宣伝はせずにゆっくりと育てる。これは前回紹介したGithubも同じことが言えます。Githubは最初の二年間で一回しかTechCrunchに取り上げられていません。外部から資金調達する一般的なスタートアップがファストスタートアップだとしたら、ブートストラップの場合はスロースタートアップですね。

    最初にdribbbleでフルタイムとして働きはじめたのはリックでした。2010年5月です。dribbbleの広告でリックの半分のサラリーが賄えるくらいの売り上げがありました。当時のdribbbleはデザインよりもエンジニアリングでやることが多かったので、まずはデベロッパーのリックから。二人一緒にフルタイムの必要はない。リックとしては一時的に収入が減ったとしてもdribbbleをフルタイムでやってみようと決意します。ダメだったらまたスタートアップでデベロッパーとして働けばいいじゃない。

    普通の(でもリッチな)おじさんに戻る

    dribbbleはInstagramと同様に少人数のチームで続けました。2017年1月にTinyに買収された時、従業員は8人でした。7年のスロースタートアップの後、ダンとリックは元の場所に戻っていきます。前よりお金に余裕をもって。

    参考資料

    Rich Thornett on bootstrapping Dribbble – DNSimple Blog

    Interview with Dribbble’s co-founder Dan Cederholm | Webdesigner Depot

    What Drives Dribbble Founder Dan Cederholm? – Envato

    Dribbble Founders on Design, Entrepreneurship, & Community – YouTube

    Dribbble 2.0 – Andrew Wilkinson – Medium

    関連記事

     

    *1:自己資金で事業をするという意味。コンピューター用語としてコンピューターを起動することをブートと言います。ブートストラップは外部からの助けがなくプロセス実行できることを言います。それがスタートアップの世界でもそのまま使われるようになりました。ちなみに、本来的な意味はブーツの後ろにつく輪っかの部分です。ブーツをかける輪っか。

    *2:ドリブルと読みます。ロゴはバスケットボール。

  • スロースタートアップ|第一回:Github|スポーツバーとラーメン利益

    スロースタートアップ|第一回:Github|スポーツバーとラーメン利益

    スタートアップといえば急速な成長のためにベンチャーキャピタルからガツンと資金調達をするイメージがあると思います。しかし、ベンチャーキャピタルから資金調達をせずにずっとブートストラップ *1 しながら成長するスタートアップも存在します。日本だとサイバーエージェントがそうですよね。そういうブートストラップなスタートアップをスロースタートアップと呼びたいと思います。

    これから何回かにわたってブートストラップで大きくなった「スロースタートアップ」をいくつか紹介していきます。まずは先日、マイクロソフトに買収されたGithubから。Githubは2008年に創業して、2012年までブートストラップでした。創業者たちはどのように生活費を稼ぎながらGithubをブートストラップしたのかみていきましょう。

    スポーツバーとサイドプロジェクト

    Githubはスポーツバーで生まれました。創業者のトム・プレストン・ワーナーとクリス・ワンストラスは夜遅くにバーで開催されるRuby開発者のミートアップに参加していました。何杯か飲んで休んでいるときにトムがクリスを見かけました。なぜかは覚えていないそうですが、その時にトムがやっていたプロジェクトだったGritをクリスに見せたそうです。GritはRubyで開発したGitレポジトリにアクセスするプログラムでした。トムはすでにWebでGitレポジトリを共有できるプラットフォームのアイデアを持っていました。そして、クリスが言います。「よし、一緒にやろう (I’m in. Let’s do it.)」このスピード感がいいですね。

    そして、翌日の2007年10月19日午後10時24分にクリスが最初のコードをGithubにコミットします。これがGithubのはじまりです。企業立ち上げの公式な手続きがあったわけではなく、二人のプログラマーがクールなことをやろうとした結果でした。

    次の三ヶ月、二人はGithubのプログラミングを行います。トムはGritを開発し続け、UIをデザインし、クリスはRailsのアプリケーションを作りました。毎週土曜日に会って、方向性を話し合いました。この頃、二人ともフルタイムで働いていてGithubはサイドプロジェクトでした。Githubはほぼ全てRubyで開発され、一部だけErlangのgit daemonを使いました。

    ローンチとマイクロソフトと「生かすか殺すか」の決断

    最初のプライベートベータは2008年1月。最初のコミットから三ヶ月後でした。そして、三人目の創業者となるPJハイアットが加わって4月に正式なローンチをします。この時のユーザー数は300人強。自分たちが素晴らしいことをしているという意識はあったそうですが、すごく大きくなるとは想像していませんでした。ローンチもメディアを招待して壮大にやったわけではありません。

    そして、その年の7月にトムは人生の岐路に立ちます。フルタイムで勤めていたPowersetがマイクロソフトに買収されたのです。29歳でした。トムはWordpressなどで使われるアバターのアドインとして有名なGravitorの開発者で前年にAutomatticに売却してからPowersetに勤めています。そのせいなのか、贅沢な暮らしが板についてしまっていて、この頃にはそれなりの額の借金があったそうです。しかも、マイクロソフトの条件はすごくいい。クリスとPJはトムより年下で、すでにフルタイムでGithubにコミットしていたそうです。フリーランスをしながら食いつないでいた。クリスなんてCNETで働いていたんですけどね。トムがマイクロソフトに移ったらGithubはお終い。そして、結局は期限ギリギリにPowersetを退職してGithubにフルタイムでコミットすることに決めたそうです。

    ブートストラップと「ラーメン利益」

    さて、三人は安定した収入を絶ってフルタイムでGithubにコミットします。そして、結果的に5年近く外部から資金調達をせずに自己資金だけで運営していくことになります。

    トムはGravitorで起業の経験があるので、無償で大きなサービスを提供するのは危険だと理解していました。Githubは大きなデータベースなのでサーバーコストの問題を解決する必要がありました。そうした理由でプライベートベータの段階では友人しか招待しませんでした。しかし、徐々にプライベートなレポジトリにお金を払っていいという人たちが出てきました。このプライベートリポジトリによるビジネスモデルが見えていたので三人はそれにかけてフルタイムでコミットできたんですね。

    サーバーコストはSlicehostのドメインとストックフォトくらいで、あまり大したことありませんでした。一番の問題は創業者たちの生活費。これが一番大きかったそうです。おそらくこれはどのスタートアップでも言えることだと思います。だからY Combinatorのポール・グレアムは「ラーメン利益 (Ramen Profitable)」が大事だと言ってるんですね。スタートアップの創業者がどれだけすごくても人間なんで、毎日カップラーメンが食べれるくらいの生活費は必要なんです。

    最初の頃は少額の給料をGithubから受け取り、設定したゴールを達成したら翌月からその額を少し上げていったそうです。足りない生活費はフリーランスの仕事などアルバイトで稼ぎました。ゴールを達成できなかった月もあったそうですが、最終的には三人とも生活費が稼げるくらいの収入になったそうです。約5年後の2012年に外部から資金調達をしますが、それまではこんな感じでブートストラップしてきたそうです。

    あとはご存知の通り、Githubはとても人気のあるサイトになり、マイクロソフトに買収されました。しかし、残念ながらトム・プレストン・ワーナーはマイクロソフトに買収される前にハラスメント問題でGithubを去ることになってしまいます。なんか、マイクロソフトと縁がない人なんですね……

    参考文献

    Bootstrapped, Profitable, & Proud: GitHub – Signal v. Noise

    Tom Preston-Werner on Powerset, GitHub, Ruby and Erlang

    How I Turned Down $300,000 from Microsoft to go Full-Time on GitHub

    GitHub co-founder Chris Wanstrath shares his story, University of Cincinnati

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    *1:自己資金で事業をするという意味。コンピューター用語としてコンピューターを起動することをブートと言います。ブートストラップは外部からの助けがなくプロセス実行できることを言います。それがスタートアップの世界でもそのまま使われるようになりました。ちなみに、本来的な意味はブーツの後ろにつく輪っかの部分です。ブーツをかける輪っか。

  • テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

    テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

    スタートアップは創業者のビジョンをプロダクトなりサービスを具体的な形にして提供する企業だと思います。マイクロソフトのビル・ゲイツの場合は”Infomation on fingertips“ですよね。手のひらに情報を。パソコンはその手段。

    しかし、企業はそのビジョンを達成した後も存続します。場合によってはこれまでやってきたことが古くなってしまうこともあります。そのような場合は創業者ではなく、中から変わっていく必要がありますよね。同じくマイクロソフトの例だとサティア・ナデラがそれに当たります。

    これは中国のテンセント(腾讯)にも同じことが言えます。マイクロソフトを理解するために創業者のビル・ゲイツと現CEOのサティア・ナデラを理解する必要があるように、テンセントを理解するには創業者のポニー・マ(马化腾)とWeChat(微信)の開発者のアレン・ジャン(张小龙)の二人を理解する必要があります。

    テンセントの創業前から現在までかなり濃密にカバーしてますので今回はかなり長いです。Pocketやはてなブックマークで保存しておくことをお勧めします!

    プログラミング好きが高じてテンセント創業

    テンセントの創業者であるポニー・マは広東省に1971年に生まれました。家庭は貧しく、父親が職を探すために各地を転々としました。家族は深センに落ち着き、ポニー・マは深セン大学を卒業、ポケベルのためのソフトウェアを開発する技術者として通信機器IT会社(润迅通信发展有限公司)に就職します。

    当時のポニー・マは非常に内向的で、あまり人と話すのが好きではなかったそうです。実際にいまでもポニー・マはなかなか人前に出てきません。コンピューターに向き合っている方が好きだった。自分にとって資産と呼べるのはプログラミングしかないと感じていたそうです。C言語でたくさんのプログラムを書いた。自分のプログラムを多くの人に使って欲しいと考えたそうですが、就職した会社ではそれができない。ジャン・ジードン(张志东)もコンピューターが好きで、ソフトウェア会社に入りたかったのですが、当時の中国でコンピューターに関わる仕事はSIしかなかったそうです。

    そして1998年に大学の友人だったジャン・ジードンや中学生時代の友人とともにテンセントを創業します。資本金は創業メンバーの自己資金でした。ポニー・マが50%未満で、残りの創業者を合わせると過半数が取れるようにしました。創業する前は本で読んだシリコンバレーのスタートアップのような刺激的な生活を想像していたそうですが、実際のスタートアップは家賃や光熱費の支払いや翌月の給料の心配ばかりでした。

    三回死にそうになってソーシャルネットワーク企業としての地位を確立

    最初の臨死体験

    テンセントの最初のプロダクトはインターネットにつながるポケベルアプリでした。しかし、携帯電話の普及が予想以上に早く、このプロダクトは失敗します。

    二回目の臨死体験

    1999年に最初のプロダクトOICQ(後にAOLに訴えられて名前をQQに変える)を発表します。これはパソコン用のチャットアプリで、当時流行していたAOLのICQと同じものです。ポニー・マは通信関連会社に勤めていたこともあり、ポケベルのような単純なものを作る予定でした。最初の目標は3万ユーザー。ユーザー獲得のために各学校の掲示板に訪れ、一人一人勧誘していきました。獲得できたユーザーは平均で1日12人くらいだったそうです。この頃、貯金残高は1万中国元(約15万円)まで目減りしていたそうです。

    IOCQ時代のQQのスクリーンショット(クレジット:百度)

    三回目の臨死体験

    それでもソフトウェアとしての品質が高く、落ちないチャットアプリとして徐々に人気が出てきました。そして、2000年にユーザーが増えてきたところでベンチャーキャピタルからの資金調達を行いました。20%のシェアで220万ドル(約2億2000万円)の資金調達でした  *1 。しかし、テンセントは3年は利益が出ていなかったそうです。しかもその頃にインターネットバブルがはじけて資金はどんどん目減りしていったそうです。これが三回目の臨死体験。

    そして安定

    テンセントのビジネスモデルは広告収入とプレミアムユーザーでした。プレミアムユーザーは追加機能が使え、アバターの着せ替えなどができました。また着せ替え用のグッズ収入もありました。2008年にはかなりの利益が出るようになっていました。

    パソコン用のメッセンジャーアプリとして最大の競合はMSNでしたが、ポニー・マの分析では二つの理由で自滅したそうです。一つはソーシャルに対応できなかったこと。QQの場合は独自のソーシャルネットワークであるQzone(QQ空間)がありました。このQzoneはFacebookというよりもギラギラデザインのMySpaceに日本のMixiの日記の要素を加えた感じですね。ボクは中国人の友達とチャットするためにQQは使ってましたが、流石にQzoneには手が出ませんでした。

    QQ空間のスクリーンショット(クレジット:百度)

    もう一つのMSNの敗因は中国向けのローカライズが足りなかったとのことです。うん、確かにこのギラギラの世界観をアメリカ企業はマネできないですよね。

    テンセントの収入源は?

    とはいえ、テンセントの売り上げの70%は付加価値サービスでそのかなりの部分はPCやスマホのゲームです。残りの30%がeコマースや広告となります(テンセントのAnnual Reportはこちら)。これらのゲームの大半はすでにあるゲーム企業の投資によるものです。例えばクラクラのスーパーセルをソフトバンクから買ってます。実に世界のオンラインゲームの13%をテンセントが握っていることになります。QQやWeChatに目がいきがちですが、実はゲームがテンセントにとっての稼ぎ頭なのでした。

    こういう安定した収入があるからイノベーションに力を入れられるという面があると思います。今回は投資会社としてのテンセントはフォーカスしていないのですが、この部分は触れておいたほうがいいかと思います。このおかげでWeChatのマネタイズを急がず、ユーザーベースとエコシステムの拡大に注力することができるのですから。

    WeChat(微信)とアレン・ジャン

    WeChat(微信)の開発者アレン・ジャンは1969年湖南省生まれです。実はポニー・マよりちょっとだけ年上なんですね。シャオミーのレイ・ジュン(雷军)と同い年。

    アレン・ジャンは华中科技大学を卒業後、広州で就職してソフトウェアエンジニアとして働きます。その後、メールアプリのFoxmailを開発します。これはポニー・マがテンセントを創業する一年前の1997年の出来事。Foxmailはとても人気が出て200万ユーザーを獲得、一時期はMicrosoft Outlookと同じくらいのシェアがあったそうです。アレン・ジャンはFoxmailを1200万中国元(約2億円)で博大公司に売却し、バイスプレジデントとして博大公司に残ることにします。

    中国版Gmailで最初の成功

    そして、2005年にテンセントがFoxmailを博大公司から購入、それに伴いアレン・ジャンもテンセントに転籍し、テンセントの広州開発拠点のゼネラルマネージャーとしてQQ Mail(QQ邮箱)の開発に従事します。Gmailのローンチが2004年ですから、その対抗だったのでしょうね。

    ところが、すでにあったQQ Mailはクオリティーが低く、全く使えなかったそうです。そこでアレン・ジャンはQQ Mailをスクラッチから開発し直すことにします。2007年にリリースした新しいQQ Mailはその品質から高い人気を獲得して、中国で一番使われるメールサービスとなりました ただ、ボクの記憶が正しければ、*2

    チャットアプリWeChat(微信)の開発

    2010年にアレン・ジャンはスマホ向けのメッセージングアプリのために10名のちいさなチームを招集します。すでに市場ではWhatsApp(2009年1月)やKik(2010年10月)が人気が出ていていました。短略的に考えればQQのスマホ版を出せばいいと思うのですが、パソコンのメッセンジャーアプリとスマホのチャットアプリでは本質的に違うものなのです。アレン・ジャンは自分でKikを使っていて、それに気がついたそうです。これってすごいと思うんですよね。マイクロソフトだってSkypeとの共食いを恐れてチャットアプリは出せませんでした。でも、自らをディスラプトしなければQQは他社にディスラプトされてしまう。それを理解して実行できるってすごいと思います。

    WeChatは後発で2011年1月にローンチします。かかったのは二ヶ月弱。早い!しかし中国でもシャオミー(小米)のミーリャオ(米聊)が一ヶ月前の2010年12月にローンチしていました。そうなんです、WeChatよりミーリャオの方が早かったんです。また、チーフー(奇虎)もコウシン(口信)を発表するなど、中国国内でもチャットアプリの競合が増えました。数ヶ月で開発したWeChatはテキスト機能しかなく、最初はあまり人気が出ませんでした。2011年4月にはTalkboxのボイス機能が中国で人気が出ました。そうなんです。WeChatの人気機能のボイスもTalkboxが最初に人気が出たのです。そこでボイス機能をバージョン2で組み込みます。

    このような競合がしのぎを削る中、WeChatが人気が出たのは近くの友達発見機能を発表してからです。これが2011年8月のバージョン2.5。そして、WeChatの人気を決定的にしたのがシェイクによる友達追加。これが2011年10月のバージョン3。

    最初のバージョンではミーリャオに負けていましたが、半年後にはユーザー数でミーリャオが400万ユーザーに対してWeChatは改良を重ね1500万ユーザーまで差をつけました。

    そして、初期で一番重要な機能追加がバージョン4のQRコード対応です。これが2011年12月。開発をスタートさせてからちょうど1年ですね。

    チャットアプリからライフスタイルアプリへ

    2012年に入るとアレン・ジャンはWeChatをチャットアプリからライフスタイルアプリへと位置付けを変更します。これ、すごく大事です。そしてインターナショナル版のWeChatブランドを発表したのもこの年です。このインターナショナル版と中国語版は随分違うのでWeChatが「ライフスタイル」アプリといってもこの当時はあまりピンと来る人は中国の外では少なかったと思います。

    しかし、この年を境にニュースを購読できたり、外部とのインテグレーションが盛んになります。さらに、QRコードが街に溢れるのがこの時期からです。ユーザーと繋がるためにブランドが独自のWeChatアカウントを作り、そこに勧誘するために使われたのがQRコードでした。

    ペイメントへの参入

    2013年にはWeChatウォレット(微信钱包)でモバイルペイメントに参入します。当時のモバイルペイメントはアリババの一人勝ちでした。

    インターネットにおけるペイメントでは2004年からアリババがAlipay(支付宝)で先行して、つづいてテンセントもTenPay(财付通)で追従します。Alipayは常にテンセントを先行して2011年にはQRコードによるペイメントを発表しています。さらに、2013年にはPayPalを抜いて世界一のペイメントプラットフォームになっていました。そして、アリババは同年にユエバオ(余额宝)というマネーリザーブファンドを立ち上げて、ほぼ銀行のようなことができるようになりました。ちなみに中国の資金の1/4がユエバオに預けられているそうです。すごいですね。テンセントはWeChatでこのアリババの牙城に攻勢を仕掛けることになります。WeChatで支払いができる自動販売機もこの頃から始めています。

    2013年はWeChatがゲームプラットフォームとしてログイン機能を提供した年でもあります。テンセントはゲーム会社でもありますからね。

    ペイメントの立ち上がりとパートナーエコシステム

    WeChatのペイメントを立ち上げた施策は二つあります。一つは「红包(お年玉)作戦」です。中国ではお正月(日本の旧正月)にホンバオという赤い袋に入ったお年玉をあげる習慣があります。これは大人が子供にあげるだけでなく、会社でも上司が部下に日頃の苦労をねぎらって渡します。ボクもシンガポールで働いているときはちゃんとホンバオを渡してましたよ!このホンバオをWeChatのユーザー向けに公開したのでした。ちなみに、アレン・ジャンは個人的にはこのようなグロースハックは嫌いらしいです。ただ、本人は嫌いでも、実際にこれでユーザーが増えたのでした。

    もう一つはパートナーの囲い込みです。これはポニー・マも認めるところですが、テンセントは競合を徹底的に叩く企業として有名でした。しかし、方向転換してパートナーと協業をする企業へと変わっていきます。おそらくこれはペイメントの立ち上がりが思ったほどうまくいかなかったことも関係しているかもしれません。その代表例が中国版Uberのディディチューシン(滴滴出行)とのパートナーシップです。

    さらに、アリババのライバルであるeコマースサイトのJD.com(东京)にも投資を行い、コマースサイトでのWeChatのペイメントの地位を確立します。この戦略はずっと続いていて、最近ではテンセントは自転車のシェアサービスであるMobikeに投資しましたよね。それに対抗するようにアリババはMobikeのライバルであるofoに投資をするといった具合になっています。

    しかし、アリペイがすでに対応したQRコードによるオフラインのモバイルペイメントにWeChatが対応するのは翌年の2014年からです。

    ミニプログラムとパートナープログラムの拡充

    テンセントがWeChatで目指すライフスタイルアプリはペイメントに止まりません。WeChatが生活をする上での起点となることがゴール(だと思います)。そして、それを進めるのがサードパーティーアプリです。これまではずっと遅れを取っていましたが、このアプリ戦略に関してはテンセントがアリババを先行します。

    WeChatはAPIを公開してHTML5アプリをサードパーティーが開発できるようにしていました。そうすることでWeChatを離れることなく別のアプリが使えるわけです。これをさらに進めたのがアプリ内のネイティブアプリであるミニプログラム(小程序)です。このミニプログラムについては以前に記事を書いているので、詳しくはそちらを参照してください。

    この分野でがっつり競合しているのがメイトゥアンです。ライフスタイルアプリはつまりはメイトゥアンが得意とするO2Oだからです。メイトゥアンが自前でタクシーや旅行サービスを揃えているのに対して、テンセントはミニプログラムをプラットフォームとしてパートナーエコシステムでO2Oの世界を構築しようとしています。どちらも勢いのある会社ですから、これからどうなるか楽しみですね。

    ミニプログラムをアリババとバイドゥもはじめましたが、WeChatほどはうまくいっていません。これはWeChatのミニプログラムがライフスタイル全般をユースケースとして想定しているのに対して、アリババはコマース、バイドゥはランディングページへの有手段として想定しているからではないかというのが中国メディアの分析です。

    WeChatのミニプログラムの伸び(クレジット:新浪科技)

    まとめ

    長い記事をここまで読んでくれてありがとうございました。テンセントの事業は多岐にわたるので、一本筋道を通してみようとするとなかなか難しくはあります。それでも、事業に関しては徐々にポニー・マからアレン・ジャンにシフトしていく様子がわかったのではないでしょうか。

    アレン・ジャンがやり易いように環境を整えるのがポニー・マなんだとおもいます。実際に今お金を稼いでいるのはゲーム事業でWeChatはこれからの事業ですからね。事業と人材のシフトがうまくいっているのがまさにテンセントなんでしょうね。事業と人材のシフトを両方できているのはBATの中でテンセントだけですから。

    参考文献

    张志东自述:我在腾讯的创业过程_创业家_i黑马

    马化腾回顾腾讯创业史:这类中层干部,我最多忍你半年_搜狐财经_搜狐网

    看完了张小龙的 2359 条饭否日记

    张小龙(腾讯副总裁、FoxMail创始人、微信创始人)_百度百科

    QQ前身(OICQ)誕生 – StockFeel 股感知識庫StockFeel 股感知識庫

    微信怎样诞生:张小龙给马化腾的一封邮件_网易科技

    支付宝将推二维码支付方案 实现即时支付功能_互联网_科技时代_新浪网

    https://web.archive.org/web/20121127173150/http://www.cn.wsj.com/gb/20121119/tec072332.asp

    Bloomberg Billionaires Index – Pony Ma

    5 Things to Know About Tencent, the Chinese Internet Giant That’s Worth More Than Facebook Now

    Meet Pony Ma: The Mysterious Billionaire Behind WeChat | Money

    The story of Tencent’s rise to the top of the social media world | World Economic Forum

    Tech in Asia – Connecting Asia’s startup ecosystem

    Do You Know Who Invented WeChat? – China Channel

    11 fascinating product insights from the “father” of China’s WeChat – AllTechAsia

    Do You Know Who Invented WeChat? – China Channel

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    *1:Crunchbaseによるとその前年にも資金調達をエンジェル投資家からしているのですが、それについてはあまり触れられていません。QQは無料のアプリなので、二年間もお金がそれほど持たないと思うんですよね。

    *2:ワンイ(NetEase|网易)のメールが一番使われてた気がしたんですが、数え方にもよるんでしょうね