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  • 書籍|脳で語られる男女の差はほとんどウソ|”The Gendered Brain” by Gina Rippon

    書籍|脳で語られる男女の差はほとんどウソ|”The Gendered Brain” by Gina Rippon

    Aは〇〇で、Bは〇〇のようなレッテルはわかりやすく、話題にしやすいですよね。「日本人は」とか「外国人は」とか。女性は直感的で、男性は論理的。女性は地図を読むのが苦手で、男性は話を聞かない。そんな本も出ているくらいです。そんな男女脳のカジュアル(かつ差別を助長する)疑似科学的な分析に「もう!いい加減にして!」と声をあげたのが今回紹介する”The Gendered Brain”の著者であるジーナ・リッポンです。

    The Gendered Brain: The new neuroscience that shatters the myth of the female brain

    The Gendered Brain: The new neuroscience that shatters the myth of the female brain

    生まれてから周りの環境に合わせて、男性と女性の脳がどのように形作られていくのか詳しく説明されています。おかげで長年不思議に思っていた疑問「なんで日本は女性の社会進出がこれほどまでに遅れているんだろう?」に自分なりの回答が得られました。

    日本は世界の中で圧倒的に女性の社会進出が遅れている

    世界の中で日本は女性の社会進出が遅れています。どれくらいか?圧倒的にです。東京医大の入試における女性差別もかなり衝撃的でしたが、それも氷山の一角です。

    2018年において国際経済フォーラム(WEF)のレポートでは149カ国中110位。エコノミスト誌が毎年発表しているガラスの天井インデックスではOECD29カ国中28位でした。国際労働機関(ILO)のレポートにようると女性の取締役の割合はわずか3.4%でG7の中で圧倒的な最下位です。その次がアメリカで、それでも女性の取締役の割合は16.4%です。列国議会同盟(IPU)の調査によると女性議員の割合も日本は世界193カ国中165位です。

    女性の社会進出が遅れているのは、日本人が他の国の人たちに比べて野蛮で民度が低いというわけではありません。単に社会として差別を解決する継続的な努力をしていないだけです。日本の女性は結婚しても仕事を辞めてしまう。女性は男性と比べてキャリア的な野心が少ない。「日本の女性はそういうもの」みたいな空気感。じゃあ、日本の女性が悪いのか、努力が足りないのかといえば、そうでもありません。ジーナ・リッポンは脳科学の見地からそれを設明してくれています。

    脳は生まれつきか、生まれつきではないか

    男女の脳が生まれつき違いがあるのか?それとも、最初は違いがないが、徐々に男女で違いが生まれてくるのか?ジーナ・リッポンはこれに単純には答えません。簡単に答えるのであれば、男と女の脳は生まれる前から違います。問題は、それがそれほど重要な違いなのかどうか?です。

    以前に紹介したマシュー・リーバーマンの書籍『21世紀の脳科学』でも解説していましたが、脳は社会的な存在です。周りの影響を受けて変質していきます。

    ジーナ・リッポンは男女の脳の差は生まれつきのもの(nature)よりも育ってきた環境(nurture)だと科学的に根気強く証明していきます。まだ母体にいる頃から、生まれて、どのようにそだって行くのか。その間、どのように脳は環境の影響を受けながら「男」になり、「女」になるのか。それは生まれてから性別がわかってからの周りの反応、幼児期に与えられるおもちゃにまで至ります。「女性らしさ」や「男らしさ」は生まれてから徐々に作られていくのです。実際によく科学的にここまで調査したものだと感心してしまいます。

    「女性は結婚したら家庭に入るもの」と現代の日本女性が考えているのは環境の影響の方が大きいのですね。日本女性が生まれつきに「お嫁さんになったらお母さんになる」ために生まれたわけではないのです。育った環境がそういう「いいお母さん」を作っています。もちろん、そういう価値観が悪いわけではありません。同じ意味で専業主夫の「いいお父さん」がいてもいいですし。男の役員や政治家がいたらいけないわけでもありません。同じ意味で女性の役員や政治家がいてもいい。男女差が社会進出における格差に繋がっている環境が問題なのです。日本の社会は女性にとってフェアじゃないのです(それは男性にとってもフェアでもないのですがーお金を稼がない男は甲斐性がないとかね。フェアな社会であれば女性も同じでしょ?)。

    「お母さんが家庭にいないと子供がかわいそう!」と言う声が聞こえてきそうですが、世界の幸福度ランキング上位の国(フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ニュージーランドなど)は男女格差が少ないトップの国だったりしますからね。日本の幸福度は156カ国中58位です。

    脳科学の見地から偏見が生まれるメカニズム

    サイモン・バロン=コーエンの『共感する女脳、システム化する男脳』やアラン・ピーズとバーバラ・ピーズの『話を聞かない男、地図が読めない女』もそうなのですが、男と女の脳は違う話はヒットしやすいです。自分たちの考えを肯定してくれるし、わかりやすいですから。実際には男女の脳に差がないという実験結果の方が多いのですが、差があるという「衝撃の発見」の方が表に出やすい。これを出版バイアスと言います。書籍としての出版だけではなく、大学などの論文でも同じことが言えます。男と女は違うという偏見を肯定して補強してくれるデータの方が受け入れやすいのです。東京大学の四本裕子准教授も近い主張をしていますね。おそらく脳科学者の一般的な合意事項なんでしょう。

    サイモン・バロン=コーエン(心理学者)もアラン・ピーズとバーバラ・ピーズ(コミュニケーション)も脳科学者ではありません。男女の脳の違いの研究が盛んになったのは脳スキャン(fMRI)の登場が大きく寄与しています。脳スキャンで脳の「アクティブ」な部分を表すことで、とてもわかりやすい説明ができます(科学的に正しいかどうかは別として)。

    実際に脳スキャンを使う専門家は色分けした画像を使いません。レントゲン写真のように白黒の画像を使います。微妙な変化を捉えることが難しいからです。脳の機能を単純に部位で説明することはできません。胃や肝臓、心臓のようにわかりやすい役割があるわけではなく、それぞれの部位がネットワークによって繋がって機能していることがわかっています。単純に色分けして説明できません。

    また、脳スキャンは血流の流れを映し出します。脳の活動は電気信号ですから、実際の活動とは時差があります。脳スキャンが出たばかりの頃、このような脳の特性や脳スキャンの科学的な使い方が確立されていませんでした。そのために、科学的に正しいとは言えない分析に専門外の人たちが飛びついてしまいました。立派な道具も正しく使わなければ意味がありません。

    これはホルモンについても同じことが言えます。テスタトロンは男性ホルモン、エストロゲンは女性ホルモンと言われますが、実際には男性にも女性にもテスタトロンもエストロゲンもあります。それぞれ男女で割合が違うだけです。テスタトロンが論理的思考、エストロゲンが情緒的思考に繋がる科学的な証明はされていません。ホルモンに関連する女性特有の減少に生理があります。これも偏見のネタになっています。生理はネガティブな印象があるため、生理がもたらす心理的なネガティブな影響を調査する傾向があります。しかし、実際には生理中は思考がクリアになるなど、ポジティブな調査結果も少なくないそうです。

    この本はどんな人にオススメか

    私がマイクロソフト本社で働いていた頃、会社の方針として女性の管理職を採用するように奨励されていました。同じ能力の男性の候補者と女性の候補者であれば女性を選ぶことが強く推奨されていました。そして、組織のダイバーシティー(男女比率)は数値で管理されていました。

    私はディレクターという立場だったので、なるべくアジア人女性を管理職として昇進するようにしました(残念ながら日本人女性は数が圧倒的に少なかったので、そもそも本社レベルの土俵に上がってきませんでした)。つまり、会社の方針に素直に従っていました。IT業界の男女格差は当時から社会問題でしたし、男女格差だけでなく、人種格差も解消したいと考えていました。会社がそういう方針を出したとしても、まだまだ解決されていません。しかし、個人的にはモヤモヤとしたものがなかったと言えばウソになります。これって逆差別じゃない?とか。このモヤモヤに対する答えは今まで自分自身の中でありませんでした。

    しかし、この本を読んで、女性が生まれてから脳レベルで「女性らしさ」を周りの環境によってハードコーディングされていることを理解しました。環境が変わらなければ格差は変わらない。生まれたばかりの赤ん坊は環境を変えることはできませんからね。ある程度まで強制的に女性のリーダー(役員、管理職、国会議員、学者などなど)を増やしていく必要があるんですね。

    日本の場合だと有望な女性リーダーも「せっかく育ててきたのに寿退社しちゃった」みたいなことは頻繁に起きると思います。実際に日本の社会では日常的な風景です。ガッカリする気持ちはわかります。でも、今の日本はそういう社会になっちゃってますから。粘り強くやっていくしかない。すでに生まれてから脳レベルでハードコーディングされてしまっている「女性らしさ」や「男性らしさ」を変えるのは難しいですが、それを生み出す根源となっている社会を変えないと、日本はずっとこのまま変わりません。

    この本は幅広く多くの人に読んで欲しいです。今年のオススメ本の一つ。早く翻訳されて欲しい。

  • 書評|日本のスタートアップが海外のVCから投資されない理由|”Secrets of Sand Hill Road” by Scott Kupor

    書評|日本のスタートアップが海外のVCから投資されない理由|”Secrets of Sand Hill Road” by Scott Kupor

    業界にはそれを象徴する中心地があります。映画の象徴がハリウッドで、金融の象徴がウォール・ストリート(イギリスのシティでもいいですが)であるように、ベンチャーキャピタルの象徴がシリコンバレーにあるサンド・ヒル・ロードなのだそうです。

    最も有名なベンチャーキャピタルの一つであるアンドリーセン・ホロウィッツ(略称:a16z)の第一号社員であり『HARD THINGS』で有名なベン・ホロウィッツにとって長年にわたり片腕となってきたスコット・カーパのはじめての書籍”Secrets of Sand Hill Road”はスタートアップの起業家がよりベンチャーキャピタルを理解できるように、情報の不均衡を解決するために書かれた本です。

    Secrets of Sand Hill Road: Venture Capital and How to Get It (English Edition)

    Secrets of Sand Hill Road: Venture Capital and How to Get It (English Edition)

    これを読んだ最初の感想なのですが、起業家だけでなく、日本の投資家や経営者にとっても大きな参考になる本だと思いました。 おそらく、日本人の多くは金融を理解していないし、スケール(規模)の大切さを理解していない。頭では理解しているのかもしれないけど、行動や習慣として身についていない。ここで描かれるベンチャーキャピタルの生態系は金融とスケールを最大限に活かす仕組みを、関わる人たちが長年かけて築き上げてきたものなのだと理解できます。

    ベンチャーキャピタルの生態系と金融

    日本にはメジャーなベンチャーキャピタル はありません。メジャーとは世界のトップに位置するベンチャーキャピタル です。具体的にはAccelSequoiaとかa16zとかです。シンガポールや中国にはオフィスやあったり、代表者がいるのに。実を言えばソフトバンクやサイバーエージェントは積極的にスタートアップに多額の投資していますし、世界的なメジャープレーヤーだったりします。しかし、多額の投資は日本のスタートアップではなく、中国やインドや東南アジアのスタートアップに対してです。なぜ、日本のスタートアップには大きな投資がされないのでしょうか?それがスケールの問題です。

    ベンチャーキャピタル(ジェネラル・パートナー:GP)にとっての顧客は投資家(リミテッド・パートナー:LP)です。投資家がベンチャーキャピタルに資金を提供して、運用してもらい、運用益を得る。ベンチャーキャピタルはスタートアップに投資して、IPOやM&Aで利益を確保して、その利益を投資家に還元する。投資家、ベンチャーキャピタル、スタートアップの関係を簡単に説明すればこんな感じになります。

    投資家とは大学基金、年金基金、企業年金、保険会社、ファンド・オブ・ファンズなどです。実は、ボクたち普通の人から集めた金だったりします。投資家たちは一般の人たちからお金を預かって運用します。その運用先の一つがベンチャーキャピタルです。そのほかにも株式、ヘッジファンド、社債や国債、不動産など様々な投資先があります。リスク回避と流動性確保のために現金も少し保有しますが、ごく一部です。

    LPは基準となる金融指数と比較して500から800以上のベーシスポイント(金利の単位:1ベーシスポイント=0.01%)を上回る利益をベンチャーキャピタルには期待します。たとえば米国S&Pの10年の利回りが7%であれば、ベンチャーキャピタルのポートフォリオからは12から15%を期待します。

    日本とアメリカの金融力の差が国力の差になっている

    教育が大事だと言われています。教育に投資をしないと、将来の人材が育たずに、国力も衰えていくと言われます。

    この本では投資家を理解するためにイェール大学の大学基金が例としてあげられています。2018年度のレポート(PDF)を見ると、基金の規模は294億ドル(約3.2兆円)です。イェール大学の基金は資金運用で年間8%の利益を生んでいて、大学の年間売上1.15億ドルの1/3を占めています。生徒の学費は運営費用の1/10しか賄えないので、基金の運営益がどれだけ大学運営にとって重要なのかがわかります。漫画『インベスターZ』の世界はアメリカの大学では当たり前なんですね。

    インベスターZ(1)

    インベスターZ(1)

    イェール大学の大学基金はSmoothing Ruleという独自の運用ルールを採用していて、基金からどれくらい大学の運営費を拠出するか決められています。インフレ率が2%で物価が上昇すると仮定した場合、Smoothing Ruleに従えば基金は年間で7.25%の利益を資金運用で確保する必要があります。イェール大学のベンチャーキャピタルへの投資は全体の16%で、過去20年の実績では毎年77%の利益をベンチャーキャピタルへの投資から得ています(ただし、過去10年では18%。ドットコムバブルってすごかったのね。)。

    では、日本はどうなのかと調べてみると日本の最高学府である東京大学の基金は2017年度実績で109億円でイェール大学の294億ドル(約3.2兆円)と比べると約1/300です。驚愕の差です。1/3ならまだわかるのですが、1/300ですよ。利率は1%未満(イェール大学は8%)で運用益は9100万円。うーん、東京大学は国立大学だから、基金にはあまり頼らないのかなあ……と金持ちっぽい私立の慶應義塾の大学基金を調べてみたら2018年3月末時点で688億円で、東大よりはマシだけど、イェール大学の3.2兆円には遠く及ばず。

    残念ながら慶應義塾の基金運用実績については公開していないようですが、自己資金で賄えるほど稼げていないようです。公表されている資料を見ると慶應の研究における自己資金比率は3%。慶應でこれですから、他は察して知るべしでしょう。自ら稼ぐ力はなく、研究資金のほとんどを外部に頼っているのがわかります。日本の大学の金融力のなさが、資金力に直接効いてしまっています。日本の大学は自分でもっと稼げるようになった方がいいですね。

    日本の金融力の低さが日本の生産性低下を招いているとマリアナ・マッツカートの本でも理解しましたが、国の基礎体力でもある教育も日本は金融力の低さが原因でアメリカと大きな差をつけられているんですね。いっそのこと、イェール大学に大学基金の運用をアウトソースしたらいいのではないですかね。

    日本のスタートアップが投資対象として魅力的でない理由

    日本のスタートアップがベンチャーキャピタル にとって魅力的でない理由はスケールしないからです。日本のスタートアップはほぼ全て日本を市場と見て起業します。しかし、以前にも書きましたが、日本(=日本語)は英語圏や中国語圏と比べるとあまりにも小さいし、人口が多いインドやインドネシアと比べると成長率があまりにも低いのです。ベンチャーキャピタルは投資利益を得るためにはスケールするスタートアップに投資する必要があります。

    日本のスタートアップは日本を市場にしている段階で、ベンチャーキャピタルが必要とする市場規模が見込めません。「まず日本で成功したら」と言いますが、日本で成功してから世界で成功した日本のスタートアップなんてありますか?そんな空想にメジャーなベンチャーキャピタルは投資しません。

    この本を読むとベンチャーキャピタルが必要とするスケールと時間が理解できます。ベンチャーキャピタルの利益の中間値は実はあまり高くなく、それだけを見ると投資家にとってあまり魅力的な投資先ではありません。NASDAQより160ベーシスポイント低いので、ベンチャーキャピタルに投資するならNASDAQ平均に投資した方がずっといいのです。しかし、ベンチャーキャピタルはベルカーブのように平均的な会社が中央にたくさんいるのではなく、利益は冪乗則カーブを描いてトップのベンチャーキャピタルが高い利回りを叩き出しています。トップのベンチャーキャピタルとは先に挙げたSequoiaやa16zで、凡庸なベンチャーキャピタル と300ベーシスポイントの開きがあるそうです。だから、NASDAQより魅力的な投資先なのです。

    ベンチャーキャピタルを野球の打率で考えるのは間違っているのだそうです。5割が投資額以上のリターンを得ているので、ベンチャーキャピタル の打率は5割と悪くないように見えます。しかし、5割は投資した金を失っている。ベンチャーキャピタル の世界では2割から3割がシングルヒットか二塁打。投資額の二倍くらい戻ってきますが、5割の損失は補えません。そして、残りの2割から3割がホームラン。このホームランから10〜100倍のリターンが得られます。

    野球の統計で例えるのであれば、打率よりもホームラン比率(At bats per home run)の方が適切なのだそうです。フェイスブックは1000倍だったそうです。1000倍のリターンが得られれば、それ以外全てを失っても全く問題ない。ホームラン比率を高めるためには三振は問題でなく、ホームランの機会を逃す方がよっぽど痛い。フェイスブックの初期ラウンドに参加する機会は二度と来ないのです。

    では、ホームランを打つために何を基準としてベンチャーキャピタルはスタートアップに投資するのでしょうか。基準は三つあって、1) ひと、2) プロダクト、3) 市場です。いくら創業者チームが素晴らしくて、プロダクトが良くても、市場が小さかったら投資する魅力はありません。残念ながら日本のドリームチームが素晴らしいプロダクトを作っても、日本市場だけをみていた次のフェイスブックにはなれません。これが日本のスタートアップが海外のメジャー級のベンチャーキャピタルから投資されない理由です。日本のスタートアップがメジャー級から投資されるには、福山太郎さんのFondのようにアメリカ市場を直接狙う必要があります。ボクがアドバイザーをしていたシンガポールのスタートアップも、シンガポールを起点にしながらアメリカ市場を直接狙って、メジャー級から投資を受けました。

    この本はどんな人にオススメか

    世界を相手に起業してやろう!メジャー級から資金提供を受けてユニコーンになってやろう!という気概のある将来の創業者にはオススメです。そもそもそういう人たちのために書かれた本です。

    スタートアップの資金調達指南書であればブラッド・フェルドの”Venture Deals”がすでにバイブルとしてありますし、本書でカバーされている内容もかなり重複します。日本で起業して、日本で資金調達するのであれば『起業のファイナンス』があります。

    この本はむしろ日本の経営者に読んで欲しいですね。あまりに多くの日本企業が「まずは日本で成功してから」と小さくまとまっています。これではアメリカや中国の企業に追いつけるわけがありません。そうでしょう?だって、彼らの現場であるアメリカや中国の市場の方がずっと大きいのですから。日本→海外だと一歩遅れることになります。この一歩の差はスピードの速いこの業界では致命的です。その時にはすでに新しいトレンドが生まれています。

     

     

  • 書評|Oculusの歴史「ラッキー・パーマーの章」 “The History of the Future” by Blake J. Harris

    書評|Oculusの歴史「ラッキー・パーマーの章」 “The History of the Future” by Blake J. Harris

    スマホの伸びが鈍化していて「スマホの次のプラットフォーム」が期待されています。「スマホの次」に期待がかかるのはAmazon Echoに代表されるボイスと、Oculusに代表されるVRですね。今回紹介する書籍”The History of the Future”はOculusの創業からFacebookに買収、ラッキー・パーマーの追放までを追ったドキュメンタリーです。

    タイトルを日本語にすると「未来の歴史」。VRが未来のプラットフォームだと信じる人たちの歴史です。

    The History of the Future: Oculus, Facebook, and the Revolution That Swept Virtual Reality

    The History of the Future: Oculus, Facebook, and the Revolution That Swept Virtual Reality

    Oculusの創業の歴史については以前にも記事に書きました。簡単に書くとこうなってしまうのですが、実に簡単ではなかったことがこの本を読むとわかります。とても情報量が豊かで、この本を読んでVRに関するボクの思い込みは随分と解消されました。

    ゲームプラットフォームとしてのVR

    まず、ボク自身の思い込みが晴れたことの一つがOculusは新しいゲームプラットフォームとして開発されたことです。Oculusはスマホのような汎用性の高い一般的なプラットフォームではなく、先ずはプレステやファミコンのようなゲームプラットフォームなんだと。著者のブレイク・ハリス(写真)は”Console Wars”といったゲーム業界の本を他にも出していますが、なるほど、その流れでOculusなんですね。まあ、あとはDMMですかね。

    Console Wars: Sega, Nintendo, and the Battle that Defined a Generation

    Console Wars: Sega, Nintendo, and the Battle that Defined a Generation

    クラウドファンディングはチームプレイ

    二つ目はOculusのような大規模なクラウドファンディングは個人では太刀打ちできるレベルではなくなってるという事実。クラウドファンディングってお金のない起業家がサクッとお金を集めるプラットフォームのイメージがありますが、とんでもない。

    ラッキー・パーマーは最初は小さなキャンペーンを考えていました。起業についてもそれほど乗り気ではありませんでした。しかし、ブレンダン・イリーベがラッキー・パーマーを説得してOculusを設立、マイケル・アントノフとネイト・ミッシェルが参加して巨大なキャンペーンに仕立て上げました。

    Kickstarterのキャンペーンをはじめる前に、ゲームエンジンのUnityやUnreal Engineに対応してもらうように奔走したり、チャネルとしてSteamと連携できるように交渉したり。こういうビジネス面でリードを取るのはブレンダン・イリーベ。そりゃそうだよなあ。いくらラッキー・パーマーがVRのハードウェア開発では天才でも、ビジネスは経験が全くないからわからないものね。

    ラッキー・パーマー追放の真相

    Oculusは最終的にはFacebookに買収されてめでたしめでたしなんですが、創業者のラッキー・パーマーは追放されてしまいます。もう、いろんなスキャンダルがありすぎました。実際には読んでいただいた方がいいと思いますが、一言で言えば「あんた、脇が甘すぎるよ!」ですね。でも、まあ、若いんだからしょうがない。

    この本はどんな人にオススメか

    VR関連をフォローしている人は当然ながら読んだ方がいいです。GOROmanさんとか日本でも有名なゲームやVR関連の人たちがたくさん出てきます。新しいゲーム業界の構造を理解することもできるので、ゲーム業界に興味がある人にもオススメです。

    これからOculus Questを買おうと考えている人は悩ましいですよね。この本を読んで思うのは、もともとOculusが考えていた世界はOculus Questが一つの到達点なのかもと。それでも、Oculus Questが「スマホの次」と言い切れない。それは、もともとOculusがスマホのような汎用的なプラットフォームではないから。Facebookは一般的なプラットフォームになる可能性まで含めてOculusを買収したんでしょうね。だから、本書のタイトルである”the History of the Future”となるのはまだまだ先かなと。その答えは本書にもありません。

    本書はOculusの歴史「ラッキー・パーマーの章」であり、ゲームプラットフォームとしてのOculusの歴史なので、「スマホの次」を知りたい人はラッキー・パーマー以降のOculusの歴史が出るのを待つ必要があります。

  • 書評|イノベーションは文化でなく仕組みで作る|”Loonshots” by  Safi Bahcall

    書評|イノベーションは文化でなく仕組みで作る|”Loonshots” by Safi Bahcall

    イノベーション推進の取り組みを行っている企業はたくさんあると思います。組織の外から取り込むこともあります。スタートアップを買収したり。また、組織の内側から変える取り組みもあります。アジャイルやリーンスタートアップに取り組んだGEなんて代表例ですよね。日本だと新規事業を専任でやる組織を作る場合もあります。このような取り組みは成功することもあるし、失敗することもあります。

    大企業とスタートアップを比較して、企業文化がイノベーションを推進する原動力になっているという考え方もあります。しかし、今回紹介する”Loonshots”の著者であるサフィ・バーコールは「企業文化」はイノベーションには関係ないといいます。実際に、多くのイノベーションを生み出した携帯電話のノキア、医薬品のメルク、そしてディズニーもイノベーションを生み出したにも関わらず、同じ企業文化で同じ人材がその後に失敗したりしています。

    タイトルとなっているルーンショットは一般的に言われる「ムーンショット(月に行くような難しいこと)」にかけて「いっけん馬鹿げた(Loon)クレイジーなアイデア」という意味です。

    LOONSHOTS<ルーンショット> クレイジーを最高のイノベーションにする

    LOONSHOTS<ルーンショット> クレイジーを最高のイノベーションにする

    • 作者:サフィ・バーコール
    • 発売日: 2020/01/23
    • メディア: 単行本
    Loonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries

    Loonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries

    液体の組織と固体の組織

    水は液体、氷は固体ですよね。組織も同じだとサフィ・バーコールは言います。この状態の変化を相転移(そうてんい)といいます。水はゼロ度で液体から固体になります。液体でいながら固体でいることはできません。組織も同様でイノベーションを生み出す液体型の組織と管理が得意な固体型の組織は両立しません。組織において「元素」にあたるのは人です。元素が液体と固体では行動が違うように、人も組織の状態によって行動が変わります。

    このような考えのルーツは第二次世界大戦で軍隊と科学を結びつけたヴァネヴァー・ブッシュなのだそうです。当時のアメリカはドイツと比べて科学的な兵器開発が遅れていました。潜水艦「Uボート」、弾道ロケット「V2ロケット」やメッサーシュミットが開発した初のジェット戦闘機「シュヴァルベ」が代表例ですね。アメリカは科学力がなかったわけでなく、固形的な当時のアメリカ軍隊が液体的な科学者のアイデアを取り入れることができなかったのです。

    固形型組織と液体型組織の化学反応

    ヴェネヴァー・ブッシュは軍隊の外に科学研究開発局(OSRD:Office of Scientific Research and Development)を設立、固形型の軍隊組織から離れた場所で液体型の科学者組織を作りました。この「兵士と芸術家を分ける」というのが成功の秘訣のひとつめ。

    ふたつ目が「技術」を管理するのではなく、「移転」を管理するということ。液体型組織が作り上げた「クレイジーなアイデア」を固体型組織に採用してもらうことですね。つなぎ役が大切。これが、イノベーションは文化でなく、組織の立て付けが大切だということです。

    イノベーションの罠

    この本ではイノベーションを妨げる様々な罠についても解説されています。その中でも興味深かったのが、ふたつのルーンショットです。P型ルーンショットは派手でわかりやすいアイデア。例えば、ネットフリックスやアマゾン。もう一つはS型ルーンショットで地味でわかりにくいアイデア。例えばウォルマートやグーグル。P型ルーンショットを続けて、S型ルーンショットに敗れ去る例がたくさん紹介されています。パンナムやポラロイドが代表例ですね。アップルを追い出されて、ネクストを創業した頃のスティーブ・ジョブスもその一人です。

    もうひとつ興味深かったのは「結果」のマインドセットと「システム」のマインドセットの違いです。何かに失敗した場合(もしくは成功した場合)、その結果の原因を分析するのが「結果」のマインドセット。例えば、競合より価格が高かったとか。「システム」のマインドセットはその結果を生んだプロセスに着目します。なぜそのような決断をしたのか?誤った決断を避けるためには何をしたらいいのか?

    この本はどのような人にオススメか

    イノベーションに興味がある人にはまずはオススメです。イノベーションのツールや文化について書かれた本は多いのですが、組織について書かれた本はあまり多くありません。

    この本では組織が液体から固体になる方程式を提示しています。実際の方程式は本で確認してください。水が液体から固体に変わるのがゼロ度であるように、組織が液体から固体になるのが150です。これは偶然にもダンバー数と同じです。

    ただ、これはまだまだ仮説として考えたほうがいいでしょうね。”Loonshots”で提示されている仮説が本当にそうなのかはまだまだ分からない。

    サフィ・バーコールは物理学の博士号を取ってるだけあって、科学者なんですよ。過去のイノベーション事例から数式を作り出したら生存バイアスを受けますからね。ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』なんてまさに生存バイアスの代表例で、彼の本に取り上げられた企業の多くはその後に没落しています。そういう意味では、”Loonshots”は誠実な本でもあります。

    *2020/1/23に日本語に翻訳出版されました。

  • 書評|アメリカ海軍特殊部隊から学ぶデザインとリーダーシップ|”The Dichotomy of Leadership” by Jacko Wilink

    書評|アメリカ海軍特殊部隊から学ぶデザインとリーダーシップ|”The Dichotomy of Leadership” by Jacko Wilink

    企業ではいろんな事業やプロジェクトに取り組みますよね。中には、その企業の存続を左右するようなプロジェクトもあるかもしれません。でも、人は死にませんよね。会社が倒産して、そのために社員が路頭に迷って、間接的に人の生死を左右することはあるかもしれませんが。戦場はそうではありません。プロジェクト(オペレーション)は人の生死に直接的に影響します。戦争の倫理的な問題はありますが、現実として戦闘現場でのオペレーションほどシビアなプロジェクトはありません。そして、そこから学べることも多いのです。

    ジャコ・ウィリンク(写真)はアメリカ海軍少佐で湾岸戦争で特殊部隊ネイビーシールズの部隊を率いていました。そこからの経験を元にコンサルティング会社を立ち上げ、”Extreme Ownership“というベストセラーを書きました。この本をひとことで解説すると「リーダーはすべての責任を負う」です。部下が失敗しても、それは上司の責任。ただ、この”Extreme”は誤解を生みやすい言葉です。「極端」になればいいというものではない。そこで今回紹介する最新著書の”The Dichotomy of Leadership”ではバランスをとることの大切さを書いています。

    The Dichotomy of Leadership: Balancing the Challenges of Extreme Ownership to Lead and Win (English Edition)

    The Dichotomy of Leadership: Balancing the Challenges of Extreme Ownership to Lead and Win (English Edition)

    特殊部隊とデザインの共通点

     「軍隊方式」というとトップダウンの指揮形態で、一糸乱れぬ行動をとることを求められるイメージがあります。しかし、実際はそんなことありません。ジャコ・ウィリンクは「戦場における四つの法則」を解説しています。

    1. Cover and move:お互い助け合う。誰かが移動するときは、他の誰かは周りの危険を排除する。
    2. Simple:複雑さはカオスを生み出す。理解できないものは実行できない。
    3. Prioritize and execute:優先順位を決めて行動する。
    4. Decentralized command 全員がリードする。そのためには「何をするのか」だけでなく、「なぜそうするのか」を全員が理解しないといけない。信頼が必要。明確なコミュニケーションが必要。

     この四つだけでも、デザインとの共通点がたくさんありますよね。具体的な例を挙げると、軍隊には“Commander’s Intent”という作戦の目的をざっくりと説明する資料があります。これが上記の四番目”Decentralized command”で重要になります。デザインプロジェクトでいえば「デザイン原則」がこれにあたります。どれだけ緻密に計画を立てて、あらゆる状況を想定して訓練しても、そうならないことが多いのが戦場です。個々が判断できるざっくりとした指針が必要となります。

    そして、個々の現場での行動原則は“Standing Operating Procedures”となります。これはその現場の隊長が部隊の指揮をするためのガイドラインとなります。デザインプロジェクトでいえば「デザインブリーフ」がこれにあたります。デザインブリーフもガイドラインですよね。なぜ「ガイドライン」なのかといえば、戦場で想定通りの状況にならないことが多いからです。デザインプロジェクトでも、ユーザーテストしたら全然ダメだったってこともあります。いきなりSketchやInVisionからはじめてしまうと、どこに立ち返ればいいのかわからなくなります。

    多くのデザイン現場やプロダクト開発現場では「デザイン原則」や「デザインブリーフ」を作りません。ボクは絶対作りますけどね。マジで、皆さんちゃんと作ったほうがいいですよ。

    特殊部隊と企業でのリーダーシップの共通点

    “The Dichotomy of Leadership”では人のバランス、仕事のバランスなど様々な観点でのバランスを戦場での事例と企業での応用で紹介しています。例えば、マイクロマネージメントとフリーハンドのバランス、自分のやり方をどこまで通すのか、トレーニングはどれくらいの難易度が適切なのかなど解説しています。

    その中でも大事だなーと思ったのがリーダーシップ・キャピタルの考え方。リーダーシップは資産だという考え方ですね。無理を通せば資産は減る。それだけの価値があるのかを考える必要があるとジャコ・ウィリンクは言います。また、引き締めるべき時に緩すぎるのもリーダーシップの資産は目減りします。

    リーダーシップ・キャピタルは日本語でいえば「人徳」みたいなものに通じるかもしれないです。日本企業の役員には親分肌で人徳がある人が少なくないです。ただ、それがリーダーシップにつながっているかといえばどうなんだろうと考えてしまいます。それは、リーダーシップ・キャピタルがある程度数値化できるのに対して、「親分肌」は数値化できないからではないでしょうか。

    The Leadership Capital Index: Realizing the Market Value of Leadership

    The Leadership Capital Index: Realizing the Market Value of Leadership

    日本の組織はマネジメント(管理)は得意です。日本が世界に誇るカンバン方式もマネジメントです。しかし、リーダーシップは苦手です。最近は学校でのブラック校則が問題になっています。リーダーシップのない組織はマネジメントに過度に依存して、所属する人たちを締め付けようとします。ブラック校則はその典型的な例ですよね。

    この本はどんな人にオススメか

    もともと管理職向けに書かれた本なので、管理職にある人にはオススメです。特にマネジメント(管理)はできるけど、リーダーシップももっと学びたい人には最適なテキストになるでしょう。

    あと、プロジェクト管理をする人にとっても示唆に満ちたコンテンツが多いのではないかと思います。アジャイルとか方法論以前に、チームでプロジェクトを遂行するとはどういうことなのかという心構えについて学ぶことができます。

    日本の自衛隊はアメリカの軍隊のように戦場の最前線に行くことはありませんが、災害地域での救出活動など様々な人命に関わる活動をしています。せっかくなのだから、自衛隊の人たちがこういう本を書いてくれればなーと思ったりします。

  • 書評|日本ではわかりづらいRedditを理解するためのテキスト|”We Are the Nerds” by Christine Lagorio-Chafkin

    書評|日本ではわかりづらいRedditを理解するためのテキスト|”We Are the Nerds” by Christine Lagorio-Chafkin

    Redditって有名だし、英語圏でビジネスをするならチャネルとしても無視できない。2019年1月時点でのAlexaのランキングでは18位。FacebookやTwitterのような定番以外にグロースハックをやるならRedditは検討しなければいけないチャネルの一つです。Reddit hug of deathというくらい、Redditで注目されればサイトがダウンするくらいトラフィックがきます。中国語ならWeiboを理解できないといけないのと同様な意味で、英語でビジネスをするならRedditを理解できないといけない。

    今回紹介する”We Are the Nerds”は共同創業者の二人であるスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンを中心として創業から現在までを振り返る構成となっています。正直にいえば、前半は登場人物がうまく描ききれていないし、後半はあまり面白くありません。それでも、ここまで詳しくRedditの歴史を追った本はないので、Redditを理解するテキストとして非常に有効です。

    We Are the Nerds: The Birth and Tumultuous Life of Reddit, the Internet's Culture Laboratory (English Edition)

    We Are the Nerds: The Birth and Tumultuous Life of Reddit, the Internet’s Culture Laboratory (English Edition)

    そもそもRedditってなに?

    Redditは日本語版がないので日本人にはあまり馴染みがありません。簡単にいえばコメント機能が充実したはてなブックマークです。自分が気になるリンクをRedditに投稿して、それについてユーザーがコメントする。そのリンクに投票することもできて、高い投票を獲得したリンクが上の方に表示される。Redditにはカルマポイントというポイントシステムがあって、投票などでカルマポイントが増える。これがユーザーにRedditを使ってもらうインセンティブになっているわけです。

    匿名性の高いアクティブなコミュニティーを形成しているのがRedditの特徴です。雰囲気としては日本の2ちゃんねるに近いかもしれません。2ちゃんねるで「ジャンル」と呼ばれるものはRedditではsubredditに近い気がします。そして、各ジャンルの下に「板」がたつ。それでも、Redditはユーザーのハンドル名があるし、完全に匿名とも言い切れません。また、コミュニティーマネージャーが存在して、各subredditにはユーザーによるボランティアの管理人もいます。2ちゃんねるとはやはり違います。英語で2ちゃんねるに近いのは4chan8chanですね。

    Redditのはじまり

    スティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンは後にY Combinatorを立ち上げるポール・グラハムに心酔していて、わざわざ講演を聞きにボストンまで出かけて行き、自分たちのスタートアップアイデアをピッチしました。この時はまだY Combinatorを立ち上げていなかったのですが、この出会いがきっかけでY Combinatorの最初のバッチにスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンは補欠で選ばれます。本当は落ちていて、失意のまま電車で帰る途中だったのですが、当時、Y Combinatorを一緒に立ち上げた彼女のジェシカ・リビングストンに「え?あの子達いいじゃない!」という鶴の一声で呼び戻されました。スタートアップアイデアが認められたというよりも、二人の将来性が認められた形でした。

    RedditのアイデアはY Combinatorの期間中にポール・グラハムも関わり合いながら形成されました。当時はブックマークサービスのdel.icio.us(はてなブックマークの元ネタ。紆余曲折を経て実質的に2017年終了)や掲示板サイトのSlashdotが人気でした。ポール・グラハムのモットーは「あまりイカしていないそこそこのサービスを最高のサービスにブラッシュアップさせろ」でした。del.icio.usもSlashdotも人気はあったのですが、まだまだ改善する余地がある。そうして生まれたのがRedditのアイデアだったそうです。

    インターネットコミュニティーと企業文化

    サービスとしてのRedditと2ちゃんねるの違いより、それを運営する企業文化の違いの方が大きいと思います。両方ともプラットフォームであり、そこでユーザーが何をやらかしても自由という精神で運営されています。リバタリアン思想。「メディアではなく、プラットフォーム」という位置付けは責任回避にも都合がいいので、FacebookもTwitterも同じ姿勢を取っています。いわゆるソーシャルメディアやソーシャルニュースは「完全自由」と「完全管理」で白黒くっきり別れるわけでなく、様々な濃淡のグレースケールのどこかに位置する感じとなります。大手になるほど管理が強くなります。2ちゃんねるは完全自由に近いですよね。Redditも当初は完全自由だったのですが、大手出版社のConde Nastに緩やかにではありますがコンテンツの管理をするようになります。そういう意味ではニコニコ動画に近いんじゃないかと思います。

    Reddit(2005年6月)より半年先がけてDigg(2004年11月)がローンチして人気が出ます。RedditとDiggは非常に似ていました。着想自体はほぼ同時期なのですが、人気はDiggの方が高かったためにRedditは模倣サイトとみられることも少なくなかったそうです。Redditは2006年10月にConde Nastに買収されたのですが、Diggは2012年でした。

    結局、DiggはRedditに抜かれてしまうのですが、これも企業文化なのかなと思える部分があります。Conde NastはRedditをほぼ自由に運営させていましたが、投資もほとんどしなかった。スタッフは本当に最小限。それに比べるとDiggは2005年、2006年のシリーズAとBの後、2008年に日本円で30億円近い資金を調達しています。そして、2010年に大規模なデザインのリニューアルを行うのですが、これがユーザー離脱の原因となってしまいました。コミュニティー運営って難しいですよね。

    経営と運営の違い

    Redditが2006年にConde Nastに買収された後も、彼らが引退する2009年までスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンを中心としたコミュニティー運営母体としての色合いが強かった印象を受けます。コミュニティー運営のための決断(主にオハニアン)や開発上の決断(主にホフマン)はしますが、経営上の決断はほとんどしていません。

    経営判断をするようになったのはPayPalマフィアの一員でFacebookでもディレクターとして機械翻訳プロジェクトなどで成功したイーシャン・ウォンがCEOになってからでしょう。ただ、経営者としてあまり有能ではなく、経営者(=経営)と現場(=運営)の乖離が大きくなってしまいました。その後任のエレン・パオもそれはあまり大差がなく。Redditの経営は全くうまくいってませんでしたが、運営はできていた。経営の役割って一体なんだろう?と考えさせられます。

    この本はどんな人にオススメか

    英語圏でビジネスをやる人は読んだ方がいいでしょう。インターネットコミュニティーが何にどのように反応するのか、Redditで実際に起きた出来事はコミュニティー運営の共有知となっています。ストライザンド効果なんて代表例ですね。

    ソーシャルニュースサイトにおけるオープンソース(Redditのコードはオープンソースとして公開されていた)の意味とか、ImgurなどRedditのコバンザメとして発展してきた外部サービスとか。まあ、実際にRedditを使ってみるのが一番ではあります。

    ただ、(個人的な感想ではありますが)著者が読者をぐいぐい引っ張っていく力量がないため、ストーリーとしてあまり面白くない。感情移入しにくいんですよね。本来ならエレン・パオがCEOになってからの彼女の戦いはスタートアップのジェンダー論争にとって重要な意味があるのですが、そこまでたどり着くまでなかなか苦痛です。エレン・パオが辞めたあとにスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンがRedditに復帰するのですが、ぶっちゃけそこまで読めていません。

  • 書評|自分のペースで仕事をする大切さ|”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work” by David Heinemeier Hansson and Jason Fried

    書評|自分のペースで仕事をする大切さ|”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work” by David Heinemeier Hansson and Jason Fried

    いきなり個人的なことですが、ボクは最近になって日本企業で働いています。これまでずっと外資系企業に勤めたり、海外でスタートアップやったりしていたので、日本企業で働くのは本当に初めてのことです。で、これが驚くほどに快適なんですね。なぜかといえば、自分のペースで自分の好きな仕事を存分にできるからなんだと思います。

    自分の仕事が会社に貢献できていると感じることができる。それでいてオフィスにも基本的には定時しかいないし、そのあとは仕事とは関係のない好きなことができる。これほど幸せなことはありません。

    ひょっとしたらボクが所属する部署が特別なのかもしれない。ボク自身が特別な扱いを受けているのかもしれない。でも、大切なことは日本企業の中にも(レアかもしれないけど)そういう場所があるということです。

    今回紹介する書籍”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work”を書いたジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイナー・ハンソン(通称DHH)が経営しているBasecampもスタートアップ界のレアケースとも言える幸せな場所です。

    NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)

    NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)

    • 作者:ジェイソン フリード,デイヴィッド ハイネマイヤー ハンソン
    • 発売日: 2019/01/31
    • メディア: Kindle版
    It Doesn't Have to Be Crazy at Work (English Edition)

    It Doesn’t Have to Be Crazy at Work (English Edition)

     

    スロースタートアップ

    以前に「スロースタートアップ」として外部から資金調達をせずに、自己資金だけでゆっくりと成長しているスタートアップを紹介しました。MailChimpdribbbleなどです。Basecampはスロースタートアップの代表です。

    Basecampは1999年にジェイソン・フリードを含む3人の共同創業者とともに37signalsとして立ち上がりました。もう20年も事業が続いています。広く使われている開発フレームワークのRuby on RailsはBasecamp開発のためにDHHによって作られてオープンソースになったものです。開発言語としてのRubyがこれほど普及したのはRuby on Railsのおかげです。

    Basecampのようなスロースタートアップは外部から資金調達をせずにブートストラップ(自己資金だけ)で経営しています。しかし、多くのスタートアップは外部から大きな資金調達をして、大きくスケールすることを目指します。前回紹介した”Lab Rats”を書いたダン・リオンズに言わせれば、それこそが不幸の原因です。

    売上は全ての傷を癒す(Revenue heals all wounds)

    スタートアップには多くの金言があります。「売上は全ての傷を癒す”Revenue heals all wounds”」はその一つです。成果が出ないと組織内の雰囲気はどんどん悪くなります。他部署への批判が増え、モラルが低下します。しかし、どれだけ苦労しても成果が出れば報われる。雰囲気は一気に明るくなる。一般的には「時は全ての傷を癒す”Time heals all wounds”」ですが、時だけが過ぎて売上がなければ企業は死んでしまいます。結果が全てなのがスタートアップです。

    Basecampが外部から資金調達をせずに20年間事業を継続できているのはコストをカバーするための十分な売り上げがあり、利益を確保しているからです。どうやって?ユーザーから愛されるプロダクトを作る。それだけのことです。「ユーザーを理解する」、「ユーザーの声に耳を傾ける」、「それをプロダクトに反映する」です。それだけのことなのですが、それをするのが難しい。

    「売上は全ての傷を癒す」のですが、それは「ユーザーから愛されるプロダクトを作る」しかないんです。ボクが会社の中でやってることも、結局のところは顧客起点で考える習慣を作ること、そこから得た知見をもとにユーザーが求めるであろうプロダクトを科学的に検証して早くリリースすること。それしかないんですよね。

    立ち止まる大切さ

    Bootcampでは全ての人たちが自分のペースで働いています。チームで仕事をする場合、他人のスケジュールに影響されることがありますよね。Aさんがいないと自分の仕事が先に進まない。Basecampではそんな時にどうするのか?待つのです。Aさんがその仕事に取りかかれるまで待つ。

     

    Basecampは長い時間をかけて自分たちにとって最適な開発サイクルを作りました。ゴールはないが、そのサイクル期間内に実装したい機能はある。でも、実装できなかったらそれは次のサイクルで実装する。それがBasecampで自分のペースで仕事をできる秘訣です。

    日本の多くの課題は「待つ」ことで解決するんじゃないか

    トーキョーネイティブではない人から「東京の人はぶつかっても謝らないでそのまま立ち去ってしまう」って言われることがあります。自分はトーキョーネイティブですが、確かに「感じ悪いなあ」と思うことはありました。後ろから来て人の目の前を平気で横切る。何も言わずに黙ってぶつかりながら進む。ドアを後ろから来る人のために開けておくのは海外では常識なのですが、日本でそれをやる人は少ない。ボクは正直なところ、日本人は「他の国の人たちと比べると優しくない」と捉えていました。「おもてなし」も非常に表面的で、お金を払うお客さんにだけ。赤の他人にはとても冷たい。

    でも、実際は人間として「他人のことを思いやる」ことに国や人種は関係ない。日本人だけ特別に「氷のように冷たい心」を持っているわけではない。単に、他人を思いやる行動ができないだけ。どうすれば他人とぶつからないのか?道を譲ればいいんです。立ち止まればいい。それだけのことなんです。

    満員電車も無理に詰め込んで入らなくても、次の車両を「待て」ばいい。自分の進行方向に人がいて通れない場合、「すみません、ちょっと通ります」といえばいい。黙ってぶつかって押し分けて通らなくてもいい。海外ではみんな”Excuse me”って言うでしょ?英語の授業でも習いましたよね。母国語である日本語でもそうしましょう。

    日本人はスタート時間にこだわりがあって、他人が遅れると気分を害してしまいがちです(そのわりに終わる時間にはルーズなのですが)。でも、待てばいいのではないでしょうか。「待てばいいんだ」と思えばいろんなフラストレーションは消えて無くなります。

    この本はどんな人にオススメか

    いわゆる「働き方改革」のヒントがたくさん詰まっています。根本的には「ユーザーが愛するプロダクトを作る」と「必要な利益を確保する」なんですが、それをした上で、どうすれば幸せな職場環境を作れるのか。そう言う意味では、上級編なのかもしれません。小手先だけ真似してもうまくいかない。

    経営者も、従業員も、顧客も幸せにできる企業を作って維持するのって簡単じゃないと思います。Basecampはそれが20年続いている非常にレアなケースです。そこから何か少しでも学びたいと思えるなら、この本はとてもオススメです。

  • 書評|スタートアップとベンチャーキャピタルの関係を説明したバイブル|”Venture Deals” by Brad Feld, Jason Mendelson

    書評|スタートアップとベンチャーキャピタルの関係を説明したバイブル|”Venture Deals” by Brad Feld, Jason Mendelson

    スタートアップ界隈では尊敬されている人たちがいます。今回紹介する”Venture Deals”の共同著者のブラッド・フェルドはその一人です。コロラド州のボルダーはスタートアップの活動が活発ですが、そのスタートアップコミュニティーを立ち上げる主役の一人がブラッド・フェルドでした。その過程を綴った”Startup Communitties”はコミュニティー活動に関わる人たちにとってのバイブルの一つです。

    Startup Communities: Building an Entrepreneurial Ecosystem in Your City (English Edition)

    Startup Communities: Building an Entrepreneurial Ecosystem in Your City (English Edition)

    ブラッド・フェルドはTechstarsという小規模のベンチャーキャピタルをボルダーでジャレッド・ポリスとともに立ち上げました。ちなみに、ジャレッド・ポリスは2018年にコロラド州知事となりました。そんな彼らがスタートアップのために事細かにベンチャーキャピタルからの資金調達について書いた”Venture Deals”はスタートアップを目指す人ならほぼ必ず読む本の一つです。すでに第3版まで出ていて、その時に合わせて内容も若干アップデートされています。

    Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist

    Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist

    ベンチャーキャピタルというのはなかなかわかりづらい存在です。スタートアップにとっては資金調達の王道。資金を出してくれる人たちです。しかし、その資金がどこからきて、ベンチャーキャピタル自身はどのようにお金を儲けているのかきちんと理解をしている人はそれほど多くないと思います。まあ、普通に会社勤めをしていれば関係ないですからね。それでもお金ってどう循環して経済が回っているのかは理解していて損はないでしょう。簡単に言えば、リクルートのリボン図で「お金を投資したい人たち」と「

    投資を受けて事業をしたい人たち」を結びつけるのがベンチャーキャピタルです。

    経済はお金が循環することで発展します。金融機関の仕事はお金を動かすことです。その動かす先の一つがベンチャーキャピタル。ベンチャーキャピタルの役割はいい投資先を見つけたい人と投資を受けたい人にお金を流すことです。よく誤解する人がいるのですが、ベンチャーキャピタル自身がたくさんお金を持っていて、その投資益で儲けているわけではないのです。

    「いい投資先を見つけたい人」はプライベートエクイティファンドなどです。例えば私たちの年金もそう。ほら、私たちにも関係あるでしょ?すごく簡単に言えば、出資する人をリミテッドパートナー(LP)、それを運用する人をジェネラルパートナー(GP)といいます。ベンチャーキャピタルにとってのお客さんは資金の運用を任せてフィーを払ってくれるリミテッドパートナー(LP)ということになります。で、そのリミテッドパートナーのお客さんは?普通の個人や法人ですね。私たちを含め。

    日本語の本では(これもやはり起業家にとってのバイブルとされている)『起業のファイナンス』が”Venture Deals”に近いです。ただ、”Venture Deals”はベンチャーキャピタルが書いただけあって、ベンチャーキャピタルがどう動いているのかを詳しく解説してくれています。

    起業のファイナンス増補改訂版

    起業のファイナンス増補改訂版

    この本はどういう人にオススメか

    ベンチャーキャピタルから資金調達をしたい人にはもちろんオススメです。あと、スタートアップ的なやり方に批判的な立場をとる人にもオススメです。欧米ではすでにミルトン・フリードマン的なスタートアップ的なやり方に限界を感じる人たちが出てきています。それが日本に波及するのもそう遠くないのではないかと思います。

    しかし、実際にどちらが「正しい」か「正しくない」とくっきり白黒つけられるものではありません。きちんと双方の立場を理解した上で、自分なりの判断をしていくしかないのです。そのために、スタートアップ的な資金調達のバイブルであるこの本は役に立つでしょう。

     

  • 書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|”Lab Rats” by Dan Lyons

    書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|”Lab Rats” by Dan Lyons

    今回紹介する著書のダン・リオンズさん。見ての通り、オッサンです。ずっと編集畑を歩んできて、リストラされる。心機一転、スタートアップ(Hubspot)の世界に飛び込んだもののやっぱりリストラ。スタートアップめ!ざけんじゃねーぞ!とスタートアップ界隈をdisった前著の”Disrupted“が大ヒット。余勢をかってスコープを広げたのが今回紹介する”Lab Rats”となります。

    Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

    Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

    スタートアップの価値観って本当に正しいですか?

    こういう本って下手したら逆恨み感満載の負け犬の遠吠えになってしまいます。ここまでいろんなことに噛み付いていると、単なる狂犬なのではと思われてしまう危険性もある。実際に、これが「ユニコーン」という言葉が生まれた5年前(2013年)だったらそう取られていたでしょう(前著の”Disrupted”は2016年)。

    しかし、最近はユニコーンって本当にそれだけの価値があるの?と疑問符がつきはじめてきました。実際に利益が出ている会社なんてほとんどない。GoogleやFacebookは例外中の例外(統計でいえば異常値)であって、本当はシリコンバレーのやり方は正しくないんじゃない?

    スタートアップという病

    大企業でもスタートアップ的なやり方を取り入れることが多くなってきました。この本で冒頭に出てくるレゴ・シリアスプレイなんて典型的な大企業向けスタートアップ風ワークショップですよね。ボクもアムステルダムに住んでいた頃にいくつかシリアスプレイのワークショップに参加したことがあります。面白いとは思ったけど、特に何かの役に立ったということはありませんでした。

    ダン・リオンズは「わかっている人はわかってる、こんなこと意味ないと」と言います。しかし、こういうスタートアップ的なものに意味がないというと周りから「古臭くてダメなやつ」というレッテルが貼られる。チームプレーヤーだと思われない。だから、声を上げることができない。あれ?同調圧力って日本独特なものではないんですね!

    どこで資本主義は間違ったのか?

    マイケル・ムーアの『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』が2015年に公開されたのは偶然ではないでしょう。ボクたち戦後の日本人はアメリカからの影響を強く受けているので、アメリカの価値観が世界の価値観だと思ってしまう傾向があります。グローバルスタンダードといっても、それはアメリカのスタンダードだったりします。それを二つの金融危機を通じてアメリカ自身が気づいたのがこの頃だったのではないでしょうか。そして、アメリカ資本主義の価値観をドーピング強化したのがベンチャーキャピタルが作ったスタートアップのエコシステムというのがダン・リオンズの見立てです。

    ダン・リオンズも資本主義自体が間違ってるとは主張していません。どこかで道を間違えたとしたらそれはミルトン・フリードマンではないかと主張しています。つまり、会社は株主の利益を追求すべきという考えに基づいた資本主義ですね。最近の書籍ではミルトン・フリードマンは悪者として描かれることが多い気がします。利益追求こそが企業の役目という姿勢がそもそも間違ってない?ということです。人の幸せってそういうことだっけ?

    アメリカ企業で人事(じんじ)は人事(ひとごと)な理由

    アメリカ企業は組織の新陳代謝が早いと言われています。これは、生産性の低い社員を生産性の高い社員に常に置き換えるからです。年功序列ではなく、実力主義だからというのは表面上のことです。それはシリコンバレーの男性至上主義なブロカルチャーが批判されていることでもわかりますよね。純粋に実力が評価されるのであれば、女性やマイノリティーの割合はもっと高いはずです。

    シリコンバレーだけでなく、大企業でも「実力主義」は様々な行動に表れています。例えば、PIP(業務改善プログラム)という社員のクビを切る仕組みが大抵どこの会社でもあります。本来は文字通り、パフォーマンスの悪い社員の改善を助けるプログラムなのですが、慣習としては裁判を起こされないようにちゃんとクビを切る手続きとなっています。

    コンサルティング会社などではUp or Out(上にあがるか、会社を去るか)と言われますし、最悪な場合はburn them out, churn them out(燃え尽きさせて、追い出せ)なんて言われます。特に給与のインセンティブが高い(歩合制:基本給が50%で歩合ボーナスが50%とか)の営業に多いのですが、このインセンティブミックスで歩合の割合が高いほどギャンブルに近くって、「今期刈り取りすぎて、来期は成績が達成できなそうだなー」なんてなると辞めてしまいます。この場合は雇用側も置き換え可能なモノとして社員を見てしまうし、雇用される側も企業(とその顧客)を焼畑農業の農地としてみてしまう。

    このような社員やパートナーを代替可能なモノとして扱う考えの発端はフレデリック・テイラーなのだそうです。そして、そのシリコンバレーの伝道師が“We are a team, not a family”で有名なNetflixの創業者リード・ヘイスティングであり、それを忠実に人事のトップとして実践して自らもNetflixをクビになったパティー・マコード、「ブリッツスケール」を提唱しているLinkedInの創業者リード・ホフマンです。PayPalマフィアの中でリード・ホフマンはまともな方だと思っていたのですが、ダン・リオン的には他の「クソ野郎」と同じだそうです。

    ギグ経済で人が商品になる(サービスとしての人間:Human as a Service)

    この究極の形がギグ経済だとダン・リオンズは言います。ギグとは小さな請負仕事のこと。クラウドソーシングがこのギグ経済を作り上げました。フリーランスの人たちが正規雇用とならずにクラウドソーシングで仕事を得ることができるようになりました。それなりに生活費は稼げていて、それでも本当に時間が余っている人にはすごくいいですよね。基本の生活費ではなく、プラスアルファをクラウドソーシングで稼ぐ人たち。でも多くの場合は企業に所属して安定した収入を得ることができない人たちが基本の生活費を稼ぐためにクラウドソーシングで小さなギグを拾っています。

    ギグ経済って企業(資本家)にとってはとても都合がいい。だって、正規雇用をしなくていいから、コストをいつでも最適化できる。いつでもクビにできる。社会保障費も必要ない。福利厚生も必要ない。

    Uberはこの本の中で悪い例として頻繁に出てきます。Uberは人を人として扱わないことで有名です。少なくとも、トラヴィス・カラニックがCEOの頃はそうでした。Uberの立場からすれば「空いている時間を自由に使ってお金を稼げる仕組みを作ってる。嫌なら使わなければいい」だし、働いている立場からすれば「ドライバーを最低賃金以下で社会保障もなく働かせている。Uberのおかげでタクシーでは働けなくなった。」になる。

    洗脳ツールとしてのアジャイル

    人事が開催するトレーニングって洗脳儀式めいたところがあります。もちろん、仕事で本当に役に立つトレーニングもありますよ。プログラミング言語とか英会話とか。ハードスキルですね。ソフトスキルだとクリティカルシンキングとかデザイン思考も、まあ悪くはない。それを実際に使って仕事をする機会はたくさんある。でも、冒頭で紹介したレゴ・シリアスプレイあたりになるとかなり怪しくなってくる。「こういうマインドセットで働いてくださいね」という型にハメてくる。ちょっと前だと『7つの習慣』とかね。

    もちろん、これは人事としては「企業文化」を作るためにこういうソフトトレーニングをやっています。悪気があるわけではない。英語に”weed out”(雑草を刈る)という言葉がありますが、「企業文化」に合わない人材は雑草なので出て行って欲しい。Zapposトニー・シェイがホラクラシーを導入するときに30%の従業員が会社をさったのと同じですね。そこまで大胆じゃないにしても、洗脳系のトレーニングに参加する方もそれは理解しているから分かったフリをする。外資系企業ってそうですよ。

    ダン・リオンズはアジャイルもこの部類に入るとしています。結局のところ、ウォーターフォールもアジャイルも手段でしかない。アジャイルが適切な開発があれば、ウォーターフォールが適切な開発もある。それを一つの枠に押し込めては、適材適所ができなくなってしまう。アジャイルが開発だけに留まっていればまだいいが、アジャイルマーケティングとか本来のアジャイルとは関係ない「アジャイルほにゃらら」になると怪しさが一気に増してきます。アジャイル自体がそれほど歴史がないのに、その亜流の「アジャイルほにゃらら」が成熟した手法であるはずもなく、実績もない。それでも企業研修に取り入れられているする。それは、実際のスキル開発というよりは「企業文化」のため。つまり、洗脳ツールとしての機能を求められている。

    新しい資本主義

    もちろんダン・リオンズは文句を言っているだけでなく、目指すべき方向も(本人が認めるように不完全ではありながら)示しています。ベンチャーキャピタルはミルトン・フリードマンの「悪しき資本主義」の究極の形ですが、「よい資本主義」を目指す新しいベンチャーキャピタルが誕生してきています。その代表例がLotus 1-2-3を開発したロータス創業者のミッチ・ケイパーが設立したケイパー・キャピタルです。

    ケイパー・キャピタルのミッションは「社会に存在する格差を埋める」ことです。地域格差、人種格差、性別による格差。こういうことをなくしていくスタートアップに投資しています。実はかなり初期の2010年にケイパー・キャピタルはUberにも投資をしていました。そして、Uberが創業者であるトラビス・カラニックのセクハラ疑惑が浮上すると、Uberの取締役会と投資家に向けてブログでオープンレターを公表しました。

    投資家は投資した企業の価値を最大化することを目的としています。なので、たとえその企業が(利益以外のいことで)うまく行っていなくても、大っぴらに批判することはありません。それは企業価値を貶めてしまう可能性があるからです。しかし、ケイパー・キャピタルはあえてそれをしました。このケイパー・キャピタルはシリコンバレーの伝統的な投資家からは非難されましたが、ケイパー・キャピタルは彼らのミッションに忠実であっただけです。

    新しい資本主義に方向転換するには投資家だけでなく、企業も変わらないといけません。その代表例がBasecampです。Basecampの創業者たちが書いた”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work”についてはそのうちに書評として紹介します(鋭意執筆中)。

    この本はどんな人にオススメか

    何事も過ぎれば「宗教」となり、盲目的に信じてしまいます。アジャイルもリーンもデザイン思考もそれは同じです。たまには距離をとって客観的に見つめることも大切です。この本はいわゆるスタートアップ的な見方をクールに見つめ直すのに最適です。

     

  • 書籍|本当のマーケティングの話|”This is Marketing” by Seth Godin

    書籍|本当のマーケティングの話|”This is Marketing” by Seth Godin

    顧客起点とよく言いますよね。本来であれば「マーケティング」というのは顧客のことを理解して、顧客が求めるものを作り、届けることです。「営業」は顧客の困りごとを理解し、その困りごとを解決する方法を紹介することです。 つまり、顧客起点とは顧客への奉仕です。マーケティングはサービスです。

    でも、実際には「マーケティング」はSEOを意識したキーワード対策だし、ダメな商品やサービスをキレイな写真や有名タレントでごまかすことですよね。どうすればバズるのか。「営業」も必要ないかもしれない商品やサービスをあたかも必要なもののように誤魔化しながら売ることですよね。そこに「罪悪感」があればまだいいのですが、「それが仕事だから」とロボットのように会社と仕事に奉仕してしまうことが多いのではないでしょうか。「仕事だから」ってよく聞くフレーズです。

    パーミッション・マーケティング』で日本でも有名になったセス・ゴーディンはその新著”This Is Marketing”でマーケティングは根本的に変わったと言います。

    This is Marketing: You Can’t Be Seen Until You Learn To See

    This is Marketing: You Can’t Be Seen Until You Learn To See

    インターネットでマーケティングが変わった

    こう書いてしまうと「なにをいまさら当たり前のことを言ってるんだ!?」と思う人も多いでしょう。このカタパルト・スープレックスを読んでいる人ならなおさらでしょう。でも、本当にそうですか?では、その「当たり前」の考えや知識に従って、行動も「当たり前に」変わっていますか?

    当たり前なら、なんでマーケティングは変わっていないのでしょうか?テレビや雑誌のマスメディア時代と同じ広告主体のマスマーケティングの価値観から抜け出すことができないのでしょうか?全ての人に満足してもらう、万能商品を作ることも売ることもできないのに。これがこの本の本題です。では、マーケティングはどうあるべきなのでしょうか。

    マーケティングとは何か

    セス・ゴーディンによればマーケティングとは変化を起こすことです。開発はモノやサービスを作ります。しかし、作るだけでは「変化」は起こせない。それが必要な人たちに気づいてもらわなければいけない。例えば何かいいアイデアがあり、それを上司に認めてもらい、予算を承認してもらい、実現に向けて実行したいとする。「アイデアを実現する」という「変化」にはマーケティングが必要です。上司がどのような価値観に基づき、何を求めているのかを理解しなければいけない。

    つまり、マーケティングとは「変化を起こすこと」であり、「マーケティングの課題」があるというのは「何か良い変化を起こすことができる」ということです。

    背の高いひまわりは根を深くはっている

    「より大きく」は変化の一つです。より高く、より安く、より使いやすく。マーケティング担当者は「どうすればバズるのか?」と悩みます。これは戦術の問題です。そして、最初に悩むべきはそこではありません。成長をひまわりにたとえ、より背の高いひまわりを育てたいのであれば、根を深くはらなければいけません。

    では、どこからはじめるべきなのか?セス・ゴーディンのロジックはこうです。

    • 戦術は「差」をつけることができる
    • 戦略はすべてを「変える」
    • しかし、文化は戦略を打ち負かす
    • だから、文化こそ戦略であるべき
    • 文化は「人の集まり(マーケット)」

    「文化」とは人の集まりです。この本では『リーン・スタートアップ』のMVPになぞってSmall Viable Market(SVM)という言葉がよく出てきます。ビジネスとして成立するための最も小さなマーケットという意味です。自分たちが奉仕したい最小限のグループはどこにいるのでしょうか。そこから「文化」を作りはじめましょう。

    マーケターが理解しなければいけないこと

    これを実現するためにマーケターは次のことを理解しないといけません。

    • 想像力のある人たちが全力を尽くせば世界を変えることができる
    • しかし、全ての人を変えることはできない
    • 「変化」は意識して起こす
    • 人はそれぞれ自分の「ものがたり」がある
    • 同じ「ものがたり」を持つ人たちを探す必要がある
    • 企業やプロダクト自身の語る「ものがたり」は重要ではない、人々が企業やプロダクトについて語る「ものがたり」が重要である

    マーケットを理解するということ

    マーケターが問い続けなければいけないのは二つだけです。

    • これは誰のため?
    • これは何のため?

    マーケティングの世界でよく引用される格言に「人々が欲しいのは1/4インチのドリルではなく、1/4インチの穴である」(セオドア・レヴィット)があります。しかし、本当にそうでしょうか?とセス・ゴディンは問いかけます。本当はこうでないでしょうか?

    • ほしいのは、ドリルでなく穴。
    • しかし本当にほしいのは棚。美しい本棚
    • それを作るためのきれいな穴
    • そして、大切なのは棚を自分で作ったということ(達成感)
    • そして、それを家族が褒めてくれること(承認)
    • 床に散らかっていた本が片付き、気持ちが安らぐこと(安堵感)

     つまり、欲しいのは「達成感」であり「家族からの承認」と「片付いたという安堵感」ですよね。そして、これこそ「ものがたり」です。

    この本はどんな人にオススメか?

    マーケターだったら読んだほうがいいでしょう。この書評では出だしのサマリーしか書いていませんが、内容的には「戦術」までカバーしています。しかし、戦術だけ真似ても全く意味がないし、効果もありません。この書評に書かれているような本質的なマーケティングを実施したいと考えるのであれば、とても役にたつと思います。

    当然ながら経営者やスタートアップ創業者も読んだほうがいいでしょうね。結局のところ、マーケターが会社に奉仕するマシーンになってしまうのは、それを経営者が求めるからです。経営者がマーケターにとってのロールモデルだからです。