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  • 書評|Oculusの歴史「ラッキー・パーマーの章」 “The History of the Future” by Blake J. Harris

    書評|Oculusの歴史「ラッキー・パーマーの章」 “The History of the Future” by Blake J. Harris

    スマホの伸びが鈍化していて「スマホの次のプラットフォーム」が期待されています。「スマホの次」に期待がかかるのはAmazon Echoに代表されるボイスと、Oculusに代表されるVRですね。今回紹介する書籍”The History of the Future”はOculusの創業からFacebookに買収、ラッキー・パーマーの追放までを追ったドキュメンタリーです。

    タイトルを日本語にすると「未来の歴史」。VRが未来のプラットフォームだと信じる人たちの歴史です。

    The History of the Future: Oculus, Facebook, and the Revolution That Swept Virtual Reality

    The History of the Future: Oculus, Facebook, and the Revolution That Swept Virtual Reality

    Oculusの創業の歴史については以前にも記事に書きました。簡単に書くとこうなってしまうのですが、実に簡単ではなかったことがこの本を読むとわかります。とても情報量が豊かで、この本を読んでVRに関するボクの思い込みは随分と解消されました。

    ゲームプラットフォームとしてのVR

    まず、ボク自身の思い込みが晴れたことの一つがOculusは新しいゲームプラットフォームとして開発されたことです。Oculusはスマホのような汎用性の高い一般的なプラットフォームではなく、先ずはプレステやファミコンのようなゲームプラットフォームなんだと。著者のブレイク・ハリス(写真)は”Console Wars”といったゲーム業界の本を他にも出していますが、なるほど、その流れでOculusなんですね。まあ、あとはDMMですかね。

    Console Wars: Sega, Nintendo, and the Battle that Defined a Generation

    Console Wars: Sega, Nintendo, and the Battle that Defined a Generation

    クラウドファンディングはチームプレイ

    二つ目はOculusのような大規模なクラウドファンディングは個人では太刀打ちできるレベルではなくなってるという事実。クラウドファンディングってお金のない起業家がサクッとお金を集めるプラットフォームのイメージがありますが、とんでもない。

    ラッキー・パーマーは最初は小さなキャンペーンを考えていました。起業についてもそれほど乗り気ではありませんでした。しかし、ブレンダン・イリーベがラッキー・パーマーを説得してOculusを設立、マイケル・アントノフとネイト・ミッシェルが参加して巨大なキャンペーンに仕立て上げました。

    Kickstarterのキャンペーンをはじめる前に、ゲームエンジンのUnityやUnreal Engineに対応してもらうように奔走したり、チャネルとしてSteamと連携できるように交渉したり。こういうビジネス面でリードを取るのはブレンダン・イリーベ。そりゃそうだよなあ。いくらラッキー・パーマーがVRのハードウェア開発では天才でも、ビジネスは経験が全くないからわからないものね。

    ラッキー・パーマー追放の真相

    Oculusは最終的にはFacebookに買収されてめでたしめでたしなんですが、創業者のラッキー・パーマーは追放されてしまいます。もう、いろんなスキャンダルがありすぎました。実際には読んでいただいた方がいいと思いますが、一言で言えば「あんた、脇が甘すぎるよ!」ですね。でも、まあ、若いんだからしょうがない。

    この本はどんな人にオススメか

    VR関連をフォローしている人は当然ながら読んだ方がいいです。GOROmanさんとか日本でも有名なゲームやVR関連の人たちがたくさん出てきます。新しいゲーム業界の構造を理解することもできるので、ゲーム業界に興味がある人にもオススメです。

    これからOculus Questを買おうと考えている人は悩ましいですよね。この本を読んで思うのは、もともとOculusが考えていた世界はOculus Questが一つの到達点なのかもと。それでも、Oculus Questが「スマホの次」と言い切れない。それは、もともとOculusがスマホのような汎用的なプラットフォームではないから。Facebookは一般的なプラットフォームになる可能性まで含めてOculusを買収したんでしょうね。だから、本書のタイトルである”the History of the Future”となるのはまだまだ先かなと。その答えは本書にもありません。

    本書はOculusの歴史「ラッキー・パーマーの章」であり、ゲームプラットフォームとしてのOculusの歴史なので、「スマホの次」を知りたい人はラッキー・パーマー以降のOculusの歴史が出るのを待つ必要があります。

  • 書評|日本ではわかりづらいRedditを理解するためのテキスト|”We Are the Nerds” by Christine Lagorio-Chafkin

    書評|日本ではわかりづらいRedditを理解するためのテキスト|”We Are the Nerds” by Christine Lagorio-Chafkin

    Redditって有名だし、英語圏でビジネスをするならチャネルとしても無視できない。2019年1月時点でのAlexaのランキングでは18位。FacebookやTwitterのような定番以外にグロースハックをやるならRedditは検討しなければいけないチャネルの一つです。Reddit hug of deathというくらい、Redditで注目されればサイトがダウンするくらいトラフィックがきます。中国語ならWeiboを理解できないといけないのと同様な意味で、英語でビジネスをするならRedditを理解できないといけない。

    今回紹介する”We Are the Nerds”は共同創業者の二人であるスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンを中心として創業から現在までを振り返る構成となっています。正直にいえば、前半は登場人物がうまく描ききれていないし、後半はあまり面白くありません。それでも、ここまで詳しくRedditの歴史を追った本はないので、Redditを理解するテキストとして非常に有効です。

    We Are the Nerds: The Birth and Tumultuous Life of Reddit, the Internet's Culture Laboratory (English Edition)

    We Are the Nerds: The Birth and Tumultuous Life of Reddit, the Internet’s Culture Laboratory (English Edition)

    そもそもRedditってなに?

    Redditは日本語版がないので日本人にはあまり馴染みがありません。簡単にいえばコメント機能が充実したはてなブックマークです。自分が気になるリンクをRedditに投稿して、それについてユーザーがコメントする。そのリンクに投票することもできて、高い投票を獲得したリンクが上の方に表示される。Redditにはカルマポイントというポイントシステムがあって、投票などでカルマポイントが増える。これがユーザーにRedditを使ってもらうインセンティブになっているわけです。

    匿名性の高いアクティブなコミュニティーを形成しているのがRedditの特徴です。雰囲気としては日本の2ちゃんねるに近いかもしれません。2ちゃんねるで「ジャンル」と呼ばれるものはRedditではsubredditに近い気がします。そして、各ジャンルの下に「板」がたつ。それでも、Redditはユーザーのハンドル名があるし、完全に匿名とも言い切れません。また、コミュニティーマネージャーが存在して、各subredditにはユーザーによるボランティアの管理人もいます。2ちゃんねるとはやはり違います。英語で2ちゃんねるに近いのは4chan8chanですね。

    Redditのはじまり

    スティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンは後にY Combinatorを立ち上げるポール・グラハムに心酔していて、わざわざ講演を聞きにボストンまで出かけて行き、自分たちのスタートアップアイデアをピッチしました。この時はまだY Combinatorを立ち上げていなかったのですが、この出会いがきっかけでY Combinatorの最初のバッチにスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンは補欠で選ばれます。本当は落ちていて、失意のまま電車で帰る途中だったのですが、当時、Y Combinatorを一緒に立ち上げた彼女のジェシカ・リビングストンに「え?あの子達いいじゃない!」という鶴の一声で呼び戻されました。スタートアップアイデアが認められたというよりも、二人の将来性が認められた形でした。

    RedditのアイデアはY Combinatorの期間中にポール・グラハムも関わり合いながら形成されました。当時はブックマークサービスのdel.icio.us(はてなブックマークの元ネタ。紆余曲折を経て実質的に2017年終了)や掲示板サイトのSlashdotが人気でした。ポール・グラハムのモットーは「あまりイカしていないそこそこのサービスを最高のサービスにブラッシュアップさせろ」でした。del.icio.usもSlashdotも人気はあったのですが、まだまだ改善する余地がある。そうして生まれたのがRedditのアイデアだったそうです。

    インターネットコミュニティーと企業文化

    サービスとしてのRedditと2ちゃんねるの違いより、それを運営する企業文化の違いの方が大きいと思います。両方ともプラットフォームであり、そこでユーザーが何をやらかしても自由という精神で運営されています。リバタリアン思想。「メディアではなく、プラットフォーム」という位置付けは責任回避にも都合がいいので、FacebookもTwitterも同じ姿勢を取っています。いわゆるソーシャルメディアやソーシャルニュースは「完全自由」と「完全管理」で白黒くっきり別れるわけでなく、様々な濃淡のグレースケールのどこかに位置する感じとなります。大手になるほど管理が強くなります。2ちゃんねるは完全自由に近いですよね。Redditも当初は完全自由だったのですが、大手出版社のConde Nastに緩やかにではありますがコンテンツの管理をするようになります。そういう意味ではニコニコ動画に近いんじゃないかと思います。

    Reddit(2005年6月)より半年先がけてDigg(2004年11月)がローンチして人気が出ます。RedditとDiggは非常に似ていました。着想自体はほぼ同時期なのですが、人気はDiggの方が高かったためにRedditは模倣サイトとみられることも少なくなかったそうです。Redditは2006年10月にConde Nastに買収されたのですが、Diggは2012年でした。

    結局、DiggはRedditに抜かれてしまうのですが、これも企業文化なのかなと思える部分があります。Conde NastはRedditをほぼ自由に運営させていましたが、投資もほとんどしなかった。スタッフは本当に最小限。それに比べるとDiggは2005年、2006年のシリーズAとBの後、2008年に日本円で30億円近い資金を調達しています。そして、2010年に大規模なデザインのリニューアルを行うのですが、これがユーザー離脱の原因となってしまいました。コミュニティー運営って難しいですよね。

    経営と運営の違い

    Redditが2006年にConde Nastに買収された後も、彼らが引退する2009年までスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンを中心としたコミュニティー運営母体としての色合いが強かった印象を受けます。コミュニティー運営のための決断(主にオハニアン)や開発上の決断(主にホフマン)はしますが、経営上の決断はほとんどしていません。

    経営判断をするようになったのはPayPalマフィアの一員でFacebookでもディレクターとして機械翻訳プロジェクトなどで成功したイーシャン・ウォンがCEOになってからでしょう。ただ、経営者としてあまり有能ではなく、経営者(=経営)と現場(=運営)の乖離が大きくなってしまいました。その後任のエレン・パオもそれはあまり大差がなく。Redditの経営は全くうまくいってませんでしたが、運営はできていた。経営の役割って一体なんだろう?と考えさせられます。

    この本はどんな人にオススメか

    英語圏でビジネスをやる人は読んだ方がいいでしょう。インターネットコミュニティーが何にどのように反応するのか、Redditで実際に起きた出来事はコミュニティー運営の共有知となっています。ストライザンド効果なんて代表例ですね。

    ソーシャルニュースサイトにおけるオープンソース(Redditのコードはオープンソースとして公開されていた)の意味とか、ImgurなどRedditのコバンザメとして発展してきた外部サービスとか。まあ、実際にRedditを使ってみるのが一番ではあります。

    ただ、(個人的な感想ではありますが)著者が読者をぐいぐい引っ張っていく力量がないため、ストーリーとしてあまり面白くない。感情移入しにくいんですよね。本来ならエレン・パオがCEOになってからの彼女の戦いはスタートアップのジェンダー論争にとって重要な意味があるのですが、そこまでたどり着くまでなかなか苦痛です。エレン・パオが辞めたあとにスティーブ・ホフマンとアレクサス・オハニアンがRedditに復帰するのですが、ぶっちゃけそこまで読めていません。

  • 書評|自分のペースで仕事をする大切さ|”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work” by David Heinemeier Hansson and Jason Fried

    書評|自分のペースで仕事をする大切さ|”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work” by David Heinemeier Hansson and Jason Fried

    いきなり個人的なことですが、ボクは最近になって日本企業で働いています。これまでずっと外資系企業に勤めたり、海外でスタートアップやったりしていたので、日本企業で働くのは本当に初めてのことです。で、これが驚くほどに快適なんですね。なぜかといえば、自分のペースで自分の好きな仕事を存分にできるからなんだと思います。

    自分の仕事が会社に貢献できていると感じることができる。それでいてオフィスにも基本的には定時しかいないし、そのあとは仕事とは関係のない好きなことができる。これほど幸せなことはありません。

    ひょっとしたらボクが所属する部署が特別なのかもしれない。ボク自身が特別な扱いを受けているのかもしれない。でも、大切なことは日本企業の中にも(レアかもしれないけど)そういう場所があるということです。

    今回紹介する書籍”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work”を書いたジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイナー・ハンソン(通称DHH)が経営しているBasecampもスタートアップ界のレアケースとも言える幸せな場所です。

    NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)

    NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)

    • 作者:ジェイソン フリード,デイヴィッド ハイネマイヤー ハンソン
    • 発売日: 2019/01/31
    • メディア: Kindle版
    It Doesn't Have to Be Crazy at Work (English Edition)

    It Doesn’t Have to Be Crazy at Work (English Edition)

     

    スロースタートアップ

    以前に「スロースタートアップ」として外部から資金調達をせずに、自己資金だけでゆっくりと成長しているスタートアップを紹介しました。MailChimpdribbbleなどです。Basecampはスロースタートアップの代表です。

    Basecampは1999年にジェイソン・フリードを含む3人の共同創業者とともに37signalsとして立ち上がりました。もう20年も事業が続いています。広く使われている開発フレームワークのRuby on RailsはBasecamp開発のためにDHHによって作られてオープンソースになったものです。開発言語としてのRubyがこれほど普及したのはRuby on Railsのおかげです。

    Basecampのようなスロースタートアップは外部から資金調達をせずにブートストラップ(自己資金だけ)で経営しています。しかし、多くのスタートアップは外部から大きな資金調達をして、大きくスケールすることを目指します。前回紹介した”Lab Rats”を書いたダン・リオンズに言わせれば、それこそが不幸の原因です。

    売上は全ての傷を癒す(Revenue heals all wounds)

    スタートアップには多くの金言があります。「売上は全ての傷を癒す”Revenue heals all wounds”」はその一つです。成果が出ないと組織内の雰囲気はどんどん悪くなります。他部署への批判が増え、モラルが低下します。しかし、どれだけ苦労しても成果が出れば報われる。雰囲気は一気に明るくなる。一般的には「時は全ての傷を癒す”Time heals all wounds”」ですが、時だけが過ぎて売上がなければ企業は死んでしまいます。結果が全てなのがスタートアップです。

    Basecampが外部から資金調達をせずに20年間事業を継続できているのはコストをカバーするための十分な売り上げがあり、利益を確保しているからです。どうやって?ユーザーから愛されるプロダクトを作る。それだけのことです。「ユーザーを理解する」、「ユーザーの声に耳を傾ける」、「それをプロダクトに反映する」です。それだけのことなのですが、それをするのが難しい。

    「売上は全ての傷を癒す」のですが、それは「ユーザーから愛されるプロダクトを作る」しかないんです。ボクが会社の中でやってることも、結局のところは顧客起点で考える習慣を作ること、そこから得た知見をもとにユーザーが求めるであろうプロダクトを科学的に検証して早くリリースすること。それしかないんですよね。

    立ち止まる大切さ

    Bootcampでは全ての人たちが自分のペースで働いています。チームで仕事をする場合、他人のスケジュールに影響されることがありますよね。Aさんがいないと自分の仕事が先に進まない。Basecampではそんな時にどうするのか?待つのです。Aさんがその仕事に取りかかれるまで待つ。

     

    Basecampは長い時間をかけて自分たちにとって最適な開発サイクルを作りました。ゴールはないが、そのサイクル期間内に実装したい機能はある。でも、実装できなかったらそれは次のサイクルで実装する。それがBasecampで自分のペースで仕事をできる秘訣です。

    日本の多くの課題は「待つ」ことで解決するんじゃないか

    トーキョーネイティブではない人から「東京の人はぶつかっても謝らないでそのまま立ち去ってしまう」って言われることがあります。自分はトーキョーネイティブですが、確かに「感じ悪いなあ」と思うことはありました。後ろから来て人の目の前を平気で横切る。何も言わずに黙ってぶつかりながら進む。ドアを後ろから来る人のために開けておくのは海外では常識なのですが、日本でそれをやる人は少ない。ボクは正直なところ、日本人は「他の国の人たちと比べると優しくない」と捉えていました。「おもてなし」も非常に表面的で、お金を払うお客さんにだけ。赤の他人にはとても冷たい。

    でも、実際は人間として「他人のことを思いやる」ことに国や人種は関係ない。日本人だけ特別に「氷のように冷たい心」を持っているわけではない。単に、他人を思いやる行動ができないだけ。どうすれば他人とぶつからないのか?道を譲ればいいんです。立ち止まればいい。それだけのことなんです。

    満員電車も無理に詰め込んで入らなくても、次の車両を「待て」ばいい。自分の進行方向に人がいて通れない場合、「すみません、ちょっと通ります」といえばいい。黙ってぶつかって押し分けて通らなくてもいい。海外ではみんな”Excuse me”って言うでしょ?英語の授業でも習いましたよね。母国語である日本語でもそうしましょう。

    日本人はスタート時間にこだわりがあって、他人が遅れると気分を害してしまいがちです(そのわりに終わる時間にはルーズなのですが)。でも、待てばいいのではないでしょうか。「待てばいいんだ」と思えばいろんなフラストレーションは消えて無くなります。

    この本はどんな人にオススメか

    いわゆる「働き方改革」のヒントがたくさん詰まっています。根本的には「ユーザーが愛するプロダクトを作る」と「必要な利益を確保する」なんですが、それをした上で、どうすれば幸せな職場環境を作れるのか。そう言う意味では、上級編なのかもしれません。小手先だけ真似してもうまくいかない。

    経営者も、従業員も、顧客も幸せにできる企業を作って維持するのって簡単じゃないと思います。Basecampはそれが20年続いている非常にレアなケースです。そこから何か少しでも学びたいと思えるなら、この本はとてもオススメです。

  • 書評|スタートアップとベンチャーキャピタルの関係を説明したバイブル|”Venture Deals” by Brad Feld, Jason Mendelson

    書評|スタートアップとベンチャーキャピタルの関係を説明したバイブル|”Venture Deals” by Brad Feld, Jason Mendelson

    スタートアップ界隈では尊敬されている人たちがいます。今回紹介する”Venture Deals”の共同著者のブラッド・フェルドはその一人です。コロラド州のボルダーはスタートアップの活動が活発ですが、そのスタートアップコミュニティーを立ち上げる主役の一人がブラッド・フェルドでした。その過程を綴った”Startup Communitties”はコミュニティー活動に関わる人たちにとってのバイブルの一つです。

    Startup Communities: Building an Entrepreneurial Ecosystem in Your City (English Edition)

    Startup Communities: Building an Entrepreneurial Ecosystem in Your City (English Edition)

    ブラッド・フェルドはTechstarsという小規模のベンチャーキャピタルをボルダーでジャレッド・ポリスとともに立ち上げました。ちなみに、ジャレッド・ポリスは2018年にコロラド州知事となりました。そんな彼らがスタートアップのために事細かにベンチャーキャピタルからの資金調達について書いた”Venture Deals”はスタートアップを目指す人ならほぼ必ず読む本の一つです。すでに第3版まで出ていて、その時に合わせて内容も若干アップデートされています。

    Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist

    Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist

    ベンチャーキャピタルというのはなかなかわかりづらい存在です。スタートアップにとっては資金調達の王道。資金を出してくれる人たちです。しかし、その資金がどこからきて、ベンチャーキャピタル自身はどのようにお金を儲けているのかきちんと理解をしている人はそれほど多くないと思います。まあ、普通に会社勤めをしていれば関係ないですからね。それでもお金ってどう循環して経済が回っているのかは理解していて損はないでしょう。簡単に言えば、リクルートのリボン図で「お金を投資したい人たち」と「

    投資を受けて事業をしたい人たち」を結びつけるのがベンチャーキャピタルです。

    経済はお金が循環することで発展します。金融機関の仕事はお金を動かすことです。その動かす先の一つがベンチャーキャピタル。ベンチャーキャピタルの役割はいい投資先を見つけたい人と投資を受けたい人にお金を流すことです。よく誤解する人がいるのですが、ベンチャーキャピタル自身がたくさんお金を持っていて、その投資益で儲けているわけではないのです。

    「いい投資先を見つけたい人」はプライベートエクイティファンドなどです。例えば私たちの年金もそう。ほら、私たちにも関係あるでしょ?すごく簡単に言えば、出資する人をリミテッドパートナー(LP)、それを運用する人をジェネラルパートナー(GP)といいます。ベンチャーキャピタルにとってのお客さんは資金の運用を任せてフィーを払ってくれるリミテッドパートナー(LP)ということになります。で、そのリミテッドパートナーのお客さんは?普通の個人や法人ですね。私たちを含め。

    日本語の本では(これもやはり起業家にとってのバイブルとされている)『起業のファイナンス』が”Venture Deals”に近いです。ただ、”Venture Deals”はベンチャーキャピタルが書いただけあって、ベンチャーキャピタルがどう動いているのかを詳しく解説してくれています。

    起業のファイナンス増補改訂版

    起業のファイナンス増補改訂版

    この本はどういう人にオススメか

    ベンチャーキャピタルから資金調達をしたい人にはもちろんオススメです。あと、スタートアップ的なやり方に批判的な立場をとる人にもオススメです。欧米ではすでにミルトン・フリードマン的なスタートアップ的なやり方に限界を感じる人たちが出てきています。それが日本に波及するのもそう遠くないのではないかと思います。

    しかし、実際にどちらが「正しい」か「正しくない」とくっきり白黒つけられるものではありません。きちんと双方の立場を理解した上で、自分なりの判断をしていくしかないのです。そのために、スタートアップ的な資金調達のバイブルであるこの本は役に立つでしょう。

     

  • 書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|”Lab Rats” by Dan Lyons

    書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|”Lab Rats” by Dan Lyons

    今回紹介する著書のダン・リオンズさん。見ての通り、オッサンです。ずっと編集畑を歩んできて、リストラされる。心機一転、スタートアップ(Hubspot)の世界に飛び込んだもののやっぱりリストラ。スタートアップめ!ざけんじゃねーぞ!とスタートアップ界隈をdisった前著の”Disrupted“が大ヒット。余勢をかってスコープを広げたのが今回紹介する”Lab Rats”となります。

    Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

    Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

    スタートアップの価値観って本当に正しいですか?

    こういう本って下手したら逆恨み感満載の負け犬の遠吠えになってしまいます。ここまでいろんなことに噛み付いていると、単なる狂犬なのではと思われてしまう危険性もある。実際に、これが「ユニコーン」という言葉が生まれた5年前(2013年)だったらそう取られていたでしょう(前著の”Disrupted”は2016年)。

    しかし、最近はユニコーンって本当にそれだけの価値があるの?と疑問符がつきはじめてきました。実際に利益が出ている会社なんてほとんどない。GoogleやFacebookは例外中の例外(統計でいえば異常値)であって、本当はシリコンバレーのやり方は正しくないんじゃない?

    スタートアップという病

    大企業でもスタートアップ的なやり方を取り入れることが多くなってきました。この本で冒頭に出てくるレゴ・シリアスプレイなんて典型的な大企業向けスタートアップ風ワークショップですよね。ボクもアムステルダムに住んでいた頃にいくつかシリアスプレイのワークショップに参加したことがあります。面白いとは思ったけど、特に何かの役に立ったということはありませんでした。

    ダン・リオンズは「わかっている人はわかってる、こんなこと意味ないと」と言います。しかし、こういうスタートアップ的なものに意味がないというと周りから「古臭くてダメなやつ」というレッテルが貼られる。チームプレーヤーだと思われない。だから、声を上げることができない。あれ?同調圧力って日本独特なものではないんですね!

    どこで資本主義は間違ったのか?

    マイケル・ムーアの『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』が2015年に公開されたのは偶然ではないでしょう。ボクたち戦後の日本人はアメリカからの影響を強く受けているので、アメリカの価値観が世界の価値観だと思ってしまう傾向があります。グローバルスタンダードといっても、それはアメリカのスタンダードだったりします。それを二つの金融危機を通じてアメリカ自身が気づいたのがこの頃だったのではないでしょうか。そして、アメリカ資本主義の価値観をドーピング強化したのがベンチャーキャピタルが作ったスタートアップのエコシステムというのがダン・リオンズの見立てです。

    ダン・リオンズも資本主義自体が間違ってるとは主張していません。どこかで道を間違えたとしたらそれはミルトン・フリードマンではないかと主張しています。つまり、会社は株主の利益を追求すべきという考えに基づいた資本主義ですね。最近の書籍ではミルトン・フリードマンは悪者として描かれることが多い気がします。利益追求こそが企業の役目という姿勢がそもそも間違ってない?ということです。人の幸せってそういうことだっけ?

    アメリカ企業で人事(じんじ)は人事(ひとごと)な理由

    アメリカ企業は組織の新陳代謝が早いと言われています。これは、生産性の低い社員を生産性の高い社員に常に置き換えるからです。年功序列ではなく、実力主義だからというのは表面上のことです。それはシリコンバレーの男性至上主義なブロカルチャーが批判されていることでもわかりますよね。純粋に実力が評価されるのであれば、女性やマイノリティーの割合はもっと高いはずです。

    シリコンバレーだけでなく、大企業でも「実力主義」は様々な行動に表れています。例えば、PIP(業務改善プログラム)という社員のクビを切る仕組みが大抵どこの会社でもあります。本来は文字通り、パフォーマンスの悪い社員の改善を助けるプログラムなのですが、慣習としては裁判を起こされないようにちゃんとクビを切る手続きとなっています。

    コンサルティング会社などではUp or Out(上にあがるか、会社を去るか)と言われますし、最悪な場合はburn them out, churn them out(燃え尽きさせて、追い出せ)なんて言われます。特に給与のインセンティブが高い(歩合制:基本給が50%で歩合ボーナスが50%とか)の営業に多いのですが、このインセンティブミックスで歩合の割合が高いほどギャンブルに近くって、「今期刈り取りすぎて、来期は成績が達成できなそうだなー」なんてなると辞めてしまいます。この場合は雇用側も置き換え可能なモノとして社員を見てしまうし、雇用される側も企業(とその顧客)を焼畑農業の農地としてみてしまう。

    このような社員やパートナーを代替可能なモノとして扱う考えの発端はフレデリック・テイラーなのだそうです。そして、そのシリコンバレーの伝道師が“We are a team, not a family”で有名なNetflixの創業者リード・ヘイスティングであり、それを忠実に人事のトップとして実践して自らもNetflixをクビになったパティー・マコード、「ブリッツスケール」を提唱しているLinkedInの創業者リード・ホフマンです。PayPalマフィアの中でリード・ホフマンはまともな方だと思っていたのですが、ダン・リオン的には他の「クソ野郎」と同じだそうです。

    ギグ経済で人が商品になる(サービスとしての人間:Human as a Service)

    この究極の形がギグ経済だとダン・リオンズは言います。ギグとは小さな請負仕事のこと。クラウドソーシングがこのギグ経済を作り上げました。フリーランスの人たちが正規雇用とならずにクラウドソーシングで仕事を得ることができるようになりました。それなりに生活費は稼げていて、それでも本当に時間が余っている人にはすごくいいですよね。基本の生活費ではなく、プラスアルファをクラウドソーシングで稼ぐ人たち。でも多くの場合は企業に所属して安定した収入を得ることができない人たちが基本の生活費を稼ぐためにクラウドソーシングで小さなギグを拾っています。

    ギグ経済って企業(資本家)にとってはとても都合がいい。だって、正規雇用をしなくていいから、コストをいつでも最適化できる。いつでもクビにできる。社会保障費も必要ない。福利厚生も必要ない。

    Uberはこの本の中で悪い例として頻繁に出てきます。Uberは人を人として扱わないことで有名です。少なくとも、トラヴィス・カラニックがCEOの頃はそうでした。Uberの立場からすれば「空いている時間を自由に使ってお金を稼げる仕組みを作ってる。嫌なら使わなければいい」だし、働いている立場からすれば「ドライバーを最低賃金以下で社会保障もなく働かせている。Uberのおかげでタクシーでは働けなくなった。」になる。

    洗脳ツールとしてのアジャイル

    人事が開催するトレーニングって洗脳儀式めいたところがあります。もちろん、仕事で本当に役に立つトレーニングもありますよ。プログラミング言語とか英会話とか。ハードスキルですね。ソフトスキルだとクリティカルシンキングとかデザイン思考も、まあ悪くはない。それを実際に使って仕事をする機会はたくさんある。でも、冒頭で紹介したレゴ・シリアスプレイあたりになるとかなり怪しくなってくる。「こういうマインドセットで働いてくださいね」という型にハメてくる。ちょっと前だと『7つの習慣』とかね。

    もちろん、これは人事としては「企業文化」を作るためにこういうソフトトレーニングをやっています。悪気があるわけではない。英語に”weed out”(雑草を刈る)という言葉がありますが、「企業文化」に合わない人材は雑草なので出て行って欲しい。Zapposトニー・シェイがホラクラシーを導入するときに30%の従業員が会社をさったのと同じですね。そこまで大胆じゃないにしても、洗脳系のトレーニングに参加する方もそれは理解しているから分かったフリをする。外資系企業ってそうですよ。

    ダン・リオンズはアジャイルもこの部類に入るとしています。結局のところ、ウォーターフォールもアジャイルも手段でしかない。アジャイルが適切な開発があれば、ウォーターフォールが適切な開発もある。それを一つの枠に押し込めては、適材適所ができなくなってしまう。アジャイルが開発だけに留まっていればまだいいが、アジャイルマーケティングとか本来のアジャイルとは関係ない「アジャイルほにゃらら」になると怪しさが一気に増してきます。アジャイル自体がそれほど歴史がないのに、その亜流の「アジャイルほにゃらら」が成熟した手法であるはずもなく、実績もない。それでも企業研修に取り入れられているする。それは、実際のスキル開発というよりは「企業文化」のため。つまり、洗脳ツールとしての機能を求められている。

    新しい資本主義

    もちろんダン・リオンズは文句を言っているだけでなく、目指すべき方向も(本人が認めるように不完全ではありながら)示しています。ベンチャーキャピタルはミルトン・フリードマンの「悪しき資本主義」の究極の形ですが、「よい資本主義」を目指す新しいベンチャーキャピタルが誕生してきています。その代表例がLotus 1-2-3を開発したロータス創業者のミッチ・ケイパーが設立したケイパー・キャピタルです。

    ケイパー・キャピタルのミッションは「社会に存在する格差を埋める」ことです。地域格差、人種格差、性別による格差。こういうことをなくしていくスタートアップに投資しています。実はかなり初期の2010年にケイパー・キャピタルはUberにも投資をしていました。そして、Uberが創業者であるトラビス・カラニックのセクハラ疑惑が浮上すると、Uberの取締役会と投資家に向けてブログでオープンレターを公表しました。

    投資家は投資した企業の価値を最大化することを目的としています。なので、たとえその企業が(利益以外のいことで)うまく行っていなくても、大っぴらに批判することはありません。それは企業価値を貶めてしまう可能性があるからです。しかし、ケイパー・キャピタルはあえてそれをしました。このケイパー・キャピタルはシリコンバレーの伝統的な投資家からは非難されましたが、ケイパー・キャピタルは彼らのミッションに忠実であっただけです。

    新しい資本主義に方向転換するには投資家だけでなく、企業も変わらないといけません。その代表例がBasecampです。Basecampの創業者たちが書いた”It Doesn’t Have to Be Crazy at Work”についてはそのうちに書評として紹介します(鋭意執筆中)。

    この本はどんな人にオススメか

    何事も過ぎれば「宗教」となり、盲目的に信じてしまいます。アジャイルもリーンもデザイン思考もそれは同じです。たまには距離をとって客観的に見つめることも大切です。この本はいわゆるスタートアップ的な見方をクールに見つめ直すのに最適です。

     

  • 書籍|本当のマーケティングの話|”This is Marketing” by Seth Godin

    書籍|本当のマーケティングの話|”This is Marketing” by Seth Godin

    顧客起点とよく言いますよね。本来であれば「マーケティング」というのは顧客のことを理解して、顧客が求めるものを作り、届けることです。「営業」は顧客の困りごとを理解し、その困りごとを解決する方法を紹介することです。 つまり、顧客起点とは顧客への奉仕です。マーケティングはサービスです。

    でも、実際には「マーケティング」はSEOを意識したキーワード対策だし、ダメな商品やサービスをキレイな写真や有名タレントでごまかすことですよね。どうすればバズるのか。「営業」も必要ないかもしれない商品やサービスをあたかも必要なもののように誤魔化しながら売ることですよね。そこに「罪悪感」があればまだいいのですが、「それが仕事だから」とロボットのように会社と仕事に奉仕してしまうことが多いのではないでしょうか。「仕事だから」ってよく聞くフレーズです。

    パーミッション・マーケティング』で日本でも有名になったセス・ゴーディンはその新著”This Is Marketing”でマーケティングは根本的に変わったと言います。

    This is Marketing: You Can’t Be Seen Until You Learn To See

    This is Marketing: You Can’t Be Seen Until You Learn To See

    インターネットでマーケティングが変わった

    こう書いてしまうと「なにをいまさら当たり前のことを言ってるんだ!?」と思う人も多いでしょう。このカタパルト・スープレックスを読んでいる人ならなおさらでしょう。でも、本当にそうですか?では、その「当たり前」の考えや知識に従って、行動も「当たり前に」変わっていますか?

    当たり前なら、なんでマーケティングは変わっていないのでしょうか?テレビや雑誌のマスメディア時代と同じ広告主体のマスマーケティングの価値観から抜け出すことができないのでしょうか?全ての人に満足してもらう、万能商品を作ることも売ることもできないのに。これがこの本の本題です。では、マーケティングはどうあるべきなのでしょうか。

    マーケティングとは何か

    セス・ゴーディンによればマーケティングとは変化を起こすことです。開発はモノやサービスを作ります。しかし、作るだけでは「変化」は起こせない。それが必要な人たちに気づいてもらわなければいけない。例えば何かいいアイデアがあり、それを上司に認めてもらい、予算を承認してもらい、実現に向けて実行したいとする。「アイデアを実現する」という「変化」にはマーケティングが必要です。上司がどのような価値観に基づき、何を求めているのかを理解しなければいけない。

    つまり、マーケティングとは「変化を起こすこと」であり、「マーケティングの課題」があるというのは「何か良い変化を起こすことができる」ということです。

    背の高いひまわりは根を深くはっている

    「より大きく」は変化の一つです。より高く、より安く、より使いやすく。マーケティング担当者は「どうすればバズるのか?」と悩みます。これは戦術の問題です。そして、最初に悩むべきはそこではありません。成長をひまわりにたとえ、より背の高いひまわりを育てたいのであれば、根を深くはらなければいけません。

    では、どこからはじめるべきなのか?セス・ゴーディンのロジックはこうです。

    • 戦術は「差」をつけることができる
    • 戦略はすべてを「変える」
    • しかし、文化は戦略を打ち負かす
    • だから、文化こそ戦略であるべき
    • 文化は「人の集まり(マーケット)」

    「文化」とは人の集まりです。この本では『リーン・スタートアップ』のMVPになぞってSmall Viable Market(SVM)という言葉がよく出てきます。ビジネスとして成立するための最も小さなマーケットという意味です。自分たちが奉仕したい最小限のグループはどこにいるのでしょうか。そこから「文化」を作りはじめましょう。

    マーケターが理解しなければいけないこと

    これを実現するためにマーケターは次のことを理解しないといけません。

    • 想像力のある人たちが全力を尽くせば世界を変えることができる
    • しかし、全ての人を変えることはできない
    • 「変化」は意識して起こす
    • 人はそれぞれ自分の「ものがたり」がある
    • 同じ「ものがたり」を持つ人たちを探す必要がある
    • 企業やプロダクト自身の語る「ものがたり」は重要ではない、人々が企業やプロダクトについて語る「ものがたり」が重要である

    マーケットを理解するということ

    マーケターが問い続けなければいけないのは二つだけです。

    • これは誰のため?
    • これは何のため?

    マーケティングの世界でよく引用される格言に「人々が欲しいのは1/4インチのドリルではなく、1/4インチの穴である」(セオドア・レヴィット)があります。しかし、本当にそうでしょうか?とセス・ゴディンは問いかけます。本当はこうでないでしょうか?

    • ほしいのは、ドリルでなく穴。
    • しかし本当にほしいのは棚。美しい本棚
    • それを作るためのきれいな穴
    • そして、大切なのは棚を自分で作ったということ(達成感)
    • そして、それを家族が褒めてくれること(承認)
    • 床に散らかっていた本が片付き、気持ちが安らぐこと(安堵感)

     つまり、欲しいのは「達成感」であり「家族からの承認」と「片付いたという安堵感」ですよね。そして、これこそ「ものがたり」です。

    この本はどんな人にオススメか?

    マーケターだったら読んだほうがいいでしょう。この書評では出だしのサマリーしか書いていませんが、内容的には「戦術」までカバーしています。しかし、戦術だけ真似ても全く意味がないし、効果もありません。この書評に書かれているような本質的なマーケティングを実施したいと考えるのであれば、とても役にたつと思います。

    当然ながら経営者やスタートアップ創業者も読んだほうがいいでしょうね。結局のところ、マーケターが会社に奉仕するマシーンになってしまうのは、それを経営者が求めるからです。経営者がマーケターにとってのロールモデルだからです。

  • Amazon Goに代表されるレジなし店舗の現状|2018年リテールテック

    Amazon Goに代表されるレジなし店舗の現状|2018年リテールテック

    Amazonがレジに並ばずに自動的に支払いを完了できるAmazon Goのベータを社内にオープンしたのは2016年12月でした。そして、一般顧客を対象とした一般公開を2018年1月におこないました。2018年はレジなし店舗元年となりました。

    レジなし店舗の特徴

    チェックインとチェックアウト

    非常にざっくりと言ってしまえば、レジなし店舗の特徴は支払いの時にレジで並ばなくて済むことです。その代わり、入る時に駅の改札のようなゲートでチェックインする必要があります。レジでの支払い(チェックアウト)の方が時間がかかるので、チェックインが少し手間でも全体的には効率的になっています。

    • レジがない(自動チェックアウト)
    • 入り口でアプリを使ってチェックイン

    チェックインをするのは入店する個人を認識するためです。チェックインすることで個人の買い物カゴが開かれます。棚からとった商品が買い物カゴに移動します。家族で買い物をする場合、一人のアカウントでチェックインすることもできます。その場合、複数の人がチェックインした人の買い物カゴを開いている状態になっています。

    子供もチェックインしなければいけないので、小さな子供の場合は少し面倒かもしれませんね。

    商品ラインアップ

    スーパーマーケットで扱う商品は大きく分けて「ウェット」と「ドライ」があります。「ウェット」は生鮮食料品です。野菜、肉や魚ですね。「ドライ」はグローサリーのようなパッケージ商品です。日本やアジアのスーパーマーケットはウェットの取り扱いが多いという特徴があります。

    レジなし店舗ではグローサリーのようなパッケージ商品が対象になります。生鮮食料品は取り扱っていません。生鮮食料品の場合は量り売りだったりするので、センサーでのトラッキングが難しいのかもしれません。生鮮食料品を家庭で調理をするような人たちはパッケージ商品を消費する人たちよりも効率性を求めていないのかもしれません。

    いずれにせよ、チェックインした人が手に取った商品は買い物カゴに入ります。人と商品を結びつけるわけですね。気が変わって商品を棚に戻せば買い物カゴからもなくなります。

    買い物の不便なルール

    レジなし店舗は新しい技術なので、技術やUXがまだ成熟していない部分があります。そのため、レジなし店舗にはレジあり店舗にはないルールがあります。

    まず、店舗の中では買い物カゴの中身を見ることができません。どの商品が買い物カゴに入っているか確認することができないんです。これは不便というより不安ですよね。

    次に店舗内ではチェックインした人同士で商品の受け渡しができません。例えば、AさんがBさんに「あの商品を取ってきて」とお願いしたとします。商品を手に取ったのがBさんなので、この時点でその商品はBさんの買い物カゴに入っています。商品自体はAさんに渡すことはできますが、Bさんの買い物カゴに入っているので、Bさんに課金されます。

    家族や友達と一緒に行く場合はAmazon Goのアプリを持っている人が持ってない人をチェックインすることができます。例えばお父さんとお母さんと子供が買い物に行くとします。お父さんとお母さんはアプリを持っていますが、子供はアプリを持っていません。そこで、お父さんかお母さんのアプリで子供をチェックインして店舗に入れるのです。これはこれで面倒ですよね。

    2018年10月現在ではこんな感じなのですが、これは徐々に改善されるだろうと予想します。

    利用されている技術

    Amazon Goを含め、多くのレジなし店舗で使われている技術の詳細は公開されていません。センサーとカメラで情報収集をして、センサーフュージョンで統合されます。データ分析にはAIが利用され、裏では人間がAIを学習させています。

    現時点での注力は実際に店舗から持ち出された商品がチェックインした人に正しく紐付けされているかでしょう。それがある程度できるようになったら現時点では技術的に実現できていないUXの問題を解決していくと予想します。

    レジなし店舗のプレーヤー

    Amazon Goは間違いなく先頭を走っていますが、まだまだ新しい取り組みです。追いつけると考えるスタートアップも投資家もたくさん現れています。Amazon Goを含めて全てのレジなし店舗の取り組みに言えることですが、技術やUXはまだ成熟していないので、現時点でどれが有力だと言い切ることはできないと思います。

    BingoBox

    中国のBingoBox(缤果盒子|ビングオフーズ)はすでに300店舗を運営しています。Amazon Goとは若干違う技術構成でRFID(無線タグ)を利用しています。チェックアウトも自動ではなく、キオスクで行われます。技術的にはユニクロやGUと同じです。

    これはBingoBoxの起業が2016年で、Amazon Goの発表前だったことが起因しています。Amazon Goの登場以前はRFIDがバーコードに置き換わる商品トラッキングと見られていましたが、コストが高いことがネックとなっていました。

    クレジットカードではなくAlipayとWeChatをサポートしているところが中国ならではですね。AlipayとWeChatの特性を活かして、ミニプログラムになっています。

    現在ではRFIDよりもカメラによる画像解析が有望だと考えられていて、BingoBoxも画像解析を含めたセンサーフュージョンに力を入れ、Fan AI(小范|シャオファン)を開発しました。

    Standard Cognition

    日本でも事業展開を発表したStandard CognitionはAmazon Goの競合の中ではビジネス的に先行していると言えます。2017年に創業ですが、無人店舗の研究自体は2016年から行っていたそうです。1000万ドルの資金調達をしています。

    基本的な技術構成はAmazon Goと同じでカメラとセンサーで収集したセンサーフュージョンのデータをAIで分析します。違いはStandard Cognitionはセンサーの設置場所がAmazon Goより少ないことだそうです。Amazon Goでは棚に重量センサーなどが付いていますが、Standard Cognitionは天井だけなので複雑さを解消しているそうです。

    Standard Cognitionは独自店舗のStandard Marketをサンフランシスコでオープンしています。これはAmazon Goのシアトル店舗よりも若干大きい店舗のようです。下のイメージビデオでは店員が商品とり顧客に渡していますが、店舗内での人から人への商品引き渡しの問題をStandard Cognitionは解決しているのでしょうか?

    Zippin

    Zippinもサンフランシスコでレジなしの実店舗を運営しています。元々は商品と追跡システムを2014年から開発していたようですが、その経験を活かしてレジなし店舗のマーケットに2018年に参入しました。

    基本的な技術構成はAmazon Goと同じでカメラとセンサーで収集したセンサーフュージョンのデータをAIで分析します。棚の重量センサーにより重きを置いているようで、アパレルなど重量の軽い商品には向いていないようです。

    Inokyo

    Standard Cognitionと同様のY Combinator卒業生であるInokyoもサンフランシスコでレジなしの実店舗を運営しています。Inokyoの場合は画像解析により重きを置いているようで、棚にもカメラがついています。

    InokyoはUXに力を入れていて、技術的な問題ではなくUXの問題を解決するためにあえてチェックアウトゲートを設けて明示的にユーザーがチェックアウトできるようにしています。

     

    参考文献

    Examining the User Experience of Amazon Go Shopping — Just Walk Out

  • スタートアップの最後のフロンティア?|2018年建設関連コンストラクションテック

    スタートアップの最後のフロンティア?|2018年建設関連コンストラクションテック

    スタートアップでよく言われるのは地味な産業の地味な問題を解決しろです。競争相手が少ないのが一つ、本当に困っているからお金を払ってもらえるのが二つ目の理由です。以前に通っていた歯医者さんに「歯科向けのソフト開発しなよ、絶対売れるから」と言われていました。作らなかったけど、作ってたら売れたのかなあ。

    建設は地味だけど大きな市場で無駄がたくさんある産業の代表例です。アメリカでは600万人が建設業界に携わっていて、毎年1兆円規模のプロジェクトを行なっています。

     

     

    建設業界の課題

    建設業界は金融業界と並び、スタートアップにとってはロマンあふれる市場です。いや、本当ですよ。マッキンゼーによると2030年までに57億ドル(約6400兆円)のインフラ投資が必要になります。また、建設業界は非効率的な産業で納期の遅れと予算オーバーが常態化しています。デジタル化が遅れていて、「紙が一番の競合」と言われたりしています。世界の生産性の平均は35ドル/時間ですが、建設業界の平均は25ドル/時間です。これにより1兆6000万ドル(約180兆円!)の生産性のギャップが一年間で発生しています。

    じゃあ、具体的にどれくらいの資料の量なのかというと、平成29年度の国土交通白書によると、約14ヶ月の橋梁下部工事の場合、資料の厚みが3メートル以上(360cm)だったそうです。それを削減してもまだ1メートル以上(納品資料:53cm/提示資料:112cm)あるんだからすごいですね。それでもこれまで半分以上削減したのだから大したものです。

    国土交通省 i-Constructionの推進状況 2018年6月1日 第3回企画委員会 資料-1

    多くの資料や検査が必要なのは仕方がない部分があります。建物や道路など公共のインフラを作るのには安全が第一です。長く使うものですしね。しかも、設計、調達、施工、管理のそれぞれの段階で多くの関係企業や省庁がかかわってきます。プレーヤーが多いのです。

    建設業界デジタル化の潮流

    コンストラクションテックはAutodeskの主戦場です。設計はまずAutoCADですからね。そして、今は設計情報のデータベースとも言えるビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM)の時代ですね。建設データのデジタル化が全体的なトレンドです。この分野で大きなシェアを持っているのはArchiCADとAutodeskのBIM 360です。

    しかし、当然ながら大手だけでどうにかなる市場ではないので、多くのスタートアップがシェアを求めて挑戦してきています。日本でも富士通とかNECとか日立とか大きなところが幅を利かせている市場ですが、スタートアップが寄り付かないのが海外との違いです、残念ながら。

    建設市場へのテックの挑戦

    建設市場は成長が見込まれる市場なので投資も集まっています。投資が集まるということはスタートアップも参入しますし、ユニコーン(10億ドル以上の資産評価される未公開企業)も生まれます。

    サービスとしての建設:Katerra

    ここ最近、大きな資金調達をして話題を集めているのがKaterraです。シリーズDでSoftBank Vision Fundから8億6500万ドルを調達しました。30億ドルの資産評価でユニコーンの仲間入りをしました。中国の自転車レンタルサービスのOfoがそれくらいの資産評価だったと思います。

    Katerraはソフトウェア会社というよりは建設業界に特化したサービスプロバイダーです。自社工場で部品を製造し、組み立てを行い、建設現場に資材を届け、施工まで行います。全てのプロセスを一社で行うのです。

    ソフトウェアを使いこなすには時間がかかりますし、プレーヤーが多いとなおのことです。だったら、自分たちでソフトウェアを使いこなして、全部やっちゃえ!というアプローチですね。建設業界でもモノからサービス、ソフトウェアからサービスへの移行が進む可能性がありますね。

    コンストラクションテックのパイオニア:Procore

    この市場の可能性に早くから気づいて、2002年に創業したのが建設に特化したプロジェクト管理のProcoreです。シリーズGまで進んでいて、10億ドルの資産評価を受けたユニコーンでもあります。CDNのCloudflareやアドテックのInMobiと同じくらいの資産評価ですね。

    BIMがデータの管理だとしたら、Procoreコラボレーションソフトですね。創業者でCEOのトゥーイ・コートマンチは自宅の建設中に設計チームとコミュニケーションをするのが大変だった経験から創業のアイデアを得たそうです。

    Procoreくらい存在感が出てくると、Autodeskとしても無視できないようで、色々とぶつかっているようです。一方でRhumbixには投資してるので、組めるところは組む、組めないところは徹底的に戦うということなんでしょう。

    Y Combinator卒業のエリート:PlanGrid

    コンストラクションテックに一番投資をしているのが何を隠そうY Combinatorです。そしてその卒業生の代表選手がPlanGridです。その名が示す通り、ブループリント(設計図)を共有するサービスです。ブループリントは変更が多いデータで、紙で全てをトラッキングするのは非常に困難でした。全部をやろうとせず、一番困っているニッチな部分を探すのって大事ですよね。

    PlanGridも2015年にシリーズBで5000万ドルの資金調達に成功しています。

    建設業界でのAR/AR活用:Scope AR/Yulio VR

    AR/VRって建設業界で活かせそうですよね。実際にそう考えるスタートアップは多くて、スタートアップがたくさん参入しています。主なユースケースはトレーニングとデザインです。

    Scope ARはARを使って現場のスタッフに適切な情報や指示を送ることができます。マイクロソフトのHoloLensを使っています。こちらもY Combinator卒業生。

    YulioはVRを使ったショールーミング。CADのデータを取り入れてVR環境を作ります。Webやアプリの開発ではInVisionのようなプロトタイプツールで開発前にどのようなUXなのかをデザイナーと開発者で共有することができますし、クライアントにプレゼンテーションもできます。Yulioはその3D版という感じですね。同様のサービスにIris VRもあります。

    建設業界での人工知能(AI)活用:Smartvid.io/Doxel

    BIMで建設データをデジタル化したら、それを分析したくなりますよね。そして、分析できるということは人工知能を使える場面も増えるということです。

    Smartvid.ioは建設業界に特化した画像解析のAIです。現場で撮影され、BIMに登録された写真や動画に自動的にタグ付けをして管理を容易にします。Adobe SenseiがストックフォトサービスのAdobe Stockでやっていることの建設特化版ですね。シリーズAで1000万ドルの資金調達に成功しています。

    Doxelも同様に建設業界に特化した画像解析AIですが、自律走行ロボットを活用して画像を収集するというところが新しいアプローチになっています。

    ただ、ドローンを使った画像解析サービスのAirware130億円を溶かして壮大に破綻したので、独自のハードウェアはちょっと注意が必要ですかね。どこまで汎用品を使い、どこまで専用のものを開発するかの見極めは大事です。

  • 書評|Twitter創業者たちのエゴと魅力『ツイッター創業物語』|”Hatching Twitter” by Nick Bilton【2018年夏休み読書週間】

    書評|Twitter創業者たちのエゴと魅力『ツイッター創業物語』|”Hatching Twitter” by Nick Bilton【2018年夏休み読書週間】

    いろいろなスタートアップの成り立ちを調べてブログで書いていると、企業や人となりには(当然ながら)裏と表があると気がつきます。完璧なんてない。どれだけ素晴らしい業績を残した起業家も成人君主ではなく普通の人間です。

    いわゆる会社公認の「創業史」には人間的なドロドロした部分を拭き取って、磨いてピカピカになったものです。しかし、この『ツイッター創業物語』はニック・ビルトンが創業者たちだけでなく、当時の関係者に徹底的に聞き取り調査をした結果、非常に人間らしいツイッターの生い立ちを伝えています。

    Hatching Twitter (English Edition)

    Hatching Twitter (English Edition)

     
    ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り

    ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り

     

     

     

    成功者は聖人君主じゃない

    Appleのスティーブ・ジョブズやFacebookのマーク・ザッカーバーグの成し遂げたことはスゴイです。日本だと松下幸之助や本田宗一郎は伝説ですよね。彼らの人となりが理解できるほど近しい人は限られていて、多くの人は想像するしかありません。そして想像する彼らは素晴らしいリーダー。想像の産物です。リーダーは人格者であってほしいという潜在的な期待もあるでしょう。でも、実際には完璧な人間なんていません。

    『ツイッター創業物語』に登場するエヴァン・ウィリアムズ、ジャック・ドーシー、ビズ・ストーン、ノア・グラスの四人(公式には三人)の創業者たちも完璧とは程遠い人間らしい人たちとして描かれています。マーク・ザッカーバーグも登場しますが、彼も(当然ながら)慈善事業としてFacebookを運営しているわけではないので、ライバルであるTwitterをしたたかに追い詰めようとします。でも、それが人間ですよね。

    三人いれば「社内政治」が生まれる

    スタートアップは大企業と違って社内政治がないというイメージがあると思います。これは実際とは随分違うかなと思います。欧米のビジネスの世界では「三人いれば社内政治が生まれる」と言われています。ボクが手伝っていたスタートアップが海外支社を作った時、その国は三人ではじめました。三人なんだから密接に連携してやると思いますよね?そんなことないんです。人間にはエゴがありプライドがあり、相性があります。英語では人間の相性を化学反応(Chemistry)と言います。Wikipediaにもあるくらい頻繁に使われるビジネス用語です。

    エヴァン・ウィリアムズ、ジャック・ドーシー、ビズ・ストーン、ノア・グラスの四人は簡単に言えばChemistryが合わなかったのかなと。完璧な聖人君主がいないように、完璧な悪魔もいません。人と人との化学反応がよく作用することもあれば、悪く作用することもある。それだけです。この本では創業者同士の化学反応がどのように起きたのかを追うことができます。

    ジャーナリズムの凄さ

    インターネットのおかげで創業者が会社の成り立ちをPRというフィルター無しで見ることができるようになりました。ボクのようなブロガーはそのようなネット上のインタビューを整理整頓して記事にすることができます。創業初期にはPRエージェンシーは付いていないので、創業者の率直な考えや出来事を知ることができます。PRエージェンシーがキレイにした会社公認の「創業史」よりは少し人間っぽさが出ているかと思います。それでも、そこが限界です。

    報道には会社からの「発表報道」と記者の「調査報道」があります。セラノスを追求したジョン・カレイロウの”Bad Blood”もそうですが、ニック・ビルトンによるこの『ツイッター創業物語』を読んでいるとやっぱりジャーナリズムってスゴイと思います。

    不満点

    Twitterの発展には日本のユーザーがかなり貢献しているのですが、その点については全く触れられていません。Pride ParadeやSXSW、大統領選などのイベントについては触れられているのですが、「バルス」については触れられていません。この本は関係者へのインタビューをもとに書かれているので、ひょっとしたらTwitterの関係者は何が日本で起きていたのか、実はあまり理解できていなかったのかもしれません。

    Twitter’s Top 5 Accounts Are All in Japan — Here’s Why

  • 書評|超えてはいけない一線を超えたスタートアップ史上最大のスキャンダル|”Bad Blood” by John Carreyrou【2018年夏休み読書週間】

    書評|超えてはいけない一線を超えたスタートアップ史上最大のスキャンダル|”Bad Blood” by John Carreyrou【2018年夏休み読書週間】

    スタートアップ史上最大のスキャンダルのひとつとして数えられるであろうセラノスの事件をその発端から現在に至るまで詳細に追いかけた一冊。

    なぜこれほど多くの実績あるベテラン投資家や政府高官、企業役員たちがセラノスの不正を見抜けなかったのか。シリコンバレーに大きな教訓を残した事件であり、今回紹介するジョン・カレイロウの”Bad Blood”はそれを学ぶのに重要な一冊だと言えます。

    BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 (集英社学芸単行本)

    BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相 (集英社学芸単行本)

    • 作者:ジョン・キャリールー
    • 発売日: 2021/02/26
    • メディア: Kindle版
    Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

    Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup

     

     

    信じたいことだけを信じるカルチャー

    この本の最初の何章か読んで(オーディオブックなので正しくは「聞いて」ですが)いてまず思ったのが「ああ、これって企業の中ではあるあるだよね」でした。「正しい」ことと「望まれる」ことは違う。往々にして正しさは主観的なので、人の数だけ「正しい」答えがあることがあります。そして、その「正しい」のギャップは話し合いで解決をしたり、トップの人の「正しさ」がその会社にとっての「正しさ」になることもある。この差をどう解決するかは企業文化に依存します。

    いずれにせよ、会社の「正しさ」を信じてチームプレイに徹することが求められます。会社が「正しい」と思えず、変えることができなければそこを離れるしかない。これはセラノスに限らずどこに企業でも同じです。

    セラノスの「正しさ」は共同創業者のエリザベス・ホームズが定義していました。スタートアップは創業者チームの考えを具現化したものですから、これもスタートアップにはよくあることです。ここで描かれるセラノスは超ブラック企業ですが、残念ながらこれも多くの企業でよくあることです。後半は病的なまでに従業員、元従業員や関係者を攻撃するのですが、こういう会社も少ないながらあります。セクハラやパワハラはありますし、パートナー企業を徹底的に追い詰める企業も存在します。必ずしも組織や人事が従業員を守ってくれるとは限りません、残念ながら。「そんなことない」と言える人はラッキーです。では、そこまでありふれたことなのであれば、セラノスの場合はどうしてここまで大きな事件になったのか?

    セラノスが事件となった理由

    これが純粋にテクノロジーのスタートアップだったらあまり問題になりません。創業者が間違っていたとしても、会社が潰れるだけですから。大企業の場合は正常に機能していればそのような因子を排除するように動くのですが、これには時間がかかります。自浄作用が働かなくても噂は止められません。

    ところが、人の命に関わる分野はそうはいきません。間違ったことが起きないように規制やルールがあります。どれだけ起業家が「正しい」と主張しようと、法律以上に「正しい」ことはありません。スタートアップの主観的な「正しさ」は法律の客観的な「正しさ」を上書きできません。

    もちろん、グレーゾーンはたくさんありますし、グレーゾーンにこそチャンスがあります。Fintechスタートアップなら金融に関する規制、Uberのようなシェアエコノミーなら道路交通法など準拠しなければいけない法律があります。グレーゾーンとは黒ではない、誰も試したことがないことですね。その境界線をどこまで押せるのか。どこまで黒で、どこからが白なのか、これを試しながら進んで行くのがスタートアップです。

    しかし、いつかは黒と白の線引きをしなければいけません。人の命に関わることならなおさらです。人の命はビジネスより大切です。電通社員の自殺事件でもそれはわかりますよね。セラノスはこの境界線の明らかに黒い部分を超えていました。

    歴戦の企業家や投資家がなぜ出し抜かれたのか

    セラノスを投資家として、ビジネスパートナーとして支えてきた人たちは素晴らしい経歴の持ち主達です。大手ドラッグストアチェーンのWalgreensやスーパーマーケットチェーンのSafewayのCEOは店舗にミニラボを設立する契約をしました。現トランプ政権の国防長官であるジェームズ・マティスは軍司令時代に海兵隊でセラノスのシステムを使う口利きをし、現職を受ける前にセラノスの取締役会に席をおきました。

    マイクロソフトの独禁法裁判で司法省を代表して一躍有名になったデビッド・ボイスもセラノスの弁護士としてその腕を(悪い意味で)ふるいました。元国務長官のジョージ・シュルツもセラノスで働いていた孫が不正を訴えても聞く耳を持ちませんでした。

    なんで?って思いますよね。

    スタートアップを測るモノサシ

    以前に紹介したエリック・リーズの『スタートアップ・ウェイ』にも書いてありますが、伝統的な経営とスタートアップの経営は異なります。予実管理や会計手法は伝統的な経営に適しています。予測できるビジネスには最適です。しかし、スタートアップは予測できないビジネスです。

    起業家が投資家にホッケースティックのような売り上げや利益の予測をピッチしますが、それを本気で信じて投資する人はほとんどいません。そもそも、そのアイデア自体が最終的なプロダクトになるとも限りません。ピボットはスタートアップには日常です。投資判断をする上で、プロダクトよりビジネスプランより大きいのはチームだと言われています。まあ、人に投資するわけです。

    セラノスを支えた素晴らしい経歴の持ち主たちはスタートアップを測るモノサシを持っていませんでした。エリザベス・ホームズという人を測るしかなかった。そして、見誤った。美人ですしね。

    セラノス事件の教訓

    セラノスの経営陣、特にエリザベス・ホームズとラメシュ・サニー・バルワ二がいつ自分たちが犯罪を犯しているのか気づいたのかはわかりません。しかし、いつかの時点で気が付いていたはずです。この二人がセラノス社内でモラルハザードになっていたとしたとしたら、弁護士のデビッド・ボイスとその法律事務所はセラノス社外で猛威を振るいました。彼も境界線を見誤った一人でしょう。デビッド・ボイスはこの件で晩節を汚した一人ですね。

    スタートアップは予想できないビジネスの上に成り立つモデルですが、白と黒の境界線は決めなければいけません。おそらくこの部分に関しては法のメスが入るのではないでしょうか。ベンチャーキャピタルも医療テックへの投資はもっと慎重になるかもしれません。しかし法に対するコンプライアンスは医療に限らず様々な分野に及びます。今回の事件でスタートアップのコンプライアンスがどこまで広がるかは注目に値します。