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  • 書評|スタートアップを大企業からの攻撃から守るイノベーションの鎖|”The Innovation Stack” by Jim McKelvey

    書評|スタートアップを大企業からの攻撃から守るイノベーションの鎖|”The Innovation Stack” by Jim McKelvey

    ペイメントのスタートアップとして大成功したSquareといえばジャック・ドーシーのイメージが強いと思います。ジャック・ドーシーはツイッターの共同創業者でもあり、知名度が高いので仕方のないことです。今回紹介するのはSquareのもう一人の共同創業者であるジム・マッケルビーの初書籍である”The Innovation Stack”です。

    Squareには創業からこれまで、一度だけ大きな危機がありました。アマゾンが参入してきたのです。ジム・マッケルビーは、なぜアマゾンのような大企業からの攻撃をSquareのような小さなスタートアップが退けることができたのか、そもそもSquareはなぜ成功することができたのか、これを自分に問いかけ続けました。そして、過去に似たような事例がないのか探して研究しました。その研究の成果が本書となります。

    The Innovation Stack: Building an Unbeatable Business One Crazy Idea at a Time (English Edition)

    The Innovation Stack: Building an Unbeatable Business One Crazy Idea at a Time (English Edition)

    • 作者:McKelvey, Jim
    • 発売日: 2020/03/10
    • メディア: Kindle版

    (多くの優れた書籍がそうであるように)ジム・マッケルビーは言葉の定義からはじめます。「起業家」とは何か?「イノベーション」とは何か?ジム・マッケルビーはヨーゼフ・シュンペーターまでその起源を遡ります。

    ジム・マッケルビーが本書で定義する「起業家」とは、真のリスクテイカーです。実を言えば現代のスタートアップ創業者は(例えばクリストファー・コロンブスのような真のリスクテイカーと比べて)それほどリスクを取る必要がありません。ベンチャーキャピタルから資金調達したお金は返す必要ないんですから。もちろん、資金調達できるまで持っていくには多くの労力や個人的な資産も必要かもしれませんが。ヨーゼフ・シュンペーターの頃、企業家は特別な人たちでした。クレイジーと同義語でした。

    ジム・マッケルビーが本書で定義する「イノベーション」とは、実現したいことをやるためには既存のやり方をコピーできないため、仕方なく生み出す手法です。ビジネスで成功する簡単な方法はコピーすることです。自然の法則はコピーです。コピーしてできるなら、それに越したことはありません。しかし、「起業家」は既存のルールがない未知の領域に(仕方なく)足を踏み入れるため、既存のやり方ではできないことがあります。既存のやり方とは違うやり方、それが「イノベーション」です。

    「イノベーション」の正体がわかれば、本書で紹介している「イノベーションスタック」も理解できます。文字通り日本語に訳せば「イノベーションの積み上げ」です。一つのイノベーションではなく、複数のイノベーションの積み上げ。何か新しい別のやり方には不具合がある。その不具合を解消するために別のイノベーションが必要になる。その連鎖が「イノベーションスタック」です。ただ、ボクはこの本を読んでいて「イノベーションの鎖」の方がイメージ的には近いと思いました。未知の領域に踏み込んでいくのですから、命綱が必要ですよね。その命綱をイノベーションの鎖で紡いでいき、ゴールに達成する。この方が本書で紹介する「イノベーションスタック」のイメージに近いと思います。

    本書ではSquareの具体的なイノベーションスタックの他に、四つのイノベーションスタックの事例が紹介されています。バンク・オブ・イタリー(後のバンク・オブ・アメリカ)、イケアサウスウェスト航空です。いやあ、お見事!これらの事例では確かにイノベーションがキレイに繋がっています。特にアマデオ・P・ジオニーニとバンク・オブ・イタリーは感動的です。すごい!

    まあ、すごいと言ってもわからないでしょうから、簡単にSquareのイノベーションスタックの一部を紹介します。

    解決すべき課題:これまでクレジットカードが使えなかったお店がクレジットカードを使えるようにする。そのために……

    1. 簡単にする(One Price:すべての人に同じ取引手数料)。しかし、小さな取引ではお金を損する。そのため、取引量を増やす必要あるため……
    2. サインアップを無料にする。それを維持するためにはコスト削減が必要で……
    3. ハードウェアを安くする。当時のクレジットカードリーダーは950ドルかかっていたが、Squareでは原価を0.97ドルまで抑えることに成功した。しかし、あまりにも安いので何か仕掛けがあるのではと不審に思う人たちもいた。そのため……
    4. 契約をなくした。いつはじめてもいいし、いつ止めてもいい。契約で利用者を縛ることをやめた。はじめるのにSquareと話す必要もない。しかし、それだけでは十分なコスト削減ではないので……
    5. 電話サポートをやめた。しかし、そのためには顧客が電話する必要がないようにしなければいけないので……
    6. 使いやすい美しいソフトウェアを開発した。直感的で使い易ければ電話して使い方を聞く必要はない。しかし……

    6まで紹介しましたが、実際には14まであります。一部ではありますが、一つのイノベーションがさらに次のイノベーションの必要性を生み出していることがわかると思います。後半になるほど、金融業やペイメントの規制が関わってきて、イノベーションしていくのが難しくなります。

    ボクが「イノベーションスタック」をイノベーションの鎖と訳したいか。もう一つの理由は、「イノベーションスタック」が競争から守ってくれるからです。よく、「競争優位性」といいますが、よくできた「イノベーションスタック」はそれ自体が競争優位性となります。競合がとる基本的な戦法は「コピー」です。アマゾンもSquareのビジネスモデルをコピーして攻撃を仕掛けてきました。しかし、一つのイノベーションをコピーすることができても、複数の連なったイノベーションの鎖全てをコピーするのは至難の技です、例え巨人アマゾンにしてもです。上の1から6のSquareのイノベーションスタックでも3と6だけでも大変そうじゃないですか?これが14もあるんですから。

    この本は前半がイノベーションスタックに関する事例を含めた詳しい解説になっていて、後半はジム・マッケルビーの個人的な考察というかエッセーっぽい内容になっています。コンパクトに前半だけでよかったんじゃないかなあ。ただ、後半もイノベーションスタックが崩れる条件とかも書いてあるので、それはそれで面白かったです。なぜ、バンク・オブ・アメリカやサウスウェスト航空の優位性が崩れてしまったのかとか。

  • 書評|フィルターなしのインスタグラムの歴史|”No Filter” by Sarah Frier

    書評|フィルターなしのインスタグラムの歴史|”No Filter” by Sarah Frier

    インスタグラムがフェイスブックに買収されるまでの成功物語って有名ですよね。ボクも以前にまとめたことありますし。もちろん、成功には後日談がつきものです。インスタグラムの創業者二人はフェイスブック買収後もしばらく残りましたが、二人揃って2018年にインスタグラムを「卒業」してしまいました。買収から創業者の離脱。この間になにがあったのでしょうか?それが今回紹介するサラ・フライヤーの新著”No Filter”のテーマです。

    インスタグラム:野望の果ての真実

    インスタグラム:野望の果ての真実

    • 作者:サラ・フライヤー
    • NewsPicksパブリッシング
    No Filter: The Inside Story of Instagram

    No Filter: The Inside Story of Instagram

    • 作者:Frier, Sarah
    • 発売日: 2020/04/14
    • メディア: ペーパーバック

    本書の前半はケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーの創業者二人の成功物語です。マイク・クリーガーはブラジル人で、インスタグラム創業の時にビジネスビザを取るのが大変だったんですね。それ以外は特に新しい話はありませんでした。

    この本の目玉はフェイスブック買収から創業者の退社に至るストーリーです。Odeoでのインターンシップから個人的な友情をジャック・ドーシーと育んできたケヴィン・シストロムです。ジャック・ドーシーも数少ないエンジェル投資家としてインスタグラムを個人的に助けてきましたし、超有名なベンチャー・キャピタルのセコイア・キャピタルを紹介して500万ドルの投資ラウンドを助けました。ツイッターはずっとインスタグラムと買収の話をしてきた。ところがですよ、セコイアの投資ランドが完了した二日後にフェイスブックが1000万ドルでインスタグラムの買収を発表。ケヴィン・シストロムとマーク・ザッカーバーグは裏で話をしていたんですね。こりゃ、ジャック・ドーシーが怒るのも当然ですよ。セコイア・キャピタルも二日で投資を2倍にするという成功と言っていいのか、失敗と言っていいのかよくわからない経験をしてしまいます。

    この本ではマーク・ザッカーバーグのクソ野郎ぶりがかなり堪能できるのですが、ケヴィン・シストロムも(少なくともこの時は)かなりのクソ野郎ですね。このフェイスブックの買収で金持ちになったのはなんと創業者の二人だけ。それ以外の社員はおこぼれにほぼあり付けなかったそうです。いやいや、それはヒドイでしょ。インスタグラムみたいなスタートアップに参加するインセンティブってエグジットした時の分前なんだから。さらに後味が悪いのが、ワッツアップの買収とインスタグラムの買収が社員にとって全く違う結果だったことです。インスタグラム買収の2年後の2014年のワッツアップの買収金額は1億9000万ドルでした。なんとインスタグラムの19倍。社員にもその分前は行き渡り、創業者はフェイスブックの取締役として迎えられました。

    それでも、ケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーは「ある程度」の自由を認められていたため、そこそこ満足はしていたようです。例えば、フェイスブックはアルゴリズムで最適化しますが、インスタグラムは人によるキュレーション(ポピュラーページや公式アカウント)でインスタグラムらしさを保っていました。

    しかし、その自由も徐々にマーク・ザッカーバーグに侵食されます。マーク・ザッカーバーグにとって重要なのは母艦のフェイスブックであり、インスタグラムもワッツアップもその周辺アプリでしかない。むしろ、インスタグラムはフェイスブックとカニバリゼーションを起こして「競合」のようにマーク・ザッカーバーグに目をつけられてしまいます。IGTVのロゴがフェイスブック・メッセンジャーのロゴに似ていると上司のクリス・コックス経由でマーク・ザッカーバーグに文句を言われるってヒドくないです?インスタグラムはすごい勢いで成長しているので、リソースも増強しないといけない。しかし、マーク・ザッカーバーグはリソースをインスタグラムに割り当てるのを渋ります。同じ時期にVRのオキュラスが600名の採用枠をもらったのに、インスタグラムがもらえた採用枠は90名。2019年にはフェイスブックの売上の30%をインスタグラムが担うとされていたのにも関わらずです。

    ここまでイジメられると、流石に創業者二人も気がつきます。あ、出て行けってことなんだって。

    それにしても、ここで描かれるマーク・ザッカーバーグはやっぱりクソ野郎なんですよ。VPNのOnavo買収とか競合分析のためですものね。スナップチャットの人気が出てきているのが、メディアが騒ぐよりずっと前にフェイスブックはVPNのトラフィック分析でわかっていた。VPNって政府の監視から逃れるために使う人が多いと思うのですが、監視される相手がフェイスブックになっただけというオチ。

    インスタグラムの成功後日談はなかなか苦い味わいですね。

  • 書評|ニューヨークとサンフランシスコの間の「不気味の谷」|”Uncanny Valley” by Anna Wiener

    書評|ニューヨークとサンフランシスコの間の「不気味の谷」|”Uncanny Valley” by Anna Wiener

    オンライン版の雑誌『ニューヨーカー』で記者をやっているアナ・ウェイナーの初著書である”Uncanny Valley”は日本語で「不気味の谷」です。不気味の谷は最近はロボットへの嫌悪感を表す心理現象です。ロボットっぽいロボットには特に嫌悪感は感じないのだけれど、人間に近づくと気持ち悪く感じる。これが「不気味の谷」で。この嫌悪感を超えると再び好感が持てるようになります。

    “Uncanny Valley”はアナ・ウェイナーがニューヨークからシリコンバレーに移り住み、出版業界からスタートアップに転職した際に、自信が様々な「不気味の谷」を超えた経験をまとめたものです。

    Uncanny Valley: A Memoir

    Uncanny Valley: A Memoir

    • 作者:Anna Wiener
    • 出版社/メーカー: McD
    • 発売日: 2020/01/14
    • メディア: ハードカバー

    アナ・ウェイナーはニューヨーク生まれ。大学では文学を学び、出版社に就職します。しかし、出版業界は氷河期。若い労働力は搾取されるのみ。25歳なのにまだお茶汲みやってる。出版業界で成功できるのは資産を受け継いだ人たちだけ。カネもコネもない自分にはどうしようもできない世界。自分自身で独立した大人になりたくて、これまで借金なしで生きてはきたけれど、低い給料で高い生活費。とても持続可能と思えませんでした。そこで、25歳でebookのスタートアップ(たぶん、後にグーグルに買収されたOyster)に転職を決意します。2013年のこと。この本では具体的な会社名は出てきません。フェイスブックは「みんなから嫌われているソーシャルメディア」だし、グーグルは「検索の巨人」だし、マイクロソフトは「コラボレーションツールの複合企業」です。

    この出版業界からスタートアップが最初の「不気味の谷」ですね。大学を出たばかりのスタートアップ 創業者たちからお茶汲みの自分が、出版業界の知識を持っているタレントとして求められていると感じた。新旧の出版業界を結ぶ架け橋として役割も見出しました。しかし、実際には創業者たちは本に興味はなかった。スタートアップの創業者にとって本は起業のネタでしかないですからね。ダメならピボットしないといけない。これがビジネスが成立している大企業とこれから飯の種を見つけなければいけないスタートアップ との大きな差でさり、大企業からスタートアップへ転職する人にとっての「不気味の谷」となります。

    この「不気味の谷」を渡る過程で一種のアイデンティティークライシスに陥ります。アナ・ウェイナーも「本に興味がないなら、なぜ自分を雇ったのか?」と考えてしまいます。ひとつは、女性を雇うのがトレンドでクールだったから?実際には大企業とスタートアップ のメンタリティーの違いです。大企業において仕事は与えられるものです。ちゃんと役割があって、役割をうまくこなすことが求められる。しかし、スタートアップでは仕事は自分で作るもの。そして、その仕事がスタートアップにとって必要だと周りに必要だと認めさせること実行こそが美徳、失敗こそが美徳。

    ボクがマイクロソフトに入った時も仕事ありませんでした。1995年にマイクロソフトはすでにスタートアップとは言えませんでしたが、そのメンタリティーはしっかり残っていました。最初の「仕事」はコンピューターを組み上げて(ネットワークカードってなんだ?)、ネットワークにつないで(当時のWindowsはPPPもTCP/IPをサポートしていませんでしたからね!NetBEUI覚えてる?)、必要なソフトウェア(どこにあるんだ?当時はOutlookもSharepointもないですから!メールはMicrosoft Mail。裏はXENIX – マイクロソフトのUNIXと聞いた。ブラウザすらない!)をインストールすることでした。で、その後に本当の「仕事」は自分で見つけないといけなかった。「何したらいいですか?」「ごめん、忙しいから自分で探して」「??!」。未熟であることは許されるけど、自分で考えて動けないことは許されない。実行こそが美徳、失敗こそが美徳。最近はスタートアップ だけでなく大企業でも”Self Starter”(自走できる人材)が求められますが、スタートアップ では自走できない人は生きていけません。自走できない人が集まると会社が死ぬから。

    閑話休題。

    アナ・ウェイナーはebookスタートアップから解雇されてしまいます。文化に適応できなかった。大きな出版業界でしか経験がないので、スタートアップとの”Culture Fit”が十分ではなかったんですね。では、出版業界にに戻るか?しかし、スタートアップが気に入りはじめていました。出版業界では得られない自由がそこにはありました。そこで、スタートアップのメッカであるシリコンバレーで職探しをします。そして、データアナリティクスのスタートアップ(これはどこかわからない)で働くこととなりました。アナ・ウェイナーも徐々にスタートアップ の流儀がわかってきます。言葉も理解できるようになってきた。

    もちろん、ニューヨーク出身のアナ・ウェイナーがサンフランシスコに溶け込むのはさらに時間がかかりました。センスが全然違うんですよね。良くも悪くもウッディー・アレンってニューヨークっぽさを代表していて、笑いもちょっとインテリなんですよ。ちょっとインテリで、クールな振る舞いが求められる。アナ・ウェイナーの文章もかなりニューヨークっぽいです。西海岸はもっと明るく楽観的な振る舞いが求められる。もちろん、個々の人たちはそれぞれですよ。明るいニューヨーカーもいるし、皮肉屋のサンフランシスコの人もいます。ポイントは「振る舞いが求められる」ってところです。個々は違っても、企業のような集団となれば求められる振る舞いや傾向が出てくる。これがもう一つの「不気味の谷」ですね。

    もう一つは職業の間にある「不気味の谷」。アナ・ウェイナーが「データアナリティックの会社」で得た仕事はカスタマーサポートでした。ソフトウェア企業には見えないカースト制度があります。カスタマーサポートは低い層のカーストに属しています。みんな言わないですが、暗黙の了解としてそうなっています。今でこそ「カスタマーサクセス」は(エンタープライズ向けソフトウェアであれば)重要な仕事として認識されていますが、それも最近のことです。アナ・ウェイナーもスタートアップの人たちが集まるバーで会話をするときに自分の仕事を言うのを少し躊躇してしまいます。ニューヨークとシリコンバレー。出版とテック、女性と男性。創業者と従業員。スーツとギーク。開発者とカスタマーサポート。「不気味の谷」はいろんなところに存在しています。

    この本はどんな人にオススメか

    従業員の視点からスタートアップを知りたい人にはオススメです。創業者の視点も一つのリアルですが、従業員の視点もまたリアルなんです。

    スタートアップ関連の本は創業者や出資者の視点で書かれたものが多いです。しかし、創業者と従業員では視点が全く違います。連邦軍とジオン軍くらい違う。多くのスタートアップ従業員はアムロ・レイでもキャスバル・レム・ダイクンでもないです。ビル・ゲイツでもマーク・ザッカーバーグでもないのと同じ意味で。創業者と従業員の間にも「不気味な谷」があるのです。”Uncanny Valley”は従業員の視点から書かれた本です。そう言う意味では、ジオン軍の視点からゲームができる『ジオニックフロント』に似ています。ガンダムに乗って無双するのがスタートアップじゃないんです。

    また、従業員の視点から様々な事件を眺める形になっているのも面白いです。例えばスノーデン。どこのスタートアップも「ゴッドモード」でいろんなユーザーデータを見ていました。そんなときにスノーデンの事件。「悪い奴らもいるもんだ、ボクらは正義の側」だとうそぶく社員。そして、徐々に「監視」という言葉が使われるようになる。データを扱う会社は監視会社。アナ・ウェイナーはスタートアップにおける男女差別が問題になっていた頃に「オープンソースの会社(=GitHub)」に転職します。女性従業員からみた男女差別や人種差別もなかなか面白かったです。

    GitHubの女性エンジニアがハラスメント(セクハラ、から訂正)に耐えかねて退社 ネットで改善を訴える:海外速報部ログ:オルタナティブ・ブログ

  • 書評|DeepSeekの創業者も影響を受けたクオンツファンドの伝説|”The Man Who Solved the Market” by  Gregory Zuckerman

    書評|DeepSeekの創業者も影響を受けたクオンツファンドの伝説|”The Man Who Solved the Market” by Gregory Zuckerman

    いま話題のDeepSeekの源流はクオンツファンドです。クオンツファンドは高度な数学的テクニックを駆使し、運用に携わる人間の相場感を一切排除し、金融市場や経済情勢などの大量データをコンピューターで分析してつくられた「数理モデル」に従って運用する投資スタイルです。DeepSeekのアルゴリズムはクオンツファンド時代から培ってきたものです。

    一般的なイメージとして金融や経済はお金を扱うのだからデータ中心で科学的なのではないかと思われがちです。しかし、一般的なイメージとは裏腹に、経済学は「科学」だと認識されていません。ノーベル経済学賞も通称であってノーベル賞ではありません。金融や経済は理論はあるものの、実際は経験と勘がモノをいう世界でした。

    そんな金融の世界でアルゴリズムで市場の謎を解いたのがジム・シモンズです。少なくとも数多くいる数学者の中で金融において特筆すべき実績を作った一人です。だって、メダリオンファンドの年率は80%ですよ。驚異的です。今回紹介する”The Man Who Solved the Market”は普段は表に出てこないジム・シモンズと彼が率いるルネッサンス・テクノロジーズの発展の歴史を膨大なインタビューから構築しています。ルネッサンス・テクノロジーズがいかに世の中から距離を取っているのかもっとも表れているのがホームページです。ここまで秘密主義に徹した会社の歴史をあぶりだすんだから大した仕事です。ジム・サイモン本人とも10時間にわたるインタビューを行ったそうですが、最後まで出版に賛成してもらえなかったそうです。

    This Could Be Our Future: A Manifesto for a More Generous World (English Edition)

    The Man Who Solved the Market: How Jim Simons Launched the Quant Revolution

    ジム・シモンズはもともとは数学者で数多くの影響力のある研究論文を残しています。しかし、根っこの部分は商売人なんでしょうね。お金を増やすのが好きで、タイル工場に投資したりしています。そして、大学で教鞭をとっていてはお金がとても足りないということで、収入のいい国防分析研究所(IDA)に移籍します。これで給料が倍になりました。しかし、ベトナム戦争時期に問題発言をメディアで公開されてIDAをクビになってしまいます。幸いにしてニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で数学部門の立ち上げの話があり、学部長として迎え入れられます。この時期にヴェブレン賞を獲得して数学者として幾何学の分野で頂点を極めます。でも、数学者としてはやりつくしたと感じたのでしょうね。1977年に40歳でMonometrics(のちのルネッサンス・テクノロジーズ)を設立して金融の世界に飛び込みます。

    初期に参加した数学者たちは言語解析やGoogleのサーチエンジンの土台となっているバウム=ウェルチアルゴリズムで有名なレオナルド・バウムや量子力学の分野で実績を持つジェームス・アックスバーレカンプーマッセイアルゴリズムで有名なエルウィン・バーレカンプなどスターが集まりました。特にアックスとバーレカンプは一時的にAxcom Trading Advisers(1999年にルネッサンス・テクノロジーズが吸収合併)を関連会社として設立し、現在のメダリオンファンドのコンピューターモデルのベースとなる部分を作りました。

    しかし、コンピューター取引は80年代後半になっても大きな成功をおさめませんでした。これはルネッサンス・テクノロジーズだけでなく、ほかの金融機関でも同じでした。金融では数字を使った分析をテクニカル分析といいます。テクニカル分析自体は古くからあって、日本にも江戸時代に本間宗久がいましたし、チャールズ・ダウも数学的な予測を金融に持ち込もうとしました。現代のテクニカル分析の始祖とされるウィリアム・ギャンもそうですし、ジェラルド・ツァイもそうです。

    80年代はコンピューター取引の研究も盛んになりました。ウォールストリートやロンドンでは物理学者や数学者が集められはじめられ、のちに金融工学と呼ばれる分野が形作られます。彼らは最初はロケット科学者と呼ばれ、さらにクオンツと呼ばれるようになり、現在に至ります。この時期にリチャード・デニストレンドフォロー(順張り)系の手法で大成功しますが、1987年に大失敗。取引から引退してしまいます。また、エドワード・オークリー・ソープがコンピューター取引を本格的に導入。大きく成功するが、1988年に活動停止します。モルガンスタンレーもATPグループというスタット・アーブを活用したコンピューター取引の特化した組織を作り、日商9億ドルの取引を実現する金融界でも有数の取引グループにまで育てますが、これも1988年に解散しています。みんなブラックマンデーが悪いんです。

    リチャード・デニスが引退に追い込まれた原因の ブラックマンデーもコンピューターを使った自動売買プログラムの連鎖が原因の一つとされ、数学は金融取引では市民権を得るに至りませんでした。懐疑論は金融業だけではなく、数学アカデミアの中でも根強く、ブノワ・マンデルブロは金融もフラクタル幾何学のパターンに準ずると論じました。つまり、予想しえないイベントが金融市場では起こるということ。これに続くのが ナシーム・ニコラス・タレブ の『ブラック・スワン』でした。黒い白鳥は予測できませんよと。現在までにジム・シモンズと比肩するパフォーマンスを一時的にも叩き出した会社もありますし、上回った会社もありました。DEショウもその一つですし、ロングターム・キャピタル・マネージメントもそうです。しかし、マンデルブロの予測通り、彼らは失敗しました。ジム・シモンズを除いては。もちろん、ジム・シモンズだって大損をすることもあるのですが、ある程度ファンドの規模が大きくなってからは忍耐強く数学モデルをチューニングして乗り越える。その積み重ねがルネッサンス・テクノロジーズの強さなんでしょうね。

    でも、それだけでもここまでの伝説にはなれない。金融取引の花形であり、儲けの源泉である株式取引まで手を広げないと、大きなプレイヤーにはなれない。そして、大きな賭けにはリスクもある。そう、テックバブルの崩壊です。ルネッサンス・テクノロジーズも決して小さくない損害を受けました。それまでメダリオンでは一日に500万ドル以上損失したことはなかったのですが、テックバブル崩壊では一日に9000万ドル以上の損出を数日間出し続けました。

    株式取引における金言の一つは「知っていることに投資する」です。株取引の神様といわれるピーター・リンチ、その後継者のジェフリー・ヴィニック、さらにウォーレン・バフェットのやり方です。リンチの本は日本でも『ピーター・リンチの株で勝つ―アマの知恵でプロを出し抜け』が今でも売れています。いわゆるバイブルですね。リンチが運用していたフィデリティのメガリオン(ややこしいのですがジム・サイモンはメダリオン)には100人に一人のアメリカ人が投資をしていました。このため、フィデリティが投資信託でリードしていた。

    この分野で頭角を現してきたのがPIMCOビル・グロス。エド・ショウからインスピレーションを得る。完全に数学的なモデルではなく、直感も活用しました。1995年には債権の投資信託が最大規模まで達し、「債権の王様」と呼ばれるようになりました。また、ジョージ・ソロスのクオンタムファンドを引き継いだスタンレー・ドレッケンミラーも頭角を表します。つまり、数学モデルを使った株取引は一部では行われていましたが、完全に自動化はしていませんでした。それでもははじまってはいましたが、すでに皆様ご存知のとおり、リーマンショックやテックバブルの崩壊の要因の一つはコンピューター取引であると言われています。ブラックスワンに負けず、(いままで)生き抜いたのがジム・シモンズとルネサンス・テクノロジーズのメダリオンファンドだったのです。つまり、唯一のプレーヤーではなく、数多くの挑戦者の中でも粘り強く生き残った数少ないプレーヤーということです。

    この本はどんな人にオススメか

    金融取引とコンピューターの関係に興味がある人はオススメです。実際にそのお手本としてジム・シモンズ率いるルネッサンス・テクノロジーズと彼らが運用するメダリオン・ファンド以上の教科書ってないわけです(少なくとも今のところは)。しかも、彼らはメディアに露出することを極端に嫌うため、その全容が明らかになることはこれまでありませんでした。ここまで歴史を明らかにするってすごいことなんですよ。

  • 『Framing John DeLorean』映画レビュー|「80年代のイーロン・マスク」を描くメタなドキュメンタリー

    『Framing John DeLorean』映画レビュー|「80年代のイーロン・マスク」を描くメタなドキュメンタリー

    デロリアンといえば映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に登場するタイムマシンに改造されたスポーツカーですね。実際のモデル名はDMC-12です。作った会社はデロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)で、その創業者がジョン・デロリアン。今回紹介する映画”Framing John DeLorean”の主人公です。まだ日本では公開予定はないっぽいですね(2019年12月7日公開予定の『ジョン・デロリアン』は”Driven”という別の映画)。

    “Framing John DeLorean”は再現シーンを役者が演じつつ、関係者のインタビューを交えたドキュメンタリーです。再現シーンの撮影風景や、役者がジョン・デロリアンや当時の妻のクリスティーナの心境がどうであったか想像したりしています。以前に紹介した『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』もそうでしたが、最近のドキュメンタリーって現実と虚構を織り交ぜたりするのが流行ってるんですかね。

    この映画ではジョン・デロリアンの様々な側面を描き出そうとしています。ジョン・デロリアンはとても派手で目立つ人だったので、まずはパブリックイメージをそのまま切りとります。そして、会社の設立と逮捕。そして、破綻。様々なイベントを通じてジョン・デロリアンの様々な側面を描き出します。ヒーローなのかヴィランなのか?

    当時の世界最大の自動車会社であるGMの異端児。ポンティアック部門の責任者として大きなエンジンをついたセクシーなポンティアックGTOを1964年に世に送り出したのがジョン・デロリアンでした。映画『ワイルドスピード』シリーズで主人公のドミニクが乗っているダッジ・チャージャー(1966年)や映画『グラン・トリノ』に出てくる1972年式のフォード・トリノのようなマッスルカーブームの先駆けでした。

    初期のマッスルカー市場を牽引していたのがビッグ3の中でも若いクライスラー。今でもある300レターシリーズです。ヘミエンジンを開発してパワー競争を仕掛けます。イケイケでロックンロールな1950年代。それに比べるとGMはおとなしいイメージでした。それまでGMは350インチ以上のエンジンを中型車に搭載することを禁じていましたが、既存のテンペストのオプション装備だとして役員の承認プロセスを回避してGTOには389インチのV8エンジンを搭載させました。これがマッスルカーブームの一般への広がりのきっかけとなりました。日産のスカイラインGT-R(1969年)や前身であるスカイラインGT-B(1965年)もその影響がありましたよね。

    自分のやりたいことのための抜け道を見つけるのがジョン・デロリアン。「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」グレンラガンの口上を地で行った人。さらに時代の流れを読んで、適切なプロダクトをリリース。ポンティアックのほか、同じGMグループのシボレーでも実績を出しました。時代はデロリアンに味方していた。

    テスラのイーロン・マスクも派手な人ですが、ジョン・デロリアンも負けず劣らず派手でした。週末をカリフォルニアで過ごし、もみあげを伸ばし、顔の輪郭を男らしくするために整形手術をしました。いろんな女性と浮世を流し、当時19歳のブロンドと再婚しました(すぐに離婚して、トップモデルのクリスティーナと再婚)。テレビのインタビューではセックスは自分のドライブだと公言していました。ロックスターですね。

    若くして実績を出し続け、GMの社内でも出世していきました。しかし、極彩色のデロリアンは無色が好まれるGMのエグゼクティブには疎まれる存在でした。GM社内で浮きまくっていた。デロリアンを押さえつけようとする他のエグゼクティブ達と確執が生まれました。デロリアンはそれをメディアにリークしてしまいます。GMの品質について痛烈に批判。役員の責任を追求。その結果、ジョン・デロリアンは1973年にGMを追放されます。

    GMを追放されたジョン・デロリアンはフェラーリやランボルギーニではない大衆のためのスポーツカーを世に送り出すためにデロリアン・モーター・カンパニー(DMC)を創業します。パートナーはエンジニアのビル・コリンズ。DMC以前、最後の自動車スタートアップは1920年代のクライスラーでした。石油もデータセンターもスタートアップには向きませんが、自動車会社もスタートアップには向きません。それなりにテスラを軌道に乗せているイーロン・マスクってすごいんですよ。クライスラーも幾度と倒産を乗り越えてきましたし、DMCも最終的には破綻してしまいます。そして、この破綻はジョン・デロリアンにとっても家族にとっても決定的なものでした。

    デロリアンは政府の補助金を期待して紛争真っ只中の北アイルランドに工場を建設を決めます。U2も『ブラディ・サンデー』歌いましたよね。当時はDMC-12のプロトタイプしかない状態。北アイルランドには自動車工場のインフラもなく、経験のない労働者しかいない。しかも、2年で大量生産を開始しないといけない。そこで、コーリン・チャップマン率いるロータスとパートナーシップを組むことにします。 テスラのプロトタイプもロータス・エリーゼでしたが、自動車スタートアップにとってロータスって組みやすいんですかね?ロータスとのパートナーシップに伴いビル・コリンズをはじめ、アメリカのエンジニアチームは解散。しかし、このパートナーシップが最終的にはデロリアンの破滅につながります。

    なんとか5000台を出荷することに成功しますが、最初のロットは品質問題だらけでした。経済状況も悪かった。新自由主義を標榜するマーガレット・サッチャーが首相になったことで政局も変わった。政府からの補助金は期待できなくなった。デロリアンは資金がショートする寸前まで追い詰められます。そして、ロナルド・レーガンが大統領になって麻薬との戦争をはじめます。

    レーガンのために実績を上げたいFBIは内通者を使って資金調達に躍起になっていたジョン・デロリアンをコカイン取引による資金調達スキームにハメます。おとり捜査どころかFBIが事件化するためにデロリアンを様々な手を使って誘導していきました。そして、ジョン・デロリアンは逮捕されてしまいます。これで資金調達のめどが立たなくなったデロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)は破産します。ジョン・デロリアンはFBIの手法があまりにもひどいので、無罪を勝ち取るのですが、時すでに遅し。無罪だったのに、会社を失い、家族も失います。でも、本当に無罪だった?

    これで終わりません。コーリン・チャップマンとのパートナーシップで不正が発覚します。投資を受けた中から1700万ドルを二人で着服していたことが発覚します。盟友ビル・コリンズを会社から追い出したのも、ビル・コリンズがこのスキームに気づいたからでした。自動車業界のスーパースターとしての顔、父親としての顔、夫としての顔、お金のためなら友人も裏切る顔。これらすべてがジョン・デロリアンでした。

    こんな感じで、映画の内容としてはすでにWikipediaでも書かれていることです。特に新しい事実はありません。ジョン・デロリアンは彼と関わった今を生きる人たちにも影響を与え続けているんですよね。元従業員や関係者、子供達へのインタビューでデロリアンが亡くなった後も影響を与え続けていることがわかります。離婚していち早く自分の道を見つけることができたクリスティーナは強い人だったんだなあ。それにしても、ジョン・デロリアンのような強烈な個性と行動力を持った人でも、時代には抗えない。小型化と省エネと新自由主義の時代についていけなかった。新しいセクシーなスポーツカーの時代。イーロン・マスクは時代に愛され続けますかね?

  • 書籍|炎上する若者と批判する大人、早咲きの棋士と遅咲きのハリポタ|”Late Bloomers” by Rich Karlgaard

    書籍|炎上する若者と批判する大人、早咲きの棋士と遅咲きのハリポタ|”Late Bloomers” by Rich Karlgaard

    2019年に9歳で最年少棋士となった仲邑菫さんなど若くして才能を開花する人たちがいます。一方で、インスタグラムやツイッターでのバイトテロなど浅はかな行為で炎上してしまう人たちもいます。最近だとレペゼン地球ジャスミンゆまのパワハラやらせによる炎上商法なんかそうですね。

    「レペゼン地球」ドーム公演中止へ パワハラやらせ余波か、ネットは「完全に自業自得」「悲しすぎる」 : J-CASTニュース

    才能と人間的な成熟のギャップ。この差はなんなのでしょうか?天才はずっと天才で、浅はかな人たちはずっと浅はかなのか。今回紹介する書籍”Late Bloomers”を書いたリック・カールガードはそうではないと言います。

    Late Bloomers: The Power of Patience in a World Obsessed with Early Achievement

    Late Bloomers: The Power of Patience in a World Obsessed with Early Achievement

    遅れてきた天才たち

    以前に紹介したデビッド・エプスタインの”Range”でも言われていることですが、遅れてきた天才たちはたくさんいます。不幸な結婚生活の後、生活保護の貧困生活から、ようやく30歳で才能が認められた『ハリー・ポッター』シリーズのJ・K・ローリング。43歳でシーベル・システムズを起業したトム・シーベル(その後、57歳でIoTに特化したAI企業のC3を起業して現在に至ります)。52歳でガーミンを創業したゲリー・バレル、61歳でIBMを創業したチャールズ・フリントに、65歳でワークデイを創業したデイブ・ダフィールド(46歳のときにPeopleSoftを創業)。

    リック・カールガードによれば、早咲きの天才もいれば、遅咲きの天才もいます。人生の中で何回も花を開かせる人もいます。今でこそベストセラーを出し、フォーブスの出版人も勤めたことがあるリック・カールガードですが、本人も25歳から出版業界で芽がではじめた遅咲きです。

    脳のピーク年齢と才能が花開く仕組み

    子供は大人になる前に14歳くらいまでに思春期を迎え、徐々に心も体も成長していきます。日本では20歳に成人になります。成人とは心身ともに十分に成熟し、親などの扶養者なしで法律行為が行える年齢です。海外も多少前後はありますが、20歳までに成人とされます。

    しかし、脳は20歳を超えても成長していきます。脳は後ろから前に発達していきます。最初に発達するのが感情に関係する大脳辺縁系で脳の奥側にあります。知性に大きく関係する前頭前皮質は一番前方にあって、25歳から30歳まで成長します。前頭前皮質が十分発達していないと、感情が先走り、合理的な判断ができないことが多くあります。多くの18から25歳(ヤングアダルト層)はこのような状態にあるそうです。

    では、人間の脳のピークはいつなのか?脳の部位の成長カーブはそれぞれ違うので、いつがピークだと言えないそうです。情報の処理能力は18から19歳、ショートタイムメモリーは25歳まで成長して10年徐々に減少。人の感情など複雑なパターンを理解するのは40から50歳で結晶性知能は60から70歳でピークを迎えます。これが、人は人生で何回も才能を花開かせる可能性がある理由です。若くして才能を開花させることもあるし、遅れて才能が発見されることもある。

    教育とキャリア形成が成長にあってない

    日本は小学校や中学生から受験で子供の教育がとても厳しいと言われています。これはアメリカでも同様で、スタンフォードなど有名大学に入るためにはプレップスクールという進学校に行く必要がありますし(もちろん、そうじゃない人もいます)、私学なのでとてもお金がかかります。いわゆる受験勉強はありませんが、SATという大学進学適性試験で高得点が求められます。シンガポールも教育熱心な国でPSLEという小学校卒業試験で大学までの進路がある程度決まってしまいます。知性に大きく関係する前頭前皮質が十分に発達していないのに、成人する前にキャリアに深く関係する教育の振り分けがされてしまいます。

    日本の受験、アメリカのSATやシンガポールのPSLEは標準的な試験のおかげで、昔のような世襲制度ではなく、能力次第で高等教育が受けれるようになりました。古くは中国の科挙の制度ですよね。ただ、あまりにも高等教育の競争が激しくなり、若いうちに教育に投資ができる家庭が有利になってしまいました。これも科挙と同じですね。そして、子供は小さな頃から脳が十分発達しきっていないのに教育と試験のプレッシャーを受けることになります。

    アメリカでは若い人たちの自殺が増えていて、10歳から34歳の死因の二番目が自殺です。大恐慌や戦争の頃より現在の方が自殺で死ぬ割合が多い。一概に教育のプレッシャーに原因があるとは言えませんが、教育の激化と自殺の増加は他の要因より関連性が高そうです。

    イノベーションは頭の柔らかい若い人たちほど起こしやすいと一般的には考えられていますが、これも一概には言えません。50歳以降に起業して成功した人たちはたくさんいます。マーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツ、ラリー・ペイジのように目立っていないだけです。スティーブ・ジョブズもアップルを起業したのは21歳ですが、一度追放されて戻ってきてiPodやiPhoneを作ったのは40代です。人は何回も才能の花を咲かせます。

    しかし、一般的なバイアスは「若い人ほど頭が柔らかくて柔軟性がある」なので、年齢だけで仕事の能力を判断されてしまうことが多くなります。リック・カールガードは遅咲きの大人の強みとして以下をあげています。逆に言えば、以下がない大人は要注意ってことですね。

    • 好奇心
    • 思いやり
    • レジリエンス(立ち直る力)
    • エクイニミティ(落ち着き)
    • インサイト

    この本はどんな人にオススメか

    まず、炎上する若者を許せない人にはオススメです。二十歳も過ぎて前後の見境もつかないのか?と嘆くこともあるかもしれません。でも、きっとボクらもそうでしたよ。悪いことは悪いと言ってあげればよろしいかと。反省するまで許さん!と感情的になる気持ちもわかりますが、それ以上に責めてもしかたありません。人間が成熟するには時間がかかるのです。「過ぎたるは及ばざるが如し」なので、必要以上に責めるとミイラ取りがミイラになってしまいますよ。

    ツイッターでの中傷投稿への法的対応事例-ネット中傷対策 – warbler’s diary

    まだまだ「自分探し」をしている人にはオススメです。「自分探し」ってネガティブな意味で捉えられることも多いかもしれません。しかし、自分のやりたいことや得意なことが見つかってないのは仕方のないことです。バカにされても、探し続けましょう。

    「大人はイノベーションを起こせない」も、もったいない考え方です。50歳を超えてもイノベーションは起こせます。年齢など気にせずに、どんどん挑戦したほうがいいです。だから「老害」を気にしている人にもオススメです。老害のイメージって旧来の考えに囚われて、それを若い世代に押し付ける人たちですよね。好奇心を失ったら、本当にそうなってしまいますよ。

  • いまさら聞けない世界をリードする中国eコマース事情:ライブコマース編(その4)

    いまさら聞けない世界をリードする中国eコマース事情:ライブコマース編(その4)

    今回のライブコマースの特集では主にファッションを起点に紹介してきました。しかし、中国でストリーミング+eコマースの文脈で語られるのは主にゲームだったりします。そこで、最後にゲーム文脈でのライブストリーミングを紹介します。日本だとプレイステーション・ナウ(PSN)とかNintendo Switch Onlineとか特定のゲームコンソールに紐づいていることが多いので、あまりピンとこないかもしれません。英語圏ではアマゾンに買収されたTwitchがありますね。中国でこれに当たるのがドウユー(斗鱼)やフーヤー(虎牙)です。マーケットシェア的にはYYやインク(映客)がそのあとに続きます。

    まず、この傾向を理解するためには中国ではそもそもストリーミングがミレニアル世代(リンリンホウ:00后とジウリンホウ:90后)を中心にしてインターネット利用のかなりの部分を占めていることを理解する必要があります。Tik Tok(科音)やクアイショウ(快手)の人気がそれを裏付けていますよね。

    大きな枠組みでのビデオストリーミングのトップ3はバイドゥーのアイチーイー(爱奇艺)、テンセントのテンシュンシーピン(騰訊视频)とアリババのヨウク(优酷)です。Tik Tokもゲームストリーミングもこのビデオストリーミングという多くな枠の中のサブカテゴリーのひとつで、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)のシェアに食い込んで行こうとしているスタートアップです。この辺りがファッション文脈のライブコマースと違うところです。これらトップを走る中国のビデオストリーミングといえば、昔は海賊版の温床だったんですが、随分と世の中は変わりました。

    闘魚ドウユー

    ストリーミング市場にゲームで切り込んでいるドウユー(2015年5月設立)やフーヤー(2016年8月設立)ですが、ともに非常に若い会社です。それでもう米国ナスダックに上場してるんだからすごいですよね。日本のDeNAやサイバーエージェントとは比べられないスピード感です。

    ドウユーの創業者であるチン・シャオジエ(陈少杰)も他のストリーミング系スタートアップの創業者と同様に1980年代生まれのバーリンホウ(80后)なのですが、ドウユーをはじめるきっかけは他の若い創業者たちと少し違っています。創業前はゲーム会社のビエンファングループ(杭州边锋公司)の社長でした。このゲーム会社はストリーミングをはじめて人気が出始めてきたのですが、9158と係争になり負けてしまいます。9158ストリーミングデートサイトで、色情経済なんて言われたりします。そこで、ニコニコ動画風の段幕型ストリーミングを別会社でやることにしょうとはじまったのがドウユーでした。

    チン・シャオジエは大学卒業後すぐにビエンファンを起業して友人のジャン・ウェンミン(张文明)とともにゲームを作りはじめます。ヒット作もあったようですが、持続可能なビジネスにはならなかったようです。その当時に個人的にはまっていたのがニコニコ動画インスパイア系の弾幕動画のエーシーファン(AcFan)で、ゲームとライブストリーミングの融合というTwitchのモデルがイケるのではないかと思ったのがこの頃だそうです。

    最初のエンジェル投資をしてくれたのがゲーム会社のオウフェイ(奥飞)で2000万人民元(日本円で約3億円)を投資してくれ、2014年に起業することができました。その後にシリーズAで2000万アメリカドル(日本円で約21億円)を調達しました。ビデオストリーミングはお金がかかりますが、スタートアップとしては十分すぎる額です。

    虎の牙フーヤーとYY

    中国ゲームストリーミングのもう一つの雄であり、どーゆーを追い上げているのがフーヤー(虎牙)です。フーヤーの創業者であるリー・シュエリン(李学凌)はバーリンホウ(80后)より前の世代で1973年生まれ。それもそのはず、様々なスタートアップを中国で立ち上げた連続起業家です。

    リー・シュエリンは元々はメディア出身で、中国インターネットメディアの黎明期を作り上げた一人です。メディア時代に多くの起業家にインタビューを実施したことが人脈を築く一助になったそうです。リー・シェンリンはシャオミ(小米)のレイ・ジュン人脈の一人とみられていますが、レイ・ジュンとの出会いもメディア時代だそうです。

    そして、メディア業界を離れて立ち上げたのがゲームメディアのドウワン(多玩)とグーグー(狗狗)というRSSサービスを立ち上げます。これらを売却し、その売却益をもとに2008年にYY(欢聚时代)を設立します。そう、中国のライブストリーミング大手のYYの創業者なのです。

    YYは順調に成長して、テンセントからも買収の提案を受けたのですが、それを断って米国ナスダックに上場しました。YYはライブストリーミングですが、フーヤーはゲームストリーミングの位置付けとなります。つまり、YYはライブストリーミングではモモ(陌陌)と対峙して、ゲームストリーミングではドーユーと対峙するという二面作戦ですね。

    これまで、ライブストリーミングは中国国内市場に閉じた展開でしたが、YYは2019年5月にBIGOを買収して海外展開への足がかりを築きました。

    参考文献

    斗鱼CEO陈少杰是什么来历 陈少杰个人资料介绍_忒有料

    是什么,让腾讯再投给斗鱼这两位年轻人6.3亿美元?

    每日人物 | 虎牙赴美IPO,李学凌的顺势而为

    李学凌:亏2.39亿换来490亿,成就大量网红,更成就了自己的事业

     

  • いまさら聞けない世界をリードする中国eコマース事情:ライブコマース編(その3)

    いまさら聞けない世界をリードする中国eコマース事情:ライブコマース編(その3)

    eコマースはスケールのビジネスなので寡占化しやすい業種ですが、生鮮、家電など独立しやすい分野もあります。アリババとJDが並存しているのもこの理由ですし、アマゾンがホールフーズを買収したのも同様です。個性が重要なファッションも独立して成立しやすい分野で小規模なプレーヤーがたくさん並存します。ちなみに最近だとThe Yeteeで『ガメラ対大悪獣ギロン』Tシャツ(あと、Mother 2のサウンドトラックLP2枚組)、Legion Mで映画『マンディ 地獄のロード・ウォリアー 』のオフィシャルTシャツを買いました、個人的な話ですが。日本だとハードコアチョコレートでよく買います。

    マカロニほうれん荘(ピーマン学園ホワイト) (M)

    このように、ファッションは群雄割拠しやすいeコマースの分野ですが、それでも「普段着はどこかでまとめて」というニーズがあります。それを吸収しているのが日本ではユニクロだし、ZOZOですよね。そんなボクもワードローブのほぼ7割はユニクロかZOZOで買った服です。中国で女性ファッションにおいて同様に役割を果たしているのがモグジェ(蘑菇街)なんだと思います。しかし、そのやり方はユニクロやZOZOとは違うし、アリババとも違います。

    デザイナー創業者

    そのモグジェを2010年に創業したのがチェン・チー(陈琪)です。チェン・チーは2004年にジェージアン大学(浙江大学)卒業後、アリババのC2Cコマースであるタオバオ(淘宝网)でUX/UIデザイナーとして働き、プロダクトマネージャーを務めます。

    アリババは顧客体験を重視していて、デザインセンター(阿里巴巴国际UED)を設立しました。アリペイ(支付宝)などの個別のUED (User Experience Design)のほか、以下のようなライバルのUXとも連携していました。過去形なのが残念なところですが、みんなでベーシックな部分は作って(完了)、後は個別で頑張ろう(現在)ということなんでしょうね。デザイナー的なユートピア思想は中国でも終わっちゃったのかなあ。

    テンセント:CDCISUX

    バイドゥー:MUX

    JD:JDC

    チェン・チーはタオバオのデザインセンター(淘宝UED:こちらも最近は活動停滞気味ですが、フロントエンド開発センターである淘宝FEDは元気です)の立ち上げメンバーの一人でした。そんなチェン・チーもやはり1980年代以降に生まれた「バーリンホウ(80后)」の世代です。実を言えば、2000年前に誕生した中国のeコマースはほぼアリババとJDに駆逐されていて、今再び現れているのは新世代による新世代のためのeコマースプラットフォームだったりします。

    最初の失敗

    チェン・チーと大学時代の友人で共同創業者のウェイ・イーボ(魏一搏)はお互いの家を売り、創業資金を作りました。二人で集めた資金は150万人民元(日本円で2350万円くらい)になりました。家族は家に売るのはまだしも、タオバオのストックオプションが1000万人民元以上(日本円で1億6000万円くらい)が行使されていなかったので、それを全て捨てることにすこし反対されたそうです。とはいえ、創業メンバーはタオバオから引き抜いた優秀チームだったので、それなりに自信があったのでしょう。

    まず、最初に作ったのはモグジェではなく、ジュアンドウワン(卷豆网)というeコマースと19楼Hers爱物网化龙巷といったコミュニティーを繋げて、コンバージョンを最適化するツールでした。しかし、これは失敗してしまいます。実際にコミュニティーからeコマースで買い物に来るコンバージョンがあまりにも低いので、想定していたよりも市場規模が小さいことがわかりました。

    中国のeコマースのコンバージョン率(訪問者が実際に買い物をする率)は0.01%以下なのだそうです。JDやタオバオでも3%前後。だったら、自分たちでeコマースを実践して、どうやったらうまくコンバージョンするのかを証明しようとしてはじめたのがモグジェでした。会社を辞める(2010年2月)、家を売って資金を集める、創業(2010年4月)、コンバージョンツールで最初の失敗、eコマースプラットフォームにピボット(2010年10月)というスピード感。わずか8ヶ月の出来事です。ちなみに、若干似てるなーと思えるZOZOのWEARは2013年5月スタートなので、モグジェの2年半後です。

    アリババの影とモグジェの逆襲

    チェン・チーが注目したのはデザイナー出身らしくユーザー行動です。ユーザーはファッションやショッピングについてオンラインで交流したい、共有したい。ピンタレストに近いですかね。タオバオ、ダンダン(当当)、JD、ファンク(凡客)のようなeコマースサイトで見つけてきたグッズを共有する。それぞれのユーザーがキュレーターになって、モグジェに投稿するという仕組みです。先に説明したように、ファッションのeコマースは寡占化しにくく、群雄割拠になりがちです。モグジェはこの群雄割拠の状態をうまく生かしてコミュニティーを作り上げました。その結果、モグジェでのコンバージョンは6%から8%と非常に高い数字です。

    モグジェの特徴は購買単価が高いことと、モバイルユーザーが多いことです。MobileQuestの調査によると、中国のミレニアル世代であるリンリンホウ(00后)とジウリンホウ(90后)が重要なのがわかります。モグジェの24歳以下のeコマースにおける浸透率は8.1%です。C2CコマースのタオバオとB2CコマースのTMallの両方を持つアリババの浸透率は98%です。モグジェは仲介モデルでタオバオにもトラフィックを送っているので、一概に比較できませんが、それでも浸透率の差は歴然です。タオバオ出身のチェン・チーもそこは熟知しているところです。

    当然ながらアリババはモグジェを取り込もうとしますが、モグジェはその申し出を断ります。アリババは全て自分でコントロールしたいのですが、モグジェはフェデレーションモデルですからね。世界観が全く合いません。その結果、モグジェからタオバオのトラフィックは遮断されました。仁義なき戦いですね。このようなトラフィックの遮断はメイリー(美丽)なども同様でした。モグジェはメイリーとタオシュージエ(淘世界)と経営統合して、新たにメイリーグループ(美丽联合集团)を設立して、モグジェのチェン・チーがグループCEOに就任しました。

    そして、このような状況に救いの手を差し伸べたのがアリババのライバルであり、メイリーへも投資していたテンセントです。テンセント自身は主要なeコマースはありませんが、アリババ帝国への楔となっているJDとピンドゥオドゥオ(拼多多)の株主です。これに加えて、WeChat(微信)がありますので、モグジェのミニプログラムへの展開が期待できます。昨年の実績で見ると、モグジェの売上の31.1%がWeChat経由になっています。

    モグジェは2018年にナスダックに上場しました。eコマースの巨人アリババはタオバオのライブストリーミングで攻勢をかけています。モグジェは同じライブコマースでも多様なエコシステムを取り込んで巨人アリババに挑みます。

    参考文献

    陈琪(蘑菇街创始人)_百度百科

    蘑菇街创始人陈琪:玩票性质的网站居然做大了 – 初创公司 – 创业邦

    QuestMobile泛娱乐用户行为新趋势 | QuestMobile-还原市场真相 助力企业增长

    Meet the man who wants to upend China’s fashion industry with an app called Mogujie | South China Morning Post

    Mogu’s long journey: From rejecting Alibaba’s advances to US IPO – TechCrunch

  • いまさら聞けない世界をリードする中国eコマース事情:ライブコマース編(その2)

    いまさら聞けない世界をリードする中国eコマース事情:ライブコマース編(その2)

    古今東西そうですが、ファッションのeコマースではインフルエンサーが重要な役割を果たします。KIMONOを商標登録しようとして物議を醸したキム・カーダシアンとか。タイでピンクが大流行して、オフィスの中でもピンクを身につけている人が多かった時期がありました。タイでは当時の国王だったラーマ9世がファッションリーダーで、一時期ピンクを身につけていたんですね。タイ王室の色は黄色で、普段は黄色い服を着てるからピンクが新鮮だったんでしょうね。eコマースの世界を引っ張っている中国でも同様で、ホンレン(红人)とかワンホン(网红)とかKOL(Key Opinion Leader)と呼ばれるインフルエンサーが重要な地位を占めています。

    MobileQuestの調査によると、中国のミレニアル世代であるリンリンホウ(00后)とジウリンホウ(90后)が重要なのがわかります。そして、その起点となっているのがインフルエンサーです。

    インフルエンサーとブランドの出会い

    中国ファッションのeコマースの世界でいち早くKOLの地位を確立した一人がジャン・ダーイー(张大奕)です。早くから事業化して、ルーハングループ(如涵控股)としていまでは女性服、下着、メイク、家庭用品の四つのジャンルで年商22億中国元(約350億円)のビジネスとなっています。ビジネスモデルは違いますが、日本だとインフルエンサーのビジネスという意味ではUUUMに近いんですかね(UUUMは広告売上が主体)。そんなルーハンの表看板がジャン・ダーイーだとしたら、裏で番頭としてビジネスを支えているのがフェン・ミン(冯敏)です。

    フェン・ミンは「バーリンホウ(80后)」という中国で勢いのある1980年代生まれの世代の一人です。2005年にインターネットのサービスプロバイダー事業をはじめたのが最初の起業でした。しかし、サービスプロバイダー事業はすぐに下火になり、事業を通販ビジネスにピボットします。当時は大流行してナスダックにまで上場した「マイコーリン(麦考林)」から着想した女性服通販でした。そして、ファッションブランド「リーベイリン(莉贝琳)」を2011年に立ち上げました。

    ジャン・ダーイーはフェン・ミンのブランドのモデルをしていました。ファッションモデルとファッションブランド。これが二人の接点でした。ジャン・ダーイーもすでにソーシャルメディアでファンがつきはじめていて、影響力が現れてきた頃です。ジャン・ダーイーのインフルエンサーとしての影響力と、フェン・ミンのファッションビジネスの経験を合わせれば、さらに成長できると二人は考えたようです。そこで2014年7月に舞台をC2Cコマースプラットフォームのタオバオ(淘宝网)に移して、タオバオのトップブランドの仲間入りをしました。

    インフルエンサーエコノミー

    リーベイリンがタオバオ開店初日には、他の店の一年分の売上を1日で達成したそうです。この成功をもとにフェン・ミンは他のインフルエンサーとも協業するようになります。これがルーハンの設立に繋がっていきます。

    当時はライブコマースはまだなかったので、ヨウク(优酷)などの別のビデオプラットフォームを使っていました。解像度も現在ほど良くはありませんでしたが、画像よりは説得力がありました。

    ジャン・ダーイーの率直な物言いがファンとの距離を縮めました。ファンはジャン・ダーイーを「ダーイーマ(大姨妈:おばさん)」と呼び、ジャン・ダーイーはファンを「イージャオベイ(E罩杯:Eカップ)」と呼びました。ファンはジャン・ダーイーの関係はとても親密で、ファンは彼女に離婚のためのドレスを選んでもらったりしました。

    中国のインフルエンサーエコノミーはワンホンジンジー(网红经济)と言います。これを事業化したのがジャン・ダーイーとフェン・ミンのルーハンです。ルーハンはアリババから資金調達した後に、ナスダックで上場を果たしました。

    ルーハンの売上はまだまだジャン・ダーイー頼りなため、第二、第三のインフルエンサーを育成していく必要があります。とはいえ、中国のインフルエンサーエコノミーを築いた功績は素晴らしいものがありますね。

    参考文献

    网红电商孵化第一人-冯敏

    网红背后的成功男人——冯敏,打造出113位网红

    谁在批量制造张大奕?|冯敏_新浪财经_新浪网

    网红张大奕的奋斗史:不当模特做网红,开淘宝店年销售额破3亿

    淘宝第一网红,张大奕背后的真实世界

  • 書評|日本のスタートアップが海外のVCから投資されない理由|”Secrets of Sand Hill Road” by Scott Kupor

    書評|日本のスタートアップが海外のVCから投資されない理由|”Secrets of Sand Hill Road” by Scott Kupor

    業界にはそれを象徴する中心地があります。映画の象徴がハリウッドで、金融の象徴がウォール・ストリート(イギリスのシティでもいいですが)であるように、ベンチャーキャピタルの象徴がシリコンバレーにあるサンド・ヒル・ロードなのだそうです。

    最も有名なベンチャーキャピタルの一つであるアンドリーセン・ホロウィッツ(略称:a16z)の第一号社員であり『HARD THINGS』で有名なベン・ホロウィッツにとって長年にわたり片腕となってきたスコット・カーパのはじめての書籍”Secrets of Sand Hill Road”はスタートアップの起業家がよりベンチャーキャピタルを理解できるように、情報の不均衡を解決するために書かれた本です。

    Secrets of Sand Hill Road: Venture Capital and How to Get It (English Edition)

    Secrets of Sand Hill Road: Venture Capital and How to Get It (English Edition)

    これを読んだ最初の感想なのですが、起業家だけでなく、日本の投資家や経営者にとっても大きな参考になる本だと思いました。 おそらく、日本人の多くは金融を理解していないし、スケール(規模)の大切さを理解していない。頭では理解しているのかもしれないけど、行動や習慣として身についていない。ここで描かれるベンチャーキャピタルの生態系は金融とスケールを最大限に活かす仕組みを、関わる人たちが長年かけて築き上げてきたものなのだと理解できます。

    ベンチャーキャピタルの生態系と金融

    日本にはメジャーなベンチャーキャピタル はありません。メジャーとは世界のトップに位置するベンチャーキャピタル です。具体的にはAccelSequoiaとかa16zとかです。シンガポールや中国にはオフィスやあったり、代表者がいるのに。実を言えばソフトバンクやサイバーエージェントは積極的にスタートアップに多額の投資していますし、世界的なメジャープレーヤーだったりします。しかし、多額の投資は日本のスタートアップではなく、中国やインドや東南アジアのスタートアップに対してです。なぜ、日本のスタートアップには大きな投資がされないのでしょうか?それがスケールの問題です。

    ベンチャーキャピタル(ジェネラル・パートナー:GP)にとっての顧客は投資家(リミテッド・パートナー:LP)です。投資家がベンチャーキャピタルに資金を提供して、運用してもらい、運用益を得る。ベンチャーキャピタルはスタートアップに投資して、IPOやM&Aで利益を確保して、その利益を投資家に還元する。投資家、ベンチャーキャピタル、スタートアップの関係を簡単に説明すればこんな感じになります。

    投資家とは大学基金、年金基金、企業年金、保険会社、ファンド・オブ・ファンズなどです。実は、ボクたち普通の人から集めた金だったりします。投資家たちは一般の人たちからお金を預かって運用します。その運用先の一つがベンチャーキャピタルです。そのほかにも株式、ヘッジファンド、社債や国債、不動産など様々な投資先があります。リスク回避と流動性確保のために現金も少し保有しますが、ごく一部です。

    LPは基準となる金融指数と比較して500から800以上のベーシスポイント(金利の単位:1ベーシスポイント=0.01%)を上回る利益をベンチャーキャピタルには期待します。たとえば米国S&Pの10年の利回りが7%であれば、ベンチャーキャピタルのポートフォリオからは12から15%を期待します。

    日本とアメリカの金融力の差が国力の差になっている

    教育が大事だと言われています。教育に投資をしないと、将来の人材が育たずに、国力も衰えていくと言われます。

    この本では投資家を理解するためにイェール大学の大学基金が例としてあげられています。2018年度のレポート(PDF)を見ると、基金の規模は294億ドル(約3.2兆円)です。イェール大学の基金は資金運用で年間8%の利益を生んでいて、大学の年間売上1.15億ドルの1/3を占めています。生徒の学費は運営費用の1/10しか賄えないので、基金の運営益がどれだけ大学運営にとって重要なのかがわかります。漫画『インベスターZ』の世界はアメリカの大学では当たり前なんですね。

    インベスターZ(1)

    インベスターZ(1)

    イェール大学の大学基金はSmoothing Ruleという独自の運用ルールを採用していて、基金からどれくらい大学の運営費を拠出するか決められています。インフレ率が2%で物価が上昇すると仮定した場合、Smoothing Ruleに従えば基金は年間で7.25%の利益を資金運用で確保する必要があります。イェール大学のベンチャーキャピタルへの投資は全体の16%で、過去20年の実績では毎年77%の利益をベンチャーキャピタルへの投資から得ています(ただし、過去10年では18%。ドットコムバブルってすごかったのね。)。

    では、日本はどうなのかと調べてみると日本の最高学府である東京大学の基金は2017年度実績で109億円でイェール大学の294億ドル(約3.2兆円)と比べると約1/300です。驚愕の差です。1/3ならまだわかるのですが、1/300ですよ。利率は1%未満(イェール大学は8%)で運用益は9100万円。うーん、東京大学は国立大学だから、基金にはあまり頼らないのかなあ……と金持ちっぽい私立の慶應義塾の大学基金を調べてみたら2018年3月末時点で688億円で、東大よりはマシだけど、イェール大学の3.2兆円には遠く及ばず。

    残念ながら慶應義塾の基金運用実績については公開していないようですが、自己資金で賄えるほど稼げていないようです。公表されている資料を見ると慶應の研究における自己資金比率は3%。慶應でこれですから、他は察して知るべしでしょう。自ら稼ぐ力はなく、研究資金のほとんどを外部に頼っているのがわかります。日本の大学の金融力のなさが、資金力に直接効いてしまっています。日本の大学は自分でもっと稼げるようになった方がいいですね。

    日本の金融力の低さが日本の生産性低下を招いているとマリアナ・マッツカートの本でも理解しましたが、国の基礎体力でもある教育も日本は金融力の低さが原因でアメリカと大きな差をつけられているんですね。いっそのこと、イェール大学に大学基金の運用をアウトソースしたらいいのではないですかね。

    日本のスタートアップが投資対象として魅力的でない理由

    日本のスタートアップがベンチャーキャピタル にとって魅力的でない理由はスケールしないからです。日本のスタートアップはほぼ全て日本を市場と見て起業します。しかし、以前にも書きましたが、日本(=日本語)は英語圏や中国語圏と比べるとあまりにも小さいし、人口が多いインドやインドネシアと比べると成長率があまりにも低いのです。ベンチャーキャピタルは投資利益を得るためにはスケールするスタートアップに投資する必要があります。

    日本のスタートアップは日本を市場にしている段階で、ベンチャーキャピタルが必要とする市場規模が見込めません。「まず日本で成功したら」と言いますが、日本で成功してから世界で成功した日本のスタートアップなんてありますか?そんな空想にメジャーなベンチャーキャピタルは投資しません。

    この本を読むとベンチャーキャピタルが必要とするスケールと時間が理解できます。ベンチャーキャピタルの利益の中間値は実はあまり高くなく、それだけを見ると投資家にとってあまり魅力的な投資先ではありません。NASDAQより160ベーシスポイント低いので、ベンチャーキャピタルに投資するならNASDAQ平均に投資した方がずっといいのです。しかし、ベンチャーキャピタルはベルカーブのように平均的な会社が中央にたくさんいるのではなく、利益は冪乗則カーブを描いてトップのベンチャーキャピタルが高い利回りを叩き出しています。トップのベンチャーキャピタルとは先に挙げたSequoiaやa16zで、凡庸なベンチャーキャピタル と300ベーシスポイントの開きがあるそうです。だから、NASDAQより魅力的な投資先なのです。

    ベンチャーキャピタルを野球の打率で考えるのは間違っているのだそうです。5割が投資額以上のリターンを得ているので、ベンチャーキャピタル の打率は5割と悪くないように見えます。しかし、5割は投資した金を失っている。ベンチャーキャピタル の世界では2割から3割がシングルヒットか二塁打。投資額の二倍くらい戻ってきますが、5割の損失は補えません。そして、残りの2割から3割がホームラン。このホームランから10〜100倍のリターンが得られます。

    野球の統計で例えるのであれば、打率よりもホームラン比率(At bats per home run)の方が適切なのだそうです。フェイスブックは1000倍だったそうです。1000倍のリターンが得られれば、それ以外全てを失っても全く問題ない。ホームラン比率を高めるためには三振は問題でなく、ホームランの機会を逃す方がよっぽど痛い。フェイスブックの初期ラウンドに参加する機会は二度と来ないのです。

    では、ホームランを打つために何を基準としてベンチャーキャピタルはスタートアップに投資するのでしょうか。基準は三つあって、1) ひと、2) プロダクト、3) 市場です。いくら創業者チームが素晴らしくて、プロダクトが良くても、市場が小さかったら投資する魅力はありません。残念ながら日本のドリームチームが素晴らしいプロダクトを作っても、日本市場だけをみていた次のフェイスブックにはなれません。これが日本のスタートアップが海外のメジャー級のベンチャーキャピタルから投資されない理由です。日本のスタートアップがメジャー級から投資されるには、福山太郎さんのFondのようにアメリカ市場を直接狙う必要があります。ボクがアドバイザーをしていたシンガポールのスタートアップも、シンガポールを起点にしながらアメリカ市場を直接狙って、メジャー級から投資を受けました。

    この本はどんな人にオススメか

    世界を相手に起業してやろう!メジャー級から資金提供を受けてユニコーンになってやろう!という気概のある将来の創業者にはオススメです。そもそもそういう人たちのために書かれた本です。

    スタートアップの資金調達指南書であればブラッド・フェルドの”Venture Deals”がすでにバイブルとしてありますし、本書でカバーされている内容もかなり重複します。日本で起業して、日本で資金調達するのであれば『起業のファイナンス』があります。

    この本はむしろ日本の経営者に読んで欲しいですね。あまりに多くの日本企業が「まずは日本で成功してから」と小さくまとまっています。これではアメリカや中国の企業に追いつけるわけがありません。そうでしょう?だって、彼らの現場であるアメリカや中国の市場の方がずっと大きいのですから。日本→海外だと一歩遅れることになります。この一歩の差はスピードの速いこの業界では致命的です。その時にはすでに新しいトレンドが生まれています。