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  • エストニアがICOプラットフォームとして暗号化トークン「エストコイン」の準備を開始

    エストニアがICOプラットフォームとして暗号化トークン「エストコイン」の準備を開始

    クレジット:E-residentのPeter Kentieさんが寄贈してくれたイラスト

    原文:”We’re planning to launch estcoin — and that’s only the start” by Kaspar Korjus

     エストニアはe-Resideincyが世界の起業家が信頼できるICOを実施するときのベストな選択肢であることを目指しています。そして三種類の暗号化トークン「エストコイン」を検討しています。

     スタートアップの世界はICOによって大きく変わろうとしています。

     株式を提供する代わりに、ブロックチェーンをベースとした暗号コインを発行して世界各国の投資家から資金を調達しています。

     アメリカ、シンガポールとスイスがICOを実施する上で起業家が検討する国としてリードしています。一方で各国政府はどのようにICOを規制するのかを検討しています。起業家にとっても投資家にとっても不幸なことに、ICOは法律上はグレーなエリアで実行しなければいけませんし、透明性と信頼性の問題によりこのイノベーションの歯止めがかかっています。

    解説

    ICOのトークンには二つの考え方があります。一つは「利用料」としてのトークン。もう一つは「証券」としてのトークンです。資金調達をする企業は「利用料」としてのトークンと位置づけることが多いように思われます。これは「証券」としてのトークンは法整備が整っていないからですし、「証券」の発行には大きな責任が伴うからです。

     それにもかかわらず、ICOを通じた資金調達金額はベンチャーキャピタルからの資金調達を上回っています。しかし、資金調達はICOの一面に過ぎません。スタートアップが発行した暗号化トークンに投資している人たちのインセンティブは開発の支援というオンラインコミュニティーに近いものがあります。

     エストニアの仮想住民プログラムであるe-Residencyも急速に成長しているスタートアップです。政府のスタートアップであるにも関わらずです。それは仮想住民からのフィードバックにより絶え間なく改善されているからです。そして商業セクターのベストプラクティスも取り入れています。私たちは急速に成長するコミュニティーを持ち、そのコミュニティーはe-Residencyプログラムからどのように価値を最大化できるのかを常に探しています。

     そこで、2017年8月にe-Residencyブログを通じて「エストニアのようの国がICOを通じて自らの暗号化トークンを発行したらどうなるか」を聞きました。その時につけた暗号化トークンのニックネームが「エストコイン」でした。e-Residencyがプラットフォームを通じてどのように「エストコイン」をグローバルで流通させ交換させるのかを説明しました。誰でも登録できるデジタルIDがあるからです。

     この記事はすぐにバズりました。世界中のメディアで取り上げられました。世界で2億人くらいの人がこの記事を読んだと推定しています。

     多くの人がこのアイデアに熱狂して「エストコイン」のあり方について意見を書きました。そして多くの人は批判的でe-Residencyプログラムのマーケティングスタントでしかないのではないかと推測しました。

     私たちはアイデアを閉じたドアの奥で作ることができますが、e-Residencyを作り上げる上でオープンポリシーは常にベストでした。できる限り早い時期からオープンに議論をはじめる。それによりアイデアを改良することができ、どのようなサポートが必要なのかも理解できます。サポートする人も批判する人も貴重です。

     暗号化コミュニティーは政府のこのような介入に一番批判的なのではと最初は予想していました。しかし、実際は違っていました。クリプトワールドの起業家も投資家も熱狂的に興味を持ち、アイデアを受け入れているようでした。反面、伝統的な組織は一番批判的でした。欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギも懸念を表明しました。

    qz.com

    「エストコイン」に対する多くの批判はエストニアが仮想通貨を発行したくてもできないことです。エストニアの唯一の通貨はユーロであり、これは私たちが誇りとするEUのメンバーの必須条件だからです。誰もそれを変えるつもりはありません。

     ですから私たちは「エストコイン」を暗号化トークンとしています。

     政府は暗号化トークンが通貨として利用できることによる破壊的なインパクトも考慮する必要があります。暗号化トークンは世界的に価値を交換するもっと効果的な方法だからです。しかし、暗号化トークンは通貨としての利用よりもさらに大きな重要性があり、必ずしもそのカテゴリーに押しとどめるべきものではありません。

     エストニアの観点から見ると、「エストコイン」はデジタル国家を開発するための世界的資金調達をする手段を提示しています。そして、e-Residencyを通じて起業するスタートアップを増やすという目的を達成するため仮想住民のインセンティブとしてトークンをデザインしたいと考えています。

     仮想住民によるビジネスはエストニア経済に前向きなインパクトをすでにもたらしています。2017年12月に発行されたDeloitteよる独立したレポートによると最初の三年間でエストニアは1億4400万ユーロを回収し、2025年には18億ユーロになると予想しています。これは1ユーロの投資に対して100ユーロを回収することになります。私たちは仮想住民たちに価値を提供し続けることによってのみそれを達成することができます。

    「エストコイン」の目的はそれを加速することです。そしてデジタル国家の開発のため追加の投資と利息を活用します。

     それでも疑問は残ります。「エストコイン」はコインを持つ人のどのような課題を解決するのか?「課題を探すソリューション」これもよくある批判でした。提案が発表されてからオーディエンスに「エストコインを買うのに興味があるか」を聞き、答えは「イエス」でした。どうして「イエス」なのかは自分でもまだ明確ではないにも関わらず。

     驚くかもしれませんが、私たちは「エストコイン」が「課題を探すソリューション」であることを完全に認めます。そして、それは必ずしも悪いことではありません。

     e-Residencyも立ち上げ時は「課題を探すソリューション」でした。このソリューションは世界中の誰でもエストニアのデジタルIDの申請ができ、エストニアのデジタル公共サービスを受けられるというものでした。しかし、最初の仮想住民たちはそれがどのような問題を解決するのかも確かではないにも関わらずに申し込みました。

     三年後に3万人の仮想住民申請を通じて私たちはe-Residencyが解決する課題について理解を深めました。世界的な起業の民主化と地域に縛られない働き方の推進です。エストニアの仮想住人に関してはここで詳しく読めますし、どのような課題を解決してきたのかはこのビデオ広告でも紹介しています。

    「エストコイン」の提案をしてから私たちは世界中のフィードバックに慎重に耳を傾けてきました。そしてどのように構築するかだけでなく、どうして人々がそれを欲するか理解を深めてきました。

     その概要を説明する前に、「エストコイン」のビジョンを実現するためにまず何をしなければいけないのかを説明します。私たちはe-ResidencyをグローバルでICOを実施するベストのオプションとしなければなりません。

    信頼できるe-ResidencyのICO

     ブロックチェーン技術は世界を二つに分けました。一つは政府や伝統的な機関でもう一つはクリプトコミュニティー。両方とも相手には将来がないというフリをします。

     多くの場合、真実はどこか真ん中にあり、分断も元に戻ります。暗号化を取り込まなければ政府は経済成長の原動力を手放し、妥当性すら失う危険があります。公共の監視を取り込まなければ、まともなクリプト投資家も偽物投資家によって変質してしまい、トークンの価値にも疑問符がつきます。

     リスクとその複雑さに関してはアメリカ証券取引委員会が暗号化通貨とICOに関する包括的な声明が読むに値します。

     私たちはブロックチェーンが非常に強力な破壊的なソリューションになりつつあることを認識する必要があります。そして、公共機関は全ての人の利益のためにできる役割があります。伝統的な派閥と暗号化の派閥。二つに分かれた派閥は平和的な合意に達する必要があります。

     それこそがエストニアで起ころうとしていることです。「エストコイン」の提案が発表されてから私はエストニア議会内で公共機関と商業セクターの代表者、クリプト起業家、世界中のハッカーを集めたキックオフを開催しました。この会議にはe-Residencyプログラムのチームメンバーと諮問委員、エストニア財務大臣、議員、エストニア中央銀行、ICOを実施している企業とそのアドバイスをしている法律事務所が参加しました。

    エストニア議会でのキックオフ

     私は特に遠くからエストニアに足を運んでくれたTrent McConaghy、Anish MohammedとBruce Ponに感謝します。

     私たちはエストニアがどのように取り組むかを理解するための膨大な作業を始めました。どのように正当な起業家を支援してデジタル国家として成長できるのか。同時に公共の利益を守り、国家とビジネス環境に対するリスクを軽減できるのか。

     私たちは他の国々でのベストプラクティスから学ぼうとし、エストニアのユニークさを活かしてさらに先に進むための方法を探りました。これ以来、私たちは継続して一緒に働き、定期的に意見の交換をしました。

     理解できる注意深い理由でエストニアは暗号化に対して友好的な国家とは言えませんでした。しかし、驚くべきことに最初に私たちが発見したのはエストニアはすでにクリプト起業家にとって絶好のビジネス環境だということです。100%オンラインのクロスボーダーマネージメントから分配されない利益に対する0%の法人税まで。

     さらに私たちの安全なデジタルIDはKYC(Know Your Customer|顧客の身元証明)の一部として利用できます。企業は投資家と起業家の両方の身元証明のために多大なコストと時間をかけています。投資家がキーを忘れて暗号化トークンにアクセスできなくなったという話はよく聞きます。このようなことは政府が保証しているデジタルIDがウォレットと紐づいている仮想住民には起こりません。

     実際に多くの企業がe-Residencyを通じてエストニアでICOの準備をしています。また、すでにe-ResidencyをKYCのプロセスに組み込もうと模索しています。

     ICO現象が成長し続けると、ICOにとって「天国」とされる国が出てくるでしょう。しかし、私たちは現在のICOに懸念を持ち、どのようなICOでも誘致したいわけではありません。未成熟な行動や資金の行き先の不透明性ですでに多くの投資家が失意によって離れていきました。また多くのICOは実際には関わりのない有名人や組織の名前に頼っていたりもします。暗号化トークンに関するe-Residencyやエストニア自体の告知はこのブログで詳細に説明することを覚えておいてください。

     現実はほとんどのICOに私達が望むような標準はありません。

     更に暗号化トークンの価値は現在は非常に揮発性が高くビットコインを含めその他の大幅な価格上昇は近い将来急速な冷え込みも考えられます。多くのアナリストは現在の暗号化市場と90年代のドットコムバブルの類似性を指摘しています。ドットコムバブルは崩壊しましたが、損背景にある基礎的な技術(インターネット)はなくならず、多くの可能性を切り開き世界を変えました。同じことが暗号化でも起きるでしょう、たとえそのバブルが崩壊しても。

     人々が最終的に求めているのは信頼を背景とした本当の価値です。信頼はe-Residencyの価値の一つです。政府に保証された安全なデジタルIDsそれを活用したオープンで透明性の高いビジネス環境があります。これが私たちが信頼のあるICOの誘致にフォーカスする理由です。

     ではどうやって信頼あるICOをe-Residencyを通じてサポートするのか?

     最も明白なソリューションは法律を変えることです。エストニアは仮想住民の起業家を支援するためやこれから成長する産業を支援するために法律を改定する意志があります。例えば、エストニアはヨーロッパの中で配達ロボットとライドシェアを合法にした最初の国です。さらに人工知能の法律の枠組みに関しても議論をしています。

     しかし、ソリューションを探すために必ずしも法の力が必要なわけではありません。さらに、多くの複雑さがあり、その中にはEUの枠組みで取り組まなければいけないものもあります。

     これらの議論は現在進行中です。しかし、私たちが最初にやらなければいけないことははっきりしています。規制された環境下において合法的に責任のあるICOを立ち上げるための明確なガイドラインを出すことです。

     e-Residencyは積極的に責任のあるICOを支援したいと考えています。私たちは国家としてその組織のICOをバックアップすることはできませんが、e-Residencyを通じたICOでの信頼性を高めるたるのガイドラインを提供することができます。そのガイドラインには投資家により高い信頼性と透明性を確保するためのベストプラクティスが含まれます。

     私たちは現在ガイドララインを作成中です。何がガイドラインに加わるべきかフィードバックをください。例えば暗号化トークンの分類や、どのような法律に従わなければいけないのか、どのようなベストプラクティスに従わなければいけないのかなどをガイドラインに含める予定です。こうすることによって投資家は投資がどのように使われているかをトラッキングすることができます。

     最もトリッキーなICOに関わる課題はトークンの分類です。トークンは証券なのか、利用料なのか。私たちのガイドラインは両方を取り組まなければいけません。起業家が自分のニーズに合わせて正しい分類のトークンを選べるようにしなければいけません。ある責任を避けるようにICOのトークンを構成するのではなく。私たちは起業家の暗号化トークンが「証券」とラベルづけされる事に慎重なことを認識しています。しかし、これは投資家からのより高い信頼を得られる方法です。私たちは大胆に起業家が証券としてのトークンをもっと実施しやすいビジネス環境を支援していきたいと考えています。

    「エストコイン」の提案が発表されてからe-Residencyの申請が跳ね上がりました。多くはICOへの投資が目的だと理解しています。つまり、e-Residencyを通じてデジタルIDとリンクした形でICOを実施することは成長しつつある投資家のコミュニティーへのアクセスのコスト、時間と手間が軽減される事を意味しています。

     多くの仮想住民はすでに投資目的でこのプログラムを利用しています。しかし、私たちの長期的な目標は投資家と起業家のコミュニティーによる規模の経済を実現する事です。

     商業セクターも起業家と投資家を支援する重要な役割があります。例えば金融や弁護士サービスです。もしこれを読んでいて支援できるとお考えであれば私たちのチーム(e-resident [at] gov.ee)にコンタクトしてください。

     私たちの目標はエストニアが信頼あるICOの世界でのベストオプションとなる事です。それは公共と商業セクターが協力してe-Residencyや透明性の高いビジネス環境といったエストニアのユニークな特色を活用することで実現します。エストニアはエンジニアたちがSkypeを開発することによって通信の中間業者を取り除いて以来、ビジネスの技術革新の最前線にいます。私たちはブロックチェーン、暗号トークン、安全なデジタルIDによって証券の中間業者を取り除くことができる機会に直面しています。これによりe-Residencyを通じて世界規模で真に分散化されたP2Pの証券取引を実現することができます。

    エストコインはどのようなものになるのか?

     公共と商業セクターの議論の中で私たちはエストニアの暗号化トークンがどのように機能しするか世界中からのフィードバックに基づいて審議しています。

     このプロジェクトの当初のニックネームは「エストコイン」でしたが、エストコインという名前は急速にグローバルブランドとなりましたので現在でもそのまま使っています。

     私たちはデジタル国家にとって、利用者にとって有効なエストコインを一つだけではなく、三種類を特定しました。三種類全て実行可能で欧州中央銀行に警戒心を抱かせるものではありません。

     私たちは批判にも関わらずエストコインの準備を進めるのではなく、批判に感謝をして進めます。批判によってどのように推進すべきか理解できたからです。

     一つまたはそれ以上のエストコインが複数の目的を実現するために実行される可能性があります。

     以下がそれぞれのエストコインの背景です。

    1. コミュニティーエストコイン

     暗号化トークンの強みの一つは行動に対してインセンティブを与えることです。トークンの保持者はコミュニティーの成長から恩恵を受けます。

     Ehtereumの創業者であるVitalik Buterinに私たちのアイデアの概要を発表まえに共有したのですが、これはその時に特に強調されたポイントです。以下がその引用です。

    e-Residencyエコシステム内でのICOは仮想住民とファンドを同じ方向性に向かせる強いインセンティブを作り上げます。共同にできることが多いため、経済的な側面を超えたコミュニティーへの帰属意識を高めます。

     コミュニティーエストコインは世界中の人たちが仮想住民として参加することにインセンティブを与え、e-Residencyの価値を引き出すことで新しいデジタル国家の成長に寄与すると考えられます。これには投資家や起業家がe-ResidencyをICOのプラットフォームとして活用することも含みます。

     すでに多くの仮想住民が様々なやり方でデジタル国家の成長にボランティアとして貢献してくれています。彼らの経験をコンテンツとして共有したり、他の人をプログラムに紹介してくれたりしてくれています。しかし、私たちはその貢献にどのようにリワードを提供したり支援できるか分かりませんでした。

     更に仮想住民の最も価値のある活動の一つはお互いのビジネスや実際のエストニア国民とのビジネスの活性化です。つまり、e-Residencyは公共サービスへのアクセスだけでなく、成長する価値あるコミュニティーに参加することによって事業を拡大することです。

     幸いに私たちはすでにコミュニティープラットフォームがあります。そこでエストコインがプラットフォームの「利用料」として価値のあるものとして、コミュニティーの成長に貢献した参加者には自動的に発行される仕組みが考えられます。

     例えばe-ResidencyのWebサイトにトラフィックを送り、実際に新しく仮想住民が増えた場合に、その仮想住民にはエストコインが発行されるなどです。またコミュニティー内でクラウドソーシングのような仕組みを作ったりが考えられます。

     エストコインはネットワーク効果でプラットフォームの成長を可能にしますが、調達された資金はこのプラットフォームのさらなる開発やエストニアでビジネスをする企業への再投資にも活用できます。

     私たちは商業セクターからの参加も求めています。商業セクターはeResidencyエコシステムで重要な役割を担っています。会計処理やバンキング、バーチャルオフィスなどのサービスをエストコインで利用できるようにしたいと考えています。仮想住民に対して様々なサービスを提供する企業があり、エストコインの交換も奨励していきたいです。

     実際にコミュニティーエストコイン立ち上げのための国家的ICOには公共と商業セクターのパートナーシップが必要です。単一組織がトークンとファンドの分配を管理すべきではないからです。

     最初のフォーカスは「利用料」としてのエストコインですが、e-Residencyの開発によってデジタル国家の成長の恩恵をエストコイン保持者が受けることも重要です。つまりコミュニティーエストコインは最終的には伝統的/暗号の双方の交換所でオープンに取引されることを意味します。実際には投機家を抑制するためにロックアップ期間が必要となるでしょう。エストコインの保持者はデジタル国家の長期的な成長から恩恵が受けられるようになります。

     透明性は仮想住民やその企業だけでなく、プログラム自体にとっても重要です。つまりエストコインの供給量について明確にしなければいけません。どのような法律の元でどのような利用ができるのか。ブロックチェーンのフェデレーションがエストニア政府と独立組織のネットワークのリーダーシップを提供するために必要となるでしょう。

     このような暗号化トークンの利用は多くの人たちが自律して全ての人たちのために協力しながら働く役に立つでしょう。私たちはすでに仮想住民がお互いにつながりビジネスをともに加速していきたいということを理解しています。またここ数ヶ月の間、エストコインを得たい人が増えていることも理解しています。

     e-Residencyプログラムはデジタルスタートアップとして国全体をオンラインでスケールアップするというこれまで誰もなし得なかったことを行っています。これは仮想住民へのメリットが高まるにつれて加速的に進行しています。コミュニティーエストコインはこれをさらに加速するメカニズムとなります。コミュニティーに参加する価値を高め、成長を助ける人たちにリワードを提供することにより全体のサービスを劇的に改善することになります。

    2. IDエストコイン

     エストニアのデジタル国家の中心(そしてe-Residencyプログラムの中心)は政府が提供する安全なデジタルIDです。

     これはデジタルIDでも世界をリードするイニシアティブです。しかし最先端でい続けるためにはそれを支える技術を継続的に改善していく必要があります。エストニアはすでにいろんな意味でブロックチェーン国家と言えます。ではブロックチェーンを活用してIDをトークン化してみてはどうでしょうか。

     このモデルにおいてエストコインはデジタル社会の中で利用されるブロックチェーンベースのトークンとなります。例えばデジタル署名、サービス利用のためのログイン、スマートコントラクトの実行などです。

     エストニア国民と仮想住民はデジタルIDに紐づく一定量のトークンを得ることができ、必要な時にはその量を増やすことができます。たとえこのIDトークンが購入されたとしてもエストニアの売り上げとはなりません。ネットワークの維持に利用されます。実際にこの提案によって全ての人はコストを抑えることができるようになります。

     このIDエストコインとコミュニティーエストコインの大きな違いはここです。IDエストコインは身分証明の一部なので取引したり売ることはできません。実際にe-Residencyプログラムが成長して人の数が増えればIDエストコインの価値は下がります。これは時間とともに取引コストが下がることを意味し、規模の経済に寄与します。

     すべの人が望むものではないかもしれませんが、この仕組みは私たちのビジネス環境にさらなる透明性をもたらします。しかしこの透明性は多くの人が仮想住民になることを選ぶ理由の一つです。透明性は仮想住民がグローバルでビジネス展開をするための信頼の源泉となります。実際にこのIDエストコインモデルはエストニア警察や国境警備隊がある状況下において法律違反を犯した仮想住民からトークンを取り上げることにも利用できます。

     なぜエストニア国民や仮想住民はこのIDエストコインを推進したいのでしょうか?

     IDエストコインにより現在デジタル国家を運営するために使われている技術をなくすことができ、そのコストも削減することが出来ます。

     エストニア国民と仮想住民はこの低コストの恩恵を受けるだけでなく、デジタルIDを利用してさらに簡単にサービスを受けることが出来ます。

     例えば、私たちは最近デジタルIDカードの証明書に関する問題があり、停止する必要がありました。実際にハッキングされた形跡はなく、新しい証明書もすぐにダウンロードできるようになりました。しかし、スムーズなプロセスとは言えませんでした。このケースを通じてデジタル国家はIDサービスがスムーズに機能し統合するために商業セクターに大きく依存していることがわかりました。

     対照的にIDエストコインはどのようなデバイスでも機能し、アップデートは必要ありません。

     エストニアにとってこれはデジタルインフラの信頼性、安全性、透明性の劇的な向上につながります。そして国をもっと効果的にスケールアップすることを可能にします。エストニア政府の様々な部門はe-Residencyの利益のためにハードに働いています。国境警備隊がIDカードを発行し、各国の大使館に届けます。そしてIDカードを手渡すために対面の面談をします。

     しかし、もし私たちが改善して遠隔地からのデジタルIDの認証を合法化したら仮想住民はオンラインですぐにデジタル国家に参加することができるようになります。カードが承認され配達され、自ら取りに行く必要は無くなります。

     IDエストコインの実現は私たちのデジタル国家が未来に備えることとなり、技術と法律が進化に対応することができるようになります。

    3. ユーロエストコイン

     ここまで価値が上がったり下がったりするエストコインのモデルを見てきましたが、単純にユーロと紐づいたエストコインを発行したとしたらどうでしょうか?これがユーロエストコインです。

     私たちはユーロの代替通貨を発行することはありません。しかし、e-Residencyコミュニティー内だけで使える暗号化の分散化の利点と安定して信頼ある認可された通貨の組み合わせの可能性はあります。

     ユーロエストコインと実際の金銭の交換には銀行が必要となります。しかし取引は独立してブロックチェーン上で行われます。つまりグローバルにある無料のコミュニティーベースの交換所で交換がされることになります。必要なのはデジタルウォレットと政府がユーロエスタコインを1ユーロで買い戻すという政府のコミットメントです。

     もしe-Residencyのプログラムチームが15人の小さなコミュニティーだとします。そして誕生日でどのようにユーロエストコインが機能するのかみましょう。メンバーの誕生日に私たちは一人につき10ユーロを使います。つまり一回につき13回の支払いが発生します*1。支払いには銀行で40ユーロセントかかります*2。つまり隠れた支払いコストは5ユーロ以上になりますし、プロセスにも時間がかかります。しかし、この価値は私たちの間で回るだけです。デジタルで処理したいからというだけで銀行の関与が必要あるでしょうか?普段の生活は銀行のネットワークなしで動いた方が早く効率的です。

     では次に日々国境をまたがり交流を続けている仮想住民コミュニティーの複雑さをみてみましょう。仮想住民は世界の住民で、世界中どこでもビジネスができるのが成長の要因の一つです。仮想住民コミュニティー内のユーロエストコインはグローバルの価値交換を可能にし、仮想住民とエストニア国民の間のビジネスを活性化します。

     e-Residencyコミュニティー内のユーロエストコインの運用はビデオゲームなどのオンライン世界でのトークンの運用と似ています。仮想住民はユーロエストコインを購入してそのほかの仮想住民と価値交換をすることができ、必要であれば銀行取引と納税義務に準拠して現金化することもできます。大きな違いは仮想住民はゲームのためにトークンを利用しないということです。仮想住民が得られるのは他の仮想住民との簡単なグローバル取引です。

    新しいデジタル国家に参加しましょう

     私たちはブロックチェーンを通じたトークン国家は今後の地球にとって重要だと認識しています。さらにICOはスタートアップの成長のあり方を大きく変えようとしています。しかし、信頼と合法性の問題は解決されないといけません。私たちは同時に提案されたエストコインに需要があり、エストコインは仮想住民コミュニティーを大きく成長する可能性があることを理解しています。

     私たちは引き続きこの提案をエストニアの公共と商業の両セクター、暗号化起業家、投資家、世界のパートナーとなる可能性のある組織とともに改善していきます。

     以前にe-Residencyのビジョンに書いたとおり、私たちは人類の歴史の中で非常に短い地政学の境界線に閉じ込められた機会の中で生きています。今は国家は生まれた場所で私たちに割り当てられ、多くの場合はそのままです。このランダムな人口の割り当てが何よりも大きく私たちの機会の大きさを握っています。

     しかし、変化は近づいています。暗号トークン化は私たちが行動するかどうかに関わらず世界の性質を変えます。だから私たちがリードする必要があり、それはすでにエストニアで起きています。私たちは新しいデジタル国家の構築と世界中の起業の民主化という全体の目標にフォーカスし続けます。

    私たちのe-Residencyのビジョンはこちらから。

    medium.com

     エストコインの提案に考えや、応援や、批判をくださった方々に感謝します。全ての人が改善に貢献し、私たちを前に進めています。新しい年にさらにアップデートをすることを楽しみにしています。

     e-Residencyから申請することで私たちのデジタル国家に参加することができます。もしプログラムを利用してEU圏内でEUの企業を立ち上げに興味があればこちらで詳しく説明しています。

    medium.com

    解説

    前回に紹介したアメリカ証券取引委員会とはうって変わって前のめりな姿勢のエストニアです。アメリカや日本のように歴史(レガシー)がないのがエストニアの強みですね。ソ連から離脱して国連に加盟したのが1991年、NATOとEUに参加したのが2004年ですから。

    アメリカやエストニアではICOで発行されるトークンを「証券」としてみなす方向に進んでいます。現時点でエストニアは最もICOに関して最も積極的に取り組んでいる政府と言えるでしょう。エストニアが中央管理の世界と分散管理の世界と二つに分かれた世界を調和させることができるのか、世界が見守っています。

    カタパルトスープレックスなかむらかずや

    関連記事

    www.catapultsuplex.com

    *1:14回の気がするのですがオリジナルは13回と書いてあるので…

    *2:ヨーロッパではデビットカードの利用が多いのでその利用料なのでしょう

  • イギリス政府はどのようにデジタルサービスを展開したか(2012年)ベータ公開、コンテンツ移行と本番

    イギリス政府はどのようにデジタルサービスを展開したか(2012年)ベータ公開、コンテンツ移行と本番

    GOV.UK

    ざっくり言うと

    • データ分析大事。そのためのプラットフォームをこの時期に作る。GitHubとか使ってオープンにフィードバックを得るの大事。
    • GOV.UKではペルソナ使わない。あとで出てくるデジタルインクルージョンにもその思想は表れていると思います。公共サービスとしてはイギリスに住む人全員がユーザーであり、ペルソナのような紋切型は適さない。
    • この頃からGDSがイノベーションラボとして機能しはじめる。スケールすることが意識されはじめる。各省庁からチャンピオンを招集。イノベーションラボはトランスフォーメーションの定石。欧米では企業でも同じやり方。イノベーションラボに興味がある方はこちらまで。
    • アメリカのCode for Americaとはこの頃から付き合い。国内外でかなりコラボしてる。
    • この年の後半で戦略発表。1年くらいしかかかっていない。スタイルガイドとか基本となるものの準備も引き続き。

    原文:”A GDS Story 2012

    2010/2011年|2012年|2013年2014年|2015年

    2012年

    1月

    2012前半のスマホ版ベータ

    1月19日

    Photo: Jamie Arnold

    GOV.UKベータのデザインに関するブログ記事

    最初はうまくいかないでしょう。手探りで道を探しながら、地面に杭を指していくでしょう。うまくいきそうなアイデアをスケッチしていき、さまざまなソリューションをテストし、問題を解決する道筋を決める。これは巨大で複雑な作業です。

    1月31日

    2012年2月時点でのベータ

    GOV.UKベータの一画面

     GOV.UKのパブリックベータ版がローンチされました。それは「私たちの最初の大きなプラットフォーム」と呼ばれました。

     チームはgov.uk/tourを作っていろんな人に見せました。ベータ版はwww.gov.ukで公開されていましたが「非公式」のままでした。まだwww.direct.gov.ukを置き換えていませんでした。移行作業は2012年10月までのかかるはずです。ベータユーザーはGet Satisfactionページからフィードバックを求められました。

     エンゲージメントチームはソーシャルメディアをモニターしました。フィードバックの有用な分析をまとめました。Sotryfulの概要も含めて。

    ベータのローンチ直前のユーザー分布図

     Tom LoosemoreとMartha Lane FoxがBBCのニュースでインタビューを受けました。

     ベータ公開その日のうちにチームはユーザーのフィードバックに基づいてベータ版を反復改善しました。次の日にはより多くのフィードバック、より多くの反復改善。このような改善作業をひたすら続けました。

     この頃、GDSのメンバーは急速に増えます。Directgovの移行期日までわずか数カ月で、チームはより多くの人手を必要としました。

    2月

    ユーザーフィードバックのためのGet Satisfactionページ

     必然的に問題がたくさんありました。ベータユーザーは彼らが問題をフィードバックし、チームはそれを修正しました。この場合、火曜日のイースターがベータでは月曜日となっていました。

    2月1日

     一般市民からのGOV.UKに最初のプルリクエスト(Github)Matthew SomervilleはBank Holidaysページの間違いをフィードバックしました(スコットランドのBank Holidaysの間違った日にち)

    2月7日

     GDSとGOV.UKのブランドアイデンティティを生み出す – GOV.UKを全て大文字で表現したのがこれが初めて。これ以来ずっとこのように表現しました。

    GOV.UKのための斬新なロゴやアイデンティティはありません。これは時間とお金の節約でもあります。またGOV.UKが覚えてもらいたいURLだということもあります。単純にGOV.UKが必要な場所であること。新しい名前やアイデンティティーを発見または理解する必要はありません。しかし、名前を実際のアイデンティティーとするには(あるいは、オフィスで「何か」と言っているように)、常に大文字とすることに決めました。このようなことに多くの時間を費やしていると思われますが、私たちは約10分間でそれを決めました。

    2月10日

    シリコンバレー訪問中のMike Bracken、Liam MaxwellとFrancis Maude

     Mike Bracken、Francis MaudeLiam Maxwell(当時内閣府のIT改革グループで働いていた)はシリコンバレーのコンタクトを訪問しました。企業と公共部門の連携について視察しました。

    2月28日

     gov.uk/government内でInside Governmentのローンチ

     これはチームの構成と考え方が反映されています。GOV.UKの作業は「主流」と「Inside Government」という2つのプロジェクトと2つのチームに分かれていました。

    「メインストリーム」は市民向けのサイトでユーザーニーズに直接対応するもの。

    「Inside Government」はそれぞれの官公庁の旧来のページと似ていて、その省庁の仕事と役割について説明していました。

     このブログ記事のコメントは興味深いです。公開された翌日、誰かがアクセシビリティが貧弱だとコメントしました。数時間後チームはそれを改善するために変更を加えました。

     Neil Williamsはブログ記事を書き、Inside Governmentの「ガイド付きツアー」を紹介しました。

     そのブログ記事にある画像の1つはすべての官公庁は同じようにシングルドメインで公開されることを指しています。

    3月15日

    紙に穴を開け、その上に「ユーザー」と書きました。 穴から忙しい歩行者横断が見えました。

    Ben Terrett:

    誰かがいくつかのペルソナポスターを貼って、私はそれに対して怒りました。全ての市民が私たちのユーザーで、いい見た目のペルソナなんかじゃない。私は紙に穴を開けて窓に貼りました。

    3月23日

     Mike Brackenは2012年の予算に対応するブログ記事を書きました。彼は財務省からのこれらのコミットメントを強調しました:

     … 2014年から新しいオンラインサービスはそれに責任がある閣僚が自分自身でそのサービスを問題なく利用できることを実証できる場合にのみ公開することとします。また、2012年末までにすべての情報が「GOV.UK」シングルドメインのもとに公開され、2015年までにすべての手続きを「デフォルトでデジタル」アプローチに移行する予定です。

    3月28日

     デジタルリーダーの第1回会合。多くの異なる官公庁から集まり、知識と経験を共有するグループ。

    デジタルリーダーのRachel Neamanは次のように書いています:

    部門内のデジタルは孤独な場所です。しばしばオタクやトレンディな若いものの特殊な場所とみなされています。そのため、真の変化をもたらすための政府機関をまたがるプロフェッショナルのネットワーク作りは遅れています。厄介な問題に取り組んでいる人たちがほかにもいるということはよい発見です。今日も明らかになったことは単純で簡単な解決策はないということです。

    4月3日

    デザイン原則のアルファ

     デザイン原則アルファ版の公表。Tom Loosemoreのコメント:

    原則に従うことでチームは自律的に動くことができます。

     Head of Designのコメント

    デザイン原則がかつようされるにはシンプルで、明確で、役立ち、わかりやすくなければいけません。このデザイン原則が1ページのHTMLでまとめられ、各原則それぞれURLリンクを持っているのはそのためです。多くのデザイン原則は巨大なPDFファイルで読まれません。

    Dafydd VaughanとMazz Mosley

     その頃、GOV.UKの開発者(Dafydd VaughanMosely Melyを含む)数名がNumber 10 Downing Streetを訪れ、技術的な課題を検証しました。

    4月30日

    悪名高い出来事:Pete HerlihyはInside Governmentチームのアイスボックス(やらなければいけないけどまだ優先順位が付けられていないタスクリスト)を削除してしまいまい、多くの同僚を恐怖の底に突き落としました。

     彼はこの件についてこう書いています:

    もしそれが重要なら覚えているはず。…ある時点で、アイスボックスは50ストーリー以上になっていたため、私は全体を削除することに決めました。バックログの信頼性の問題となるので、そうするしかありませんでした。私たちチームのマントラは「覚えているのなら重要」でした。このマントラに従うことで実際にかなり自由になりました。

    5月14日

     Inside Governmentベータ終了。Ross Fergusonはそのフィードバック(いいのも悪いのも)について書きました

    5月25日

    チームは2012年5月にショー・アンド・テルを実施。チームの規模はどれくらいで、どれくらいのスペースがあったのか、そして壁がどれくらい空いていたのか注目してください

    5月30日

     新しいAssisted Digitalチームの最初のブログ記事。デジタルスキルが高くない人たちが新しいデジタル公共サービスを使えるように支援する。

    Rebecca Kemp がassisted digitalについて解説しています

     Assisted Digitalはユーザーやサービスによって異なります。ユーザー自身がデジタルサービスを利用できるようになるためにインターネットが使えるように支援することかもしれませんし、デジタルサービスの利用のために支援してくれる場所の提供かもしれません。Assisted Dugitalはそれを必要とする人々のために電話または対面サービスを提供します。

    6月26日

     Digital Performance Frameworkのアルファ版リリース。これは後にPerformance Platformの重要な部分となります。

     同じ日にChris Heathcoteは開発スピードに関してブログ記事を書きました。ユーザー中心の反復アプローチがどのように小さな変更を迅速かつ容易に行うことができるかを強調しました。

     これに続くのは正式な開発プロセスのスピードアップ版です。プロトタイプを作成し、フィードバックのためにチーム間で共有。改善されていることの確認、コードの変更、コンテンツエディタの変更点のチェック。カレンダーアプリの変更をプレビューサーバーにプッシュし、再びレビューされ、正式公開となります。これは一日で完了します。

    7月2日

     GOV.UKの編集スタイルガイドのアルファ版を公開。Sarah Richardsは次のように書いています。

     スタイルとははっきりと、簡潔に、専門用語なしで書くことです。単純さはすべての人に恩恵をもたらします。これを「バカ扱い」とする人たちもいます。しかし、オープンで誰もがアクセスできるのは「バカ」なことではありません。私たちの責務です。

    7月3日

    新しいタイポグラフィで少し引き締まる

     次のリリースの後、デザインチームはGOV.UKのタイポグラフィーの変更についてブログ記事を書きました

    7月11日

     Twitterアカウントを@govukから@gdsteamに変更。チームはGOV.UKとともに他のプロジェクトに取り組むために急速に拡大していたので、それに対応するための変更でした。Louise Kidneyは次のように書いています。

     私たちは成長、変化しました。私たちは私たちのスコープは@govukを越え、市民からの他のサービスについての問い合わせを受けています。現在の状況に対応するため、Twitterアカウントを@govukから@gdsteamに変更します。表面上はあまり大きな変更ではありませんが、私たちのルーツに立ち返った変更でもあります。

     開発チームがGOV.UKのアップデートをタイムラプスビデオにしたのがこちら。

    7月18日

    問題の多かったカルーセル

     フィードバックとユーザー調査の後、GOV.UKベータ版のフロントページにあるカルーセルが削除され、よりシンプルなテキストベースのリストに置き換えられました:

    よりシンプルなテキストバージョン

    8月10日

     GDSは貿易関税(Trade Tariff)の改良バージョンをリリースしました。これは当時の重要なビジネスリンクの一部で、チームとしてもとても重要な成果でした。小規模の民間サプライヤーと協力して以前の成功しなかった試みをわずかなコストで完成できました。

    8月24日

    さらなるイタレーション。Sarah Pragのブログでの解説

    10月2日

    2012年10月のGOV.UKベータ

    ホームページを大胆に刷新」 このリリースはブラウジングとナビゲーションの問題を解決しようとしました。

     翌日にブログ記事で解説しました

    10月4日

     当時の身分証明プログラム(Identity Assurance Programme:後にGOV.UK Verifyになる)は全国紙で報道されました。 Steve WreyfordはIDPチームの仕事を支える3つの原則についてブログに書きました。

    10月9日

     Directgovからの移行期限が近づいてきたので、Etienne Pollardはこれまでの作業をまとめました。彼はGOV.UKのスコープの「これを満たした入れる」リストを含め、ユーザーニーズを中心に置くことについて書きました

    10月10日

     コンテンツデザイナーのPadma Gillenは市民のためのWebコンテンツと顧客のためのWebコンテンツの違いについてブログ記事を書きました

    政府と関わるのはそれが必要だからです。市民として必要な部分です。できるだけ早く簡単にしたい。そうすれば人生にとって有意義な部分に時間を使える。利益となる動機がないので、行動は変えたくない。

    10月11日

    Photo credit: Paul Downey.

     Paul DowneyはDirectgovからGOV.UKへの移行に関してチームがどのように「ひとつのリンクも取り残さない」ことをどのように確認したか解説しました。

    10月16日

     2005年からDirectgovに取り組んでいるGraham Francisがその歴史をブログで振り返りました

     当時の内閣府のFrancis MaudeがブログでGOV.UKの紹介をしました。開発チームはGOV.UKの構築に使用されたソフトウェアを公開しました。

    Etienne Pollardは「ビジネス・リンクからすべてをコピーしただけではありません」と説明しました。

    これはGOV.UKから「ベータ」ラベルを削除したコード変更です。

    10月17日

    公開した!Photo: Tom Loosemore

     すごい日! GOV.UKはベータからライブに移行し、正式にDirectgovとBusiness Linkを置き換えました。

    全く問題なし

     開発者のPaul Downey:「国のウェブサイトをローンチした。問題なし」とツィート。 Mike Brackenは「なぜこれは重要なのか」という。ブログ記事書きました。そして私たちは動画をアップしました。

     ケーキを食べました。 このケーキはGDSの伝統と言えるなにか。

    10月18日

    分析ダッシュボード

     Sarah Pragは最初の日の数字を書きました:909,706人のユニークユーザーの1,129,578回の訪問。

    10月23日

     パフォーマンスプラットフォームのベータ版。

    10月26日

    開発者のJames WeinerがGDSを去るときにこれまでを簡単に振り帰りました

    おそらく、これまで働いたどの場所よりもGDSで学んだことは大きかったです。みんなが喜んでたみんなを助け合う。これはいい仕事ができる理由でもあります。お互いの意見や経験を尊重し、なおかつ建設的に批判をします。個人的な気まぐれではなく、使いやすいサービスを作ることを第一の目的としています。

    同日、私たちはチームがアジャイルでスケールすることに関する学びについてブログ記事を書きました:

    私たちは、本、ブログ記事、専門家がいう通り、より少ない作業をすることにコミットするべきでした。

    11月2日

    開発者のGareth Rushgroveによる定期的なリリースによるリスク削減について

    小さなカタマリを定期的にリリースすることで、何が変更されるのかがはるかに分かりやすくなります。何か問題が生じた場合は、そのカタマリを元に戻して、無かったことにする方がずっと簡単です。

    11月6日

     Government Digital StrategyDigital Efficiency Report発表

     この戦略には「可能な限り意味があり測定可能なアクション」のリストが含まれています。

    1. 官公庁および公共サービスに関わる行政機関のボードメンバーには活発なデジタルリーダーを含むこと
    2. 年間10万件以上のトランザクションを処理する公共サービスは経験豊富な権限のあるサービスマネージャーによって再設計、実行、改善すること
    3. すべての官公庁は人材を含め組織内に適切なデジタル機能があることを確実にする
    4. 内閣府は官公庁のデジタル機能の向上を支援する
    5. すべての官公庁は年間10万件以上を処理するサービスを再設計する
    6. 2014年4月以降、新しいまたは再設計されるすべての公共サービスはデジタルを基本とする(Digital by Default)
    7. 2013年3月までに24全ての官公庁のパブリッシングはGOV.UKに移管し、2014年7月までに関連政府機関や外郭団体のオンラインパブリッシングを移管する
    8. 官公庁はデジタルサービスの意識を高め、より多くの人々に周知、利用促進をする
    9. デジタルを活用支援するための政府間のアプローチを行う。オンラインを使ったことがない、ほとんど使わない人たちのためにオフラインでもアクセスできるサービスを提供したりデジタルを利用できる支援を行う。
    10. 内閣府はより軽量な入札プロセスを提供。規制要件が許す限り、業界でのベストプラクティスに近いレベルまで絞りこむ。
    11. 内閣府は次世代デジタルサービスの基盤となる新しい共通プラットフォームの定義と提供をリードします
    12. 内閣府は各省庁と継続的に協力し、便利なデジタルサービスの開発を不必要に妨げる立法上の障壁を取り除く
    13. 各省庁は内閣府が定める公共サービスのための一貫した管理情報を提供する
    14. 政策チームはデジタルツールと技術を駆使して一般の人々と関わりを深め対話していく
    15. 公共、営利団体および非営利団体など、セクターをまたがるパートナーと協力してオンラインサービスを人々に提供する協力関係を築く
    16. オープンデータを推進することにより、公共以外の新しいサービス構築とユーザーへの情報提供の改善を支援する

     これらのアクションはGDSにとっての今後の業務範囲の定義となります。Digital Efficiency Reportはこれらのアクションの基礎となっています。

    翌日、官僚のSir Bob Kerslakeは次のように書いています

    政府のデジタル化は幅広い利益をもたらします。政府のコスト削減と革新を推進し、国民にとって簡単で使いやすいサービスの提供を可能にします。私はデジタルが基本(Digital by default)を積極的に受け入れます。これはユーザーのニーズを満たすために行うべき正しいことというだけではなく、公共サービスに関わる人間にとって新しいやり方だからです。

    11月7日

    2012年11月時点のInside Government

    11月13日

     米国の仲間であるTim O’ReillyとJennifer PahlkaがGDSに初めて訪問*1

    11月15日

     Inside Governmentのローンチ

     これは長い移行フェーズのはじまりでもあります。各省庁で管理されていた何百もの古いウェブサイトをGOV.UKに移行させました。


    Inside Government

    11月26日

     Digital Leaders Networkが公式に発表されました。このアドバイザーグループ(政府機関の内外から構成)はシステム全体にわたって新しいガバナンスを構築して実行する上で不可欠でした。 彼らは後でGOV.UK戦略に同意し、それを元に各官公庁のデジタル戦略の開発を推進しました。Kathy Settleはその作業を指導する上で重要な役割を果たしました。

    12月10日

    Migratoratorの利用方法

     テクニカルアーキテクトのAnna ShipmanはGDSが開発したマイグレーションツール”Migratorator“について解説しました

    身元認証サービスの初期プロトタイプ

    12月13日

     改革チームについての短編映画。この時点ではまだまだ小さな規模でしたが、すぐに25の模範プロジェクトからなる組織になりました。2013年から2015年の間のGDSの新しいフォーカストなることが2013年1月のSprint 13で発表されることになります。

    12月14日

     GDSはLiam Maxwellが政府の最高技術責任者(CIO)としてGDSに参加すると発表しました。この人事に伴いIT Reform Groupが内閣府からGDSに移管されました。

    12月21日

     政府のAssisted Digitalの取り組みが発表されました

     同日18の官公庁がデジタル戦略を発表しました。Tom Loosemoreは次のように書いています:

    これまでではじめて、政府はデジタルの時代にふさわしいユーザーの期待を叶える集合的な野心を持つに至りました。

     前回に引き続き、イギリス政府のGovernment Digital Service(略称:GDS)が自らの組織とGOV.UKの成り立ちをブログ記事にした”A GDS Story“の翻訳です。

     今回は2012年の出来事。GOV.UKがベータ版から本番公開となります。繰り返し、繰り返し出てくるのが「ユーザー中心」の考え方と行動。これは本当に「言うは易く行うは難し」の代表例です。これがGOV.UKの成功のカギだと思います。単にデザインや開発技術を駆使したプロジェクトだったらこのような成功を収めていなかったでしょう。

     そしてデザイン原則、編集スタイルガイドや移行ツールなど基盤となるものを着々と準備するところがすごい。他にも読む人にとっていろんなところが参考になると思います。

    カタパルトスープレックスなかむらかずや

    関連記事

     

    *1:このエピソードはティム・オライリーの著書”WTF”にも書かれています。これがCode for Americaの話に繋がってたりする

  • Windows Vista開発で実際に何が起きたのか?|開発者の回想

    Windows Vista開発で実際に何が起きたのか?|開発者の回想

    ポスターにサインをするのがWindowsチームの伝統でした。この場合はDVDをイメージとしたポスター。リリースのパーティーが終わる頃には何百、何千ものサインがポスターを埋め尽くします

    この記事のポイント

    • 後付けではいくらでも言えるが、失敗を学びとして振り返ることが大事。
    • 巨大なエコシステムとレガシーに対応するのは時間がかかる。成功の犠牲。イノベーションのジレンマの典型。
    • 三年後を予測して開発しても、三年後にその通りになっているとは限らない。三年後を予測したプロダクト開発はもう時代遅れ。

    原文:”What Really Happened with Vista: An Insider’s Retrospective” by Ben Fathi

    必要のない体験を得ることはできない、必要とされるまでは。

     — Steven Wright.

    著者のノート:オリジナルの記事はこちらにあります。元々はドッグフーディングに関する自分のブログで発表したものですが、バズってたくさん読まれたためにMediumに再投稿することにしました。

      Terry Crowleyの注意深く書かれた記事(What Really Happened with Vista)を楽しく読みました。外から観察していて、Terryは元々はOfficeの部門で働いていて、 複雑な機能化に関して素晴らしい仕事をしました。そしてその仕事はWindows Vistaとお蔵入りとなったLonghorn projectにも引き継がれました。

     彼はプロジェクトを頓挫させた多くの問題を明示していて、私はここでその二番煎じをするつもりはありません。私は同じ事象に関して内部の人間からの視点を提供することがフェアだと考えます。Terryのように雄弁で緻密にはなることができませんが、何が本当に上手くいかなかったのか表面化してみましょう。Windows Vistaがリリースされてすでに10年以上の月日が経ちましたが、そこからの学びは今にこそ活きるものです。

     Windowsは野獣です。数千人の開発者、テスター、プログラムマネージャー、マネージャー、セキュリティー専門家、UIデザイナー、アーキテクトなどなど。それだけではなく、人事、採用担当者、マーケティング、営業、法務にそれを管理するマネージャーやディレクターたち。そしてこの全体がさらに何千ものパートナーにサポートされ、ハードウェアからデバイスドライバー、アプリケーションがプラットフォーム上に開発されていきます。

    マイクロソフトキャンパス内のサッカー場に集まるWindowsチームの航空写真

     組織的に言えば当時のWindowsはコア、サーバー、クライアントの3チームでした。コアチームは「配管 “Plumbing”」を作る役割です。全てのWindowsのバージョンと共有するカーネル、ストレージ、セキュリティー、ネットワーク、デバイスドライバー、インストールとアップグレードのモデル、Win32などOSのコアコンポーネントを開発します。サーバーチームはサーバー市場に必要な技術にフォーカスし、クライアントチームはWebブラウザー、メディアプレイヤー、グラフィックスにシェルといったデスクトップやコンシューマー向けの技術に責任をもちます。

     もちろん、組織変更もありましたが基本的なストラクチャーはWindowsの成長とともに組織が大きくなっても変わりませんでした。文化的にも組織的にもコアチームはクライアントチームよりもサーバーチームと近かったと言えるでしょう、少なくともVistaが出荷されるまでは。

     私が1998年のはじめにMicrosoftに入社した時、Windowsと言えばWindows NTでした。アーキテクチャーとしても、組織的にも、製品的にも。Windows 95のコアのほとんどは破棄され、Windows NTがラップトップからサーバーまで全てのWindowsに適用されました。2年後にWindows 95/98のコードベースは悪名高いWindows MEという最後のリリースに再構成されましたが、これは非常に小さなチームによって開発されました。ほとんどの開発者はWindows NTのコードベースに関わっていました。私はWindows 2000の全盛期からWindows 7の完成までの12年間、この野獣の腹のなかで過ごせたことは非常に幸運でした。

     私はストレージ、ファイルシステム、ハイアベイラビリティ、クラスタリング、ファイルレベルのネットワークプロトコル、分散ファイルシステムやそれらに関連する技術を開発するチームのマネージャーとして最初の7年間を過ごしました。その後、1、2年の間だけマイクロソフトのセキュリティーに関わりました。セキュリティーに関するWindowsの技術からアンチウィルスやパッチの緊急対応まで。この時期はWindows Vistaの終わり頃で、ウィルスやワームがWindowsを跪かせ、安全なソフトウェアとしてのマイクロソフトが市場で大きく打撃を受けていた頃です。

     最後の3年から4年はWindows 7の出荷時期で、私は全てのWindowsコアの開発を管理していました。つまりクライアントとサーバーチームが使う技術の「縁の下」全ての開発の責任を負うことになりました。Visutaが出荷された後、Windowsチームは職種によって構成されるようになり、と「トライアード(開発/テスト/PM)」が組織の全てのレベルの責任を持つようになったため、私は開発をリードし、そのほか二人がテストとプログラム管理をリードすることになりました。

     Windowsチームは歴史的に巨大で野心的なプロジェクトに取り組み、多くの場合にそれを捨て去ったり、別の目的で再利用するという歴史を繰り返してきました。最初の頃の例で言えば焼き捨てられたCairoプロジェクトで、一部だけWindows 2000の機能としてサルベージされました。

     私の控えめな意見では、Windowsリリースの最大の問題はリリースの遅れです。平均的にリリースは3年間かかりますが、そのうちの6から7ヶ月くらいしか新しいコードの開発には使われませんでした。それ以外はインテグレーション、テストと数ヶ月のアルファ、ベータ期間です。

     いくつかのプロジェクトは6ヶ月以上必要で、同時進行することで準備ができたらメインのコアコードにマージしました。つまり大きなピースとしては統合され、置き換えられているためメインのツリーは常に半分壊れた状態でした。Windows 7ではよい状態で動くコードであるために、もっと厳密に管理されていましたが、初期のリリースは月に不安定な状態が何日も続くことがありました。

     このような混沌とした開発の性質は「スケジュールチキン(他のチームも非現実的なスケジュールで結局は遅れるだろうと想定して自分たちのスケジュールも非現実的にすること)」の状態になる傾向にあります。つまり自分たちのコードは他の人たちよりもいい状態だろうと自分たちと周りを納得させ、あとは「磨き上げるだけ」ということで、完成した状態でチェックインさせてしまいます。

     三年のリリースサイクルでは、開発を始める段階でリリースするときに外部環境としてどのような競合状態になってエコシステムが存在しているのか知るすべはありません。リリースを延期させるはキャンセルまたはシベリア送りになります。シベリア送りの場合は引き続き他の組織からは見捨てられた機能を開発をして最終的には失敗プロジェクトとなることです。それでもチームや役員があきらめきれずに続けてしまうことがありました。私もいくつかのプロジェクトに関して個人的に責任があります。ことが終わった後の後知恵ではいくらでも完璧な予測ができます。

     それぞれのチームは自分たちのやることで忙しく、その他のコンポーネントやUIとのインテグレーションやテストはおざなりにしがちで、アップグレードのような厄介な問題は後回しにしがちです。そのためにみんなUIやアップグレードテストのために最後の最後に支援を得ようと躍起になることから、いくつかのチームがボトルネックとなります。

     開発中はいつでも複数のメジャーリリースとサイドプロジェクトが進行中でした。それぞれのチームが自分たちのコードベースの各段階に責任を持ち、それは結果的に「金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に」という傾向へと向かいました。遅れるチームはいくつかの理由で常に遅れるようになります。

     プロジェクトが完成に近づくにつれ、PMは次の要求を意識しはじめ、「金持ち」で「健康的」なチームは新しいコードの開発に着手しはじめます。しかし、ほとんどの「貧乏」なチームは現行のリリースに行き詰まります。特にテストチームは出荷までリリースから解放されることはなく、新しいコードはほとんどテストされることはありませんでした。「不健康」なチームは常に遅れ、現行リリースの最終調整によってさらに遅れることとなりました。これらのチームはチームの士気も低く、離職率が高いため、エンジニアたちは自分たちが書いていない理解不能な不安定なコードを引き継ぐことになりました。

     Vista/Longhornの期間において、私はストレージとファイルシステムの技術に責任を持っていました。つまりWinFSについてもです。当時はWindowsチームの姉妹チームであるSQLデータベースが主にリードをしていましたが。

     Bill Gatesは個人的にも細かい点においてまで大きく関わりを持ち、WinFSのPMとまでジョークで言われていました。数百人月(数千でなければ)のエンジニアリソースがこのプロジェクトに投入され消費されました。もしデータベースのクエリー機能とファイルシステムの非構造化データの機能が合わさって全く新しい「リッチ」アプリケーションを生み出す新しいプログラミングのパラダイムとなったとしたら。

     後付けで言えば、Googleが手際よくこの問題を解決しました。非構造化データをシームレスで高速なインデックスエクスペリエンスを実現しました。しかも、彼らはローカルディスクだけでなく、インターネット全体でそれを成し遂げました。さらに言えばその機能を享受するためにアプリケーションを書き直す必要すらありませんでした。WinFSが成功したとしてもそのメリットを享受するためにはアプリケーションの書き換えが何年も必要となったでしょう。

     Longhornがキャンセルとなり、その残り火からVistaがかき集められた時、WinFSはOSのリリースから除外されました。SQLチームによってさらに数年独立したプロジェクトとして進められました。その時にWindowsはインデックスエンジンが組み込まれ、検索エクスペリエンスがインテグレートされていました。コアでない部分でしたのでアプリケーションの変更も必要ありませんでした。そのためにWinFSの必要性はさらに薄まりましたが、それでもプロジェクトは続きました。

     Longhornにおけるセキュリティーに関するアーキテクチャー上の膨大な変更はWindows Vistaの一部として引き継がれました。私たちは急拡大するインターネットの世界からセキュリティーに関して大きく学び、その学びをOSのアーキテクチャーレベルで適応して顧客のために全体のセキュリティーを底上げしたいと考えていました。

     私たちはやるしかありませんでした。Windows XPはその成功の犠牲者となりました。使いやすさのためのデザインはインターネット時代のセキュリティーに必要な現実にそぐわないものになっていました。その対応をするということは、Windows XP Service Pack 2と同時進行で進めなければいけないということでした。Windows XP SP2はその名前から反してLonghornのかなりのリソースを吸い上げたものでした。

     私たちは次のOSのセキュリティーに関して後ろに戻ることはできませんでした。そのために、VistaはこれまでリリースされたどのマイクロソフトのOSよりも強固なセキュリティーを兼ね揃えていました。しかし、その過程でアプリケーションやデバイスドライバーのこれまで経験のない規模のエコシステムにおいて対応する必要がありました。顧客はアプリが動かないからVistaを嫌い、エコシステムのパートナーは対応する時間が少ないためVistaを嫌いました。Vistaは再生しつつあったAppleとの競争のために早くリリースする必要があったからです。

     いずれにせよ、このセキュリティー上の変更はサードパーティーにとってもアーキテクチャーの変更が必要でした。しかし、エコシステムのベンダーは過去のアプリに大きく投資したくありませんでした。いくつかのソリューションはデータ構造に変更を加えるという異例のアプローチをとったり、自分たちの機能を使うためにカーネルのインストラクションに変更を加えました。APIをバイパスし、マルチプロセッサーをロックすることで問題を引き起こしました。アンチウィルスのベンダーがこのようなアプローチを取りがちでした。

     私のマイクロソフトのセキュリティー責任者としての役割において、アンチウィルスベンダーに個人的にも何年もなぜカーネルのインストラクションとメモリ上のデータ構造に「パッチ」を当てることを許可しないのか、なぜそれがセキュリティー上のリスクになるのか、なぜ彼らは正式なAPIを使わなければいけないのか、Windowsカーネルに深く関わるレガシーのアプリをサポートしないのかを説明しなければいけませんでした。それらは顧客のシステムを攻撃するハッカーと同じアプローチです。私たちのアンチウィルスベンダーの「友人たち」は独占を利用して彼らの生きる権利を奪っているということで私たちを裁判で訴えました。このような友達と一緒でどんな敵が必要でしょうか?彼らは昔のやり方を変えたくなかっただけです。それがお互いの顧客のセキュリティーを犠牲にすることであっても。

     この頃、コンピューター業界では非常に重要なシフトがたくさん起きていました。インターネットの到来、モバイルの勃興、クラウドコンピューティングの出現、新しい広告ベースのビジネスモデル、ソーシャルメディアのバイラル、ムーアの法則の更新。オープンソースの人気はWindowsを襲う全方位攻撃の一つのファクターでした。

     大きく成功した企業では驚くに値しませんが、その対応はイノベーションのジレンマそのものであり、頑なに既存のシステムを累積的に改善していくのみでした。こオードがさらに追加され、複雑さが増し、エコシステムは大きくなり続け、それに伴い競争の先を行くことができませんでした。

     競合だけでは足りず、この頃は多くのエンジニアが何時間、何日、何週間、何ヶ月も司法省の代表者と企業弁護士と時間を共にしなければいけませんでした。反トラスト法における裁判の判決に従い以前のリリースにおいての既存のAPIを文章化しなければいけませんでした。

     純然たる現実としてWindowsのメジャーリリースが3年かかるというライフサイクルは市場の速度に対して遅すぎました。WinFS、セキュリティー、、マネージドコードはLonghornの巨大プロジェクトの一部であり、それ以外に何百ものより小さなプロジェクトが存在していました。

     数千人の組織と数億人の顧客がいるとき、誰でもそれぞれの意見を持っています。今後のタブレットやスマートフォンで動くOSはラップトップでも動くことが期待されます。データセンターで稼働するサーバーは”Powered by Windows”のNASでも稼働することが期待されます。当然ながらクラウドでのハイパーバイザー(HiperV)でも同様です。これらの要件は全てのセグメントにおいて同時に進もうとするチームを反対側に引き寄せました。

    Package

     Longhorn抜きでVistaを語ることはできません。Windows 2000/XPとWindows Server 2008 and Windows 7、そのリリース前後を見ることによってどのように業界が変わったのか。

     Windowsは自らの成功の犠牲者でした。様々な市場で成功し、その市場でOSのデザインに関する異なる、時として対立する方向に影響力が動きました。これらの異なる要求に答えるということは、全てにおいて完全に応えることはできないことでもあります。

     90年代に成功したアーキテクチャーは10年後に行き詰ることになりました。世界はより早く変化し、組織はそれになかなか追いつけませんでした。それらのトレンドに気づいていなかったのではなく、それに対応しようとしていました。しかし、比喩を使わせてもらえば、三年のリリース期間の間に二年間の妊娠をしているときに飛行機を急旋回することはとても難しいのです。

     つまり、三年、四年前に計画していたことは出荷するときには笑ってしまうくらい時代遅れで、時には大きく間違っていました。当時できたベストなことは簡潔なデバイスにフリクション無しに蓄積型のアップデートができるクラウド型のサービスだったかもしれません。その代わり私たちはリリースまでに多くの時間が必要なクライアント型のモノリスに機能を追加し続け、スピードが必要な時に速度を落としてしまいました。そして、昔の機能を以前のWindowsとのアプリケーション互換性という理由で削除はしませんでした。

     同じOSを十数年以上の長い期間数億のユーザー、数百万の企業、数千のパートナー、数百のシナリオに数十のフォームファクターをサポートし続ける。徐々に互換性の悪夢に気が付きはじめます。

     後から思えば、Linuxはこの観点でずっと成功しています。オープンソースコミュニティーとソフトウェア開発のアプローチは間違いなく解決方法の一つです。UnixとLinuxのモジュラー型でプラグ型のアーキテクチャーもアーキテクチャーの観点から大きな改善でした。

     組織は組織図をプロダクトとして出荷する。Windowsの組織も同じです。オープンソースはこのような問題はありません。

    The Windows “War room”, later renamed the “Ship room”.

     これに加えて、社内の組織的なダイナミックスと個性があります。私たちはそれぞれ好みの機能があります。私たちのエコシステムパートナーは新しいスタンダードの適応を求めてきます。彼らのソリューションをプラットフォームで明確にするために、特定のシナリオを実現するAPIを追加するために。私たちはみんな私たちの技術とアイデアが戦いに勝つ野心を持っていました。もし、次のWindowsのリリースに入り、数百の顧客がいれば。私たちは計画の会議やウォールームで戦う意義を信じていました。私たちには昇進して自分の影響力をチームの大きさを測るマネージャーたちがいました。

     開発とテストチームは常に対立していました。開発はコードをチェックインしようとし、後者は実際の顧客では起こりえないようなテストケースを作って優秀さを示そうとしました。社内のダイナミックスは複雑です。年に一回は組織変更があり、新しい組織のダイナミックに対応する必要もありました。

     これらは言い訳でも謝罪でもありません。そのような意図で書いていません。

    「私たちは間違えを犯したか?」

     はい、大いに。

    「私たちは意図的に間違った判断をしたか?」

     いいえ、私の知る限りでは。

    「ものすごく複雑で大きなエコシステムを持つ製品でしたか(少なくとも当時は世界で一番)?」

     はい、そうです。

    「もっといい仕事ができたはず?」

     はい、もちろん。

    「いまだったら違う決定をした?」

     はい、でも後付けではいくらでも言えます。いま知っていることを当時は知る由もありません。

    「私たちは落胆と後悔と共に振り返らなければいけない?」

     いいえ、むしろ学びを得るようにしたいです。同じ間違いをこれからのプロジェクトで犯すことはないでしょう。私たちは体験から学びます。つまり、次はまた別の間違いを犯すということです。間違えるのが人間です。

    解説

    この記事を書いたベン・ファシ氏はマイクロソフトの開発部門で長年リーダーシップをとっていた人です。日本では特にセキュリティー関連で知られているかもしれません。マイクロソフトを辞めてからはVMWareやCloudflareで活躍しました。

    一般的にWindows Vistaは失敗プロジェクトと言われていますが、これがなければWindowsのセキュリティーは停滞したままでした。成功と失敗を含め、ここでの学びは非常に大きなもので、多くの示唆に富むものです。

    日本の企業は相変わらず遠く先の未来を見据えて開発している気がします。それが来るかどうかもわからないのに。Windows Vistaが失敗した要因の一つがまさにこれです。この点において日本企業がWindows Vistaから学ぶことは多い気がします。

  • シンガポール金融管理局がブロックチェーンを活用する「プロジェクト・ウビン」を推進

    シンガポール金融管理局がブロックチェーンを活用する「プロジェクト・ウビン」を推進

    原文:”Project Ubin: Central Bank Digital Money using Distributed Ledger Technology” by Monetary Authority of Singapore

    「プロジェクト・ウビン」はペイメントと証券の決済に分散台帳技術(DLT)の活用を模索する業界とのコラボレーションです。DLTは金融取引の透明性と柔軟性を低コストで実現する可能性があります。このプロジェクトの目的はシンガポール金融管理局(MAS)と業界が実質的な実験を通じてDLTの技術と潜在的な利点をより理解することです。最終的なゴールは現在のシステムの代替としてデジタル中央銀行から発行するトークンをベースとした、よりシンプルで効率的なシステムの開発です。

    解説

    分散台帳技術(DLT)の代表例はブロックチェーンですが、ここではビジネス向けのブロックチェーン・プラットフォームのことを指しています。具体的にはLinux Foundationが立ち上げたHyperledger Fabric、R3がリードするコンソーシアムのCorda(コードはLinux Foundationに寄贈)、JPモルガンが展開するイーサリアムベースのQuorumです。

    ビジネス向けのブロックチェーン・プラットフォームにはメンバーシップ管理や関係者間のデータ交換、デジタル鍵と機密データの保護などがサポートされています。

    ここでは出てきませんが、送金手段としてはRippleも注目を集めています。

    第一段階:中央銀行が発行するシンガポールドル相当の国内の銀行間取引

     MASは2016年11月16日にブロックチェーンを活用した国内における銀行間取引の実証実験を行うため、DLT技術の会社R3とのパートナーシップを結び金融機関のコンソーシアムの立ち上げを発表しました。このコンソーシアムにはバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ、クレディ・スイス、DBS銀行、HSBC銀行、JPモルガン、三菱UFJフィナンシャル・グループ、OCBC銀行、R3、シンガポール証券取引所、UOB銀行が参加、BCS Information Systemsがテクノロジー提供パートナーとして参加しています。

     第一段階の成功が2017年3月9日に発表されました。デロイトにレポートの作成を委託、DTLが決済システムに最も適しており、プロトタイプで使われたデザイン原則についてまとめました。このレポート“Project Ubin: SGD on Distributed Ledger”(プロジェクト・ウビン:分散台帳上のシンガポールドル)は分散台帳技術(DLT)の紹介と開発されたプロトタイプの理解の促進を目的としています。

    第二段階とそれ以降

     シンガポール金融管理局(MAS)とシンガポール銀行協会(ABS)は2017年10月5日に分散化した銀行間取引による支払いと流動性節約機能を伴う決済の三つの異なるプロトタイプの開発に成功したことを発表しました。

     このコンソーシアムには11の金融機関とテクノロジーパートナー5社が参加しています。参加している金融機関はバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ、シティバンク、クレディ・スイス、DBS銀行、HSBC銀行、JPモルガン、三菱UFJフィナンシャル・グループ、CBC銀行、シンガポール証券取引所、スタンダードチャータード銀行、UOB銀行です。アクセンチュアがプロトタイプの開発と管理に任命されました。R3、IBMとConsenSysがCorda、Hyperledger Fabric、QuorumのそれぞれのDLTの技術支援の提供の提供、マイクロソフトがAzure Blockchain上でのプロトタイプ展開支援に採用されました。

     シンガポール金融管理局(MAS)とシンガポール銀行協会(ABS)は2017年11月14日にレポートを発表し、ソースコードと技術資料をApache Licenseバージョン2.0で公開しました。中央銀行、金融機関、教育機関、調査期間がこのオープンソースを活用して独自の実験、調査、イノベーションを推進することを奨励します。

    将来の展開

     すでに二つのスピンオフプロジェクトがはじまっています。一つはシンガポール証券取引所(SGX)による確定利付き証券の取引と決済のサイクルをDLTで効率化するプロジェクトです。もう一つは中央銀行のデジタル通貨を利用して国境を超えた支払いを行う新しい方法にフォーカスしています。

    解説

    DLTを使った実証実験は様々な国の政府や中央銀行が行なっています。日本も日本銀行・欧州中央銀行が共同でProject Stellaを行い、その結果を2017年9月6日に公表しました(なぜかPDF…)。Project StellaではHyperledger Fabricを使いましたね。金融機関がDLTを使った実証実験の文脈で「ブロックチェーンは有効」という場合、ブロックチェーンを代表とするビジネス向けのブロックチェーン・プラットフォームのことを指していることが多いと思います。

     

  • イギリス政府はどのようにデジタルサービスを展開したか(2010/2011年)チーム立ち上げ、アルファからベータへ

    イギリス政府はどのようにデジタルサービスを展開したか(2010/2011年)チーム立ち上げ、アルファからベータへ

    ざっくり言うと

    • 偉い人のエアカバー大事。GOV.UKの場合は当時の内閣府大臣のフランシス・モード(Francis Maude)。GDSがかなり自由にやれたのはこの人のおかげ。ここには書いていないけど、当時のイギリス政府の課題の一つは増え続けるコスト。フランシス・モードはこのプロジェクトを通じて実はかなりコスト削減をしている。つまり、GDSをサポートする動機がフランシス・モードにはちゃんとあった。
    • 最初は16人のアルファチームでスモールスタート。このあとイノベーションラボ方式でスケールする。外からチームを招集して内製化。
    • アルファから一般公開。フィードバックを初期からとる。ユーザーリサーチ大事。一貫した行動を取るための原則がはっきりとあったのがGDSの強み。だからデザイン原則はかなり早い時期から形になっていた。
    • 8週間で最初のサービスをローンチ。すっごくアジャイル

    原文:”A GDS Story 2010” and “A GDS Story 2011

    2010/2011年|2012年2013年2014年|2015年

    イントロダクション

    GDSに訪れる訪問者に最もよく聞かれる質問は以下の三つ。

    • どうやってはじまったんですか?
    • どうやってここまで来たんですか?
    • どうやったら私たちの政府/チーム/組織は同じことができますか?

     これはこれらの質問に答えようとする試みです。これは慎重に組織の記憶をくみ出すことでもあります。わたしたちは常に自分たちのデザイン原則を信じています。そのひとつに「オープンにして、改善する」があります。これは私たちのスタート地点とこれまでの道のりについてのオープンな物語です。

    一つだけ注意点

     このストーリーは網羅的ではありません。物語のすべてではありません。そのためタイトルは “a story”であり “the story”ではないのです。間違いや抜け漏れなどいろいろと問題もあるでしょう。なにか不具合を見つけたら私たちに連絡してください。

    2010年

    2011年のDirectgovホームページ

     「英国デジタルチャンピオン」に任命されたMartha Lane Foxは当時の主要政府のウェブサイトであるDirectgovのレビューを行うよう依頼を受けました。彼女はTom Loosemoreを含むチームを招集しました。また、すでに独自の調査を行っていたコンサルティング会社のTransformも参加しました。

     Directgovに取り組んでいるチームは何百ものウェブサイトを閉鎖する野心的なプロジェクトにすでに取り組んでいました。数年後、Sarah Ricards(後にGOV.UKのコンテンツデザイン担当ヘッドになる)は次のように書いています

    私と素敵なチームがすべてのルールを守れば、決して何もなしえなかったでしょう。私たちは個人的な関係を使い一丸となって働き、上から跨いだり下を潜ったりしました。やれることすべて。ピカピカに光ったものができた?いいえ。素晴らしいものができた?いいえ。前よりいいものができた?はい。DirectgovがなかったらGOV.UKをローンチできなかったでしょう。

    10月14日

     Martha Lane Foxは当時の内閣官僚だったFrancis Maude宛てに手紙を書きました。その手紙で「進化ではなく革命を」と要請しました。

    私はDirectgovだけを切り出してレビューしません。政府がインターネットを活用して国民との会話ややりとりを改善すること。インターネットへシフトすることにより大幅に効率性を改善する一環と捉えています。

    この手紙がきっかけとなりGDSが設立されることとなりました。

    11月

     Martha Lane FoxsのFrancis Maude宛の手紙と彼の返信Transformによるサマリーとともに公開されました。

     官僚のChris Chantが責任者としてこの新しい組織の責任者に任命され、GOV.UKアルファ計画を立てました(この時点では、プロジェクトは「alphagov」と呼ばれていました)。 Chantの任命は翌年の2月まで正式には発表されませんでした。Tom Loosemoreはチームづくりを任されました。Chantは彼に「キミが必要とする人材を集めよう」と言いました。そして、アルファを構築するチームを探しはじめました。 早い段階で、David MannNeil Williams(後にGDSでGOV.UKのヘッドになる)に声をかけました。

    12月

    GOV.UKナビゲーションバーの初期ワイヤーフレーム

    GOV.UKにある10 Downing Streetページの初期ワイヤーフレーム

     クリスマスの直前、ホワイトホール向かいのデジタル人間達が仕事の後にランバート・ノースのパブに集まり、実際にMarthaのビジョンをどのように実装するかを議論しました。そのうちの2人、Neil WilliamsとWill Callaghanはワイヤーフレームのモックアップで考えを図案に落とし込んでいきました。

    2011年

    1月

     最初のアルファチームがウォータールー駅の近くの政府ビルHercules Houseに集められました。Tom Loosemore、Richard PopeDavid MannJamie Arnoldです。

    2月

     2月からさらに多くのメンバーが参加しました。James StewartJames WeinerPaul AnnettRelly Annett-BakerLisa ScottBen GriffithsMatt PattersonJoshua MarshallHelen LippellRussell GarnerPeter Jordanです。

    March

     アルファチームの仕事がはじまりました。Tom Loosemoreがブリーフィングをしました。「閣僚達に”この中のどれかが欲しい”と言わせるものを作る」

    初期のGOV.UKアルファのマインドマップ

     チームは壁にプロジェクトのマインドマップを描きました。

    Richard Popeによる初期スケッチ

     Richard Popeによるこの初期のスケッチはチームのアイデアが後期のものとどれほど違っているのかを表しています。そしてDirectgovとも大きく異なっていました。このスケッチでは、ページの上部にバナー広告風のCTAスペースがあると想定されていました。ページの多くのスペースは中央の検索窓が確保し「あなたのしたいことはなんですか?」という大きな見出しがありました。初期段階の名前は”ukgov.gov.uk”でした。

     リチャードはFlickrに数百点のスケッチをポストしました

    ユーザーニーズを書いた付箋紙を壁に貼り整理する Photo: Richard Pope

     数週間のアイデア出しとプロトタイプの後、チームは野心的でありすぎることを認識しはじめました。最初のアプローチはあまり適切ではなかった。Richard Popeは「もっと適切な方法を取らないといけない」と主張しました。ユーザーのニーズを優先しないといけない。そこでアルファのスコープを100人のユーザーのニーズに絞り込むことにしました。100人のユーザーニーズを付箋紙に書き、壁に分類しました。

    3月15日

     Government Digital Serviceについての公での初めての小さな告知。「Directgovとそのほかの小さなチームを統合した新組織」

    3月29日

     alphagovプロジェクトが公式に発表された。Tom Loosemoreが責任者(Foreign and Commonwealth OfficeにおけるHead of DigitalのJimmy Leachの助けを借りて)。 ブログで率直な宣言がなされました:

    通常「アルファ」は公開されません。そのあとの「ベータ」ではじめてドアが開けられます。今回はユーザーからの実際のフィードバックを得るためにとても急進的なアプローチをとります。

    4月

     5回目のスプリントに入りアルファチームは作業量と人手不足に苦しんでいました。 アルファが公開された後にJamie Arnoldはこの問題について書きました

    私たち(あるいはむしろ私)はすべてを正しくできていなかった。スプリント5が終わる頃にExcelを閉じて英国王立動物虐待防止協会に逃げ込む準備ができていました。

     チームが完全に集まってからメンバーリストを発表しました。

    4月7日

    アルファのプロトタイプ。パスポート紛失のときの報告ページ。

     これが最初に公開されたアルファの画面。The Daily Telegraphで報じられる

    4月28日

    アルファチームのオフィスに貼られたデザインルール

     Richard Popeは「少ない労力で」「すぐにやれることを見つける」「統一性ではなく一貫性」など、最初のデザインルールに関するブログ記事を書きました。これらは後にデザイン原則の基礎となりました。

    5月9日

     アルファチームのメンバーであるDavid Mannが政府横断のデジタルプロジェクトについて書きました。そしてそれはGDSがはじめての試みでないことも指摘しました

    私たちのプロジェクトは官公庁の広い支持者とともに進める文化的ムーブメントです。よりアジャイルで反復検証するユーザーのニーズに基づくデジタルプロダクトの開発を追求します。

    5月11日

    ローンチ時のGOV.UKアルファページ

     アルファのローンチ(予定より1日遅れ)

     オリンピックスタジアムの写真がのちに追加されました。「西海岸な感じ」を出すようにと言われていました。ゴールは当時の他の政府系のウェブサイトとは根本的に違ったものを作り出すこと。

     反応は概ね好意的でした。しかしいくつか批評もありました。Leisa Reichelt(後にHead of User ReserchとしてGDSに参加)はユーザーエクスペリエンスのリーダーを雇っていないと批判しました(他にもありましたが)。

    ユーザーエクスペリエンスの実践者として、残念ながらうんざりとした気持ちです。エンドユーザーを中心におくとか、政府のニーズや要望よりもユーザーニーズを優先させるとされてきましたが、口だけで実行されていません。他のプロジェクトが参考にすべき点はあまりありません。

     数週間後、Tom Loosemoreはブログで彼の考えについて書きました

     プロトタイプは12週間で261,000ポンド(約4000万円)で開発されました…従来の枠を外した実験的プロトタイプ(またはMVP: Minimum Viable Product)です。社内のチームがオープンかつアジャイルな方法で作業し、ユーザーのニーズを設計のコア プロセス。 これは新しいアプローチではありませんが、まだ政府全体では非常に斬新なアプローチです。

    初期GOV.UKアルファの財務省ホームページ

     もう一つのアルファページ。これは財務省のホームページ。 部門別のニュースはTwitterフィード風になっています。

     Paul Annet(アルファチームのデザインリード)はブログで当時考えていたビジュアル言語について説明しました。また奥付リストツールを作りました。

     アルファはその目標(プロダクトとしての完成ではなく)としていたポイントを達成しつつありました。その点で成功と言えました。数週間で次の段階がはじまります:ベータ。

    5月20日

    Mike Bracken

     内閣府のExecutive Director for DigitalとしてMike Bracken公式に発表されました

    この役割は責任範囲はDirectgovの最高責任者、政府期間をまたがるデジタル改革のリード、デジタルエンゲージメントと透明性のためのディレクターの仕事の一部が含まれます。彼は政府の最高執行責任者(COO)であるIan Watmoreを上長とし、内閣府でGovernment Digital Service(GDS)の100人以上のスタッフを統括します。

     その舞台裏ではGDSが形を作りはじめていました。ベータのスコープの定義をはじめました。

    GOV.UKベータのマインドマップ

     前回のアルファと同様に壁にマインドマップを描くことからはじめました。

    7月

    Hercules Houseの床に敷き詰められたユーザーニーズ Photo: Jamie Arnold

     GOV.UKベータはDirectgovと並行しての作業でした。それを置き換えるまでは。(GOV.UKをDirectgovと置き換えることはJames StewartとEtienne Pollardによってコーヒーを飲みながら2012年の早い時期に決められました。この日は第二候補でした。第一候補の日は政党会議のシーズンだったのです)

     すべてのユーザーのニーズをインデックスカードに書き出して床一面に広げました。それ以外にこれほど多くのニーズを広げてカテゴリー分けと優先順位付けの作業をする広さがある場所はありませんでした。

     Sarah Rishardsはコンテンツデザイナーがどうして必要で、どうやってその役割を作ったかを2016年のブログで説明しています

    デジタルコンテンツは単なる文字ではないことが私にとって熱意となりました。コンテンツが人々が許可されている以上に多くのことができることを政府は理解する必要がありました。ターゲットとするユーザーが情報として消費できることがコンテンツを絞り込むベストの方法です。そのコンテンツとはツール、電卓、カレンダーやビデオかもしれません。コンテンツは文字ではなく意味を持つコンテンツです。そして私たちは英国政府のために「コンテンツデザイナー」という役割を作ることを決めました。

    7月4日

    「オープンなコーディング」アプローチの最初の兆候が現れました。それは後にJames Stewartのブログ記事で説明されています

    7月29日

    e-Petitionsの2011年のオリジナルイメージ

     GDSは最初のプロダクトをローンチしました:オンライン嘆願サービス。これはアジャイル手法で8週間で開発されました。ちょとした使い切りのプロジェクトで自分たちの力を示すいい機会でした。この請願サービスは2015年にGDSと議会チームの協力の元にアップデート、再構築しました。

     同じ日にMike Brackenは最初のブログを書きました。それはGOV.UK Verify(認証サービス)となる仕事を示唆するものでした:

    これまでの学びの二つ目は政府のサービス全体に利用できる認証の重要性です。市民としてユーザーとしてデジタルサービスについて地方政府のものなのか国としてのものなのかはわかっていますが、その責任部門はあまり意識されません。政府をまたがるデジタルサービスの準備するにあたりこのユーザー行動を原理とすることを3週間に渡り繰り返し考え続けました。

    8月

     Mike Beavenが夏にチームに加わりました。彼の最初の仕事は再編成です。新しくなったGDSで人と役割をマッピング。ほとんどのスタッフは新しいチーム内の仕事に再就職しなければなりませんでした。

    GOV.UK初期ベータ

    GOV.UKベータ。これはStatutory Sick Pay (SSP)のページ

     8月に参加したもう一人はChris Thorpe。戦略的思考を行い閣僚への説明を担当しました。”Trust, users, delivery”というタグラインは彼によるものです。

    8月10日

     David Rennieは後にGOV.UK Verifyとなる身分証明プロジェクトを紹介しました

    デジタル時代に信頼関係を築くためのより良い方法が必要です。長いユーザーリストや映画の名前よりいいセキュリティー確保の方法が必要です。GDS身分証明プログラムを通じてこれらの問題に取り組みます。

    8月11日

    GOV.UKのベータが正式にブログで発表されました

    alpha.gov.ukからの学びに基づいて開発し、さらに積み残された多くのギャップも埋めていくつもりです。これまでになかった最も使いやすくアクセスしやすい公共のウェブサイトを作りたいと考えています。単に「アクセス可能」というボックスをチェックするだけでは不十分です。誰にとっても使いやすく、実際に使われるものではければいけません。

    ベータには3つの目標がありました:

    • 市民に対するコンテンツ配信としてのパブリックベータ(内部的に「メインストリーム」と呼ばれる)
    • 新しいパブリッシングプラットフォームとしてのプライベートベータ(各政府機関のスタッフがGOV.UKのページを追加したり管理したりする)
    • GOV.UKのビジュアルアイデンティティと明確なユーザーエクスペリエンスを提供する「グローバルなエクスペリエンス言語」を開発する

    9月19日

    Needotronは内部で使われているユーザーニーズのトラッキングツール。この画面ではタイトル、更新日、名前と優先順位を表示している。

     Richard PopeがNeedotronについて書きました。これは何百ものユーザーニーズと、それを満たすであろうページとページの形式を追跡する内部ツールです。

    10月

    Chris ChantPhoto: Paul Clarke

     Mike Brackenの任命前にGDSの暫定責任者だったChris Chantは今では有名となった「容認できない」演説を政府研究所で発表したしました。これが、その現状の公共におけるITを批判したスピーチの一部です。

    私は12ヶ月以上契約を締結するのは今の時点では全く受け入れられないと考えます。このITの世界において2年前にiPadが出ることを予測できませんでした。それでいて2年、3年、5年、7年さらに10年後まで予測できると考えているのです。まったくのナンセンスです。まったく容認できません。どのようなシステムを所有し、どれくらいコストがかかり、そもそも使うかどうかもわからないのに。

     そしてGDSのブログにこの問題をどう直していくのかを書きました

    11月

    Aviation HouseでのGDSチーム Photo: Jamie Arnold

     GDSはHolbornのAviation Houseの6階にある新しいオフィスに移りました。

     Ben TerrettとRussell Daviesがチームに加わりました。Benは小規模なデザインチームを率いて、それを拡大していきました。彼はガーター勲章を訪れ、GOV.UKで王冠を使用する許可を求めました。そして許可されました。

    11月4日

     当社は身分証明プログラム(Identity Assurance Programme)のために1,000万ポンド(約15億円)の資金を発表しました(これは後にGOV.UK Verifyとなります)

    11月10日

     Chris Chantは中小企業(SME)を招いて政府との対談の場を設けましたGDSと協力してすべてのITサプライヤーが広く競争力を高める方法について話しました。これは後にデジタルマーケットプレイスの一部となりました。

    12月1日

     Emer ColemanがDeputy Director of Digital EngagementとしてGDSに参加しました。

    12月8日

     すでに1年間ほど作業しているのですが、GDSの正式な組織としての「オープン」がこのブログで発表されました

     GDSはオープニングイベントを主催し、プレスを招待しました(イベントの写真)。記事は非常にポジティブでした:

    この記事はイギリス政府のGovernment Digital Service(略称:GDS)が自らの組織とGOV.UKの成り立ちをブログ記事にした”A GDS Story“の翻訳です。

    GDSの取り組みはこれまでいくつか取り上げてきました。日本でGOV.UKみたいなことできないよなあ……なんて思わず考えてしまうすごい取り組みの数々。でも、当然ながら一日でできることではないですよね。最初は小さな一歩でした。それを積み上げていって今があるんですよね。

    プロジェクトはここから加速的に大きくなっていきます。官公庁や政府機関のWebサイトを合わせると膨大な量のコンテンツとなります。それを彼らはどうやって変革していくのでしょうか。

    カタパルトスープレックスなかむらかずや

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  • 中国の人気ブロガーが2017年の中国重大事件を振り返る

    中国の人気ブロガーが2017年の中国重大事件を振り返る

    原文:中国2017社会热点大事记 by 月光

     2017年ももうすぐ過ぎようとしています。この一年間、私たちはともに世界中の様々な出来事の証人となりました。この一年、雄安新区が立ち上がり、高速鉄道『復興号』が世界最速を手にしました。この一年、東京都中野区で起きた江歌事件では一人の母親を悲しみの中に取り残されました。携程。紅黄藍幼稚園での児童虐待疑惑では多くの子供たちが傷つきました。年末が近づいています。今一度カレンダーを開き直してみましょう。一緒に多くの事件が起きた2017年を振り返りましょう。

    解説

    雄安新区(ションアンシンチュー):河北省の複数の行政区域にまたがる新しい経済特区。北京と天津の間に位置し、東京都とほぼ同じくらいの大きさ。「一帯一路(イーダイイールー)」構想と並び習主席が力を入れる政策。

    復興号(フーシンハオ):中国の新幹線。これまでの世界記録は日本の東北新幹線の時速320キロだったが、2017年9月に中国の復興号が時速350キロを記録して世界一に。

    携程(シエチェン|Ctrip):中国の旅行サイト。Booking.comとかエクスペディアとか楽天トラベルみたいなもの。

    2月:ロッテボイコット事件

     2017年2月28日、ロッテグループと韓国国防省が協議に署名。星州に所有していたゴルフ場をTHAADために提供しました。これが中国で強烈な不満を引き起こし、一気にボイコットにつながりました。中国国内9店舗が閉鎖に追いやられ、毎月の損失は1000億韓国ウォン(日本円で100億円)に上りました。中国の国家観光局は韓国行きの旅行に「行き先は慎重に選ぶように」と警告を発表しました。

    解説

    韓国のロッテの中国名は乐天(ルーティエン)(日本の漢字では楽天)なので、日本の楽天もこのボイコットのとトバッチリを受ける。

    5月23日:GoogleのAlphaGoが囲碁世界王者の柯潔に勝利

     2017年5月23日から27日にかけて、GoogleのAlphaGo Masterと囲碁の世界王者の柯潔が対戦しました。DeepMindの紹介によると、最新版のAlpha Go Masterは前回のAlphaGo Lee(李世乭と対戦したバージョン)にハンデつきで勝てるそうです。試合の結果、AlphaGoは軽々と3連勝。その後、中国5位の一流之后和中国で五人の超一棋手のとの団体戦でもゲーム中盤で勝利を確定。専門の棋手たちとAlphaGoの対戦では人類とは全く違う独特の棋風と同様に予測がつかない棋力に強烈な印象を与えました。

     AlphaGoは人との対戦がないので、AlphaGoの生みの親であるデミス・ハサビスは人間との対局はこれで最後と宣言。AlphaGoの棋力がアマチュアレベルから世界一位になるのに2年程度しかかかりませんでした。

    AlphaGoに敗れた柯潔

    解説

    なんでこのニュースが中国のニュース?と思われる方もいるかもしれません。このAlphaGo Masterと柯潔の対戦は囲碁の発祥地である中国の浙江省烏鎮にあるインターネット国際会展センターで行われました。Googleの中国再進出のためと言われています。この後にGoogle AI China Centerが発表されました。現在、Googleは中国でAI人材の採用に力を入れていて、新入社員で年収56万中国元(日本円で約970万円)の高待遇で迎え入れています。

    6月:相次ぐ中国人女性の海外失踪事件

    北京大学深圳研究院の修士の章莹颖さん失踪事件:2017年6月9日午後、客員研究員としてイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に交換留学していた章莹颖(チャン・インイン)さんが失踪。アメリカ連邦調査局(FBI)は27歳の男性を容疑者として逮捕。FBIは章莹颖さんはすでに死亡している可能性があると発表。

    福建省の女性教師危秋洁さん失踪事件:2017年7月26日、福建省邵武市(シャオ・ウーシ)の小学校の国語教師の危秋洁さんが北海道旅行中に失踪。8月27日、現地の警察が北海道釧路市の海岸で危秋洁さんと思われる遺体を発見。司法解剖の結果、溺死と判定されました。現地の警察は危秋洁さんは自殺の可能性があると発表しました。

    深圳大学の女子大生、罗琬璐さん失踪事件:2017年7月29日、深圳大学情報工学科本科生の罗琬璐(ルオ・ワンルー)さんが単独で香港に行き、突然友人との連絡が途絶える。すでに海外で連続して女性の失踪事件が二件起きていることから、この事件はソーシャルメディアで大きな注目を集めました。マスコミは我先と争い、尋ね人として本人の写真を大量に公開しました。これにより8月1日の午前に多くのネット民が新聞の記事を取り上げ意味のない情報が多く行き交いました。しかし午後になって事件は突然に恥ずかしい神のドンデン返しを迎えることとなります。香港メディアの報道によると、この深圳大学の女子大生の失踪当日、屯門時代廣場のManningsBonjourの二店舗で窃盗をしていました。合計金額2400香港ドルの化粧品と薬を盗もうとして、職員に見つかり警察に報告されました。禁錮14日の判決を受け、于罗湖刑務所に服役していました。その後、本土に送還されました。

    6月13日:シェアバイク崩壊の潮流

     2017年6月13日、悟空单车の倒産からシェアバイク倒産連鎖がはじまりました。シェアバイク提供の終了を発表しました。6月21日に3Vbikeが大量の自転車が盗難にあったと発表。3Vbikeのシェアバイクは2017年6月21日から休業。8月の初旬には町町单车が死亡宣告し三件目の倒産となりました。2017年9月には酷骑单车、小鸣单车と小蓝单车が預金を差し押さえられ、スタッフの給料支払い遅延。11月には酷骑、小鸣、小蓝など数社が相次いで倒産。

    放棄される自転車

    7月6日:乐视网の贾跃亭が「来週には帰国」

     2017年7月6日、贾跃亭(チャ・ユエティン)が乐视网(ルシーワン)の董事长を含む全ての役職を辞して、突然中国を離れアメリカへ。その理由は乐视网ビジネスの自動車事業の融資のためと説明。アメリカに長期延滞して中国に戻らない贾跃亭は裁判所からの信用を失い、銀行口座、株式、不動産を全て凍結されました。12月25日に北京証券監督局は2017年12月31日前までに帰国するよう通告しました。実際に企業を切り盛りしている人は協力してこの問題を解決すべきですね。

    乐视网の創業者チャ・ユエティン

    解説

    乐视网(ルシーワン|LeTV):中国の動画サイト。格安スマートテレビやスマホも販売。資金難による経営の行き先が不安視されていました。ちなみに2018年1月頭現在でまだ帰国してないようです。

    9月7日:WePhone創業者の苏享茂さん自殺事件

     2017年9月7日、中国のソフトウェア開発者の苏享茂(ス・シアンマオ)さんが北京の自宅マンションから飛び降り自殺をしました。彼は遺書を残し、前妻の翟欣欣(ジャイ・シンシン)さんから1000万中国元と不動産を渡すように脅迫されていて、その資金のため絶望して自殺したと書いてありました。メディアの報道がインターネットでの議論を巻き起こしました。ネット民は翟欣欣さんに対して人肉搜索を行い、北京交通大学を卒業し大学院の学位を持つ。キャンペーンガールなどの仕事をし、数回の離婚経験を持つこと、数年に数億中国元の利益を得ていたことを突き止めました。

    疑惑の翟欣欣さん

    解説

    苏享茂さんは無料電話アプリのWePhoneの創業者として知られています。

    人肉搜索(レンロウソウスオ):ネット民による調査。日本でも2ちゃんねるとかでやってますよね。ネットだけでなく、人力も使うから「人肉」なんだそうです。

    11月8日:トランプ大統領が万引きの疑いのあるバスケットボール選手3名のために嘆願

     2017年11月8日,アメリカのトランプ大統領が訪中の際に、アメリカUCLAのバスケットボール選手三名(リアンジェロ・ボール[レイカーズのロンゾ・ボールの弟]、コーディ・ライリー、ジェイレン・ヒル)チームで中国の杭州での試合参加の時に、ホテルの隣のルイ・ヴィトンでサングラスを万引きした疑いで逮捕。その後、トランプ大統領が恩赦を求め釈放され帰国することができました。三名はロサンゼルスに到着後に記者会見を開き、中国国民に謝罪し、トランプ大統領に感謝の意を表明しました。

    解説

    トランプさんもTwitterで「UCLAの三名の選手はちゃんと”トランプ大統領ありがとう”と言えるよな。十年間刑務所暮らしのはずだったんだぞ!」とつぶやいていましたが、ちゃんとお礼を言ってもらってよかったですね。

    11月9日:中国証券監督管理委員会が女優ヴィッキー・チャオを処罰

     女優ヴィッキー・チャオ(赵薇)は万家文化の買収のため30.6億中国元(約527億円)を計画、自己資金6000万中国元(約10億2000万円)、銀行からの借り入れ15億元(約255億円)でさらにまだ手に入れていない万家文化の株式担保でさらに15億元を借り入れました。なんと楽しい51倍ものレバレッジ。最終的にこれは失敗に終わり、中国証券監督管理委員会(証監会)から処罰されることになりました。

     2017年11月9日、証監会が《行政处罚及市场禁入事先告知书》を発表。夫である黄有龙とヴィッキー・チャオの行為は市場に重大な損害を与え、中小の投資家の信頼を損ない、市場の公平性、公正性、公開性に影響を与えたとしました。証監会は黄有龙と赵薇に警告を与え、それぞれ30万元(約510万円)の罰金と5年間証券市場での投資活動を禁止を言い渡しました。

    解説

    この事件は「パラダイス文書」が発端だと言われています。アリババのジャック・マーの名前もあったそうですが、ヴィッキー・チャオだけやられちゃった感じですね。

    11月21日:「インターネットの皇帝」鲁炜の更迭

     2017年11月21日、中国共産党の中央規律検査委員会は「党中央宣伝部前副部長の魯煒(ルー・ウェイ)が重大な規律違反の疑いで取り調べを受けている」と発表しました。

     中央政府が魯煒の重大な規律違反の嫌疑の発表ニュースの後の発表。国家インターネット情報弁公室(网信办)が会議を招集しました。以下その声明の抜粋

    魯煒はかつて网信办の責任者でした。しかし彼は深刻なまでに党の原則から逸脱し、网信办を政治的に汚染しました。組織と幹部のイメージを著しく傷つけ、党が推進するインターネットの健全な発展を危機に陥れました。二面性を持つ典型的な人間です。会議では国家インターネット情報弁公室とその幹部は魯煒と完全に関係を絶っていると強調しました。完全に网信办およびその関連組織の魯煒の悪い影響を排除します。

     鲁炜は2013年5月から2016年6月までインターネット検閲部門のトップでした。ニューヨークタイムズの中国語版は鲁炜を「中国インターネットのゲートキーパー」と呼び、2015年4月には「何百万人がインターネットで何を見るかを決める権利」から、鲁炜は2015年の雑誌《时代周刊》で「最も影響力のある100人」にも選ばれました。

    インターネットの皇帝と言われた鲁炜

    解説

    鲁炜(ルー・ウェイ)は「网络沙皇(ワンルオシャーフアン)」インターネットの皇帝と言われていた人物。「インターネット安全法」でネット掲示板の管理者の実名登録を義務化たり、インターネットで厳しい検閲体制を敷いた人。中国国内でもインターネット規制は評判が悪いので、このニュースを単純に喜んだ人も多いのでしょうね。江沢民派に近い人で、今回の件も習近平の江沢民派排除の一環と言われています。新華社副社長時代の汚職も理由の一つと言われています。まあ、理由はなんとでも後付けできるんでしょうが…

    11月22日:红黄蓝幼稚園の児童虐待疑惑

     2017年11月22日、北京市朝阳区管庄にある红黄蓝幼稚園(新天地分園)のインターナショナルクラスの子供達が教師に針で刺され、成分のわからない白い薬を飲まされたとして子供の体に針穴がついた写真を公開しました。22日午後、8名の親が管轄内の警察署に事件を報告。北京市公安局が即時に介入捜査をしました。11月23日にはネット上で多くの噂が飛び交い、短時間でホットなトピックとなり、ネット民の関心と憤りを誘発しました。

     11月28日、朝阳区の警察は河北省出身で22才の女性教師は何人かの児童が寝ないため、縫製針を使った規律指導をしたとして虐待の嫌疑で刑事勾留されました。ネット上では与えられたとされる薬の写真が出たり、児童猥褻などの作り話まで流れました。幼稚園で働く男性職員には単独で児童に接触する条件がなく、薬の利用には厳しい条件がありました。別の問題として監視カメラのハードディスクが破損していました。113時間の動画を復旧し鑑識を行なった結果、児童に対する虐待は発見されませんでした。

    解説

    この事件は英語メディアでも取り上げられていました。最終的に児童虐待の証拠が見つからなかったとのことですが、実際はどうなのかモヤモヤする結末。

    12月20日:法政大学中国人研究員刺殺事件

     2016年11月3日、日本の法政大学に通う中国人研究生の江歌(ジアン・グー)さんが友人の刘鑫(リュウ・シン)さんの元ボーイフレンドの陈世峰(チェン・シーフェン)にナイフで刺され死亡。江歌さんの母親である江秋莲さんは微博で殺人犯である陈世峰と刘鑫さんの関係を公開。刘鑫さんがナイフで刺されるのを庇って自分が殺されたとして、ネットの世論の関心を引き寄せました。针对刘鑫さんをターゲットとして疑問の声が多く上がりました。少なからぬネット民が刘鑫さんが「無関心」で「見殺しにした」としました。2017年12月、陈世峰は脅迫と殺人の罪で東京の地方裁判所で起訴され、懲役20年が言い渡されました。

    www.sankei.com

    business.nikkeibp.co.jp

    これまでカタパルトスープレックスでは主にアメリカとヨーロッパの情報を日本語で提供してきましたが、今年からはできるだけ中国語の情報も日本語で提供していきます。

    これはどの言語でも言えることですが、なるべく一次情報に触れることが大事です。日本にいる「中国通」の多くが中国に駐在している日本人からの情報を頼りにしていたり、以前に駐在していたけれども何年も現地の情報には触れていないことが多いと感じています。現地から直接鮮度の高い情報を受け取ることが大事です。

    中国語は英語に比べるとあまり得意ではないのですが、日本に帰ってきてからあまり使う機会がなく錆びついてきてはいけないと感じて一念発起しました。間違ってたら優しくTwitterで教えてください。

  • 米国証券取引委員会の暗号化通貨とイニシャル・コイン・オファリング(ICO)に関する声明

    米国証券取引委員会の暗号化通貨とイニシャル・コイン・オファリング(ICO)に関する声明

    米国証券取引委員会の見解のポイント

    • ICOにおけるトークンは「通貨」ではなく「証券」
    • 暗号化通貨/トークンが「証券」なのか使い方に依存する
    • SECはICOに反対しているわけではなく、その将来的な価値は認めている

    原文:”Statement on Cryptocurrencies and Initial Coin Offerings” by EC Chairman Jay Clayton, December 11, 2017

     世界のソーシャルメディアや金融市場は暗号化通貨とイニシャル・コイン・オファリング(ICO)について騒いでいます。富を築いた話や夢が実現した話があります。私たちは「今回こそ違う」という聞き慣れたフレーズを聞きます。

     暗号化通貨とICOマーケットは急速に成長しています。マーケットは地域的で、国家的で、国際的でこれまでにないプロダクトや参加者を巻き込んでいます。また投資家やその他の参加者に多くの疑問を投げかけています。新しい疑問、古い疑問、新しい形をした古い疑問です。

    • このプロダクトは合法なのでしょうか?投資家を守るルールのような規制の対象になるのでしょうか?このプロダクトはそのようなルールに則っているのでしょうか?
    • このような提供方法は合法なのでしょうか?プロダクトを提供するライセンスは必要ないのでしょうか?
    • このマーケットは公正なのでしょうか?価格は操られてないのでしょうか?売りたいときに売れるのでしょうか?
    • ハッキングなどで盗まれたり無くなったりする潜在的なリスクはあるのでしょうか?

     これらを含む重要な質問に答えるには深い分析が必要です。そして、答えは様々な要因によって変わってきます。この声明は主に二つのグループを対象に暗号化通貨とイニシャル・コイン・オファリング(ICO)についての一般的な見解を提供します。

    • 「メインストリート」の投資家
    • 「メインストリート」にインパクトを与えるブローカー、投資アドバイザー、取引所、弁護士や会計士などマーケットの専門家

    解説

    メインストリートはウォール・ストリートに対する言葉。ウォール・ストリートにいるプロの投資家や機関投資家、対してメインストリートは年金基金を含め投資をする一般的な人の集まり。ICOに関わる人たちは主にメインストリートなんでしょうね、こうやって最初に出てくるということは。そういう意味では弱者保護の観点でこの声明が出されていると言えなくもない。

    メインストリート投資家の考慮する点

     暗号化通貨とイニシャル・コイン・オファリング(ICO)に関して少なからぬ懸念が上がっています。現在の運用において私たちの伝統的な株式市場と比べて投資家に対する保護があまりなく、詐欺や操作の可能性も低くありません。

     投資家は現時点においてICOが証券取引委員会(SEC)に一つも登録されていないことを理解すべきです。同様にSECも現時点において証券取引できる暗号化通貨や暗号化通貨と関連するアセットを含む商品(ETFなど)を登録、許可をしていません。もしそうではないという人がいたら、用心深くあるべきです。

     私たちは投資家に暗号化通貨とICOに関する警告、速報、声明を送りました。中には有名人がマーケティングに関わっている件を含め。どうか、それらに目を通してください。もし投資をするのであれば、質問をして明確な答えを求めてください。役に立つ質問リストを添付します。

     どのような投資であろうと、売り手がリターンを保証したり、あまりにもうますぎる話だったり、すぐに行動を起こすように焦らせたりする場合、特に注意してください。投資したお金が消えてしまうリスクがあります。

     また、このマーケットは国境をこえ国をまたがり多くの取引はアメリカの外にあるシステムで行われていることもあります。あなたの投資は知らないうちに国外に渡っていることもあります。その結果としてリスクは増大します。例えばその国のSECのような組織が効果的に悪徳業者を取り締まることも、ファンドを回復することも難しいでしょう。

     このマーケットについて詳しく知りたい方は、下の「暗号化通貨、ICOと証券規制に関する追加議論」のセクションをよく読んでください。

    マーケット専門家の考慮する点

     私はICOは(それが証券であるかに関わらず)起業家にとってイノベーションプロジェクトなどを含み効果的に資金調達する手段だと考えます。 しかし、証券を含むそのような行為は私たちの証券に関わる法律が要求する情報公開、プロセス、投資家保護が伴わなければいけません。証券の形が変わるからといって、証券が取引される際の基本的なポイントが変わるわけではありません。したがって、法律に準拠する必要があります。別の言い方をすれば、中央で記録された伝統的な企業の利子台帳とブロックチェーンで記録された分散台帳は取引の形を変えますが、本質を変えるわけではないということです。

     私は証券取引を専門とする弁護士、会計士、コンサルタントなどマーケット専門家達に私達のレポート (21(a) Report)とそれに伴う強制措置を精査するよう強く求めます。この21(a) Reportにおいて委員会は歴史ある証券に関わる法律の原則に基づき特定のトークンは投資契約であり証券に該当するため、連邦の証券に関わる法律が適応されるとしています。特にトークンの提供は一般的な企業に対する金銭による投資とみなされ、企業的、運営的な努力によって利益が得られることが期待されます。

     21(a) Reportの発表後、自分たちが関わるICOにおいてトークンまたはコインが「証券」 ではなく「利用料」として色合いが強いと主張するマーケット専門家が現れました。多くの主張は経済的実質ではなく形式を重視するものです。トークンを「ユーティリティトークン」とよんだり、利用料としても使えるようにしても証券であることに変わりはありません。企業努力による潜在的な利益が強調されているトークンとその提供は引き続きアメリカ合衆国の法律の下においては証券としての顕著な特徴を持っています。これらの件について専門知識の適応や判断が求められるとき、私は証券関連の弁護士、会計士などの専門家がゲートキーパーとしてその職務に専念することを期待します。私は投資家保護(特にメインストリートの投資家保護)のために法、プロセス、情報開示義務にといった原則に従うことを強く希望します。

     また、私はマーケットの専門家に売り出す前にコインの販売が証券に関わる法律に該当するかどうかを確認するよう忠告します。証券を売るにはライセンス必要です。取引量の少ない商品や揮発性の高い商品の過度な売り込みは売り逃げや風説の流布など情報操作や詐欺のサインです。同様にこれらの商品を運用するシステムやプラットフォームについても1934年証券取引所法に違反する登録のされていない交換所やブローカーでないか確認するよう注意を促します。

     暗号化通貨について私は2つのポイントを強調します。ひとつ目は暗号化通貨は証券だということです。「通貨」と呼ばれたり、「通貨ベースの商品」と呼ばれていてもです。暗号化通貨や複数の暗号化通貨を組み合わせた商品を売る場合、提供者はその暗号化通貨が証券ではないことを証明するか、証券に関わる法律に準拠しなければいけません。ふたつ目に、顧客への暗号化通貨の販売で利益を得たり証券としての取引を仲介するブローカーなどの市場への参加者はこれらの取引が反マネーロンダリング規制や身元確認(KYC)義務に違反していないか注意をする必要があります。 先に述べたとおり、私はマーケットの参加者にあたかも現金のように暗号化通貨での支払いや取引されるように扱うべきです。

    暗号化通貨、ICOと証券規制に関する追加議論

    暗号化通貨

     暗号化通貨は大まかにいって固有の価値を有するアイテム(例えば現金やゴールドのように)で、支払い、販売などファイナンシャルな取引ができるようにデザインされています。アメリカドル、ユーロ、日本円など長きにわたり確立された通貨のように機能することを意識していますが、政府や中央銀行などの後ろ盾がありません。暗号化通貨のデザインと管理は異なりますが、暗号化通貨の支持者はその潜在的な可能性と将来性について主張しています。(1) 仲介者なく国境をこえて取引ができる能力 (2) 決済のファイナリティー (3) それ以外と比べて低い取引コスト (4) パブリックに取引を確認する能力です。そのほかに個人の匿名性と政府の規制や監視のない点が暗号化通貨の機能としてよく宣伝されています。暗号化通貨に批判的な人たちはそのような機能が不正な貿易や金融取引に使われる可能性や言われているようなメリットが実際には享受できない可能性を指摘しています。

     暗号化通貨は証券ではなく、その提供と販売はSECの範疇にはないと言われています。その通説が正しいかどうかは暗号化通貨と呼ばれる特定のデジタルアセットの特徴と使用方法に依存します。いずれにしても、SECはアメリカドル、ユーロ、日本円での証券取引の影響にフォーカスしているため、同じ興味と責任を暗号化通貨にも有することは明白です。これは暗号化通貨での支払い、投資、クレジット利用を可能にする証券会社やその他の市場参加者にも適用されます。

    ICO

     暗号化通貨の大きな成長とともに、企業や個人はICOによって資金調達を行うケースが増えています。通常は個人投資家がアメリカドルのような通貨と引き換えに「コイン」または「トークン」といわれるデジタルアセットと交換によって提供されます。

     これには様々な提供形態があり、その保持者の権利と利子は大きく異なるといわれています。ICO市場に参加する人にとっての重要な質問は「このコインやトークンは証券ですか?」です。証券に関する法律家がよく知るように、答えは事実によって異なります。例えば、ブッククラブの参加を意味するトークンは証券に関わる法律の範疇外でしょうし、ブッククラブの運営者がそのファンドを使って本を購入してトークンを持つブッククラブのメンバーに提供することができるでしょう。対照的に多くのトークン提供はこのような範疇を超えて作者、本、流通ネットワークを兼ね揃えた出版社を作ることに似ています。トークンの販売者が第二のマーケットでのトークンの取引の可能性を示唆している場合は特に問題です。購入者はトークンの持つ価値が上昇する可能性を売り込まれ、その価値が上昇したトークンを第二のマーケットで売却することで利益を確定したりすることです。これは証券と証券提供の顕著な特徴です。

     全般的に見てICOのストラクチャーは証券の提供と販売とみなすことができ、証券に関わる法律に従い証券規制の必要条件を満たし投資家保護を行わなければいけません。一般的にこれらの法律は投資家に何に対して投資し、どのようなリスクがあるのかを明らかにします。

     私は証券取引委員会の法律施行局に引き続きこの分野の監視をし、証券に関する法律に反するICOを厳しく取り締まるよう伝えました。

    結論

     私たち米国証券取引委員会は資本形成の促進にコミットしています。暗号化技術やICOがベースとしている技術は破壊的であり、変革的であり、効率化を促進することが証明される可能性があります。私はフィンテックの成長が資本形成を助け、機関投資家もメインストリート投資家も同様に投資機会を提供するものだと考えます。

     私はメインストリートの投資家にその機会にオープンであることを推奨します。しかし、よい質問をして明確な答えを求めましょう。そして常識と照らし合わせて見ましょう。クライアントにアドバイスをするとき、金融商品をデザインするとき、取引に関わるとき、マーケットの専門家とそのアドバイザーは法律、規制、ガイダンスを注意して検討しましょう。証券の法律のフレームワークとなる原則は80年にもわたり新しいものに対応してきました。私はマーケットの参加者とアドバイザーに証券取引委員会のスタッフと積極的に関わり彼らの証券に関わる法律の分析に協力することを推奨します。SECのスタッフは FinTech [at] sec.gov宛てにメールをください。

    解説

    アメリカの証券取引委員会はICOに関してはかなり規制を強めています。この声明の少し前にICOを行なっていたPlexCorpsにICOを停止する緊急命令・資産凍結を発表しました。そして、この声明の同日にSECによってMuncheeもICOを阻止されました。一方でこの声明の中にあるブッククラブの例にもあるように、全てのトークン提供が証券に当たるわけではないようなので、ガイドラインの整備が急がれますね。

    なお、この翻訳は「善きサマリア人」として提供している参考訳です。なるべく正しい訳を心がけていますが、ビジネスや投資などでこの参考訳を利用することはオススメしません。本当に知りたい人は専門家に相談してくださいね。以上ディスクレイマーでした!

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  • ブロックチェーン上の最初の住民登録がクリプトバレーで行われる

    ブロックチェーン上の最初の住民登録がクリプトバレーで行われる

    原文:”First official registration of a Zug citizen on Ethereum

     2017年11月15日にプレスが見守るなか、スイスのツーク市*1にてブロックチェーン上で最初のデジタルIDによる住民登録が行われました。ツーク市はクリプトバレーとしても知られています。

     この夏にツーク市とパートナーシップを結んでからブロックチェーンに住民IDを登録するパイロットプログラムを開始しました。これにより投票や住民登録など公共サービスのデジタル化が大きく前進します。

     2017年6月からuPortプラットフォームを改善し、スイスのパートナーであるti&mとこの公式なローンチに向けて作業をしてきました。政府がブロックチェーンを使うことで市民に対してデジタル認証を提供できることを実証するとても大きな第一歩となります。

     デジタル市民は市民と政府機関との間の信頼を高めるだけでなく、公共サービスを大幅に改善する機会となります。ツーク市では2018年の春に電子投票を提供する予定です。非常にエキサイティングな時期です。

     では実際にツーク市での最初の公式な電子認証がどのように行われたかを見ていきましょう。

    ステップ1:ツーク市民はuPortアプリをダウンロードし、uPort IDをイーサリアムのブロックチェーンに登録します。この世界的にユニークな識別子はパブリックアドレスになります。パブリックアクセスはuPort Proxy Contractと呼ばれるスマートコントラクトです。

    イーサリアムブロックチェーンにIDを入力した後のuPort IDホームスクリーン

    ステップ2:QRコードをスキャンすることで新しく登録したuPort IDを使ってツークデジタルIDのウェブポータルにログインします。

    QRコードをスキャン

    ログインリクエスト

    ステップ3:ツークデジタルIDでログインした後に個人情報と既存のツークID番号を入力します。個人情報はまだ未確認のuPort IDから登録されているため、ツーク市役所での対面による個人確認が必要になります。

     

    完了ステップ

    ステップ4:登録した人は14日以内にツーク市役所のレコードオフィスで公式なIDを持参して登録を確定します。

    完了画面

    ステップ5:レコードオフィスではツーク市の職員がuPort IDを使用して管理ポータルにサインインします。承認されればuPort IDに市民としてのデジタル証明が発行されます。このデジタル証明はツーク市により公式に認められ、ツーク市の市民であることが公式な証明となります。こちらがそのプロセスをまとめたビデオです。

    vimeo.com

     これはイーサリアムコミュニティーにとっても重要なイベントです。ここ2年間に力を入れてきたことが実現しはじめています。uPortで技術的知識に関係なくすべての人がブロックチェーンIDを利用できるようにするために使いやすさの向上に努めてきました。

     ツーク市とのパートナーシップは自己管理ができる真にグローバルなIDシステムの実現に向けた大きな第一歩です。そして、その最初の日を迎えられたことにとても興奮しています。

    解説

    インターネットはデータのネットワーク。ブロックチェーンは価値のネットワークです。ブロックチェーンを中心とした新しい波をWeb3.0と呼ぶのはこの大きな違いのためです。

    価値をネットワークでやり取りするわけですから、送る先が本当に本人なのかという認証はすごく大事なんです。ただでさえ「振り込め詐欺」みたいなことがあるわけですから。企業だけでできることではなく、行政や金融機関などを巻き込んでいかなければいけません。DIFのような標準化団体もできてきています。

    uPortはそんなブロックチェーンの個人認証でも最先端を走っている企業の一つです。クリプトバレーと言われるスイスのツーク市で最初のブロックチェーン上の住民登録を実現したのはさすがとしか言いようがありません。この記事は具体的な方法を説明したブログ記事”First official registration of a Zug citizen on Ethereum“の翻訳です。

    カタパルトスープレックスなかむらかずや

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    *1:スイスのツーク州の基礎自治体。税率が低いために多くの多国籍企業が本部を置いている。最近はクリプトバレーとして 知られている。

  • フィンテック革命が失敗した理由

    フィンテック革命が失敗した理由

    Verizon、AT&TとT-Mobileが2010年に共同で立ち上げたモバイルペイメント。その名も『ISIS』…いや、マジで。その後、こっそり『Softcard』と名前を変えて2015に終了。

    原文:”Fintech, a Failure?” by Jake Fuentes

    ソフトウェアは世界を飲み込む」という宣言がされた2010年にはモバイルとクラウドの波がすべて変えてしまうのではないかと思えた。交通やホテルやその他多くの産業をテクノロジーが混乱に落とし込み、シリコンバレーは次の獲物を探していた。ノロマな60兆円の王冠をかぶった怪物。それが銀行業界だった。

     この獲物は十分に熟れて食べごろに見えた。サービスが普及しているにもかかわらずユーザーから非難されている徹底的に老朽化した固定費の高い産業。 更にリーマンショックから回復したばかり。銀行の過ちが大きく経済を後退させたのをみんなが目撃したばかり。時は来た。シリコンバレーは動きはじめ、VCはテクノロジーを使ってファイナンスを変革するスタートアップを追い求めた。そしてフィンテックが生まれた。

     その7年後の現在。SquareStripeがペイメントでブームを巻き起こし、WealthfrontBettermentが投資管理に挑戦し、テクノロジー業界はBitcoinに夢中になっている。しかし、アメリカのリテールバンクの領域はそのまま手付かず。むしろ、もともと強力だった伝統的な金融機関はより強力になった。一時期もてはやされたLending ClubProsperは苦戦している。勝者は確かに存在するが、テクノロジーは本当の意味において銀行に革命を起こさせていない。フィンテックは既存の銀行をぶち壊すのではなくパートナーとなることを選び、VCの投資もより有望な分野に移りつつある。

     ひょっとしたら成功すべきスタートアップは現れてないだけなのかもしれない。それにしても、当時に描かれた夢の2017年と現実の2017年はかなり違う。当時の神託は実現されていない。モバイルペイメント、オール・デジタル・バンキング、新しいクレジット・モデル、真に包括的な金融システムが実現されるだろうと。そのビジョンが完全に荒れ果てているわけではないものの、なぜ期待されたディスラプションを(まだ)起こせないのか考察する価値はある。

    預金口座とパーソナルファイナンス:サプリ問題

    評価: F (もちろん主観的なもの)

     まず自分の会社からはじめよう:Level Moneyは予算管理アプリとしてはじまった。ユーザーが自分のお金を「大人のおこづかい」として簡単に管理できる。Level Moneyは銀行の新しいフロントエンドとして使用できると考えた。シンプルなUIを維持しながら、金融商品をアプリケーションに組み込んでいった。そして次世代の銀行を作る上で「これはサプリなのか?クスリなのか?」という根幹的な問題にぶち当たった。自分たちは病気を治すクスリを作ってるんだと納得させようとしたが、実際に作っていたのはサプリだった。サプリは毎日のめば長期的なメリットがあるけど、クスリみたいに病気のときにすぐに必要なものじゃない。

     銀行はたしかに好かれてなかった。それでもSimpleMovenDigit、Check、Level Moneyといったのアプリはサプリ問題に繰り返し繰り返しぶち当たった。ユーザーは銀行を変えたいという潜在的な願望を持っているかもしれない。でも、それを明日に延ばしても死ぬわけじゃない。ファイナンスの透明性を望んでいるかもしれないけど、現状を維持することが最大の抵抗だったりもする。解決策を売り込むために問題があるんだと説得しなければいけないなら、それはすでに負け戦と言える。

     いまのところ、この分野で成功したスタートアップはまだない。数多くのスタートアップだけでなくPayPalですら挑戦したにもかかわらず。

    ローン:ファストワールドのスローマネー

    評価:C

     銀行はどっちにしても口座でお金を稼ぐわけではない。ローンのために口座であえて損をしている。ローンは銀行の儲けの源泉であり、新しいデータソースを使った貸出には大きな改善が期待できそうだった。そこでLending ClubProsperSoFiAffirmなど多くのスタートアップが参入した。

     私たちが後に学んだように、この分野のスタートアップが直面する基本的な課題は時間。新しいプレイヤーにとって競争上の優位性は悪い貸付と良い貸付を見分けられること。それは貸したお金が数年後にちゃんと返済されないと証明できない。そして、モデルが証明されるまでは、急速に成長しないように注意しなければならない。これは爆発的成長とそれに伴う利益に慣れたVCやスタートアップ業界にとってイライラすることだ。

     さらに、信用はマクロ経済の信用サイクルに大きく依存する。私たちは何年もの間、信用の高い環境にいて、この分野にとってそれはいいことだった。でも、市場が変われば、それはまったく別の話。

    ペイメント:ぶっちゃけカードで困ってない

    評価:B-

     ペイメント領域には特筆すべきいくつかの明るいスポットがある:Square、Stripe、Venmoは大きな波を作った。業界はSquareのモバイルでのカード支払いを、VenmoのP2Pを慌てて滑稽な形で真似をした。

     しかし、祝福をする前にペイメント領域がそもそも抱いていた野心を思い出そう。金融サービスのすべての分野のうち、モバイルデバイスがペイメントを支配はずだった。モバイルペイメントは(それが涙で終わるまでは)明るい未来だった。数え切れないほどのスタートアップがハイプに乗っかって激しくクラッシュした(Clinkleを覚えている?)。 Googleウォレットが何回も再起動して、そのたびに失敗した。アップル – あの全能のアップル! – ですらモバイルペイメントの広がりを加速させていない。ペイメントには多くの進歩があったけど、フィンテック時代の神託を実現するには至っていない。

     大小にかかわらず多くの企業がモバイルペイメントに挑戦したが、イライラするほど変化がなかった。理由はシンプルで、やっぱりサプリ問題。電子決済は現金よりも優れている。ただモバイルデバイスでの決済はカードをスワイプするよりも大きく優れているわけではない。SquareとStripeはお店がカードを受け入れやすくした。Venmoは人から人への支払いでも同じことをした。でも、Googleウォレット使ってTargetで5%安く買い物ができる程度では染み付いた習慣を変えることはできない。人は技術が新しいとか、洒落ているとか、哲学的に優れているから新しい技術を使わない。あとから考えてみれば当たり前なんだけど、いつもそれを忘れてしまう。

    投資管理:ロボアドバイザーの時代

    評価:B+

     フィンテックの中でも目立つ動きがあるのが投資管理。Wealthfrontが2008年に設立され、投資領域は根本的に違って見えるようになった。ロボ・アドバイザーは高い報酬の割にパフォーマンスの低いファンドマネジャーに宣戦布告をして、上場投資信託が支配していたパッシブ・マネジメントに波を起こした。同時に、Robinhoodは取引手数料に攻撃を仕掛けた。Robinfoodは300万人のユーザーを獲得している(E*Tradeは360万人)。

     それでも、ロボ・アドバイザーは米国で182億ドルの資産を管理しているに過ぎない。大きな額であるものの、20兆ドルの個人投資家の総資産からするとまだ少ない。 変化には常に時間がかかる。ファイナンスの世界はさらに足が遅い。たとえロボ・アドバイザーが市場を拡大しても、底辺への競争の価格体系は長期的な収益性の問題となるかもしれない。しかし、少なくとも部分的には強力なテクノロジーからの挑戦で伝統的な業界に本当の変化が起きていることは確か。

     テクノロジーは金融サービスを諦めたわけではない。ただFintechに対するVCの投資は冷え込んでいる。確立されたCredit Karmaのような企業は新しい分野に進出しており、AspirationUpstartErninのような新しい企業にも期待は持てそうだ。ただ、これからの足が重くなるであろうこともこれからの経験から学ばないといけない。本当にローンのような分野に一撃を与えたいならVCドルは苦手なことをしなければいけない:待つこと。市場はモデルを証明するのに十分に長い時間をかけて重い足取りを進む起業家を支援する必要がある(ローンに関してはMax Levchinがその人だろう)。

     世界がクリプトカレンシーやその他の技術に注目するにつれ、初期のフィンテックから学ばなければいけない。いいカナヅチを持っていると全てがクギに見えてくる。わずか数年前、そのカナヅチはクラウドコンピューティングとモバイルデバイスだった。そしてそれは一巡した。みんな次の獲物を探している。次の波を見逃したくないから、シリコンバレーは「こいつは全てを変えちまう」という物語に乗っかってしまいがち。でも、時自分たちは間違っていることが多いということを忘れてはいけない。現状を変えるために必要があるのか製品の良さを割り引いて考えないといけない。素晴らしい成功を祝うだけでなく、なんで間違ってしまったのか。次のハイプに乗る前に。

    解説

    前に”Bank 3.0“という本を読んだ。Movenの創業者のBrett Kingが来たるべき銀行の新しい姿を描いた本。その前にアフリカでMペサがあって。うわ、すげーっ!て思って。ああ、フィンテックってちょっと前まではこういうのだったよなあ。そうだ思い出した。フィンテックは銀行を飲み込むはずだったんだ。そうか、あれがフィンテック1.0だったのか。この記事を読んでそんなことを考えていました。

    この記事はLevel Moneyの元共同創設者でCEOだったJake Fuentes氏が自らのスタートアップを含めたフィンテック1.0の失敗について書いた”Fintech, a Failure?“の翻訳です。ここで描かれるアメリカのフィンテック事情は日本とちょっと似てる。まあ、日本がアメリカのスタートアップを追っかけてるってことでもあるんですが。Squareを追っかけてるCoinyとかWealthfrontやBettermentを追っかけてるWealthNaviTheoとか!

    いまはクリプトカレンシーに注目が集まるフィンテック2.0なのかもしれません。ここにはないけど送金サービスのTransferwizeなんてめっちゃ成功してるし。日本は日本で後追いしてるだけでなく、独自の動きとかもあります。Cashなんていい例ですよね。中国やスウェーデンではペイメントを中心に独自な発展がありますし。また盛り上がりそうなフィンテック。だからこそ、立ち止まって振り返ることも大事。彼が共有してくれている失敗から多くを学ぶことができると思います。成功より失敗から学ぶことの方が多いのですから。

    カタパルトスープレックスなかむらかずや

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  • 子供にやさしいクルマの自動運転をデザインする

    子供にやさしいクルマの自動運転をデザインする

    ハロウィーンの仮装をした子供を認識するクルマ (Google)

    原文:”Child-Friendly Autonomous Vehicles” by Leslie Nooteboom, Nov 14, 2017

     2017年11月7日にWaymo(元Googleの自動運転プロジェクト)*1がアメリカはアリゾナ州フェニックス近郊で完全自走車の公道テストを開始したことで、クルマの自動運転が主流になることが日々現実化していきます。「トロリー問題*2」以外にも多くの課題を解決する必要があります。

     現時点で多くの自動運転システムは特殊な状況に対処するのに十分な環境認識をすることができません。通常の道路利用者に関しては学習されていますが、それでも時には自動車が「フリーズロボットの問題(何をするにもリスクがある状況における対応)」を経験します。自動運転のクルマのインタラクションが安全で効率的であることを確実にするには、業界が特定のシナリオ毎に取り組んでいく必要があります。自動運転のクルマと子供との関わりはその中でも特に重要なシナリオの一つです。

     アメリカにおける子供の死亡事故の主な原因の1つは交通事故です。クルマの自動運転はこれを大幅に改善する可能性があります。しかし、子供の認識は大人とは異なるコンピュータビジョン分析とインタラクションが必要となります。この課題はまだ解決されていません。

    一般的な認識

     道路安全、交通工学、交通システムを専門とする研究者であるEleonora Papadimitriou博士は、「渡るか、渡らないか」の判断は道路の種類、交通量、交通管制から大きく影響を受けると述べています。博士は歩行者が道路を横断する上での三つの行動要素を見出しました。「リスクを取る人と最適化」、「保守的な公共交通ユーザー」と「歩行者の喜び」です。この研究は歩行者が道路で「なぜ」「どのように」行動をするのかを理解する上でとても重要な要素です。

     子供の歩行者の交通事故を具体的にみていきましょう。UAB Youth Safety LabのディレクターDavid C. Schwebel博士は同様の要因を示す研究結果を発表しました。大部分の子供の歩行者の傷害は中央ブロックと視界の悪い道路状況で起きています。事故は一般的に「ダートアウト」の状況で起きます。ダートアウトとは子供がオモチャやペットを追いかけるために何も考えずに道路に入ることです。子供が出現することを予期できる環境です。危険ではないと判断してしまう子供の判断ミスはもう一つの事故原因です。実際には安全ではないのに道路に入ってしまう。子供の脳の知覚的および認知的経験不足がこの問題の原因です。

     子供と交通の関係を見るときに、環境だけでなく人間の行動の文脈も考慮に入れる必要があることを二つの研究は示しています。

    トロリー問題の例 (Iyad Rahwan/Popular Mechanics)

    環境

     次のシナリオを考えてみましょう。ボールが通りに転がります。人間の運転手はこの状況を把握するための目を持っています。脳の後頭葉で状況を視覚的に目の前で何が起こっているのかを処理します。その結果としてボールが道路に転がっていることを理解します。

     自動運転のクルマの場合、私たちの目の機能はビジョンセンサーの品質に依存することとなります。カメラの視覚奥行きデータは環境を識別するのに十分高い能力がある必要があります。そして基本的なビジュアル処理を行わなければいけません。視覚の範囲に人がいるか、歩道はどこか、他のクルマが来ているか、視界を妨げているものがあるか、道路に転がっているあの丸い物体はなんなのか。このようなプロセスを実際に実行するためには何年もの研究が必要で、人間が環境をどのように認識できるかに徐々に近づいていっています。

     クルマのセンサーと処理能力でボールが道路に転がっていることがわかりました。次に何が起こるでしょうか?このステップで意思決定が行われます。ボールの経路を予測し、クルマの進路に入る時間を計算します。多くの計算を迅速に行う必要があります。私たちの人間の脳はニューロンのリンクを作り、その状況から子供が飛び出して来る可能性を判断します。自動運転のクルマは予期せぬ状況に対応するために訓練されなければいけません。ボールだけでなく、フリスビー、ドローンなど様々な状況が考えられます。最初の判断は不意な事象には減速することです。そして、子供が姿を現したらクルマの歩行者検出アルゴリズムによって認識されなければいけません。

    Redball Art Project (Jeremy F/YouTube)

     道路に飛び出そうとしている人が大人なのか子供なのかを判断するのも非常に難しいです。身体のサイズとそのほかの相対的な大きさを測るのは一つの方法です。James W. Davis博士が「子供と大人の歩行スタイルの視覚的分類」で説明している別の興味深い方法があります。歩幅の長さと周期の特性から93-95%の確率で大人と子供を見分けました*3。これらの研究でクルマに関して扱っている問題は子供についてだということです。

     これらはクルマのソフトウェアにとって必要であり困難な進化です。自動運転のクルマが人間のドライバーよりも安全であるためには、人間の脳の処理スピードの3/4秒以内に状況全体を理解する必要があると考えています。クルマが街の環境を理解し、子供を認識し、子供の行動を理解する必要があります。それにはコンピューターの視覚技術だけではなく身体運動科学の観点から子供を認識するスマートな方法が必要となってきます。

    子供の行動

     子供の道路での行動は大人とは異なります。同じ研究論文で、Schwebel博士は人間が交通の理解と、その状況に対応する技能がどのように発達していくのかを説明しています。大人の歩行者の事故原因は主に視界が悪い夜に歩くこと、酔って歩くこと、歩きスマホなど集中せずに歩くことです。子供は知覚能力や認知能力は大人ほど発達していません。子供の歩行者の事故で考慮すべき要因は不注意、気性、性格と社会的影響です。 この中のいくつかの要素はコンピューターから認識できるもので、NVIDIAの「co-pilot」には「不注意」を認識する仕組みがあります。視覚センサーを利用することでいくつかの子供の特性を理解することができます。

     Hugo H. van der Molen博士は1981年に「歩行者としての子供の交通への露出:事故と行動」という論文を発表しました。そこでは行動を関数とイベントダイアグラムに分割して「ソフトウェアプログラマブル」になっているところが興味深いです。考慮すべき要因とされているのは子供の個人や社会や環境といったパラメータ、そして子供の交通と行動です。この論文は道路での子供の行動の非常に詳細に解説しています。しかし、1981年に書かれたものなので道路状況は大きく異なります。私たちは自動運転も考慮に入れたこの研究の現代版が必要だと考えています。クルマの自動運転の歩行者に対する反応を分析する研究はいくつかありますが、子供に焦点を当てた研究はまだありません。

    フォードとヴァージニア工科大学によるクルマのコミュニケーションの実験 (Wired)

    反応

     自動運転のクルマがボールが近づいてくるのを認識して速度を落とし、子供を認識できるまでに発達したとします。クルマは環境と人間を理解した後にどのような行動を取るかを決める必要があります。危険な状況では緊急停止を行う必要があります。すぐに危険はないものの、子供が何をするのか完全に理解できない場合は待たなければいけません。その子供自身も何をしていいかわからずに歩道で立ち尽くしている状況もあるでしょう。もしクルマが過度に安全性を重視した設定になっていればかなり長い時間待つことになります。Berkeley AI Lab実行委員会のAnca Dragan氏はこのようなフリーズロボットの問題を「人間が最悪の行動を取る場合クルマが何をするにも事故のリスクがある」と説明しています。クルマは子供が姿を消すまで待つしかありません。

     クルマがとるべき最初の反応はより丁重なモードの変化であり、大人と比べて子供にはより慎重な対応をすることです。例えば減速する、距離を取るといった人間のドライバーの本能的な行動です。子供のためのよりフレンドリーな運転アルゴリズムを実行することとなります。

     クルマの意思決定ツリーにレイヤーを加えることは一つの方法です。子供が大人とは違う行動を取るのであれば、クルマも違う反応をするはずです。下の図では緑色は子供の場合の反応の選択肢を表しています。子供であれば二つのアクション。より注意深く運転し、子供に関するデータベースを利用して歩行者に対処する。これでより安全な環境を作り出し、子供への対応をより正確に判断することができます。

    クルマの子供に対する対応レイヤー

    コミュニケーション

     コミュニケーションは新しいチャレンジです。大人は道路規制を学び、知覚的および認知的なシステムを訓練することで交通を理解する時間がありました。子供はまだこの経験や訓練を十分に受けていません。子供はクルマの運転手とコミュニケーションすることができます。「行っていいよ」といいう手の仕草や軽いホーンは子供でも理解できます。親が子供にいいことをしたら褒め、悪いことをしたらしつけるように。上の図で青がこのようなコミュニケーションとなります。

     たとえドライバーがいなくとも子供はクルマとコミュニケーションが取れ、理解できなければいけません。それには最も基本的なコミュニケーションに戻る必要があります。子供にとって視覚と聴覚はクルマが何をするかを最も理解しやすい合図です。おそらく、クルマには特定の感情やジェスチャーを示すための顔が必要です。もしくはクルマの外部にスピーカーを加えてAmazon Alexaのような音声制御機能を持たせる。GoogleUberは歩行者とのコミュニケーションついて特許を申請しています。まだ公開されている研究は少なく、この分野はさらなる実験が必要です。

    ほほえむクルマ (Semcon)

    まとめ

     自動運転のクルマが子供のいる環境に入るには周囲の環境や子供の行動を理解する認識力が必要です。コンピュータービジョンは交差点や視界が悪い場所といったリスクの高い環境、さらには注意が散漫な傾向のある子供について十分に学習しなければいけません。クルマの反応も様々なレベルでの学習が必要です。それが安全かつ効率的なのかだけでなく、クルマの「脳」の中で何が起こっているのかを子供に伝える必要もあります。そうすれば子供はクルマの行動を理解することができます。

     最もよい方法は子供たちとのテストとフィードバックを通じてからのみ探りあてることができます。大人の設計チームやエンジニアリングチームは子供が自動運転のクルマを見て何を考えるのかを完全に理解することはできません。子供の状況にフォーカスすることで公道でのクルマの自動運転が子供のためのより良い街の環境を作り出すことに貢献することができます。

    解説

    今年6月に神奈川県の東名高速道路で夫婦が亡くなった事故は人間が運転するクルマは本当に安全なのかを考えるきっかけにもなったとても悲しい事故でした。危険運転でヒヤっとしたドライバーも少なくないのではないでしょうか。自動運転のクルマではこのようなことは起きません。物理の法則がある限り事故が全くなくなることはないでしょう。しかし、大幅に減少することはできるはず。交通渋滞の緩和にも効果がありそうです。

    もちろん、クルマを運転する楽しみもあるのでしょう。しかし、社会インフラとしてのクルマの役割を考えると安全の方が優先順位は高い。おそらくクルマの運転を楽しむのは公道では制限される社会になるのではないでしょうか。

    この記事は子供に優しいクルマの自動運転をデザインする上で考慮すべきことをを解説した”Child-Friendly Autonomous Vehicles“の翻訳です。これを書いたのはHumanising Autonomyの共同創設者でCOOのLeslie Nooteboom氏です。

    安全なクルマの自動運転を実現するためにはどのようなことを考慮する必要があるのかを理解することができます。クルマの自動運転に不安を感じる人は多いでしょうが、まずは知ることが大事だとボクは思います。

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    *1:もともとGoogleが実験していたクルマの自動運転プロジェクトを親会社のAlpabetが子会社化

    *2:ある人を助けるために他の人を犠牲にできるか?という状況判断

    *3:これは2001年の研究で、小さなデータセットが使用されていました