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  • Windows Vista開発で実際に何が起きたのか?|開発者の回想

    Windows Vista開発で実際に何が起きたのか?|開発者の回想

    ポスターにサインをするのがWindowsチームの伝統でした。この場合はDVDをイメージとしたポスター。リリースのパーティーが終わる頃には何百、何千ものサインがポスターを埋め尽くします

    この記事のポイント

    • 後付けではいくらでも言えるが、失敗を学びとして振り返ることが大事。
    • 巨大なエコシステムとレガシーに対応するのは時間がかかる。成功の犠牲。イノベーションのジレンマの典型。
    • 三年後を予測して開発しても、三年後にその通りになっているとは限らない。三年後を予測したプロダクト開発はもう時代遅れ。

    原文:”What Really Happened with Vista: An Insider’s Retrospective” by Ben Fathi

    必要のない体験を得ることはできない、必要とされるまでは。

     — Steven Wright.

    著者のノート:オリジナルの記事はこちらにあります。元々はドッグフーディングに関する自分のブログで発表したものですが、バズってたくさん読まれたためにMediumに再投稿することにしました。

      Terry Crowleyの注意深く書かれた記事(What Really Happened with Vista)を楽しく読みました。外から観察していて、Terryは元々はOfficeの部門で働いていて、 複雑な機能化に関して素晴らしい仕事をしました。そしてその仕事はWindows Vistaとお蔵入りとなったLonghorn projectにも引き継がれました。

     彼はプロジェクトを頓挫させた多くの問題を明示していて、私はここでその二番煎じをするつもりはありません。私は同じ事象に関して内部の人間からの視点を提供することがフェアだと考えます。Terryのように雄弁で緻密にはなることができませんが、何が本当に上手くいかなかったのか表面化してみましょう。Windows Vistaがリリースされてすでに10年以上の月日が経ちましたが、そこからの学びは今にこそ活きるものです。

     Windowsは野獣です。数千人の開発者、テスター、プログラムマネージャー、マネージャー、セキュリティー専門家、UIデザイナー、アーキテクトなどなど。それだけではなく、人事、採用担当者、マーケティング、営業、法務にそれを管理するマネージャーやディレクターたち。そしてこの全体がさらに何千ものパートナーにサポートされ、ハードウェアからデバイスドライバー、アプリケーションがプラットフォーム上に開発されていきます。

    マイクロソフトキャンパス内のサッカー場に集まるWindowsチームの航空写真

     組織的に言えば当時のWindowsはコア、サーバー、クライアントの3チームでした。コアチームは「配管 “Plumbing”」を作る役割です。全てのWindowsのバージョンと共有するカーネル、ストレージ、セキュリティー、ネットワーク、デバイスドライバー、インストールとアップグレードのモデル、Win32などOSのコアコンポーネントを開発します。サーバーチームはサーバー市場に必要な技術にフォーカスし、クライアントチームはWebブラウザー、メディアプレイヤー、グラフィックスにシェルといったデスクトップやコンシューマー向けの技術に責任をもちます。

     もちろん、組織変更もありましたが基本的なストラクチャーはWindowsの成長とともに組織が大きくなっても変わりませんでした。文化的にも組織的にもコアチームはクライアントチームよりもサーバーチームと近かったと言えるでしょう、少なくともVistaが出荷されるまでは。

     私が1998年のはじめにMicrosoftに入社した時、Windowsと言えばWindows NTでした。アーキテクチャーとしても、組織的にも、製品的にも。Windows 95のコアのほとんどは破棄され、Windows NTがラップトップからサーバーまで全てのWindowsに適用されました。2年後にWindows 95/98のコードベースは悪名高いWindows MEという最後のリリースに再構成されましたが、これは非常に小さなチームによって開発されました。ほとんどの開発者はWindows NTのコードベースに関わっていました。私はWindows 2000の全盛期からWindows 7の完成までの12年間、この野獣の腹のなかで過ごせたことは非常に幸運でした。

     私はストレージ、ファイルシステム、ハイアベイラビリティ、クラスタリング、ファイルレベルのネットワークプロトコル、分散ファイルシステムやそれらに関連する技術を開発するチームのマネージャーとして最初の7年間を過ごしました。その後、1、2年の間だけマイクロソフトのセキュリティーに関わりました。セキュリティーに関するWindowsの技術からアンチウィルスやパッチの緊急対応まで。この時期はWindows Vistaの終わり頃で、ウィルスやワームがWindowsを跪かせ、安全なソフトウェアとしてのマイクロソフトが市場で大きく打撃を受けていた頃です。

     最後の3年から4年はWindows 7の出荷時期で、私は全てのWindowsコアの開発を管理していました。つまりクライアントとサーバーチームが使う技術の「縁の下」全ての開発の責任を負うことになりました。Visutaが出荷された後、Windowsチームは職種によって構成されるようになり、と「トライアード(開発/テスト/PM)」が組織の全てのレベルの責任を持つようになったため、私は開発をリードし、そのほか二人がテストとプログラム管理をリードすることになりました。

     Windowsチームは歴史的に巨大で野心的なプロジェクトに取り組み、多くの場合にそれを捨て去ったり、別の目的で再利用するという歴史を繰り返してきました。最初の頃の例で言えば焼き捨てられたCairoプロジェクトで、一部だけWindows 2000の機能としてサルベージされました。

     私の控えめな意見では、Windowsリリースの最大の問題はリリースの遅れです。平均的にリリースは3年間かかりますが、そのうちの6から7ヶ月くらいしか新しいコードの開発には使われませんでした。それ以外はインテグレーション、テストと数ヶ月のアルファ、ベータ期間です。

     いくつかのプロジェクトは6ヶ月以上必要で、同時進行することで準備ができたらメインのコアコードにマージしました。つまり大きなピースとしては統合され、置き換えられているためメインのツリーは常に半分壊れた状態でした。Windows 7ではよい状態で動くコードであるために、もっと厳密に管理されていましたが、初期のリリースは月に不安定な状態が何日も続くことがありました。

     このような混沌とした開発の性質は「スケジュールチキン(他のチームも非現実的なスケジュールで結局は遅れるだろうと想定して自分たちのスケジュールも非現実的にすること)」の状態になる傾向にあります。つまり自分たちのコードは他の人たちよりもいい状態だろうと自分たちと周りを納得させ、あとは「磨き上げるだけ」ということで、完成した状態でチェックインさせてしまいます。

     三年のリリースサイクルでは、開発を始める段階でリリースするときに外部環境としてどのような競合状態になってエコシステムが存在しているのか知るすべはありません。リリースを延期させるはキャンセルまたはシベリア送りになります。シベリア送りの場合は引き続き他の組織からは見捨てられた機能を開発をして最終的には失敗プロジェクトとなることです。それでもチームや役員があきらめきれずに続けてしまうことがありました。私もいくつかのプロジェクトに関して個人的に責任があります。ことが終わった後の後知恵ではいくらでも完璧な予測ができます。

     それぞれのチームは自分たちのやることで忙しく、その他のコンポーネントやUIとのインテグレーションやテストはおざなりにしがちで、アップグレードのような厄介な問題は後回しにしがちです。そのためにみんなUIやアップグレードテストのために最後の最後に支援を得ようと躍起になることから、いくつかのチームがボトルネックとなります。

     開発中はいつでも複数のメジャーリリースとサイドプロジェクトが進行中でした。それぞれのチームが自分たちのコードベースの各段階に責任を持ち、それは結果的に「金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に」という傾向へと向かいました。遅れるチームはいくつかの理由で常に遅れるようになります。

     プロジェクトが完成に近づくにつれ、PMは次の要求を意識しはじめ、「金持ち」で「健康的」なチームは新しいコードの開発に着手しはじめます。しかし、ほとんどの「貧乏」なチームは現行のリリースに行き詰まります。特にテストチームは出荷までリリースから解放されることはなく、新しいコードはほとんどテストされることはありませんでした。「不健康」なチームは常に遅れ、現行リリースの最終調整によってさらに遅れることとなりました。これらのチームはチームの士気も低く、離職率が高いため、エンジニアたちは自分たちが書いていない理解不能な不安定なコードを引き継ぐことになりました。

     Vista/Longhornの期間において、私はストレージとファイルシステムの技術に責任を持っていました。つまりWinFSについてもです。当時はWindowsチームの姉妹チームであるSQLデータベースが主にリードをしていましたが。

     Bill Gatesは個人的にも細かい点においてまで大きく関わりを持ち、WinFSのPMとまでジョークで言われていました。数百人月(数千でなければ)のエンジニアリソースがこのプロジェクトに投入され消費されました。もしデータベースのクエリー機能とファイルシステムの非構造化データの機能が合わさって全く新しい「リッチ」アプリケーションを生み出す新しいプログラミングのパラダイムとなったとしたら。

     後付けで言えば、Googleが手際よくこの問題を解決しました。非構造化データをシームレスで高速なインデックスエクスペリエンスを実現しました。しかも、彼らはローカルディスクだけでなく、インターネット全体でそれを成し遂げました。さらに言えばその機能を享受するためにアプリケーションを書き直す必要すらありませんでした。WinFSが成功したとしてもそのメリットを享受するためにはアプリケーションの書き換えが何年も必要となったでしょう。

     Longhornがキャンセルとなり、その残り火からVistaがかき集められた時、WinFSはOSのリリースから除外されました。SQLチームによってさらに数年独立したプロジェクトとして進められました。その時にWindowsはインデックスエンジンが組み込まれ、検索エクスペリエンスがインテグレートされていました。コアでない部分でしたのでアプリケーションの変更も必要ありませんでした。そのためにWinFSの必要性はさらに薄まりましたが、それでもプロジェクトは続きました。

     Longhornにおけるセキュリティーに関するアーキテクチャー上の膨大な変更はWindows Vistaの一部として引き継がれました。私たちは急拡大するインターネットの世界からセキュリティーに関して大きく学び、その学びをOSのアーキテクチャーレベルで適応して顧客のために全体のセキュリティーを底上げしたいと考えていました。

     私たちはやるしかありませんでした。Windows XPはその成功の犠牲者となりました。使いやすさのためのデザインはインターネット時代のセキュリティーに必要な現実にそぐわないものになっていました。その対応をするということは、Windows XP Service Pack 2と同時進行で進めなければいけないということでした。Windows XP SP2はその名前から反してLonghornのかなりのリソースを吸い上げたものでした。

     私たちは次のOSのセキュリティーに関して後ろに戻ることはできませんでした。そのために、VistaはこれまでリリースされたどのマイクロソフトのOSよりも強固なセキュリティーを兼ね揃えていました。しかし、その過程でアプリケーションやデバイスドライバーのこれまで経験のない規模のエコシステムにおいて対応する必要がありました。顧客はアプリが動かないからVistaを嫌い、エコシステムのパートナーは対応する時間が少ないためVistaを嫌いました。Vistaは再生しつつあったAppleとの競争のために早くリリースする必要があったからです。

     いずれにせよ、このセキュリティー上の変更はサードパーティーにとってもアーキテクチャーの変更が必要でした。しかし、エコシステムのベンダーは過去のアプリに大きく投資したくありませんでした。いくつかのソリューションはデータ構造に変更を加えるという異例のアプローチをとったり、自分たちの機能を使うためにカーネルのインストラクションに変更を加えました。APIをバイパスし、マルチプロセッサーをロックすることで問題を引き起こしました。アンチウィルスのベンダーがこのようなアプローチを取りがちでした。

     私のマイクロソフトのセキュリティー責任者としての役割において、アンチウィルスベンダーに個人的にも何年もなぜカーネルのインストラクションとメモリ上のデータ構造に「パッチ」を当てることを許可しないのか、なぜそれがセキュリティー上のリスクになるのか、なぜ彼らは正式なAPIを使わなければいけないのか、Windowsカーネルに深く関わるレガシーのアプリをサポートしないのかを説明しなければいけませんでした。それらは顧客のシステムを攻撃するハッカーと同じアプローチです。私たちのアンチウィルスベンダーの「友人たち」は独占を利用して彼らの生きる権利を奪っているということで私たちを裁判で訴えました。このような友達と一緒でどんな敵が必要でしょうか?彼らは昔のやり方を変えたくなかっただけです。それがお互いの顧客のセキュリティーを犠牲にすることであっても。

     この頃、コンピューター業界では非常に重要なシフトがたくさん起きていました。インターネットの到来、モバイルの勃興、クラウドコンピューティングの出現、新しい広告ベースのビジネスモデル、ソーシャルメディアのバイラル、ムーアの法則の更新。オープンソースの人気はWindowsを襲う全方位攻撃の一つのファクターでした。

     大きく成功した企業では驚くに値しませんが、その対応はイノベーションのジレンマそのものであり、頑なに既存のシステムを累積的に改善していくのみでした。こオードがさらに追加され、複雑さが増し、エコシステムは大きくなり続け、それに伴い競争の先を行くことができませんでした。

     競合だけでは足りず、この頃は多くのエンジニアが何時間、何日、何週間、何ヶ月も司法省の代表者と企業弁護士と時間を共にしなければいけませんでした。反トラスト法における裁判の判決に従い以前のリリースにおいての既存のAPIを文章化しなければいけませんでした。

     純然たる現実としてWindowsのメジャーリリースが3年かかるというライフサイクルは市場の速度に対して遅すぎました。WinFS、セキュリティー、、マネージドコードはLonghornの巨大プロジェクトの一部であり、それ以外に何百ものより小さなプロジェクトが存在していました。

     数千人の組織と数億人の顧客がいるとき、誰でもそれぞれの意見を持っています。今後のタブレットやスマートフォンで動くOSはラップトップでも動くことが期待されます。データセンターで稼働するサーバーは”Powered by Windows”のNASでも稼働することが期待されます。当然ながらクラウドでのハイパーバイザー(HiperV)でも同様です。これらの要件は全てのセグメントにおいて同時に進もうとするチームを反対側に引き寄せました。

    Package

     Longhorn抜きでVistaを語ることはできません。Windows 2000/XPとWindows Server 2008 and Windows 7、そのリリース前後を見ることによってどのように業界が変わったのか。

     Windowsは自らの成功の犠牲者でした。様々な市場で成功し、その市場でOSのデザインに関する異なる、時として対立する方向に影響力が動きました。これらの異なる要求に答えるということは、全てにおいて完全に応えることはできないことでもあります。

     90年代に成功したアーキテクチャーは10年後に行き詰ることになりました。世界はより早く変化し、組織はそれになかなか追いつけませんでした。それらのトレンドに気づいていなかったのではなく、それに対応しようとしていました。しかし、比喩を使わせてもらえば、三年のリリース期間の間に二年間の妊娠をしているときに飛行機を急旋回することはとても難しいのです。

     つまり、三年、四年前に計画していたことは出荷するときには笑ってしまうくらい時代遅れで、時には大きく間違っていました。当時できたベストなことは簡潔なデバイスにフリクション無しに蓄積型のアップデートができるクラウド型のサービスだったかもしれません。その代わり私たちはリリースまでに多くの時間が必要なクライアント型のモノリスに機能を追加し続け、スピードが必要な時に速度を落としてしまいました。そして、昔の機能を以前のWindowsとのアプリケーション互換性という理由で削除はしませんでした。

     同じOSを十数年以上の長い期間数億のユーザー、数百万の企業、数千のパートナー、数百のシナリオに数十のフォームファクターをサポートし続ける。徐々に互換性の悪夢に気が付きはじめます。

     後から思えば、Linuxはこの観点でずっと成功しています。オープンソースコミュニティーとソフトウェア開発のアプローチは間違いなく解決方法の一つです。UnixとLinuxのモジュラー型でプラグ型のアーキテクチャーもアーキテクチャーの観点から大きな改善でした。

     組織は組織図をプロダクトとして出荷する。Windowsの組織も同じです。オープンソースはこのような問題はありません。

    The Windows “War room”, later renamed the “Ship room”.

     これに加えて、社内の組織的なダイナミックスと個性があります。私たちはそれぞれ好みの機能があります。私たちのエコシステムパートナーは新しいスタンダードの適応を求めてきます。彼らのソリューションをプラットフォームで明確にするために、特定のシナリオを実現するAPIを追加するために。私たちはみんな私たちの技術とアイデアが戦いに勝つ野心を持っていました。もし、次のWindowsのリリースに入り、数百の顧客がいれば。私たちは計画の会議やウォールームで戦う意義を信じていました。私たちには昇進して自分の影響力をチームの大きさを測るマネージャーたちがいました。

     開発とテストチームは常に対立していました。開発はコードをチェックインしようとし、後者は実際の顧客では起こりえないようなテストケースを作って優秀さを示そうとしました。社内のダイナミックスは複雑です。年に一回は組織変更があり、新しい組織のダイナミックに対応する必要もありました。

     これらは言い訳でも謝罪でもありません。そのような意図で書いていません。

    「私たちは間違えを犯したか?」

     はい、大いに。

    「私たちは意図的に間違った判断をしたか?」

     いいえ、私の知る限りでは。

    「ものすごく複雑で大きなエコシステムを持つ製品でしたか(少なくとも当時は世界で一番)?」

     はい、そうです。

    「もっといい仕事ができたはず?」

     はい、もちろん。

    「いまだったら違う決定をした?」

     はい、でも後付けではいくらでも言えます。いま知っていることを当時は知る由もありません。

    「私たちは落胆と後悔と共に振り返らなければいけない?」

     いいえ、むしろ学びを得るようにしたいです。同じ間違いをこれからのプロジェクトで犯すことはないでしょう。私たちは体験から学びます。つまり、次はまた別の間違いを犯すということです。間違えるのが人間です。

    解説

    この記事を書いたベン・ファシ氏はマイクロソフトの開発部門で長年リーダーシップをとっていた人です。日本では特にセキュリティー関連で知られているかもしれません。マイクロソフトを辞めてからはVMWareやCloudflareで活躍しました。

    一般的にWindows Vistaは失敗プロジェクトと言われていますが、これがなければWindowsのセキュリティーは停滞したままでした。成功と失敗を含め、ここでの学びは非常に大きなもので、多くの示唆に富むものです。

    日本の企業は相変わらず遠く先の未来を見据えて開発している気がします。それが来るかどうかもわからないのに。Windows Vistaが失敗した要因の一つがまさにこれです。この点において日本企業がWindows Vistaから学ぶことは多い気がします。

  • 書評|仕事の戦略には「いい仕事戦略」と「悪い仕事戦略」がある|The Good Jobs Strategy by Zeynep Ton

    「サービスデザイン」はその名の通り「サービス」をデザインします。プロダクトデザインと大きく異なるのは人との関わり。たとえばホテル(コンシェルジュやベルキャプテン)、小売業(店員)、コールセンター(カスタマーサービス)に飲食店(ホールスタッフ)。サービス業の接点はプロダクトだけでなく、人が大きくかかわってきます。

     このブログでこれまで紹介した本はすべて組織に関することです。サービスの根幹が人であるならば、その人の集まりの組織は非常に重要だからです。いくらオペレーションのデザインが素晴らしくても、それを運営する人が幸せでなければいいサービスにはならない。ここにどこまで踏み込んでいけるかがサービスデザインプロジェクトの成否を握ってると言えます。

    「いい仕事戦略」と「わるい仕事戦略」

     今回紹介する”The Good Jobs Strategy“は日本語に訳すと「いい仕事戦略」です。ビジネス戦略には「いい仕事戦略」「わるい仕事戦略」がある。「いい仕事戦略」を実行している企業は競合より安い商品を提供し、顧客を満足させ、従業員を満足させています。そして利益がでる。たとえて言うなら「ダイエー」より安くてサービスがいい「成城石井」や「明治屋」をイメージしていただければいいかと思います。

    Thomas Perez and Zeynep Ton, 2016 (3).jpg
    (右が”The Good Jobs Strategy”著者のZeynep Ton)Photo By US Department of LaborL-16-02-12-A-053, CC BY 2.0, Link

    「いい仕事戦略」は人事戦略とオペレーション戦略に分かれます。人事戦略は驚くほどホラクラシーのような自律型経営に似ています。オペレーション戦略はトヨタのようなリーンマニュファクチャリングに近いものがあります。自律型の組織と標準化は相性が悪そうなのですが、そうではありません。

    「いい仕事戦略」の人事

    「いい仕事戦略」では人材に多くの投資をします。そして、従業員の満足度が高い。だから離職率がものすごく低い。例えば米コストコではストアマネージャークラスで年収が1000万円です。エントリーレベルのスタッフでもウォルマートなどと比べると圧倒的に高い。マズローの欲求段階ではないですが、ベーシックなニーズが満たされないと、それ以上のことに集中できない。

     トレーニングにも多くの投資をしている。たとえばレジだけではなく、精肉もできるし、在庫管理もできる。そういうクロストレーニングをすることによってピークタイムに必要なワークロードの平準化を行うことができます。

     そして自律型の組織運営に近いので、現場で起きていることを現場で対応できる。ホラクラシーやティール型の組織に考え方がすごく似ている。実際にZapposも「いい仕事戦略」の例として紹介されています。

    「いい仕事戦略」のオペレーション

     ひとは定型化された作業を嫌う傾向があります。それでもオペレーションの効率化には必要なのである種の「必要悪」とみなされます。ここで紹介されているオペレーション上の戦術はとても興味深いものです。たとえば、サービスって需要がなかなか読めません。サービスをするにはスタッフも配置しなければいけないし、スタッフには当然人件費がかかる。「いい仕事戦略」を取る企業は人に多額の通しをしているのですから、なるべく無駄なコストにはしたくない。

     一つだけ紹介すると需要に対して「フラット戦略 “Level Strategy”」と「需要追っかけ戦略 “Chase Strategy”」がある。多くの企業は無駄をなくしたいから需要予測を細かく行って「需要追っかけ戦略」をやろうとする。しかし「いい仕事戦略」を取る企業の多くは「フラット戦略」をとる。そうすると需要と供給のギャップが生じるのですが、クロストレーニングなどで弾力性を持たせることで無駄なコストにしない。こういう経営視点はサービスデザイナーも持つべきです。

    この本はおススメか?

     ここで紹介されているのは小売業なのですがサービス業であればどの産業でも当てはまります。製造業であってもこれからサービス化は避けて通れない成長戦略ですから、見習うべきところは多いと思います。経営者なら読むべきです。

     また、サービスデザイナーも読むべきです。サービスデザインプロジェクトでは多くの場合、顧客接点の後ろにあるバックステージのデザインを含みます。ここで経営視点が持てないと「絵に描いた餅」になってしまいます。人事領域にまで踏み込むにはそれなりの知識が必要となります。

    The Good Jobs Strategy: How the Smartest Companies Invest in Employees to Lower Costs and Boost Profits

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  • 書評|モノづくり企業から顧客体験企業への転換「Connected Company」Dave Gray

    書評|モノづくり企業から顧客体験企業への転換「Connected Company」Dave Gray

     これからは顧客体験を重視したサービス企業にならないと成長できないと言われています。現代のヨハネの黙示録の四騎士と言われるAFGA(Apple、Facebook、Google、Amazon)も全てサービス企業ですね。え?誰ですか?Appleが製造業だといってる人は?Fortune Future 50というリストがあります。将来的に爆発的に成長する可能性のある企業。ここにリストアップされている企業も純粋な製造業はほとんどありません。

     例えばFortune Future 50リーダーリストで第二位のTeslaも電気自動車を作っているけど、彼らのイノベーションはそれだけじゃない。顧客体験を非常に重視しているサービス企業といってもいい。販売店を経由しないでショールームで直接体験をさせる。彼らが力を入れているクルマの自動運転もサービスに直結しますよね。

    サービスデザイナーの描く新しい組織の形

     それでは「従来の効率を求めた大量生産型の組織から顧客のエクスペリエンスを重視したサービス型の組織に変わるにはどうしたらいいのか?」それが今回紹介する本”Connected Company“の主題です。この本を書いたのはXPlaneの創業者でアメリカで最も有名なサービスデザイナーの一人であるDave Gray氏。スタンフォード大学のd.schoolでも使われているEmpathy Map(共感マップ)はXPlaneがもともと作ったもので、彼の本『ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクトを成功へと導く87のゲーム』でも紹介されています。

    “Connected Company”の著者、Dave Gray氏

     新しいサービス型の組織は自律型の組織になる

     2012年に出版されたこの本は、新しい組織の形としてConnected Companyという概念を提唱しています。いわゆるピラミッドの形をした階層型の組織ではなく、自律したグループ(ポッド)が集まったポデュラー型の組織になる。この本は前回紹介した“Reinventing Organization”(2014年2月出版)の二年前に出版されているのですが、かなり共通点が多い。”Reinventing Organization”が色々な歴史的事例や新しい組織の事例から時系列に整理したものに対して、”Connected Company”は顧客体験を最適化するサービス型の組織はどのような組織なのかを事例を交えて考察しています。取り上げている事例もモーニングスターなどかぶる部分が多い。

    なぜ従来のピラミッド型の組織では顧客体験を最適化できないのか?

     Connected Company(繋がっている組織)がサービス型の組織だとしたら、従来のようなピラミッド型の組織をDivided Company(分裂した組織)と定義できます。産業革命以降、効率を高めるために分業(Division of Labor)が勧められてきたので、大量生産型の組織にとってDivided Companyは最適な形だったわけです。製造は安定していて関わる人の役割も明確。

     しかし、経済は製造業よりもサービス業が成長していった。サービスは製造と比べて決まった形がない。常に変化する。例えば自動車を作ることはどのような会社でも大きく変わることはない。働く人が持っているのはタスクとプロセス。しかし、同じクルマでもUberのようなサービスカンパニーは?顧客それぞれにルートも違えばパーソナリティーも違う。Uberがもし従来の企業のような組織体系で、ドライバーはピラミッドの底辺で、持っているのはタスクとプロセスだったら?それではうまくいかない。サービス型のConnected Companyは人が持つのは顧客体験。

    この本はオススメか?

     日本の企業が「大量生産のモノづくり企業」から「サービス型のモノづくり企業」へと転換するのにとてもいいテキストだと思います。すでに出版から時間が経過しているため、いくつかの事例はすでに旧聞に属します。それでもハッとするような事例がたくさんあります。

     例えば軍隊の事例。軍隊はピラミッド型の組織で命令は絶対。”Reinventing Organization”でも軍隊はレッドのメタファーとして使われているくらい。そういうイメージがありますよね?

     しかし、実際の戦場では自律的に動く必要がある。戦況は刻一刻と変わるし、必ずしも上長の判断を仰げるわけではない。自律的な組織は「組織の目的」を重視して、その目的が行動の規範となる。戦場における軍隊もまさに同じで、「司令官の意図(Commander’s Intent)」と呼ばれる指針が各部隊が自律的に動く基準となる。軍隊も現場ではかなりアジャイルな組織なんですよ!

     ”Reinventing Organization”はどちらかというとアカデミックで理想的な印象があるのですが、”Connected Company”は現実も理解して実質的な解決策を提示している気がします。

    The Connected Company

    The Connected Company

     

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  • 書評|ポスト情報化社会の組織論「Reinventing Organization」Frederic Laloux

    書評|ポスト情報化社会の組織論「Reinventing Organization」Frederic Laloux

     大企業病で判断が遅い。組織の壁がある。イノベーションを起こせない。残業が減らない。過労死問題。これらは日頃のニュースや新聞の社説で繰り返し見かけるフレーズです。電通社員の過労自殺は未だに日本国民全員への問いを発しています。

    「で、どうするの?」

     当然ながら手をこまねいているわけではなく、様々な解決策が提示され、実行されています。ITの活用や副業の自由化。その効果があったかどうかは別として「プレミアムフライデー」もそんな試みの一つと言えます。

     これは日本だけの問題ではなく、世界であらゆる研究がされています。 そして、その解決策としてある種のコンセンサスが形成されつつあるような気がします。そして、それは以下の二つに集約されています。

    • アメとムチによる外から与えられる「やる気」より、自分の内側から生まれる「やる気」の方が大事(参考:ダニエル・ピンク「やる気に関する驚きの科学」, TED, 2009)
    • 現在の企業や組織は大量生産と効率化を重視した産業革命後のパラダイムを抱えいて、個々の顧客に対応するサービス化した現代のビジネスに対応できない

    産業革命から変わっていない組織

     この問題に組織の面から解決策として提示されているのが「自律的組織」です。組織の一員が自律的に状況に合わせて動くことを前提とした組織ですね。代表的なのがホラクラシーです。ZapposやBufferといったスタートアップ企業が実践していることで有名です。このほかにもBooking.comが進めているアジャイルチームやDave Grayが提唱しているConnected Companyなどがあります。大企業でも人事評価をやめて、チェックインを導入したりしているのはこの流れの一つです。Googleも以前にマネージャーのいない組織を試してみました。

     産業革命の後に情報革命が起きたと言われています。しかし、組織自体は情報革命では変わらなかった。ピラミッド型がマトリックス型になったり、パソコンやスマホで仕事をするようになっても基本的な組織は変わっていない。情報化社会の後の組織をいろんな企業や組織が模索しているのが現在です。

    ポスト情報化時代の組織(ティール組織)

     このような様々な取り組みを歴史的に整理して、分類したのがFrederic Laloux氏の”Reinventing Organization“です。組織は原始的なレッドからはじまって、徐々に洗練化されてきた。産業革命でオレンジの組織が誕生。今のほとんどの組織はまだオレンジの段階。日本企業はひょっとしたらまだアンバーな企業が多いのかもしれない。この色分けやそれぞれの特徴は山田裕嗣さんの「Teal Organization(ティール・オーガニゼーション)とは何なのか」に詳しいので、こちらを読んでみてください。

    • ティール(青緑)
    • グリーン
    • オレンジ
    • アンバー(琥珀)
    • レッド

    “Reinventing Organization”の著者、Frederic Laloux氏

    ティール組織は難しい問題にも応えられる

     ティール組織の特徴は自律型の組織。マネージャーはいない。本社機能は限定的で非常に少人数。いわゆる人事部門は存在しない。当然ながら今までの組織の管理に慣れている人は戸惑う。え?みんなが自由気ままにやるの?ダメな社員はどうするの?事故や事件が起きた時のリスク管理は?

     ホラクラシーの本『HOLACRACY 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント』もそうなのですが、このような問題の一部には応えている。例えば、社員が勝手気ままに仕事をするわけではない。でも、意外と大事な問題には答えていない。それはお金の問題であり、解雇の問題。この”Reinventing Organization”の優れたところは、この非常に難しい「お金」と「解雇」の問題にきちんと答えているところ。

     以前にインタビューさせていただいたダイヤモンドメディア株式会社さんはここで書かれていることをほぼ実践されている。このインタビューではあえて「ホラクラシー」という単語を使うのを避けたのですが、それはダイヤモンドメディアがホラクラシーよりもっと先を実践していると思ったからです。

    ITやリモートワークは問題を解決するか?

     ITの活用やリモートワークは「働き方改革」でよく出るトピックです。実際にこの本に出てくるビュートゾルフでは社内ポータルやタブレットを使って情報共有をしていますし、それが自律的組織運営を下支えしていることも確かでしょう。では、ITやリモートワークを活用すればティールなのかといえばそんなことはありません。ITは手段であって目的ではないからです。

     この本を読んでいて強く感じたのは「根本的な文化を変えなければ働き方改革はなし得ない」ということです。スマホやタブレットをいくら活用しても企業文化が変わらなければ、結局のところ何も変わらない。オレンジからティールには移行できない。

    この本はオススメか?

     出版されて少し時間が経ちますが、その内容は全く色褪せていません。海外ではすでに組織論のクラシックとしての地位を確立しています。時系列で組織の進化を整理していったことも非常に意義があります。

     読み手が経営者ならば自分の会社がどこに位置するのかを理解できるでしょう。そして、そのままでいるべきか、それともティールになるべきかを考える機会を与えてくれるでしょう。管理職であれば自分は本当にチームのやる気を引き出しているのか?それは正しい方法なのかを考えるきっかけを与えてくれるでしょう。それ以外の人たちもこれからの社会においてどのような組織が必要なのかを考えるきっかけとなるでしょう。

     日本語版の版権はすでにどこかの出版社がおさえているようですので、きっと日本語版が近い将来に出るはずです。その時は是非とも手にとって読んでほしい本の一つです。

    Reinventing Organizations: A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness

    Reinventing Organizations: A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness

     

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