書評|実名の証言で書かれたCIA史——今後も同じ方法で書けるのか|”The Mission” by Tim Weiner

私たちは映画でしか CIA を知らない

CIAについて私たちが知っていることの大半は、映画やドラマで見たものです。駐車場で交わされる密談、屋根の上を走る工作員、机の裏に仕掛けられた盗聴器。これは日本の読者に限った話ではありません。アメリカの読者も、おそらく事情は変わらないでしょう。秘密を扱う組織だけに、映画やドラマ以外の情報はほとんど表に出てきません。

"The Mission" by Tim Weiner

ティム・ワイナーの『The Mission: The CIA in the 21st Century』には、匿名の情報源が一人も登場しません。ワイナーは、実名を明かし、発言を記録として残すことに同意した人だけに取材しました。応じた人は100人を超えます。元長官が6人、支局長が13人。身分を伏せて数十年働き、本書の取材を受けるまで記者に一度も話したことがなかった作戦担当官も多数含まれます。取材当時の作戦本部長Tom Sylvesterが実名で取材に応じたのは、1947年のCIA創設以来初めてだ、とワイナーは言います。

CIA本部には録音機も電話も持ち込めません。そのため、取材の内容を書き起こしたのはCIA側でした。CIAはその記録を約4か月かけて検討したうえで、公開を認めました。

ワイナーは1988年、国防総省とCIAの秘密予算を報じてピュリツァー賞を受けた記者です。2007年の『Legacy of Ashes』(邦訳『CIA秘録』)で創設からの60年を書き、全米図書賞を受賞しました。本書はその続編にあたり、世紀の変わり目から2025年4月までを扱います。

前作には、刊行直後にCIAが公式に反論しています。2007年8月7日、CIAの広報部は、同書はCIAの過去を暗く描きすぎており、大小さまざまな誤りに満ちている、という声明を出しました。本書は、その批判を受けた後に書かれた続編で、全編を実名の証言で構成しています。

取材を断られた例もあります。長官を7年務めたGeorge Tenetは、いったん取材を承諾したものの、前夜になって断りました。ワイナーは「George TenetもGeorge W. Bushも、9月11日のあとに起きたことに取り憑かれている」と述べています。ただし、取材を断った人はごく少数だったと説明しています。

9月11日のあと、CIA は大きく役割を変えた

本書の中心は、9月11日以降のCIAです。

1991年から1993年までCIA長官を務めたBob Gatesは、当時を振り返ってこう語っています。

2001年9月12日の時点で、我々はアルカイダについて何ひとつ知らなかった。もし本当に優れた情報があって、彼らが誰でどこに住み、どう金を動かすかを知っていたなら、秘密の収容所も過酷な尋問も必要にならなかった。情報がなかったから、あの計画が進んだ。

CIAは1990年代からビンラディンを追う専従部門を置いていました。Gatesが言っているのは、名前を知らなかったということではなく、組織内部に人を送り込めていなかった、ということです。

9月11日のあと、CIAは情報を集めて分析する組織から、人を捕らえ、殺す組織へと変わりました。人員も拘束や殺害の任務に回され、情報の収集と分析は手薄になりました。版元の紹介文は、本来の任務であるスパイ活動と防諜をほとんど捨てた代償として、協力者の死、人事ファイルの窃取、アフガニスタンとイラクの悲劇を挙げています。

9月11日の翌日、CIAは対テロ部門の要職に一人の職員を就けました。この職員は、監察官から「著しい判断力の欠如」を指摘され、それまで閑職に置かれていた人物です。本人の回顧録には、アルカイダについても対テロについても何も知らなかった、と書かれています。のちに作戦本部長まで昇進しました。

秘密の収容所と拷問について、最も大きな責任を負うのはこの人物だ、というのがワイナーの見方です。ただ、問われるべきなのは一人の資質だけではありません。こうした人事が、組織のなかで止められないまま決まったことです。

タイの秘密収容所では、尋問の様子が92本、計96時間分のビデオテープに残されました。このテープは、長官と法律顧問の指示に反して破棄されました。破棄の指示を伝えた幹部について、ワイナーは、関与を示す記録はあるものの犯罪には当たらない、としています。

では、拷問によって何が得られたのでしょうか。

ワイナーの見方では、ビンラディンの居場所にたどり着いたのは拷問ではありませんでした。パキスタン支局長のもとで、アルカイダの構成員を一人ずつ寝返らせていった地道な工作でした。

オバマは就任3日目に大統領令を出し、CIAの秘密収容所の閉鎖を命じました。そのうえで、敵を捕らえて投獄するより、無人機で殺害するほうがよいと判断しました。無人機による攻撃で死亡した民間人は数百人にのぼります。

ワイナー自身の総括は本書の385ページにあります。一国のスパイはその国のイデオロギーの歩兵である、というジョン・ル・カレの一文を引いたうえで、こう書いています。

21世紀の最初の20年で、CIAは一線を越え、拷問の道具となり、人を殺す手段となった。ただし道義的な責任を負うのは命令を出した大統領であって、命令を実行した職員ではない。イラク侵攻を正当化するずさんな分析を出したのはCIAの分析官だが、戦争を始めた者の手は、永久に血に染まる。

ここで引用したGatesとワイナーの発言は、2025年7月17日に書店Politics and Proseで行われた対談によります。385ページの総括も、その場で朗読されたものです。

データを突き合わせると、スパイの身元が特定される

CIA本来の諜報活動でも、別の問題が起きていました。ワイナーが技術の影響として最も深刻に描いているのは、盗み出された複数のデータを突き合わせることで、CIA職員が身分を隠せなくなったことです。

2014年、中国はアメリカの人事管理局に侵入し、2,150万人分の身元調査記録を窃取しました。連邦政府で機密を扱う職に就く際に提出する書類で、旅券情報が含まれ、うち560万人分には指紋も含まれていました。情報機関で働く職員の記録も含まれていました。

中国側は、このデータから情報機関の職員とみられる人物を抽出し、世界各地の国際空港から窃取した虹彩情報などの生体データと突き合わせました。さらに、医療保険大手Anthemから得た7,880万人分の記録も加えました。ワイナーによれば、中国側はこれらのデータをAlibabaに渡し、90日で処理させたといいます。

その後、CIAの作戦担当官が北京やクアラルンプールに赴任すると、空港の手荷物受取所で中国の情報機関の職員から名前を呼ばれるようになりました。ワイナーは「アメリカの情報機関で誰が誰なのか、向こうはかなり正確に把握している」と述べています。

中国国内では、ワイナーによれば、CIAが2000年代に築いた20人以上の協力者が、2011年から2012年にかけて失われました。協力者は一人ずつ摘発され、拷問され、殺されました。

原因として少なくとも二つが挙げられています。一つは、連絡に使っていた秘密の通信システムがイランに見破られたことです。仕組みが単純で、連番のIPアドレスが割り当てられていました。イランが見つけたこの弱点は、中国とロシアにも伝わりました。

もう一つは、中国系の元CIA職員が中国側に通じていたことです。ただし、この二つを合わせても説明のつかない部分が残っています。

一方、ロシアではCIAが相手の内部に浸透しました。

2017年春、当時の作戦本部長が、対テロに15年を費やしてきた幹部を集めてこう言いました。

ロシアが我々の選挙に介入した。二度と起こさせないためにどうするか。

そのうえで、対テロで磨いた標的分析の手法をロシアに向けるよう命じました。

4年後、CIAは1947年の創設以来の目標だったクレムリンへの浸透を果たし、プーチンのウクライナ侵攻計画を入手しました。長官William J. Burnsは、この侵攻計画に関する情報を機密解除し、世界に伝える判断をしました。

NATO諸国は当初、この情報を疑いました。大量破壊兵器をめぐる判断を誤ったのも、同じCIAだったからです。しかし情報は正確で、NATO諸国はこれをもとに足並みをそろえました。

身分を隠せなければ、協力者を獲得することも難しくなります。CIAの仕事は、相手国の人間に接触し、秘密を提供してもらうことです。

赴任した空港で名前を呼ばれるような職員が接触すれば、その相手まで危険にさらしかねません。中国で20人以上の協力者を失った原因は通信システムと内通者でしたが、いまでは協力者を獲得する以前に、職員自身が現地で身元を隠して活動することすら難しくなっています。

技術によって変わったのは、分析の精度ではありません。職員が身分を隠したまま活動できるかどうかです。

ここまでの記述は、実名の証言に基づいている

ここまでの記述の多くは、実名で語った人々の証言に基づいています。9月11日の翌日の人事も、破棄されたテープも、空港で名前を呼ばれる話も、元職員と現職員が実名で語りました。

では、その証言をどこまで信じてよいのでしょうか。

2025年7月15日のNew York Timesに掲載された書評で、Scott Andersonは、実名の証言がこれだけ並んでいても、どの証言を信じてよいのか判断するのは難しいと書いています。

取材に応じ、本書で引用された人物の多くが、競争相手をおとしめることと、過去の失敗について自分には責任がなかったと示すことに力を注いでいるからです。

実名を明かし、発言を記録として残す。この方法をとれば、語る側には自分を守ろうとする動機も生まれます。

匿名であれば組織の内情を率直に話せた人でも、自分の名前が本に残ると分かっていれば、過去の判断をどう説明するか慎重になるでしょう。取材人数が多いからといって、それだけで記述の確かさが保証されるわけではありません。

その一方で、実名で語ったことには代償もありました。

刊行後、本書に登場するCIA職員16人が、最高機密取扱資格を剥奪されました。ワイナーはこれを不当だと述べています。

Tom Sylvesterはロンドン支局長への異動を取り消され、退職しました。作戦本部長を退いた後、最後の任務としてロンドン支局長を務めるのは1950年代から続く慣例だ、とワイナーは言います。CIA側は、本書とは関係のない人事だと説明したと報じられています。

さらに、見過ごせない事実があります。

取材に応じた人物の一部は、ほかの証言者が資格や職を失ったのを見て、自分の発言を本から削除するよう求めました。

刊行2日後の対談で、聞き手のDana Priestはすでに、トランプ政権が元CIA職員の発言を規制して以降、実名で記録に残る証言を集めて本を書くことは、もうできないだろうと述べています。

PriestはWashington Postに30年在籍し、CIAが海外に設けた秘密収容所を報じてピュリツァー賞を受けた記者です。ワイナーも、この見方を否定していません。

本書の結びで、ワイナーはトランプ政権下のCIAについて書いています。

長官John Ratcliffeは採用したばかりの職員を解雇し、上級職員に退職を促し、昇進に思想信条の審査を課しました。

ワイナーは「イデオロギーは情報の敵である」という一文が、本書の主張だと説明しています。

先行きを問われたときも、答えに迷いはありませんでした。CIAを立て直せるかと聞かれて「もちろんできる」と即答し、こう続けています。

より大きな問いは、これだけのことがあったあとで、優秀な若者が合衆国政府で働きたいと思うには何が必要か、ということだ。

私たちが映画で見てきたCIAの姿を、実名の証言に置き換えれば、実際のCIAに近づけるのでしょうか。

実名で語る人には、それぞれ守るものがあります。

ほかにこの方法で書かれたCIAの記録を、私は知りません。そして、取材に応じた人たちがこれだけの代償を払ったあとで、同じ方法で再び本を書けるのですかね。

参考リンク

  • https://www.nytimes.com/2025/07/15/books/review/the-mission-tim-weiner.html — Scott Anderson の書評
  • https://www.youtube.com/watch?v=xnZL9JjNtAA — Politics and Prose での対談、聞き手 Dana Priest
  • https://www.youtube.com/watch?v=sE1yiieaNP0 — 同じ対談の C-SPAN「After Words」版
  • https://www.youtube.com/watch?v=stM8zRevdPs — The Hayden Center での対談、聞き手 Greg Myre
  • https://schar.gmu.edu/news/2025-09/mission-veteran-cia-journalist-tim-weiner-hayden-center — 16人の最高機密取扱資格の剥奪
  • https://www.securityinfowatch.com/home/article/10547309/cia-statement-on-legacy-of-ashes — 前作への CIA の公式声明