『Rad Future: The Untold Story of Nuclear Electricity and How It Will Save the World』は、2025年8月12日にThesisから刊行された272ページの本です。ThesisはPenguin Random House傘下のレーベルです。著者のイザベル・ボエメケは、原子力の研究者でも技術者でもありません。ブラジル出身で、ファッションモデルとして活動したのち、2020年頃からIsodopeという名前で原子力を擁護する動画を投稿してきました。本書が初の著書です。

本書には、原子力に対する見方を変えうる説明があります。一方で、十分に書かれていない大きな問題もあります。この記事では、その両方を取り上げます。
これまで専門家の説明が届きにくかった層にも、ボエメケの言葉は届きました。本書に推薦文を寄せているのは、Michael Bloomberg、Paris Hilton、歌手のGrimes、気候科学者のJames Hansen、米エネルギー省で原子力担当の次官補を務めたRita Baranwalといった人たちです。この人選は意図的です。これまで原子力を話題にしてこなかった人たちを議論に引き入れたい、というのが本人の説明です。
なお本書では、原子力を指す言葉としてnuclear powerではなくnuclear electricityを使い、最後まで統一しています。兵器と発電を切り離すための言い換えです。日本語では「原子力発電」という表現が定着しているため、この記事でも原子力発電と書きます。
目次
原子力への警戒感は、核兵器のイメージと切り離せない
本書の中心的な主張の一つが、この見方です。
核分裂が発見されたのは1938年のドイツで、その1年後に第二次世界大戦が始まりました。アインシュタインらが大統領に書簡を送ったのち、マンハッタン計画が始まり、広島と長崎への原爆投下に至ります。当時、多くの人がnuclearという言葉に初めて触れたのは、きのこ雲の写真とともに原子爆弾が報じられたときでした。
核分裂が発見されてから16年後の1954年に原子力法が制定されるまで、原子炉を保有できたのは連邦政府だけでした。1946年には管理主体が軍から民生機関である原子力委員会に移りましたが、民間には開放されていませんでした。
その後、アイゼンハワー大統領が国連総会でAtoms for Peaceの演説を行い、原子力を平和目的に利用する動きが始まります。ウォルト・ディズニーは『Our Friend the Atom』という番組を制作しました。核分裂の説明を担当したのは、ディズニーが雇った物理学者Heinz Haberです。ディズニー・ワールドの区域を運営していた特別区には、1967年のフロリダ州法によって、核分裂による発電を行う権限まで与えられていました。この権限が実際に使われることはなく、2023年の州法改正で削除されました。
それでも、原子力が兵器と結び付いて受け止められてきた歴史は残りました。1970年代には、若い世代を中心に政府や大企業への反発が広がり、当時の環境運動も核兵器への反対運動と深く結び付いていました。原子力発電は軍や政府との結び付きが強かったため、その反発の対象にもなりました。
スリーマイル島の事故が起きたのは1979年、原子力発電所の炉心融解を描いた映画『チャイナ・シンドローム』が公開されてから12日後でした。炉心の約半分が溶けましたが、格納容器が放射性物質を閉じ込め、周辺住民の被ばく線量は自然放射線と区別できない程度にとどまりました。健康への影響は確認されていません。
チェルノブイリ事故は1986年です。格納容器がなく、運転員には設計上の欠陥も知らされていませんでした。事故が外部に知られたのは、スウェーデンの原子力発電所が大気中の放射性物質を検知したためです。
事故直後から数週間のうちに約30人が亡くなりました。長期的ながんによる死亡については、2005年のチェルノブイリ・フォーラムが、最も強く被ばくした約60万人のうち約4,000人と推計しています。これは推計値であり、どの集団を対象にするかによって数字は変わります。
甲状腺がんは、事故当時18歳以下だった人について、1991年から2015年までに約2万件が報告されました。UNSCEARは、このうち約4分の1が被ばくによるものと推定しています。生存率は99%近くとされています。
ボエメケは、こうした数字を化石燃料による発電の被害と比較します。ただし、本書が挙げる年間400万人という数字は、屋外の大気汚染全体による早期死亡の推計です。WHOは2019年の値を420万人とし、原因として産業、家庭用エネルギー、輸送、発電、廃棄物処理を挙げています。発電によるものは、その一部です。
ウラン燃料のペレットはグミ1粒ほどの大きさですが、そこから得られるエネルギーは石炭2,000ポンド、約1トン分に相当します。
renewable(再生可能)とclean(排出が少ない)は別の概念だ、とボエメケは書いています。renewableには、木を伐って燃やすことも含まれます。再び補充できるという意味だからです。
この区分は、原子力をclean energyの議論から外すために使われてきました。米国の州が定める再生可能エネルギー基準でも、原子力は対象になっていません。
読者からは、専門知識がなくても読める、著者自身が描いた図が分かりやすい、といった評価が目立ちます。読み終えて原子力への見方が変わった、と書くレビューも数多くあります。
ここまでの説明は、信頼して読める内容です。
ただし、原子力発電が安全かどうかという議論と、使用済み燃料を最終的にどこへ置くかという議論は別です。前者についての議論は進んできましたが、後者については、まだ答えが出ていません。
廃棄物の最終処分になると、説明が途切れる
本書も廃棄物には触れています。使用済み燃料は固体です。緑色の液体ではありません。原子炉から取り出したあと、使用済み燃料プールで5年ほど冷却し、その後はコンクリートと鋼でできた容器に封じ、発電所の敷地内で保管します。
水は放射線をよく遮るため、プールに十分な水が満たされているかぎり、人は特別な防護なしでそのそばに立つことができます。一人が生涯に使う電力を原子力で賄った場合に出る廃棄物は、炭酸飲料の缶に収まる程度だとも書かれています。
ボエメケは、フィンランドの地層処分場にも足を運び、地下400メートルまで下りています。地層処分以外の案には否定的です。宇宙へ打ち上げる案や火山に投げ込む案は退けています。再処理やトリウムに寄せられる期待にも否定的です。どちらも費用がかさみ、再処理では化学処理の過程で別種の液体廃棄物が生じるからです。
本書が十分に書いていないのは、その先です。容器に入れた使用済み燃料を、最終的にどこで処分するのか。
2026年8月の時点で、高レベル放射性廃棄物と使用済み燃料を対象とする地層処分場を操業している国は、世界に一つもありません。米国のWIPPは1999年から稼働していますが、軍事由来の超ウラン廃棄物を対象とする専用施設で、法律によって高レベル放射性廃棄物と使用済み燃料は対象から外されています。
低・中レベルの廃棄物を受け入れる処分場であれば、複数の国にあります。まだ操業例がないのは、最も放射能の強い廃棄物を対象とする処分場です。
フィンランドのオンカロが、その最初の例になろうとしています。建設は終わっており、2026年8月4日には、規制機関STUKが運転許可を認める方向の見解を示しました。政府の決定は2026年秋の見込みで、処分はまだ始まっていません。
提出書類の不備や設計変更によって、許可審査は4回延期されました。深さは400から430メートルで、使用済み燃料6,500トンを受け入れる計画です。処分作業には約1世紀かかります。
ほかの国は、さらに準備段階にあります。スウェーデンは2025年1月に着工したところで、処分開始は2030年代の予定です。フランスは2023年1月に設置許可を申請しました。許可に関する政令が出るのは2027年以降の見込みで、最初に使用済み燃料を地下へ納めるのは2050年頃とされています。
米国では、ユッカマウンテンの審査が2010年から止まったままです。規制機関は2014年に、閉鎖後の安全要件を満たすという技術評価を出しましたが、ネバダ州の反対によって計画は進まなくなりました。
分離変換という技術にも期待が集まっています。長寿命の核種を、より短寿命の核種へ変換する技術で、放射能そのものを消すわけではありません。
商用規模で稼働している施設は世界に一つもなく、推進側のOECD原子力機関も、産業化の時期を2050年以降としています。同機関はこの技術を、地層処分に代わるものではなく、処分対象となる放射毒性を減らす技術と位置づけています。
実験室で扱える量と、実際に発生する量との間には大きな隔たりがあります。日本の研究機関は2025年10月、本物の高レベル放射性廃液からマイナーアクチノイドを約0.3グラム分離したと発表しました。これは一度の実験で扱えた量です。フランスの原子力施設が1年間に生み出す同じ種類の物質は、約1トンと見積もられています。
「10万年が300年になる」という説明を目にすることもありますが、この300年は、セシウム137とストロンチウム90が十分に減衰するまでの時間です。この2つは半減期が約30年で、分離変換の対象にはなっていません。分離したうえで貯蔵し、減衰を待つ扱いです。
つまり、この300年は分離変換によって短縮された期間ではありません。分離変換が減らそうとしているのは、さらに長く残る核種です。
本書で十分に扱われていないのは、処分場の問題だけではありません。本書は電力を中心に論じており、一次エネルギー消費全体の5分の4を占める非電力部門を正面から扱っていない、という指摘があります。
読者からは、ウラン採掘の影響、同位体分離に伴う廃棄物、燃料加工に必要な工程の多さについても十分に触れられていない、という指摘があります。まだ分かっていないことが多い分野について、確実であるかのように語っている、という評もあります。
最終処分は、単に地中へ埋設すれば済む問題ではありません。
本書は、一人が生涯に使う電力から出る廃棄物の量が炭酸飲料の缶に収まるほど少ない、というところまでは説明しています。しかし、その廃棄物を最終的に受け入れる処分場が、まだどの国でも操業していないことには触れていません。
本書の歴史記述には、裏付けのない箇所がある
まず、ボエメケ自身の立場を確認しておきます。
ボエメケは原子力の普及を掲げる団体を設立し、その資金も自ら拠出しています。原子力関連のスタートアップにも投資しています。2024年9月頃には、夫と共同で計1,000万ドルを、気候変動と原子力に取り組む団体へ拠出しました。
ボエメケは、原子力産業が成長すれば経済的な利益を得る可能性がある立場にあります。ニューヨーク・タイムズと、環境報道メディアのDrilledが、それぞれその点を指摘しています。
原子力を推進する立場の人が、その立場から本を書くこと自体に問題があるわけではありません。問題は、別の点にあります。
本書は、環境団体Friends of the Earthが、事実上、反原子力を目的として設立されたと書いています。設立資金の20万ドルを出したのは、石油会社アトランティック・リッチフィールドの所有者だった、というのが本書の説明です。
Drilledが2025年10月にこの記述を検証し、オランダの大学に所属する科学史研究者2人に照会したところ、その事実を裏付ける証拠は見つかりませんでした。
1980年代にExxonが反原子力団体へ資金を提供した、という記述にも出典が付いておらず、Drilledも独自には裏付けを取れませんでした。
本書はまた、Amory Lovinsを「エネルギーおたく」「再生可能エネルギー100%という考えの生みの親」と呼びます。そのうえで、Lovinsとその支持者が再生可能エネルギーの優位性を恣意的に決めた、としています。
Lovinsはスタンフォード大学に籍を置き、Rocky Mountain Instituteを創設した人物です。本人は、ボエメケは原子力についてほとんど理解しておらず、自分や自分の仕事についてはさらに理解していないようだ、と述べています。本書の歴史記述はどの箇所も誤っており、刊行前に自分への接触は一切なかった、とも語りました。
本書には、掲載したデータはすべて複数の専門家による検証を経ている、という趣旨の記述があります。それにもかかわらず、出典を遡れない数字が残っていることを、どう考えればよいのでしょうか。
版元も広報担当も、Drilledからの照会には回答しませんでした。一人が生涯に使う電力から出る廃棄物が炭酸飲料の缶に収まるという説明についても、Drilledによれば、出所はカナダ原子力協会が作成したSNS向けの図版です。
本書を読むときは、出典を遡れない記述が残っていることと、著者が原子力産業と金銭的な利害関係を持つ立場にあることを、念頭に置いておくとよいでしょう。
書評はほとんど出ていません。主要な一般紙や書評誌でも、本書を取り上げた書評は確認できませんでした。
業界誌のKirkus Reviewsは、「原子力発電をめぐる恐怖、誤情報、歴史的な重荷を晴らそうとする、切迫した説得力のある呼びかけ」と肯定的に評しています。ニューヨーク・タイムズも2025年8月12日に記事を出していますが、書評ではなく、スタイル欄の人物紹介でした。
だからといって、この本を読むべきではないと言いたいわけではありません。
原子力への警戒感がどのように形成されてきたのかという説明には、読む価値があります。ただ、本書だけを読んで原子力に賛成したとしても、使用済み燃料を最終的にどこへ置くのかという問題については、十分な情報を得られないままです。
しかし、議論の出発点になろうとする本であるなら、なおさら、まだ答えの出ていない問いについても扱うべきでした。