社会保障も事業計画も、増え続けることを見込んで作られた
事業計画は、市場が毎年少しずつ大きくなることを前提に立てられてきました。来年の売上目標は今年より高く設定され、採用は続き、設備は増えていく。どれも、人が増えることを織り込んだ数字です。
社会保障も同じように組み立てられています。現役世代が納めたものが、そのまま高齢世代への給付に回ります。若い世代が前の世代より多いあいだは、これが無理なく続きます。
日本の年金制度が、まさにこの例だと私は考えています。人口が増えることを前提に設計されているため、破綻しつつあります。本書が主に論じるのは日本の年金ではありませんが、読者にいちばん身近な話はここだと思います。
では、なぜ人が増えるという前提を置けたのでしょうか。

過去200年で、貧困も病気も大きく減りました。同じ200年のあいだに、世界の人口は10億人ほどから80億人あまりに増えています。『After the Spike』の著者である Dean Spears と Michael Geruso(ともにテキサス大学オースティン校の経済学者)は、人口の増加と暮らしの改善が同じ時期に起きたことを偶然とは考えません。人が増えたからこそ、暮らしが良くなった面があると論じます。
理由の一つは、アイデアは使っても減らないことです。Spears は経口補水塩を例に挙げます。1960年代にダッカのコレラ専門病院で、水に塩と糖を溶かして飲ませる治療法が生まれました。ボトル1本を飲めば、その1本はなくなります。しかし、どの割合で混ぜれば脱水症の子どもが助かるのかという知識は、誰が使っても減りません。次の世代は、その知識を土台にして先へ進めます。
人が多いほど、こうした発見や改良に取り組む人も多くなります。これは経済学では Paul Romer の内生的成長理論として整理されており、著者らもこの系譜に立ちます。
人が多いほうがよい理由の二つ目は、開発に固定費がかかることです。作るのに大きな費用がかかるものは、同じものを必要とする人が一定数いなければ、そもそも作られません。Spears は母親を粘膜黒色腫という希少ながんで亡くしています。この型は米国で1970年代以降に数百件しか記録がなく、標準的な治療法もなかったといいます。患者が少なすぎたためです。自分がそれを手に入れられるのは、必要とする人がほかにもいるからです。
その前提は、もう成り立たない
いま、世界の3分の2の人が、出生率が2を下回る国に住んでいます。男女2人から子どもが2人生まれれば、世代の人数は変わりません。多くの国の出生率は、これを下回っています。
豊かな国だけの話ではありません。インドは2を下回り、ラテンアメリカ全体では1.8、中国は1です。メキシコもカナダも、米国の1.6より低い出生率です。出生率が高い地域として残っているのは主にサブサハラ・アフリカで、ケニアは3を超え、モザンビークは5に近い水準です。
豊かな国々の平均は1.5です。出生率が1.5前後のまま続くと、人口は10年ごとに約10%減り、1世紀で3分の1になります。
記録のある範囲で1950年以降に生まれた世代を見ると、女性が生涯に産んだ子どもの数の平均が1.9を下回った国は26あります。そのうち、その後2まで戻った国は一つもありません。
出生率がこれほど下がっても、日々の暮らしのなかでは気づきません。理由は二つあります。
一つは、出生率1.8の社会と2.2の社会とで、暮らしの実感に差がないことです。買い物に行っても、公園を歩いても、見分けはつきません。一人の女性が産む子どもの数が、平均で0.4人違うだけです。しかし、1.8の社会では世代ごとに人数が減り、2.2の社会では増えていきます。
もう一つは、人口そのものはまだ増えていることです。すでに生まれている子どもが成人して子どもを持つため、いま出生率が2に戻ったとしても、人口は数十年のあいだ増え続けます。人口学ではこれを人口モメンタムと呼びます。国連の予測では、世界の平均出生率が2を下回るのが2064年、人口が103億人で頭打ちになるのが2084年です。
出生率が2を下回ること自体は、最近始まったことではありません。1980年の時点で、2を下回る国に住む人は5人に1人でした。
現役世代が高齢世代を支える仕組みも、市場が毎年広がるという事業計画の前提も、人が増えるあいだに成り立ってきたものです。その条件が、すでに多くの国で失われています。
「減ってもいい」も「代わりがある」も成り立たない
人口が減ってもよいという意見は根強くあります。減ってもいいではないか、減っても代わりがあるではないか。著者は、どれも成り立たないと論じます。以下、四つに分けて見ていきます。
第一の反論は、人口が減れば環境に良いのではないか、というものです。
人口が減り始めるのは、国連の推計では2080年代、最も早いとする推計でも2060年代です。一方、脱炭素は今後数十年のうちに進めなければ間に合いません。人口が減って排出量が下がるとしても、それは対策が必要な時期を数十年過ぎたあとの話です。
その差も小さいままです。本書の計算では、人口が120億人で安定する世界と、2150年に85億人まで減る世界とで、長期的な気温差は0.06°Cしかありません。
そもそも、これまでの環境問題も人口を減らすことで解決したのではありません。中国の粒子状物質による大気汚染は2013年に国際的な問題になりました。そこからの10年間で中国の人口は5000万人増えましたが、汚染は半分に減っています。規制と技術で対処したからです。オゾン層を壊すフロン、有鉛ガソリン、酸性雨をもたらす二酸化硫黄も同じです。人の数ではなく、人が何をするかを変えることで対処してきました。
第二の反論は、人が減れば一人当たりの取り分が増えるのではないか、というものです。
そうとはかぎりません。ここでも、開発にかかる固定費が問題になるからです。人が減れば、そもそも作られなくなるものが出てきます。需要が一定の規模に届かないものは、誰の取り分にもなりません。
炭素の除去については、著者らが実際に計算しています。William Nordhaus は、気候変動を経済モデルに組み込んだ研究でノーベル経済学賞を受けています。著者らはそのモデルに、人口の多い経路と少ない経路を入れました。長期的な気温がわずかに低かったのは、人口の多いほうでした。大気から炭素を取り除く作業には、設備が必要で、費用も労力もかかるからです。分け合う人数が多いほど、一人当たりの負担は小さくなります。Spears は最初、これを計算間違いだと考え、研究員にコードを見直させたと語っています。
第三の反論は、移民で埋められるのではないか、というものです。
世界全体を見れば、これは成り立ちません。地球の外から人が来ることはないので、世界の人口は出生と死亡の差だけで決まります。
一国だけを見ても、移民では人口減少は止まらないと著者は述べます。移住してきた人の出生率は、世代を重ねるにつれて移住先の水準に近づくからです。ある国の人口を減らさずに保とうとすれば、毎年、実現できない規模の受け入れが必要になります。しかも、送り出す側の出生率も下がっていきます。いまは出生率の高い国も、やがて2を下回ります。移民は減少を先延ばしにするだけで、最終的にどこまで減るかは変わりません。
第四の反論は、AIが人手不足を埋めるのではないか、というものです。
ここで著者は、Daron Acemoglu が分けている代替と補完という考え方を使います。羊毛を紡ぐ機械は、それまで人がやっていた作業をそのまま置き換えました。一方、水車で動く工場では、人の作業が奪われるのではなく、同じ人がより多くを作れるようになりました。前者が代替、後者が補完です。
著者は、AIは補完の側になる可能性が高いと見ています。そうであれば、人が何人いるかによって生産の伸び方が変わります。生産性を高める相手がいなければ、その技術は使いようがないからです。AIに期待する人ほど、人の数を気にしなければならないことになります。
答えがないのは、誰も経験していないから
では、出生率を上げればよいのではないか。ここで著者は明確な答えを出しません。よく持ち出される見方が三つありますが、著者はそのどれも否定するからです。
第一の見方は、子育ての費用が高いから産まないのだ、というものです。
これが正しければ、費用を下げた国では出生率が上がるはずです。ところが、保育も大学も医療も無償か低額で提供している国のほうが、出生率はむしろ低いのです。デンマークは1.5、スウェーデンとノルウェーは1.4、フィンランドとカナダは1.3で、いずれも米国の1.6を下回ります。個人単位でも同じです。宝くじに当たった若い女性も、当たらなかった女性も、その後に産んだ子どもの数は同じでした。
Spears はこう問います。児童税額控除の4000ドルのために、結婚相手を変えるか。控除や保育の補助で出産の判断が変わるなら、人生の選択はその程度の金額で動くことになります。
第二の見方は、強制すれば増える、というものです。
ルーマニアのチャウシェスクは中絶を禁じ、職場での骨盤検査を義務づけました。出生率は一時的に大きく上がりましたが、数年で下がり始めました。その後は、所得水準の近いほかの国と同じ速さで下がりました。近年の例では、テキサス州が数年にわたって中絶をほぼ禁止しましたが、出生率は1.8のまま変わっていません。
著者は中絶の禁止に反対しています。「個人の生活を壊し、女性の健康を損ない、女性を怖がらせた。ひどい政策だが、出生率はほとんど動かしていない」と述べています。効果がないから容認してよい、という話ではありません。
第三の見方は、技術で解決できる、というものです。
イスラエルは体外受精を無償で受けられるようにしました。その結果、親になる時期が後ろにずれました。あとからでも産めると思えば、いま産む必要はなくなるからです。
では、そもそもなぜ下がるのか。原因についても定説がありません。出生率がなぜ下がるのかを説明しきれる理論は、社会科学にまだないと著者は明言します。婚姻の減少、宗教性の低下、女性の労働参加、子育ての費用。どれを原因に挙げても、当てはまらない国が出てきます。インドではほぼ全員が結婚し、出産の時期も早く、女性の労働参加率は40%程度ですが、出生率は2を下回りました。ラテンアメリカは9割がキリスト教徒ですが、出生率は先に見たとおり1.8です。韓国は男女の賃金格差がOECDで最も大きく、出生率は1を下回っています。
著者が政策提言に踏み込まないのは、原因が分からないまま解決策を書いても当たらないからです。気候変動もそうでした。1960年代に内燃機関の禁止を訴えても、相手にされなかったでしょう。脱炭素が政策になるまでには、数十年の研究と社会運動が必要でした。だから Spears が読者に求めるのは、政治に働きかけることではありません。「上院議員に電話するな。友人や家族と話して、人口減少は歓迎すべき未来かどうかを聞いてほしい」と述べています。
解決策を示していないという批判はあります。The Times は、本書が具体的な解決策を示すことを避けていると書きました。Foreign Affairs で書評を担当した人口学者の Jennifer Sciubba も、この先どうすべきかが示されていないとしています。
世に出ている解決策への批判もあります。The Independent Review は、父親が育児にもっと関われば出生率が戻るという見方は事実と合っていないと指摘しました。21世紀の父親は前の世代よりはるかに長い時間を子どもと過ごしていますが、出生率は回復していません。
解決策がないという批判は当たっています。読み終えても、何をすればよいのかは分かりません。
ただ、解決策がないのは著者のせいではないと思います。人口が減り続ける社会を、人類はまだ経験していないからです。そこで経済成長をどう考えるのか、イノベーションをどう起こすのか、社会保障をどう立て直すのか。どれも前例がなく、参考にできる国もありません。答えが出ないうちは、来年は今年より高い売上目標を置く、という前提のほうを疑うしかありません。
本書はまだ邦訳されていません。
参考リンク
- 出版社の書籍ページ: https://www.simonandschuster.com/books/After-the-Spike/Dean-Spears/9781668057339
- 書籍公式サイト: https://afterthespike.com/
- The Times の書評: https://www.thetimes.com/culture/books/article/after-spike-risks-global-depopulation-case-people-dean-spears-michael-geruso-review-6cm02b6cx
- Foreign Affairs の書評(Jennifer Sciubba): https://www.foreignaffairs.com/reviews/depopulation-panic-jennifer-sciubba
- The Independent Review の書評(Robert Whaples): https://www.independent.org/tir/2025-fall/after-the-spike/
- 著者の学術論文(The Likelihood of Persistently Low Global Fertility): https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257%2Fjep.20251463
- 人口の縮小と気候・生産性を比較した論文(Is Less Really More?): https://www.nber.org/papers/w33932
- Aspen Economic Strategy Group のブックトーク: https://www.youtube.com/watch?v=KfxnfnH_how
- Persuasion / The Good Fight: https://www.youtube.com/watch?v=iGbWre4vc2E
- The Jordan Harbinger Show: https://www.youtube.com/watch?v=bJXgjkK1s0w
- The Michael Shermer Show: https://www.youtube.com/watch?v=9duvzb9WX7s