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  • 会話の糸口としての音楽、落語、酒と映画

    会話の糸口としての音楽、落語、酒と映画

    Photo by Ike louie Natividad from Pexels

    ボクは基本的に人づきあいが苦手です。面倒に感じてしまいます。でも、人間は社会的な生き物で、人づきあいせずには生きていけません。そこで、会話が苦痛にならないように戦略を立てるようになります。ふつうの人はこんなこと考えずに済むのかもしれませんが、人づきあいが苦手なボクには戦略が必要なんです。かわいそうだと思われるかもしれません。まあ、そうですよね。こんなこと考えながら会話をするって不幸なのかもしれません。でも、それがボクなんです。

    「どんな哺乳類が好きですか?」って質問されたら困りますよね。「動物園で見るならどんな動物を見たいですか?」くらい具体的だと答えられます。それならボクの場合はオランウータンです。できればシンガポール動物園のように一緒に写真撮影とかできるとうれしい。「哺乳類が好き」ってペットとして飼うなら、食用として食べるならとか、他にも色々なケースが考えられますからね。そんなのわかっているから、「どんな哺乳類が好きですか?」なんて聞く人はあまりいない。「イヌ派?ネコ派?」くらいに適度な粒度で答えやすい質問になる。動物に関する質問は、こうやってイヌとネコによって世界が平和に導かれ、会話として成立します。

    「どういう音楽が好きですか?」という質問は「どんな哺乳類が好きですか?」と同じ意味で困ります。まず、音楽の種類は哺乳類並みに幅広いし、様々なケースが考えられるからです。寝る時とか、踊る時とか、カラオケで歌う時とか。それでも会話の糸口として「どういう音楽が好きですか?」は頻繁に使われます。そもそもボクは多くの人たちが聴くであろうジャンルはあまり聴かないのです。「どういう音楽が好きですか?」という質問の目的である会話の糸口を掴むきっかけを提供できない。だから困る。「わたしはヘビーメタルが好きだが、あなたはどうか?」ぐらい具体的だと助かります。それなら「最近のヘビーメタルはわかりませんが、NWOBHM以前の昔のヘビーメタルやハードロックはたまに聴きますよ。六本木のバウハウスも気が向けば行きます」くらい会話の糸口は提供できます。特に好きではないけど、会話のおつきあいくらいはできる程度に知ってますよと。

    「落語とか聴きますか?」は粒度としてはちょうどいいのですが、身構えてしまう質問です。そういう人はたいてい落語のカセットテープとかCDをたくさん持ってて、古今亭志ん生や三遊亭圓生のみならず三遊亭金馬や古今亭馬生とかたくさん聞いてる。生前の古今亭志ん朝や立川談志の高座もちゃんと観ている。今だと立川志らくや柳家喬太郎の高座に行ったりする。「落語とか聴きますか?」という質問だけで、その人のプロフィールがなんとなくわかってしまう。こちらも身構えてしまいます。だから「志ん朝さんや談志さんは生前は一人会をよく観ました。今だと新作は円丈さんとか白鳥さん、古典は最近はあまり聴きませんね」とこちらの守備範囲を定義するような返答をします。三代目金馬が四代目と比べていかに偉大だったか語られてもついていけませんよと。

    「どういうお酒が好きですか?」は困るし、身構える質問ですね。そこで、まず「醸造酒よりは蒸留酒の方が好きです」と答えるようにしています。まずは粗めに答えて、会話の糸口となる粒度を探ります。あまりお酒に詳しくない人だと「醸造酒と蒸留酒って何ですか?」となる。日本酒が醸造酒、焼酎が蒸留酒。焼酎のほうが好きってことです。少しわかってる人だと、「ウィスキーとかですか?」と少し掘り下げてくる。そうすると「ウィスキーより最近はジンとラムにハマってます。あと、芋焼酎も好きです」と少し腹を割って話せる。

    会話の糸口としての「映画好きですか」は偉大な質問です。まず、映画をあまり観ない人はこんな質問をしない。そして、映画好きは間口が広い人が多い。もちろん、好みはあるのだけれど、守備範囲以外でもそこそこ語れる可能性が高い。アヴェンジャーズが嫌いでも、なぜ嫌いなのか語れる。ゾンビ映画が苦手でも架空のゾンビ映画について想像を巡らせることができる。「自分が作るなら、こんなゾンビ映画」とか「走るゾンビはアリかナシか」とか。音楽の好き嫌いは人間関係をギスギスさせるけど、映画の好き嫌いは会話を豊かにする。不思議なものです。

    ただ、アニメは難しい。ガンダム以降をフォローしているかどうかで、会話の運用が全く異なる。つまり、『まどマギ』とか『天元突破グレンラガン』とか『PSYCHO-PASS』とかまで踏み込んでこれるか。何なら「『映像研には手を出すな!』楽しみだよねー。NHKアニメは『未来少年コナン』とか『電脳コイル』とか優秀作が多いもんね」とか。ここまで踏み込める人だと昔のアニメでも金田パースとか板野サーカスとかDAICONとか話ができる。

    で、結局は何が言いたいのか?会話には適切な粒度と方向性が必要ということです。粒度というのは広すぎず狭すぎずのバランスってことです。漠然と哺乳類の話ではなく、動物園の動物の話とか。方向性とはどっちの方向にもっていくかってことです。音楽の話をして、「じゃあ、今度一緒にライブに行こうか」なのか、お酒の話をして「じゃあ、今度一緒に飲みましょうよ」なのか。あと、この戦術は「受けの戦略」なので、会話の「引き出し」を多く持つ必要があります。「カタパルトさんって、何か投げても必ず何か返すよね」といわれることが多いです。それだけ間口を広くとってるからです。単にいろんなことに興味があるってのもありますが、知らないことが不安なのかもしれません。

    これが人づきあいが苦手なボクの会話の戦略です。もし、同じような人がいたとしたら参考にしてください。

  • 『Framing John DeLorean』映画レビュー|「80年代のイーロン・マスク」を描くメタなドキュメンタリー

    『Framing John DeLorean』映画レビュー|「80年代のイーロン・マスク」を描くメタなドキュメンタリー

    デロリアンといえば映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に登場するタイムマシンに改造されたスポーツカーですね。実際のモデル名はDMC-12です。作った会社はデロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)で、その創業者がジョン・デロリアン。今回紹介する映画”Framing John DeLorean”の主人公です。まだ日本では公開予定はないっぽいですね(2019年12月7日公開予定の『ジョン・デロリアン』は”Driven”という別の映画)。

    “Framing John DeLorean”は再現シーンを役者が演じつつ、関係者のインタビューを交えたドキュメンタリーです。再現シーンの撮影風景や、役者がジョン・デロリアンや当時の妻のクリスティーナの心境がどうであったか想像したりしています。以前に紹介した『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』もそうでしたが、最近のドキュメンタリーって現実と虚構を織り交ぜたりするのが流行ってるんですかね。

    この映画ではジョン・デロリアンの様々な側面を描き出そうとしています。ジョン・デロリアンはとても派手で目立つ人だったので、まずはパブリックイメージをそのまま切りとります。そして、会社の設立と逮捕。そして、破綻。様々なイベントを通じてジョン・デロリアンの様々な側面を描き出します。ヒーローなのかヴィランなのか?

    当時の世界最大の自動車会社であるGMの異端児。ポンティアック部門の責任者として大きなエンジンをついたセクシーなポンティアックGTOを1964年に世に送り出したのがジョン・デロリアンでした。映画『ワイルドスピード』シリーズで主人公のドミニクが乗っているダッジ・チャージャー(1966年)や映画『グラン・トリノ』に出てくる1972年式のフォード・トリノのようなマッスルカーブームの先駆けでした。

    初期のマッスルカー市場を牽引していたのがビッグ3の中でも若いクライスラー。今でもある300レターシリーズです。ヘミエンジンを開発してパワー競争を仕掛けます。イケイケでロックンロールな1950年代。それに比べるとGMはおとなしいイメージでした。それまでGMは350インチ以上のエンジンを中型車に搭載することを禁じていましたが、既存のテンペストのオプション装備だとして役員の承認プロセスを回避してGTOには389インチのV8エンジンを搭載させました。これがマッスルカーブームの一般への広がりのきっかけとなりました。日産のスカイラインGT-R(1969年)や前身であるスカイラインGT-B(1965年)もその影響がありましたよね。

    自分のやりたいことのための抜け道を見つけるのがジョン・デロリアン。「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」グレンラガンの口上を地で行った人。さらに時代の流れを読んで、適切なプロダクトをリリース。ポンティアックのほか、同じGMグループのシボレーでも実績を出しました。時代はデロリアンに味方していた。

    テスラのイーロン・マスクも派手な人ですが、ジョン・デロリアンも負けず劣らず派手でした。週末をカリフォルニアで過ごし、もみあげを伸ばし、顔の輪郭を男らしくするために整形手術をしました。いろんな女性と浮世を流し、当時19歳のブロンドと再婚しました(すぐに離婚して、トップモデルのクリスティーナと再婚)。テレビのインタビューではセックスは自分のドライブだと公言していました。ロックスターですね。

    若くして実績を出し続け、GMの社内でも出世していきました。しかし、極彩色のデロリアンは無色が好まれるGMのエグゼクティブには疎まれる存在でした。GM社内で浮きまくっていた。デロリアンを押さえつけようとする他のエグゼクティブ達と確執が生まれました。デロリアンはそれをメディアにリークしてしまいます。GMの品質について痛烈に批判。役員の責任を追求。その結果、ジョン・デロリアンは1973年にGMを追放されます。

    GMを追放されたジョン・デロリアンはフェラーリやランボルギーニではない大衆のためのスポーツカーを世に送り出すためにデロリアン・モーター・カンパニー(DMC)を創業します。パートナーはエンジニアのビル・コリンズ。DMC以前、最後の自動車スタートアップは1920年代のクライスラーでした。石油もデータセンターもスタートアップには向きませんが、自動車会社もスタートアップには向きません。それなりにテスラを軌道に乗せているイーロン・マスクってすごいんですよ。クライスラーも幾度と倒産を乗り越えてきましたし、DMCも最終的には破綻してしまいます。そして、この破綻はジョン・デロリアンにとっても家族にとっても決定的なものでした。

    デロリアンは政府の補助金を期待して紛争真っ只中の北アイルランドに工場を建設を決めます。U2も『ブラディ・サンデー』歌いましたよね。当時はDMC-12のプロトタイプしかない状態。北アイルランドには自動車工場のインフラもなく、経験のない労働者しかいない。しかも、2年で大量生産を開始しないといけない。そこで、コーリン・チャップマン率いるロータスとパートナーシップを組むことにします。 テスラのプロトタイプもロータス・エリーゼでしたが、自動車スタートアップにとってロータスって組みやすいんですかね?ロータスとのパートナーシップに伴いビル・コリンズをはじめ、アメリカのエンジニアチームは解散。しかし、このパートナーシップが最終的にはデロリアンの破滅につながります。

    なんとか5000台を出荷することに成功しますが、最初のロットは品質問題だらけでした。経済状況も悪かった。新自由主義を標榜するマーガレット・サッチャーが首相になったことで政局も変わった。政府からの補助金は期待できなくなった。デロリアンは資金がショートする寸前まで追い詰められます。そして、ロナルド・レーガンが大統領になって麻薬との戦争をはじめます。

    レーガンのために実績を上げたいFBIは内通者を使って資金調達に躍起になっていたジョン・デロリアンをコカイン取引による資金調達スキームにハメます。おとり捜査どころかFBIが事件化するためにデロリアンを様々な手を使って誘導していきました。そして、ジョン・デロリアンは逮捕されてしまいます。これで資金調達のめどが立たなくなったデロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)は破産します。ジョン・デロリアンはFBIの手法があまりにもひどいので、無罪を勝ち取るのですが、時すでに遅し。無罪だったのに、会社を失い、家族も失います。でも、本当に無罪だった?

    これで終わりません。コーリン・チャップマンとのパートナーシップで不正が発覚します。投資を受けた中から1700万ドルを二人で着服していたことが発覚します。盟友ビル・コリンズを会社から追い出したのも、ビル・コリンズがこのスキームに気づいたからでした。自動車業界のスーパースターとしての顔、父親としての顔、夫としての顔、お金のためなら友人も裏切る顔。これらすべてがジョン・デロリアンでした。

    こんな感じで、映画の内容としてはすでにWikipediaでも書かれていることです。特に新しい事実はありません。ジョン・デロリアンは彼と関わった今を生きる人たちにも影響を与え続けているんですよね。元従業員や関係者、子供達へのインタビューでデロリアンが亡くなった後も影響を与え続けていることがわかります。離婚していち早く自分の道を見つけることができたクリスティーナは強い人だったんだなあ。それにしても、ジョン・デロリアンのような強烈な個性と行動力を持った人でも、時代には抗えない。小型化と省エネと新自由主義の時代についていけなかった。新しいセクシーなスポーツカーの時代。イーロン・マスクは時代に愛され続けますかね?

  • 書評|映画監督ケヴィン・スミスの自宅からの実況中継|”Tough Sh*t” by Kevin Smith

    書評|映画監督ケヴィン・スミスの自宅からの実況中継|”Tough Sh*t” by Kevin Smith

    ボクがインディー映画を好きになったのは80年代からで『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』とか『ニュー・シネマ・パラダイス』とか『八月の鯨』とかを岩波ホールとかミニシアターで観ていました。しかし、インディー系の映画が本当に市民権を得たのは90年代からでしょうね。その代表がクエンティン・タランティーノ。でも、ボクが大好きだったのはケヴィン・スミスの『クラークス』と『チェイシング・エイミー』でした。

    著者本人が朗読してくれるのがオーディオブックの楽しみの一つです。そして、このオーディオブックは著者のケヴィン・スミスが本人の自宅で録音しています。ケヴィン・スミスは活発にポッドキャストで配信しているので、あまり新鮮味はないのですが、本人が振り返る90年代からの映画監督としてのキャリアは90年代のインディー映画シーンを理解する上で、内側から見える風景を紹介してくれていて楽しいです。

    Tough Sh*t: Life Advice from a Fat, Lazy Slob Who Did Good (English Edition)

    Tough Sh*t: Life Advice from a Fat, Lazy Slob Who Did Good (English Edition)

    ケヴィン・スミスとボクは歳が近いので、映画体験も似ています。ムービーとフィルムの違い。それはエンターテイメントとアートとの違いです。人生を変えたのがニューヨークのアンジェリカ・フィルム・センターまで出かけて映画を観たこと。カフェにあるコーヒーバー、ポップコーンじゃなくスコーンをはじめて食べた。地下鉄が通過すると振動を感じた。ボクも町田から渋谷まで電車を乗り換えていきましたよ。アートだ、これが都会だ!

    ケヴィン・スミスはこの日に映画制作をすることを決めたそうです。妹のバージニアが言ってくれた「映画監督になりたいなんて言う必要ないのよ。まだ映画を撮っていないだけで、あなたはもう映画監督よ」は最高のアドバイスになった。アイデアを信じて「言う」だけでなく「行動」しないといけない。スーパーマンにはなれないけど、誰でもバットマンにはなれる。

    最初の映画の仕事は初監督の自主制作作品の『クラークス』で、予算は27,575ドル(約300万円)。これがサンダンス映画祭で取り上げられて、ミラマックスが225,000ドル(約2400万円)で買ってくれた。ダンテが自分自身だとしたら、ランダルはなりたかった自分。『チェイシング・エイミー』はボクの大好きな映画なんですが、この映画のキャストに関してミラマックスと駆け引きがあったのは知りませんでした。当時のミラマックスでの映画制作予算の最低額は3億円で、ドリュー・バリモアやジョン・スチュワートなど有名な俳優を出演させることを提案。しかし、ケヴィン・スミスは自分が選んだキャストにこだわりたかった。予算は『クラークス』と同じで300万円、自分が選んだ俳優を出演させる。気に入ったら買い取ってくれていいし、気に入らなかったら他の配給会社に売りに行く。

    ハーヴェイ・ワインスタインは2017年に#MeToo運動に発展するセクハラ報道で映画界から追放されます。本書(2012年出版)でケヴィン・スミスはハーヴェイ・ワインスタインとミラマックスが90年代に果たしたインディー映画発展の役割について語ります(セクハラ報道後、ワインスタインとの関わりを恥じて、ワインスタインと関わった作品の今後の売り上げをWoman in Filmに寄付すると発表した)。ミラマックスはマイケル・ケイトン=ジョーンズ監督作品の『スキャンダル』、スティーブン・ソダーバーグ監督作品の『セックスと嘘とビデオテープ』、ペドロ・アルモドバル監督『アタメ』、そして、クエンティン・タランティーノ監督作品の『レザボア・ドッグス』と『パルプ・フィクション』を世に送り出します。『クラークス』も90年代を象徴するインディー映画でしたね。

    ミラマックスはディズニーに買収されて、そのエッジを徐々に失っていくのですが、ケヴィン・スミスはマイケル・アイズナーに対して「こんなブランドについて語るやつは後にも先に会ったことねえ」と。まあ、そうでしょうね。ただ、アイズナーはミラマックスのブランドが失われつつあることを理解した一人だとしています。ミラマックスの直感的なマジックは徐々にプロセス化されてパッケージングされます。『ロード・オブ・ザ・リング』はまさに代表例ですね。

    ハーヴェイ・ワインスタインはミラマウス(ディズニーを象徴するミッキーマウスとミラマックスをかけた造語)を離れて自身でワインスタイン・カンパニーを設立します。ミラマックスから巣立ったタランティーノやロバート・ロドリゲスはワインスタインについていき、ケヴィン・スミスもそれに続きます。しかし、失われたマジックは失われたままで、他のスタジオはミラマックスのやり方を学び、ワインスタインは他のスタジオと同じになりました。

    8月上旬から9月末に観た映画ひとこと評(あいうえお順)

    奇跡がくれた数学:説明的すぎる。

    グレートハック:SNS史上最悪のスキャンダル:個人情報を大切にしましょう。

    サマー・オブ・84:今年度ワーストワン。

    ジョン・ウィック:パラベラム:長い。

    ブレードランナー ファイナルカット IMAX:記憶と違ったけど、色褪せない。

    プロメアきれいなグレンラガン

    ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド IMAX:優しいタランティーノ映画。

  • 映画評|虚構と現実、過去と現在が交差する音楽映画|ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説

    映画評|虚構と現実、過去と現在が交差する音楽映画|ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説

    (若干ネタバレがありますのでご注意を)

    ボクは遅れてきた世代なのでボブ・ディランの全盛期をリアルタイムで体験していません。それでも主なアルバムは持っていたし、ブートレグシリーズも何枚か持っていました。遅れてきた世代だからこそ、ボブ・ディランがクールだと思いました。ジョナサン・リッチマンやレオン・レッドボーンがクールなのと同じ意味で。それくらいの距離感です。

    『ローリング・サンダー・レビュー』はボブ・ディランと仲間たちが1975年から1976年にかけて行ったコンサートキャラバンです。ジョーン・バエズやジャック・エリオットといった盟友だけでなく、アレン・ギズバーグなども加わりました。パティ・スミスやジョニ・ミッチェルもゲスト参加したり。

    そのローリング・サンダー・レビューの映像記録を映画監督マーティン・スコセッシがまとめた作品がネットフリックスで公開中の『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』です。これが単にコンサートの記録をまとめた作品だったら、ボクはわざわざ映画評を書きません。虚構と現実、過去と現在が交差する不思議な映画なのです。

    虚構と現実

    この映画にはいろんな人たちが登場します。既に亡くなった人たちも登場します。詩人アレン・ギンズバーグが実はダンスの達人だったとかビックリです。まだ生きている人たちも出てきます。そして、実在しない人たちも登場します。その一人がこの映像を記録したステファン・ファン・ドロップです。え?どういうこと?この役を演じているのはベット・ミドラーの旦那さんのマーティン・フォン・ハセルバーグです。ステファン・ファン・ドロップなる人物は存在しません。ファン・ドロップ氏が出てくると頭がクラクラしてきます。この人が言ってるのは本当なのか?嘘なのか?

    また、パラマウント映画のトップであるジム・ジアノプロスがローリング・サンダー・レビューの仕掛け人として登場します。ジム・ジアノプロスは実在する人物ですが、音楽ビジネスに関わったことはありませんし、ボブ・ディランと繋がりもありません。当然ながらローリング・サンダー・レビューの仕掛け人ではありません。いったいこの人は何を言ってるんだ?と観ていて当惑してきます。

    他にもいくつかあるのですが、ご自身で探してみてください。音楽と関係ない人たちが出てきたら要注意です!特に、映画関係者。音楽関係の人たちは(多分)本物です。パティ・スミスは素晴らしい!

    クイーンを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディー』もリアリズムと作り話のバランスをとった虚構と現実の世界ですよね。それはフィクションだからできた技です。しかし、『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』はノンフィクション……なんですよね。やっぱり、ボブ・ディランは最高にクールだ。

    2019年6月、7月に観た映画/ドラマのひとこと評(あいうえお順)

     

  • 映画評|熱量の少ないドキュメンタリー映画|Titicut Follies

    映画評|熱量の少ないドキュメンタリー映画|Titicut Follies

    チチカット・フォーリーズ』はドキュメンタリーの名手フレデリック・ワイズマンの初監督作品。友人から韓国で発売されているDVDをお借りして初めて観ました。

    精神異常犯罪者を収容する病院の日常を描いたドキュメンタリー作品。フレデリック・ワイズマン作品の特徴はとにかくありのままの姿を観客に提示する。そこには何の主張もない。その精神はこの初期の作品からあまりにも明確なのにびっくり。

    人間だったら色々と主義主張とかあるじゃないですか。訴えかけたいことが。フレデリック・ワイズマンの作品にはそれが全くない。何の説明もないから、最初はこれが刑務所だということもわからなかった。なんか、頭のおかしい人がたくさんいるなーって感じ。

    そこにいる人たちはひどい扱いを受けてると思いますよ。今だったら虐待だって言われると思う。当時もそうだったのかな。たぶん、そうなんでしょう。それだけ。

    ボクはそもそもドキュメンタリー映画が苦手だったりする。長いドキュメンタリーが苦手。『ゆきゆきて、神軍』とか評判いいけど、どうしても触手が動かない。今でも記憶に残ってるのって『子供たちをよろしく』くらいかなあ。あれはポッパーズMTVという昔のテレビ番組でピーター・バラカンがオススメしてたから観た。トム・ウェイツが主題歌歌ってたし。それくらいしか思い浮かばないくらい、ドキュメンタリー映画は観ていない。疲れちゃうんです。

    ドキュメンタリーのテレビ番組は好きなんですよ。90分くらいに収まってくれているといい。多分なんですが、熱量にやられちゃうんでしょうね。重くって観てられない。そんなボクでもフレデリック・ワイズマンは最後まで観れてしまう。それは熱量がないからなんでしょうね。

    2019年3月〜5月までに観た映画のひとこと評(あいうえお順)

  • 映画|アメリカ版低学年の『トレインスポッティング』|mid90s(ネタバレなし)

    映画|アメリカ版低学年の『トレインスポッティング』|mid90s(ネタバレなし)

    今回は優良作品を連発しているスタジオA24の最近の作品の中でもまだ日本未公開の”mid90s“の紹介です。監督は今回が初監督作品となるジョナ・ヒル(写真)です。A24って『へレディタリー/継承』で初監督を務めたアリ・アスターといい、経験が少ないけどいいセンスを持っている新しい監督を起用するのがうまいですよね。

    『トレインスポッティング』との類似点

    ネタバレにならない程度に”mid90s”を説明すれば「アメリカ版低学年の『トレインスポッティング』」です。

    『トレインスポッティング』の舞台はスコットランドで小道具はヘロイン、”mid90s”の舞台はロス・アンジェルスで小道具はスケボーという違いはありますが、低所得者層の子供たちの日常を描くという意味では同じテーマです。『トレインスポッティング』ではイケてるジャンキーのシック・ボーイ(Sick Boy:YouTube)という登場人物が出てきますが、”mid90s”でそれに該当するのはイケてるボーダーのファック・シット(Fuck Shit:YouTube – 左から二番目)ですね。なんとなく共通点が見えてきました?

    トレインスポッティング(字幕版)

    『トレインスポッティング』との相違点

    ボク個人は『トレインスポッティング』の陰鬱な部分が好きじゃなくて、あまり何回も観る気が起きません。しかし、”mid90s”は13歳の男の子が主人公ということもあり、『トレインスポッティング』のような暗さはありません。もちろん、低所得者層の暮らしは楽なはずはなく、”mid90s”でもその影を落としています。でも、生活の影の部分への抗い方がどこか微笑ましい。どことなく 80年代の映画『グーニーズ』を彷彿とさせるくらいです。子供が頑張るのってかわいいですよね。

    あと、『トレインスポッティング』はミュージックビデオ風に編集が凝っていました。”mid90s”はその要素はほぼなくて、淡々と日常が進んでいきます。これは1990年代の映画と2010年代の映画の違いなのかもしれません。最近の映画は自然体の演出が多いですよね。個人的に凝りすぎた映像演出は好きではないので、自然体の演出が増えるのは喜ばしい傾向です。

    2019年2月に観た映画のひとこと評

  • 映画|グランドホテル方式のネオ・ノワール|Bad Times at the El Royale(ネタバレなし)

    映画|グランドホテル方式のネオ・ノワール|Bad Times at the El Royale(ネタバレなし)

    今月に観た映画で一番良かったのは黒沢清監督の『散歩する侵略者』(2017年)ですが、取り上げるのはブログの趣旨「イノベーションに効く世界の情報を日本語で」にマッチしている日本未公開の”Bad Times at the El Royale”(2018年)なので、こちらをご紹介。

    監督のドリュー・ゴダード(写真)は映画『キャビン』(こちらもクリス・ヘムズワースが出演)ですでに監督デビューしています。さらにNetflixの『ディフェンダーズ』シリーズの製作総指揮や『クローバーフィールド』、映画『オデッセイ』(名作!)の脚本などで実績を上げてきました。X-メンのスピンオフで『デッドプール2』から繋がる(であろう)『X Force』の監督になることが決まっているハリウッド期待の星です。

    “Bad Times at the El Royale”の特徴を箇条書きすると以下の通り

    • グランドホテル方式の群像劇(アンサンブル・キャスト)
    • ネオ・ノワール(フィルム・ノワールの現代版)
    • 豪華キャスト(クリス・ヘムズワースやダコタ・ジョンソンなど)

    グランドホテル方式

    グランドホテル方式は一つの場所にいろんな人が集まる群像劇の一種です。群像劇なので主人公は特定の一人ではありません。ストーリーが展開される場所も限定されるのも特徴です。三谷幸喜作品『12人の優しい日本人』はずっと一つの部屋で最初から最後までストーリーが展開され、極端に場所限定をする場合は「密室劇」と言われます。

    “Bad Times at the El Royale”は回想シーンでホテル以外の場所も出てきますが、基本的にはエル・ロイヤル・ホテルが物語のスタート地点であり終着地点です。宿泊客がどんな人たちなのかはかなり早い段階で見えてくるため、最初からダレることなくテンポよく話が進みます。

    ネオ・ノワール

    1950年代のフィルム・ノワールを現代風にアレンジしたのがネオ・ノワール。勧善懲悪ではなく、「善」と「悪」の境界線がボヤケテいるのが特徴です。フィルム・ノワールはオーソン・ウェルズの『黒い罠』なんてオススメです。

    フィルム・ノワールでは悪いことをしている人が必ずしも悪人ではないし、良いことをしている人が必ずしも善人ではない。”Bad Times at the El Royale”の舞台となるエル・ロイヤル・ホテルはネバダ州とカリフォルニア州の境界線上にあって、それを暗に示唆しています。しかし、ハリウッド映画なので、少なくとも「悪」と「善」のそれぞれの代表はかなりはっきりしています。

    豪華キャスト

    『マイティ・ソー』のクリス・ヘムズワースはすっごくかっこいいですよね。おそらくアベンジャーズの中では女子人気が一番高いのではないでしょうか。二枚目俳優がイカれた役を演じるととてもセクシーですよね。『12モンキーズ』のブラッド・ピットなんてまさにそれ(ブラッド・ピットの演技の中で一番好き)。あそこまで狂っていませんが、クリス・ヘムズワースもイカれ役で登場します。

    でも、ボク的にはダコタ・ジョンソンですね。めっちゃタイプです。ボクもダコタ・ジョンソンに縛られたいです。

    2019年1月に観た映画のひとこと評

  • 映画評『スノーデン』|エドワード・スノーデンから学ぶ自由

    映画評『スノーデン』|エドワード・スノーデンから学ぶ自由

    社会人になって読書や映画鑑賞から離れていた時期もありました。音楽もそう。CDをケースから出して、プレーヤーに入れる。ちょっとしたことなんだけど、億劫になってしまう。でも、インターネットとサブスクリプションモデルのおかげで、音楽や映画がまた身近なものになりました。これは良い知らせ(Good News)です。

    でも、良い知らせの裏には悪い知らせ(Bad News)もあります。多くの人は悪い知らせに気がついてませんでした。そのバッドニュースを目の前に出してくれたのがエドワード・スノーデンです。映画『スノーデン』は彼がどうやって(全てを失ってまで)私たちに悪い知らせを届けてくれたのかを描いています。

    www.netflix.com

    選択の自由とプライバシー

    この映画を観て改めて考えるのは「自由ってなんだろう?」ということです。エドワード・スノーデン本人はアメリカ政府の盗聴プログラムの善悪を判断していません。悪いとも言ってないし、いいとも言ってない。でも、人々はそれを知る権利があると考えました。自由というのは知った上で選択できることなのです。それが自由の全てではないにしても、自由であることの条件の一つではある。

    FacebookやGoogleを使うのはプライバシーの観点から確かに安全とは言えない。エンドトゥーエンドの暗号化が実装されているSignalの方がずっと安全です。メールとか最悪ですよね。安全に使おうと思ったらPGPを使うしかない(スノーデンた使っていたLavabitは2017年に再開したもののほぼ利用できず)。それでもFacebookやGmailを使うのは選択です。

    これが自由なんじゃないですかね。サイファーパンク宣言にもあるように「プライバシーは秘密主義とは違う。プライベートなことというのは世間に知られたくないことで、秘密というのは誰にも知られたくないことだ。プライバシーというのは選択的に自己開示する力のことをいう」ということなんだと思います。選択する自由。

    知ることで自由になる

    誰に覗き見されても構わない会話は普通のメールやFacebook Messenger、プライバシーが必要な会話はSignalという選択肢もあります。でも、それはFacebook Messengerはプライバシーに問題があるとか、Signalは他のチャットサービスと比較して安全という知識が必要になります。そもそも、会話が見られて分析されているという知識も。

    エドワード・スノーデンは人々には知る権利があると考えました。知った上で選択すればいい。スノーデンは悪いニュースを届けたのかもしれない。しかし、そのおかげで選択ができるようになった。選択の自由が生まれた。知らなかったら選べない。

    「悪いことをしているから隠したいんだ」と考える人もいるかと思います。確かにそういう面もあるでしょう。しかし、選択の自由を無くしていいことにはなりません。「正しい」か「正しくない」か判断するのは政治家や企業役員だけが決めることではないからです。「全体主義にとって都合のいいのはナチスや共産党の信者ではなく、事実と作り話の差がわからない人」ですし、エリザベス・ホームズが「正しい」企業もやはり立ちいかなくなるわけですから。