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  • 中国のヨドバシカメラ JD.comが日本企業から学んだこと

    中国のヨドバシカメラ JD.comが日本企業から学んだこと

    中国のスタートアップはすでに巨大プラットフォーマーとなったアリババ、テンセント、バイドゥのBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)の他、それに続くユニコーンのトウティアオ、メイトゥアン、ディディチューシンのTMD(Toutiao, Meituan-Dianping, Didi) について記事を見かけることは多いかもしれません。今回取り上げるJD.comはすでにIPOしているのでユニコーンというよりもすでに大企業ですが、その傘下の物流企業や金融企業はまだ非上場なのでユニコーンとして数えられています。

    JD.comを日本の企業で例えるとヨドバシカメラですかね。ヨドバシカメラもそうですが、家電は意外とAmazonの手が届きづらいのか、世界で競合会社があります。アメリカならベストバイですし、ヨーロッパだとドイツのメディア・マルクト(Media Markt)やフランスのフナック(Fnac)とか。それにしてもなんでJD.comはこれほど成功したのでしょうか?

     

    大学時代と最初の失敗

    中国の起業家ではよくある話のなのですがJD.com(京东)を立ち上げるリチャード・リュウ(刘强东)の家庭も貧しく、北京大学入学のために上京してきた時、家庭からの仕送りをもらわないことに決めて、プログラミングをしながら学費と生活費を稼ぎました。

    そして、リチャード・リュウの起業人生は大学四年の時に大学近くのレストランをプログラミングで稼いだお金と親族からの借金の24万元で買ったことからはじまります。このレストラン業が失敗して資金を失っただけでなく20万元(日本円で330万円くらいですが、当時の中国での価値はもっと大きかったでしょうね)の借金を背負うことになります。起業という甘い夢。魔が刺しちゃったんですかね。

    しかし、この失敗で起業の夢を失うことはなかったようです。ただ、借金は返さないといけないので、卒業後は日本生命の中国支社に就職します。日本企業ではミスが許されない文化でした。大学時代のアルバイトや最初に経営したレストランではミスを許していました。このミスを許さない姿勢に大きく影響を受けたそうです。更に、物流、調達、ITなど様々な経営の仕組みを学んでいきます。

    起業と失恋

    借金を全て返済したリチャード・リュウは1998年に再び起業します。これがJD.com(京东)です。なんと、後にライバルとなるアリババの一年前に起業してるんですね。最初は親に黙って起業しました。しかし、不審に思った母親が事前の連絡なしに北京を訪れ日本企業をやめてしまったことがバレたそうです。そして、そのことにすごく悲しんだそうです。しかも、当時付き合っていたガールフレンドからも起業が原因で別れを告げられてしまいます。当時の中国ではスタートアップはならず者のやることだったんですね!まあ、日本でも似たようなもんだったでしょうね。

    それにしても、金もない、技術もない、頼る人もいない中での起業で、周りからの理解も得られなかったのはツラかったそうです。それでもやるのがすごいと思います。

    オンラインビジネスへの転換のきっかけ

    当時のビジネスはパソコンショップでした。まだあまりパソコンの操作に慣れた人がいなかったため、差別化のために無償トレーニングを提供していました。Gome(国美電器)が最も大きいパソコンショップチェーンで、いつかはGomeのようになると考えていたそうです。そんな夢を打ち砕いたのがSARSでした。

    これはアリババの映画でも確認できますが、SARSが猛威を振るっていた頃(2002年11月から2003年7月)、外出は制限されていました。リチャード・リュウも店を閉めて、在庫管理を家からしなければいけませんでした。顧客とのコンタクトは店のオンラインフォーラムで、ここで全てのやりとり不眠不休でおこないました。

    この経験でオンラインでのビジネスの可能性を見出します。SARSの脅威がなくなり、店を再び開けましたが、2004年1月1日にオンラインビジネスに転換することを決めます。これが正式な起業の年となります。最初は三人のスタッフと98種類の製品でのスタートでした。この時、リチャード・リュウは30歳でした。そして翌年には店舗を占めて完全にオンラインでビジネスを行うことを決めます。そして起業から10年でIPOすることになります。

    リチャード・リュウがSARSの期間に気づいたのは、日本企業に勤めていた時に学んだ物流の大切さだったそうです。そこで、オンラインビジネスに舵を切る時に物流に力を入れることにします。

    起業から十年間、何度もやめようと思ったそうです。IPOの時は40歳でしたが、かなり白髪が増えたそうです。実際にJD.comは利益が出ていません。Amazonは戦略的な投資を多く行うことで利益を出さないことで有名ですが。JD.comもロボットやドローンを使った最先端のロジスティックに投資していますが、AmazonにとってのAWSのような次の「金のなる木」が見つかっていないのが気になります。

    (ソース:Stockclip)

    大企業の目論見

    利益が出ていないにも関わらず、JD.comはテンセントやウォルマートが投資をしています。これは中国のeコマースがまだまだ成長するという期待もあるのでしょうが、それぞれの企業の思惑が大きい気がします。つまり、JD.comを理解するにはそれを取り巻くエコシステム全体を理解する必要があるということです。

    eコマースは大きく分けてC2CとB2Cの二種類があります。日本を例に例えるとC2Cはヤフオクや楽天市場の個人商店。メルカリもそうですね。B2Bはアマゾンやヨドバシドットコムですね。中国のeコマースではアリババが有名ですが、C2Cがタオバオ、B2CがTmallと二つのプラットフォームを運営しています。ちなみに本家のアリババはB2Bのコマースサイトですね。そして、JD.comはB2Cのeコマースなので直接競合しているのはTmallになり、この分野ではJD.comは最大のシェアを持っています。

    テンセントの目論見

    IPO前にテンセントがJD.comが投資により株式を15%取得して筆頭株主になっています。テンセントとしてはアリババのAlipayとの競合の関係上、WeChatの優位性を持たせるためにコマースなどO2Oのパートナーが欲しい。ペイメントに関しては常にアリババが先行していて、テンセントは追う立場ですからね。そこで白羽の矢が当たったのがB2CのeコマースでトップシェアのJD.comでした。

    この効果はJD.comにとっても絶大だったようで、新規顧客の1/3はWeChatからのトラフィックだったそうです。上のチャートを見てもらえばわかるように、売上げも営業利益率も2015年から改善しています。売り上げはわかるけど、なぜ利益まで?それはこのパートナーシップのおかげで5年間は無料でWeChatから送客されることが大きいと思います。つまり、1/3の新規顧客のCPA(Cost Per Acquisition)がゼロな訳です。そりゃ利益も改善するよ。

    ウォルマートの目論見

    中国市場を狙っているのはウォルマートも同じです。ウォルマートは2011年から日用品のeコマースサイトのイーハオディエン(1号店)に投資をし続け、2015年には完全買収をしました。イーハオディエンもカテゴリーとしてはJD.comと同じB2Cのeコマースです。しかし、一度は手にした100%資本の中国法人ですが、2016年にあっさりと5%の株式交換でJD.comに売却してしまいます。これによりウォルマートもJD.comの大株主に仲間入りです。これは勝ち馬に乗ろうということでしょうね。

    Googleの目論見

    Googleも少額(それでも5億5000万ドル)ではありますがJD.comに投資をすることを2018年6月に発表しました。そして、それに先立つ2018年1月にテンセントとGoogleは特許の共有協定を締結しています。偶然なんですかね?

    Googleは検索においてバイドゥ(百度)とガチバトルをして中国市場から撤退した経験があります。それから2017年にAIを軸にして中国市場に足場を築こうとしています。これは想像なんですが、Googleはガチバトルではなく、パートナーシップで中国市場にプレゼンスを確保する戦略に切り替えたのではないでしょうか。

    参考資料

    京东创始人刘强东创业史:女朋友父母认为我是耻辱_创业&资本 – 前瞻网

    刘强东的创业经历和故事,讲述刘强东的创业史

    Q&A: JD.com Founder and Chief Executive Richard Liu – China Real Time Report – WSJ

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  • はじめての中国Fintech:モバイルペイメント編【赤盤】

    はじめての中国Fintech:モバイルペイメント編【赤盤】

    モバイルペイメントというのはモバイルとペイメントが合わさった言葉です、あたりまえですが。つまり、モバイルとペイメントの両方の発展を見ていくことによって、より理解が深まるのですね。中国のモバイルペイメントについて様々な記事を見かけます、その時のニュースについて知ることは大事なのですが、その背景や経緯などを理解すると、さらに深い知識となります。

    まあ、よく考えてくださいよ。ある日いきなりドカンと新しいものが出てくるなんてないわけですよ。スティーブン・ジョンソンは著書『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則』で一つのイノベーションが生まれるためには複数の要素が一定水準に達する必要があることを隣接可能性と呼んでいます。スマホだっていくつかのイノベーションが組み合わさってできている。これはモバイルペイメントも同じ。AlipayやWeChat Payが普及するまで、それが機能するための複数の要素が十分に中国で普及する必要があったわけです。

     

    モバイルペイメントの条件

    まず、モバイルペイメントを実現するためにいくつかの要素が必要になります。

    1. 金融機関の受け入れ態勢
    2. 消費者の受け入れ態勢
    3. 店舗の受け入れ態勢

    まず第一に、金融機関がペイメントを受け入れられなければそもそも支払いができません。銀行でもPayPalのような第三者決済機関でもいいのですが、決済機関は必要です。

    次に消費者が実際に買い物をするために使うモバイル端末が必要です。現金だったら必要ないですが、モバイルペイメントというから人はモバイル端末を使うわけです。それが利用されるにはメリットがないといけない。例えば、お金を持ち歩かなくてすむとモバイルペイメントでなければ買えないものがあるとか。そしてUXの問題。普通に考えればスマホを取り出して、アプリを起動してQRコードやICカードを読み取るって面倒な作業です。ステップ数的には現金やカードより多い。それなりのメリットがなければ使わないですよね。

    そして最後に買い物をする店舗側での受け入れ準備が必要です。QRコードを使うならQRコードを表示したり、読み取ったりしなければいけません。ICチップならICチップを読み取る機械が必要です。また、手数料が低いほど受け入れやすい。小売は薄利多売が多いので、利益を大きく圧迫する仕組みは受け入れられません。

    この三つの要素が十分に成熟して、銀行、消費者、店舗がWin Win Winの状態になってはじめてモバイルペイメントが実現できます。では、中国でそれぞれの要素がどのように発展していったのでしょうか。

    2002年:オフライン主体で金融インフラ構築段階

    金融機関の受け入れ:NG

    中国で一番最初のオンライン決済の仕組みはAlipay(支付宝)でもなければUnionPay(银联)でもありません。1998年にできたPayEase(首易信支付)が一番はじめです。しかし、初期のPayEaseは銀行のサイトで最終的な決済手続きをしなければならず、使い勝手が悪く普及しませんでした。

    むしろ、銀行がバラバラのシステムを使っているのが問題でした。これは日本の銀行でもそうでしたが、中国でも別の銀行のキャッシュカードを使ってお金を引き出すことができませんでした。さらに、同じ銀行でも別の地方では使えませんでした。これを解決するために生まれたのがUnionPayです。

    中国ではあまり銀行は信用されていません。少なくとも、銀行の支店は信用されていません。おそらく日本の銀行以上に事務的で官僚的でプロセスが遅い。だいたい中国人の友達と話をすると銀行の悪口が話題にのぼります。自分自身が体験したわけではないですが、話を聞くと確かにひどいなと思うことが多かったです。

    中国の銀行にはその頭文字を使ったニックネームがあります。例えば、中国工商银行(ICBC)だと「貯金は好きだけど貯金しない(爱存不存:I Cun Bu Cun)」とか中国农业银行(ABC)だと「ああ、貯金しないの?(啊?不存?:Ah, Bu Cun)」とか。香港のHSBCですら「それでも貯金しない!(还是不存!:Hai She Bu Cun)」ですからね。全ての銀行にこのようなニックネームがあります。まあ、銀行に勤めている人にとっては残念ですが、銀行はどこの国でも嫌われる運命にあるようです。

    そういう背景もあり、窓口の必要ない銀行カードの利便化は強く求められていました。

    これはペイメントにとって重要な一歩ですが、2004年まで店舗でUnionPayは使えませんでした。

    消費者の受け入れ:NG

    当時の中国では現在ほど携帯電話は普及していません。当然ながらスマホなんてありません。コミュニケーションは電話かSMSです。特にSMSは若者に人気が出ました。

    Nokia 3310(クレジット:中国网)

    ノキアはいち早く中国のピンイン(拼音)での入力をサポートしたためにモトローラから大きくシェアを奪いました。日本でもポケベルのコミュニケーションが流行りましたが、中国でもSMSによる数字のコミュニケーションが流行ります。例えば880だと「キミを抱きしめる(抱抱你:ba ba ling)」だし1314520だと「キミを一生愛する(一生一世都爱你:yi san yi si wo er ling)」といった感じです。

    余談ですが、中国では数字を数えるハンドサインも日本とは異なるので、数字を手で数える方法を覚えておくと中国で暮らすには便利ですよ。一から十まで片手で数えます。これ、本当によく使います。

    店舗の受け入れ:NG

    いろんな資料を読むとこの当時からSMSを使ったペイメントの仕組みが中国にもあったようですが、うーん、どうなんでしょう。ボクとしては今ひとつピンときません。SMSによるモバイルペイメントの成功事例といえばケニアのMペサですが、Mペサだって2007年ですからね。その5年前に中国でSMSのペイメントがあったと言われてもねえ。

    UnionPayは基本的にはデビットカードの発行が主体で、店舗にPOS端末につながるカードリーダーを貸し出し対応店舗を獲得していきます。最初のフォーカスはオンラインではなくオフラインでのペイメントでした。

    2005年:オンラインペイメントの誕生

    金融機関の受け入れ:OK

    UnionPayは今でこそ日本のヨドバシカメラでもUnionPayでの支払いを受け付けていますが、デビットカードとして機能して店舗のPOSで受け付けることができるようになったのは2004年以降です。少なくとも、金融機関側の受け入れ準備ができたのはこの年です。後は消費者と店舗の受け入れさえできればいい状態。

    この前年の2004年はアリババ(阿里巴巴)がAlipay(支付宝)をローンチした年でした。タオバオ(淘宝网)の中だけですが、中国で有力な第三者決済機関が生まれたのです。そして、2005年にはAlipayに続きPayPalが中国でビジネスを開始して、テンセントもTenPay(财付通)で追従します。

    モバイルペイメントが中国で普及する理由の一つとして「中国ではパソコンを飛ばしてモバイルが発展した」と言われることがありますが、カタパルトスープレックスではそう考えていません。スマホ普及以前に中国のオンラインコマースは急成長していましたし、それを背景に中国では第三者決済機関が生まれます。アメリカではPayPalが生まれましたが、日本を含む多くの国ではクレジットカードをつなぐペイメントゲートウェイは生まれても、第三者決済機関は生まれませんでした。

    また、「中国ではクレジットカードの利用が低いからモバイルペイメントが使われる」という説明も同様です。それだとクレジットカードの国であるアメリカからPayPalが生まれた説明ができません。たくさんある要素の一つだとは思いますが、決定的な要素ではないでしょう。

    消費者の受け入れ:NG

    この時点でも基本的な携帯電話の機能は変わりません。まだまだ電話とSMSだけです。しかし、2005年は携帯電話が普及しはじめる年でもありました。そして、中国で最も使われた携帯電話は中国国産のNingbo Bird(宁波波导)でした。スマホが普及するまで中国の携帯電話といえばこれだったのです。オンラインでのコマースはまだまだブラウザーベースのeコマースが主体でした。

    スマホ登場まで中国で人気だったNingbo Bird

    シャオミー(小米)のような中国国産スマホが受け入れられる土壌はここから生まれています。

    店舗の受け入れ:NG

    2005年の最初のオンラインペイメントブームを牽引したのはeコマースです。アリババのタオバオがeBayを中国における取引量で追い越した年でもあります。カタパルトスープレックスを隅から隅まで読んでいる人ならわかってますよね!日本の楽天や楽天ペイがどうしてそうならなかったのは不思議ですよね。

    オフラインもようやくUnionPayのデビットカードが普及しはじめました。ATMで現金の引き出しだけでなく、水道、電気、ガス等の公共料金の支払いや店舗側のPOS端末で支払いができるようになりました。セキュリティーの問題のあった磁気カードからUnionPayのバージョン2からICチップに移行しはじめたのもこの頃です。

    このようにオンラインでの第三者決済機関(Alipay)とオフラインでは銀行(UnionPay)は異なる発展をしてきました。

    2010年:モバイルペイメント元年(オンラインとオフラインの境界線がなくなる)

    金融機関の受け入れ:OK

    オフラインのペイメントではUnionPayの標準バージョン2は2004年から推進されていましたが、信頼性が高まり普及したのは2009年からです。この標準はICカードやPOSシステム、モバイルペイメントなど8の大分類からなる技術標準でした。

    オンラインのペイメントでは2010年から第三者決済機関はライセンス制度となります *1。中央銀行である中国人民銀行からライセンスを持っていないと事業ができないことになりました。海外のペイメントプラットフォームの参入が難しくなるのもこのころですね。ルールがない状態からルールを作り、徐々に実態に合わせていくことになります。2011年にはAlipayがQRコードでのペイメントを発表し、オフラインとオンラインの境界線がなくなります。そして2013年にAlipayはPayPalを抜いて世界一のペイメントプラットフォームとなりました。それだけではありません、

    Alipayは日本のペイメントプラットフォームと違い、もともとクレジットカードへの依存は高くありませんでした。それでも、中国の銀行への依存度は高い。そこで、Alipayはユアバオ(余额宝)というマネーリザーブファンドを立ち上げて、ほぼ銀行のようなことができるようになりました。つまり、この年にAlipayは銀行が集まって作ったUnionPayと直接対決できるまで力をつけます。当然ながら、テンセントもこの動きに追従してリーツァイトン(理财通)を立ち上げます。

    アリババがNFCではなくQRコードを採用したのはコストの問題もあったでしょうが、店舗のICカードリーダーはUnionPayのインフラなので、そこに乗りたくないという思惑もあったのではないかと思います。UnionPayはQuickPass(闪付)というブランドでNFCによるペイメントをオフラインで推進してきました。オフラインのインフラではUnionPayに一日の長があるので、同じ土俵では勝てません。

    消費者の受け入れ:OK

    2008年にiPhoneが中国で発売され、中国でもスマホ時代がはじまります。また、レイ・ジュンがシャオミー(小米)を起業するのが2010年です。AlipayがQRコード対応したのはこのようなスマホの普及に合わせたものです。ニーズがないのにインフラ作っても仕方ないですからね。

    小米1(クレジット:百度百科)

    Alipayが2011年、テンセントがWechatPayを2014年にリリースしたことで、インフラとして消費者が受け入れることができる体制ができました。あとはスマホがどれだけ普及するかという問題だけです。

    店舗側の受け入れ:OK

    店舗側でモバイルペイメントを受け入れるためにはコストの問題を解決しなければいけません。UnionPayが店舗側で普及した要因の一つとして手数料の安さがあります。VisaやMasterCardなどメジャーなクレジットカードの場合、1%から5%の手数料が発生します。粗利の低い小売では大きい。中国ではUnionPayのクレジットカード手数料は0.3%、デビットカード手数料は0.1%以下なので、コストが安く、店舗側に大きなメリットがあります。

    しかし、どれだけ手数料が安くてもPOSレジはコストがかかります。QRコードはこのPOSレジの必要性をなくしました。つまり、モバイルペイメントを導入する初期費用が限りなく安い。QRコードを印刷するだけですからね。

    初期費用が安くても運用費用が高ければ普及しません。特に手数料ですね。AlipayもWeChat Payも一回あたりのペイメントの手数料はかかりません。これは大きい。Alipayの場合、2万元(約33万円)を超えた分について現金化をすると0.1%の手数料がかかりますが。UnionPayのデビットカードと同じくらいですね。十分安い。しかも、アリババにはユアバオというお金を貯めておく仕組みがあります。そのため、現金として使わないのであればユアバオに貯めておく方が現実的です。そうなると手数料はゼロで銀行の口座よりも高い利息がつきます。銀行よりメリットが大きい。

    ちなみに、日本のQRコードのペイメントの先駆者であるOrigamiの場合は手数料が3.5%なのでクレジットカードなみです。楽天ペイも3.24%です。日本のペイメントの場合はクレジットカードのプラットフォームに乗ってしまってるから仕方ないのですけどね。また、日本のペイメントの場合は「決済手数料0円」となっていても、それはトランザクションフィーのことで、クレジットカードの決済手数料は必要だったり、年間100万円以下の決済まで無料などの限度があったりするのでわかりにくいです。

    中国の場合はわかりやすく、UnionPayのデビットカードより導入設置費用と運用費用がやすいため、QRコードによるモバイルペイメントの仕組みはこれまでPOSを導入できなかった小さな店舗や個人商店、露天にまで広がりました。Mobikeのような無人店舗でも使えるのでユースケースは広がります *2

    アリババの儲かる仕組み

    手数料があまりに安いとアリババが儲からない気がしますが、ちゃんと儲ける仕組みがあります。銀行が利益を出す仕組みは二つあります。一つは取扱手数料。例えばATMの手数料ですね。どこの銀行もこれはあまり大きくありません。大きいのはもう一つの利ざや収入です。アリババを含む中国の第三者決済機関は厳密には銀行ではないですが基本的に同じ仕組みです。

    銀行の場合、顧客から預金を集めて、そのお金を企業や個人に貸し出しています。預金に対して支払う利子と、融資先から徴収する利子の差額(利ざや)が銀行の最終的な利益となります。お金を集めるほど、大きなお金が運用でき、利ざやも大きくなります。AlipayやWeChat Payの場合、使ってもらったほうがお金が集まるので、手数料が安いのです。

    アリババというとQRコードのモバイルペイメントだけが注目されますが、ユアバオ(余额宝)というマネーリザーブファンド(預金機能)とマーイーフアベイ(蚂蚁花呗)という金融商品がセットとなっていると考える方がビジネス的にはしっくりくると思います。更にセサミ・クレジット(芝麻信用)というAlipayの利用状況を反映した信用情報を持っていて、貸し出しリスクを減らすことができます。これがAnt Financial(蚂蚁金服)がUberやAirbnbより大きな世界最大のユニコーン企業とされる原動力ですね。

    でも、これからも儲けられる?

    正直、わかりません。

    これはどこの国もそうですが、金融機関は強い規制のもとに運営されています。アリババのような第三者決済機関はほぼ銀行のような運営をしているので、徐々に銀行と同様の規制が強まってきています。これは日本でも同様です。日本でAlipayやWeChat Payのようなサービスをやると仮定して、SuicaやNanacoと同様に資金決算法により供託金を拠出しないといけません。供託金は運用できないんですね。利ざやを稼げない。

    日本の「供託金」は中国では「ベイフージン(备付金)」が近いと思います。日本の漢字だと備え付けるお金で「備付金」です。これは法律で決まっていて2013年に発布された「支付机构客户备付金存管办法」に基づきます。以下はアリババのユアバオの資産配分です。「ベイフージン(备付金)」と銀行に預ける預金は87.11%ですね。これが利益収入になります。

    ユアバオの2017年度2期、3期の資産配分(クレジット:蔡凯龙)

    この「ベイフージン(备付金)」に対する規制は年々高まってきています。今後は日本の供託金より厳しい規制になりそうなので、いつまで同様のビジネスモデルが通用するのかは未知数です。

    まとめ

    よく、「中国は偽札が多くて現金が信用されず、それがモバイルペイメントの普及の原因」と言われます。もちろん、それもあると思います。ATMから偽札が出てきますからね *3。しかし、スーツケースに現金を詰め込んでロールスロイスを買う人もいるんです *4

    っというわけで、何か一つの要因だけで説明できるほど単純ではありません。通説が間違いだとは言いません。それらも合わせて色んな要素があるのです。色々な複合的な発展が合わさってモバイルペイメントが普及する土台ができてきたことを理解することは重要だと思います。これを無視して「これからはQRコードが主流になる!」と息巻いて日本で同じことをやろうとしても、日本は同じ状況(法律やPOS普及率)ではないので、同じ実装(手数料ゼロとか)にはなりませんし、同じ結果にはなりません。日本には日本の最適解が見つかると思いますよ!

    参考文献

    China’s Mobile Revolution: 15 years in phones – Thatsmags.com

    中国银联_百度百科

    回顾:中国银行卡产业发展史 – 中国一卡通网

    中国3G_百度百科

    银联股权十年变迁史:一直没有控股股东_网易科技

    手机支付的发展历程

    第三方支付发展史,一路走来到底经历了什么?

    首信易支付_百度百科

    支付宝不收用户一分钱,却越做越大,那马云的支付宝是怎么盈利的?

    余额宝自废武功,马云手握1.5万亿却很委屈_腾讯财经_腾讯网

    支付宝海量沉淀备付金倒逼余额宝,蚂蚁金服2017年上市_营销案例_新闻资讯-商界招商网

    一般社団法人日本資金決済業協会|発行保証金の供託について

    UnionPay takes mobile payment services fight to Alibaba and Tencent with integrated app | South China Morning Post

    AB+F: UnionPay moves into mobile payments outside China

    関連記事

     

    *1:非金融机构决済服务管理弁法

    *2:これはNFCでもできますが

    *3:ボクのインド人部下が中国出張の時に被害にあいました

    *4:これはボクの目で実際に見ました!

  • テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

    テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

    スタートアップは創業者のビジョンをプロダクトなりサービスを具体的な形にして提供する企業だと思います。マイクロソフトのビル・ゲイツの場合は”Infomation on fingertips“ですよね。手のひらに情報を。パソコンはその手段。

    しかし、企業はそのビジョンを達成した後も存続します。場合によってはこれまでやってきたことが古くなってしまうこともあります。そのような場合は創業者ではなく、中から変わっていく必要がありますよね。同じくマイクロソフトの例だとサティア・ナデラがそれに当たります。

    これは中国のテンセント(腾讯)にも同じことが言えます。マイクロソフトを理解するために創業者のビル・ゲイツと現CEOのサティア・ナデラを理解する必要があるように、テンセントを理解するには創業者のポニー・マ(马化腾)とWeChat(微信)の開発者のアレン・ジャン(张小龙)の二人を理解する必要があります。

    テンセントの創業前から現在までかなり濃密にカバーしてますので今回はかなり長いです。Pocketやはてなブックマークで保存しておくことをお勧めします!

    プログラミング好きが高じてテンセント創業

    テンセントの創業者であるポニー・マは広東省に1971年に生まれました。家庭は貧しく、父親が職を探すために各地を転々としました。家族は深センに落ち着き、ポニー・マは深セン大学を卒業、ポケベルのためのソフトウェアを開発する技術者として通信機器IT会社(润迅通信发展有限公司)に就職します。

    当時のポニー・マは非常に内向的で、あまり人と話すのが好きではなかったそうです。実際にいまでもポニー・マはなかなか人前に出てきません。コンピューターに向き合っている方が好きだった。自分にとって資産と呼べるのはプログラミングしかないと感じていたそうです。C言語でたくさんのプログラムを書いた。自分のプログラムを多くの人に使って欲しいと考えたそうですが、就職した会社ではそれができない。ジャン・ジードン(张志东)もコンピューターが好きで、ソフトウェア会社に入りたかったのですが、当時の中国でコンピューターに関わる仕事はSIしかなかったそうです。

    そして1998年に大学の友人だったジャン・ジードンや中学生時代の友人とともにテンセントを創業します。資本金は創業メンバーの自己資金でした。ポニー・マが50%未満で、残りの創業者を合わせると過半数が取れるようにしました。創業する前は本で読んだシリコンバレーのスタートアップのような刺激的な生活を想像していたそうですが、実際のスタートアップは家賃や光熱費の支払いや翌月の給料の心配ばかりでした。

    三回死にそうになってソーシャルネットワーク企業としての地位を確立

    最初の臨死体験

    テンセントの最初のプロダクトはインターネットにつながるポケベルアプリでした。しかし、携帯電話の普及が予想以上に早く、このプロダクトは失敗します。

    二回目の臨死体験

    1999年に最初のプロダクトOICQ(後にAOLに訴えられて名前をQQに変える)を発表します。これはパソコン用のチャットアプリで、当時流行していたAOLのICQと同じものです。ポニー・マは通信関連会社に勤めていたこともあり、ポケベルのような単純なものを作る予定でした。最初の目標は3万ユーザー。ユーザー獲得のために各学校の掲示板に訪れ、一人一人勧誘していきました。獲得できたユーザーは平均で1日12人くらいだったそうです。この頃、貯金残高は1万中国元(約15万円)まで目減りしていたそうです。

    IOCQ時代のQQのスクリーンショット(クレジット:百度)

    三回目の臨死体験

    それでもソフトウェアとしての品質が高く、落ちないチャットアプリとして徐々に人気が出てきました。そして、2000年にユーザーが増えてきたところでベンチャーキャピタルからの資金調達を行いました。20%のシェアで220万ドル(約2億2000万円)の資金調達でした  *1 。しかし、テンセントは3年は利益が出ていなかったそうです。しかもその頃にインターネットバブルがはじけて資金はどんどん目減りしていったそうです。これが三回目の臨死体験。

    そして安定

    テンセントのビジネスモデルは広告収入とプレミアムユーザーでした。プレミアムユーザーは追加機能が使え、アバターの着せ替えなどができました。また着せ替え用のグッズ収入もありました。2008年にはかなりの利益が出るようになっていました。

    パソコン用のメッセンジャーアプリとして最大の競合はMSNでしたが、ポニー・マの分析では二つの理由で自滅したそうです。一つはソーシャルに対応できなかったこと。QQの場合は独自のソーシャルネットワークであるQzone(QQ空間)がありました。このQzoneはFacebookというよりもギラギラデザインのMySpaceに日本のMixiの日記の要素を加えた感じですね。ボクは中国人の友達とチャットするためにQQは使ってましたが、流石にQzoneには手が出ませんでした。

    QQ空間のスクリーンショット(クレジット:百度)

    もう一つのMSNの敗因は中国向けのローカライズが足りなかったとのことです。うん、確かにこのギラギラの世界観をアメリカ企業はマネできないですよね。

    テンセントの収入源は?

    とはいえ、テンセントの売り上げの70%は付加価値サービスでそのかなりの部分はPCやスマホのゲームです。残りの30%がeコマースや広告となります(テンセントのAnnual Reportはこちら)。これらのゲームの大半はすでにあるゲーム企業の投資によるものです。例えばクラクラのスーパーセルをソフトバンクから買ってます。実に世界のオンラインゲームの13%をテンセントが握っていることになります。QQやWeChatに目がいきがちですが、実はゲームがテンセントにとっての稼ぎ頭なのでした。

    こういう安定した収入があるからイノベーションに力を入れられるという面があると思います。今回は投資会社としてのテンセントはフォーカスしていないのですが、この部分は触れておいたほうがいいかと思います。このおかげでWeChatのマネタイズを急がず、ユーザーベースとエコシステムの拡大に注力することができるのですから。

    WeChat(微信)とアレン・ジャン

    WeChat(微信)の開発者アレン・ジャンは1969年湖南省生まれです。実はポニー・マよりちょっとだけ年上なんですね。シャオミーのレイ・ジュン(雷军)と同い年。

    アレン・ジャンは华中科技大学を卒業後、広州で就職してソフトウェアエンジニアとして働きます。その後、メールアプリのFoxmailを開発します。これはポニー・マがテンセントを創業する一年前の1997年の出来事。Foxmailはとても人気が出て200万ユーザーを獲得、一時期はMicrosoft Outlookと同じくらいのシェアがあったそうです。アレン・ジャンはFoxmailを1200万中国元(約2億円)で博大公司に売却し、バイスプレジデントとして博大公司に残ることにします。

    中国版Gmailで最初の成功

    そして、2005年にテンセントがFoxmailを博大公司から購入、それに伴いアレン・ジャンもテンセントに転籍し、テンセントの広州開発拠点のゼネラルマネージャーとしてQQ Mail(QQ邮箱)の開発に従事します。Gmailのローンチが2004年ですから、その対抗だったのでしょうね。

    ところが、すでにあったQQ Mailはクオリティーが低く、全く使えなかったそうです。そこでアレン・ジャンはQQ Mailをスクラッチから開発し直すことにします。2007年にリリースした新しいQQ Mailはその品質から高い人気を獲得して、中国で一番使われるメールサービスとなりました ただ、ボクの記憶が正しければ、*2

    チャットアプリWeChat(微信)の開発

    2010年にアレン・ジャンはスマホ向けのメッセージングアプリのために10名のちいさなチームを招集します。すでに市場ではWhatsApp(2009年1月)やKik(2010年10月)が人気が出ていていました。短略的に考えればQQのスマホ版を出せばいいと思うのですが、パソコンのメッセンジャーアプリとスマホのチャットアプリでは本質的に違うものなのです。アレン・ジャンは自分でKikを使っていて、それに気がついたそうです。これってすごいと思うんですよね。マイクロソフトだってSkypeとの共食いを恐れてチャットアプリは出せませんでした。でも、自らをディスラプトしなければQQは他社にディスラプトされてしまう。それを理解して実行できるってすごいと思います。

    WeChatは後発で2011年1月にローンチします。かかったのは二ヶ月弱。早い!しかし中国でもシャオミー(小米)のミーリャオ(米聊)が一ヶ月前の2010年12月にローンチしていました。そうなんです、WeChatよりミーリャオの方が早かったんです。また、チーフー(奇虎)もコウシン(口信)を発表するなど、中国国内でもチャットアプリの競合が増えました。数ヶ月で開発したWeChatはテキスト機能しかなく、最初はあまり人気が出ませんでした。2011年4月にはTalkboxのボイス機能が中国で人気が出ました。そうなんです。WeChatの人気機能のボイスもTalkboxが最初に人気が出たのです。そこでボイス機能をバージョン2で組み込みます。

    このような競合がしのぎを削る中、WeChatが人気が出たのは近くの友達発見機能を発表してからです。これが2011年8月のバージョン2.5。そして、WeChatの人気を決定的にしたのがシェイクによる友達追加。これが2011年10月のバージョン3。

    最初のバージョンではミーリャオに負けていましたが、半年後にはユーザー数でミーリャオが400万ユーザーに対してWeChatは改良を重ね1500万ユーザーまで差をつけました。

    そして、初期で一番重要な機能追加がバージョン4のQRコード対応です。これが2011年12月。開発をスタートさせてからちょうど1年ですね。

    チャットアプリからライフスタイルアプリへ

    2012年に入るとアレン・ジャンはWeChatをチャットアプリからライフスタイルアプリへと位置付けを変更します。これ、すごく大事です。そしてインターナショナル版のWeChatブランドを発表したのもこの年です。このインターナショナル版と中国語版は随分違うのでWeChatが「ライフスタイル」アプリといってもこの当時はあまりピンと来る人は中国の外では少なかったと思います。

    しかし、この年を境にニュースを購読できたり、外部とのインテグレーションが盛んになります。さらに、QRコードが街に溢れるのがこの時期からです。ユーザーと繋がるためにブランドが独自のWeChatアカウントを作り、そこに勧誘するために使われたのがQRコードでした。

    ペイメントへの参入

    2013年にはWeChatウォレット(微信钱包)でモバイルペイメントに参入します。当時のモバイルペイメントはアリババの一人勝ちでした。

    インターネットにおけるペイメントでは2004年からアリババがAlipay(支付宝)で先行して、つづいてテンセントもTenPay(财付通)で追従します。Alipayは常にテンセントを先行して2011年にはQRコードによるペイメントを発表しています。さらに、2013年にはPayPalを抜いて世界一のペイメントプラットフォームになっていました。そして、アリババは同年にユエバオ(余额宝)というマネーリザーブファンドを立ち上げて、ほぼ銀行のようなことができるようになりました。ちなみに中国の資金の1/4がユエバオに預けられているそうです。すごいですね。テンセントはWeChatでこのアリババの牙城に攻勢を仕掛けることになります。WeChatで支払いができる自動販売機もこの頃から始めています。

    2013年はWeChatがゲームプラットフォームとしてログイン機能を提供した年でもあります。テンセントはゲーム会社でもありますからね。

    ペイメントの立ち上がりとパートナーエコシステム

    WeChatのペイメントを立ち上げた施策は二つあります。一つは「红包(お年玉)作戦」です。中国ではお正月(日本の旧正月)にホンバオという赤い袋に入ったお年玉をあげる習慣があります。これは大人が子供にあげるだけでなく、会社でも上司が部下に日頃の苦労をねぎらって渡します。ボクもシンガポールで働いているときはちゃんとホンバオを渡してましたよ!このホンバオをWeChatのユーザー向けに公開したのでした。ちなみに、アレン・ジャンは個人的にはこのようなグロースハックは嫌いらしいです。ただ、本人は嫌いでも、実際にこれでユーザーが増えたのでした。

    もう一つはパートナーの囲い込みです。これはポニー・マも認めるところですが、テンセントは競合を徹底的に叩く企業として有名でした。しかし、方向転換してパートナーと協業をする企業へと変わっていきます。おそらくこれはペイメントの立ち上がりが思ったほどうまくいかなかったことも関係しているかもしれません。その代表例が中国版Uberのディディチューシン(滴滴出行)とのパートナーシップです。

    さらに、アリババのライバルであるeコマースサイトのJD.com(东京)にも投資を行い、コマースサイトでのWeChatのペイメントの地位を確立します。この戦略はずっと続いていて、最近ではテンセントは自転車のシェアサービスであるMobikeに投資しましたよね。それに対抗するようにアリババはMobikeのライバルであるofoに投資をするといった具合になっています。

    しかし、アリペイがすでに対応したQRコードによるオフラインのモバイルペイメントにWeChatが対応するのは翌年の2014年からです。

    ミニプログラムとパートナープログラムの拡充

    テンセントがWeChatで目指すライフスタイルアプリはペイメントに止まりません。WeChatが生活をする上での起点となることがゴール(だと思います)。そして、それを進めるのがサードパーティーアプリです。これまではずっと遅れを取っていましたが、このアプリ戦略に関してはテンセントがアリババを先行します。

    WeChatはAPIを公開してHTML5アプリをサードパーティーが開発できるようにしていました。そうすることでWeChatを離れることなく別のアプリが使えるわけです。これをさらに進めたのがアプリ内のネイティブアプリであるミニプログラム(小程序)です。このミニプログラムについては以前に記事を書いているので、詳しくはそちらを参照してください。

    この分野でがっつり競合しているのがメイトゥアンです。ライフスタイルアプリはつまりはメイトゥアンが得意とするO2Oだからです。メイトゥアンが自前でタクシーや旅行サービスを揃えているのに対して、テンセントはミニプログラムをプラットフォームとしてパートナーエコシステムでO2Oの世界を構築しようとしています。どちらも勢いのある会社ですから、これからどうなるか楽しみですね。

    ミニプログラムをアリババとバイドゥもはじめましたが、WeChatほどはうまくいっていません。これはWeChatのミニプログラムがライフスタイル全般をユースケースとして想定しているのに対して、アリババはコマース、バイドゥはランディングページへの有手段として想定しているからではないかというのが中国メディアの分析です。

    WeChatのミニプログラムの伸び(クレジット:新浪科技)

    まとめ

    長い記事をここまで読んでくれてありがとうございました。テンセントの事業は多岐にわたるので、一本筋道を通してみようとするとなかなか難しくはあります。それでも、事業に関しては徐々にポニー・マからアレン・ジャンにシフトしていく様子がわかったのではないでしょうか。

    アレン・ジャンがやり易いように環境を整えるのがポニー・マなんだとおもいます。実際に今お金を稼いでいるのはゲーム事業でWeChatはこれからの事業ですからね。事業と人材のシフトがうまくいっているのがまさにテンセントなんでしょうね。事業と人材のシフトを両方できているのはBATの中でテンセントだけですから。

    参考文献

    张志东自述:我在腾讯的创业过程_创业家_i黑马

    马化腾回顾腾讯创业史:这类中层干部,我最多忍你半年_搜狐财经_搜狐网

    看完了张小龙的 2359 条饭否日记

    张小龙(腾讯副总裁、FoxMail创始人、微信创始人)_百度百科

    QQ前身(OICQ)誕生 – StockFeel 股感知識庫StockFeel 股感知識庫

    微信怎样诞生:张小龙给马化腾的一封邮件_网易科技

    支付宝将推二维码支付方案 实现即时支付功能_互联网_科技时代_新浪网

    https://web.archive.org/web/20121127173150/http://www.cn.wsj.com/gb/20121119/tec072332.asp

    Bloomberg Billionaires Index – Pony Ma

    5 Things to Know About Tencent, the Chinese Internet Giant That’s Worth More Than Facebook Now

    Meet Pony Ma: The Mysterious Billionaire Behind WeChat | Money

    The story of Tencent’s rise to the top of the social media world | World Economic Forum

    Tech in Asia – Connecting Asia’s startup ecosystem

    Do You Know Who Invented WeChat? – China Channel

    11 fascinating product insights from the “father” of China’s WeChat – AllTechAsia

    Do You Know Who Invented WeChat? – China Channel

    関連記事

    *1:Crunchbaseによるとその前年にも資金調達をエンジェル投資家からしているのですが、それについてはあまり触れられていません。QQは無料のアプリなので、二年間もお金がそれほど持たないと思うんですよね。

    *2:ワンイ(NetEase|网易)のメールが一番使われてた気がしたんですが、数え方にもよるんでしょうね

  • バイドゥ(百度)のロビン・リー|Googleに勝った男が苦しんでいる理由

    バイドゥ(百度)のロビン・リー|Googleに勝った男が苦しんでいる理由

    バイドゥ(百度)は中国のプラットフォーマーであるBAT(バイドゥ/アリババ/テンセント)の一角にも関わらず、アリババやテンセントほど話題に上がりません。

    アリババやテンセントといったライバルに大きく後れを取っているというのが現在の評価です。どうしてそんなことになってしまったのでしょうか?創業のきっかけから現在に至るまでを見ていきましょう。

    BATの規模とそれぞれのポジション

    まず、バイドゥが置かれている現在の立場を理解する必要があります。アメリカのGAFA(Google/Apple/Facebook/Amazon)と中国のBATを比較してみましょう。また、より身近に数字を感じるために、日本企業もその中に入れてみましょう。単位は米ドルでBillion(10億)です。日本円だと1000億円。つまり、アップルの時価総額は約92兆円ということですね。すごいですね!

    アップル:$926.9

    アマゾン:$777.8

    アルファベット:$766.4 (Googleの親会社)

    フェイスブック:$541.5

    アリババ:$499.4

    テンセント:$491.3

    トヨタ自動車:$200.7

    バイドゥ$94.1

    ソフトバンク:$84.9

    ソニー:$59.9

    パナソニック:$34.9

    さて、アリババはFacebookに肉薄してきていますが、まだ届きません。そしてバイドゥはBATの中ではかなり低いポジションでアリババとテンセントと比べて時価総額は1/5ですね。それでも日本のソフトバンクより大きいのだから大したものですが。アリババとテンセントはそれぞれのコアビジネスに加えてモバイルペイメントとそれに付随するエコシステムの構築に成功しました。そして、それぞれトヨタ自動車の二倍以上の時価総額となっています。ちなみにパナソニックとWeWorkが同じくらいですかね。

    中国アリペイが2017年のデータを発表:中国の最新モバイル決済最新事情

    支付宝と微信のミニプログラムの違い

    経済的に恵まれない家庭からアメリカ留学まで

    バイドゥの創業者のロビン・リー(李彦宏)は1968年生まれ。陽泉市の工場で働いている夫婦の間で生まれました。中国は長らく「一人っ子政策」を実施してきましたが、なんとロビン・リーは五人兄弟の四番め。三人のお姉さんと一人の妹。ちなみに、彼自身も子供を四人授かります。

    ロビン・リーの生まれた家庭は経済的にはあまり恵まれていませんでした。そのため、母親は彼に勉強の大切さを教えます。裕福な家庭ならいろいろなコネがありますが、貧しい家庭だと中国で成功するために大切なコネがないんですね。勉強するしかないわけです。そして、北京大学を卒業後、一時期は企業で働きます。一年半後にニューヨーク州立大学のフェローシッププログラム *1 に合格してアメリカに留学します。頑張ればいいことあるわけですよ!

    バイドゥ前夜:検索エンジンで解決しようとしたインターネットの課題

    ニューヨーク州立大学の修士課程を卒業後(1994年)、ダウ・ジョーンズの子会社であるIDD Information Servicesに就職し、金融情報のデータベースとシステム化に取り組みます。また、The Wall Street Journalのオンライン版を作成します。この頃に奥さんと出会ってアメリカで結婚もしています。ここまで意外と普通ですよね。

    しかし、普通とちょっと違うのがIDDに務めていたときに独自に検索アルゴリズムを開発して、アメリカでその特許を取得したことです。当時はまだインターネットは成熟しておらず、登録されているドメイン数は1995年時点で18万ありました。AltaVistaなどの初期の検索エンジンはすでにありましたが、インターネット上にある情報を効率的に探し出すことはまだできませんでした。

    ロビン・リーはこの問題に取り組み、Webサイトから貼られたハイパーリンクの数を元に検索結果の優先度を決めるリンク分析の手法を開発します。このRankdexがバイドゥの技術的な基盤となります。これはほぼ同時期にスタンダード大学でセルゲイ・ブリン(当時の個人ページ)とラリー・ペイジ(当時の個人ページ)が開発していたBackRub(Googleの前身:当時のサイト)で使われるPageRankに近いものです。実はGoogleのPageRankより先にバイドゥのRankdexの方が先に実運用されて、特許もとってたんですね。

    しかし、このRankdexの開発はIDDではあまり評価されなかったようで、ロビン・リーは検索技術を活かせる企業への転職を模索します。そして、西海岸に拠点を持つInfoseekにソフトウェアエンジニアとして転職ます。のちにバイドゥの共同設立者となるエリック・シュー(徐勇)と出会うのもInfoseek時代です。エリック・シューは”A Journey to Silicon Valley”というテレビ番組のプロデューサーでした。

    Infoseekも初期のインターネット検索サイトの一つで、基盤技術としてはInktomiを使ってました。また、Infoseekは初めてインプレッションによるオンライン広告の評価であるCPM(Cost Per Thousand Impressions)で広告を販売した企業としても知られています。

    ロビン・リーは検索技術に集中するために転職したのですが、Infoseekは1999年にディズニーに買収され、検索企業からコンテンツ企業への転身することになります。この結果、検索エンジンに取り組んでいたエンジニアは職を失いました。ロビン・リーもその一人でした。1998年9月にはGoogleが最初の資金調達をします。検索エンジンがビジネスとして成り立つのかどうか、まだビジネスが判断しきれていない時期でした。

    バイドゥの立ち上げ:最初のビジネスモデルとピボット

    このような背景もあり、ロビン・リーは1999年に北京に戻ります。この年はジャック・マーが再起をかけてアリババ(阿里巴巴)を立ち上げた年でもありますね。当時は中国共産党50周年で、国としても盛り上がっていましたし、中国インターネットの黎明期となります。ロビン・リーとエリック・シューはシリコンバレーでのスタートアップ文化を直接体験してきました。どのように資金調達をしてスクラッチからビジネスを立ち上げるのかを見てきました。

    そして、ロビン・リーとエリック・シューはシリコンバレーのベンチャーキャピタルから120万ドルを資金調達して、1999年にバイドゥ(百度)を立ち上げます。最初のビジネスモデルはポータル向けの有償サービスとしての検索エンジンでした。独自のサイトは持っていませんでした。最初の顧客は当時から人気のあったシンラン(新浪)とソウフ(搜狗)で、独自のサイトを持たなくてもトラフィックは確保できていたからです。

    なぜ中国でGoogleが検索シェアを取れなかった?日本と中国の違い

    バイドゥが検索エンジンとして中国で確固としたポジションを築けたのもこの初期のシンランとソウフとのパートナーシップによるものが大きいと思います。中国のYahoo!は日本と比べてあまりうまく機能していませんでした。そのため、Yahoo!本社はアリババに投資をするのと引き換えに、中国Yahoo!の運営をアリババに任せることにしました。これもあまりうまくいきませんでしたが。

    日本の場合はYahoo!が最大のポータルサイトでしたよね。そして、検索パートナーとして選んだのはGoogleでした。日本の場合は中国と違って独自の検索エンジンがありませんでしたから。さらに日本にはYahoo!より人気のあるシンランやソウフのような独自のポータルもありませんでした。そのポジションに一番近かったのがLivedoorですかね。

    初期のGoogleが日本でのポジションを確立するのに日本のYahoo!が果たした役割は非常に大きなものがありました。日本にバイドゥのような独自の検索エンジンがあったら今とは全く状況が違っていたと思います。

    ビジネスモデルの転換

    閑話休題。しかし、この有償サービスとしての検索はビジネスモデルはあまり利益を生みませんでした。そこでロビン・リーが目をつけたのはOvertureがはじめた検索連動型広告 *2 でした。これはGoogleも直面する問題でしたが、独自のWebサイトでトラフィックを生んでそれを主体にビジネスをする判断って勇気が必要ですよね。大手のポータルサイトのトラフィックはあるものの、利益が低い。もちろん、自分でトラフィックを稼げば利益は高い。結局はロビン・リーは後者を選び、投資家やバイドゥの役員を説得します。そして2001年に独自のWebサイトであるbaidu.comをローンチします。Googleが独自の検索連動型広告をはじめるのが2002年です。

    Googleの中国上陸とダークサイドの時代

    ページランクと検索連動型広告の組み合わせは(Googleと同様に)ビジネスモデルとしては機能して、2004年には利益を出すようになりました。しかし、2006年にGoogleが中国に現地法人を設立して正式にローンチします。

    当時のバイドゥの検索シェアは80%でした。しかし、独自サイトを立ち上げるというバイドゥの決断を快く思わない一部のパートナーはGoogleにスイッチしたり、自ら検索エンジンを立ち上げるなどバイドゥから離れていきました。このため、2009年には検索シェアは60%まで落ち込み、Googleのシェアは33%まで追いつきます。悪いことは続くもので、アリババのショッピングサイトであるタオバオ(淘宝网)がバイドゥの検索からサイトをブロックします。

    そして、ならず者国家の中国とその手先のバイドゥというイメージがついてしまう一連の事件が起きるのもこの時期です。

    仁義なき戦いと政府の干渉

    バイドゥが中国政府と検索ワードのフィルタリングに合意するのがこの頃です。例えば、天安門やダライ=ラマといった中国政府が国民に触れて欲しくない情報を検索しようとすると以下のメッセージが表示されるようになりました *3

    捜索结果可能不符合相关法律和政策
    (法律法規や政策に合致しない恐れがあるため、検索結果を表示できません。)

    中国政府は1998年にジンジュン(金盾)というネットワークセキュリティーのプロジェクトを立ち上げています。このプロジェクトは電子マネーに関する取り組みのジンカー(金卡)や農業に関する取り組みのジンノン(金农)など12のサブプロジェクトから構成されています。これらの取り組みの中で特に有名なのがグレートファイヤーウォール(GFW:防火长城)という中国政府から見て有害な海外サイトを遮断する仕組みです。

    バイドゥが中国政府と合意したフィルタリングはGoogleにはその信念において合意できないものでした。リンクはGFWで遮断され、2009年にはGmailが攻撃を受けます。そして、Googleは2010年に中国からの撤退を決めます。この頃にはGoogleの検索シェアは17%まで落ち込んでいました。

    著作権問題やプライバシー問題、そして粉ミルク事件

    Googleの撤退は直接的には政治の問題ですが、この時期のバイドゥ自身も批判を集めることを多くしています。

    例えば、音楽の検索はバイドゥの検索トラフィックに大きく寄与していました。MP3の音楽ファイルを検索して、ダウンロードできたからです。このことにより、ワーナーミュージックやソニーBMGといったメジャーな音楽レーベルに訴訟を起こされていました。

    日本だと記憶に新しいのは日本語変換ソフトの情報漏洩ですね。

    しかし、バイドゥの企業イメージに国内外で大きくダメージを与えたのは粉ミルク事件に関連した検索結果の操作です。2008年にサンルー(三鹿)が製造した粉ミルクに化学物質メラミンが混入されていることが見つかりました。そして、新生児を含む多くの被害者が出ました。

    バイドゥはこの粉ミルクを製造していたサンルーから300万中国元を受け取り、検索結果を操作することを受け入れたというニュースが話題となり、中国国営テレビでも特集が組まれました。

    メラミン粉ミルク事件を呼び込んだ「免検制度」:日経ビジネスオンライン

    検索サイト「百度」がえらいことになっている – ITmedia PC USER

    このことが原因でバイドゥの企業イメージが大きく低下して、株価の下落や従業員のレイオフにつながりました。

    AIでアリババ、テンセントに追いつけるか?

    バイドゥは検索に依存したビジネスモデルからの脱却を図っています。そのカギとなるのがAIで、2013年にディープラーニングの研究所である百度深度学习研究院IDL(Institute of Deep Learning)をシリコンバレーに設立しています。

    そして、その研究成果が60のAIサービスから構築されるBaidu Brain(百度大脑)というAIプラットフォームです。この中で特に二つの技術にフォーカスしています。

    ひとつは音声認識技術のDuerOSで、AmazonのAlexaやAppleのSiriに近いものです。もうひとつはクルマの自動運転のApolloです。

    なお、中国を撤退したGoogleは2017年にGoogle AI China Centerを設立してAIを中心に中国ビジネスを再構築しようとしています。検索で受けた仕打ちをAIで返すことができるのでしょうか。ちなみに、初任給だけをみれば、中国でAI人材に一番投資しているのがGoogleとMicrosoftなんですよね。中国国内企業だとテンセントが高い。

    参考文献

    百度创业史_力成文学_励志的句子_励志名人名言大全_励志语录_励志小故事

    百度的创业过程_百度知道

    百度大脑_百度百科

    What investors need to know about China’s big trio: Baidu, Alibaba and Tencent | afr.com

    To find $13.5 billion: how rich is the Creator of the search engine Baidu Robin Li – FreeNews English – FreeNews-en.tk

    10 Things You Didn’t Know About Baidu Founder Robin Li

    The Rise of Baidu (That’s Chinese for Google) – The New York Times

    How Baidu Will Win China’s AI Race—and, Maybe, the World’s | WIRED

    関連記事

     

    *1:アメリカの大学にはスカラシップとフェローシップがあります。スカラシップは奨学金で、日本の学資ローンのような「奨学金」と異なり返す必要はありません。フェローシップはフェローというステータスを指しますが、スカラシップと同様に金銭的な補助を含むことがあります。貧しい家庭のロビン・リーがアメリカへ留学できた背景にはこのようなアメリカの制度があります。

    *2:入札価格で広告掲載順位が決定される完全オークション形式。源泉を辿ればIdeaLabのスピンオフプロジェクトだったGoTo.comです。

    *3:今では緩和されてるんですけどね。

  • 中国版食べログのメイトゥアン(美团)が「O2Oのキング」となるまで

    中国版食べログのメイトゥアン(美团)が「O2Oのキング」となるまで

    中国のプラットフォーマーであるBAT (Baidu:百度/Alibaba:阿里巴巴/Tencent:腾讯)に続く中国ユニコーンがTMD (Toutiao:头条/Meituan-Dianping:美团点评/ Didi:滴滴出行) ですね。今回は美团(以下メイトゥアン)です。

    トウティアオ(头条)が中国における「コンテンツのキング」だとしたらメイトゥアンは中国における「O2Oのキング」です。もともとはGrouponのコピーとしてはじまりましたが、現在では外食だけでなく、タクシー、映画や旅行のサービスまで拡大しています。

    メイトゥアンについて語るとき、その創業者である王兴(以下ワン・シン)のこれまでの道のりを知る必要があります。

    ワン・シンは福建省の裕福な家庭に生まれた「フーアーダイ(富二代)」で、地元では最初にパソコンを持つことができました。これが1995年の出来事。学業も優秀で清华大学を卒業後、デラウェア大学にコンピューターサイエンス博士課程取得のために留学しましたが、シリコンバレーで起きていることをそのまま中国にコピーして持って来ることの可能性を感じます。そこで、博士課程を途中でやめて、北京に戻ることにします。ワン・シンは徹頭徹尾コピー戦略を推し進めます。ここまでやり抜けば見事というくらい。

    日本でも欧米のスタートアップのコピーがたくさんあります。むしろ本当にオリジナルのアイデアって少ない。スタートアップで言われるのは「アイデアはフリー、実行はプライスレス(Idea is free, execution is priceless)」です。実行して成功した人が正しい。コピーも一貫してやり続ければ戦略になるということですね。

    中国版Facebookレンレンワン(人人网)の立ち上げと最初の苦い成功

    最初にコピーしたのがFacebookでした。2005年にワン・シンは大学時代の友人のワン・フイウェン(王慧文)と中学時代の同級生のライ・ビンチャン(赖斌强)の三人でFacebookのコピーであるシャオネイワン(校内网)を立ち上げます。これは大学の卒業生たちをインターネットでつなぐもので、すぐに10万ユーザーを獲得します。そして、一年後には100万ユーザーまで膨れ上がりました。

    見ての通り、モロにFacebookですね!(クレジット:百度)

    しかし、ユーザー数が増えてもビジネスモデルが見つかりませんでした。そのため、Sequoiaなどの米国の有力なVCからなかなか投資を受けることができませんでした。100万ユーザーのシステムの運用費を稼ぐことができず、仕方なくチェン・イージョウ(陈一舟)に200万ドル(約2億円)で売却します。

    ちなみに、チェン・イージョウは買収したシャオネイワンをFacebookと同様に一般公開をしてレンレンワン(人人网)に発展させました。2008年にはソフトバンクが3億4000万ドルの投資で14%の株式を取得します。レンレンワンの成功と比べるともともとそれを作ったワン・シンが得たものはそれほど多くはなかったと言えます。

    中国版Twitterファンホウ(饭否)での挫折

    ワン・シンが次にコピーしたのがTwitterでした。マイクロブログのファンフォウ(饭否)を立ち上げます。前回と同様にすぐに10万ユーザー、2年後には100万ユーザーを獲得します。日本でもTwitterコピーはたくさん現れましたよね、成功したのは一つもありませんでしたが。

    見ての通り、モロにTwitterですね!(クレジット:饭否)

    前回のレンレンワンでビジネスモデルの重要性を理解していたので、ファンフォウはスポンサーモデルをとりました。最初のスポンサーはHPでした。しかし、そこで起きたのが2009年のウルグイ騒乱です。この話題がファンフォウに溢れてきました。中国はこの手の言論統制に非常に厳しいので、シャットダウンしなくてはならなくなりました。この時在籍していたのが同じく不運なトウティアオ(头条)の創業者であるジャン・イーミン(张一鸣)でしたね。

    当初は暫定的な処置だったのですが結果的に505日後の2010年11月25日まで再開することができませんでした。シャットダウンの間に立ち上がった同様のマイクロブログのウェイボ(新浪微博)に90%のユーザーを奪われてしまいました。

    三度目の成功と競合との差別化

    今回のメインとなるメイトゥアン(美团)は三回目の起業の起業となります。その時にワン・シンがコピーしたのがクーポンサイトのGrouponでした。2010年6月のことです。しかし、クーポンサイトの流行により同じようなサービスが5000くらい立ち上がったそうです。すごいレッドオーシャンですね。様々なサイトが顧客獲得のために多大な広告費を投入しました。クーポンサイトがかける一人当たりの獲得コスト(CPA)は100中国元(当時の1500円くらい)だったそうです。

    微妙な成功と大きな失敗の後、ワン・シンが学んだことはゆっくりと進むことだったそうです。FacebookのコピーもTwitterのコピーも多くのユーザーを獲得できましたが、それをうまく活用することができませんでした。他のクーポンサイトが新規顧客に注力している中、ワン・シンが注力したのが顧客維持でした。新規顧客獲得のためのCPAは10中国元に抑え、顧客満足のための施策を多く打ち出しました。その中で特に特徴的なのは未使用のクーポンの返金でした。これらの施策のため、最初の三ヶ月は大きな利益を上げることはできませんでしたが、会員数が増えると利益も生むようになりました。

    二回目の資金調達の頃にはすでに同じくらいの額のキャッシュがあり、クーポン提供のパートナー企業は競合よりもメイトゥアンと契約を望むようになりました。そしてメイトゥアン立ち上げから約1年半でクーポンサイトのシェア40%を達成します。

    ピンチをチャンスに

    しかし、クーポンサイトの流行に陰りがではじめるとメイトゥアンの資産評価も最盛期の1/3まで下がりました。これはライバルのクーポンサイトも同じで、資本市場からの圧力が高まります。更にアリババ(阿里巴巴)のバックアップの元で新しいフードデリバリーサービスであるEle.me(饿了么)が徐々に追い上げてきました。この頃、メイトゥアンは単月で約6億元の損失を計上しています。

    当時ライバルだったダージョン・ディエンピン(大众点评)との合併もこのような背景から進むことになりました。敵の敵は味方ということですね。これによりビジネスの土台を確かなものにします。

    コピーからオリジナルへ:なぜO2Oキングなのか

    メイトゥアンはO2Oのビジネスを各産業ごとに展開します。外食関連の次は映画の予約とチケット販売でした。クーポンによるグループ購買は映画のチケットとの相性が良く、メイトゥアンの売り上げの30%まで成長します。そして、その範囲をグループ購買だけでなく、予約や口コミにまで広げます。

    タクシーではディディと、旅行ではCtripと競合

    下のイメージはメイトゥアンのスクリーンショットです。これを見ても分かる通り、グルメや映画だけでなく、ホテルや航空券といった旅行サービスやタクシーの予約といった滴滴出行と直接競合するサービスもアプリ内で提供しています。すでにサービス提供を行っている上海ではタクシーブッキングのシェアをすでに1/3をメイトゥアンが獲得しています。

    メイトゥアンのスクリーンショット

    例えば、旅行の場合だと中国ではCtrip(携程)が有名です。日本で言うところの楽天トラベルみたいなサービス。メイトゥアンはブッキングに関してCtripに及びませんが、旅行のために参考にするサイトとしては四番目に入っています。

    メイトゥアンは旅行のための参考サイトとして人気が出てきている(クレジット:Skift)

    Booking.comやAgodaの親会社であるBooking Holdingsがメイティエンに投資を決めたのもこのためでしょう。Booking HoldingsはCtripにも投資してるんですけどね。世界最大のOTAでも中国の旅行を取り入れたければCtripとメイトゥアンは外せないと判断したのでしょう。

    メイトゥアンはユーザーがオフラインで何かやりたいときに使うオンラインプラットフォーム。つまり、O2Oの地位を獲得していると言えます。外食と映画で成功したO2Oのモデルをそれ以外のサービスまで広げて成功することで中国における「O2Oのキング」の座を勝ち取るのでした。

    メイトゥアンは今年のIPOが囁かれていますが、IPOにより多くの資金を獲得できたらO2Oの地位を高めるために更に旅行やタクシーなどの分野に投資をしてくるでしょう。

    それにしても、アリババとテンセント(腾讯)を敵に回してここまでの地位を築くのはすごいですよね。アメリカで言えばFacebookとGoogleを、日本で言えばソフトバンクとサイバーエージェントを敵に回して勝つってことですよ。

    日本でのメイティエン活用方法:インバウンドの必須ツール

    ボクの個人のインスタを見てもらえばわかりますが、ボクは美味しい食べものや飲みものが大好きです。『食いしん坊のデザイナーたち』という会を主催しているくらいです。好きが高じて『THREE BOTTLE BAR』なんて立ち上げるくらいです。美味しいもの大好きです。海外に出張に行くときは必ずその土地の美味しい食べものを調べます。綿密に予定を組みます。中国に行くならメイトゥアンで事前にチェックしておく必要があります。必須アプリです。あ、前置きが長くなってすみません。

    東京で行列のできるお店に並んでいると、かなりの確率で中国人観光客も並んでいます。なぜか?彼らもまた事前にメイティエンで調べて来るのです。メイティエンはCtripやチューナー(去哪儿)のような旅行サイトを除いて最も旅行情報として活用されているサイトです。下のスクリーンショットはボクの行きつけである吉祥寺のホルモン酒場 焼酎屋『わ』です。メイトゥアンで検索すればサクッと見つかります。インバウンドを考える上でメイトゥアン対策は欠かせません。

    メイティエンでは東京のお店も紹介されている

    更に支払いもQRコードに対応するといいですね。海外では飲食で現金払いはしません。特に旅行中はクレジットカードですね。中国ではアリペイ(支付宝)またはWeChatペイ(微信支付)が主流です。

    日本でこの二つに簡単に対応するにはOrigami(アリペイ対応)かコイニー(WeChatペイ対応)ですね。残念ながら両方に対応しているペイメントサービスはまだ日本にはなさそうです。楽天ペイは対応すると発表していますが、現時点(2018年6月時点)ではまだ対応していません。

    中国人向けインバウンド対策やってみたい!と言う飲食店があればTwitterでお声かけください。これは紹介したい!と思えるようないいお店なら2018年7月末までは絶賛無料でお手伝いします。ちょっと、自分でも試して見たいんで!

    参考文献

    美团创业故事:王兴和他的“八大金刚” – 红商网

    【美团创业历程】美团创业的心酸历程_主妇创业_主妇网

    “饭否”创业失败的教训 – 【人人分享-人人网】

    人人网陨落:王兴的“娃”被陈一舟养的面目全非

    斗士王兴:人人网、饭否、美团……他总是与成功失之交臂,又绝处逢生-科技频道-手机搜狐

    美团打车来势凶猛,滴滴到底该如何接招? | 青瓜传媒

    Little-known start-up Meituan Dianping just hit a valuation of $30 billion

    New Research Available: Analyst Session + Data Sheet on Ctrip and China Online Travel – Skift

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  • 蘇りつつあるシャオミー(小米)から学ぶ「モノづくり」から「コトづくり」への変革

    蘇りつつあるシャオミー(小米)から学ぶ「モノづくり」から「コトづくり」への変革

    日本は製造業が強く、「モノづくり」が得意でした。これが過去形になってしまうのはアメリカ(アップルなど)や台湾(シャープを買収したホンハイなど)、韓国(サムソンなど)が日本の製造業を追い越してしまったからです。おそらく作るモノの品質自体はまだまだ追い越されていないのかもしれません。しかし、消費者が求めるものは「品質」から「体験」に変化してしまいました。これが「モノづくり」から体験という「コトづくり」へ変革しなければいけない理由です。

    シャオミー(小米) *1 はスマホのメーカーとして有名ですが、今はその枠にとらわれません。中国で三番目に大きな流通小売ですし、スマートホームやモビリティーでも存在感を示しています。つい最近まで凋落した企業とされていたのにです。今回はシャオミーがどのように「モノづくり」から「コトづくり」に変革したのかを見ていきましょう。ちなみに、今回はスタートアップよりも既存の日本企業に参考になる話かと思います。シャオミーを一般的なスタートアップと捉えると見誤ります。

    スタートアップというには恵まれたスタート

    シャオミーをスタートアップとするのは少し躊躇してしまいます。シャオミーの創業者のレイ・ジュン(雷军)は元々はキングソフトの社長です。そして、キングソフトの経営を退いてからエンジェル投資家として二十以上の企業に投資しています。

    2010年に元Google、MicrosoftやMotorolaのディレクタークラスの人たちとシャオミーを立ち上げます。最初から5億円の資金。ね、スタートアップというには豊富すぎる資金力と経験値でしょ?PayPalで成功してすでに大金持ちだったイーロン・マスクが立ち上げたスペースXやテスラと同じクラスですね。日本だと堀江貴文さんのロケット事業が近いでしょうかね。お金持ちにしかできないスタートアップってやっぱりあるんです。それでも成功したらすごい。スタートアップに貴賎なし。

    資金力も経験もあまりない若いスタートアップは一つのプロダクトに集中しますが、シャオミーの場合は豊富な資金力と経験値によって三方面から事業展開を同時に行いました。ソフトウェア、ハードウェア、サービスです。

    ソフトウェア

    シャオミーを有名にしたのはスマホですが、最初に出したのはハードウェアではなくソフトウェア。最初のプロダクトはAndroidのカスタムUIであるMIUI(ミーユーアイ)でした。これはカスタムROMとして組み込むこともできましたし、自分のAndroidのスマホに入れることもできました。ターゲットは既存のAndroidに満足できていないギークなコアユーザー。

    このコアユーザーにアピールするために既存のオンラインフォーラムを使ってMIUIの宣伝を人海戦術で行います。ポール・ブックハイトのディープアピールの法則と同じで熱狂的な100人のユーザーを育てます。このほかにもウェイボ(微博) *2 やウェイシン(微信:英語名WeChat) *3 を使ってユーザーと積極的に直接コンタクトを取り、フィードバックを受けます。

    メーカーが直接ユーザーの意見を聞いて、その意見がプロダクトに反映される。この当たり前のことができるメーカーってあまりないんですね。それを愚直にやったのがシャオミーでした。のちにシャオミーは独自のオンラインフォーラムを立ち上げますが、そのメンバー数は急速に膨れ上がりました。

    ここで育った熱狂的なシャオミーのファンはミーファン(米粉:ビーフンの意味)と呼ばれ、シャオミー成長の原動力となります。

    サービス

    シャオミーが次に出したのがメッセンジャーアプリである米聊(ミーリャオ)でした。シャオミーに関する書籍を何冊か読んだのですが、シャオミーの成長はこのサービスが支えることになっていました。中国で最初に出たチャットアプリとして実際にミーリャオはそこそこ人気が出ましたが、後発のWeChat(微信)に追い越されてしまいます。結果的に2016年からアップデートされずに仮死状態です。

    また、レイ・ジュンがエンジェル投資家として投資してきたスタートアップを雷军派と呼ぶのだそうですが、これがサービスのエコシステムを形成するはずだというのがシャオミーの書籍で喧伝されていることでした。中国ではGoogleのアプリストアであるGoogle Playがありません。そのために百度手机(検索サイトのバイドゥが運営)や应用宝(チャットアプリの微信の腾讯が運営)など様々なアプリストアがあります。シャオミーも独自のアプリストア小米应用商店を運営しています。

    ハードウェア

    シャオミーが満を持して最後に出したのがハードウェアであるスマホの『小米1』でした。創業から1年目ですね。クドイようですが一般的な若いスタートアップなら一年でスマホは出せないですよ。テスラのように電気自動車も出せないですけどね!

    小米1(クレジット:百度百科)

    シャオミーはオンラインの直販モデルに注力しました。当時はシンガポールに住んでいたので、友人たちも話題にしていました。最新のスマホと遜色ないのに安い。もちろん、各社のフラッグシップモデルと比べれば若干スペックは落ちますよ。でも、値段を考えればお買い得。そして、フラッシュセールという限定発売の手法を取っていたので、レア感がありました。インドで人気があったので、インド人の友人からフラッシュセールのタイミングを教えてもらって実際に買おうとしましたが、すぐに売り切れてしまうので買えませんでした。

    そして、2013年には中国ではスマホのシェア1位、世界でもアップルとサムソンに次ぐ3位まで登り詰めます。海外進出も加速させ、スマートTVなど他のハードウェアにも手を広げます。

    事業不振:飽きられた「モノづくり」

    好調なスタートを切ったシャオミーですが、2015年からあまりビジネスがうまく回らなくなってきます。レイ・ジュンはサプライチェーンの問題とオンラインチャネルへの過度な依存としていました。多くのメディアの分析は上位機種ではアップルとサムソン、下位機種ではファーウェイやOPPOとの競争の激化と説明することが多かったように思います。実際にファーウェイとOPPOにシェアを抜かれてしまいます

    いろいろと原因は考えられますが、根本的な原因は当時のシャオミーのプロダクトに十分な魅力がなかった。これに尽きるのではないでしょうか。求められる価格帯にそれなりのクオリティーのプロダクト。それをフラッシュセールというグロースハックの手法で売っていた。単にそれが飽きられてしまった。シャオミーの考えていたソフトウェア、サービス、ハードウェアによる三位一体の「コトづくり」は実現できていませんでした。

    ソフトウェアに関してはAndroidがアップグレードする毎にMIUIとの差が縮まってきました。例えば、MIUI 9とAndroid Oneでは評価が逆転します。Android Oneは発展途上国向けにシンプルに設計されたAndroidスマホで、ハードウェア設計から部品の調達までGoogleが行います。日本だとワイモバイルから出ていますね。

    www.youtube.com

    サービスに関してもメッセージングアプリのミーリャオは思ったようには立ち上がりませんでしたし、「雷军派」のエコシステムも形になりませんでした。ソフトウェアとサービスによる「コトづくり」が目指すことのはずだったのですが、結局は安くてそこそこのスペックのスマホというモノづくりに終始してしまったというのが飽きられてしまった原因ではないでしょうか。

    復活の兆し:シャオミーにとっての「コトづくり」とは?

    シャオミーは業績が悪化してからあまりメディアに注目されることがなくなりました。テレビだけでなく、炊飯器などの白物家電にも手を出しました。このような様々な取り組みはメディアには迷走に映りました。ただ、「迷走」は半分は正解で半分は誤解です。試行錯誤をしながら方向性を探していたと言った方が正しいでしょう。

    いまシャオミーは復活を遂げつつありますが、レイ・ジュンはシャオミーの復活のカギとして二つ挙げています一つはシャオミーシーチャン(小米市场:販売網)、もう一つはシャオミーインイェ(小米影业:Netflixのような動画サービス)のようなサービス強化です。これにスタートアップへの投資を通じたIoTエコシステムの強化を合わせた三つがシャオミー復活の原動力と言えるでしょう。

    販売網の強化

    オンラインの販売にこだわっていたのに『小米之家(シャオミーのいえ)』という直販店の展開もはじめました。かなりアップルストアを意識しているのがわかりますが、シャオミーのラインアップは家電まで広がっているので、おしゃれなヨドバシカメラな感じがしますね。

    小米之家の店内(クレジット:小米)

    シャオミーは流通小売の側面があります。そして、その販売力はシャオミーの強さの一つです。オンライン、オフラインを合わせた販売能力では中国国内ではアリババ(阿里巴巴)、ジンドン(京东:JD.com)に続き、シャオミーは第3位につけています。ちなみにアップルは第4位。もともとオンラインは強かったのですが、実店舗を加えて販売力を更に増強しました。

    サービスのリブート

    その動画サービスであるシャオミーインイェの立ち上げの時にレイ・ジュンは中国人らしい熱い口調で「心の中で再出発を誓う、この流れる熱い涙のために!2016年を起業の道を歩むすべての仲間と祝おう、永遠に若く、永遠に熱い涙を。*4」と言っています。サービスでシャオミーを作り直す宣言ですね。

    実際にシャオミーのサービス事業は昨年は三倍に増えて2億ドル近く利益を出し、60%の粗利により営業利益を押し上げています。

    スタートアップのIoTエコシステム

    シャオミーは基本的にはスマホの会社です。しかし、炊飯器や空気清浄機までシャオミーブランドで出しています。これはどうしたコトでしょうか?

    シャオミーは2013年に5年で100のスタートアップに投資する宣言をしました。そして、それらのスタートアップはすでにユニコーンとして10億ドル以上の資産評価を受けている企業(ZMINinebot智米(ジーミー))もあれば、すでにIPOしてエグジットした企業(青米(チンミー)Huami)もあります。シャオミー本体がまだIPOしていないのに!この中で特に有名なのはMi Bandを作っているHuamiとセグウェイを買収したNinebotですかね。そう、セグウェイって今はシャオミーなんですよ!

    セグウェイの血を引き継ぐ電子スクーター(クレジット:Ninebot)

    この他にも電子ウクレレのPoputarとか電気歯ブラシのSoocareなどがあります。これらすべてシャオミーが投資をしている会社です。

    電子ウクレレのPopulele(クレジット:Poputar)

    シャオミーが戦略的に投資しているのは以下の5分野です。シャオミーの強みである「高品質な製品を低価格」で提供できるスタートアップに投資します。

    1. スマホ関連周辺機器(スピーカーやヘッドフォンなど:手机周边的智能设备)
    2. スマートホーム(スマートな炊飯器や空気清浄機など:智能白电)
    3. モビリティ(スクーターなど:个人短途交通产品)
    4. ギーク向けノクールなガジェット(ドローンやVRなど:极客酷玩产品)
    5. ライフスタイル(ウクレレなど:关系到人们生活方式类的产品)

    シャオミーはこれらのスタートアップに投資をして自らの強みである販売網を活かして成長させます。シャオミーが投資するのは株式の50%以下。スタートアップ側に議決権を残します。

    更に製造の分野に関してもシャオミーのエンジニアを派遣して品質面での指導をします。ハードウェアの分野であればシャオミーの投資を受けてエコシステムに参加することが成功の条件と言われるくらいです。

    今後の展開

    シャオミーは2018年7月9日に香港証券取引所でIPOしました。当初の調達額は最大6700億円を予定していましたが、それより2割低い約5200億円で落ち着きました。元々の設定額がAppleなどと比べても高すぎた気がします。これからIoTのエコシステムでどこまで市場の予測を裏切って成長するかが楽しみですね。

    参考文献

    シャオミ(Xiaomi) 世界最速1兆円IT企業の戦略

    小米手机_百度百科

    雷军真的会复活米聊吗?_搜狐科技_搜狐网

    小米影业_百度百科

    深度| 小米联合创始人刘德:小米生态链管理的七大逻辑

    销量大跌36%之后今年成功逆袭,在雷军看来,小米做对了什么?_凤凰科技

    A brief history of Xiaomi – China’s tech success story! – Gizchina.com

    Behind the Fall and Rise of China’s Xiaomi | WIRED

    Who Owns Xiaomi Technology, and What Does It Own? — The Motley Fool

    Tech in Asia – Connecting Asia’s startup ecosystem

    Inside Xiaomi’s plan to dominate the connected world

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    *1:小米に「シャオミ」とふりがなをふるケースを見受けますが、中国語の発音的には間違いです。ご飯は「米饭(ミーファン)」ですがミファンとは言いません。ミファンってなんやねん?また、青米(チンミー)というシャオミー関連企業がありますが、チンミと発音しません。そりゃ珍味。チンミーですね。

    *2:中国のTwitter

    *3:中国のLINE

    *4:中国語では「在我心中,重新出发,还是为了那些热泪盈眶!2016,祝福所有在创业路上的小伙伴们,永远年轻,永远热泪盈眶!」です。

  • Tik Tokのトウティアオ(头条)から学ぶ中国コンテンツビジネス

    Tik Tokのトウティアオ(头条)から学ぶ中国コンテンツビジネス

    アメリカの影響力のある大手テクノロジー会社をまとめてGAFA (Google/Apple/Facebook/Amazon)と言います。ドットコムバブルを生き残ってプラットフォーマーとなった世代ですね。これに続くのがリーマンショック以降に生まれたUber、Airbnb、WeWorkなどのユニコーン *1 です。中国の場合、GAFAにあたるのがBAT (Baidu:百度/Alibaba:阿里巴巴/Tencent:腾讯)です。中国のプラットフォーマーですね。そして、それに続く中国ユニコーンがTMD (Toutiao:头条/Meituan-Dianping:美团点评/ Didi:滴滴出行) です。これに小米(Xiaomi)も加わります。

    中国ユニコーンの中でも美团点评と滴滴出行は比較的わかりやすいかと思います。美团点评はGrouponとYelp(日本だと食べログ)を組み合わせたようなもので、滴滴出行はUberですね。日本と同じで欧米の成功したスタートアップのモデルをその国独自にアレンジして展開しています。そして、头条(以下、トウティアオ)と小米は中国で生まれたユニークなモデルだと言えます。今回はトウティアオの歴史から中国のコンテンツビジネスを学んでいきましょう。

    トウティアオとは

    まず、そもそもトウティアオって何?ってところから。口パクに合わせてかっこいいショートビデオが作れるTik Tokが日本でも10代に人気がありますが、これを作っているのがトウティアオです。同様のストリーミングサービスのMusical.lyもトウティアオが買収しています。昔は中国スタートアップが欧米のスタートアップをパクっていましたが、いまではFacebookがTik Tokをパクるようになるのですから時代は変わりました。ちなみに中国での企業名は北京字节跳动科技有限公司(英語名:Bytedance Technology)です。

    トウティアオの作っている人気アプリ(クレジット:GGVCapital)

    一番多く利用されているアプリはジンリトウティアオ(今日头条)。日本で近いサービスはグノシーとスマートニュース。ディープラーニングを使っている点も類似性があります。日本でもTopBuzzやBuzzVideoというアプリが使えるので試してみてください。

    トウティアオと他の中国ユニコーンの最大の違いは創業者の失敗歴でしょうね。メイトゥアンにしてもシャオミーにしても創業者は前の事業で成功しています。はじめての成功じゃないのです。しかしトウティアオは長い失敗の繰り返しから生まれました。

    トウティアオ創業前:転職と失敗の繰り返し

    トウティアオの創業者はジャン・イーミン(张一鸣)です。トウティアオを創業する前のジャン・イーミンを一言で表せば転職を繰り返す「ジョブホッパー」でした。彼自身は毎日夜中の1時まで働くハードワーカーでしたが、当時は運がなかったんでしょうね。

    ジャン・イーミンは2005年に天津の南开大学 *2 を卒業して企業向けのシステムを開発する会社を起業しますがこれは失敗します。次にクーシュン(酷讯)という後にTrip Adviserに買収されるスタートアップに最初期のエンジニアとして入社します。ここではすぐに頭角を現し、二年目にして40人以上のバックエンド開発者のマネージャーに昇格したそうです。

    次に中国マイクロソフトに転職しますが、すぐに辞めて中国版Twitterのファンフォウ(饭否)に参加します。このファンホウは中国版Facebookであるレンレンワン(人人网)ですでに成功し、後にメイテュエン(美团)を創業するワン・シン(王兴)が作ったスタートアップでした。

    しかし、2009年ウイグル騒乱での言論統制に巻き込まれてファンフォウは政府の命令で強制終了。政府に協力的なライバルのウェイボ(微博)が躍進します。ワン・シンも「スタートアップは政治的に敏感な部分に触れてはいけない(创业公司不该碰政府敏感领域)」という教訓を学びました。ジャン・イーミンはなかなか運に恵まれませんね。ファンフォウがシャットダウンしてから、不動産テックのジウジウファン(九九房)を自ら起業しますがこれも失敗。

    2012年5月に5度目の挑戦としてネイハンドゥアンズ(内涵段子)を開発してリリースします。このサービスの評判に手応えを感じ、同年8月に北京字节跳动科技有限公司を創業してジンリトウティアオ(今日头条)をリリースします。ジャン・イーミンが大学を卒業して7年目のことでした。長かった!

    トウティアオの成功

    当時はスタートアップの投資は中国に集中していました。成功しているアプリであれば資金調達はそれほど難しくなく、ジャン・イーミンもジンリトウティアオをリリースしてすぐに500万ドル(約5億円)をシリーズAで調達します。

    初期のジンリトウティアオはインターネットから記事を探して機械学習でユーザーが好むコンテンツを表示する比較的単純なアプリでした。パーソナライズもありませんし、画像の表示もありません。モバイルに特化したニュースアプリの先駆けはFlipboardで、表示の美しさに重点を置いていました。ジンリトウティアオが重視したのは見た目の美しさではなく、コンテンツの消費しやすさだったそうです。

    初期のジンリトウティアオの画面(クレジット:百度)

    当時の中国メディアはまだモバイルに最適化したコンテンツを独自で作っておらず、ジンリトウティアオがそのギャップを埋めることになりました。その結果、リリースから四ヶ月で1日のアクティブユーザー(DAU)が百万人になります。

    コンテンツプラットフォームとAI

    アプリにとって大事なのは使い続けてもらうこと。そのためにジンリトウティアオは継続して頻繁にアップデートを行います。機械学習による レコメンデーションやパーソナライゼーションなど次々に実装していきました。当然ながらジンリトウティアオの成功をみて多くの競合が立ち上がりました。しかし、機械学習やディープラーニングはデータ量が重要となります。初期に多くのユーザーを獲得したジンリトウティアオに追いつくのはなかなか至難の技でした。

    Tik Tokを含め、トウティアオの様々なサービスはコンテンツプラットフォームです。しかし、そのコアとなる技術はディープラーニングなどAIです。トウティアオではコンテンツのキュレーションだけでなく、作成もAIで行なっています。2016年のリオオリンピックではAI記者のXiaomingbotで約2週間のオリンピック期間中に、AIが作成した記事を450本配信しました。

    Xiaomingbotのスクリーンショット(ソース:百度)

    AIの記事自動作成はイスラエルのArticooloが有名ですが、これほど大規模に実運用したのはトウティアオがはじめてではないでしょうか。次の東京オリンピックでは日本のスタートアップに頑張ってもらいたいところです。

    このような努力の甲斐もあり、トウティアオの売上は急速に伸びました。立上げから4年の売り上げではGoogleやFacebookだけでなく、同じ中国のテンセントやバイドゥより早いことがわかります。

    トウティアオの立上げから4年の売上の伸びはGoogleやFacebookより早い
    (ソース:Y Combinator)

    C2Cプラットフォームと動画への注力

    最近のトウティアオは特に動画コンテンツに力を入れています。ニュースアプリのジンリトウティアオもかなり動画コンテンツが多いですし、Tik Tokなど新しいアプリは全て動画に注力しています。リップシンクもAIが活躍する分野ですよね。最近の評価はグノシーやスマートニュースのようなAIを使ったニュースアプリではなく「動画+人工知能」だと思います。

    参考文献

    张一鸣:今日头条不模拟人性,也不引导人性,你们文化人给了我们太多深刻的命题-虎嗅网

    张一鸣:我遇到的优秀年轻人的5个特质

    如何评价「字节跳动」创始人张一鸣? – 知乎

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    拿下中国人工智能最高奖 今日头条写稿机器人有哪些黑

    The Hidden Forces Behind Toutiao: China’s Content King

    My conversation with Zhang Yiming, founder of Toutiao · TechNode

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    *1:10億ドル以上の資産評価がされている非上場企業

    *2:中国の六大学である国家重点大学のひとつ

  • ジャック・マーとアリババ誕生と成長|長江のワニ

    ジャック・マーとアリババ誕生と成長|長江のワニ

    アリババ(阿里巴巴)はジャック・マーと17人の共同創業者とともに1999年に設立されました。そして当時の動画映像はかなり多く残っています。なぜかと言えば、2000年に国際マーケティング担当役員として参加して十年間アリババで働いたポーター・エリスマンがドキュメンタリーフィルムを残す意図で当時からビデオ撮影をしていたからです。ジャック・マーも公開前提で撮影することを許可してくれたそうです。あと、ジャック・マーは映像が好きなんでしょうね。教師の頃の映像とか政府の役人との交渉とかとにかくたくさん映像が残っています。

    これらの映像は『長江の鰐 (Crocodile in the Yangtze)』というタイトルで一般公開されました。幸いにしてボクはこれを公開前にシンガポールでポーター・エリスマン本人による上映会で観ることができました。日本ではあまり知られていないこの映画をボクが知っているのはそのためです。

    英語がわかる人はそれを観るのが一番手っ取り早いです。英語は苦手、全部観るのは億劫という人のために要点をまとめてみました。

    ジャック・マー最初の起業:翻訳会社

    • 杭州酒店に九年間自転車で通い、そこにとまる西洋人宿泊客を相手に英語の練習をする。独学で学んだ英語力で地元の大学で英語の講師となる(当時の月収は12米ドル)
    • 外国との貿易が増えたため、翻訳の需要が高まる。1991年に翻訳/通訳会社を起業。月の収入は700元程度で、家賃が2000元とのことであまり成功しなかった。
    • 翻訳/通訳の仕事の関係でアメリカ訪問。ロサンジェルスで詐欺にあい、傷心でシアトルの知り合いの家にとまる。そこではじめてインターネットと出会う。
    • 「ビール」と検索したらドイツのビールやアメリカのビールは出てくるが、中国のビールは出てこない。「中国」と検索しても何も出てこない。そこで、中国語のホームページを立ち上げてみたところ、アメリカ、日本、ドイツから問い合わせがあった。

    二回目の企業:中国最初のインターネット企業

    • アメリカから中国に戻り、1995年に中国最初のインターネット企業『中国黄页(中国イエローページ)』を立ち上げ、広告事業をはじめる
    • 「世界はインターネットで情報を探す。中国の情報がないと世界の人たちが中国の商品を見つけることができない。だから中国の商品を買うことができない。」これが当時の基本的なピッチ
    • 1997年に中国貿易省の公式サイトとして中国製品のコマースサイトを立ち上げるものの、基本的にはうまくいかなかった。タイミングとしてまだ早かった。

    三回目の企業:再出発とアリババの立ち上げ

    • Amazon、eBayといったコマースサイトだけでなく、CommerceOne、AribaといったB2Bのコマースサイトが立ち上がり、ドットネットバブルが起きる
    • 1999年に心機一転、アリババを17人の共同創業者とともに立ち上げる。ジャック・マーのアパートに全員に対してスピーチを行う。
      • 1995年のビジョンを実行する時が来た。
      • 競合は中国の企業ではなく、海外の企業。特にシリコンバレーのスタートアップ。
      • アリババは国際的な競争に勝てるグローバルなサイトでなければいけない
      • シリコンバレーのハードワークの精神を学ばなければいけない。3年から5年の間は誰にも負けないくらい集中して働かなければいけない。それができなければ成功しない。だからアリババのゴールは2002年のIPOする(これは2007年に実現する)。
      • ハードウェアとシステムではアメリカに負けるが、情報とソフトウェアでは中国は負けない
      • インターネットはバブルだと言われるが、バブルじゃない。バブルは個別の企業。常に新しい企業が現れる。アリババもその一つ。
    • 次の7ヶ月、ステルスモードのスタートアップとして17人の仲間はジャック・マーのアパートに引っ越し、共同生活を送りながら集中して働く。
    • 当時のアリババの仕組みはシンプルで、サプライヤーはアリババに商品をアップして、大量購入する企業顧客がそれを買う。
    • 当初売り上げはゼロ。しかし、ユーザーは増え続けて手応えを得る。
    • 1999年に台湾系カナダ人のジョセフ・ツァイがCFOとしてアリババに参画。ゴールドマン・サックス(500万ドル:約5億円)やソフトバンク(2000万ドル:約20億円)から資金調達を行う。
    • 資金調達後にステルスモードから公開モードに切り替え、香港での正式ローンチの準備を開始する
    • モバイルポータルサイトのシンラン(新浪)、サーチエンジンのソウフー(搜狐)などコマースサイトのイーチュー(易趣:のちにeBayに買収される)が前後してローンチする。

    ドットコムバブルの崩壊

    • アリババが海外進出を開始した時期はドットコムバブルが崩壊した時期と重なり、インターネット企業に対しては厳しい目が向けられていた。アリババは当時は全く売り上げを上げていなかったので、ビジネスとしてどう成り立つのか疑問視されていた。
    • 海外メディアで露出が増えると、中国国内メディアの注目度も上がっていった。
    • イメージは膨らんでいったが、ビジネスとしては成立していなかった。中国国内の担当チームと海外担当チームの間にも歪みが生まれてきた。
    • ジャック・マーはこの歪みを解消するために英語のWebサイト開発とオペレーションをアメリカに移した。しかし、これは歪みをさらに悪化させたためにすぐに取りやめ、全従業員を解雇した。
    • 2001年にドットコムバブルが崩壊した。この頃まだアリババはマネタイズの方法が確立されておらず、調達した資金もなくなりはじめていた。そのあおりを受けてアリババも約半分の海外従業員を解雇した。

    希望の兆候

    • 2001年に最初のマネタイズの方法を導入した。それはプレミアムアカウントでプレミアムアカウントは検索結果で上位に表示される。
    • それでも赤字は続き、資金の底が見えはじめたため、マーケティング予算をゼロにして、解雇をさらに進める。
    • 一年後にプレミアムアカウントの売り上げで黒字化を達成する。
    • しかし、すぐにSARSの感染がアリババ社内でも広がり、オフィスを締めなければいけなくなる。社員は全て自宅待機をする必要があり、社員一人ひとりがパソコンを自宅に持ち帰ってWebサイトの運営をリモートで行う。

    eBayとの競争

    • eBayがアリババの中国における競合のイーチュー(易趣)に投資をする
    • 一部の社員はまだSARSの疑いで自宅待機だったが、これに対抗するために特別チームを結成する。そしてB2Cのコマースサイトであるタオバオ(淘宝)を数ヶ月で開発する
    • その翌月、eBayがイーチュー(易趣)の買収と中国でのeBayの本格参入を発表する
    • タオバオを正式にローンチして、最初の三年間は手数料を取らないことを発表。イーチューは当時まだ黒字化しておらず、eBayもウォール・ストリートからの中国への投資回収が期待されているため、この動きに追随しないだろうと判断。
    • eBayはイーチューをグローバルプラットフォームに吸収。中国国内で人気のあったイーチューの機能をやめる。
    • 2005年にタオバオがeBayを取引量で追い抜く。2007年にはさらに突き放すために追加で三年間の手数料無料を宣言。2009年にeBayは撤退。
    • この頃、eBayの株価が下がりはじめ、中国への1億ドル以上の投資が疑問視される
    • 2005年にeBayからパートナーシップの提案を受けるが、断る。その代わり、Yahoo!とパートナーシップを結び、40%の株式を10億ドル(約1000億円)で売却する(この時点でYahoo!がアリババの最大の株主になる)。同時にYahoo!中国法人がアリババ傘下になる。意図としてはGoogleや百度との中国での検索エンジンビジネスの競争。
    • Yahoo!の中国法人とアリババの統合はなかなかうまくいかなかった。
    • 過去にYahoo!中国が中国政府に対すしてメール通信記録を提供するという事件が発覚。このために中国人記者一人が拘束される。当時はまだアリババの傘下ではなかったが、法律には従わなければいけないと説明。
    • 2007年に香港で上場

    まとめ

    ドットコムバブル崩壊前に創業された中国スタートアップと現在を比べるのはなかなか難しいものがあります。ジャック・マーが今日の時点で英語教師だったら同じことができるでしょうか。歴史の「もし」はわからないですし、あまり意味もありません。Instagramの創業者であるロバート・シストロムが言うように「全てが運だとしても、運は自分の手で引き寄せるしかない」のです。そして、現在のスタートアップでもジャック・マーから学べることは多くあります。

    ひとつは自分が熱中できることに集中すること。お金ではなく、自分が実現したいことのために働く。ジャック・マーの場合は「インターネットで世界のマーケットと中国のマーケットをつなげる」でした。

    そして、もう一つがユーザーの価値を考えること。eBayが豊富な資金力にも関わらずタオバオに追いつかれ、追い越されてしまったのはこのためです。

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  • 中国で有償コンテンツを牽引する「知识经济」を徹底解説

    中国で有償コンテンツを牽引する「知识经济」を徹底解説

     中国のインターネット企業にはよく「人口红利」(人口ボーナス|レンコウホンリ)があると言われます。トラフィックを誘導する広告収入のビジネスモデルには人口の多い方が有利となります。一方で広告収入に頼らない有料コンテンツのビジネスモデルも中国で育ちはじめているのは注目に値します。その代表例が知识经济(知識経済|ジーシージンジ)です。

     例えば微博(中国のTwitter|ウェイボ)の財務データから見ると、有償の知识经济アプリである微博问答(ウェイボウェンダ)のリリース(2016年12月)リリースで有償サービスの収入が増えていることがわかります。

    (単位:千ドル、緑が広告収入、金色が有償サービス収入)

    中国における有償コンテンツ普及の背景

     中国ではクレジットカードがあまり普及していないため、クレジットカードだけの決済方法だけでは有償コンテンツはあまり普及しませんでした。中国でネットショッピングが盛んなのは有名ですが、その主要プレーヤーはAmazonではなく淘宝网(タオバオワン)です。そして同じ阿里巴巴集団(アリババグループ)の支付宝(ジーフーバオ)が中国人にとっては馴染みのある決済方法です。

     中国でモバイルの有償コンテンツが普及してきた背景にはこの支付宝や微信の微信支付(ウェイシンジーフー)といった中国人が使い慣れた決済方法がモバイルで使えるようになったことが背景としてあります。

     Apple Payが支付宝や微信支付をサポートした時期と有償コンテンツの普及時期は符合します。もともと有償コンテンツの需要はあったと推測されますが、支払い方法が限られていたため普及にブレーキがかかっていた形ではないでしょうか。

    支付宝の画面

    Apple Payの画面。支付宝、微信支付、銀行カードが選べるようになっている。

    知識のファストフード「知识经济」(ジーシージンジ)

     知识经济は比較的新しいエドテックのジャンルの一つです。在行(日本のビザスクに近いスポットコンサルティング|ザイハン)に続いて得到(ドゥーダオ)がオープンしたのが2015年で、数年で新しいプレーヤーが続々と産まれました。オンライン教育のような本格的な教育ジャンルではなく、時間を節約するためにコンパクトにまとめられた知識のファストフードと言えるものです。2017年の中国での市場規模は8000億円と推定されています。

     自分自身を振り返っても、ベンチャーキャピタルの仕事をはじめてから、調査時間の確保が大きな課題でした。世界中の資金調達動向や注目される事業モデル、業界構造、技術発展、財務データなど様々な情報を整理しなければいけません。インターネットのおかげで情報を収集しやすい反面、精度の高い取捨選択がますます重要になります。そんな時に役立ったのが知识经济の代表的アプリで最大のユーザー数を誇る喜马拉雅(山の「ヒマラヤ」から名付けられている|シーマーラーヤ)です。通勤途中でも専門家の話を聞くことができるのは非常に便利です。

     インターネットで多くの情報が得られるようになりましたが、体系化されていません。情報を整理して活用するには経験が必要で、これまでは学校などがその役割を果たしていました。しかし、人々のニーズは多様化して、これまでの教育では対応しきれなくなってきました。例えば、「AとBの職種をどちらに先にやるべき?」とか「このデータは会社にどれぐらいの価値がある?」とか「なぜこのようなプロセスが必要なのか?」など実践に役立つ情報は教科書に載っていません。そのため、特定な経験を持つ人や専門家に聞きたいというニーズがあります。

    様々な知識アプリ

    中国における知識需要

     中国ではメンツを保つことが重要です。そのため飲み会の場で相手が言うことが解らないのは恥ずかしい。だからいろんなことを理解しておきたい。

     知识经济はそのような需要を満たしています。アプリで5分くらいの解説を聞ければ、人気の書籍について議論できる。3分間のドラマのまとめを聞けば、そのドラマの面白さを語れ、話のネタとして使える。

    コンテンツによる分類

     知识经济はテキストと画像という従来のモデルから動画配信まで様々なスタイルがあります。以下が主なスタイルと代表的なプレーヤーとなります。

    カテゴリー

    詳しくはSlideshareで!

    邱開洲MediumTwitter

    中国出身、2009年来日。早稲田大学卒業後、ヤフーに入社。 入社後は広告営業部門に所属し、デジタルマーケティングのコンサルティングを担当、2016年より百度プロジェクトの立ち上げ、インバウンドや越境ECなど中国向けビジネスのマーケティング支援業務に従事。2017年よりYJキャピタルに参画。

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  • 支付宝と微信のミニプログラムの違い

    支付宝と微信のミニプログラムの違い

    この記事のポイント

    • 中国では支付宝(アリペイ|Alipay)と微信(ウィチャット|WeChat)がミニプログラムというAppleのAppStoreもGoogleのPlayStoreも必要なエコシステムを作った。
    • やっぱ、芝麻信用(セサミクレジット|Sesami Credit)すげえ。
    • すごいなあと思う反面、これってガラパゴスにならない?とも思う。

    原文:”We’ve experimented with Alipay Mini Programs” by Thibault Genaitay

    背景

     5億2000万の登録ユーザーを持つ支付宝(Alipay)は約60のミニプログラムを提供しています。これらのミニプログラムは以下の三つのカテゴリーに分類することができます。

    • Alipayが開発したミニプログラム
    • その他の阿里巴巴(アリババ|Alibaba)グループと共同開発したミニプログラム(例:淘宝网|Taobao、优酷|Youku)
    • サードパーティーと共同開発したミニプログラム(滴滴出行|Didi Chuxing、Airbnb、携程|Ctripなど)

    ミニプログラムの見つけ方

    1. 支付宝から「小程序」または「Mini Programs」で検索

    2. ミニプログラムを立ち上げると新しい「小程序」タブが「Friends」リストに作られる

    3. オフラインQRからも当然ながら

     これを念頭に置き、私たちは2017年8月末に開始された開発者向けのオープンベータをテストすることにしました。

    実際に微信のミニプログラムとどう違う?

     技術的には1%くらいでしょうか、マジで。

    支付宝の小程序を開発するためのIDE

     もうすでにみなさんはあるニュースを耳にしているかもしれません。微信のミニプログラムをパクったことについて公式に謝罪をしたのです。このリリースは読む価値があります。

    👉 https://zhuanlan.zhihu.com/p/28605175

    「微信のミニプログラムに脱帽です」🤦

    では、その1%の差はなんでしょうか?

    私たちが現時点でわかっていることは…

    アクセス:

    • エンタープライズアカウントのみ (ベータ期間中は個人登録はできない)
    • ベータプログラムの審査には1日かかる
    • エンタープライズアカウント一つで10個のミニプログラムを開発できる
    • 一つのミニプログラムで開発者10人とテスター50人を登録できる

    開発環境:

    • IDEは先進的なプレビューモードがある:“Push to yourself”と“Push to developers”(一回で全て通知が完了)
    • スタイルは .ACSS(AntFinancial Cascading Stylesheets)に格納
    • マークアップとページ構成は .AXML(AntFinancial Markup Language)に格納
    • ESLintサポートとApplet-specific シンタックスのヒント

    独自機能:

    Progressive Web Appとの違い

    • ミニプログラムはキャッシュが10MB使えるので理論的にオフラインで使えるけど、実際にはAPIコールが発生するのでオフラインは難しい(PWAは大丈夫)
    • AlipayとWeChatの独自機能がウリ(PWAは無理)

    プロダクトの観点

     この芝麻信用へのアクセスは大きいかもしれません。ここで芝麻信用についておさらいしましょう。芝麻信用はユーザーの信用を350から950 の得点で表します。これはクレジット履歴、買い物履歴、契約履行履歴、学歴や職務経歴書ソーシャル上のつながりで判断されます。 2015年から運営しているというアドバンテージに加えて、芝麻信用は阿里巴巴が傘下のショッピングサイトから収集している行動データがあります。

     機能的に考えるとこれは全く新しい顧客データの世界です。信用ベースのプロダクトは新しい可能性に満ちています。新しいイノベーションが起きる予感がします。

     それと同時に、マーケターも開発者も微信については一つのジレンマがあります。それはH5にするかミニプログラムにするかです。

    H5とは

    H5は微信のHTML5ベースのアプリです。

    支付宝にはすでに多くの信用ベースのサービスがあります。デポジットが必要ないシェアバイクやバーチャルクレジットカードなどです。支付宝のミニプログラムを使うことで多くのサービスにデポジットが不要になります。
    – Eva Xiao, Tech in Asia 2017年9月8日

    開発者の意見

     次に支付宝に難題を吹っ掛ける開発者の集まるフォーラムを覗いてみました。ポイントは大きく三つ。

    1. 微信のミニプログラムではできるのに、これは支付宝ではできない!
    2. 中国語のIDEがない!
    3. ファイルの拡張子とAPIの名前しか違いがないことから、微信のミニプログラムのソースコードから支付宝のミニプラグラムを作るやり方

    ちょっと待って、それっていいことなんじゃ?

     もし二つのフレームワークがほとんど同じなのであれば、開発工数がすごく削減できる。iOSとAndroidの両方を開発しなければいけない手間を考えてみれば一目瞭然。

     理論的にミニプログラムを一つ開発すれば二つのプラットフォームで動かせるはず(両方ともJavascript ES6とマークアップなんだから)

    まだ機能的に大きなギャップもある

     微信は支付宝が(まだ)提供していない機能がいくつかある。

    • wx.getWeRunData
    • wx.chooseInvoiceTitle
    • カスタマーサービスAPIs
    • 通知のためのメッセージテンプレート
    • ほかのミニプログラムと行き来するナビゲーション
    • WXMLノード
    • 加速度計やコンパスへのアクセス

    そのほかにプラットフォームとしての魅力、ソーシャルの側面におけるすべてとカスタマーサービス!

    で、これからどうなるか?

    (1) 技術的な観点から言えば、WEPTのような人気が出つつあるフレームワークがプロプラエタリーなIDEより開発生産性を高め、ソースコードを素早く適用する助けになることを期待しています。

    WEPT https://chemzqm.github.io/wept/

    (2) サービスの観点からは大企業、銀行、航空会社、ホテルなどのチャネルが特典としてロイヤルカスタマーにサービスを売る機会を作ると考えます。信用にアクセスできるのでデポジットが必要なくなり、優良顧客をさらに好待遇で扱うことができます。

    「ほら、900セサミポイント持ってるよ!」 => 「お客様、こちらへどうぞ」 (Photo Credit: MARK CHEONG)

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