タグ: 社会

  • 書評|人間の「仕事」消滅後の世界|”A World Without Work” by Daniel Susskind

    書評|人間の「仕事」消滅後の世界|”A World Without Work” by Daniel Susskind

     人工知能によって人は仕事が奪われる!この手の話はすでにクリシェですよね。今さら真面目に語ってどうするの?今回紹介する”A World Without Work”はまさに語り尽くされた感のあるこのネタを改めて大真面目に検証する本です。

    本書を書いたダニエル・サスキンドは情報化による法律実務のパラダイムシフトなどの論文で日本でも知られるリチャード・サスキンド教授の息子さんです。”The Future of the Professions”を父親と共著で出していますが、今回が初めての単著となります。

    A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

    A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

    • 作者:Susskind, Daniel
    • 発売日: 2020/01/14
    • メディア: ハードカバー
    The Future of the Professions: How Technology Will Transform the Work of Human Experts

    The Future of the Professions: How Technology Will Transform the Work of Human Experts

    • 作者:Susskind, Richard,Susskind, Daniel
    • 発売日: 2017/03/02
    • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)

    本書は既に多く語られた感のあるトピックを現在のトレンドに合わせて整理整頓することにより、新鮮な視点を提供することに成功していると思います。例えば、トマ・ピケティが提起しているような格差問題、GAFAの独占の問題にまで議論を広げています。風呂敷を広げすぎると、畳むのは大変。でも、ちゃんと整理整頓できていると思います。

    ダニエル・サスキンドは「テクノロジーが人から職業を奪う」という予測がハズレてきたのか、そして、なぜその予測は今度はハズレないかもしれないのかを説明していきます。まず、テクノロジーが人から職業を奪わなかった理由が以下の三点となります。

    1. テクノロジーは人を効率的にする
    2. テクノロジーはパイを大きくする
    3. テクノロジーはパイを変える

    経済学におけるスキルの定義は学歴でした。高学歴=高スキルという考え方。スキルプレミアムモデルと言います。しかし、スキルプレミアムでは説明できない事象が起きてきました。二極化です。そこで新しいタスクベースの仮説が生まれました。それがALM仮説です。「テクノロジーがルーティンなタスクをなくし、人はクリエイティブな仕事ができるようになる」という楽観的な考えはここからきています。人間とテクノロジーは補完的な関係であるというのが「1. テクノロジーは人を効率的にする」考え方で、これまではその仮説は正しいように見えます。

    また、テクノロジーは生産力が高いのでパイを大きくします。パイが大きくなるので、人の労働する余地は残されるのです。さらに農業から工業、工業からサービスへ産業が移行したようにテクノロジーはパイ自体を変える効果もあります。テクノロジーが一部の人のタスクを奪ったとしても、新しいタスクが生まれます。ALM仮説によりテクノロジーと人間の関係性はうまく説明ができたと思われました。しかし、結論を出すのはまだ早いとダニエル・サスキンドは主張します。

    これまでのテクノロジーは人間が指示をする必要がありました。AIは人間を真似ることで失敗を繰り返してきました。人間を頂点とした考え方が(間違っていたと言わないまでも)うまくいかなかったのです。しかし、現在のAIは人間を真似ることをやめました。AIは人間から学ぶことなく最適解を見つけることができるようになりました。AlphaGo Zeroのように。AGI(強いAI)は遠い将来に可能になるかもしれませんが、目先にある特定のタスクを人間よりできるようになることを目指したANI(弱いAI)が勝利しました。人間が唯一の頂点なのではなく、複数の頂点があり得るとANI(弱いAI)は証明しつつあります。そうなると、人が説明できるルーティンなタスクだけでなく、人が説明できないノンルーティンなタスクもテクノロジーで人間とは違ったやり方でできるようになることを意味しています。

    AIが進化した世界において、ALM仮説でも説明ができないようになってきたとダニエル・サスキンドはいいます。ルーティンではない仕事もできるようになってきた。もちろん、クリエイティブな作業を含めて全ての仕事がルーティン化してしまうには数十年かかるかもしれない。ひょっとしたらそれ以上かかるかもしれない。ジューディア・パールが言うように現在のAIでは因果関係を見つけることはできないと主張していますし。マーカス・デュ・ソートイもAIがアートを作れるようになる日は来ないのではないか?と示唆しています。現在は確かにそうなのですが、100年後の未来までは誰もわからないし、テクノロジーが、これまでは「ノンルーティン」だと考えられてきたタスクを「ルーティン」としてできることが多くなってきているのは確かなのですし、「ルーティン」の割合は徐々にですが大きくなり続けています。

    テクノロジーが人間の仕事を奪うと何が起きるのか?貧富の差が生まれた要因の一つがテクノロジーだとダニエル・サスキンドは解説していきます。この本の前半はAIについてなのですが、後半は経済や社会の仕組みの話になっていきます。人間の仕事がなくなった世界で、私たちはどのような社会の仕組みを作ることができるのでしょうか。ここで大きく参照されるのがトマ・ピケティです。格差をなくすには累進課税が必要だし、資産に対する税金も強化しなければいけない。この辺の主張は丸ごとピケティです。さらにベーシック・インカムにも主張を展開していきます。ただし、ダニエル・サスキンドは全員に平等なUBIは信じていなくて、範囲を決めるCBIが必要だと主張します。

    本書は現代の言論トレンドを「うまくまとめた」感があります。すごく現代の今旬なテーマをよく研究してるし、それを一つのパッケージとしてまとめたのは素晴らしい手腕だと思います。しかしながら、ダニエル・サスキンドが持つユニークな考え方が見えてこないのも欠点ですね。「よくまとめたなー」とは思うけど、新しい考え方には全く触れることがなかった。何とか自分の立ち位置を作ろうと頑張っている若い研究者の本。そう考えれば、少しはあたたかい目で応援したくもなってきますが。

  • 書評|アナーキストから見た民主主義|”There Never Was a West” by David Graeber

    書評|アナーキストから見た民主主義|”There Never Was a West” by David Graeber

    デヴィッド・グレーバーが59歳の若さでお亡くなりになりました。最近だと『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』が日本でも翻訳されて紹介されたばかりでした。本来でしたらこのブログでは日本未発表/未翻訳の作品しか取り上げないのですが、追悼の意を込めて特別に彼の過去の作品を紹介したいと思います。

    今回はデヴィッド・グレーバーのエッセー集”Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion and Desire”の中から資本主義の起源について書かれたエッセー”There Never Was a West”です。これだけ日本で翻訳され『民主主義の非西洋起源について』として出版されています。

    民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義

    民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2020/04/22
    • メディア: 単行本
    Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire

    Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire

    • 作者:Graeber, David
    • 発売日: 2007/12/26
    • メディア: ペーパーバック

    デヴィッド・グレーバーは多くの人が当たり前と考える「常識」に挑戦します。『負債論』ではお金と借金の「当たり前」に挑戦し、『ブルシットジョブ』では仕事の「当たり前」に挑戦しました。本書で挑戦するのは「西洋」と「民主主義」です。

    「民主主義の非西洋起源について」を議論する前に、デヴィッド・グレーバーは(多くの優れた論者がそうであるように)定義から入ります。民主主義ってなんですか?西洋ってなんですか?前回紹介した『負債論』もそうなのですが、歴史的な調査結果から分かったことを積み重ねて、定義をグラウンドアップで作り上げます。これがデヴィッド・グレーバーがユニークなところです。

    デヴィッド・グレーバーは活動家でもあり、「ウォール街を占拠せよ」でも先導的な役割を果たしています。あの活動も彼にとっては直接行動、直接民主主義なんですよ。そう、彼はユニークな「民主主義」の考えを持っています。民主主義ってなんですかね?古代アテネが起源ですか?本当ですか?いまボクたちがイメージする「民主主義」は100年前も同じでしたか?答えはノーです(とデヴィッド・グレーバーは言ってます)。

    多くの人が「西洋」からイメージするのはヨーロッパとアメリカでしょう。そして、「西洋」の一部であるギリシャのアテネから「民主主義」は生まれ、ヨーロッパで育ち、アメリカで具体的な形になった。その「常識」にデヴィッド・グレーバーは意を唱えます。ユーラシア大陸は三つのシステムからなり、一つが中国を中心とした東方システム、インドを中心とした南アジアシステム、そして、中東を起源とする西方システムです。文化が知識の連鎖(主に文字情報による)だとすれば、ヨーロッパに最終的に根付いた文化の多くの出発点はメソポタミア、つまり現在の中東であり西方システム(北太平洋システム)となります。

    次に、民主主義がアテネで発明され、西洋で育ったのも違うとデヴィッド・グレイバーいいます。民主主義は世界のどこでも発生しうる。実際にアメリカのイロコイ族や北欧の海賊も民主的な制度を持っていました。デヴィッド・グレイバーによれば「民主主義」が発生する要因として二つあります。

    1. 決定に関して平等に発言権があるべきというコンセンサス
    2. 決定事項を実行に移す強制力

    この二つはなかなか両立せず、特に二番目の強制力は多くの場合は「暴力」を伴います。それゆえに直接民主主義は軍事的な起源を持つことが多いのだそうです。実際に民主主義がヨーロッパを含む北太平洋システムでポジティブな言葉として捉えられるようになったのは比較的最近だといいます。18世紀末にヨーロッパの人たちが「民主主義」を知ったのはトマス・ホッブズが翻訳したトゥキディデス『戦記』だそうです。アメリカの制度が意識したのはローマの共和制であり、民主主義ではありませんでした。民主主義を全面的に押し出したのは第7代アメリカ大統領となったアンドリュー・ジャクソンからで、それすら「共和制」を「民主主義」に置き換えただけだとデヴィッド・グレーバーは指摘します。

    本書は元々は一冊の本の一部のエッセーなので、グレーバーにしては短い作品となっています。しかし、簡単に読み進めることはできません。彼が主張することはオーソドックスではなく、そのために様々な知識を総動員して論証します。知らない情報がたくさん出てくるので、いちいち調べながら進めないと意味がよくわからなくなってきます。デヴィッド・グレーバーが専門としていたのは文化人類学ですが、文化人類学自体が雑学の集合体みたいなところがあるとボクは思っています。やはり、惜しい人をなくしたと思います。

  • 書評|文化人類学から見た通貨と負債の歴史は経済学とはだいぶ異なる|”Debt” by David Graeber

    書評|文化人類学から見た通貨と負債の歴史は経済学とはだいぶ異なる|”Debt” by David Graeber

    デヴィッド・グレーバーが59歳の若さでお亡くなりになりました。最近だと『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』が日本でも翻訳されて紹介されたばかりでした。本来でしたらこのブログでは日本未発表/未翻訳の作品しか取り上げないのですが、追悼の意を込めて特別に彼の過去の作品をいくつか紹介したいと思います。

    まずは、文化人類学の立場から貨幣経済を「負債」というアングルで切り込んだ『負債論』です。これも日本語版で800ページ越えのレンガ本です。レンガ本仲間のトマ・ピケティも褒めています。分厚い本が皆さん好きなんですね😅

    Debt - Updated and Expanded: The First 5,000 Years

    Debt – Updated and Expanded: The First 5,000 Years

    • 作者:Graeber, David
    • 発売日: 2014/10/28
    • メディア: ペーパーバック
    負債論 貨幣と暴力の5000年

    負債論 貨幣と暴力の5000年

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2016/11/22
    • メディア: 単行本

    まず、大前提として「借金は返さなければいけない」が(経済的な意味では)間違っているとグレーバーは指摘します。もちろん、(モラル的な意味では)返さないといけないのですが、貸す側も返ってこないリスクを承知で貸しているわけです。必ず返ってくる前提ではない。例えば、銀行に行って競馬の馬券を買う資金のために「1億円貸してくれ」と言っても貸してくれません。しかし、法律でどんな状況であっても(臓器を売ったり、娘を風俗に売ったり)、必ず返ってくることが保証されていたら?おそらく貸すでしょう。IMFがやっているのはまさにそういうことだとグレーバーは言います。

    例えば、マダガスカルの例。トマ・ピケティも指摘しているように、マダガスカルはフランスの植民地でした。鉄道や鉱山のために重い税金が課せられました。ハイチも同様ですね。自由の代償として補填を求められた。これが貧しい国が豊かな国にしている「借金」の正体だったりします。

    経済活動で「負債」は大きな役割があります。しかも、その役割はかなり根本的です。一般的な理解では、まず「貨幣」が生まれ、次に「負債」が生まれた。経済学で教えているのもそうです。貨幣経済の前には物々交換の経済だった。モノとモノをその場で交換するなら負債はないですよね。しかし、文化人類学的には「負債」は「貨幣」より先にうまれた証拠の方が多いのだそうです。英語でキャッシュ(cash)は紙幣やコインですよね。マネー(money)はもっと広い意味での富のコンセプトですよね。「負債」はマネーと同時に生まれた可能性が高い。例えば、メソポタンミアで発見された貸借対照表なんてある意味においてマネーですよね。「あなたは私にこれくらい借りがあります」という借用書(IOU)が信用貨幣の観点からもマネーに近い。

    デヴィッド・グレーバーは共産主義でアナーキストです。すごくラディカルなラベルを自ら貼ってるのですが、この本をちゃんと読めば彼の主張はそれほどラディカルじゃないんですよ。わかる人はわかると思うのですが、共産主義とアナーキズムを両方信じている人ってあまり多くないんです。アナーキズムは極端なリバタリアンですので、むしろ保守(小さな政府)と相性がいいんです。政府を究極的に小さくすればアナーキズムです。一方で、共産主義は極端なリベラル(大きな政府)です。この、相反するイデオロギーをデヴィッド・グレーバーは自分の中でどのように成立させているのでしょうか。

    デヴィッド・グレーバーは交換理論(相互主義)に異論を唱えています。人間関係は全てを等価交換で説明できない主張します。社会的な関係には1)基本的な共産主義、2)相互主義、3)階級主義の三つの要素がある。これは共産主義であろうが、資本主義であろうがどのような社会システムでもこの三つの要素を内包するとデヴィッド・グレーバーは言います。 

    原始通貨はモノを買うために使う通貨ではなく、「人間経済」で機能していたとデヴィッド・グレーバーは解説します。人間の取引の時に原始通貨は使われたそうです。例えば、妻をもらう時に支払う貨幣。しかし、この貨幣は「永遠の負債を負いますよ」という意味であって、その通貨で別の商品を買うことはできません。人間の価値はモノと交換できないからです。人間の負債は人間で支払うしかない。この「人間経済」は様々な文化で機能していて、アフリカやインドネシアでも同様の習慣があったそうです。そして、アフリカの「人間経済」とヨーロッパの「商品経済」が合わさった時に生まれたのが奴隷貿易だと。

    アフリカのポーン(Pawn)は奴隷ではなく、負債の質草でした。人が死んだとします。人の命は等価交換なので、誰かのせいで死んだと(この辺の理屈はよくわかりません)。あなたのせいで死んだのだから、誰かポーンを出してください。そういうことらしい。多くの場合は若い女性がポーンとして求められたのだそうです。複数のポーンを預かり、その一人を嫁にすると決めたそします。しかし、ポーンとなっていた女性は結婚したくない。そうすると、隣村に逃げてその「村の花嫁」となるのだそうです。ポーンは奴隷ではなかったのだそうです。奴隷は戦争で負けた相手がなる。これがヨーロッパと貿易をはじめるようになって、徐々にポーンと奴隷の差がなくなってきたのだそうです。

    ここまでが、この本の前半です。後半はデヴィッド・グレーバーが前半で構築してきたロジックを歴史を遡って検証していきます。

    デヴィッド・グレーバーのモノの見方はとてもユニークです。貨幣に対する考え方も、共産主義に対する考え方も、世間一般のイメージからはかけ離れています。しかし、その見方もちゃんと文化人類学的な検証から得られた知見なので、突拍子もないことをセンセーショナルに打ち出しているわけではないのです。こういうユニークな考え方を知的に積み上げていけることができる人が早く亡くなって、とても惜しい気持ちでいっぱいです。

  • 書評|データサイエンス時代のソフィストたちに騙されない方法|”Calling Bullshit” by Carl Bergstrom and Jevin West

    書評|データサイエンス時代のソフィストたちに騙されない方法|”Calling Bullshit” by Carl Bergstrom and Jevin West

    英語でブルシット(Bullshit)は「バカらしい戯言」です。ウソ(Lie)とも言い切れない。嘘の場合もあれば、本当の場合もある。ブルシットは多くの場合はハッタリだったり、ごまかしたり、騙そうとする意図があります。ブルシットだとわかれば、トランプのゲーム『ダウト』みたいに「ブルシット!」とコールできます。

    本書”Calling Bullshit”は難しい知識がなくてもブルシットを見破り、「ブルシット!」とコールできるようになるための指南書です。

    Calling Bullshit: The Art of Skepticism in a Data-Driven World (English Edition)

    Calling Bullshit: The Art of Skepticism in a Data-Driven World (English Edition)

    • 作者:Bergstrom, Carl T.,West, Jevin D.
    • 発売日: 2020/08/04
    • メディア: Kindle版

    ブルシットは昔からあります。古代ギリシャでもソフィストと呼ばれる弁論家たちがいました。プラトンの『国家』でソクラテスが散々やり込めるのがソフィストたちです。政治家もブルシットが得意です。本書ではビル・クリントン元大統領のモニカ・ルインスキーとの浮気について否定する発言が(過去まで遡る現在完了形ではなく)現在形であったことにツッコミを入れていました。

    現代のソフィストたちはデータを使い、ソーシャルメディアでブルシットをばら撒きます。ブルシットはより早く、より広く伝わるようになりました。現代の代表的なブルシットがフェイクニュースです。

    著者のカール・バーグストームとジェヴィン・ウェストは現代のブルシットに対抗するには三つの方法があると言います。1)ソーシャルメディアが自主的にフェイクニュースの広げない努力をする、2)政府が法律で規制する、3)教育でブルシットを誰でも見分けられるようにする。本書がとっているアプローチは三番目のアプローチである教育です。フェイスブックやツイッターが真面目にフェイクニュース撲滅に取り組むとは思えない。だって、彼らにとっても商売になりますからね。法律でフェイクニュースを規制するのも良し悪しです。フェイクニュースだとどういう基準で誰が決める?

    本書でオススメするブルシットに対する教育とは、ズバリ、論理的思考です。マッキンゼーとかボスコンとかのアレです。イヤイヤイヤイヤ、それできたらみんなビジネスコンサルできるから。しょっぱなから怒涛のツッコミを入れたくなります。無理無理無理無理。そう思いながらも読み進めることにします。

    まず、例に出しているのがAIネタにありがちなブルシット。いろんな人の顔を学習させて犯罪者をAIで見分ける研究。AIは学習データが大事です。犯罪者の顔は運転免許証など証明写真。普通の人たちはネットで見つけたスナップ写真。当然ながら笑顔。そんなデータを学習したら笑顔じゃない人は犯罪者ってことになってしまいますよね。AIで何かを判断するのであれば、その学習過程までちゃんと説明していないような記事は「ブルシット!」と叫んでいいと二人の著者は言います。

    次に統計にありがちなブルシット。例えば、初キッスを済ませた人は、自分に自信を持っている説。初キッスをしたから、自信がつくのか?自信があるから、初キッスができるのか。その因果関係ってわからないですよね。ちゃんと統計をやった人ならわかってる。相関関係は見つけることができるけど、因果関係は簡単には見つからない。相関関係を見つけてから、そこから仮説を導き出し、因果関係を特定する実験を何回も行わないといけない。まあ、そんなことは統計をやったことのある人間ならみんな知ってる。

    ボク自身も行動データの分析サービスをやってたことがあるので、よーくわかる。まずは二つのデータの相関係数を計算する。これは最近ならExcelでもできる。いろんなデータの組み合わせをあーでもない、こーでもないとひたすら計算する。そこでなんとなく相関関係がありそうだなーと思えるセットがいくつか見つかる。そこからストーリーを考えないといけないんですよ。相関係数なんて1から-1の間の単なる数字ですから。ストーリーを考えて上で、実験が可能な仮説を作らないといけない。すっごい大変なんですよ、この作業。

    流石に著者の二人はそこまでできるようになれとは言いません。でも、記事の内容が因果関係がありそうな言い方をしていたら「ブルシット!」と叫んでいいと言います。相関関係に関する記事はつまらない。ファーストキスと自信には相関関係があるなんてつまらない。自信がつけばキスができる。だから自信をつけよう!の方が面白い記事になりますよね、確かに。でも、そんな面白そうな記事のほとんどは「ブルシット」なのだそうです。これ以外にもビッグデータや、データの可視化など様々な数字に関わる「ブルシット」を紹介していきます。

    じゃあ、どうしたらいいのさ?著者の二人は六つのやり方を提示します。

    1. 情報のソースを疑え
    2. 単純な比較を疑え
    3. あまりにもできすぎた話は疑え
    4. 大きすぎる数字を疑え(フェルミ推定で調べられるよ!)
    5. 自分の確証バイアスを疑え(自分が正しいと思う情報が正しいと思う)
    6. 仮説は常に複数あると認識せよ

    ボクも、マーケティングの仕事をやっている人や、企業の戦略を考える人であればフェルミ推定くらい自分で使えるようになった方がいいと思うし、ボクも会社でやり方を教えたりしています。でも、普通の人には無理ですよ。かなりのトレーニングが必要になります。確証バイアスも自分自身がバイアスがあることを意識しないといけません。これってすっごく難しいんですよ。保守な人は保守なことしか信じないし、リベラルの人はリベラルなことしか信じない。これがエコーチェンバーで拡張されるんだから。フィルターバブルを自ら破れる人って数えるほどしかいない。

    ここまでは「ブルシット」の見つけ方です。

    著者の二人は、さらに「ブルシット」を「コール」しようと勧めます。だから、この本のタイトル”Calling Bullshit”なんですね。ネットで「ブルシット」な情報を見つけるのは個人的な活動で、個人的なメリットです。しかし、ネットで「ブルシット」な情報を見つけた上で、「ブルシット」をコールするのは公共の活動で、公共のメリットにつながると主張します。でもさあ、実際にブルシットな情報でフェイスブックもツイッターも溢れていますよ。これは右も左も同じです。それを一つ一つ指摘するのも疲れますが、その指摘に対する反発に対応するのは更に疲れます。

    ボクはこの本に書いてあることの一つ一つはとても納得できるし、論理的思考はとても大事だと思います。数字にも強くなった方がいい。一方で、そのスキルを手に入れるのはとても大変な努力が必要だと知っています。ボクも教える立場にありますが、自分自身が間違う可能性はいまだにあると思います。確かにフェイクニュースやフィルターバブルは問題だと思います。それはシステムによって生み出されたものなので、個人で戦っていくのは(無理とまでは言いませんが)かなり難しいのではないでしょうか。

    ボクは通信品位法第230条が改定され、プラットフォームがコンテンツに対して責任を負うようになれば状況はだいぶ良くなるのではないかと(楽観的かもしれませんが)期待はしています。システムのエラーはシステムで直した方がいい。システムのエラーを人で直すのは、少なくともフェイスブックやツイッターのスケールではなかなか困難だと思います。著者も指摘する通り、「ブルシット」は基本的な人権の一つである表現の自由に関わる難しい課題です。だって、「ブルシット」だって表現のひとつですから。問題は「ブルシット」ではないとボクは思います。「ブルシット」は昔からあった。「ブルシット」を広げるエコーチェンバーの問題です。だから、フェイスブックやツイッターのようなエコーチェンバーのエラーを直した方がいい。ボクはそう思います。

  • 書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|”If Then” by Jill Lepore

    書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|”If Then” by Jill Lepore

    フェイスブックなどから個人情報を集め、データ分析をして、投票行動に影響を与えるキャンペーンを行ったケンブリッジ・アナリティカは多くの人にとって民主主義への脅威に映りました。しかし、ケンブリッジ・アナリティカのような会社は最初ではありませんし、おそらく最後でもないでしょう。

    ジル・ルポールによる書籍”If Then”は行動科学とコンピューターを組み合わせによる投票者の行動分析レポートでジョン・F・ケネディーの大統領選挙戦にも関わったシミュルマティックス社の歴史を振り返ります。ケンブリッジ・アナリティカが誕生するはるか前からコンピューターによる行動操作をしようと考え、実行した人たちがいたんですね。ただ、なぜ彼らは成功しなかったのでしょうか?アイデアは良さそうなんですが。それがこの本のテーマです。

    If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future (English Edition)

    If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future (English Edition)

    • 作者:Lepore, Jill
    • 発売日: 2020/09/15
    • メディア: Kindle版

    「シミュルマティック」とは聞きなれない言葉ですが、シミュレーションとオートマティックを組み合わせた造語だそうです。人間行動のシミュレーションと自動化。名前からして、とても不気味なのですが創業者たちは全くそんなこと思っていなかったようです。いまだったら、マーク・ザッカーバーグもラリー・ペイジも自分たちがユーザーの個人的な行動データを集めてビジネスに利用するのが「不気味」だとは思ってないと思うんですよね。それに近い感覚をシミュルマティックス社の創業者たちも持っていたようです。

    シミュルマティックス社の創業は1959年。1950年代に民主主義の根幹である「選挙」を変える二つが発展しました。ひとつは、コンピューター。1952年アメリカ合衆国大統領選挙の予測をUNIVACを使って行ったのが最初。もうひとつは行動科学です。フォード財団とランド研究所が行動科学の分野で本格的にリサーチに力を入れるのがこの時期。

    シミュルマティックス社はこの二つの大きな流れを結び付けました。コンピューターによる人間行動の予測。なんとなく、イギリスのEU離脱キャンペーンやトランプ大統領が勝利した2016年の大統領選挙戦でFacebookなどから得た個人の行動データを使った選挙キャンペーンを主導したケンブリッジ・アナリティカを彷彿させますよね。

    確かに、シミュルマティック社はスキャンダラスな面においてはケンブリッジ・アナリティカに近いです。ジョン・F・ケネディの選挙戦でアンケートをコンピューターで分析して政策と投票行動に関するレポートを出しました。そして、ケネディが選挙で勝利した後に、その事例をメディアに大々的にアピールしてケネディの立場を危うくしてしまいました。無断で自分たちの実績をPR?そりゃそうだよ、馬鹿か?お前らよく考えろ!この行動はロバート・ケネディーの逆鱗に触れて出禁になってしまいます。

    行動科学とコンピューターを組み合わせて選挙に利用する。このアイデアは確かに当時は斬新でした。いろんなことに利用できるぞ!とシミュルマティックス社の創業者たちは胸を躍らせました。広告だ!広告で大儲けできるぞ!なかなかいい目の付け所だと、グーグルやフェイスブックのビジネスモデルを知っている現在のボクらたちは思いますよね。しかし、シミュルマティックス社はグーグルでもフェイスブックでもないのです。データがない。当時、消費者の行動データを持っていたのは広告代理店です。そして、大手の広告代理店は自分たちで同じことをやりはじめ、自分たちのクライアントにサービスを提供しはじめました。

    選挙に関してはケネディー大統領の件もあって出禁状態です。そこで、ピヴォットしたのがメディアです。政党に選挙予測のデータをうることはできないけど、メディアになら売れるのでは?なんとニューヨークタイムズが契約してくれました。しかし、ここでも大チョンボをやらかしてしまいます。シミュルマティックス社にはまともなコンピューターの専門家がいなかった!

    そのあとはベトナム戦争で行動科学とコンピューター予測をベトナムの現地で実験する仕事をアメリカ軍から請け負ったりします。それも、やっぱりイマイチな結果。アイデアはいいのだけれど、スキルがついてこない。なんか、ダメなスタートアップの「あるある」ですよ。

  • 書評|ピケティの考える富の不平等と政治|”Capital and Ideology” by Thomas Piketty

    書評|ピケティの考える富の不平等と政治|”Capital and Ideology” by Thomas Piketty

    今年に入って登場したトマ・ピケティの新著”Capital and Ideology”は前著『21世紀の資本』をさらに発展させ、経済不均衡と政治の関係を歴史的に紐解いています。ページ数も”Capital and Ideology”は1,150ページと相変わらずのレンガ本。『20世紀の資本』の696ページの倍近く増量されています。ボクの場合はオーディオブックなのでまだいいですが、普通の速度で聞いたら96時間(4日間)かかります。倍速にしても48時間ですからね。『21世紀の資本』は映画になったことだし、こちらも映画になるといいですね。

    実を言えばこの本”Capital and Ideology”はだいぶ前に読み終わっています。すぐに書評を書けなかったのは、色々と理由はあります。この膨大な情報量を頭の中で整理して書評を書くのは思った以上に大変だった。これは理由の一つですね(コロナ禍で通勤時間がなくなった、映画をたくさん観るようになったが他の理由)。なるべく簡潔にまとめてみます、成功するかどうかは別として。

    Capital and Ideology

    Capital and Ideology

    • 作者:Piketty, Thomas
    • 発売日: 2020/03/10
    • メディア: ハードカバー
    21世紀の資本

    21世紀の資本

    • 作者:トマ・ピケティ
    • 発売日: 2014/12/06
    • メディア: 単行本

    この本のテーマは『20世紀の資本』と同じで富の不平等です。裕福な人はさらに裕福になり、裕福でない人はさらに裕福でなくなる。その原因の一つが累進課税の弱体化であることは『20世紀の資本』でも詳しく解説されていましたよね。これは本書でも同じです。本書で新しいのはイデオロジーの変遷と不均衡の変遷と併せて、不均衡の原因をさらに深く分析している部分です。

    境界と資産の考え方はイデオロジーの影響を強く受けます。不平等の原因はこの境界と資産に依存しているため、イデオロギーが変われば不平等性にも変化が起きます。そういう意味において、不平等は経済ではなく政治的なのだとピケティは言います。

    ピケティはイデオロギーを歴史的に6カテゴリーに分けています。

    1. proprietarian
    2. social democratic
    3. communist
    4. trifunctionalist (clergy, nobility and third estate)
    5. slavist
    6. colonialists

    イデオロギーごとの富の分配を定点観測するために、ピケティーが採用しているのがトップ10%、ミドル40%とボトム50%の富の配分です。これに加えてトップ1%の分配を見ることで富の分配を定点観測することができます。しかも、アメリカや西ヨーロッパだけでなく、インド、中国やアフリカまで様々な地域特性ごとに比較しています。そりゃ、1,150ページ必要だよね!ピケティも大変だったろうけど、読む側も腰を据えて挑む必要があります。

    ものすごく単純にまとめてしまうと、富の不平等は時代とともに少なくなってきています。しかし、1980年代以降は再び格差が広がる傾向にあります。もうちょっとだけ詳しく解説すると、教会や貴族が所有し、平民は所有をしないトライファンクショナル(trifunctionalist)なイデオロギー(フランスのアンシャン・レジームや日本の封建時代)が解体され(フランスならフランス革命、日本なら明治維新)、特権がなくなりました。ただ、この時に補填をするかどうかが大きな議論となりました。結局、権力は分散されたのですが、富は分配されませんでした。この「権利」を「富」に変換して補填するのは奴隷解放(slavist)でも植民地解放(colonialists)でも行われました。

    例えば、1833年のイギリスでの奴隷制度廃止でGDPの5%に相当する税金が補填に使われました。植民地として独立したハイチ政府はフランスに奴隷の損出として国民総所得の300%分の金額を支払い続けなければいけませんでした。まあ、酷い話ですが、権利の分配には補填がつきもので、結局は富の分配にはならない。これがずっと続きます。

    職業に「権利」が紐づくトライファンクショナル(trifunctionalist)の後にやってくるのが個人所有のイデオロギー(proprietarian)です。この時は1%の裕福な人が45%の富を所有していました。この傾向は第一次世界大戦前の1914年まで続きます。富の配分のトレンドが変わるのが累進課税導入後です。日本はすでに1887年に累進課税を導入していましたが、フランスでは1914年まで採用されませんでした。アメリカではニューディールがこれに当たります。そう、本格的に富の分配がはじまったのは第二次世界大戦後です。戦争で多くの「富」が破壊されたのがその原因の一つです。

    「富」にはフローとストックがあります。フローは収入です。例えば働いて得る月収です。ストックは資産です。昔からある代表的なストックは不動産ですね。累進課税といえば一般的にはフローに対する累進課税です。ストックに対する累進課税はなかなか進みませんでした。

    ピケティは不公平を語る時、フローとストックを分けて語るべきと言います。ストックの不公平は、力の不公平に繋がります。資産の不公平には下限がありません。フローは違う。ストックがなくても生きていけるが、フローがなければ生きていけない(食べていけない)。生きていくために最低限のフロー(所得)が必要になります。すべての人が最低限の所得の場合、格差はありません(ベーシックインカムっぽい考えですね)。それ以上のフローがある場合は格差が生まれる可能性はありますが、それはストックのような無制限の格差ではないとピケティは主張します。

    フローの場合、ボトム50%は格差が大きい国の場合は5%から10%の富を分け合っています。多くのケースでは10%から20%の富を分け合っています。しかし、ストックの場合、ボトム50%は全体の資産のほぼ0%を分けあいます。つまり、資産をほぼ持たない。同時に所得の場合、最も裕福な10%は最も不公平な場合でも全体の50%-60%以上の所得を分け合うことはない。しかし、最も裕福な10%は80%から90%の資産を持つ。

    第二次世界大戦後は累進課税の効果もあり、富の再分配が行われました。富の移転は主にトップ10%からミドル40%への移転でした。ボトム50%にはほとんど再分配されていません。しかし、その再分配の傾向も1980年から再び逆転します。新自由主義の台頭です。20世紀初頭からはじまり、最大80%まで上がった累進課税は1980年代から下がりはじめ、40%まで落ちました。

    ここまでが本書の縦軸となります。これに加えてインドや中国、そして植民地の状況を同じ物差し(トップ10%/ミドル40%/ボトム50%)で観測していきます。例えば、インドのカースト制度(ジャティ)はヨーロッパの三階級(教会/貴族/平民)に相当します。ちなみに、ヒンドゥー教がベジタリアンなのはベジタリアンの仏教との競争の影響なんですって。昔は動物の生贄を使っていたのがベジタリアンの仏教に批判されたのがきっかけだそうです。へー。

    インドの場合、独立後は教育へのアクセスについて積極的な差別是正処置が取られます。さらに「割り当て(Quota)」を設定して、格差の是正を行います。特定のグループに対してある程度の割り当て量を確保します。例えば議員数。女性も同様。「割り当て」の考え方は社会クラスの肯定にもつながるのですが、是正には役に立ちます。アメリカではアファーマティブ・アクションと呼ばれ、大学の入学枠や企業の役員枠を設定するケースが多いですよね。日本でも女性の役員枠を積極的に作る企業が増えています。しかし、制度化したのはインドがかなり最初なのだそうです。このような格差是正処置で教育(富の格差を決める重要な要素のひとつ)とフローの格差を縮める努力をしたインドですが、ストックの格差はいまだに大きいのが実情だそうです。

    中国の場合はGreat Divergence(参考:池田信夫 blog :「大分岐」から「大収斂」へ)を考察します。ピケティはアダム・スミスの自由経済はヨーロッパより中国で発達していたと言います。最初のLeap Forwardはなぜヨーロッパでおき、中国やオスマントルコでは起きなかったのか?これがGreat Divergenceですね。

    「確実は答えはないが」と前置きを置きつつ、ピケティーは戦争がGreat Divergenceの原因だったのではないかと考えます。ヨーロッパは分断されて戦争が多かったけど、中国(清朝の時代)やインドは分断されていても、それほど争いは多くなかった。三角貿易の破綻を大麻で補おうとしたイギリス。それを食い止めようとした中国。イギリスは軍事的な優位性で中国を潰しました。これがアヘン戦争。中国の財政はとても健全でした。しかし、この戦争の賠償金で中国は初めて大きな負債を負うことになりました。ピケティはGreat Divergenceの原因はヨーロッパの資本主義が勝ったわけではなく、軍事力で勝ったからだと言います。まあ、確かに「アヘン戦争」はヒドイ戦争ですよ。

    このほかにロシアの農奴の分析や北欧諸国の分析もあります。もっと色々と書いてあるのですが、皆さん頑張って読んでみてください。ここまでが本書の横軸となります。大体2/3くらい!やっと後半だ!

    後半は現在の状況の説明と、考えられる未来の考察となっています。例えばストックの富の再配分が進まないのは金融資産の複雑化が原因で、ファイナンスインカムが累進課税の逃げ道になっているなど。アメリカの生産性は1910年がピークで、徐々にイギリスやフランス、日本に追いつかれていきます。フランスとドイツは時間当たりのGDP(=生産効率)においてアメリカを1980年に抜きます。なぜ、アメリカの生産性はスローダウンしたのか?それは格差が広がったからだとピケティは言います。アメリカの初期のアドバンテージは1910年からPrimary Education(5-11歳)とSecondary Education(12-17歳)での教育制度だったのですが、格差でこのアドバンテージが徐々に失われました。

    不平等がイデオロギーの問題で、政治的なのであれば、投票行動が不平等の解消につながります。投票パターンは教育、資産、収入の三つの要素に影響を受けます。まず、大きな傾向として、貧しい層ほど共産主義や社会主義の政党に投票する傾向があり、富裕層は保守に投票する傾向にあります。資産格差の方が投票パターンに大きく影響を与え、教育格差の影響は資産格差より影響が小さいことがわかっています。

    この前提をもとにピケティは現在の傾向を四つのパターンに分類しています。まず、左か右かで分けることができます。左は一般的にリベラル、右は一般的に保守と言われます。高等教育を受ける人(Brahmin Left)ほど左側に投票する傾向が強くなり、ビジネスをしている人(Merchant Right)は右側に投票する傾向が強くなります。 また、これは興味の範囲が国外まで向けられているか(Internationalist)、国内に閉じているか(Nativist)かに分けることができます。格差って国内だけじゃないですからね。

      Brahmin Left Merchant Right
    Internationalist Egalitalian Internationalist Iegalitalian Internationalist
    Nativist Egalitalian Nativist Iegalitalian Nativist

    これが現在の傾向なのですが、それぞれ「罠」にハマっているとピケティは指摘します。もっと良い未来があるはずだと。可能性はいくつもあり、その中でもsocial federalismとparticipatory socialismは良い未来の可能性の有力候補だとピケティは考えています。これがピケティたちのDemocratization of Europeの活動に繋がってるんでしょうね。

    ボクは「アベガー」とか「スガガー」みたいな定型句で保守を批判をするリベラルな人たちにも、「パヨク」みたいなレッテルでリベラルを批判をする保守な人たちにもあまり共感できません。まず、右も左も自分の立ち位置が正しいと思い込んでいる。自分自身に無批判なんです。まさに「罠」にハマっている状態だと思います。そんな人たちに「お前はわかっていない」とボクは右からも左からも説教されることが多いです(苦笑)。そりゃそうだよ、ボクはキミたちにビタイチ共感していないんだから。自分は正しいと思い込んでいる人たちから見たら、ボクは「わかってない」のでしょう。でも、ゴメンネ。ボクは単なる批判は下らないと思ってる。全く興味がない。新しい可能性に興味があります。

    人間なので当然バイアスはありますから、四つのパターンのどこかにハマっているはずです。ボクはEgalitalian Nativistだと思います。ピケティはEgalitalian Internationalistだと思います。そして、ピケティはそれに自覚的です。その立ち位置から目線は将来に向いている。それが自分の現在の立ち位置と違って全然構わない。事実をコツコツ集めて、より良い社会のあり方を考えて提示している。“They Don’t Represent Us”を書いたローレンス・レッシグも同じですよね。ボクはこういう新しい方向性を指し示すことができる人を尊敬します。

  • 書評|テクノロジーが触れてはいけない領域はあるのか?|”Sex Robots and Vegan Meat” by Jenny Kleeman

    書評|テクノロジーが触れてはいけない領域はあるのか?|”Sex Robots and Vegan Meat” by Jenny Kleeman

    「ソフトウェアが世界を飲み込む」と宣言したのはマーク・アンドリーセンでした。2011年のウォールストリート・ジャーナル寄稿記事でマーク・アンドリーセンが指摘してことはほぼ現実になりました。しかし、まだまだテクノロジーが触れていない領域があります。セックスをすること、食べること、子供を産むこと、そして死ぬこと。この四つは人間としての基本的な行為です。果たしてテクノロジーはこの領域まで踏み込んでいいのか。踏み込んでいいのだとしたら、どこまで踏み込んでいいのか?それが今回紹介するジェニー・クリーマンの著書”Sex Robots & Vegan Meat”です。

    Sex Robots & Vegan Meat: Adventures at the Frontier of Birth, Food, Sex & Death

    Sex Robots & Vegan Meat: Adventures at the Frontier of Birth, Food, Sex & Death

    • 作者:Kleeman, Jenny
    • 発売日: 2020/07/09
    • メディア: ペーパーバック

    まず、最初に取り上げるのがセックスです。具体的にはラブドールです。最近だとラブドールを題材にした映画『ロマンスドール』もありましたね。ラブドール職人がすれ違いでレスになる話です。ラブドールの利用者のほとんどは男性で、女性はディルドなど道具の需要の方が高いのだそうです。ここはかなり重要なポイントです。

    ロマンスドール

    ロマンスドール

    • 発売日: 2020/06/03
    • メディア: Prime Video

    Real Doll(リンクを開くときは注意!)やDS Robotics(リンクを開くときは注意!)のような最新のラブドールはAIを搭載して、男性のニーズを満たすべく学習します。ラブドールのメーカーや愛好者の主張は、様々な理由で普通の女性とセックスができない男性も性的に満たされる権利があるはずというものです。そして、性犯罪を未然に防止する効果もあるのではないかと主張します。

    ラブドールを愛好する男性がいる一方で、ラブドールに反対する団体があります。Campaign Against Sex Robotsです。ラブドールに反対する側の主な主張は女性をモノとして扱うことです。AIを搭載した女性型のロボットなら虐待してもいいのか?そのような虐待の欲望を満たすことは、その傾向に拍車をかけるのではないか?女性のセックスロボットが倫理的にも許されるのであれば、子供のセックスロボットも倫理的に許されるのか?

    この本では他にも培養肉(実はビーガンが支援しているケースが多い)や人口子宮に関するケースが紹介されています。しかし、ここで紹介される培養肉のスタートアップはどことなるセラノスを彷彿させる怪しさ満載でした。出産のケースもなかなか悩ましいです。他の女性の子宮を使う代理母出産は倫理的にも問題視されています。しかし、人工子宮出産なら?人口子宮で培養された赤ちゃんは果たして人間と言えるのか?この人口子宮は日本の東北大学も関わってるんですね。

    そして、個人的に一番考えさせられたのが尊厳死についてです。人は自分の死を管理する権利があるのか?死の自由を広めようとする非営利団体のExit Internationalは人は自由に死ぬ権利があると考えています。

    少し前ならカート・ヴォネガットの『モンキーハウスへようこそ』の自殺ホーム、最近なら『アヴェンジャーズ /インフィニティ・ウォー』のサノスがそうですが、増えすぎた人を減らさなければいけないと考えるフィクションは少なくありません。そして、実際にそう考える人たちもいるんです。自殺のために薬を処方する医者はDr. Deathと呼ばれます。Exit Internationalの代表を務めるフィリップ・ニッチケもそうでした。

    フィリップ・ニチケは安楽死専用マシン「サルコ」を開発していて、 3Dプリンターでいつでも誰でも安楽死専用マシンが作れるようにしようと活動しています。ニューズウィークの記事では自殺のイーロン・マスクと称されています。

    男性はロボットを愛し結婚する権利があるのか?培養肉は動物の権利を守ることになるのか?人口子宮はゲイカップルや不妊症の夫婦の福音となるのか?そして、人は自由に死ぬ権利があるのか?いまの倫理観では全て「ノー」だと思うのですが、将来はどうなるのでしょうかね。

  • 書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|”Arguing with Zombies” by Paul Krugman

    書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|”Arguing with Zombies” by Paul Krugman

    政治的な意味において保守(小さな政府)に対する考え方はリベラル(大きな政府)です。そして、経済的な意味においてリバタリアン(完全自由主義)に対する考え方がプログレッシブ(革新主義)です。政治的な考えは経済的な考えに結び付きます。逆に経済的な考えは政治的な考えに結び付きます。革新的な保守は考えにくいですし、リバタリアンなリベラルも考えにくいです。

    ポール・クルーグマンは政治的な色をなるべく見せない経済学者でした。1980年代の共和党レーガン政権では大統領経済諮問委員会委員など要職を務めました。しかし、その後任のブッシュ大統領には批判的な態度で、徐々に民主党よりの見方を支持するようになりました。ポール・クルーグマン曰く「自分が変わったのではなく、政治が変わった」のだそうです。

    今回の新著”Arguing with Zombies”はニューヨーク・タイムズに長年寄稿しているコラムをまとめたものになります。そして、その論調は保守主義に対して非常に辛辣です、ノーベル経済学賞を受賞した学者と思えないほど。保守主義者を「すでに終わった議論にしがみつくゾンビ」と称してバッサバッサと斬りまくります。いや、ずっと今まで(そしてこれからも)斬りまくっているのか。先週、その真逆のポール・シュワイザーの本を読んだばかりだったので、あまりの違いに思わず笑ってしまいました。この本はコラムをまとめたものですが、過去のコラムを収録することでクルーグマンの主張は全く変わっていないことがわかります。むしろ、アメリカにおける住宅バブルの崩壊など、クルーグマンが当時予見していたことが現実となった現在だからこそ説得力があります。

    Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

    Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

    • 作者:Paul Krugman
    • 出版社/メーカー: W W Norton & Co Inc
    • 発売日: 2020/01/28
    • メディア: ハードカバー
    ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

    ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

    • 作者:ポール クルーグマン
    • 発売日: 2020/07/16
    • メディア: Kindle版

    アメリカの経済学派は海水派と淡水派に分かれます。海水派は革新主義的(大きな政府=民主党)でカリフォルニア大学バークレー校、イェール大学やハーバード大学など海に面する州にある大学が主に属する学派です。淡水派は新自由主義的(小さな政府=共和党)でシカゴ大学、カーネギーメロン大学やコーネル大学など五大湖の近くにある大学が主に属する派閥です。

    ポール・クルーグマンが「すべての経済の議論は政治的」と言い切るのはこのような背景があります。その上でクルーグマンは賢者の四つのルールを共有します。

    1. カンタンで単純なことについて議論する
    2. カンタンな言葉で簡潔に説明する
    3. 誠実であることに誠実になる
    4. 議論の動機を明確にする

    クルーグマンは経済に関する多くの問題は(単に多くの人がそれを認めたくないだけで)答えがわかっている簡単なものだと言います。そして、誤りを認めたくない人たちはゴールポストを動かすことで誤りを認めません。つまり、誠実な議論をしているふりをしているだけで、言動はとても不誠実です。不誠実であることを認めるべきだとクルーグマンは言います。さらに一部の経済学者はその動機も隠します。彼らは右寄りの富裕層の利益のためにシンクタンクを設立してメディアネットワークを形成します。クルーグマンは自分の立場を明確にすることで、誠実に議論を進めようとします。対立軸を明確にしないのはクルーグマンにとっては不誠実なことなのです。この本のタイトルにもなっている「ゾンビ」は保守主義を盲目的に信じている人たちのことを指しています。減税信者、環境問題を認めない人、保守主義者。いまだにミルトン・フリードマンを信じて富裕層に利益誘導するためだけに緊縮財政と減税を推し進めるポール・ライアンのような人たちです。

    それでは、答えがわかっている簡単な経済の問題とは何でしょうか。まず一つは日本でも共通する年金と医療問題。アメリカの年金制度は破綻していないので民営化する必要がない。国民全員に行き渡るユニバーサルヘルスケアが経済的に最も理想的で、その原資は単一支払者制度が最も経済的に理にかなっているといいます。全員参加だから取捨選別する必要なく、運営が簡素化できるからです。民営ではなく公共で運営した場合、集まった基金の1%しか運営に必要なく、99%のベネフィットが利用者にまわります。これが民営化すると保険会社や投資運営会社の管理手数料が大幅に増えて、利用者が受け取るベネフィットが減ります。民営化されたチリでは運営コストは20倍に増え、サッチャー時代に民営化したイギリスも保険会社が受け取る運営管理費が抗仏紙続けたため、上限を定める法律を作らなければいけなくなりました。民営化して得をするのは保険会社だけだとクルーグマンは言います。

    このほかに、緊縮財政がいかに景気回復の弊害になるか、ユーロの弊害などデータを使ってわかりやすく(辛辣に)教えてくれます。例えば、(特にギリシャの金融危機の後)国の借金が増えるのは悪いとされていますが、それを論理的に説明できる人はいないと批判します。金利がGDPの成長率より低ければ、借金が金利で雪だるまのように増えることはありません。むしろ、雪だるまは溶けていきます。あと、ユーロで貨幣統一したことにより、多くの国が中央銀行を失って独自の貨幣を発行できなくなった弊害は「なるほど!」と思いました。確かに、金利をコントロールできないですものね。そう考えるとビットコインなど暗号化通貨が流通することに多くの国が危機意識を感じる理由が分かります。

    この本はどんな人にオススメか

    できれば、日本の政治家に読んでほしいですね。まあ、あと若い有権者ほど読んでほしいです。

    80年代以降に日本で多少なりとも保守と言える政党って中曽根政権時代と小泉政権時代の自民党くらいじゃないでしょうか。それはWikipediaにある日本の民営化の一覧でもわかります。それでも、大型減税ってやってないので本当に保守とも言えないですが。それでも水道のようなライフラインや年金や医療保険をまだ民営化していないのはある意味で日本人ならではのバランス感覚なのかもしれません。それか、日本人特有の「決められない性格」が功を奏したのかもしれません。

    しかし、明確な対立軸がないのは日本人にとっては不幸な気がします。だって、与党と野党の政策の違いなんて分かんないですよね?ボクが不勉強なだけなのかもしれませんが。自民党はそれほど保守じゃないですからね。民営化しても減税しないし。むしろ減税しろっていうのは野党だし。野党も与党も何をどうしたいのかよくわからないです。アメリカにおける共和党と民主党の違いやイギリスにおける保守党と労働党の違いって外国人のボクから見ても明確なのに。

    きちんとデータをもとに論理的な議論ができるクルーグマンやアビジット・バナジーのような経済学者がいる英語圏の人たちが本当にうらやましいです。おそらく、日本にも優秀な経済学者はたくさんいるでしょうから、もっとわかりやすく経済のことを解説してほしいです。そのうえで、政治家は経済的な立場をはっきりしてほしい。まさにポール・クルーグマンが「賢者の四つのルール」で言うように。そうすれば、ボクたちは投票所に行って選ぶことができるから。

  • 書評|新自由主義批判に対する保守からの回答―大きな政府は大きな腐敗を生む?|”Profiles in Corruption” by Peter Schweizer

    書評|新自由主義批判に対する保守からの回答―大きな政府は大きな腐敗を生む?|”Profiles in Corruption” by Peter Schweizer

    ピーター・シュワイザーは調査報道記者です。そして、ルネッサンス・テクノロジーズのロバート・マーサーらとともに保守系シンクタンクの政府説明責任研究所を設立した一人です。更に、オルタナ右翼を代表するメディア『ブライトバート・ニュース・ネットワーク』の編集者です。つまり、米国極右言論の親玉の一人です。当然ながらリベラルな民主党には批判的で、クリントン政権の金の流れを批判した『クリントン・キャッシュ』が日本でも出版されています。そして、その姿勢は事実に基づかない偏向報道と批判されることもあります。

    今回紹介する”Profiles in Corruption”はその続編といえるものです。ブライトバートと聞いただけで頭の中で注意警報が鳴ってしまうボクですが、興味本位で恐るおそる読んでみました。ある意味で最近のアメリカにおける二極化(ポーラライゼーション)を代表している人ですから。彼の批判の矛先は民主党なのですが、彼の主張である「保守である共和党がトランプだからリベラルな民主党の腐敗が見逃されていい理由にはならない」には一理あります。日本でだって「安倍政権が腐敗している(と思う)」=「立憲民主党や共産党は腐敗しない(と思う)」とならないのと同じですね。

    Profiles in Corruption: Abuse of Power by America's Progressive Elite

    Profiles in Corruption: Abuse of Power by America’s Progressive Elite

    • 作者:Peter Schweizer
    • 出版社/メーカー: Harper
    • 発売日: 2020/01/21
    • メディア: ハードカバー
    クリントン・キャッシュ

    クリントン・キャッシュ

    • 作者:ピーター・シュヴァイツァー
    • 出版社/メーカー: LUFTメディアコミュニケーション
    • 発売日: 2016/02/10
    • メディア: 単行本

    まず、「リベラル」の定義をしましょう。リベラルは政治的な意味と経済的な意味で大きく異なります。全く反対の意味だったりもします。

    最近は行き過ぎた新自由主義(経済的リベラル)に批判が集まっています。経済的には自由主義がリベラリズムで、その極端な例がリバタリアニズム(政府の干渉ゼロ)です。経済学で言えば新自由主義(経済的リベラル)の代表がミルトン・フリードマンで反対する立場がトマ・ピケティです。これまで紹介してきた書籍だとマリアナ・マッツカートの”Value of Everything”アナンド・ギリダラダスの”Winners Take All”などが新自由主義(経済的リベラル)を批判する立場にあたります。

    新自由主義(経済的リベラル)は政治的には保守です。なぜなら、政治的保守は小さな政府を目指し、民間企業により大きな裁量を与える経済的リベラルだから。小さな政府を目指す保守政党は民営化を進めます。経済的リベラル=政治的保守。経済的保守=政治的リベラル。同じ「リベラル」でも政治的な意味なのか、経済的な意味なのかでその立場は変わるので注意が必要です。アメリカなら共和党、イギリスなら保守党が保守です。実をいうと、日本には真の意味での保守政党は存在しません。自民党ですら世界的に見れば政治的リベラルです。まあ、自民党は英語ではLiberal Democratic Partyで名前にリベラルって入ってますしね。だから、行き過ぎた新自由主義(経済的リベラル)への批判ってピンとこないかもしれません。金融自由化も失敗しちゃいましたし、そこまで行ってないですからね。

    閑話休題

    “Profile in Corruption”はこの最近の傾向である新自由主義の批判(=政治的保守への批判)を政治的腐敗の観点から危険だと警笛を鳴らします。政府が大きくなれば腐敗も大きくなる。ピーター・シュワイザーは政治的リベラル(保守と比べて大きな政府を目指す傾向にある)を二つに分けています。伝統的な政治的リベラルと、革新的な政治的リベラル。そして、今回の批判の矛先は革新的な政治的リベラルに向けられています。政治的な腐敗は人間の問題で、リベラルも保守も関係ないとピーター・シュワイザーも認めています。本書で革新的な政治的リベラルを「プログレッシブ・エリート」として批判の焦点にしているのは、新しい腐敗を代表するクラスだからとしています。まあ、民主党の将来の大統領候補者に焦点が当てられているのは、さすがアメリカの極右を代表するブライトバートです。「トランプへの注目により他の政治家の腐敗への目が向けられていない」という主張は至極真っ当ですが、あまりにもあからさまでしょう(苦笑)

    ピーター・シュワイザーは腐敗を五つのカテゴリーに分けています。これらの仕組みを利用して国民の税金を親族、友人、支持者へ有利に利用するのがピーター・シュワイザーの定義する「腐敗」です。

    1. 利益供与
    2. 個人的な収入の確保
    3. 法律の曲解
    4. 自分に有利な立法
    5. パブリシティ

    今回ターゲットにされているのはカマラ・ハリスジョー・バイデンコリー・ブッカーエリザベス・ウォーレンエイミー・クロブシャー、そしてバーニー・サンダース です。いずれも2020年のアメリカ大統領選候補もしくはそれ以降に大統領候補になるであろう有力者たちです。トップバッターを飾るのはカマラ・ハリスなのですがサンフランシスコ市長だったウィリアム・ブラウンと交際、その力を利用した成り上がり物語はすごいなと思いました。すでに今年の大統領戦からは撤退を表明していますが、次くらいは狙ってくるでしょうね。次がオバマ大統領時代に副大統領を務めたジョー・バイデンなのですが、この人のファミリービジネスもすごい。息子のハンター・バイデンを利用した集金マシンや中国コネクションは確かに露骨なものがあります。

    ピーター・シュワイザーの三段論法は 1) 権力があるところは腐敗するものである、 2) ゆえに、権力が集まる政府は小さいほうがいい、 3) ゆえに大きな政府を目指す共和党はより大きな腐敗を生むです。しかし、政府じゃなくて民間だったら腐敗はなくなる?という疑問も残りますし、そもそも腐敗をなくすにはどうしたらいいか考えているローレンス・レッシグの提案のほうが魅力的です、少なくともボクには。

    内容的にも「ん?これ本当?」と思うこともありますが、調査報道はやっぱり大事なんだなと思いながら読みました。完全に中立な報道ってなくて、観る角度で事実も受け取り方が変わります。極左でも極右でも報道は報道です。問題なのは報道のあり方よりも二極化(=ポラライゼーション)を生み出す仕組みなんでしょうね。リベラルな人はリベラルな情報しか見ないし、保守な人は保守な情報しか見ない。パーソナライゼーションってそういうことですから。二極化の罠から逃れるためには、自ら全く違う意見のなかに飛び込むしかありません。

    この本はどんな人にオススメか

    アメリカの政治に興味がある人はオススメです。2020年1月はアメリカ大統領選の民主党候補者選びの真っ最中。現時点ではジョー・バイデン、バーニー・サンダースとエリザベス・ウォーレンが有力とされています。日本人にはあまり馴染みのない名前ですが、世界的にも影響力のある人たちです。

    そして、「日本の政治は腐ってる!」と絶望している人にもオススメです。大丈夫です、政治が腐っているのは日本だけではありません。政治家が腐っているとか、腐っている人間が政治家になってしまうのではなく、仕組みの問題だと思うんですよね。そういう意味では、政治に絶望した人はローレンス・レッシグの”They Don’t Represent Us”も併せて読んでいただきたいところです。

     

  • 書評|人間と動物の優しい共存のための豆知識|”Animalkind” by Ingrid Newkirk

    書評|人間と動物の優しい共存のための豆知識|”Animalkind” by Ingrid Newkirk

    今回はどうやって紹介したらいいのか、なかなか迷った本です。単純に「動物好きにおすすめの本!」とも言えるし、もっと社会的に「ヴィーガンや動物愛護を理解するための本!」とも言える。更に「文明発展の中における動物の位置づけ!」みたいに大きな括りで読むこともできる。まあ、最終的には読む人に委ねられることだと思いますが。

    “Animalkind”は動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA:People for the Ethical Treatment of Animals)の創立者であるイングリッド・ニューカークの初めての著書です。PETAは動物の権利を推進して動物保護活動をしています。この本は二部構成になっていて、第一部が動物について、第二部が動物と優しく共存することについて書かれています。

    Animalkind: Remarkable Discoveries About Animals and Revolutionary New Ways to Show Them Compassion (English Edition)

    Animalkind: Remarkable Discoveries About Animals and Revolutionary New Ways to Show Them Compassion (English Edition)

    • 作者:Ingrid Newkirk,Gene Stone
    • 出版社/メーカー: Simon & Schuster
    • 発売日: 2020/01/07
    • メディア: Kindle版

    第一部は動物についてわかってきたことを紹介しています。人間は賢いけれど、動物も同じかそれ以上に賢い。ただ、人間と同じ測り方はできない。いきなり地球に降り立った宇宙人とコミュニケーションを試みる映画『メッセージ』なんか観ても思うのですが、自分のモノサシが他人(ましては他の種族)に通じるわけないんだよなと。

    メッセージ (字幕版)

    メッセージ (字幕版)

    • 発売日: 2017/07/21
    • メディア: Prime Video

    人間の尺度の知能テストを動物にやっても意味がない。例えばなのですが、人間が聞き取ることができない周波数があるし、人間が到達できない距離もある。多くの動物は人間ができない能力を持ちます。脳の大きさや、全体の体積における脳の割合も人間が一番ではないそうです。

    人間のモノサシで優劣を決めるのは限界があるけれど、それでも動物ってすごいんだよとイングリッド・ニューカークは様々な豆知識を提供してくれます。例えばなのですが、犬は人間の言葉を単語で200はわかることが研究でわかってきているそうです。また、犬と人間の共生関係は数千年に及び、同じ環境に生きるため、似た病気にもかかる。犬だけでなく、多くの動物は形からシンボルを理解できそうです。例えばバナナの絵が食べ物を表すなど。牛はアイコンタクトでコミュニケーションする。豚は鳴き方でコミュニケーションする。鳴き方がパターン化できるのだそうです。鶏も30種類程度の鳴き方でコミュニケーションすることがわかっている。イルカのコミュニケーションもデニス・ハーシングのTED Talkでも紹介されていますね。

    面白いと思ったのはタコの事例です。タコは肌の色を変えてコミュニケーションするのだそうです。そして、タコは道具を使うこともできるし、迷路を脱出することもできる。ちなみにタコには触手(tentacle)は無いそうです。え?あの8本足は何なの?と思うじゃ無いですか。あれは生物学的には腕なのだそうです。この本の第一部にはこう言った「へー!」と思うような動物に関する豆知識がたくさん紹介されています。

    そして第二部が動物の倫理的扱いを求める人々の会の主張である動物の権利に近い部分となってきます。動物との優しい共存方法についてです。前回紹介したクリストファー・ライアンの”Civilized to Death”で解説されているように、人口が爆発的に増えたのは農業をはじめてからです。これほど人類が増えると、どうしてもいろんなところに歪みが出てきます。人口増加に比例して、人間のために動物を利用する機会が多くなる。その反面、動物を利用せずに人間が生きていくための科学や技術も進歩しました。

    第二部を要約すると「近年は動物に対する理解が大きく進んだ。さらに、科学の進歩で動物を搾取しない代替手段が多く生まれた。だから、文明的に優しく動物と共存しよう」です。動物が搾取されている分野は大きく4つあります。

    科学(動物実験)、ファッション(毛皮など)、エンターテイメント(見せ物としての動物や映画での殺戮)、食料(肉食)です。この四つの中で科学、ファッション、エンターテイメントは(完璧では無いにしても)進歩が見られる分野です。特にファッションとエンターテイメントはB2Cだから顧客の見る目も厳しくなってきていますしね。

    おそらく、一番ホットな議論が食料でしょう。日本でも一部のヴィーガンの過激な行動が批判の対象になっていますよね。生物学的に言えば人間は草食動物に近いそうで、ヴィーガンの方が自然には近いのだそうです。科学の進歩で人工肉も美味しくなってきたそうです(ボクは食べてないのでわかりません)。以前に紹介したBeyond MeatsやMenphis Meatsなどのスマートミートがこれにあたります。科学の進歩で人間はもっと優しく動物と共存できるようになりますかね。

    この本はどんな人にオススメか

    もちろん、動物好きにはオススメです。ナショナルジオグラフィック的な豆知識は読んでて本当に楽しいです。ヴィーガンに興味がある人もオススメです。

    ボクの場合はクリストファー・ライアンの”Civilized to Death”を読んだばかりだったので、”Animalkind”を次に読んで「文明の進歩ってなんだろうな」と改めて考えてしまいました。更にイブラム・X・ケンディの反人種主義に関する”How to Be an Antiracist”も思い起こしながら読みました。人種の違いで差別をするのが愚かなのであれば、種族の違いで差別するのも愚かなことになります。そうは言っても、生物の生命は他の生物の犠牲の上に成り立っているのも、これまた事実なのです。だって、植物にだって生命はあるわけですよ。生命の定義にもよるでしょうが。

    もちろん、いきなり全ての問題を解決できるわけではなく、身近に解決できることから少しづつ手をつけていくしかない。文明の進歩を逆戻りさせることはもうできないのですから。「一人一人ができる範囲で良い世の中にしていくしか無いんだな」とか悟ったようなことを思いながら読みました。