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  • 書評|環境問題が原因で精子の数が毎年1%減少している……かも?|”Count Down” by  Shanna H. Swan

    書評|環境問題が原因で精子の数が毎年1%減少している……かも?|”Count Down” by Shanna H. Swan

    環境問題に関する本が最近はたくさん出版されています。その中でもかなりユニークなアングルで切り込んできたのが今回紹介するシャナ・H・スワン著”Count Down”です。単にユニークなだけでなく、科学的なベースをしっかりした上で、センセーショナリズムに陥らず、慎重に論調を進めていく姿勢に好感が持てます。ここ最近に読んだ本の中でいちばん面白かったし、知人に話しても本書が一番興味を持たれますね。

    ものすごく簡単に本書の言いたいことをまとめると、「化学物質の規制が必要。癌性が基準でなく、生殖能力への影響を基準とすべき」です。ピンとこないでしょ?一聴すると突拍子もない主張なのですが、本書を読み進めるうちに「なるほど!」となります。まさに読書体験。

    シャナ・H・スワンの研究によると、人間の生殖能力は年々低下しているそうです。精子の数は毎年1%づつ減少している。現代の20代の女性より、二世代前(おばあちゃんの世代)が30代で妊娠する可能性が身体的に高かったそうです。人間は増えすぎているんだから、少し減ってもいいんじゃない?と言う意見もあるとシャナ・H・スワンは認識しています。しかし、人間の生殖能力の減退と、それ以外の生物の生殖能力の減退(つまり、種の減少)が同じ原因だったら?

    人間の生殖能力の減退には多くの原因(食生活やストレスなど)があり、複雑な要因が絡み合っているが、大きな要因として可能性が高いのが環境化学物質だとシャナ・H・スワンは慎重に議論を進めます。具体的には内分泌撹乱化学物質(EDC)が生殖に重要な役割を果たすホルモンの分泌に影響を与えている可能性です。ポイントは毎年コンスタンスに生殖能力が減退している点です。アルコールやニコチン摂取はむしろ改善しているし、健康意識も高まっています(肥満は増えていますが)。

    新薬の市場への投入には強い規制があります。しかし、日用品に使われる化学物質にはほとんど規制がありません。水に溶けずに分解されにくいダイオキシンなどの残留性有機汚染物質は規制されはじめました。新薬は臨床試験などで安全性が確認されないと承認されませんが、日用品に使われる化学物質は安全性を確認することもなく使われてしまいます。残留性有機汚染物質でなくとも、フタル酸ジブチル(DBP)フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)など有害性が確認されている化学物質がたくさんあります。これらはRoHS指令などによってEUでは既に規制の対象となっていますが、アメリカや日本では規制が追いついていません。また、規制されたとしても、新たな別な有害物質が使われたら意味がありません。いたちごっことなってしまいます。

    例えば、日本でも食品衛生法で2.5μg/ml(2.5ppm)以下に制限されているビスフェノールA(BPA)も代替物質としてBHPF(フルオレン-9-ビスフェノール)やBPS(ビスフェノールS)が使われますが、BHPFやBPSの安全性は確認されていません。つまり、日常で使っているプラスチック容器は安全性が確認されて市場に出されているわけではないのです。すげーな。

    化学物質の影響は一世代で止まりません。世代を超えて影響が蓄積されることをエピジェネティクスと言います。精子の数は年間1%減り、流産の数は年間1%増えている。このような安定的な傾向は短期的な影響ではなく、エピジェネティクスのような長期的影響の方が説明がつく。シャナ・H・スワンは科学的に立証できない限り断定的な言い方はしません。しかし、間接的には推論できるので、きちんとした科学的調査をした上で規制をすべきだと主張します。

    このように本書はなかなか重要なテーマをユニークなアングルで切り込んでいます。あと、豆知識的なトリビアも多いのが楽しい。例えば、AGDの長さと不妊の関係。AGDはAnogenital distanceの略で、生殖器と肛門の距離です。この距離が短いほど、不妊の傾向が強いのだそうです。ちゃんと統計的に証明されている。母親や父親が体に悪いことをやっていると、子供のAGDが短く生まれてくる傾向があるのだそうです。面白いですよね。

  • 書評|人間の自然への関与はどこまで許されるのか?|”Under a White Sky” by Elizabeth Kolbert

    書評|人間の自然への関与はどこまで許されるのか?|”Under a White Sky” by Elizabeth Kolbert

    今年に入って環境問題についての新著が増えています。いちばんの話題作はビル・ゲイツによる”How to Avoid a Climate Disaster”でしょう。この本もそのうち読んでみたいと思います。今回紹介するのはこのビル・ゲイツの環境問題本とほぼ同時期に出版されたエリザベス・コルバート(日本でも翻訳されている『6度目の大絶滅』の著者)の環境問題本”Under a White Sky”です。

    Under a White Sky: The Nature of the Future (English Edition)

    Under a White Sky: The Nature of the Future (English Edition)

    • 作者:Kolbert, Elizabeth
    • 発売日: 2021/02/09
    • メディア: Kindle版
    6度目の大絶滅

    6度目の大絶滅

    • 作者:エリザベス・コルバート
    • 発売日: 2015/03/21
    • メディア: 単行本

    “Under a White Sky”は前著の『6度目の大絶滅』に引き続き、環境問題の中でも、人間が自然を人工的に変えるプロジェクトに焦点を絞っています。三部構成となっていて、第一部が河川、第二部が陸と海、第三部が空となっています。ちなみに、タイトルの”Under a White Sky”は第三部の空に関係してきます。

    人類はすでに半分以上の氷に覆われていない表面(河川/陸地/海)を直接的に手を加えて変質させていて、氷で奪われていない表面はほぼ全て直接的に手を加えて変質させてしまっているそうです。現代は人間が自然に重大な影響を与える地質時代「人新世(じんしんせい:アントロポシーン)」です。しかし、自然に手を加えれば、その反動もある。その反動の一つが環境問題です。

    少し前に紹介したクリストファー・ノーラン監督作品『インターステラー』(2014年)のインスピレーション元の一つであるケン・バーンズ監督のドキュメンタリー作品『ダストボウル(The Dust Bowl)』も人類が自然に手を加えた結果、環境問題が引き起こされた代表例を描いていますよね。

    第一部の「河川」ではシカゴ運河での外来種の爆発的な増殖と、ミシシッピ川の洪水についてです。人類の行動パターンは……

    1. 人類の利益のために自然を人工的にコントロールしようとする
    2. 一つの問題は解決されるが、別のさらに大きな問題が発生する
    3. さらに大きな問題を解決するため、さらに自然を人工的にコントロールしようとする

     ……と基本的に自らの利益のために、自らの行動を変化させずに、自然をコントロールしようとします。それが環境問題がここまで大きくなってしまった要因です。

    第二部は陸地と海ですが、主に絶滅危惧種について解説されています。環境問題があまりにも大きくなり、人類のコントロールがすでにできない状態になりつつあります。そうすると、人類はさらに自然をコントロールしようと考えます。救えないのであれば、養殖して保存しよう。遺伝子操作で環境に強くしよう。グレートバリアリーフは年々小さくなっています。しかし、遺伝子操作や養殖で救えそうにありません。

    しかし、この本でいちばん面白かったのは第三部の空です。地球温暖化について扱っています。地球温暖化についても不可避になりつつある認識が多くの科学者の間で広がっているそうです。もう、地球は温暖化してしまう。じゃあ、どうするか。冷やせばいい。そこで登場するのが地球工学(ジオ・エンジニアリング)です。例えば、炭酸カルシウムを空に散布し続ける。そうすると、空は白くなるそうです。青空ではなく白空になる。これが本作のタイトル”Under a White Sky”です。

    ボクもあまり環境問題には詳しくないですが、本著はとても面白かったです。

  • 書評|大人のためのドラッグ講座|”Drug Use for Grown-Ups” by Carl L. Hart

    書評|大人のためのドラッグ講座|”Drug Use for Grown-Ups” by Carl L. Hart

    読者の常識に挑戦する本は知的な刺激を与える本です。考えが及ばなかった部分に光が当たる感覚。しかし、それは「挑戦」なので、拒否反応もあります。理屈はわかるが、信じたくない。受け入れられない。日本語でも著書が翻訳されているカール・ハートの新著”Drug Use for Grown-Ups”はまさにそんな本です。

    カール・ハートはコロンビア大学の教授で神経科学と心理学を専門にしています。ドレッドヘアーの見た目ですが、ドラッグについて先進的な研究をしている世界でも有数の専門家です。

    Drug Use for Grown-Ups: Chasing Liberty in the Land of Fear

    Drug Use for Grown-Ups: Chasing Liberty in the Land of Fear

    • 作者:Dr. Carl L. Hart
    • 発売日: 2021/01/12
    • メディア: Audible版
    ドラッグと分断社会アメリカ 神経科学者が語る「依存」の構造

    ドラッグと分断社会アメリカ 神経科学者が語る「依存」の構造

    • 作者:カール ハート,Carl Hart
    • 発売日: 2017/01/24
    • メディア: 単行本

    カール・ハートの本書における主張は以下にまとめることができます。

    • ドラッグは悪い効果よりも良い効果の方が多い
    • ドラッグの問題の多くは知識不足に起因する
    • ドラッグ問題は人種差別の隠蓑になっている

    つまり、正しい知識を持った責任のある大人であれば、ドラッグの悪い効果を最小限にし、良い効果だけを最大限に引き出すことができる。これが本書のエッセンスです。本書における「ドラッグ」にはアルコールやカフェインも含みます。無責任に「ドラッグは安全だから合法化(legalization)すべき」などとは主張していません。正しい知識を普及させて、責任のある大人にはドラッグを使えるようにしよう。合法化(legalization)ではなく、スペインやオランダのように非犯罪化(decriminalization)するのが最も近道だと説きます。

    カール・ハートはドラッグの効果は四つの要因に大きく影響されると言います。

    1. 量(dose)
    2. 脳への到達ルート(route admiration)
    3. 摂取する人の個体差(set)
    4. 環境(setting)

    量(dose)は実際の分量(quantity)もありますし、 その量で得られる用量効果(potency)もあります。用量効果が高ければ、分量は少なくてすみます。量を多く取りすぎる状態が過剰摂取(overdose)です。正しい知識で、正しい量を摂取する必要があります。

    摂取したドラッグは脳に到達して効果を発揮します。摂取ルートは大きく分けて1)口から(経口薬)、2)鼻から(粉を吸い込んだり、煙で吸う)、そして3)注射器で血管からです。初心者は煙で吸う方法がコントロールしやすく、効果もすぐ表れるのでオススメだそうです。

    また、摂取する個体差(set)や環境(setting)も大きく影響するそうです。例えば、体重もそうですし、疾患や病歴なども関係して来ます。その時のムードも。

    これら全てがドラッグで良い効果を得るための必要知識だそうです。正しい知識なしにドラッグをやるから過剰摂取のような事故が起きる。ドラッグが関わる死亡事故の統計を見ると、ドラッグだけが死因ではないケースがほとんどだそうです。ドラッグは組み合わせてはいけない(これも「正しい知識」の一つだそうです)。アルコールを飲みながらコカインをやっちゃダメとか。そういうことらしいです。

    ドラッグに関する大きな問題は知識不足だそうです。マリファナの合法化に拒否反応を示す人だったら卒倒してしまうかもしれませんが、コカインだろうと、ヘロインだろうと、LSDだろうと、『ブレイキング・バッド』で有名になったメスだろうと、正しく使えばアルコールやカフェインと同じだと言います。

    なぜ、多くの人はドラッグについての正しい知識を持っていないのか?これには複数の要因があるのですが、正しい科学的な研究がほとんどできない状況にもその理由の一つだそうです。多くの研究はNIDA(National Institute on Drag Abuse)が資金を提供しています。本書で使われている科学的データのほとんどもNIDAが資金提供をした者だそうです。しかし、NIDAは基本的にはドラッグを根絶するために設立した期間なので、ドラッグは悪者でないといけない。例えば、「ドラッグは脳を変えてしまう」は通説になっていて、日本でも芸能人が麻薬で逮捕されると「ドラッグは脳を変えてしまう」から常習化してしまう!みたいな報道が多くなると思います。

    薬効のドーパミン過剰供給によって,脳内に覚せい剤を欲する回路が形成され,継続使用のうちに回路が強化されていき,次第に回路自体が脳を支配するようになる。ー田代まさし氏の逮捕から考える覚せい剤依存のおそろしさ

    しかし、実際には実験でそのような証明がされたことはないそうです。ジーナ・リッポンも著書”The Gendered Brain”で解説していますが、脳スキャン(fMRI)はビジュアル的に「わかりやすい」のですが、その解釈はとても慎重に行う必要があります。また、ドラッグが脳を変質させるというのであれば、摂取前と摂取後の二回スキャンをする必要がありますよね。しかし、実際には一回しかスキャンしません。

    まず結論ありきで実験をしているので、実験結果が拡大解釈されたり、再現性がなくても突っ込まれなかったりするのだそうです。実際に、ドラッグの脳に関するネガティブな結果は再現性がある実験はほぼないそうです。なぜそんなことになってしまうのか、スチュワート・リッチーの”Science Fictions”の世界そのものですね。組織的懐疑性が機能していない典型例な気がします。

    本書はマリファナ、LSD、コカイン、メス、ヘロインなどそれぞれのカテゴリーで読者の「常識」を科学的に正しい情報で揺さぶります。どのように情報が歪められているのか。そして、科学的には何が正しいのか。特にヘロインはアメリカで問題になっているドラッグのナンバーワンなので特に慎重に議論が進められています。アメリカの現代のヘロイン問題はベス・メイシーの”Dopesick”で詳しく解説されています。この問題も結局悪いのは製薬会社で正しい用量用法や効果を伝えていないからこんなことになったわけですよね。映画『トレインスポッティング』でもヘロインの悪い面を強調して描いていますが。しかし、 カール・ハートは自分の経験からも、学術的な研究からも、ヘロインの「二日酔い」であんな風にはならないとのことです。

    ちなみに、カール・ハートは政治的には保守なんだと思います。ドラッグを楽しむ自由を提起しているので、そうなるでしょうね。本書の中でも「リベラル」は批判の対象となっています。しかしながら、ドラッグを規制しているのは「リベラル」だけじゃないですよね。アメリカならリベラルな民主党だけでなく、保守な共和党も麻薬を根絶する麻薬戦争を行なっています。こういう問題って科学と政治の問題であって、リベラルと保守の対立軸で考えると変な方向に行ってしまうと思いました。

  • 書評|情報の価値の測り方、経済的な情報開示ルールとは|”Too Much Information” by Cass Sunstein

    書評|情報の価値の測り方、経済的な情報開示ルールとは|”Too Much Information” by Cass Sunstein

    今回紹介する”Too Much Information”は日本でも多くの翻訳が出版されているキャス・サンスティーンの新著となります。キャス・サンスティーンはノーベル経済学賞を受賞したナッジ理論で有名なリチャード・セイラーとの共著『実践行動経済学(原題:Nudge)』があります。知名度ではそちらの方が高いのですが、キャス・サンスティーン自身はどちらかといえば政策への提言をして来た学者です。

    アメリカ合衆国司法省の法律顧問局での法務顧問がキャリアの出発地点なので、政治との関わりが強く、本書を含め多くの著書はサンスティーンの専門である行動経済学を政策に役立てる提言となっています。そういう意味では一般向けだった『実践行動経済学』的なわかりやすさを期待してはいけません。

    Too Much Information: Understanding What You Don't Want to Know (English Edition)

    Too Much Information: Understanding What You Don’t Want to Know (English Edition)

    • 作者:Sunstein, Cass R.
    • 発売日: 2020/09/01
    • メディア: Kindle版
    実践 行動経済学

    実践 行動経済学

    • 作者:リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン
    • 発売日: 2017/03/15
    • メディア: Kindle版

    本書の読者対象は政治や行政に関わる人たちだと思います。政治や行政の立場から、情報開示の基準をなるべく経済的に、数値的に決めることはできないか。これが本書におけるキャス・サンスティーンの提言でしょうね。

    ヨーロッパで暮らしたことがある人ならわかると思いますが、商品のパッケージに様々な情報が含まれています。それは、ヨーロッパでは様々な規制があり、その規制に準拠した商品を作る必要があるからです。わかりやすい例がタバコの警告表示ですね。日本で販売されるタバコにも様々な警告メッセージが印刷されていますね。

    その他にも、食品のカロリー表示、遺伝子組み換え技術を使った材料か否か、ソフトウェアの使用許諾書に個人情報ポリシー、患者に対するインフォームド・コンセントなどなど。多くの情報は消費者にとって有益である(と考えられる)ために政府は情報開示のルールを作り、企業はそのルールに則り適切な情報開示義務があります。

    政治/行政の役割: 情報開示のルールを作る

    企業の役割: ルールを守りながら利益を出し、消費者の社会福祉を高める

    消費者の役割: 与えられた情報に基づき判断する

    しかし、何でもかんでも情報を出せばいいわけではない。そもそも消費者が望まない情報もある。それでは、ルールを作る側の立場である政治や行政はどのような基準で情報開示を進めればいいのか?それが本書のテーマです。

    キャス・サンスティーンが提案するのは「お金」を尺度とする支払意思額(WTP:Willingness to Pay)と受取意思学(WTA:Willingness to Accept)です。WTPは「その情報を得るためにどれくらい支払う意思があるか」です。金額が多いほど、その方法には価値があります。WTAは「どのくらいの金額がもらえれば、その情報を諦めるのか」です。

    金額を尺度にする手法は多くのビジネスで使われる手法です。おそらくインターネットで何かをしている人にとって身近な例はGoogle Analytics(GA)でしょう。GAでは金額でゴール設定をします。eコマースの場合はわかりやすいですよね。でも、ブログなど直接的に金銭のやり取りをしないWebサイトの場合はどうしたらいいでしょうか?その場合、仮の金額をゴールとして設定します。よく使われるのは1万円くらいですかね。これはいくらでも構いません。大事なのは数値的なゴールを設定することです。

    しかし、お金を基準とする尺度は万能ではないことをキャス・サンスティーンも認めています。例えば、モラル的なことを決めるときにお金では判断できません。「絶滅危惧種を危険に晒していない」という情報を受け取る金額(WTP)が低かったとします。そうしたら、絶滅危惧種を保護するための情報に価値がないのか?という話になってしまいます。さすがにそれはマズいですよねと。「ある動物が絶滅していいか」どうかは人間が「お金を払いたいかどうか」の尺度で決めていいことではありません。

    また、お金の価値自体が人によって違うのも問題です。例えばお金持ちにとっての1000円とその日の生活に苦しむ人にとっての1000円では全く価値が違いますよね。そこでキャス・サンスティーンが提案するのが時間の支払意思額(WTPT:Willingness to Pay Time)です。金銭ではなく、時間をどれくらい使うか。時間だったら貧富の差もなく誰でも平等にありますからね(……とボク個人は思いませんが)。時間も完璧な数値指標にはなり得ないが、ないよりはマシ。これがキャス・サンスティーンの本書での立場です。

    キャス・サンスティーンはシカゴ大学の教授を長年勤めましたので、おそらくシカゴ学派なのではないかと思います。そのためか、情報開示に関しても政府よりも個人の裁量を大きくすべきだと考えているようです。できれば、情報公開は個人が選択できる方がいい、そのためには情報公開のパーソナライゼーションが最も効果的だと唱えます。まあ、シカゴ学派的にはそうなんでしょうが、パーソナライゼーションには行動データが必要となりますので、プライバシーの問題が浮上してくるでしょうね。最近は利便性も大事だけれど、プライバシーも大事な風潮ですので、情報開示のパーソナライゼーションは難しいでしょうね。

    そして、多くの人(スチュワート・リッチーの科学の信頼性に関する問題提起カール・バーグストームとジェヴィン・ウェストの統計学に対する問題提起など)が最近は指摘するところではありますが、ゴールを数値化するとゲーム化する可能性もあります。キャス・サンスティーンは国民の健康福祉のために情報価値の数値化が必要だと言います。しかし、企業側からすれば経済効率を最も高めたいはずですので、決められた数値を最も効率よくハックしようとするはずです。目先の数字だけに集中すると、本来の目的からどんどん離れていく可能性が高くなります。

    キャス・サンスティーンが言いたいことは分からないでもないです。ただ、シカゴ学派の「脆弱性」も感じ取ることができます。シカゴ学派の経済学者たちが進めて来た数値化と個人自由主義はやりすぎると反作用を起こしてしまうことが分かって来ていますよね。その傾向が本書にも感じとれてしまうのです。

  • 書籍|能力主義と自己責任は正しいのか?|”The Tyranny of Merit” by Michael J. Sandel

    書籍|能力主義と自己責任は正しいのか?|”The Tyranny of Merit” by Michael J. Sandel

    2020年のアメリカ大統領選挙で負けたものの、なぜドナルド・トランプはこれほど多くの人を惹きつけるのか?なぜイギリス人はEU離脱を支持するのか?ポピュリズムと一言で言うけれど、なぜポピュリズムがここまで台頭してきたのか?ローレンス・レッシグが主張するように、政治が人々を代表していない。国民全員が四年生大学を出ているわけじゃないんだぜ!(アメリカは1/3しか学位を持っていない)。

    トマ・ピケティの新著”Capital and Ideology”ではポピュリズム台頭の理由を一部を説明してくれてはいますが、非常に分かりにくい議論でもありました。それが日本語ではバラモン左翼(brahmin left)と商人右翼(merchant right)の議論です。なぜ、ポピュリズムが台頭するのか?それは既存の政党が有効な政策を打ち出せていないからだ。その主張はわかるのですが、ピンとこない。なぜか?右と左に分ける分類自体が有効性を失っているのではないでしょうか。現在において保守とリベラルの決定的な違いってなんですかね?

    日本では『これから「正義」の話をしよう』が出版されたマイケル・サンデルの新著”The Tyranny of Merit”(邦題『実力も運のうち 能力主義は正義か?』)はピケティが完全には答えることができなかった問題を掘り下げて答えようとする意欲作です。問題の根本は行き過ぎた能力主義と自己責任です。保守もリベラルも共に能力主義の路線を宗教のように信じてしまっているため、本当に求められているニーズが見れずにピントがずれてしまっている。

    実力も運のうち 能力主義は正義か?

    実力も運のうち 能力主義は正義か?

    • 作者:マイケル・サンデル
    • 発売日: 2021/04/14
    • メディア: 単行本
    The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good? (English Edition)

    The Tyranny of Merit: What’s Become of the Common Good? (English Edition)

    • 作者:Sandel, Michael J.
    • 発売日: 2020/09/15
    • メディア: Kindle版
    これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

    これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

    • 作者:マイケル・サンデル,鬼澤 忍
    • 発売日: 2012/08/01
    • メディア: Kindle版

    本書で問題提起されているいき過ぎた能力主義はリベラルと保守のような党派とは関係なく蔓延している政治の逸脱だとマイケル・サンデルは主張します。能力があるものが成功する、生まれたスタート地点に関係なく。貧しい家庭の生まれでも、裕福な家庭の生まれでも、努力して勝ち得た能力があれば成功できる。これが能力主義です。能力主義以前の階級主義より全然いいですよね?この能力主義のどこが「問題」であり「政治的な逸脱」なのでしょうか?

    逸脱の出発地点は(やはり)ネオリベラリズムを推し進めたレーガン&サッチャーです。政府の責任を小さくして、個人の裁量を増やす。成功するかどうかはあなた次第(政府ではなく)。保守政党は小さい政府を目指し、個人や企業の自由を拡大する傾向にありますからね。理解できます。レーガン政権もサッチャー政権も肥大した政府の赤字をなんとかしなければいけなかったですし、当時としては必要な舵きりだったでしょう。

    レーガンからブッシュ政権の保守系の共和党政権に続いたのがクリントン政権とオバマ政権のリベラルな民主党政権でした。これはイギリスでも同じで、保守な保守党からリベラルな労働党に政権移行しました。しかし、アメリカのクリントン政権、オバマ政権、そしてイギリスのブレア政権はそれぞれ能力主義だけは継承したんです。むしろ、さらに推し進めました。能力主義をさらに推し進めることで、格差が更に広がりました。能力主義って格差を是正する仕組みではないですよね。貧しい家庭からでも成功できる。一方で能力のない人は貧しくなる。固定された格差を再構成する仕組みなんです。能力=学力(大学卒)です。トマ・ピケティの「バラモン左翼」は学歴偏重のリベラルの姿勢から命名されています。

    なぜ、歴史的に労働者の味方だったリベラルがエリート主義とも言える能力主義に偏重したのでしょうか。保守もリベラルも能力主義が機能する二つの前提を信じています。そして、能力があれば成功することができる。

    1. 市場は公正な状態で運営されている
    2. 能力主義は生産性が高い

    しかし、この前提自体が幻想だとマイケル・サンデルは指摘します。公正ではないし、生産性も高くない。能力主義は学歴主義でもあるのですが、ハーバード大学やイェール大学などトップの私立大学は裕福な家庭の出身者で占められている。大学入学に必要なSATのような標準テストは塾や個人指導で高得点が取れます。また、多額の寄付をしてくれる家庭の子女は優先枠があります。社会的流動性(social mobility)が担保されているからこそ、差別を肯定する。貧しい家庭でも努力すれば成功できるのが社会的流動性が高い社会ですが、現在の能力主義に社会的流動性はほぼありません。

    能力主義は硬直した(流動性のない)格差を肯定している。これが問題点の一つです。しかし、問題点はそれだけではありません。能力があれば成功できる。そして、それは自分の努力の賜物。能力がなければ成功できない。その責任は自分が負う。本当でしょうか?

    成功の要因は実際には努力や才能だけではなく、運や周りのサポートの要素も大きいわけです。例えば、バスケットボールの神様マイケル・ジョーダンがルネッサンスの時期に生まれたら?これは運の要素ですよね。他にも腕相撲のチャンピオンはなぜその能力だけで富を築くことができない?これもそう言う社会に生まれてきた運ですよね。学費の高い私学に通える家庭に生まれてきたこと自体も幸運ですよね。下駄を履いた成功者を崇め、ハンデを負った成功しない人たちには自己責任を押し付ける。これがもう一つの問題点です。

    このような能力主義はネオリベラリズムに責任を押し付けがちですが、ネオリベラリズムって最初っからそうだったのでしょうか?

    マイケル・サンデルが現在の能力主義を「政治的逸脱」とするのは、ネオリベラリズム以前の哲学的思想は、能力主義を否定していたからです。サンデルが比較するのは自由主義のリベラルの代表であるフリードリヒ・ハイエクと社会福祉思考のリベラルの代表であるジョン・ロールズです。ハイエクは政府の役割より市場の役割を大きくすべきとする古典的な保守ですし、ロールズは市場だけに任せずに政府の介入が必要だと考える古典的なリベラルです。面白いのはハイエクもロールズも思想的にはかなり違うのに、能力主義を否定するのは同じなことです。価値を決めるのは能力ではなく、市場だとハイエクもロールズも主張します。ハイエクは市場に全てを委ねるべきだと考え、ロールズは結果は再分配すべきだと考えます。

    ハイエクとロールズは政治的立場は違えど、能力主義が収入や資産につながることを否定しました。能力があるから価値があるわけではない。それは自由に反する。

    マイケル・サンデルは本書の後半はその解決策を提案しています。彼の考える理想主義的な解決方法もいいんだけど、やっぱり最終的にはユニバーサル・ベーシック・インカムしか解決方法はないんじゃないかとも思ってしまいました(竹中平蔵のなんちゃってベーシック・インカムじゃないですよ!)。

  • まとめ|2020年アメリカ合衆国選挙における投票法案のハイライト

    まとめ|2020年アメリカ合衆国選挙における投票法案のハイライト

    2020年のアメリカ合衆国選挙(大統領選挙/上院選挙/下院選挙/州知事/各州の投票法案が同時に行われる)は見所がたくさんありました。今回はトランプ vs バイデンの大統領選挙がエンターテイメントとしても、とても面白かったので日本でも注目されました。ボクも面白いと思いました。しかし、選挙で決めるのは大統領だけではないのです。アメリカでは法案にも投票することができます。直接民主主義が一部取り入れられているのです。

    アメリカの投票法案を注目すべき理由

    今回ボクが最も注目していたのは各州の投票法案です。アメリカの選挙では候補者だけでなく、法案に投票することができます。アメリカは合衆国ですから、各州が州議会で制定された独自の法律の上で、州知事を中心とした州政府によって運用されています。これら独立した州の集まりが合衆国であり、連邦政府(そのトップがアメリカ合衆国大統領)です。

    各州の法律で重要な変更がある場合、選挙の年に投票法案(ballot measures)として州民が投票することができます。2020年の選挙では32の州が130の投票法案を実施しました。投票法案にかけるには州議会から立案される、または州民からの嘆願によって立案されるケースがあります(州によって違う)。アメリカの投票法案制度は素晴らしい民主主義の仕組みだと思います。

    各州で法律が制定され、運用され、それが徐々に合衆国全体に広がっていきます。アメリカはとても影響力が強い国ですから、その影響は最終的にアメリカ以外の国まで広がります、日本を含めて。そのスタート地点がアメリカの各州における投票法案なのです。これがアメリカの投票法案を注目すべき理由です。ここで決められたことが、将来的に自分たちの国にまで影響を及ぼすからです。

     

    2020年の重要投票法案

    2020年の投票法案を見ていて面白いのが、トマ・ピケティ、ローレンス・レッシグ、ショシャナ・ズボフなどの重要書籍で語られたことが法案レベルで審議にかけられていることです。これが州レベルで決定できるスピード感なのだと改めてアメリカのダイナミズムを感じることができます。それを選択するかどうかは州民に委ねられる。その機会が州民に与えられる。

    アメリカの投票法案の多くは税金や選挙の運用方法など直接的に州の政治に関わることです。税金関連では資産に対する累進課税に関する投票法案が多く見られました。また、プライバシーに関する投票法案が多かったのも今回の特徴です。その他、多くの重要な投票法案がありましたので、見ていきましょう。

    ギグエコノミーにおける「社員」の定義

    テクノロジー関連の重要投票法案としてまずあげられるのはカリフォルニア州におけるProposition 22でしょう。これはUberなどのドライバー、UberEatsの配達人を社員ではなく独立した個人事業主との契約と位置付けてよいとする法案です。UberやLyftなどギグエコノミーの企業にとっては社員ではないので福利厚生を提供する必要がありあません。この投票法案に関しては日本でも関連記事が多く出ましたね。日本では「正社員」と「非正規社員」の議論に似ています。

    ギグワーカーを「従業員」としないカリフォルニア州法案は、企業の莫大な資金投入によって成立した | WIRED.jp

    Uberが「ギグワーカーは個人事業主」というカリフォルニアの住民立法を世界展開へ | TechCrunch Japan

    ギグワーカーをめぐる争いはウーバーとリフトが勝利…カリフォルニア州の住民投票で(BUSINESS INSIDER JAPAN) – Yahoo!ニュース

    個人情報保護の強化

    インターネットをめぐる規制はアメリカ全体で見直しがかかっている分野です。これまでGAFAがデータを使ったビジネスを推奨してきましたが、連邦レベルでGoogleやFacebookなどプラットフォーマーを守ってきた通信品位法(CDA)230条の見直しが入っています。

    カリフォルニア州は個人情報保護を強化している州として知られています。世界でアプリを展開している企業はヨーロッパのGDPRだけでなく、アメリカのカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)を目配せをしているはずです。そして、カリフォルニア州で行われたProposition 24はカリフォルニア消費者プライバシー法(CCPA)をさらに強化するカリフォルニアプライバシー権利法(CPRA)の承認となります。これもさすがに重要案件なので、日本でも記事がいくつか出ましたね。

    「個人情報保護を強化する」という米国民の選択:住民投票で静かに可決した法案の重み | WIRED.jp

    カリフォルニア州、プライバシー法の抜け穴をふさぐ発案を住民投票で可決 – ZDNet Japan

    カリフォルニア州、CCPAを強化するCPRAを住民投票で可決 | IIJ BizRis

    保釈金制度の代替としての人工知能(AI)

    カリフォルニア州はシリコンバレーがあるために多くのテクノロジー関連の投票法案が行われました。人工知能(AI)で保釈のリスクを査定し、それを保釈金の代替とするのがProposition 25でした。この案件についても事前に日本でもニュースがちらほらと出ていましたが、結果的には否決されてしまいましたね。

    CNN.co.jp : カリフォルニア州、被告の保釈金撤廃へ 米国で初

    「保釈金は金持ち優遇」米国で制度見直しの動き(猪瀬聖) – 個人 – Yahoo!ニュース

    クルマのデータは消費者のもの

    自動車には多くのデータが蓄積されています。走行距離とか速度だけではなく、ブレーキを踏んだタイミングなどいろんなデータが蓄積されています。しかし、それらのデータに消費者(=自動車の所有者)が簡単にアクセスすることはできません。この自動車に蓄積されたデータの所有者は誰なのか?実質的、運用的には(消費者ではなく)自動車会社になっているのが現状です。

    この現状に異を唱え、消費者へ容易なデータアクセスを法律化したのがマサチューセッツ州の投票法案Question 1でした。この法案、一見地味で重要性が分かりにくいのですが、アプリで簡単に自分のデータにアクセス出来るようにせよという法案なんです。これまで自動車会社の専有データのように運用されてきたクルマのデータに消費者がアクセス出来るようになります。これは他の産業にも波及するんじゃないかなあ。

    マサチューセッツ州で車両データの利用めぐり「修理する権利」拡大へ(CNET Japan) – Yahoo!ニュース

    固定資産の改革

    トマ・ピケティも指摘している通り、格差の拡大は累進課税の弱体化が原因という認識が広まっているからでしょう。収入に関しては累進課税が(弱体化されつつあるものの)採用されています。しかし、資産に関しては一律課税がアメリカでも多いようです。資産の格差が貧富の差につながるという認識が広がっています。具体的に累進課税を推進する投票法案はありませんでしたが、カリフォルニア州のProposition 15とコロラド州のConstitutional Amendment Bの二つの動きがありました。

    選好投票の実施

    民主主義は多数決が原則です。多数とは50%以上です。候補者が多い場合、50%以上の得票を獲得されない候補者が選出されることもあります。50%以上の支持がないのであれば、多数を代表しているとは言えません。この問題点を解決するのが選好投票です。ローレンス・レッシグも現代の民主主義の病を解決する処方箋の一つとして推奨しています。

    選好投票とは複数の候補者に順序をつけて複数選択する方式です。例えば5人の候補者(A〜E)がいたら、1番目がD、2番目がC、3番目がEと順番をつけて投票ができます。投票者が複数の候補者を重み付けをしながら投票することで、候補者が50%以上の多数を獲得できる確率を高めることができます。

    アメリカではすでにメーン州で実施されています。今年はマサチューセッツ州など複数の州で選好投票(Ranked-Choice Voting)に関する投票法案がありましたが、否決されたようです。まだまだ普及には時間がかかりそうですね。

    アメリカの投票法案の結果の見方

    Googleで”2020 us election”と検索すると以下の画面が出てきます。一番右端の”Ballot measures”が各州の投票法案の投票結果となります。一番左端では州を選びます。デフォルトでは”All states”となっているので、投票結果を見たい州を選ぶ必要があります。

    日本の住民投票とアメリカの投票法案の違い

    多くの記事はballot measuresを「住民投票」と訳しています。厳密には住民投票はreferendumではありますが、もちろん、間違えではないのです。しかし、日本の「住民投票」とアメリカのballot measuresでは意味合いが随分違います。そのため、このブログではあえて「住民投票」とは訳さず、「投票法案」と訳しています。

    日本の住民投票の場合、国レベル(この場合は国民投票)では憲法改正、自治体レベル(この場合は住民投票)では大阪都構想など、かなり大きな案件が多いです。生活に密着するここの案件ではなく、もっと幅が広いインパクトが大きな案件。国や自治体の根幹を変える案件が多い。そのため、日本で「住民投票」が行われる頻度はアメリカの「投票法案」と比べて低いです。

    アメリカの「投票法案」はもっと直接的に生活に関わる案件で、頻度も多い。このため、「住民投票」と訳してしまうと、そのコンテキストを誤解してしまう可能性があると危惧しました。

  • 書評|アナーキストから見た民主主義|”There Never Was a West” by David Graeber

    書評|アナーキストから見た民主主義|”There Never Was a West” by David Graeber

    デヴィッド・グレーバーが59歳の若さでお亡くなりになりました。最近だと『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』が日本でも翻訳されて紹介されたばかりでした。本来でしたらこのブログでは日本未発表/未翻訳の作品しか取り上げないのですが、追悼の意を込めて特別に彼の過去の作品を紹介したいと思います。

    今回はデヴィッド・グレーバーのエッセー集”Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion and Desire”の中から資本主義の起源について書かれたエッセー”There Never Was a West”です。これだけ日本で翻訳され『民主主義の非西洋起源について』として出版されています。

    民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義

    民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2020/04/22
    • メディア: 単行本
    Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire

    Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire

    • 作者:Graeber, David
    • 発売日: 2007/12/26
    • メディア: ペーパーバック

    デヴィッド・グレーバーは多くの人が当たり前と考える「常識」に挑戦します。『負債論』ではお金と借金の「当たり前」に挑戦し、『ブルシットジョブ』では仕事の「当たり前」に挑戦しました。本書で挑戦するのは「西洋」と「民主主義」です。

    「民主主義の非西洋起源について」を議論する前に、デヴィッド・グレーバーは(多くの優れた論者がそうであるように)定義から入ります。民主主義ってなんですか?西洋ってなんですか?前回紹介した『負債論』もそうなのですが、歴史的な調査結果から分かったことを積み重ねて、定義をグラウンドアップで作り上げます。これがデヴィッド・グレーバーがユニークなところです。

    デヴィッド・グレーバーは活動家でもあり、「ウォール街を占拠せよ」でも先導的な役割を果たしています。あの活動も彼にとっては直接行動、直接民主主義なんですよ。そう、彼はユニークな「民主主義」の考えを持っています。民主主義ってなんですかね?古代アテネが起源ですか?本当ですか?いまボクたちがイメージする「民主主義」は100年前も同じでしたか?答えはノーです(とデヴィッド・グレーバーは言ってます)。

    多くの人が「西洋」からイメージするのはヨーロッパとアメリカでしょう。そして、「西洋」の一部であるギリシャのアテネから「民主主義」は生まれ、ヨーロッパで育ち、アメリカで具体的な形になった。その「常識」にデヴィッド・グレーバーは意を唱えます。ユーラシア大陸は三つのシステムからなり、一つが中国を中心とした東方システム、インドを中心とした南アジアシステム、そして、中東を起源とする西方システムです。文化が知識の連鎖(主に文字情報による)だとすれば、ヨーロッパに最終的に根付いた文化の多くの出発点はメソポタミア、つまり現在の中東であり西方システム(北太平洋システム)となります。

    次に、民主主義がアテネで発明され、西洋で育ったのも違うとデヴィッド・グレイバーいいます。民主主義は世界のどこでも発生しうる。実際にアメリカのイロコイ族や北欧の海賊も民主的な制度を持っていました。デヴィッド・グレイバーによれば「民主主義」が発生する要因として二つあります。

    1. 決定に関して平等に発言権があるべきというコンセンサス
    2. 決定事項を実行に移す強制力

    この二つはなかなか両立せず、特に二番目の強制力は多くの場合は「暴力」を伴います。それゆえに直接民主主義は軍事的な起源を持つことが多いのだそうです。実際に民主主義がヨーロッパを含む北太平洋システムでポジティブな言葉として捉えられるようになったのは比較的最近だといいます。18世紀末にヨーロッパの人たちが「民主主義」を知ったのはトマス・ホッブズが翻訳したトゥキディデス『戦記』だそうです。アメリカの制度が意識したのはローマの共和制であり、民主主義ではありませんでした。民主主義を全面的に押し出したのは第7代アメリカ大統領となったアンドリュー・ジャクソンからで、それすら「共和制」を「民主主義」に置き換えただけだとデヴィッド・グレーバーは指摘します。

    本書は元々は一冊の本の一部のエッセーなので、グレーバーにしては短い作品となっています。しかし、簡単に読み進めることはできません。彼が主張することはオーソドックスではなく、そのために様々な知識を総動員して論証します。知らない情報がたくさん出てくるので、いちいち調べながら進めないと意味がよくわからなくなってきます。デヴィッド・グレーバーが専門としていたのは文化人類学ですが、文化人類学自体が雑学の集合体みたいなところがあるとボクは思っています。やはり、惜しい人をなくしたと思います。

  • 書評|データサイエンス時代のソフィストたちに騙されない方法|”Calling Bullshit” by Carl Bergstrom and Jevin West

    書評|データサイエンス時代のソフィストたちに騙されない方法|”Calling Bullshit” by Carl Bergstrom and Jevin West

    英語でブルシット(Bullshit)は「バカらしい戯言」です。ウソ(Lie)とも言い切れない。嘘の場合もあれば、本当の場合もある。ブルシットは多くの場合はハッタリだったり、ごまかしたり、騙そうとする意図があります。ブルシットだとわかれば、トランプのゲーム『ダウト』みたいに「ブルシット!」とコールできます。

    本書”Calling Bullshit”は難しい知識がなくてもブルシットを見破り、「ブルシット!」とコールできるようになるための指南書です。

    Calling Bullshit: The Art of Skepticism in a Data-Driven World (English Edition)

    Calling Bullshit: The Art of Skepticism in a Data-Driven World (English Edition)

    • 作者:Bergstrom, Carl T.,West, Jevin D.
    • 発売日: 2020/08/04
    • メディア: Kindle版

    ブルシットは昔からあります。古代ギリシャでもソフィストと呼ばれる弁論家たちがいました。プラトンの『国家』でソクラテスが散々やり込めるのがソフィストたちです。政治家もブルシットが得意です。本書ではビル・クリントン元大統領のモニカ・ルインスキーとの浮気について否定する発言が(過去まで遡る現在完了形ではなく)現在形であったことにツッコミを入れていました。

    現代のソフィストたちはデータを使い、ソーシャルメディアでブルシットをばら撒きます。ブルシットはより早く、より広く伝わるようになりました。現代の代表的なブルシットがフェイクニュースです。

    著者のカール・バーグストームとジェヴィン・ウェストは現代のブルシットに対抗するには三つの方法があると言います。1)ソーシャルメディアが自主的にフェイクニュースの広げない努力をする、2)政府が法律で規制する、3)教育でブルシットを誰でも見分けられるようにする。本書がとっているアプローチは三番目のアプローチである教育です。フェイスブックやツイッターが真面目にフェイクニュース撲滅に取り組むとは思えない。だって、彼らにとっても商売になりますからね。法律でフェイクニュースを規制するのも良し悪しです。フェイクニュースだとどういう基準で誰が決める?

    本書でオススメするブルシットに対する教育とは、ズバリ、論理的思考です。マッキンゼーとかボスコンとかのアレです。イヤイヤイヤイヤ、それできたらみんなビジネスコンサルできるから。しょっぱなから怒涛のツッコミを入れたくなります。無理無理無理無理。そう思いながらも読み進めることにします。

    まず、例に出しているのがAIネタにありがちなブルシット。いろんな人の顔を学習させて犯罪者をAIで見分ける研究。AIは学習データが大事です。犯罪者の顔は運転免許証など証明写真。普通の人たちはネットで見つけたスナップ写真。当然ながら笑顔。そんなデータを学習したら笑顔じゃない人は犯罪者ってことになってしまいますよね。AIで何かを判断するのであれば、その学習過程までちゃんと説明していないような記事は「ブルシット!」と叫んでいいと二人の著者は言います。

    次に統計にありがちなブルシット。例えば、初キッスを済ませた人は、自分に自信を持っている説。初キッスをしたから、自信がつくのか?自信があるから、初キッスができるのか。その因果関係ってわからないですよね。ちゃんと統計をやった人ならわかってる。相関関係は見つけることができるけど、因果関係は簡単には見つからない。相関関係を見つけてから、そこから仮説を導き出し、因果関係を特定する実験を何回も行わないといけない。まあ、そんなことは統計をやったことのある人間ならみんな知ってる。

    ボク自身も行動データの分析サービスをやってたことがあるので、よーくわかる。まずは二つのデータの相関係数を計算する。これは最近ならExcelでもできる。いろんなデータの組み合わせをあーでもない、こーでもないとひたすら計算する。そこでなんとなく相関関係がありそうだなーと思えるセットがいくつか見つかる。そこからストーリーを考えないといけないんですよ。相関係数なんて1から-1の間の単なる数字ですから。ストーリーを考えて上で、実験が可能な仮説を作らないといけない。すっごい大変なんですよ、この作業。

    流石に著者の二人はそこまでできるようになれとは言いません。でも、記事の内容が因果関係がありそうな言い方をしていたら「ブルシット!」と叫んでいいと言います。相関関係に関する記事はつまらない。ファーストキスと自信には相関関係があるなんてつまらない。自信がつけばキスができる。だから自信をつけよう!の方が面白い記事になりますよね、確かに。でも、そんな面白そうな記事のほとんどは「ブルシット」なのだそうです。これ以外にもビッグデータや、データの可視化など様々な数字に関わる「ブルシット」を紹介していきます。

    じゃあ、どうしたらいいのさ?著者の二人は六つのやり方を提示します。

    1. 情報のソースを疑え
    2. 単純な比較を疑え
    3. あまりにもできすぎた話は疑え
    4. 大きすぎる数字を疑え(フェルミ推定で調べられるよ!)
    5. 自分の確証バイアスを疑え(自分が正しいと思う情報が正しいと思う)
    6. 仮説は常に複数あると認識せよ

    ボクも、マーケティングの仕事をやっている人や、企業の戦略を考える人であればフェルミ推定くらい自分で使えるようになった方がいいと思うし、ボクも会社でやり方を教えたりしています。でも、普通の人には無理ですよ。かなりのトレーニングが必要になります。確証バイアスも自分自身がバイアスがあることを意識しないといけません。これってすっごく難しいんですよ。保守な人は保守なことしか信じないし、リベラルの人はリベラルなことしか信じない。これがエコーチェンバーで拡張されるんだから。フィルターバブルを自ら破れる人って数えるほどしかいない。

    ここまでは「ブルシット」の見つけ方です。

    著者の二人は、さらに「ブルシット」を「コール」しようと勧めます。だから、この本のタイトル”Calling Bullshit”なんですね。ネットで「ブルシット」な情報を見つけるのは個人的な活動で、個人的なメリットです。しかし、ネットで「ブルシット」な情報を見つけた上で、「ブルシット」をコールするのは公共の活動で、公共のメリットにつながると主張します。でもさあ、実際にブルシットな情報でフェイスブックもツイッターも溢れていますよ。これは右も左も同じです。それを一つ一つ指摘するのも疲れますが、その指摘に対する反発に対応するのは更に疲れます。

    ボクはこの本に書いてあることの一つ一つはとても納得できるし、論理的思考はとても大事だと思います。数字にも強くなった方がいい。一方で、そのスキルを手に入れるのはとても大変な努力が必要だと知っています。ボクも教える立場にありますが、自分自身が間違う可能性はいまだにあると思います。確かにフェイクニュースやフィルターバブルは問題だと思います。それはシステムによって生み出されたものなので、個人で戦っていくのは(無理とまでは言いませんが)かなり難しいのではないでしょうか。

    ボクは通信品位法第230条が改定され、プラットフォームがコンテンツに対して責任を負うようになれば状況はだいぶ良くなるのではないかと(楽観的かもしれませんが)期待はしています。システムのエラーはシステムで直した方がいい。システムのエラーを人で直すのは、少なくともフェイスブックやツイッターのスケールではなかなか困難だと思います。著者も指摘する通り、「ブルシット」は基本的な人権の一つである表現の自由に関わる難しい課題です。だって、「ブルシット」だって表現のひとつですから。問題は「ブルシット」ではないとボクは思います。「ブルシット」は昔からあった。「ブルシット」を広げるエコーチェンバーの問題です。だから、フェイスブックやツイッターのようなエコーチェンバーのエラーを直した方がいい。ボクはそう思います。

  • 書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|”If Then” by Jill Lepore

    書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|”If Then” by Jill Lepore

    フェイスブックなどから個人情報を集め、データ分析をして、投票行動に影響を与えるキャンペーンを行ったケンブリッジ・アナリティカは多くの人にとって民主主義への脅威に映りました。しかし、ケンブリッジ・アナリティカのような会社は最初ではありませんし、おそらく最後でもないでしょう。

    ジル・ルポールによる書籍”If Then”は行動科学とコンピューターを組み合わせによる投票者の行動分析レポートでジョン・F・ケネディーの大統領選挙戦にも関わったシミュルマティックス社の歴史を振り返ります。ケンブリッジ・アナリティカが誕生するはるか前からコンピューターによる行動操作をしようと考え、実行した人たちがいたんですね。ただ、なぜ彼らは成功しなかったのでしょうか?アイデアは良さそうなんですが。それがこの本のテーマです。

    If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future (English Edition)

    If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future (English Edition)

    • 作者:Lepore, Jill
    • 発売日: 2020/09/15
    • メディア: Kindle版

    「シミュルマティック」とは聞きなれない言葉ですが、シミュレーションとオートマティックを組み合わせた造語だそうです。人間行動のシミュレーションと自動化。名前からして、とても不気味なのですが創業者たちは全くそんなこと思っていなかったようです。いまだったら、マーク・ザッカーバーグもラリー・ペイジも自分たちがユーザーの個人的な行動データを集めてビジネスに利用するのが「不気味」だとは思ってないと思うんですよね。それに近い感覚をシミュルマティックス社の創業者たちも持っていたようです。

    シミュルマティックス社の創業は1959年。1950年代に民主主義の根幹である「選挙」を変える二つが発展しました。ひとつは、コンピューター。1952年アメリカ合衆国大統領選挙の予測をUNIVACを使って行ったのが最初。もうひとつは行動科学です。フォード財団とランド研究所が行動科学の分野で本格的にリサーチに力を入れるのがこの時期。

    シミュルマティックス社はこの二つの大きな流れを結び付けました。コンピューターによる人間行動の予測。なんとなく、イギリスのEU離脱キャンペーンやトランプ大統領が勝利した2016年の大統領選挙戦でFacebookなどから得た個人の行動データを使った選挙キャンペーンを主導したケンブリッジ・アナリティカを彷彿させますよね。

    確かに、シミュルマティック社はスキャンダラスな面においてはケンブリッジ・アナリティカに近いです。ジョン・F・ケネディの選挙戦でアンケートをコンピューターで分析して政策と投票行動に関するレポートを出しました。そして、ケネディが選挙で勝利した後に、その事例をメディアに大々的にアピールしてケネディの立場を危うくしてしまいました。無断で自分たちの実績をPR?そりゃそうだよ、馬鹿か?お前らよく考えろ!この行動はロバート・ケネディーの逆鱗に触れて出禁になってしまいます。

    行動科学とコンピューターを組み合わせて選挙に利用する。このアイデアは確かに当時は斬新でした。いろんなことに利用できるぞ!とシミュルマティックス社の創業者たちは胸を躍らせました。広告だ!広告で大儲けできるぞ!なかなかいい目の付け所だと、グーグルやフェイスブックのビジネスモデルを知っている現在のボクらたちは思いますよね。しかし、シミュルマティックス社はグーグルでもフェイスブックでもないのです。データがない。当時、消費者の行動データを持っていたのは広告代理店です。そして、大手の広告代理店は自分たちで同じことをやりはじめ、自分たちのクライアントにサービスを提供しはじめました。

    選挙に関してはケネディー大統領の件もあって出禁状態です。そこで、ピヴォットしたのがメディアです。政党に選挙予測のデータをうることはできないけど、メディアになら売れるのでは?なんとニューヨークタイムズが契約してくれました。しかし、ここでも大チョンボをやらかしてしまいます。シミュルマティックス社にはまともなコンピューターの専門家がいなかった!

    そのあとはベトナム戦争で行動科学とコンピューター予測をベトナムの現地で実験する仕事をアメリカ軍から請け負ったりします。それも、やっぱりイマイチな結果。アイデアはいいのだけれど、スキルがついてこない。なんか、ダメなスタートアップの「あるある」ですよ。

  • 書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|”Arguing with Zombies” by Paul Krugman

    書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|”Arguing with Zombies” by Paul Krugman

    政治的な意味において保守(小さな政府)に対する考え方はリベラル(大きな政府)です。そして、経済的な意味においてリバタリアン(完全自由主義)に対する考え方がプログレッシブ(革新主義)です。政治的な考えは経済的な考えに結び付きます。逆に経済的な考えは政治的な考えに結び付きます。革新的な保守は考えにくいですし、リバタリアンなリベラルも考えにくいです。

    ポール・クルーグマンは政治的な色をなるべく見せない経済学者でした。1980年代の共和党レーガン政権では大統領経済諮問委員会委員など要職を務めました。しかし、その後任のブッシュ大統領には批判的な態度で、徐々に民主党よりの見方を支持するようになりました。ポール・クルーグマン曰く「自分が変わったのではなく、政治が変わった」のだそうです。

    今回の新著”Arguing with Zombies”はニューヨーク・タイムズに長年寄稿しているコラムをまとめたものになります。そして、その論調は保守主義に対して非常に辛辣です、ノーベル経済学賞を受賞した学者と思えないほど。保守主義者を「すでに終わった議論にしがみつくゾンビ」と称してバッサバッサと斬りまくります。いや、ずっと今まで(そしてこれからも)斬りまくっているのか。先週、その真逆のポール・シュワイザーの本を読んだばかりだったので、あまりの違いに思わず笑ってしまいました。この本はコラムをまとめたものですが、過去のコラムを収録することでクルーグマンの主張は全く変わっていないことがわかります。むしろ、アメリカにおける住宅バブルの崩壊など、クルーグマンが当時予見していたことが現実となった現在だからこそ説得力があります。

    Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

    Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

    • 作者:Paul Krugman
    • 出版社/メーカー: W W Norton & Co Inc
    • 発売日: 2020/01/28
    • メディア: ハードカバー
    ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

    ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

    • 作者:ポール クルーグマン
    • 発売日: 2020/07/16
    • メディア: Kindle版

    アメリカの経済学派は海水派と淡水派に分かれます。海水派は革新主義的(大きな政府=民主党)でカリフォルニア大学バークレー校、イェール大学やハーバード大学など海に面する州にある大学が主に属する学派です。淡水派は新自由主義的(小さな政府=共和党)でシカゴ大学、カーネギーメロン大学やコーネル大学など五大湖の近くにある大学が主に属する派閥です。

    ポール・クルーグマンが「すべての経済の議論は政治的」と言い切るのはこのような背景があります。その上でクルーグマンは賢者の四つのルールを共有します。

    1. カンタンで単純なことについて議論する
    2. カンタンな言葉で簡潔に説明する
    3. 誠実であることに誠実になる
    4. 議論の動機を明確にする

    クルーグマンは経済に関する多くの問題は(単に多くの人がそれを認めたくないだけで)答えがわかっている簡単なものだと言います。そして、誤りを認めたくない人たちはゴールポストを動かすことで誤りを認めません。つまり、誠実な議論をしているふりをしているだけで、言動はとても不誠実です。不誠実であることを認めるべきだとクルーグマンは言います。さらに一部の経済学者はその動機も隠します。彼らは右寄りの富裕層の利益のためにシンクタンクを設立してメディアネットワークを形成します。クルーグマンは自分の立場を明確にすることで、誠実に議論を進めようとします。対立軸を明確にしないのはクルーグマンにとっては不誠実なことなのです。この本のタイトルにもなっている「ゾンビ」は保守主義を盲目的に信じている人たちのことを指しています。減税信者、環境問題を認めない人、保守主義者。いまだにミルトン・フリードマンを信じて富裕層に利益誘導するためだけに緊縮財政と減税を推し進めるポール・ライアンのような人たちです。

    それでは、答えがわかっている簡単な経済の問題とは何でしょうか。まず一つは日本でも共通する年金と医療問題。アメリカの年金制度は破綻していないので民営化する必要がない。国民全員に行き渡るユニバーサルヘルスケアが経済的に最も理想的で、その原資は単一支払者制度が最も経済的に理にかなっているといいます。全員参加だから取捨選別する必要なく、運営が簡素化できるからです。民営ではなく公共で運営した場合、集まった基金の1%しか運営に必要なく、99%のベネフィットが利用者にまわります。これが民営化すると保険会社や投資運営会社の管理手数料が大幅に増えて、利用者が受け取るベネフィットが減ります。民営化されたチリでは運営コストは20倍に増え、サッチャー時代に民営化したイギリスも保険会社が受け取る運営管理費が抗仏紙続けたため、上限を定める法律を作らなければいけなくなりました。民営化して得をするのは保険会社だけだとクルーグマンは言います。

    このほかに、緊縮財政がいかに景気回復の弊害になるか、ユーロの弊害などデータを使ってわかりやすく(辛辣に)教えてくれます。例えば、(特にギリシャの金融危機の後)国の借金が増えるのは悪いとされていますが、それを論理的に説明できる人はいないと批判します。金利がGDPの成長率より低ければ、借金が金利で雪だるまのように増えることはありません。むしろ、雪だるまは溶けていきます。あと、ユーロで貨幣統一したことにより、多くの国が中央銀行を失って独自の貨幣を発行できなくなった弊害は「なるほど!」と思いました。確かに、金利をコントロールできないですものね。そう考えるとビットコインなど暗号化通貨が流通することに多くの国が危機意識を感じる理由が分かります。

    この本はどんな人にオススメか

    できれば、日本の政治家に読んでほしいですね。まあ、あと若い有権者ほど読んでほしいです。

    80年代以降に日本で多少なりとも保守と言える政党って中曽根政権時代と小泉政権時代の自民党くらいじゃないでしょうか。それはWikipediaにある日本の民営化の一覧でもわかります。それでも、大型減税ってやってないので本当に保守とも言えないですが。それでも水道のようなライフラインや年金や医療保険をまだ民営化していないのはある意味で日本人ならではのバランス感覚なのかもしれません。それか、日本人特有の「決められない性格」が功を奏したのかもしれません。

    しかし、明確な対立軸がないのは日本人にとっては不幸な気がします。だって、与党と野党の政策の違いなんて分かんないですよね?ボクが不勉強なだけなのかもしれませんが。自民党はそれほど保守じゃないですからね。民営化しても減税しないし。むしろ減税しろっていうのは野党だし。野党も与党も何をどうしたいのかよくわからないです。アメリカにおける共和党と民主党の違いやイギリスにおける保守党と労働党の違いって外国人のボクから見ても明確なのに。

    きちんとデータをもとに論理的な議論ができるクルーグマンやアビジット・バナジーのような経済学者がいる英語圏の人たちが本当にうらやましいです。おそらく、日本にも優秀な経済学者はたくさんいるでしょうから、もっとわかりやすく経済のことを解説してほしいです。そのうえで、政治家は経済的な立場をはっきりしてほしい。まさにポール・クルーグマンが「賢者の四つのルール」で言うように。そうすれば、ボクたちは投票所に行って選ぶことができるから。