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  • 書評|復讐を政策に変えるトランプの側近たち|”Regime Change: Inside the Imperial Presidency of Donald Trump”

    書評|復讐を政策に変えるトランプの側近たち|”Regime Change: Inside the Imperial Presidency of Donald Trump”

    トランプ第2次政権のニュースを追っていると、米国内では大統領の要求がほとんどそのまま実行されているように見えます。敵とみなした相手には政府機関を使って報復し、文化施設には展示内容を変えるよう圧力をかけます。一度の威嚇では終わらず、相手が従うまで続けます。

    マギー・ハバーマンとジョナサン・スワンの “Regime Change: Inside the Imperial Presidency of Donald Trump” は、第2次政権の最初の1年を、政権関係者への取材から描いた本です。二人はいずれも『ニューヨーク・タイムズ』のホワイトハウス担当記者で、2015年からトランプを取材してきました。ハバーマンはトランプ本人と周辺人物を長く取材し、スワンは第1次政権の終盤から政権復帰への準備を追ってきました。

    本書では、イランの体制転換を狙う政権内の協議にも「regime change」という表現が使われています。ただし、題名が指す変化は外国の政権転覆だけではありません。著者たちは、米国の大統領職そのものが変わったという意味も題名に重ねています。本書は、人選や非公開会議でのやり取りをたどりながら、第1次政権のときより大統領の要求が通りやすくなった理由を説明します。

    私が本書から強く感じたのは、トランプ個人の復讐心や衝動だけでは、現在の強権的な政権運営を説明できないということでした。第2次政権には、その意向を実行可能な政策に変える側近がそろっています。一方、連邦行政機関の内部で命令を通せても、外国の判断や戦争の結果までは支配できません。本書を読むと、トランプ政権が米国内で権力を行使できる理由と、国外では同じように振る舞えない理由の両方が分かります。

    第2次政権では、大統領を止める側近が要職から消えた

    トランプの復讐心や衝動は、第1次政権にもありました。大きく変わったのは、その意向を受けた側近の行動です。第1次政権では、軍人や法律家が要求を退けたり、実行を遅らせたりすることがありました。第2次政権では制止役が要職を去り、大統領の要求を退けるより、実現する方法を探す人物が選ばれました。

    違いは政権移行期の人選に表れています。マール・ア・ラーゴでは、少人数の側近が画面に候補者の顔を映し、国防や国家安全保障の要職を検討しました。重視されたのは担当分野の経験だけではありません。テレビに映ったときの印象と、トランプへの忠誠も任用を左右しました。約300万人を抱える国防総省の長官候補についてさえ、巨大組織を管理する力量への懸念より、テレビ映りのよさと過去にトランプを擁護したことが高く評価されました。

    ここで求められた忠誠は、政権の政策に賛成するだけにとどまりません。トランプが敵とみなした人物を敵視し、本人が認めない選挙結果を疑い、2021年1月6日の議会襲撃事件についても本人の見方を受け入れることまで求められました。第1次政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務め、退任後もトランプを擁護したロバート・オブライエンさえ、この基準を満たせず再登用されませんでした。

    対照的に、J・D・バンスやマルコ・ルビオは過去にトランプを厳しく批判していましたが、第2次政権の中枢に入りました。過去の発言より、2020年大統領選挙と議会襲撃事件について、いまのトランプの見方を受け入れるかどうかが重く見られたからです。忠誠は、長年仕えたかどうかではなく、いま大統領が求める見方に異を唱えないかどうかで測られていました。

    この人選は、選挙後に急ごしらえしたものではありません。スワンは2022年の連載で、トランプ陣営が政権復帰後に連邦政府を作り替える準備を進めていたと報じています。第1次政権で要求を止められた経験を踏まえ、今度は大統領の意向を拒まない人物を選びました。制止する人が減り、実行する人が要職を占めたため、トランプの衝動は以前より速く政府の行動に変わるようになりました。

    第2次政権でも、法的な懸念を述べる人物が完全に消えたわけではありません。変わったのは、側近に期待される役割です。周囲が大統領に不都合な情報を伝えなくなり、本人には他人にはない直感があると信じるようになれば、反対意見はさらに届きにくくなります。

    忠誠を基準にした人事が、個人的な復讐を政府の仕事に変えた

    トランプ個人の恨みが政府の行動に移るのを止める側近が少なくなると、司法省の仕事まで変わります。本書が詳しく描くのが、ニューヨーク州司法長官レティシア・ジェームズへの対応です。ジェームズはトランプとその企業を相手に民事詐欺訴訟を起こしました。第一審では約5億ドルの支払いを命じる判決が下されましたが、金銭支払いの命令は2025年8月にニューヨーク州の中間上訴裁判所が取り消しました。本書で語られる政権内の協議では、ジェームズは政策上の反対者ではなく、トランプ本人とその会社を追い詰めた報復の対象として扱われています。

    司法省では、ジェームズを住宅ローン詐欺で起訴できるかが検討されました。当時の司法副長官トッド・ブランシュは、起訴には故意の立証が必要であり、起訴に足る事件かどうか確信を持てませんでした。ところが著者たちの取材によれば、トランプが重視していたのは最終的な有罪判決ではありません。ジェームズを法廷に立たせ、訴訟への対応に時間と費用を使わせること自体を重く見ていました。証拠から起訴の要否を判断するより、大統領が望む報復を実現する方法を司法省に探させようとしたのです。

    別の場面では、トランプ、スティーブン・ミラー、法律顧問のボリス・エプスタインが、2020年の選挙に関わった人物を調査対象にしようと話していました。三人は相手の名前を思い出せず、その場でクリス・クレブスだと確認しました。その後、クレブスの調査を求める大統領覚書が出ました。この会話では、具体的な疑惑を検討するより先に、調査対象にしたい人物の特定が進められていました。

    ジェームズとクレブスの事例では、大統領が敵とみなした人物に対し、側近が司法省や大統領覚書を使って政府を動かそうとしています。報復は怒りに任せた発言で終わりません。調査や起訴が処罰につながるかどうかとは別に、対象になった人物は調査や訴訟への対応を迫られ、そのために時間と費用を費やします。トランプにとっては、その負担を強いること自体が報復になりえます。

    個人的な復讐心に基づく要求を政府に実行させるには、その要求を公務として引き受ける側近と政府機関が必要です。忠誠を任用の基準にすれば、政策や法律に詳しい人物が異論を述べる余地も狭くなります。第2次政権は、人選の段階で、個人の執念を政府の仕事へ変える条件を整えていました。

    この人事は、誰が命令を実行するかだけでなく、どの情報が大統領に届くかも変えます。起訴の難しさや法的な危険を伝える人物が残っていても、その懸念を理由に要求を退けるのではなく、要求に近い結果を得る別の手段を探すようになります。トランプの復讐心が以前より強くなったことだけではなく、政府内で復讐を止める判断が採用されにくくなったことが、第2次政権の違いです。

    スティーブン・ミラーは、トランプの衝動を政策にする手段を用意した

    トランプは結果を早く求めますが、行政手続きを自分で組み立てるわけではありません。著者たちによれば、トランプとスティーブン・ミラーは政権発足前から、政策を短期間で実行する方法を検討していました。国境、難民、薬物をめぐって緊急事態を宣言し、広い大統領権限を主張する案も準備に含まれていました。

    ミラーが担ったのは、衝動的な要求を行政命令や具体的な政策に落とし込む仕事です。どの法律や大統領権限を根拠とし、どの手続きを使うかまで事前に考えていました。行使する権限と行政手続きを先に決めておけば、大統領が要求してから政府機関が実行に移るまでの時間を短くできます。政策の妥当性とは別に、権限を最大限に使う人員と手段が政権発足前から用意されていたことが重要です。

    緊急事態の宣言は、その準備を象徴しています。国境、難民、薬物という別々の課題を緊急事態として扱えば、通常の政策過程より広い権限を主張できます。どの課題にどの権限を結び付けるかを就任前に決めておけば、政権発足後に一から案を作る必要がありません。第1次政権で意向を十分に実現できなかった経験が、次は初日から実行するための準備に使われました。

    私には、ミラーがトランプへの献身を示し続けることで、政権内での立場を強めたように読めました。これは本人の内心を確認したうえでの評価ではなく、本書に描かれた行動と地位に基づく私の人物評です。大統領の要求に応じた政策を、ほかの側近より早く実行に移せる人物は、トランプにとって手放しにくい存在になります。こうした実行力が、ミラーの政権内での影響力を強めたように思えます。

    ミラーは単なる強硬派ではありません。第1次政権で政策の実行を阻んだ法律、手続き、人事を調べ、次の政権では同じ場所で止まらないよう準備した人物です。トランプの衝動が政府の行動になる速さは、大統領の性格だけでは説明できません。実行手段を先回りして用意する側近がいたからこそ、トランプの要求をそれだけ速く実行できたのです。

    文化施設への圧力は、正式な命令がなくても施設側を動かした

    政権の圧力は、司法機関や政府職員だけに向けられたわけではありません。本書には、議会から資金を受けて博物館や研究施設を運営するスミソニアン協会に対し、政権側が展示内容や人事を変えるよう迫る場面があります。

    画家エイミー・シェラルドの展覧会には、自由の女神をトランスジェンダーの女性として描いた作品が含まれていました。スミソニアン協会の運営を話し合う会議で、副大統領の側近は作品を端末に表示し、米国人が見るべき作品ではないという趣旨の主張をしました。ほかの出席者からは、開催予定先だったナショナル・ポートレート・ギャラリーの責任者を解任するよう求める発言も出ました。

    問題は、一つの作品への賛否にとどまりません。政権側は、好まない展示を企画した責任者の処分まで求めました。スミソニアン協会の内部では、資金を失うおそれも意識されていました。展示内容への異論とともに、責任者の解任や資金削減の可能性まで示されれば、文化施設は正式な禁止命令を受ける前に、企画の変更や中止を迫られます。

    シェラルドは展覧会への介入を受け入れず、自ら展示を取り下げました。政権が作品を直接禁止しなくても、予定されていた展覧会は開かれません。政権側の文化政策上の判断が、側近を通じて公共施設への圧力に変わった例です。相手が個人でも組織でも、人事権や資金配分を握る側が解任や資金削減の可能性を示せば、正式な命令を出さなくても相手の判断を変えられます。

    トランプ政権は、外国の反応までは支配できない

    ここまで述べた強権的な手法は、主に米国内の組織に対して使われています。大統領が人事権を握り、その意向を実行する側近を要職に置けば、連邦行政機関を通じて反対者や組織に圧力をかけられます。適法性が争われていても、調査や資金停止を示唆されれば、相手はその対応に時間と費用を割かざるをえません。トランプの執念が政府の行動に変わるのは、その命令を受けて動く人と組織が米国内にあるからです。

    しかし、外国政府は米大統領の指揮下にありません。米国が軍事力や経済力で圧力をかけても、相手国は自国の利害に従って判断します。相手国が抵抗したり条件を拒んだりすれば、米国が想定した筋書きどおりには進みません。国内で反対者を排除し、政策決定を速めても、国外で望んだ結果を得られる保証はありません。

    本書でこの限界を示すのが、イランとの戦争です。著者たちが紹介した政権内の協議では、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がイランの体制転換を見込んだ案を示しました。中央情報局は一晩で分析し、現実離れした案だと判断しました。ジョン・ラトクリフCIA長官も、非現実的だと伝えました。それでもトランプは、自分の直感では短い戦争で体制が崩れると考えました。政権内で戦争に反対した人物はいましたが、トランプに強く異論を述べたのはJ・D・バンス副大統領だけだったといいます。

    インタビューでは、政権が掲げた主要な目標が達成されていないとの指摘がありました。スワンによれば、イランが保有するミサイルの約70%は、まだ使用可能な状態にあり、トランプは戦争から抜け出すための合意を求めていました。連邦行政機関の意思決定を速めることはできても、相手国の抵抗を短期間で抑え、戦争を望みどおりの結末へ導けるとは限りません。速く決めたことと、思惑どおりに事態が進むことは別です。

    側近が大統領の意向を短時間で軍事行動に移せるほど、この違いは重要になります。米国側の検討時間を短くしても、相手国が態度を決めるまでの時間や、攻撃を受けてから反応するまでの時間は短くできません。国内では障害を取り除くほど実行が速くなりますが、外交では相手の選択によって状況が変わります。国内で効果を発揮した意思決定の速さが、国外でも成功をもたらすとは限らないのです。

    この違いを見落とすと、トランプの強さを過大にも過小にも評価しかねません。米国内では、忠誠を基準とする人事と大統領権限の広い解釈により、連邦行政機関が大統領の意向を実行しやすくなりました。外交では、相手国の指導者が自国の主権と利害に基づいて判断し、米国の軍事行動にも独自に対応します。米国の力が大きいことと、米大統領が望む結果を必ず得られることは同じではありません。

    日本からトランプ政権を見るときも、この区別が必要です。米国への安全保障上の依存が大きくても、日本政府は国内政治、企業への影響、他国との関係を考えて対応します。連邦行政機関の内部で大統領の意向が通りやすくなったことを、そのまま日本への支配力と読み替えるべきではありません。

    本書は、ばらばらのニュースを政権内部の因果でつないだ

    本書の長所は、個別に報じられてきた出来事を、人事が政策決定へつながる一連の経緯として整理したことです。司法省を通じた報復、忠誠を基準とする人事、文化施設への圧力、危険を伴う外交判断は、単独で見れば別々の問題に思えます。本書を通して読むと、これらの出来事は、大統領に異論を唱える人が減り、その意向をすぐ実行する人が要職に就いた結果だと理解できます。

    著者たちは多数の政権関係者を取材し、会議の日時や場所、参加者、そこで交わされた話を具体的に記しています。誰がどの場で案を出し、誰が反対し、最終的に何が政府の行動になったのかを追っています。そのため、トランプの発言だけを見ていては分からない、発言が政策になるまでの過程をたどれます。さまざまな出来事の背景が分かって面白かったという私の読後感は、この取材の積み重ねから生まれました。

    著者たちは、一人だけの証言には頼らず、確認できない情報は本に入れなかったと説明しています。閉鎖的な政権内部を取材するには、匿名の証言が必要になる場合があります。一方、情報源の多くが匿名であるため、読者は再現された会話を独力で検証できません。複数の証言を照合したと聞けば、取材が慎重だったことは分かります。ただし、匿名情報の裏付けを読者自身が確かめられないことに変わりはありません。

    政治ニュースを日々追ってきた読者には、すでに知っている出来事も多いでしょう。新事実だけを期待すると、既報をまとめ直しただけに思える箇所もあります。それでも、個々のニュースだけでは分かりにくかった人事、報復、政策決定のつながりを一続きの経緯として読めることに、本書の意義があります。個々の事件を知っている人ほど、事件同士を結ぶ人事と意思決定に目を向けることで、第2次政権が第1次政権より速く動く理由を理解できます。

    本書は、トランプ一人の性格を語るだけではありません。その復讐心や衝動が、忠誠を重んじる人事と側近の準備を経て、政府の行動になるまでを追っています。同時に、イランとの戦争をめぐる経緯を通じ、米国内で大統領の意向を速く実行できても、国外の反応や結果までは支配できないことも描いています。日本からトランプ政権を見る際にも、米国内で強権的に政策を進められることと、外交でも望みどおりの結果を得られることを同一視しないことが重要です。

    企業組織に置き換えて読んでも、本書の教訓は明確です。トップの性格だけを見ても、組織の行動は説明できません。誰を昇進させ、反対意見をどこまで認め、トップの要求を実行する手段を誰が準備しているかによって、同じ人物の命令でも結果は変わります。第2次政権の強さは、トランプという個人の権力だけでなく、その要求を拒まない人物を要職に置く人事と、要求が出る前から実行方法を用意する側近によって支えられています。同時に、どれほど内部の統制を強めても、組織の外にいる相手までは統制できません。この二つを分けて考えられるようになることに、本書を読む大きな価値があります。

    参考リンク

    • https://www.simonandschuster.com/books/Regime-Change/Maggie-Haberman/9781668067246
    • https://www.simonandschuster.com/authors/Maggie-Haberman/233182093
    • https://www.simonandschuster.com/authors/Jonathan-Swan/268310643
    • https://www.axios.com/2022/07/22/trump-2025-radical-plan-second-term
    • https://www.newyorker.com/magazine/2026/07/06/chronicle-of-a-disaster-foretold
    • https://www.nytimes.com/2026/06/18/books/review/regime-change-maggie-haberman-jonathan-swan.html
    • https://www.kirkusreviews.com/book-reviews/maggie-haberman/regime-change/
    • https://www.wsj.com/arts-culture/books/regime-change-review-the-not-so-imperial-presidency-4ae4b41e
    • https://www.nycourts.gov/reporter/3dseries/2025/2025_04756.htm
    • https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/04/addressing-risks-from-chris-krebs-and-government-censorship/
    • https://www.youtube.com/watch?v=xdmdGTrJ2nI
    • https://www.youtube.com/watch?v=3DHBJC4aOww
    • https://www.youtube.com/watch?v=J8BBDqaYZuc

  • 書評|米国民主党再建のカギは、地道な組織化|”This Is the Plan” by Ben Wikler

    書評|米国民主党再建のカギは、地道な組織化|”This Is the Plan” by Ben Wikler

    アメリカのリベラルは逆風の中にあります。党内から、自分たちのやり方を見直すよう求める本が相次いで出ています。ニューヨーク・タイムズのコラムニストEzra Kleinの共著『Abundance』もその一冊です。今回紹介するBen Wiklerによる『This Is the Plan』もその流れにあります。Ezra KleinはBen Wiklerとの対談で、本書の議論が、自分が『Abundance』で書いたことと重なると述べました。

    対談では、政党そのものが弱っているという話も出ます。「民主党」という言葉には、輪郭の曖昧な支持者の集まりと、公式の党組織という二つの意味があります。本書が扱うのは後者、州の党組織です。

    題名が『これがプランだ(This Is the Plan)』ですから、読者は具体策の一覧を期待して本を開きます。ところが、著者が「プラン」と呼んでいるのは、そうした一覧ではありません。

    講演での本人の説明はこうです。11月に連邦下院と上院、そして州知事職と州議会で勝ち、2028年の選挙運営を相手側に握らせない状態をつくる。2028年には大統領選と上下両院で勝つ。そのうえで、選挙のルールを自分たちに有利に決めて権力を維持するやり方をやめ、これまでよりよい民主主義をつくる。この一連の段取りが「プラン」です。

    制度改革についても書かれています。全米で最も多くの票を得た候補に各州の選挙人票を割り当てる州間協定、フィリバスター(連邦上院で少数派が採決を止められる仕組み)の廃止または改革など、5点が挙げられています。ただし、これらは「プラン」を実現した先にある改革です。

    Publishers Weeklyの2026年4月の書評によれば、本書の力点は制度改革ではなく、人と人とのつながりをつくる組織化にあります。50州を一括りにした戦略ではなく、州ごとに一つずつ、50通りの戦略をつくる必要がある、というのが本書の主張だとも書かれています。

    著者のBen Wiklerは、ウィスコンシン州民主党の委員長を2019年から2025年まで務めた人です。委員長は、州の党組織を運営し、資金を集め、選挙に必要な人員を整える役職です。2025年2月には民主党全国委員会の委員長選に立候補し、Ken Martinに敗れました。本書が初の単著で、2026年7月21日にW. W. Nortonから刊行されています。11月の中間選挙に向けて各党が動くさなかの刊行です。

    地道な組織化が、接戦の選挙を動かす

    本書の中心はウィスコンシンです。この州では、選挙がわずかな差で決まってきました。いわゆるスイング・ステートです。

    著者は2024年の大統領選について、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアの3州で約11万5,000票、投票総数の0.1%ほどが動いていればハリスが勝っていた、と述べています。選挙を運営するのは州なので、州政府を押さえることが独裁を防ぐうえで最も重要になる。そう述べて、この3州にミネソタ、アリゾナ、ニューハンプシャー、ネバダを加えた7州を名指ししています。ただし、ウィスコンシンでの成功が他州でも通用するのかを検証した書評は、確認できた範囲では見つかりませんでした。

    刊行の翌週、サンフランシスコのCommonwealth Clubで行われた講演で、Wiklerはこの州で何が起きたかを説明しています。

    まず挙げたのは、州共和党が何をしてきたかです。共和党は2011年に法律を成立させ、公務員労組から団体交渉の権利を奪いました。公務員の労働組合はウィスコンシンで生まれました。

    同じ年には、ある判事が「この州を全米で最も投票しにくい州にした」と評した州法を成立させ、共和党の全国的な計画の一環として選挙区を極端に引き直しました。民間部門の労働組合からも同じ権利を奪ったのは2015年です。

    この選挙区割りによって、得票率と議席の割合が大きくずれました。ウィスコンシンでは州最高裁の判事も選挙で選ばれます。当時、右派が多数を占めていた州最高裁は、これらの法律と選挙区の引き直しを認めました。その選挙区割りは、のちに是正されています。この是正によって、民主党は今年、知事職と州議会の両院を狙える状況になっています。

    巻き返しの出発点は2016年です。この年の大統領選で、民主党はウィスコンシンをトランプに奪われました。勝敗を分けた州でした。

    当時の州民主党は、大統領選の年だけ人を集めるやり方を改め、選挙のない年も活動を続けるようにしました。特定の候補のためではなく、州で行われるすべての選挙のためです。選挙がまだ遠いうちから資金も集めました。

    州民主党が雇った組織化の担当者は、戸別訪問をしませんでした。カフェで人に会い、地元チームのリーダーになってくれないかと頼みました。友人を何人か誘って、チームを立ち上げてほしい、という頼み方です。

    「組織化は、私たち一人ひとりが持っている力です」とWiklerは言います。ただし、組織化でできることには限界もあります。

    「組織化で、大差で負ける選挙を勝ちに変えることはできません。ですが、あと少しで負ける選挙を、1ポイント差の勝ちに変えることはできます」

    2018年、この方法によってTony Eversが知事選に勝った、とWiklerは説明します。差は1.1ポイントでした。Wiklerが委員長に選ばれたのは、その翌年です。彼はこの進め方を引き継ぎました。

    なぜ、知り合いを通じて働きかけるのでしょうか。

    刊行日にワシントンで行われた対談で、Wiklerはこう説明しています。

    「有権者のもとには、広告が次から次へと届きます。迷っている人は、そのどれも信じなくなります。全部を聞き流します。けれども、自分が知っていて信頼している相手から声をかけられれば、その人は耳を傾けます」

    ウィスコンシンでは、誰が投票に行ったかが公の記録に残ります。どの候補に投票したかまでは分かりません。州の選挙管理委員会に請求すれば、この記録は誰でも入手できます。公開される情報の範囲は州によって異なります。

    州民主党は、この記録を活用するアプリを用意しています。ボランティアがアプリに自分のスマートフォンの連絡先を読み込ませると、知り合いのうち、ここ数年の選挙で投票していない人が表示されます。あとは、その人に声をかけます。

    Wiklerはこう続けます。

    「政治広告に使われる資金は、すべてこのデータを前提にしています。誰が最も態度を決めかねている有権者かを特定しようと、誰もが躍起になっています。ですが、その迷っている有権者が信頼している人であれば、あなたの言葉には大きな重みがあります」

    これを、知り合いを通じた組織化と呼びます。

    2025年の州最高裁判事選のとき、Elon Muskはウィスコンシンに来て、自ら請願書を用意し、友人を誘って署名させた人に報酬を支払いました。

    Wiklerの評価は厳しいです。

    「彼は、知り合いを通じた組織化を金で買おうとしたのです。おそらく彼のコンサルタントの誰かが、この種の研究論文を読んだのでしょう」

    共和党はいま、この手法に多額の資金を投じているが、最も効果が大きいのは、人々がボランティアとして自発的に動くときだ、とWiklerは続けています。

    本書が扱うのは組織の動かし方で、何を訴えるかではない

    本書を紹介する文章は、どれも明るい調子で書かれています。

    出版社は紹介文で、著者を過去10年で屈指の成果を挙げた民主党の選挙戦略家と呼び、映画『プリンセス・ブライド・ストーリー』の一節を引いています。

    「城攻めを楽しんで。ただし穏当に、あくまで比喩として、1月6日のような真似はせずに」

    この映画は1987年の作品で、アメリカでは広く親しまれています。1月6日は、2021年にトランプ支持者が連邦議会議事堂に押し入った日です。

    推薦者は党内の中道派から進歩派まで幅広くいます。一方の派閥だけが推している本ではありません。

    ただ、書かれている作業そのものは簡単ではありません。一つひとつは地味ですが、量は多く、長い時間がかかります。明るく書かれていても、実際に動く人の負担が軽くなるわけではありません。

    The Progressiveに掲載された書評では、評者がその明るさに留保をつけています。調べたかぎり、専門媒体の書評で本書に具体的な注文をつけていたのはこれだけでした。

    評者のMary Beth Markleinは、本書をどこまでも楽観的だと評し、人を奮い立たせる檄文のようでもあり、実際に動く人のための手引きでもある、と位置づけています。

    そのうえで4点の注文を挙げています。街頭行動についての記述が少ないこと、ユーモアが多すぎること、実務の情報が本のあちこちに散らばっていて一覧も索引もないこと、そして「プラン」自体に改訂が必要なこと。

    ここで重要なのは4点目です。事態の深刻さを考えると、いまの「プラン」では足りない、という指摘です。

    本書に書かれていないことは、著者自身が語っています。

    冒頭で触れた対談で、Kleinはこう問いました。

    「本を読みながら引っかかったことがあります。この本は組織化についての本で、あなたは昔から組織を作ってきた人です。ですが組織化には、組織を動かす仕組みと戦略があると同時に、売り物そのものがあります。どう売るかより、何を売っているかのほうが大事です」

    Kleinは続けて、道路を直し、行政の手続きを滞りなく進め、価値観をめぐる争いには深入りしない、激戦州で勝ってきた民主党の政治家たちを挙げました。

    そのうえで、同じ激戦州から違う訴え方をする候補が出てきているとして、ミシガンのAbdul El-SayedとウィスコンシンのFrancesca Hongの2人の名前を出しました。

    著者は二つの点から答えます。

    一つ目は、民主社会主義者から中道派まで候補者を並べてみても、今回の選挙で掲げる中心的な訴えは、暮らしの負担を下げるという点でほぼ一致している、という答えです。外交政策や医療制度のあり方では意見が食い違うものの、選挙で前面に出す訴えは重なっている、と答えました。

    二つ目は、選挙で前面に出す訴えは、党組織が押しつけたり作り出したりできるものではない、という答えです。その党がどのような党なのかは、当選した候補者がその後どう動き、何を語るかで決まるからだ、と述べました。

    有権者に何を訴えるかを決めるのは、自分の仕事ではないということです。本書は組織の動かし方を書いた本で、何を訴えるかを決める本ではない。著者はそう答えました。

    KleinがHongの名を挙げたのは7月28日、ウィスコンシンの予備選の2週間前でした。

    本書の方法が試されるのは、11月3日のウィスコンシン州知事選

    本書が出た3週間後の2026年8月11日、ウィスコンシン州知事選の民主党予備選がありました。Evers知事が2025年夏に再選を目指さないと表明していたため、多くの候補者が立候補しました。

    勝ったのはDavid Crowleyです。ミルウォーキー郡の郡長を務めています。郡の行政の長にあたる役職です。党内では中道に位置し、当選すればウィスコンシン州で初の黒人知事になります。

    得票率は39.8%で、民主社会主義者を名乗る州議会下院議員Francesca Hongとの差は0.5ポイント、票数では4,000票弱でした。8月12日朝、開票率が95%を超えた時点の数字です。

    ここで注意が必要です。これは本書の方法が試された選挙ではありません。

    予備選は民主党の中で候補者を選ぶ争いで、どちらが勝っても民主党の候補になります。著者が説いているのは、本選で共和党に勝つための方法です。Wiklerも州民主党で顧問を務める立場から、どちらを支持するかは明らかにしませんでした。

    本書の方法が試されるのは、11月3日です。Crowleyと、共和党のTom Tiffany連邦下院議員の争いになります。

    著者が、組織化によって結果を変えられると述べたのは、あと少しで負けるような僅差の選挙です。11月3日の知事選は、まさにその範囲に入る選挙になります。

    何年もかけて人に会い、協力を頼み続ける活動が、実際に票へ結びつくのか。答えが出るのは11月3日です。

    リベラルが逆境にあるのは、アメリカだけでなく世界的な潮流のような気もします。日本もその中にいます。日本のリベラルの再建策はどのようなものになるのでしょうか。

    参考リンク

    • https://wwnorton.com/books/this-is-the-plan — 出版社の書籍ページ
    • https://www.publishersweekly.com/9781324131434 — Publishers Weekly の書評
    • https://progressive.org/latest/ben-wikler-roadmap-for-success-marklein-20260730/ — The Progressive の書評
    • https://www.benwikler.com/p/this-is-the-plan-how-to-end-americas — 著者による刊行の告知
    • https://catapultsuplex.com/entry/abundance/
    • https://www.nytimes.com/2026/07/28/opinion/ezra-klein-podcast-ben-wikler.html
    • https://www.youtube.com/watch?v=7v9pvuSf4Qg
    • https://www.youtube.com/watch?v=9R_m1-6h0cA
    • https://pbswisconsin.org/news-item/recapping-wisconsins-2026-primary-election-for-governor/
    • https://www.nytimes.com/2026/08/12/us/politics/crowley-hong-wisconsin-governor-primary-polls.html
    • https://docs.legis.wisconsin.gov/misc/lc/issue_briefs/2022/elections/voter_information_kbo_2022_04_07 — ウィスコンシン州議会法制局「Voter Information as Public Record」
    • https://elections.wi.gov/clerks/svrs/voter-data — ウィスコンシン州選挙管理委員会「Voter Data」