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  • 映画評|トーキング・ヘッズ『ストップ・メイキング・センス』のアップデート|”David Byrne’s American Utopia”  by Spike Lee

    映画評|トーキング・ヘッズ『ストップ・メイキング・センス』のアップデート|”David Byrne’s American Utopia” by Spike Lee

    デヴィッド・バーンのアルバム『American Utopia』(2018年)を元にしたブロードウェイのショウをスパイク・リーが映像化した作品です。デヴィッド・バーントーキング・ヘッズを解散してから1990年代のソロ活動はあまりピンと来ませんでした。それが2000年代からまたクリエイティビティーを取り戻して多くの楽しいアルバムをリリースして今日に至ります。

    デヴィッド・バーンのライブ映像作品としてはトーキング・ヘッズ時代の『ストップ・メイキング・センス』(1984年)が決定的なのですが、そこから30年以上たったアップデートとなります。そう思えるほど本作と『ストップ・メイキング・センス』には共通点が多いです。

    ストップ・メイキング・センス(字幕版)

    ストップ・メイキング・センス(字幕版)

    • 発売日: 2017/07/07
    • メディア: Prime Video

    まず、装飾を極力排除した舞台セット。本作の場合は演奏者と楽器しかありません。楽器も無線を使い、ラインは使っていません。『ストップ・メイキング・センス』もかなりシンプルでしたが、それをさらに突き詰めた究極のシンプルさ。また、演奏される楽曲も『ガールフレンド・イズ・ベター』や『サイコ・キラー』はないものの、トーキング・ヘッズ時代の曲が半数以上を占めています。

    証明に関してはかなり『ストップ・メイキング・センス』を意識して、影を効果的に使っています。

    しかし、『ストップ・メイキング・センス』にはなかったものが本作にはあります。それは映画(舞台)にとって重要なテーマとキャラクター造形。

    テーマは「より良い世界を作ろう」なんでしょうね。まだまだ人種差別もある、日本と同じで若い世代の投票率が低い。もっと、人に興味を持とう。今回はそのためのシンプルな舞台セットです。演者と観客。人と人。それだけ。なんか、スパイク・リーが本作を撮った理由がわかる気がします。

    トーキング・ヘッズは良くも悪くもフロントマンであるデヴィッド・バーンのバンドだったと思います。『ストップ・メイキング・センス』もそれを反映してズートスーツを着込んだデヴィッド・バーンだけが目立っていた。良くも悪くもです。2000年以降のデヴィッド・バーンは多くの人とコラボレーションをしてトーキング・ヘッズにとらわれない活動をしてきました。ファット・ボーイ・スリムと組んだ『Here Lies Love』やセイント・ヴィンセントと組んだ『Love This Giant』なんて近年の代表作ですね。コンピレーションアルバムの『Dark Was the Night』でダーティー・プロジェクターズと組んだ『Knotty Pine』とか最高でしたよね。

    本作でもデヴィッド・バーンの存在感は圧倒的なのですが、それぞれの演者の個性もスパイク・リーはうまく捉えていると思います。

    『ストップ・メイキング・センス』はやはり傑作ですが、ボクは本作も好きです。

  • 映画評|1980年代アッパークラスの1990年代からの眺望|”The Last Days of Disco” by Whit Stillman

    映画評|1980年代アッパークラスの1990年代からの眺望|”The Last Days of Disco” by Whit Stillman

    1990年初頭から脚光を浴びたインディー映画監督といえばスパイク・リー、アキ・カウリスマキ、クエンティン・タランティーノを筆頭にケビン・スミスやハル・ハートリーなどたくさんいますね。それに比べてホィット・スティルマンは同じ時期に自主制作で脚光を浴びた監督なのですが、あまり目立ちません。

    これはホィット・スティルマン監督が1990年代に「1980年代のアッパークラス」というあまり一般受けしないテーマを描いていたからだと思います。一部の物好きにはすっごく好まれるのだけれども、ほとんどの人からは見向きもされない。しかし、好きな人は大好きですし、品質も非常に高い映画なのでクライテリオンから初期三部作がちゃんとレストアされてBlu-rayで発売されています。この初期三部作の中の最初の二作は日本でも公開されました。『メトロポリタン』(Filmarksのレビュー)と『バルセロナの恋人たち』(Filmarksのレビュー)です。

    今回取り上げるのは日本で公開されなかった三作目『ラスト・デイズ・オブ・ディスコ』です。

    ホィット・スティルマン監督作品の特徴は1990年代から1980年代の青春の眺望です(アッパークラス限定)。1980年代の青春映画といえばブラット・パックが活躍した『ブレックファスト・クラブ』や『セント・エルモス・ファイアー』を思い受けべますよね。しかし、ホィット・スティルマン監督が描くのはそれよりも少し上のクラスの若者たちです。具体的には名門市立大学に入学するためのプレップスクールに通う「プレッピー」たちや若くて上昇志向の高いビジネスパーソンである「ヤッピー」たちです。なんか、聞いただけで胸糞悪いでしょ?最近はあまり使われませんがスノッブと揶揄された人たちです。

    映画『ウェインズ・ワールド』(1992年)でロブ・ロウが演じたテレビプロデューサーのベンジャミンなんて、典型的なヤッピーです。つまり、イジル対象なんですよ。みんなイケすかないと思っているから。1990年代にスノッビーなアッパークラスは真面目に描く対象ではありませんでした。おそらく今でもそうです。それを正面から描いたのがホィット・スティルマン監督でした。そこが逆にパンクでしょ。今回紹介したい三作目の『ラスト・デイズ・オブ・ディスコ』は日本で公開されていないのですが、私が考えるホィット・スティルマン監督作品の最高傑作です。非常にもったいない。

    舞台は1980年代初頭のニューヨーク。1970年代から続くディスコブームがそろそろ下火になってくる頃です。この映画は女性たちのメインプロット(恋愛感のすれ違い)と男性たちのサブプロット(脱税捜査)で構成されています。

    メインプロットの主人公は大人しい性格のアリス(クロエ・セヴィニー)とセックス革命に感化されているイケイケのシャーロット(ケイト・ベッキンセイル)です。二人は同じ出版社に勤めてメディアで成功することを望んでいます。同時にイケてるヤッピーにもなりたい。シャーロットはヤッピーらしく「イケてる女性」になるためにアリスに色々とアドバイスをします。しかし、そのアドバイスのせいで二番目に好きだった男性のトム(ロバート・ショーン・レナード)に遊び人だと思われてしまいます。トムに処女を捧げたのに淋病とヘルペスをうつされてしまう。そして、尻軽女として捨てられてしまいます。

    サブプロットの主人公はクラブのマネージャーのデズ(クリス・アイグマン)、広告会社に勤めるジミー(マッケンジー・アスティン)と地方検事補のジョシュ(マット・キースラー)です。このサブプロットはサスペンスなのであまりネタバレになるのは避けます。この三人とメインプロットの二人はグループで行動するのですが、そこでの会話がスノッブなのですが洒落ています。

    特にボクが好きなのがディズニーの『わんわん物語』についての会話。血統書つきコッカー・スパニエルのレディと野良犬トランプの恋愛映画です。真面目なアリスと地方検事補のジョシュは「気が滅入る映画」と評します。トランプはごろつきで浮気者なのにレディは許して結婚してしまう。「女性は悪い男に惹かれるイメージ」を視聴者に刷り込んでいる。一方でイケイケのシャーロットとクラブのマネージャーのデズは野良犬トランプの成長の物語だと捉えます。正解なんてないですが、違う意見を知性的に語れる仲間ってすごくいいと思うんですよね。ホィット・スティルマン監督作品はそういう会話がたくさんあります。

    この映画は1980年初頭のクラブシーンも描いています。登場するクラブのモデルになったのは”Studio 54“です。この他にもガラージを生み出した”Paradise Garage“や多くのクラブに影響を与えた”The Loft“などがニューヨークにありました。このようなクラブはあまりにも人気のため、入場制限がありました。入れる人たちはある種の特権階級でした。そういうスノッビーな姿勢が嫌われたりもしました。1970年代中頃から始まる音楽としてのディスコシーンですが、1980年代中頃にはすっかりと寂れてしまいます(クラブはユーロビートやニュージャックスウィングなど常に新しい音楽を取り入れて生き残りますが)。

    この映画でディスコは「若い日々」の隠喩です。常に新しい音楽が生まれるように、常に新しい世代が生まれる。若い日々は続かない。でも、世の中には常に「若い日々」が溢れている。クラブには常に新しい音楽が溢れているように。最後のシーンがそれを表しています。あのラストは本当に大好きです。

  • 会話の糸口としての音楽、落語、酒と映画

    会話の糸口としての音楽、落語、酒と映画

    Photo by Ike louie Natividad from Pexels

    ボクは基本的に人づきあいが苦手です。面倒に感じてしまいます。でも、人間は社会的な生き物で、人づきあいせずには生きていけません。そこで、会話が苦痛にならないように戦略を立てるようになります。ふつうの人はこんなこと考えずに済むのかもしれませんが、人づきあいが苦手なボクには戦略が必要なんです。かわいそうだと思われるかもしれません。まあ、そうですよね。こんなこと考えながら会話をするって不幸なのかもしれません。でも、それがボクなんです。

    「どんな哺乳類が好きですか?」って質問されたら困りますよね。「動物園で見るならどんな動物を見たいですか?」くらい具体的だと答えられます。それならボクの場合はオランウータンです。できればシンガポール動物園のように一緒に写真撮影とかできるとうれしい。「哺乳類が好き」ってペットとして飼うなら、食用として食べるならとか、他にも色々なケースが考えられますからね。そんなのわかっているから、「どんな哺乳類が好きですか?」なんて聞く人はあまりいない。「イヌ派?ネコ派?」くらいに適度な粒度で答えやすい質問になる。動物に関する質問は、こうやってイヌとネコによって世界が平和に導かれ、会話として成立します。

    「どういう音楽が好きですか?」という質問は「どんな哺乳類が好きですか?」と同じ意味で困ります。まず、音楽の種類は哺乳類並みに幅広いし、様々なケースが考えられるからです。寝る時とか、踊る時とか、カラオケで歌う時とか。それでも会話の糸口として「どういう音楽が好きですか?」は頻繁に使われます。そもそもボクは多くの人たちが聴くであろうジャンルはあまり聴かないのです。「どういう音楽が好きですか?」という質問の目的である会話の糸口を掴むきっかけを提供できない。だから困る。「わたしはヘビーメタルが好きだが、あなたはどうか?」ぐらい具体的だと助かります。それなら「最近のヘビーメタルはわかりませんが、NWOBHM以前の昔のヘビーメタルやハードロックはたまに聴きますよ。六本木のバウハウスも気が向けば行きます」くらい会話の糸口は提供できます。特に好きではないけど、会話のおつきあいくらいはできる程度に知ってますよと。

    「落語とか聴きますか?」は粒度としてはちょうどいいのですが、身構えてしまう質問です。そういう人はたいてい落語のカセットテープとかCDをたくさん持ってて、古今亭志ん生や三遊亭圓生のみならず三遊亭金馬や古今亭馬生とかたくさん聞いてる。生前の古今亭志ん朝や立川談志の高座もちゃんと観ている。今だと立川志らくや柳家喬太郎の高座に行ったりする。「落語とか聴きますか?」という質問だけで、その人のプロフィールがなんとなくわかってしまう。こちらも身構えてしまいます。だから「志ん朝さんや談志さんは生前は一人会をよく観ました。今だと新作は円丈さんとか白鳥さん、古典は最近はあまり聴きませんね」とこちらの守備範囲を定義するような返答をします。三代目金馬が四代目と比べていかに偉大だったか語られてもついていけませんよと。

    「どういうお酒が好きですか?」は困るし、身構える質問ですね。そこで、まず「醸造酒よりは蒸留酒の方が好きです」と答えるようにしています。まずは粗めに答えて、会話の糸口となる粒度を探ります。あまりお酒に詳しくない人だと「醸造酒と蒸留酒って何ですか?」となる。日本酒が醸造酒、焼酎が蒸留酒。焼酎のほうが好きってことです。少しわかってる人だと、「ウィスキーとかですか?」と少し掘り下げてくる。そうすると「ウィスキーより最近はジンとラムにハマってます。あと、芋焼酎も好きです」と少し腹を割って話せる。

    会話の糸口としての「映画好きですか」は偉大な質問です。まず、映画をあまり観ない人はこんな質問をしない。そして、映画好きは間口が広い人が多い。もちろん、好みはあるのだけれど、守備範囲以外でもそこそこ語れる可能性が高い。アヴェンジャーズが嫌いでも、なぜ嫌いなのか語れる。ゾンビ映画が苦手でも架空のゾンビ映画について想像を巡らせることができる。「自分が作るなら、こんなゾンビ映画」とか「走るゾンビはアリかナシか」とか。音楽の好き嫌いは人間関係をギスギスさせるけど、映画の好き嫌いは会話を豊かにする。不思議なものです。

    ただ、アニメは難しい。ガンダム以降をフォローしているかどうかで、会話の運用が全く異なる。つまり、『まどマギ』とか『天元突破グレンラガン』とか『PSYCHO-PASS』とかまで踏み込んでこれるか。何なら「『映像研には手を出すな!』楽しみだよねー。NHKアニメは『未来少年コナン』とか『電脳コイル』とか優秀作が多いもんね」とか。ここまで踏み込める人だと昔のアニメでも金田パースとか板野サーカスとかDAICONとか話ができる。

    で、結局は何が言いたいのか?会話には適切な粒度と方向性が必要ということです。粒度というのは広すぎず狭すぎずのバランスってことです。漠然と哺乳類の話ではなく、動物園の動物の話とか。方向性とはどっちの方向にもっていくかってことです。音楽の話をして、「じゃあ、今度一緒にライブに行こうか」なのか、お酒の話をして「じゃあ、今度一緒に飲みましょうよ」なのか。あと、この戦術は「受けの戦略」なので、会話の「引き出し」を多く持つ必要があります。「カタパルトさんって、何か投げても必ず何か返すよね」といわれることが多いです。それだけ間口を広くとってるからです。単にいろんなことに興味があるってのもありますが、知らないことが不安なのかもしれません。

    これが人づきあいが苦手なボクの会話の戦略です。もし、同じような人がいたとしたら参考にしてください。

  • 音楽評|コンピレーションアルバムの意味|Future Bubblers 3.0

    音楽評|コンピレーションアルバムの意味|Future Bubblers 3.0

    ボクは論理的思考をする傾向があると自分では認識しています。ボクと仕事で関わっている人もボクを論理的思考をする人間だと評価しているんじゃないかと想像します。そう言われますし。しかし、ボクは全く論理的ではない行動をすることがあります。ボクとプライベートで関わっている人たちも、ボクが何かおかしなことをしても「まあ、カタパルトさんだから」と笑って受け流してくれていると願います。出会う場面によってボクに対する評価は大きく変わるでしょう。自分でも認識しています。ボクが特別に多面的な人間というより、人間はそもそも多面的な生き物です。

    レコードプレーヤーを持っていないのにレコードを買ってしまうのもボクの非論理的行動の一つです。この前も名作ゲーム『Mother』と『Mother 2(売切れ)』のサントラLPの再発盤をThe Yeteeで買ってしまいました。そして、いまもポチろうかどうかこの瞬間も悩んでいるのがFuture Bubblersの三枚目のコンピレーションです。このアルバムはスポティファイでも聴けるので、わざわざレコードを買うのは非合理的です。

    Future Bubblers 3.0 [Explicit]

    Future Bubblers 3.0 [Explicit]

    Future Bubblersはジャイルズ・ピーターソンが立ち上げた新人発掘プロジェクトです。いまは新人もいろんなチャネルから注目を浴びることができるので、才能さえあれば世の中に知られる機会は多いですよね。YouTubeやスポティファイからデビューしたっていいし。CDやLPのようなメディアの流通にこだわらなければ。

    だって、日本だったらt-Ace(ティーエース)なんてCDも一応は出してますが、基本はストリーミングですよね。レペゼン地球もそうですね。特にミレニアル世代にとって、アルバムなんて音楽的にはほぼ意味がないんじゃないでしょうか。アイドルファンのイベントのチケットくらいの価値でしょう。

    海外に目を向けてみれば、チャンス・ザ・ラッパーなんて無料ダウンロードできるミックステープというフォーマットでグラミー賞にノミネートされちゃいましたもんね。パッケージにもう意味はなくなってしまいました。すでにパッケージ販売よりもライブ演奏の方が儲かるようになってしまった音楽ビジネス。LPレコードというフォーマットが生まれたのが1948年(CDは1982年)で、それがパッケージとしての音楽ビジネスの幕開けでした。それから70年が経ちましたが、100年経たずにパッケージビジネスとしての音楽は終わりましたね。

    80年代が青春のボクが好きだったコンピレーションアルバムはハル・ウィルナーの”Stay Awake“とかNMEが出した”Sgt Pepper Knew My Father“とか。ディズニーやビートルズといったはっきりしたテーマをベテランに混じって新進気鋭のアーティストが料理するものが多かったです。最近だと(それでも10年前だけど)Red Hot Organizationの”Dark Was the Night“ですね。ダーティー・プロジェクターズはこれで知りました。コンピレーションアルバムで新しいアーティストと出会う時代は確実にありました。

    きっと、Future Bubblersに参加している新人さんたちもストリーミングとか普通にやってるでしょう。Future Bubblersってスポティファイでも聴けるから、これで名前が知れればいいなあという感じじゃないかと。パッケージビジネスとしてではなく、宣伝としてのコンピレーションアルバム。これも時代ですよね。いいことなんだと思います。

    それでも、LPの生産量は増え続けているのも不思議なものです。それはインターネットの時代に万年筆を買うようなものなのでしょうね。あ、ボクは万年筆も好きで、青山の書斎館とかたまに行きます。書斎館のホームページ(!)もそろそろAdobe Flashやめればいいのにね。レスポンシブとか何それ?って感じなんでしょうね。

    なんだかとりとめのない話になりました。まあ、アナログってのはなくならないんだろうな、ボクみたいなひねくれ者がいるかぎり。

  • 書評|ストリーミング以後の音楽経済|”Rockonomics” by Alan Krueger

    書評|ストリーミング以後の音楽経済|”Rockonomics” by Alan Krueger

    アラン・クルーガーはクリントン政権とオバマ政権で経済政策担当財務次官補として経済のアドバイスを提供し、大統領経済諮問委員会の委員長も務めた経済学者です。専門分野は計量経済学で、理論よりデータを重視しました。そんな彼の遺作が彼が深い関わりを持つ音楽経済を解説した”Rockonomics”になってしまいました。

    Rockonomics: What the Music Industry Can Teach Us About Economics (and Our Future) (English Edition)

    Rockonomics: What the Music Industry Can Teach Us About Economics (and Our Future) (English Edition)

    計量経済学らしく、音楽業界に関する数字がたくさん出てきます。個人的に驚いたのが音楽業界は経済的に見ればとても小さいということ。アメリカは世界の1/3を占める最大の音楽市場ですが、アメリカ経済の中ではGDPの0.1%しかありません。最大の市場であるアメリカでこれですから、全世界で見れば音楽業界は世界のGDPの0.06%にしかなりません。そして、映画など他のエンターテイメント業界と比べてお金を儲けないのも特徴的です。

    この本の中で繰り返し語られるテーマがいくつかあります。その一つがスーパースター経済。ただでさえ小さな音楽業界なのですが、そのシェアのほとんどは一握りのスーパースターが稼ぎ出します。統計的に見ればほとんどのアーティストは一発屋です。継続的に稼ぐアーティストはほとんどいません。一発屋ですらラッキーなのです。「運」もこの本で繰り返されるテーマですね。

    音楽業界の一番大きな変化はストリーミングによってもたらされました。この本でもかなりのページ数がストリーミングに割かれています。ストリーミングはビジネスとしての音楽を大きく変えました。いわゆる「ボウイ理論」です。デビッド・ボウイは音楽は水のようなコモディティーとなり、本当にユニークな体験はライブだけになると予見しました。これが現実となり、ざっくりといえばミュージシャンの収入の80%がライブ、15%がCDやストリーミングの収入、5%が版権収入となっています。

    ストリーミング以前はレコードを売るためにライブをしていましたが、ストリーミング以後はライブにファンを呼ぶためにCDやストリーミングを売る構図に変わりました。ドナルド・フェイゲンも生活のためにライブ生活に戻ってきました。パッケージメディアの重要性が低下することでチャンス・ザ・ラッパーのようなアルバムを発表せずに「ミックステープ」だけ発表するアーティストも現れました。

    この本はどんな人にオススメか

    音楽業界に興味がある人は当然ながら、実際のミュージシャンが読んだほうががいいんでしょうね。価格差別やスローリリースなど音楽のマネタイズの最新の手法が多く紹介されています。日本でも問題になっているチケットの再販問題もこの本では取り上げられています。音楽ビジネスに関してテイラー・スイフトって天才なんですね。彼女の音楽はあまり聴かないけど、ビジネスセンスはすごい。これは皮肉でもなんでもなく、素直にすごい。

    あと、ブルース・スプリングスティーンとトム・ペティが好きな人にもオススメです。アラン・クルーガーはこの二人のアーティストが特にお気に入りのようで、多くのエピソードとともに彼らを通じて音楽ビジネスを解説しています。

    この本の目的は音楽ビジネスを通じて経済全体を語ることなのですが、アラン・クルーガーの音楽愛が強すぎて、それに関してはあまり成功していません。この本に一貫するテーマは音楽に対する愛なんだなあ。

  • 映画評|虚構と現実、過去と現在が交差する音楽映画|ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説

    映画評|虚構と現実、過去と現在が交差する音楽映画|ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説

    (若干ネタバレがありますのでご注意を)

    ボクは遅れてきた世代なのでボブ・ディランの全盛期をリアルタイムで体験していません。それでも主なアルバムは持っていたし、ブートレグシリーズも何枚か持っていました。遅れてきた世代だからこそ、ボブ・ディランがクールだと思いました。ジョナサン・リッチマンやレオン・レッドボーンがクールなのと同じ意味で。それくらいの距離感です。

    『ローリング・サンダー・レビュー』はボブ・ディランと仲間たちが1975年から1976年にかけて行ったコンサートキャラバンです。ジョーン・バエズやジャック・エリオットといった盟友だけでなく、アレン・ギズバーグなども加わりました。パティ・スミスやジョニ・ミッチェルもゲスト参加したり。

    そのローリング・サンダー・レビューの映像記録を映画監督マーティン・スコセッシがまとめた作品がネットフリックスで公開中の『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』です。これが単にコンサートの記録をまとめた作品だったら、ボクはわざわざ映画評を書きません。虚構と現実、過去と現在が交差する不思議な映画なのです。

    虚構と現実

    この映画にはいろんな人たちが登場します。既に亡くなった人たちも登場します。詩人アレン・ギンズバーグが実はダンスの達人だったとかビックリです。まだ生きている人たちも出てきます。そして、実在しない人たちも登場します。その一人がこの映像を記録したステファン・ファン・ドロップです。え?どういうこと?この役を演じているのはベット・ミドラーの旦那さんのマーティン・フォン・ハセルバーグです。ステファン・ファン・ドロップなる人物は存在しません。ファン・ドロップ氏が出てくると頭がクラクラしてきます。この人が言ってるのは本当なのか?嘘なのか?

    また、パラマウント映画のトップであるジム・ジアノプロスがローリング・サンダー・レビューの仕掛け人として登場します。ジム・ジアノプロスは実在する人物ですが、音楽ビジネスに関わったことはありませんし、ボブ・ディランと繋がりもありません。当然ながらローリング・サンダー・レビューの仕掛け人ではありません。いったいこの人は何を言ってるんだ?と観ていて当惑してきます。

    他にもいくつかあるのですが、ご自身で探してみてください。音楽と関係ない人たちが出てきたら要注意です!特に、映画関係者。音楽関係の人たちは(多分)本物です。パティ・スミスは素晴らしい!

    クイーンを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディー』もリアリズムと作り話のバランスをとった虚構と現実の世界ですよね。それはフィクションだからできた技です。しかし、『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』はノンフィクション……なんですよね。やっぱり、ボブ・ディランは最高にクールだ。

    2019年6月、7月に観た映画/ドラマのひとこと評(あいうえお順)

     

  • 音楽|本物の80年代リバイバル?|WeezerとTrevor Horn

    音楽|本物の80年代リバイバル?|WeezerとTrevor Horn

    ウィーザーって最初のブルーアルバム”Weezer“と次の”Pinkerton“でいきなりピークを迎えてから、長い停滞期を経て”Hurley”でちょっと立て直して”Everything Will Be Alright In The End“で完全復活したというのがボクの見立てです。このアルバムはマジで大好きです。

    しかし、何と言ってもウィーザーをいきなりメインストリームまで持ち上げたのはヒット曲”Happy Hour”ですよね。リミックスもたくさん生まれてこのままディスコ路線に行ってしまうのではないか?と往年のファンも「それも仕方なし」と思ったこともありました(過去形)。

    ところが、売れちゃったことをすぐに忘れてしまうのが我らがウィーザー。去年からいきなり意味不明な80年代回帰。TOTOの『アフリカ』のカバー曲を発表してしまいます。いやいや、それどこに需要があるのよ?

    そして、ウィーザーの80年代回帰はこれでは終わりませんでした。最新の”Teal Album“では全てカバー曲で攻めてきました。A-haの”Take On Me”なんてビデオまでしっかりリスペクトな感じで仕上げています。他にもティアーズ・フォー・フィアーズとかマイケル・ジャクソンとか。いやいや、それどこに需要があるのよ?と思っていたら意外とヒットしちゃいました。世の中わからないものです。

    そして、80年代回帰は意外なところからもやってきました。トレヴァー・ホーンです。トレヴァー・ホーンといえばバグルス『ラジオ・スターの悲劇』で80年代のビデオミュージック時代の到来を告げた人ですね。

    90年代にはシール、2000年代にはt.A.T.uのような単発の仕事はありましたが、80年代ほどキラキラはしていませんでした。なんか真面目なんですよね。完全に過去の人ってわけではないのですが、やっぱり80年代のイメージが強い人ですよね。

    そこで過去をモロに引きずって出したのが新作”Trevor Horn Reimagines The Eighties“という80年代のカバーアルバムでした。で、これが良いんですよ。やっぱり、おっさんは割り切ったほうがいい仕事する。これは偶然か必然かわからないのですがウィーザーの”Teal Album”と同じくティアーズ・フォー・フィアーズ”Everybody Wants to Rule the World“で幕を開ける(ウィーザー版 – YouTube/トレヴァー・ホーン版 – YouTube)。偶然か必然か。やっぱ、80年代ってティアーズ・フォー・フィアーズの時代だったんですかねえ。

    で、トレヴァー・ホーンの新しいアルバム。何と言っても白眉はブルース・スプリングスティーンのカバー”Dancing in the Dark”ですよ。この曲のボーカルをとっているのが”Power of Love“のガブリエル・アプリンなんですが、彼女の落ち着いたヴォーカルとストリングスがブルース・スプリングスティーンの世界にあってるんですよ。ブルース・スプリングスティーンってノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランと同じくらいリスペクトされている詩人でもあるのですが、その深みのあるリリカルな部分がうまく出ている。火を灯すには火花が必要なんだよ。

    3月3日追記:ウィーザーは”Black Album“を出しましたね。こちらはヒットした前作路線を継承しています。80年代回帰の”Teal Album”はちょっとしたファンサービスでしたと。

    Weezer (Black Album) [Explicit]

    Weezer (Black Album) [Explicit]

    2019年2月に気になったアーティストのひとこと評

  • 音楽|日本の配信音楽的なものが世界に流れ出ている|Omniboi, Pheeno, Cute Girls Doing Cute Things

    音楽|日本の配信音楽的なものが世界に流れ出ている|Omniboi, Pheeno, Cute Girls Doing Cute Things

    キュートでクールでエレクトリックなボク好みの音楽が最近たくさんあります。こういう音楽ってTofubeatsやYMCKなど日本では以前からたくさんありました。Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅに代表される中田ヤスタカもその延長線上にあります。

    これに加えて配信系の音楽も活発になりました。初音ミクなどのボカロな音楽をニコニコ動画で配信する流れ。ニコ動の配信から出てきたといえば米津玄師が代表格ですが、みきとPの『ロキ』とか、カラオケでも大人気のバルーンこと須田景凪の『シャルル』とかアニメインスパイアなところも特徴的です。

    こういう日本的な音楽って世界ではどうなんだろ?クールでエレクトリックはいいんだけど、キュートってどうよ?と。それが最近はそうでもないんですね。世界にあふれ出ていました。Lo-Fi Beatsなんかもアニメ絵をPVに使うのが特徴ですが、今回紹介する「日本のネット配信インスパイア系」音楽は日本のキュートエレクトリック配信系クール音楽の影響を受けています。

    インターネットではいいものは自然に拡散する傾向にありますが、Waifu Wednesdays!のようなプロモーションする媒体も広がりに貢献しているんだろうなーと思います。

    “Catching Up” by Omniboi

    まず、この流れに気がついたキッカケが今月にリリースされたロサンゼルス在住のアーティストOmniboi(写真)の新曲”Catching Up(残念ながらYouTubeにはアップされていないので、Spotifyのリンクです)”でした。彼のTwitterやYouTubeのアカウントで使われているアイコンが日本のアニメっぽい似顔絵。日清のCMのようにホワイトウォッシュされていない、さすがネイティブな作りです。

    “Wasting (Part 2)” by Pheeno

    個人単位ではなく、ムーブメントとして海外でもちゃんと動きがあるんだなーと思ったのが、ENM(Epic Network Music)という「日本のネット配信インスパイア系」音楽を取り扱ったレーベルが存在を知った時。ENMOmniboiより先にアルバムデビューしているのがPheenoもエレクトロファンクにエフェクターをかけたボーカルがTofubeatsを彷彿させます。

    “I Like Cute Girls” by Cute Girls Doing Cute Things

    キュートなことやってるキュートな女の子」とそのままズバリの名前で「キュートな女の子大好き」という曲です。愛が伝わりますね!ちなみに、Cute Girls Doing Cute Things(略:CGDCT)はアニメジャンルの一つで、『けいおん!』とか『らき☆すた』が代表例です。YouTubeのサムネイルからもわかるようにめっちゃ日本インスパイアです。ちょっとジャジーな感じにかすかにアニメ声のサンプリング。

    2019年1月に気になったアーティストのひとこと評