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  • 書評|新自由主義が生んだ独占企業群がみんなから自由と機会を奪っている|”Monopolies Suck” by Sally Hubbard

    書評|新自由主義が生んだ独占企業群がみんなから自由と機会を奪っている|”Monopolies Suck” by Sally Hubbard

    ティム・ウーは著書”The Curse of Bigness”(2018年)で独禁法に焦点を当てて、現代が独禁法以前の「金ピカ時代(Gilded Age)」に戻りつつあると警笛を鳴らしました。そして2020年にようやく司法省が重い腰を上げてGAFAの独禁法違反について動きを見せはじめました。

    今回紹介するサリー・ハバードの”Monopolies Suck”はティム・ウーの”The Curse of Bigness”のアップデート版として、活動家としての立場から、いかに独禁法が骨抜きにされてきて、民主主義と資本主義の根底を危うくしているのかを解説しています。ティム・ウーの著書よりもっと具体的に実害を糾弾しています。サリー・ハバードはニューヨーク州検事として独禁法に関わる案件を手掛け、現在はOpen Markets Insutituteの役員です。現場で独禁法にずっと関わってきている人です。

    Monopolies Suck: 7 Ways Big Corporations Rule Your Life and How to Take Back Control (English Edition)

    Monopolies Suck: 7 Ways Big Corporations Rule Your Life and How to Take Back Control (English Edition)

    • 作者:Hubbard, Sally
    • 発売日: 2020/10/27
    • メディア: Kindle版

    ティム・ウーも指摘していることですが、独禁法を骨抜きにしたのはシカゴ学派の経済学者たちでした。ミルトン・フリードマンロバート・ボーク。アメリカの独禁法の根幹はシャーマン法クレイトン法で定義されています。この二つの法律は競争を促進して市場がその恩恵を享受できるようにすることが目的です。しかし、シカゴ学派は企業の経営効率の考え方を持ち込みました。大きいことはいいことだ。なぜなら、大きい方が経営効率が高いから。裁判で効率重視の判例を積み上げることで、独禁法を骨抜きにしてきました。その結果、80%の産業でシェアの集約化が起きているそうです。3から4の企業が一つの産業で80%のシェアを持っている状態にあるそうです。

    現在起きている様々な問題を解決するには独禁法を正しい運用に戻すことだとサリー・ハバードは主張します。独占の解体で全ての問題を解決できるわけではないが、解決に向けてスタートをを切るには独占の解体が必須だと言います。

    では、実際に独占はどんな実害があるのか?大きく分けて三つあります。サリー・ハバードはもっと挙げていますが、ボクはこの三つに集約できると思います。

    1. 価格が不当に釣り上げられている
    2. 税金が独占企業に吸いあがられている
    3. 雇用の機会が減っている

    市場が3〜4の企業で独占されている時、消費者に選択肢はありません。例えばレンタカー会社は11ブランドあるように見えますが、実質的には3企業しかありません。複数のブランドを作って競争があるように見せかけるのが独占企業のやり方だそうです。ユニリーバ(アイスクリームのベン&ジェリーズとか)もP&Gもたくさんブランド持ってますしね。オー・ボン・パンクリスピー・クリーム・ドーナツもプライベート・エクイティーのJAB Holdingsが親会社ですし。航空会社も合併を繰り返し三回運賃が値上げされました。様々な調査結果でも、数少ない企業で独占されている業界は値上げが行われ、その利益は消費者には還元されずに株主と役員にしか還元されていないそうです。

     “Three successful fare increases – [we were] able to pass along to customers because of consolidation,” by Scott Kirby, then the president of American Airlines

    「合弁のおかげで運賃値上げに成功し、コストを顧客に転換できた」当時アメリカン航空の社長だったスコット・カービーの発言

    President Obama promised to fight corporate concentration. Eight years later, the airline industry is dominated by just four companies. And you’re paying for it. by ProPublica

    独占企業は好きな時に好きなだけ課金もできます。有名なのがアップル税ですよね。ゲーム『フォートナイト』で有名なエピックがアップル税と戦ってAppStoreから締め出され、裁判になりましたよね。「アップル税」が嫌ならiPhoneからAndroidにスイッチすればいいじゃん?多くの人にとって(どれほど優れていようと)AndroidのスマホはiPhoneの代用にはならないんですよ。つまり、実質上、iPhoneプラットフォームのAppStoreという市場はアップルが独占してるんです。だから、30%なんて何の根拠もない「税金」を開発者を経由して消費者に押し付けることができる。

    「アップル税」に対抗して、アプリ開発企業が団体結成…Spotify、Fortnite、Tinderらが結集 | Business Insider Japan

    独占企業は税金のように消費者から徴収しますが、政府には税金を払いません。2018年にFortune 500で利益を計上している379企業のうち、91企業が税金を払っていないそうです。アマゾン、スターバックスやシェブロンのような大企業がです。場合によっては税金を受け取っています。そう、支払う額より、税金補助で受け取る金額の方が大きい場合があるのだそうです。例えばアマゾンはヴァージニア州で電気代を払っていないそうです。誰が払っている?政府が税金で払っているそうです。アマゾンは税金を納めていないだけでなく、税金で電気代まで払ってもらっています。「アマゾンがバイデン新大統領の新型コロナワクチン接種公約に同社リソース提供で協力」みたいなスタンドプレーではなく、ちゃんと税金を払いましょうと。

    アメリカ合衆国内国歳入庁はフェイスブックに対して1兆円以上の脱税の嫌疑をかけられています。まあ、1兆円に比べれば、その1/100にも満たない様々な寄付は微々たるものですよねとサリー・ハバードは皮肉を言います。大企業がちゃんと納税すれば、もっといろんな支援ができたはずなのに。

    フェイスブック に1兆円以上の脱税の疑い | HYPEBEAST.JP

    多くの大企業は自分たちの独占の正当性を主張しますが、多くの場合は嘘だとサリー・ハバードは主張します。勝者総取りは正しくないし、ネットワーク効果も言い訳にはならない。なぜなら、ATTはそれでも分割されたのだから。ソーシャルメディアですら(ATT分割の時のように)相互運用性を確保できればいいだけ。

    この本を読んで、リベラルと保守の差ってほとんどないと改めて思いました。独占企業を生んだ思想は新自由主義ですが、保守もリベラルもその路線を1980年代からずっと続けてきました。それは、民主党のクリントン政権もオバマ政権だって同じなんです。以前に紹介したマイケル・サンデルが能力主義批判した”The Tyranny of Merit”もそうですが、現在の問題の多くは保守/リベラルは関係ありません。「保守/リベラル」のような、すでに賞味期限切れの切り口では理解できない。これからの世界を作るには、これまでとは違うレンズが必要なんだと思いました。

  • 書評|世界の終わりの現在|”Notes from an Apocalypse” by Mark O’Connell

    書評|世界の終わりの現在|”Notes from an Apocalypse” by Mark O’Connell

    「世界の終わり」は魅力的なトピックで、遥か昔からずっと語られてきました。世界の終わりはもうすぐだ!と。マーク・オコネルも「世界の終わり」に取り憑かれた一人で、その研究成果をまとめたのが本書”Note from an Apocalypse”です。専門書と言うよりはエッセー。

    この本は「世界の終わり」についての本ではありません。つまり、未来について予想はしていません。この本は「世界の終わりの現在」についての本です。マーク・オコネルの個人的な「世界の終わり」への執着心と不安が起点となっていて、その正体を探るために世界の終わり巡礼の旅に出ます。サウスダコタ、ニュージャージー、スコットランド、チェルノブイリ……

    Notes from an Apocalypse: A Personal Journey to the End of the World and Back

    Notes from an Apocalypse: A Personal Journey to the End of the World and Back

    • 作者:O’Connell, Mark
    • 発売日: 2020/04/14
    • メディア: ハードカバー

    なかなか面白い構成になっていて、前半がルポルタージュ風で資本主義を中心として保守の人たちが「世界の終わり」に対してどのように考えていて、どのように行動しているかが描かれています。後半はエッセイ風で旅を通じてマーク・オコネルが「世界の終わり」について内省的に考えるプロセスを描いていきます。前半と後半では少し雰囲気が違います。

    まずは主に保守な人たちがどのように「世界の終わり」を考えているか。プライベートでささやかな取り組みからピーター・ティールの海上都市、さらにイーロン・マスクの火星移住まで話が徐々にデカくなっていきます。マーク・オコネルが彼らに対する視線はかなり冷ややかで、「世界の終わりのために準備しているのではなく、自分たちのファンタジーのために準備をしている」と一刀両断です。世界が終わった後に、いかに自分が生き残るか(そして自分が理想とする世界を作るか)に力点が置かれているのが特徴です。世界を終わりから救おうなどとは考えていない。

    最初に登場するのがプレッパーズと呼ばれるサバイバルマニアたちです。彼らの特徴は保守的な思想の持ち主で、白人男性至上主義が見え隠れしています。サバイバル商品にこだわりがあるのも特徴で、世界の終わりなのに商業主義なのってどうよ?とマーク・オコネルもチクリと批判します、同じ「世界の終わり」に取り憑かれた人間として共感する部分はあるものの。プレッパーズの上位版のラグジュアリー・サバイバルもあります。その代表がVivosです。お金持ちのために高級シェルターとサバイバルネットワークを販売しています。世界の終わりがきても、安心してラグジュアリー生活を送ることができます。

    さらに金持ちなプレッパーズは高級シェルターでも満足できません。自分の国がダメになった時、他の国にも逃げ場が欲しいよね!保守系のサバイバリストに人気がある国がニュージーランドなのだそうです。金持ちといえばテック系でIPOした元スタートアップ創業者。彼らの多くはリバタリアンで、そんなテック系リバタリアンな金持ちの愛読書が”The Sovereign Individual”。この本に影響されて「リバタリアン的な国を作るのだ!」と選ばれた国がニュージーランドで土地を買いまくられているのだそうです。LinkedInのリード・ホフマンもそうですし、a16zのマーク・アンドリーセンもそうです。その代表者がピーター・ティールでニュージーランド国籍まで取得しています。もう、お前らバカじゃないの?お金を持ちすぎると、ろくなことしないですよね。そんな無駄遣いをしてるから批判されるんだよ。

    The Sovereign Individual: Mastering the Transition to the Information Age

    The Sovereign Individual: Mastering the Transition to the Information Age

    • 作者:Davidson, James Dale,Rees-Mogg, Lord William
    • 発売日: 1999/08/26
    • メディア: ペーパーバック

    自国がダメだったら、ニュージーランドに移住すればいい。でも、地球がダメになったらどうするよ?そう考えて火星の植民地化の準備をしているのがイーロン・マスクです。スケールが違いすぎて笑うしかない。火星協会(Mars Society)という火星の植民地化と移住を目指す団体があります。なんと、この火星協会は日本にもNPO法人日本火星協会という支部があります。イーロン・マスクは火星協会でスピーチもしてますし、色々と表彰されているそうです。そりゃそうだ。テスラの赤いスポーツカーを火星に向けて打ち上げるような人ですから。マーク・オコネルに「世界の終わりではなく、自分たちのファンタジーのために準備をしている」と言われるのも仕方ない。

    後半は人類はエコロジカル的な自殺行為(エコサイド)を続けていると主張するダーク・マウンテン・プロジェクトに触発されたキャンプに参加したり、チェルノブイリの廃墟を観光するエクストリームツアーに参加したりしながら、自分自身の「世界の終わり」に対する不安と対峙していきます。太陽が膨張し続ければ地球はなくなる。大量絶滅は地球ですでに五回も起きている。その六回目が人類だからどうしたと言うのか?「世界の終わり」はいつかは来る。ひょっとしたらCOVID-19で世界は終わるかもしれない。温暖化が続いて、将来的には人間が地上で生きていけなくなるかもしれない。そんな終わりゆく世界を子供達に受け継いでいいのだろうか。そもそも、人が多すぎるのに子供を作っていいのだろうか?マーク・オコネルはどちらかと言えば悲観的な人ですが、最後には自身の子供達に救われます。

     

  • 書評|人間の「仕事」消滅後の世界|”A World Without Work” by Daniel Susskind

    書評|人間の「仕事」消滅後の世界|”A World Without Work” by Daniel Susskind

     人工知能によって人は仕事が奪われる!この手の話はすでにクリシェですよね。今さら真面目に語ってどうするの?今回紹介する”A World Without Work”はまさに語り尽くされた感のあるこのネタを改めて大真面目に検証する本です。

    本書を書いたダニエル・サスキンドは情報化による法律実務のパラダイムシフトなどの論文で日本でも知られるリチャード・サスキンド教授の息子さんです。”The Future of the Professions”を父親と共著で出していますが、今回が初めての単著となります。

    A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

    A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

    • 作者:Susskind, Daniel
    • 発売日: 2020/01/14
    • メディア: ハードカバー
    The Future of the Professions: How Technology Will Transform the Work of Human Experts

    The Future of the Professions: How Technology Will Transform the Work of Human Experts

    • 作者:Susskind, Richard,Susskind, Daniel
    • 発売日: 2017/03/02
    • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)

    本書は既に多く語られた感のあるトピックを現在のトレンドに合わせて整理整頓することにより、新鮮な視点を提供することに成功していると思います。例えば、トマ・ピケティが提起しているような格差問題、GAFAの独占の問題にまで議論を広げています。風呂敷を広げすぎると、畳むのは大変。でも、ちゃんと整理整頓できていると思います。

    ダニエル・サスキンドは「テクノロジーが人から職業を奪う」という予測がハズレてきたのか、そして、なぜその予測は今度はハズレないかもしれないのかを説明していきます。まず、テクノロジーが人から職業を奪わなかった理由が以下の三点となります。

    1. テクノロジーは人を効率的にする
    2. テクノロジーはパイを大きくする
    3. テクノロジーはパイを変える

    経済学におけるスキルの定義は学歴でした。高学歴=高スキルという考え方。スキルプレミアムモデルと言います。しかし、スキルプレミアムでは説明できない事象が起きてきました。二極化です。そこで新しいタスクベースの仮説が生まれました。それがALM仮説です。「テクノロジーがルーティンなタスクをなくし、人はクリエイティブな仕事ができるようになる」という楽観的な考えはここからきています。人間とテクノロジーは補完的な関係であるというのが「1. テクノロジーは人を効率的にする」考え方で、これまではその仮説は正しいように見えます。

    また、テクノロジーは生産力が高いのでパイを大きくします。パイが大きくなるので、人の労働する余地は残されるのです。さらに農業から工業、工業からサービスへ産業が移行したようにテクノロジーはパイ自体を変える効果もあります。テクノロジーが一部の人のタスクを奪ったとしても、新しいタスクが生まれます。ALM仮説によりテクノロジーと人間の関係性はうまく説明ができたと思われました。しかし、結論を出すのはまだ早いとダニエル・サスキンドは主張します。

    これまでのテクノロジーは人間が指示をする必要がありました。AIは人間を真似ることで失敗を繰り返してきました。人間を頂点とした考え方が(間違っていたと言わないまでも)うまくいかなかったのです。しかし、現在のAIは人間を真似ることをやめました。AIは人間から学ぶことなく最適解を見つけることができるようになりました。AlphaGo Zeroのように。AGI(強いAI)は遠い将来に可能になるかもしれませんが、目先にある特定のタスクを人間よりできるようになることを目指したANI(弱いAI)が勝利しました。人間が唯一の頂点なのではなく、複数の頂点があり得るとANI(弱いAI)は証明しつつあります。そうなると、人が説明できるルーティンなタスクだけでなく、人が説明できないノンルーティンなタスクもテクノロジーで人間とは違ったやり方でできるようになることを意味しています。

    AIが進化した世界において、ALM仮説でも説明ができないようになってきたとダニエル・サスキンドはいいます。ルーティンではない仕事もできるようになってきた。もちろん、クリエイティブな作業を含めて全ての仕事がルーティン化してしまうには数十年かかるかもしれない。ひょっとしたらそれ以上かかるかもしれない。ジューディア・パールが言うように現在のAIでは因果関係を見つけることはできないと主張していますし。マーカス・デュ・ソートイもAIがアートを作れるようになる日は来ないのではないか?と示唆しています。現在は確かにそうなのですが、100年後の未来までは誰もわからないし、テクノロジーが、これまでは「ノンルーティン」だと考えられてきたタスクを「ルーティン」としてできることが多くなってきているのは確かなのですし、「ルーティン」の割合は徐々にですが大きくなり続けています。

    テクノロジーが人間の仕事を奪うと何が起きるのか?貧富の差が生まれた要因の一つがテクノロジーだとダニエル・サスキンドは解説していきます。この本の前半はAIについてなのですが、後半は経済や社会の仕組みの話になっていきます。人間の仕事がなくなった世界で、私たちはどのような社会の仕組みを作ることができるのでしょうか。ここで大きく参照されるのがトマ・ピケティです。格差をなくすには累進課税が必要だし、資産に対する税金も強化しなければいけない。この辺の主張は丸ごとピケティです。さらにベーシック・インカムにも主張を展開していきます。ただし、ダニエル・サスキンドは全員に平等なUBIは信じていなくて、範囲を決めるCBIが必要だと主張します。

    本書は現代の言論トレンドを「うまくまとめた」感があります。すごく現代の今旬なテーマをよく研究してるし、それを一つのパッケージとしてまとめたのは素晴らしい手腕だと思います。しかしながら、ダニエル・サスキンドが持つユニークな考え方が見えてこないのも欠点ですね。「よくまとめたなー」とは思うけど、新しい考え方には全く触れることがなかった。何とか自分の立ち位置を作ろうと頑張っている若い研究者の本。そう考えれば、少しはあたたかい目で応援したくもなってきますが。

  • 書評|文化人類学から見た通貨と負債の歴史は経済学とはだいぶ異なる|”Debt” by David Graeber

    書評|文化人類学から見た通貨と負債の歴史は経済学とはだいぶ異なる|”Debt” by David Graeber

    デヴィッド・グレーバーが59歳の若さでお亡くなりになりました。最近だと『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』が日本でも翻訳されて紹介されたばかりでした。本来でしたらこのブログでは日本未発表/未翻訳の作品しか取り上げないのですが、追悼の意を込めて特別に彼の過去の作品をいくつか紹介したいと思います。

    まずは、文化人類学の立場から貨幣経済を「負債」というアングルで切り込んだ『負債論』です。これも日本語版で800ページ越えのレンガ本です。レンガ本仲間のトマ・ピケティも褒めています。分厚い本が皆さん好きなんですね😅

    Debt - Updated and Expanded: The First 5,000 Years

    Debt – Updated and Expanded: The First 5,000 Years

    • 作者:Graeber, David
    • 発売日: 2014/10/28
    • メディア: ペーパーバック
    負債論 貨幣と暴力の5000年

    負債論 貨幣と暴力の5000年

    • 作者:デヴィッド・グレーバー
    • 発売日: 2016/11/22
    • メディア: 単行本

    まず、大前提として「借金は返さなければいけない」が(経済的な意味では)間違っているとグレーバーは指摘します。もちろん、(モラル的な意味では)返さないといけないのですが、貸す側も返ってこないリスクを承知で貸しているわけです。必ず返ってくる前提ではない。例えば、銀行に行って競馬の馬券を買う資金のために「1億円貸してくれ」と言っても貸してくれません。しかし、法律でどんな状況であっても(臓器を売ったり、娘を風俗に売ったり)、必ず返ってくることが保証されていたら?おそらく貸すでしょう。IMFがやっているのはまさにそういうことだとグレーバーは言います。

    例えば、マダガスカルの例。トマ・ピケティも指摘しているように、マダガスカルはフランスの植民地でした。鉄道や鉱山のために重い税金が課せられました。ハイチも同様ですね。自由の代償として補填を求められた。これが貧しい国が豊かな国にしている「借金」の正体だったりします。

    経済活動で「負債」は大きな役割があります。しかも、その役割はかなり根本的です。一般的な理解では、まず「貨幣」が生まれ、次に「負債」が生まれた。経済学で教えているのもそうです。貨幣経済の前には物々交換の経済だった。モノとモノをその場で交換するなら負債はないですよね。しかし、文化人類学的には「負債」は「貨幣」より先にうまれた証拠の方が多いのだそうです。英語でキャッシュ(cash)は紙幣やコインですよね。マネー(money)はもっと広い意味での富のコンセプトですよね。「負債」はマネーと同時に生まれた可能性が高い。例えば、メソポタンミアで発見された貸借対照表なんてある意味においてマネーですよね。「あなたは私にこれくらい借りがあります」という借用書(IOU)が信用貨幣の観点からもマネーに近い。

    デヴィッド・グレーバーは共産主義でアナーキストです。すごくラディカルなラベルを自ら貼ってるのですが、この本をちゃんと読めば彼の主張はそれほどラディカルじゃないんですよ。わかる人はわかると思うのですが、共産主義とアナーキズムを両方信じている人ってあまり多くないんです。アナーキズムは極端なリバタリアンですので、むしろ保守(小さな政府)と相性がいいんです。政府を究極的に小さくすればアナーキズムです。一方で、共産主義は極端なリベラル(大きな政府)です。この、相反するイデオロギーをデヴィッド・グレーバーは自分の中でどのように成立させているのでしょうか。

    デヴィッド・グレーバーは交換理論(相互主義)に異論を唱えています。人間関係は全てを等価交換で説明できない主張します。社会的な関係には1)基本的な共産主義、2)相互主義、3)階級主義の三つの要素がある。これは共産主義であろうが、資本主義であろうがどのような社会システムでもこの三つの要素を内包するとデヴィッド・グレーバーは言います。 

    原始通貨はモノを買うために使う通貨ではなく、「人間経済」で機能していたとデヴィッド・グレーバーは解説します。人間の取引の時に原始通貨は使われたそうです。例えば、妻をもらう時に支払う貨幣。しかし、この貨幣は「永遠の負債を負いますよ」という意味であって、その通貨で別の商品を買うことはできません。人間の価値はモノと交換できないからです。人間の負債は人間で支払うしかない。この「人間経済」は様々な文化で機能していて、アフリカやインドネシアでも同様の習慣があったそうです。そして、アフリカの「人間経済」とヨーロッパの「商品経済」が合わさった時に生まれたのが奴隷貿易だと。

    アフリカのポーン(Pawn)は奴隷ではなく、負債の質草でした。人が死んだとします。人の命は等価交換なので、誰かのせいで死んだと(この辺の理屈はよくわかりません)。あなたのせいで死んだのだから、誰かポーンを出してください。そういうことらしい。多くの場合は若い女性がポーンとして求められたのだそうです。複数のポーンを預かり、その一人を嫁にすると決めたそします。しかし、ポーンとなっていた女性は結婚したくない。そうすると、隣村に逃げてその「村の花嫁」となるのだそうです。ポーンは奴隷ではなかったのだそうです。奴隷は戦争で負けた相手がなる。これがヨーロッパと貿易をはじめるようになって、徐々にポーンと奴隷の差がなくなってきたのだそうです。

    ここまでが、この本の前半です。後半はデヴィッド・グレーバーが前半で構築してきたロジックを歴史を遡って検証していきます。

    デヴィッド・グレーバーのモノの見方はとてもユニークです。貨幣に対する考え方も、共産主義に対する考え方も、世間一般のイメージからはかけ離れています。しかし、その見方もちゃんと文化人類学的な検証から得られた知見なので、突拍子もないことをセンセーショナルに打ち出しているわけではないのです。こういうユニークな考え方を知的に積み上げていけることができる人が早く亡くなって、とても惜しい気持ちでいっぱいです。

  • 書評|ピケティの考える富の不平等と政治|”Capital and Ideology” by Thomas Piketty

    書評|ピケティの考える富の不平等と政治|”Capital and Ideology” by Thomas Piketty

    今年に入って登場したトマ・ピケティの新著”Capital and Ideology”は前著『21世紀の資本』をさらに発展させ、経済不均衡と政治の関係を歴史的に紐解いています。ページ数も”Capital and Ideology”は1,150ページと相変わらずのレンガ本。『20世紀の資本』の696ページの倍近く増量されています。ボクの場合はオーディオブックなのでまだいいですが、普通の速度で聞いたら96時間(4日間)かかります。倍速にしても48時間ですからね。『21世紀の資本』は映画になったことだし、こちらも映画になるといいですね。

    実を言えばこの本”Capital and Ideology”はだいぶ前に読み終わっています。すぐに書評を書けなかったのは、色々と理由はあります。この膨大な情報量を頭の中で整理して書評を書くのは思った以上に大変だった。これは理由の一つですね(コロナ禍で通勤時間がなくなった、映画をたくさん観るようになったが他の理由)。なるべく簡潔にまとめてみます、成功するかどうかは別として。

    Capital and Ideology

    Capital and Ideology

    • 作者:Piketty, Thomas
    • 発売日: 2020/03/10
    • メディア: ハードカバー
    21世紀の資本

    21世紀の資本

    • 作者:トマ・ピケティ
    • 発売日: 2014/12/06
    • メディア: 単行本

    この本のテーマは『20世紀の資本』と同じで富の不平等です。裕福な人はさらに裕福になり、裕福でない人はさらに裕福でなくなる。その原因の一つが累進課税の弱体化であることは『20世紀の資本』でも詳しく解説されていましたよね。これは本書でも同じです。本書で新しいのはイデオロジーの変遷と不均衡の変遷と併せて、不均衡の原因をさらに深く分析している部分です。

    境界と資産の考え方はイデオロジーの影響を強く受けます。不平等の原因はこの境界と資産に依存しているため、イデオロギーが変われば不平等性にも変化が起きます。そういう意味において、不平等は経済ではなく政治的なのだとピケティは言います。

    ピケティはイデオロギーを歴史的に6カテゴリーに分けています。

    1. proprietarian
    2. social democratic
    3. communist
    4. trifunctionalist (clergy, nobility and third estate)
    5. slavist
    6. colonialists

    イデオロギーごとの富の分配を定点観測するために、ピケティーが採用しているのがトップ10%、ミドル40%とボトム50%の富の配分です。これに加えてトップ1%の分配を見ることで富の分配を定点観測することができます。しかも、アメリカや西ヨーロッパだけでなく、インド、中国やアフリカまで様々な地域特性ごとに比較しています。そりゃ、1,150ページ必要だよね!ピケティも大変だったろうけど、読む側も腰を据えて挑む必要があります。

    ものすごく単純にまとめてしまうと、富の不平等は時代とともに少なくなってきています。しかし、1980年代以降は再び格差が広がる傾向にあります。もうちょっとだけ詳しく解説すると、教会や貴族が所有し、平民は所有をしないトライファンクショナル(trifunctionalist)なイデオロギー(フランスのアンシャン・レジームや日本の封建時代)が解体され(フランスならフランス革命、日本なら明治維新)、特権がなくなりました。ただ、この時に補填をするかどうかが大きな議論となりました。結局、権力は分散されたのですが、富は分配されませんでした。この「権利」を「富」に変換して補填するのは奴隷解放(slavist)でも植民地解放(colonialists)でも行われました。

    例えば、1833年のイギリスでの奴隷制度廃止でGDPの5%に相当する税金が補填に使われました。植民地として独立したハイチ政府はフランスに奴隷の損出として国民総所得の300%分の金額を支払い続けなければいけませんでした。まあ、酷い話ですが、権利の分配には補填がつきもので、結局は富の分配にはならない。これがずっと続きます。

    職業に「権利」が紐づくトライファンクショナル(trifunctionalist)の後にやってくるのが個人所有のイデオロギー(proprietarian)です。この時は1%の裕福な人が45%の富を所有していました。この傾向は第一次世界大戦前の1914年まで続きます。富の配分のトレンドが変わるのが累進課税導入後です。日本はすでに1887年に累進課税を導入していましたが、フランスでは1914年まで採用されませんでした。アメリカではニューディールがこれに当たります。そう、本格的に富の分配がはじまったのは第二次世界大戦後です。戦争で多くの「富」が破壊されたのがその原因の一つです。

    「富」にはフローとストックがあります。フローは収入です。例えば働いて得る月収です。ストックは資産です。昔からある代表的なストックは不動産ですね。累進課税といえば一般的にはフローに対する累進課税です。ストックに対する累進課税はなかなか進みませんでした。

    ピケティは不公平を語る時、フローとストックを分けて語るべきと言います。ストックの不公平は、力の不公平に繋がります。資産の不公平には下限がありません。フローは違う。ストックがなくても生きていけるが、フローがなければ生きていけない(食べていけない)。生きていくために最低限のフロー(所得)が必要になります。すべての人が最低限の所得の場合、格差はありません(ベーシックインカムっぽい考えですね)。それ以上のフローがある場合は格差が生まれる可能性はありますが、それはストックのような無制限の格差ではないとピケティは主張します。

    フローの場合、ボトム50%は格差が大きい国の場合は5%から10%の富を分け合っています。多くのケースでは10%から20%の富を分け合っています。しかし、ストックの場合、ボトム50%は全体の資産のほぼ0%を分けあいます。つまり、資産をほぼ持たない。同時に所得の場合、最も裕福な10%は最も不公平な場合でも全体の50%-60%以上の所得を分け合うことはない。しかし、最も裕福な10%は80%から90%の資産を持つ。

    第二次世界大戦後は累進課税の効果もあり、富の再分配が行われました。富の移転は主にトップ10%からミドル40%への移転でした。ボトム50%にはほとんど再分配されていません。しかし、その再分配の傾向も1980年から再び逆転します。新自由主義の台頭です。20世紀初頭からはじまり、最大80%まで上がった累進課税は1980年代から下がりはじめ、40%まで落ちました。

    ここまでが本書の縦軸となります。これに加えてインドや中国、そして植民地の状況を同じ物差し(トップ10%/ミドル40%/ボトム50%)で観測していきます。例えば、インドのカースト制度(ジャティ)はヨーロッパの三階級(教会/貴族/平民)に相当します。ちなみに、ヒンドゥー教がベジタリアンなのはベジタリアンの仏教との競争の影響なんですって。昔は動物の生贄を使っていたのがベジタリアンの仏教に批判されたのがきっかけだそうです。へー。

    インドの場合、独立後は教育へのアクセスについて積極的な差別是正処置が取られます。さらに「割り当て(Quota)」を設定して、格差の是正を行います。特定のグループに対してある程度の割り当て量を確保します。例えば議員数。女性も同様。「割り当て」の考え方は社会クラスの肯定にもつながるのですが、是正には役に立ちます。アメリカではアファーマティブ・アクションと呼ばれ、大学の入学枠や企業の役員枠を設定するケースが多いですよね。日本でも女性の役員枠を積極的に作る企業が増えています。しかし、制度化したのはインドがかなり最初なのだそうです。このような格差是正処置で教育(富の格差を決める重要な要素のひとつ)とフローの格差を縮める努力をしたインドですが、ストックの格差はいまだに大きいのが実情だそうです。

    中国の場合はGreat Divergence(参考:池田信夫 blog :「大分岐」から「大収斂」へ)を考察します。ピケティはアダム・スミスの自由経済はヨーロッパより中国で発達していたと言います。最初のLeap Forwardはなぜヨーロッパでおき、中国やオスマントルコでは起きなかったのか?これがGreat Divergenceですね。

    「確実は答えはないが」と前置きを置きつつ、ピケティーは戦争がGreat Divergenceの原因だったのではないかと考えます。ヨーロッパは分断されて戦争が多かったけど、中国(清朝の時代)やインドは分断されていても、それほど争いは多くなかった。三角貿易の破綻を大麻で補おうとしたイギリス。それを食い止めようとした中国。イギリスは軍事的な優位性で中国を潰しました。これがアヘン戦争。中国の財政はとても健全でした。しかし、この戦争の賠償金で中国は初めて大きな負債を負うことになりました。ピケティはGreat Divergenceの原因はヨーロッパの資本主義が勝ったわけではなく、軍事力で勝ったからだと言います。まあ、確かに「アヘン戦争」はヒドイ戦争ですよ。

    このほかにロシアの農奴の分析や北欧諸国の分析もあります。もっと色々と書いてあるのですが、皆さん頑張って読んでみてください。ここまでが本書の横軸となります。大体2/3くらい!やっと後半だ!

    後半は現在の状況の説明と、考えられる未来の考察となっています。例えばストックの富の再配分が進まないのは金融資産の複雑化が原因で、ファイナンスインカムが累進課税の逃げ道になっているなど。アメリカの生産性は1910年がピークで、徐々にイギリスやフランス、日本に追いつかれていきます。フランスとドイツは時間当たりのGDP(=生産効率)においてアメリカを1980年に抜きます。なぜ、アメリカの生産性はスローダウンしたのか?それは格差が広がったからだとピケティは言います。アメリカの初期のアドバンテージは1910年からPrimary Education(5-11歳)とSecondary Education(12-17歳)での教育制度だったのですが、格差でこのアドバンテージが徐々に失われました。

    不平等がイデオロギーの問題で、政治的なのであれば、投票行動が不平等の解消につながります。投票パターンは教育、資産、収入の三つの要素に影響を受けます。まず、大きな傾向として、貧しい層ほど共産主義や社会主義の政党に投票する傾向があり、富裕層は保守に投票する傾向にあります。資産格差の方が投票パターンに大きく影響を与え、教育格差の影響は資産格差より影響が小さいことがわかっています。

    この前提をもとにピケティは現在の傾向を四つのパターンに分類しています。まず、左か右かで分けることができます。左は一般的にリベラル、右は一般的に保守と言われます。高等教育を受ける人(Brahmin Left)ほど左側に投票する傾向が強くなり、ビジネスをしている人(Merchant Right)は右側に投票する傾向が強くなります。 また、これは興味の範囲が国外まで向けられているか(Internationalist)、国内に閉じているか(Nativist)かに分けることができます。格差って国内だけじゃないですからね。

      Brahmin Left Merchant Right
    Internationalist Egalitalian Internationalist Iegalitalian Internationalist
    Nativist Egalitalian Nativist Iegalitalian Nativist

    これが現在の傾向なのですが、それぞれ「罠」にハマっているとピケティは指摘します。もっと良い未来があるはずだと。可能性はいくつもあり、その中でもsocial federalismとparticipatory socialismは良い未来の可能性の有力候補だとピケティは考えています。これがピケティたちのDemocratization of Europeの活動に繋がってるんでしょうね。

    ボクは「アベガー」とか「スガガー」みたいな定型句で保守を批判をするリベラルな人たちにも、「パヨク」みたいなレッテルでリベラルを批判をする保守な人たちにもあまり共感できません。まず、右も左も自分の立ち位置が正しいと思い込んでいる。自分自身に無批判なんです。まさに「罠」にハマっている状態だと思います。そんな人たちに「お前はわかっていない」とボクは右からも左からも説教されることが多いです(苦笑)。そりゃそうだよ、ボクはキミたちにビタイチ共感していないんだから。自分は正しいと思い込んでいる人たちから見たら、ボクは「わかってない」のでしょう。でも、ゴメンネ。ボクは単なる批判は下らないと思ってる。全く興味がない。新しい可能性に興味があります。

    人間なので当然バイアスはありますから、四つのパターンのどこかにハマっているはずです。ボクはEgalitalian Nativistだと思います。ピケティはEgalitalian Internationalistだと思います。そして、ピケティはそれに自覚的です。その立ち位置から目線は将来に向いている。それが自分の現在の立ち位置と違って全然構わない。事実をコツコツ集めて、より良い社会のあり方を考えて提示している。“They Don’t Represent Us”を書いたローレンス・レッシグも同じですよね。ボクはこういう新しい方向性を指し示すことができる人を尊敬します。

  • 書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|”Arguing with Zombies” by Paul Krugman

    書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|”Arguing with Zombies” by Paul Krugman

    政治的な意味において保守(小さな政府)に対する考え方はリベラル(大きな政府)です。そして、経済的な意味においてリバタリアン(完全自由主義)に対する考え方がプログレッシブ(革新主義)です。政治的な考えは経済的な考えに結び付きます。逆に経済的な考えは政治的な考えに結び付きます。革新的な保守は考えにくいですし、リバタリアンなリベラルも考えにくいです。

    ポール・クルーグマンは政治的な色をなるべく見せない経済学者でした。1980年代の共和党レーガン政権では大統領経済諮問委員会委員など要職を務めました。しかし、その後任のブッシュ大統領には批判的な態度で、徐々に民主党よりの見方を支持するようになりました。ポール・クルーグマン曰く「自分が変わったのではなく、政治が変わった」のだそうです。

    今回の新著”Arguing with Zombies”はニューヨーク・タイムズに長年寄稿しているコラムをまとめたものになります。そして、その論調は保守主義に対して非常に辛辣です、ノーベル経済学賞を受賞した学者と思えないほど。保守主義者を「すでに終わった議論にしがみつくゾンビ」と称してバッサバッサと斬りまくります。いや、ずっと今まで(そしてこれからも)斬りまくっているのか。先週、その真逆のポール・シュワイザーの本を読んだばかりだったので、あまりの違いに思わず笑ってしまいました。この本はコラムをまとめたものですが、過去のコラムを収録することでクルーグマンの主張は全く変わっていないことがわかります。むしろ、アメリカにおける住宅バブルの崩壊など、クルーグマンが当時予見していたことが現実となった現在だからこそ説得力があります。

    Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

    Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

    • 作者:Paul Krugman
    • 出版社/メーカー: W W Norton & Co Inc
    • 発売日: 2020/01/28
    • メディア: ハードカバー
    ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

    ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い

    • 作者:ポール クルーグマン
    • 発売日: 2020/07/16
    • メディア: Kindle版

    アメリカの経済学派は海水派と淡水派に分かれます。海水派は革新主義的(大きな政府=民主党)でカリフォルニア大学バークレー校、イェール大学やハーバード大学など海に面する州にある大学が主に属する学派です。淡水派は新自由主義的(小さな政府=共和党)でシカゴ大学、カーネギーメロン大学やコーネル大学など五大湖の近くにある大学が主に属する派閥です。

    ポール・クルーグマンが「すべての経済の議論は政治的」と言い切るのはこのような背景があります。その上でクルーグマンは賢者の四つのルールを共有します。

    1. カンタンで単純なことについて議論する
    2. カンタンな言葉で簡潔に説明する
    3. 誠実であることに誠実になる
    4. 議論の動機を明確にする

    クルーグマンは経済に関する多くの問題は(単に多くの人がそれを認めたくないだけで)答えがわかっている簡単なものだと言います。そして、誤りを認めたくない人たちはゴールポストを動かすことで誤りを認めません。つまり、誠実な議論をしているふりをしているだけで、言動はとても不誠実です。不誠実であることを認めるべきだとクルーグマンは言います。さらに一部の経済学者はその動機も隠します。彼らは右寄りの富裕層の利益のためにシンクタンクを設立してメディアネットワークを形成します。クルーグマンは自分の立場を明確にすることで、誠実に議論を進めようとします。対立軸を明確にしないのはクルーグマンにとっては不誠実なことなのです。この本のタイトルにもなっている「ゾンビ」は保守主義を盲目的に信じている人たちのことを指しています。減税信者、環境問題を認めない人、保守主義者。いまだにミルトン・フリードマンを信じて富裕層に利益誘導するためだけに緊縮財政と減税を推し進めるポール・ライアンのような人たちです。

    それでは、答えがわかっている簡単な経済の問題とは何でしょうか。まず一つは日本でも共通する年金と医療問題。アメリカの年金制度は破綻していないので民営化する必要がない。国民全員に行き渡るユニバーサルヘルスケアが経済的に最も理想的で、その原資は単一支払者制度が最も経済的に理にかなっているといいます。全員参加だから取捨選別する必要なく、運営が簡素化できるからです。民営ではなく公共で運営した場合、集まった基金の1%しか運営に必要なく、99%のベネフィットが利用者にまわります。これが民営化すると保険会社や投資運営会社の管理手数料が大幅に増えて、利用者が受け取るベネフィットが減ります。民営化されたチリでは運営コストは20倍に増え、サッチャー時代に民営化したイギリスも保険会社が受け取る運営管理費が抗仏紙続けたため、上限を定める法律を作らなければいけなくなりました。民営化して得をするのは保険会社だけだとクルーグマンは言います。

    このほかに、緊縮財政がいかに景気回復の弊害になるか、ユーロの弊害などデータを使ってわかりやすく(辛辣に)教えてくれます。例えば、(特にギリシャの金融危機の後)国の借金が増えるのは悪いとされていますが、それを論理的に説明できる人はいないと批判します。金利がGDPの成長率より低ければ、借金が金利で雪だるまのように増えることはありません。むしろ、雪だるまは溶けていきます。あと、ユーロで貨幣統一したことにより、多くの国が中央銀行を失って独自の貨幣を発行できなくなった弊害は「なるほど!」と思いました。確かに、金利をコントロールできないですものね。そう考えるとビットコインなど暗号化通貨が流通することに多くの国が危機意識を感じる理由が分かります。

    この本はどんな人にオススメか

    できれば、日本の政治家に読んでほしいですね。まあ、あと若い有権者ほど読んでほしいです。

    80年代以降に日本で多少なりとも保守と言える政党って中曽根政権時代と小泉政権時代の自民党くらいじゃないでしょうか。それはWikipediaにある日本の民営化の一覧でもわかります。それでも、大型減税ってやってないので本当に保守とも言えないですが。それでも水道のようなライフラインや年金や医療保険をまだ民営化していないのはある意味で日本人ならではのバランス感覚なのかもしれません。それか、日本人特有の「決められない性格」が功を奏したのかもしれません。

    しかし、明確な対立軸がないのは日本人にとっては不幸な気がします。だって、与党と野党の政策の違いなんて分かんないですよね?ボクが不勉強なだけなのかもしれませんが。自民党はそれほど保守じゃないですからね。民営化しても減税しないし。むしろ減税しろっていうのは野党だし。野党も与党も何をどうしたいのかよくわからないです。アメリカにおける共和党と民主党の違いやイギリスにおける保守党と労働党の違いって外国人のボクから見ても明確なのに。

    きちんとデータをもとに論理的な議論ができるクルーグマンやアビジット・バナジーのような経済学者がいる英語圏の人たちが本当にうらやましいです。おそらく、日本にも優秀な経済学者はたくさんいるでしょうから、もっとわかりやすく経済のことを解説してほしいです。そのうえで、政治家は経済的な立場をはっきりしてほしい。まさにポール・クルーグマンが「賢者の四つのルール」で言うように。そうすれば、ボクたちは投票所に行って選ぶことができるから。

  • 書評|経済学が信用されない理由とそれでも信用すべき理由|”Good Economics for Hard Time” by Abhijit V. Banerjee

    書評|経済学が信用されない理由とそれでも信用すべき理由|”Good Economics for Hard Time” by Abhijit V. Banerjee

    経済学が苦手なのは経済予測です。これは皮肉でもなんでもなく、経済学は未来を予測する学問ではないのです。当然ながら経済学者の経済予測は外れるので、一般の人たちから信頼されなくなる。経済学の得意分野は経済予測という誤解は経済学者にとっても不幸ですし、それ以外の一般の人たちにとっても不幸です。

    このギャップの責任の一部は経済学者にもあると今回紹介する”Good Economics for Hard Times”の著書でありノーベル経済学賞受賞者であるアビジット・バナジーとエスター・デュフロは言います。少ないながらも一部の経済学者はテレビや新聞で大々的に未来予測をやったりする(そして外れる)。しかし、多くの経済学者は目立つことはせずに、慎ましく行動している。そのため、本来の経済学は普通の人の目の届くところから離れた場所に存在している。

    Good Economics for Hard Times: Better Answers to Our Biggest Problems

    Good Economics for Hard Times: Better Answers to Our Biggest Problems

    • 作者:Abhijit V. Banerjee,Esther Duflo
    • 出版社/メーカー: Allen Lane
    • 発売日: 2019/11/12
    • メディア: ハードカバー

    普段、ボクはメモを取りながら本を読んで(聴いて)います。そのメモをまとめたものがこのブログに書く書評だったりします。ボクはそれほど頭が良くないので、書き留めないと忘れるし、まとまった知識として身につきません。インプットだけでなく、アウトプットも大事なんです。だから、このブログは他人のために書いているのではなく、自分のために書いているんです。

    この本も最初はメモを取りながら聴いていました(オーディオブックなので)。しかし、途中でメモの取るのをやめました。本の中にどっぷり浸かりたいと思ったんですね。メモを取るとどうしても読書を中断してしまいます。内容は専門的でありながらも、難しい言い回しもなく、経済学に親しみがない人でも楽しめます。ここで出てくる経済理論や考え方はきちんと著者が解説してくれています。

    この本は「移民」、「貿易と関税」や「経済成長」といった一般的なテーマを取り扱っています。一般的だから誰でも語りたがるテーマだったりもします。テレビやインターネットでも「専門家」がいっぱい語っていますよね。ボクらはそれを読んだり、聞いたりして「ふむふむ」と納得してソーシャルメディアで広める。その結果が二極化(ポーラライゼーション)です。

    アビジット・バナジーとエスター・デュフロは「経済学の十種競技」と呼ばれる広い専門性が求められる開発経済学に焦点を当てています。そして、経済学に因果関係を導き出す方法論(ランダム化比較試験)に取り組んでいます。因果関係と相関関係をきちんと分けるのは科学において非常に重要な考え方です。ジューディア・パールも言うように現在のAIでも因果関係は理解できません。とても幅広い知識と論理的思考が備わってないとできないってことです。まあ、だからノーベル賞なんでしょうね。

    例えば移民問題。日本が積極的に移民を受け入れるようになったとします。それで移民が増えるか?日本が移民で溢れてしまうのではないか、もっと中国語や韓国語の看板が増えるのではないか?日本の文化が壊れてしまうのではないか?そんなふうに考えますよね。アビジット・バナジーとエスター・デュフロは移民の受け入れ政策と移民の増加に因果関係は少ないと言います。なぜか?人々はそう簡単に住んでいる土地を離れないからです。経済的に困難なくらいでは暮らし慣れた場所から離れない。とても「粘着性」が高いのです。シリアとかソマリアのように命の危険性が高まってようやくその土地を離れようとする。まあ、そうなれば「移民」と言うより「難民」ですが。

    そして貿易問題。アメリカや中国が保護主義的な政策をとって関税を高めています。これは正しいのか?アメリカやEUは金融やサービスといった貿易とはあまり関係のない産業が主要となってきているので、保護主義でも実は(いまのところ)あまり影響がありません。貿易や関税で問題なのは製造業などに依存している国です。そして、それらの国にとっても単に「いい/悪い」のような単純な問題ではないとアビジット・バナジーとエスター・デュフロは言います。

    例えばなのですが、自由貿易は経済的なメリットがあるものの、自国の産業と雇用は影響を受けます。例えば中国産のアパレルが増えれば、日本のアパレル工場がある地域は影響を受けます。この貿易と雇用の関係は今まで議論があったのですが、統計データによって徐々に因果関係が明らかになってきました。地場産業がダメになったのなら、他の産業に変えるなり、住む場所を変えればいいじゃないか?と考えますよね。でも、そうならない。先ほどの移民の問題と同じで、人は住む場所や職業に「粘着性」を持っているから。それが簡単にできるなら、日本だってとっくに製造業から金融業やITに基幹産業をシフトしていますよね。失われた三十年目に突入しようとする2020年代でも日本はまだまだ金融オンチでコンピューターオンチなんだから、難しいんです。

    そして、経済成長。そもそも経済成長ってなんですかね?生産性の指標は一般的にGDPやTFPですが、グーグルやフェイスブックのサービスは無料です。厳密には莫大な広告収入がありますが、無償サービスにユーザーの費やす時間は生産的なのか?という問題があります。また、好みと差別の境界線の問題。経済用語では選好(せんこう)と言います。どこまでが「好み」でどこまでが「差別」なのか。もちろん、多くの人が積極的に差別しているのではなく、好みの延長線上に差別があります。そして、人間誰しも「好み」があります。

    この本はどんな人にオススメか

    政治や経済に興味がある人にはオススメです。移民や関税とか安易に「賛成!」とか「反対!」とツイッターやフェイスブックで表明しない。じっくり考える。関連する様々なポイントを理解する。どういう作用があって、どういう因果関係が可能性としてあるのかきちんと理解することって大事です。そうすれば自分自身がフェイクニュースの拡張機械になることはないし、何よりも自分自身に考える力がつきます。

    ボク自身も色々と学ぶことができました。世の中って広いし、いろんな深い知見を持った人がたくさんいる。そういう人が本で知識を広めてくれるのはありがたいです。もちろん、Webで検索して情報を得るのもいいんですよ。ただ、Webページだと書籍(紙でもPDFでもオーディオブックなどフォーマットに関わらず)のように網羅性と深みを得るのは難しいですよね。わからない部分があったらWebで調べる。そういう補完関係かなと思います。改めて読書の楽しさを満喫できた一冊でもありました。

    いまは読む本が溜まっていて二周できませんが、きちんと理解するためにももう一度読みたい本です。