映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』|大人になったピーターが戻る原点

2026年公開の『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(Spider-Man: Brand New Day)を観ました。トム・ホランドがピーター・パーカーを演じるシリーズとしては4作目にあたります。監督はデスティン・ダニエル・クレットン。日本では2026年7月31日に、米国と同日公開されました。前3作を監督したジョン・ワッツから監督が代わり、脚本にはクリス・マッケナとエリック・ソマーズが引き続き参加しています。

観る前は不安がありました。前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』があまりに良かったからです。あれで一区切りついた物語を、どう続けるのか。しかも今度は、誰もピーターのことを覚えていないところから始まります。仲間のいない物語になるのだろうと思っていました。

その不安は杞憂でした。孤立したピーターが一人前のヒーローになっていく話かと思って観ていたら、描かれていたのは、彼がもう一度、人とのつながりを取り戻していく過程でした。シリーズが最初から描いてきた、仲間との関係に戻っていきます。

クレットンは、この映画が始まる地点をこう説明しています。

ピーターはニューヨークの真ん中で、何百万人もの人に囲まれている。それなのに、完全に切り離されて孤独を感じている。

Screen Rant

孤独から始まる映画ですが、孤独のまま終わる映画ではありませんでした。この記事では、ピーターが孤独から抜け出していく過程が、どのように描かれているのかを書きます。

ネタバレについて

以下では、ピーターが一人で街を守る前半から、彼が人に近づこうとする中盤までを扱います。終盤の展開と結末には触れません。セイディー・シンクが演じる人物の役どころも、公開前から伏せられていたため書きません。

あらすじ|世界からピーターの記憶が消えて4年、誰も自分を知らない街で戦っている

前作の終わりで、ドクター・ストレンジの魔術によって、世界中の人々からピーター・パーカーの記憶が消えました。本作は、その4年後から始まります。ピーターは自分を知る者のいないニューヨークで一人暮らしをし、スパイダーマンとして街を守ることに、ほとんどすべての時間を使っています。

MJ(ゼンデイヤ)もネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)も、彼を覚えていません。同じ街にいて、会おうと思えば会えるのに、ピーターのほうから近づこうとしません。守る相手はいても、話す相手はいない状態です。

そこへ、一人で犯罪者を狩り続けているフランク・キャッスル/パニッシャー(ジョン・バーンサル)、政府側で実験に関わるメッツガー(トラメル・ティルマン)、ブルース・バナー/ハルク(マーク・ラファロ)が加わります。

テーマ|孤独から始まり、人とのつながりを取り戻す

最大の敵は、ピーター自身の内側にある

この映画でいちばん手強い相手は、街に現れる敵ではありません。クレットンは、はっきりそう語っています。

この映画の内なる敵は、ピーターの頭の中で起きているものでもある。自分は他者とつながる資格があるのかという、内側の葛藤だ。

The AU Review

つまりピーターは、記憶を消されたことで孤立しているだけではありません。自分には誰かとつながる資格があるのかと疑い、自ら人との距離を保ち続けてもいます。

この設定によって、物語の中心はピーター自身の選択になります。記憶が消えたことだけが問題なら、解決策は魔術の側にあります。しかし、ピーター自身が人に近づこうとしないため、物語を動かすのは、彼がその距離を縮めようとするかどうかです。

観ていて苦しいのは、誰かに拒まれる場面ではありません。近づくことができるのに、自ら距離を置く場面のほうです。相手は何も知らないまま日常を送っていて、彼だけがその外側に立っています。記憶を消したのはドクター・ストレンジですが、その後も距離を保っているのはピーター自身です。

大人になることは、誰にも頼らないことではない

ヒーローが大人になる物語では、一人ですべてを背負えるようになることが成長として描かれがちです。助けを借りずに立ち、痛みを黙って引き受ける。それができれば一人前、という筋書きです。私も本作をそういう映画だと思って観はじめました。

ところが、本作は違いました。ピーターが一人で耐えている時間は、成長ではなく行き詰まりとして描かれます。強くなっても、彼の暮らしは前作の終わりから変わりません。増えていくのは、スパイダーマンとしての仕事だけです。

彼が仕事を増やし続けるのは、責任感だけが理由ではないように見えました。仕事は逃げ場にもなっています。働いている限り、誰とも深く関わらずに済み、自分に人とつながる資格があるのかを考えずにいられるからです。

私がこの映画から受け取ったのは、大人になることと、一人になることは違うということです。責任を引き受けるのは大人の仕事ですが、誰にも頼らないことが責任の取り方とは限りません。

前作までのシリーズは、仲間との関係を軸にしてきました。4作目ではそこから離れるのかと思っていましたが、実際には逆でした。ピーターがもう一度、人とのつながりを取り戻していく映画でした。

キャラクター造形|周囲の人物が、ピーターの別の可能性を映し出す

クレットンは、この映画の人物配置を一つの原則で説明しています。

この物語に出てくる人物は全員、ピーター・パーカーの旅を映し返す存在だ。彼が一方の道を進んだらどうなるかを、それぞれが見せている。

我々の敵役は、誰でもありうる人物であり、ピーター・パーカーと彼の内側で起きている問題に鏡を突きつける存在だ。

The AU Review

クレットンは敵役を、単純な強さで考えていません。ピーターが別の道を選んでいたら、そうなっていたかもしれない人物として配置しています。都市全体を脅かすような事件ではなく、ピーター個人の問題に焦点を当てているのも、この考え方によるものです。

ピーター・パーカー/スパイダーマン(トム・ホランド)

物語のなかで最も大きく変化するのはピーターです。孤立を選び続けるのか、それとも人に近づこうとするのか。その選択によって物語が動きます。

ホランドは、疲れ切ったピーターを自然に演じていました。以前より強くなっているのに、表情は晴れません。戦いの合間に一人になったときの沈黙や表情に、アクションの場面以上に彼の疲弊が表れていました。

以前のシリーズのピーターには、失敗しても支えてくれる仲間がいました。本作の彼には、それがありません。同じように軽口を叩いても、返してくれる相手がいなければ、受ける印象は変わります。その違いを、ホランドは台詞だけでなく、沈黙や表情の余韻で見せていました。

MJ(ゼンデイヤ)とネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)

二人はピーターを覚えていません。残酷なのは、二人には何の落ち度もなく、ただ彼を知らないだけだということです。

二人自身には大きな変化がないため、かえってピーターがどれだけ変わったのかが分かります。近づくかどうかを決めるのは、常にピーターの側です。

フランク・キャッスル/パニッシャー(ジョン・バーンサル)

一人で戦い続けることを選んだ人物です。ピーターがこのまま孤立を続けた先に何があるのかを、目の前で示す役だと思いました。誰にも頼らずに生きてきた人間の疲れが、バーンサルの姿勢や歩き方に表れています。

クレットンが語る「すべての人物がピーターを映し返す」という考え方が、最も分かりやすく表れているのがこの人物です。

映画技法|アクションの多くを、CGに頼らず実写で撮っている

ワイヤーや実物の特殊効果を使って撮影している

アクションは、できるだけ実際に演じたものを撮影する方針で作られています。ウェブで移動する場面ではクレーンに吊ったワイヤーとハーネスを使い、爆発も実際に現場で起こしたものを撮影しています。

そのため、動きには実際の身体の重さが感じられます。人が本当に振り回されているときの、体が慣性で遅れてついてくるような動きが残っています。

批評家のジェームズ・プレストン・プールも、ウェブで移動する場面を「アドレナリンを一発打たれるようだ」と書き、CGに頼らずに演じたアクションと、格闘の振付を高く評価しています(DiscussingFilm)。

内面の葛藤を扱う物語だからこそ、外側の戦いにこれだけ実感のある身体性を持たせたことが、私は効果的だったと思います。

145分は長いが、物語の軸は最後までぶれない

上映時間は145分あり、登場人物も多くいます。プールは、人物が多すぎて一人ひとりを描き切れておらず、ピーター自身の物語が脇へ追いやられていると書いています。

私は、そこまで気になりませんでした。人物が増えても、ピーターが人に近づけるかどうかという軸は最後までぶれません。

とはいえ、一人ひとりに割ける時間が減っているのは確かです。上映時間を絞れば、ピーターの内面にもっと深く寄れたはずだという指摘には納得できます。

登場人物が全員ピーターを映し返すという構成は、人数が増えるほど成立させるのが難しくなります。一人ひとりがピーターの何を映しているのかが、分かりにくくなるからです。

本作では、まだそれぞれの役割が分かりましたが、もし次作があるなら、登場人物はもう少し絞ってもよいと感じました。

まとめ|仲間との関係という原点に戻った

観る前の不安は、前作が良すぎたことから来ていました。あれだけの終わり方をした物語の続きが、前作に並ぶ作品になるのかどうか。

観終わってみると、その不安とは別のところに、この映画の良さがありました。

一人になったピーターが、さらに強くなっていく物語ではありませんでした。強くなっても、一人では行き詰まる。その状態から彼がどう抜け出すのかが、本作の中心です。

その答えが、もう一度人とつながることだったのは、シリーズを追ってきた者としてうれしく感じました。

大人になることと、一人になることは違う。当たり前のことですが、ヒーロー映画でこれを正面から描く作品は、それほど多くありません。

4作目で新しい出発をしながら、仲間との関係というシリーズの原点へ戻ってきた作品でした。

参考資料